２章幕間④ 断罪と陽炎　作：人喰い

(２章幕間④)




《断罪と陽炎》






戒「ーーーーーあれから4カ月……か」

積木町にある病院のベッドに腰掛けながら、戒はぽつりと呟く。
病室には彼一人きりで、同室に入院していたはずの火群の姿も無かった。

戒「……白河………っ…」

名を呼びながら『騎雷鳥 エターナル・ブレイド』のカードを窓から差し込む光にかざす。
カードからはまだ微かに心臓の鼓動が響いており、その鼓動の高鳴りを全身で感じ安心したように目をつむった。

戒「……絶対に取り戻してみせる」

決意を新たに、ゆっくりと噛み締め、戒は静かに目を開けるーーーーー

すると目の前には、顔を横にしてこちらを覗き込む、丸い瞳があった。


戒「……ノックぐらいしたらどうだ」


爽香「にゃはは、ごめんごめん。
戒くんが自慰行為中だったらと思うと、ノックする訳にはいかなくて」

戒「尚更ノックをしろ」


腰を横に折り覗き込む姿勢のまま目をぱちくりさせる黒髪ショートの彼女は『明石 爽香(あかし さやか)』。
WDCSにて司会のお姉さんをやっていたところ、大会が終焉の焔に襲撃されたことで職を失った哀れな無職。19歳。

爽香「あれれー？ なんかすごく失礼な紹介された気がするぞ？」

戒「気のせいだろう。
…それより、二人はなぜここにいる」

戒がそう言って病室の扉の方へ目線をやると、戒と爽香のやりとりを見て苦笑中の『桜庭 和泉』の姿。

戒「……？」

姿は確認していたものの、彼女と目が合った戒は頭に疑問符を浮かべ僅かに首を傾げる。

和泉「私たちは斬波くんのお見舞いっ。
本当は火群くんも来てるんだけど……なんか恥ずかしがって今は病院の外にーーーーーっと、どうかした？ 斬波くん」

黒髪ぱっつんボブの少女、和泉は戒の様子を見て、鏡合わせの様に首を傾げた。

というのも、彼女、いつもは薄紅色の縁の眼鏡をかけているだが、
激しい闘いの際にフレームが曲がってしまい現在修理中のため、今は眼鏡をかけていなかったのだ。
シルエット、声は確かに和泉ではあるが、眼鏡を外していることにより随分と印象の変わった彼女を細目に見て、戒は珍しく不思議そうな表情をしたかと思うと、一言。

戒「…薄いな」

和泉「ふぁっ！？」

咄嗟に両手で胸を押さえ真っ赤になる和泉。

戒「待て、誤解だ。
俺が言っているのは胸が薄いという意味ではなく、顔が薄いという意味だ」

トレードマークである薄紅色縁の眼鏡を外した和泉は、よくある「眼鏡を取ったら美人」系女子とは全く真逆のタイプ。普段の地味さにも拍車がかかり、眼鏡が無い分個性を失った和泉の顔は口数の少ない戒ですら思わず「薄い」と呟いてしまう程であった。

和泉「なんだー、そっちかぁーーーーってどっちにしろ失礼じゃないっ！？」

目を丸くして和泉は怒るが、しかし戒はそれ以上取り合うことなく小さく笑う。
そしてベッドに下ろしていた腰をスッと上げ、ベッド脇の棚に畳んで置いてある着替えに手をかけた。
同時に、しれっと戒の隣に座り寄り掛かろうとした爽香は「べぁっ！」というなんとも間抜けな声と共に再び９０度反転した景色を拝むことに。

爽香「…ぅぇ…っ…あ、戒くんどっか行くのっ！？ 体調は！？」

起き上がるのが億劫なのか、爽香はベットに半身横たわったまま心配げに戒を見やる。

戒「…俺はこれからデュエルポリス本部に向かう。今回の件の報告と、ある人物に用があってな。
……それに心配など無用だ。
怪我ならある人物に治してもらったからな」

爽香「……そっか…。
んじゃ、頑張って！」

和泉「えっ、いや、納得早すぎですよ明石さんっ！
治してもらったって……どうやって…！？」

僅かに声を荒げ問う和泉に対し、

戒「ーーーー超能力、とでも言うべきか」

『超能力』。
そう答えた。

爽香「…！」

和泉「…てん、てん、てん」

突拍子もない戒の発言に、思わず三点リーダーを口にする和泉。
それを横目に戒はため息をつき、

戒「……精霊という非科学的な存在が蔓延しているこの世の中で、超能力くらいどうということはないだろう…。市瀬の怪我を治したという“生命の焔”しかり、な。
ところでーーーー」

そう言って区切ると、

戒「……着替えるから出ていってもらえるか？」

二人に部屋を出るよう促した。



が、一分後。



戒「ーーーー何度言ったらわかる！！？
さっさと出て行け！！！」


爽香「いーやーだーっ！！ 美少年の着替えを前に大人しく引き下がるなんて私のハートが許さないわっっ！！」


突如勃発した、ドアの前での攻防。

和泉「あ、あの二人とも〜…病院内では静かにーーーー」

和泉は半ば呆れ顔で仲裁に入るが、鼻息を吹かし閉まりかけたドアを必死に開けようと奮戦する爽香にはしかし届かない。

爽香「いい！？ 私には、司会者として戒くんの生着替えを実況解説する義務があるの！」

戒「知らん！！ この淫乱痴女め！！」

爽香「…ち…ッッ！？
ち、ちちっちちち痴女ちゃうし！！
どころかまだぴゅあっぴゅあの処jーーーーー」

言いかけたところで流石にマズイと感じた和泉は背後から爽香の口を塞ぐ。

爽香「ンンンーーーーーッッ！！！」

和泉「…お願いだから静かにしてぇーーっ！！」






＊＊＊＊＊






騒ぎを聞きつけてやってきた看護婦さんに三人はこっぴどく叱られた後で、爽香と和泉は火群と共に積木町駅へと向かった。

それから約一時間後。


〜デュエルポリス本部〜


上司との対談を終え、戒は地下にある一室へと来ていた。


「……久々だね。今日は、何の用？
…………断罪の剣サマ…♪」


無愛想に、それでいて挑発的な視線を戒に放つ一人の少年。
少年と戒との間は、会話用にいくつか穴の空いたガラス１枚によって隔たれている。

戒「お前に聞きたい事があってなーーーーー『ドロシー=ワルツ』」

ドロシーと呼ばれた少年は不満げに橙色の髪を指先で弄りながら、

ドロワ「……『ドロワ』でいいよ」

そう言ってその場に腰を下ろした。

この橙色の髪を目の下まで伸ばした小柄な少年、ドロワは“終焉の焔”幹部を支える『三本の火柱』の一人で、
４月に明日人の父親が園長を勤める植物園を襲撃し、
７月、WDCS予選にも終焉の焔の兵として大会に参加していたが、戒に敗れデュエルポリスに身柄を拘束された。
その後はデュエルポリスの本部に捕虜として隔離されていたのだ。

ドロワ「それで？ 聞きたいことって何さ」

この場所に連れ込まれた当初こそほとんど口を割らなかったものの、今ではすっかりここでの生活に慣れてしまったらしく、ドロワは緊張感の抜けた口調で肩をすくめた。

戒「ーーーーー未だ行方不明の、“三本の火柱”『マンティス=バーナード』についてだ」

ドロワ「…！」

ドロワはその名を聞いて眉をひそめ、真剣な顔持ちになると、

ドロワ「……マンティスが行方不明…？
けどマンティスは不死鳥に負けたハズでしょ…？」

戒「…ああ、不死鳥のカードを操る市瀬火群の話によれば、マンティスの仕掛けた闇のゲームに市瀬は打ち勝った。
それに加え、腹部には桜庭結維による強力な掌打を受け、マンティスはしばらくまともに動けないレベルの重傷を負ったはずなんだ」

しかしーーーと、戒は続ける。

戒「ーーーその決闘から１時間もしないうちにデュエルポリスが現場に向かったが、その場所には巨大な焼け跡が広がっていたのみで、マンティスの身体どころか所持品、衣服の破片すらも残っていなかったーーーー」

ドロワ「変だね……。
僕はてっきり、マンティスはこことは別の部屋で拘束具でもつけられて監禁させられてるもんだと思ってたよ」

荒っぽい性格のマンティスであれば拘束具くらい必要だろうという推測でドロワの口から話されるが、ドロワの思考自体は身内に対しても容赦が無いようだ。

戒「…だが、お前のその反応を見るに、特に心当たりがあるというわけじゃなさそうだな」

ドロワ「……大方、終焉の焔(うち)の誰かが懇切丁寧に回収したんじゃないの？」

戒「…その線は大いにあるが、だとすれば好戦的なヤツの事だ……今朝の闘いの際に姿を現さなかったのが不自然だ」

ドロワ「……確かにねぇーーーーーけどあいつ、ガサツで突進型に見えて、意外と慎重派でビビリなんだよねー。
確実に勝てる相手にしか勝負を挑まない、そんなセコいやつさ」

そんなセコいところが気に入ってたんだけどね、と、ドロワは懐かしみながら続ける。

ドロワ「だからさ、マンティスは不死鳥に負けた後、回収されたはいいけど……前線には立たずにコソコソ雑魚狩りでもしてんじゃないのー？」

戒「……」

ドロワ「…それかマイン様に消されたかーーーーこのどっちかだと、僕は思うね」

戒「…………。なるほど…な」

戒は小さく頷き、古びた丸椅子に腰をかけた。
警戒心を感じさせない戒の行動にドロワは目を細め、

ドロワ「……へぇ…。僕が何か知ってて隠してるって可能性は考慮しないの？
“断罪の剣”サマともあろうお方が」

煽るようなドロワに戒は小さく頰を吊り上げる。

戒「…フッ……。その可能性は無いな。断言できる。
お前の言動ひとつひとつを見ていれば、わかるさーーーーお前という人間が、誰かを庇うような嘘など吐かないことくらい」

ドロワ「……っ…」

戒「…それに、お前があの“終焉の焔”という組織に、大した思い入れが無いということも」

ドロワ「……何でもお見通しって訳かよ……ムカつくな」

と、図星を突かれたのか、ドロワは顔を背け口を尖らせる。

ドロワ「……元々僕は楽しい事さえできれば、強いやつと戦えれば何でもよかったんだ」

ドロワが終焉の焔へと入ったのは、昨年の冬。
マインの実力に惚れたドロワは、更なる強敵を求めて自ら終焉の焔への入隊を志願したのだ。

ドロワ「………精霊を集めてマイン様に認めてもらえれば、上層部の連中やマイン様とも戦えるかも……って思って、退屈な精霊狩りをしてたらーーーー断罪の剣、キミに負けた」

戒「……」

ドロワ「……あの瞬間からなんかもう、終焉の焔だとか、マインの意思だとかに、あそこまで拘ってた自分が馬鹿みたいに思えちゃってね」

くくく、と、ドロワはかつての主の笑い方を皮肉げに真似てみせる。

ドロワ「……負けた事実はムカついてムカついてたまらないけど、僕の見えてた世界はこんなにも狭かったんだ、って思ったよ」

笑ってはいるがどこか儚げで、哀しげで、それを横目で見る戒の胸中で何かが揺れた。

ドロワ「……とと、話が逸れちゃったね。
…とにかく、僕には一応罪の意識もある訳で。
ここから脱走するつもりなんか毛頭ないし、今は終焉の焔なんてクソ喰らえだーって思ってるよ」

戒「……フッ…。脱走するつもりがないのは、単に帰る場所が無くなったからだろう」

ドロワ「…あーうるさいうるさい。
けどお前にはいつか必ずリベンジしてやるからな！！」

戒「………事が全て終われば、相手してやる」

ドロワ「……かーっっ！ そのスカした態度！！ ほんっっとーにムカつくな！！」

目を向いて怒るドロワに、戒は小さく笑うだけだった。
そしてその直後、ドロワはふと思い出したかのように目線で天を仰ぐ。

ドロワ「……あ、そういえばさ」

急な真面目な雰囲気に、戒は目を見張る。


ドロワ「なんでマンティスを探してるの？」


純粋な瞳で、ドロワは問う。
その問いに対し戒は、

戒「ちょうどその事を話そうと思っていた」

と言いつつ椅子に座り直した。

戒「…不死鳥がトドメをさす瞬間、マンティスが通信機器を通して言っていたらしい言葉が気になっていてな……」

ドロワ「……マンティスが…？」

首を傾げるドロワ。
戒は少し顎を引き目線を送ると、

戒「…ああ、WDCS予選会場・反帝(そりてい)アリーナの監視カメラの解析で、このような音声が拾えたらしいーーーーー」

WDCS予選中に起こった市瀬 火群VSマンティス=バーナードの決闘ーーーーその決闘中は闇のゲームによって発生した黒い“もや”によって監視カメラがほとんど機能しない状態だったのだが、決着がつくその瞬間、黒い“もや”の一部が消えかかった僅かな一瞬、監視カメラに音声が入り込んでいたのだ。
そしてその内容というのが、


『ーーーー至急、あのカードを転送してくれ』


と、いうものだった。


ドロワ「……マンティスは、そう言ってたの？」

戒はコクリと頷く。

戒「…そうだ。
何か心当たりがあるのか？」

戒の鋭い目線。それを受けドロワは恐る恐る口を開く。


ドロワ「……いや、記憶も曖昧だし、全く関係無い話かもしれないけどさーーーー上層部の連中が話してるのを聞いた事があるーーーーー特殊な魔法カードの研究を進めているって……」

数ヶ月前、ドロワが終焉の焔に入隊してまだ日も浅い頃。
終焉の焔の研究員に顔合わせに行った際に聞いた記憶が、僅かにではあるが思い起こされる。


ドロワ「効果や使用方法はわからない。
けどひとつだけわかっているのはーーーーー現代の技術では解明できない遺物で構成されているという事だけ」


戒「………なに……ッ…？」





ドロワ「そのカードの名称はーーーーー
ーーーーー『EX魔法[エクストラマジック]』」