DRAW:１４１ 受けた傷は深く　作：人喰い

(141)




ジャラン「………」


ジャランの周囲を取り囲む、人間界の決闘者達…。


火群「……無駄じゃ……無かっただろ……ッ…？」

火群は地面に突っ伏したまま、挑発的な調子でジャランに言葉を投げる。

ジャラン「……最初から、時間稼ぎしか考えてなかったって訳？」

火群「………さて…、どうかな……っ…」

和泉「…火群くんっ！ それ以上喋っちゃダメだよ…っ！」

火群「……へへ…、悪いな……」


ジャラン「……流石にこんな人数を相手にしている時間はないな…」

メアリー「…タダで逃すと思う？」

メアリーはヒールの踵で地を鳴らし、突き刺すような視線でジャランを睨む。

ジャラン「……キミたちこそ、僕を甘く見ない方がいい」

ジャランは両頬を軽く吊り上げ不気味な笑みを浮かべたかと思うと、再び白い煙が足元に広がる。

メアリー「……ッ…！」

結維「……逃さない…っっ！！」

メアリーと結維はとっさに駆け出すが、あと一歩というところでジャランの姿は空中に移り、またも取り逃がしてしまう。

結維「……っ…！」


ジャラン「……最後に言っておくよ。
ーーー僕らは精霊王のルールに従うつもりは無い。今日会いに来たのは、改めてその“意思表示”をするためだ」

メアリー「……意思表示…！？ ふざけないでよ！！」

ジャラン「精霊王によるこの世界への強制力が無くなった今、僕ら“終焉の焔”が大人しくキミらのパワーアップなんて待ってられないって事さ」

千愛『……なんですって…っ…！』

千愛（……精霊王様…っ！ やっぱりマインの力を封印し続けている所為で、力が限界を迎えて……！）


ジャラン「ーーーそれじゃ、またね……♪」


最後にそう言って影絲で全身を包むと、ジャランの姿は跡形もなく消えてしまった。




戒「……待て……ッッ…！！ ジャラン……ッ！！」


戒「……貴様は………俺が………ッッ…！！」



無数の影絲と、少年の心に深き傷を残してーーー















◉遊戯王 Ph.X◉
ーーーDRAW:１４１ーーー
《受けた傷は深く》














【SIDE 戒】



戒「………ここはーーー」


俺は目を覚まし、見慣れぬ天井と向かい合う。

戒「………」

眩しいくらいの真っ白な病室。そのベッドで俺は眠っていたらしい。

戒「……ッ……」

全身に残った痛みを抑えて起き上がると、隣のベッドで眠りにつく男が視界に入る。


火群「………」


戒「………市瀬……」

お前はなぜあの場所にいた？


なぜ俺を助けた？


問うまでもない……か。


戒「……お前はいつだって、“そういう奴”だったな……」

黒髭町の決闘大会。

剛田武との決闘。

三本の火柱による植物園襲撃。

桜庭結維の一件。

反帝アリーナでの終焉の焔との攻防。

そして今回の件。


お前は、他人の為に、他人を守る為にずっと戦って来た。

そして誰よりも他人を信じて来た。

戒「………」


俺は白河を救いたい。

“影”により、騎雷鳥のカードの中に封じ込められてしまった白河巡査部長を救わなければならない。
その想いは、胸に深く刻みつけて来た。

だが、奴をーーージャラン=カルディーネを前にして、俺は我を忘れ決闘を受け、敗北した。


ーーー市瀬のように他人を信じることができていれば、俺は白河を救い出すことができたのだろうか。


教えてくれ。


戒「……俺に足りないモノをーーー」




拳を固く握り締め、俺は病室を後にした。

足は重くも、それでも、進む。








【SIDE 火群】


火群「………」

目を覚ますと、なんとなく怠い。

そしてぼやーっとした頭の中で、今日の出来事を整理しようと思ったところで、


和泉「…あっ、おはよ、火群くん」

少し距離を置いた位置で、丸椅子に姿勢良く座って手を振る和泉。
こういう時は普通真横にいるものではないのかとか思いつつ、

火群「…おはようございます……」

気の抜けるような挨拶を返し窓に目をやると、景色は赤く夕焼けに包まれていた。

和泉「……何か言う事は、ありませんか？」

急に敬語でニコニコと問いかける和泉。
なんだか不気味だ。

火群「…え、えっと…？」

寝起きで頭も回らず、どんな回答を求めているのかわからなくて思わず言い淀む。

和泉「…な・に・か、言・う・こ・と・は？」

ここまでくると最早尋問だ。

火群「…え…？ え…っ…？」

混乱して言葉に詰まる俺を見かねて、和泉は右手で軽く眼鏡の位置を直すと、

和泉「………本気で…、心配したんだから…」

顔を伏せて小声で言った。


火群「……っ……」

…そっか…、俺、みんなに何も言わずに飛び出してーーー

火群「……ごめん、和泉。
心配かけて」

和泉「……生きてるなら…、……いい」

火群「……本当に…、ごめん」

和泉「…みんなにも後でちゃんと謝っときなね…っ！ 絶対だよ！」

火群「……わかった。
………ところで、そのみんなは…？」

和泉「……さっきまで居たんだけど、鈴華ちゃんはこの病院に入院中のお母さんに会いに行ったよ。
他のみんなは買い出しとかだね」

火群「…そっか、和泉はみんなと一緒じゃなくて良かったのか？」

和泉「…メアリーさんが私はここに残れ、って」

火群「…そ、そうだったのか……」

心の中でメアリーさんに感謝しながら、俺は身体を起こす。

火群「…あだだだっ…！」

だが想像以上に全身の痛みは強く、身体を起こすだけでも相当辛い。

和泉「ちょっとっ！ 安静にしてなきゃダメだよっ！」

和泉も慌てて身を乗り出す。
けど、安静にしているわけにもいかないのだ。

火群「…ちょっと外の空気が吸いたいなぁ、なんて」

しかし、ベッドから降りようとする俺を、和泉は泣きそうになりながら制止する。

和泉「ダメったらダメっ！ 飲み物くらい私が買って来てあげるから！」

火群「…ち、ちがくて…っ！」

和泉「……？ どしたの？ さっきからモジモジして……」


火群「……トイレ」

和泉「……え…っ…？」

火群「……尿意を催しておりまして」

和泉「いや詳しく言わんでもわかるよっ！」

和泉は目を丸くして叫ぶ。
そしてすぐに、

和泉「……そこに尿瓶あるけど……？」

と、照れ臭そうに言った。

火群「……いや、いやいやいや！」

しかし俺は全力で拒否する。

和泉「…部屋出ててあげるからさ」

火群「…いやっでも！」

あの瓶に用を足したとして！！
看護婦さんが来るまでその瓶を放置したままなんて耐えられるはずも無い！！

和泉「じゃあここで漏らすの…？ それは流石に軽蔑するよ…？」

火群「……あぁーっもうわかったよ！」

やむを得ない、か。
覚悟を決めて尿瓶を取ろうとする、が、、

火群「…あだぁっっ！」

和泉「火群くん！？」

右手を上げようとするも激痛で上がらない。
そのせいで尿瓶にさえ手が届かないのだ。

火群「………」

和泉「………」

火群「…あの、和泉、さん」

和泉「……はい」

和泉にナースコールをお願いしようと思い声をかけたのだが、、、


和泉「……私、手伝おうか…？」


火群「へぁ！！？」


思いもよらない提案に声が裏返る。

和泉「………」

和泉も言ってすぐに後悔したのか、顔を真っ赤にして俯いてしまう。

火群「…い、いや、無理しなくていいよ！？」

和泉「……でもこのままってわけにもいかないし……」

和泉はそう言ってベッド脇の尿瓶に手をかける。

火群「……っ……」

和泉「………それでは…、その……、失礼します…」

そして、和泉は顔を真っ赤に染めたまま、問答無用で掛け布団の中に尿瓶を潜られせていく。
義手である右手の扱いにまだ慣れていない所為か、尿瓶を持つ右手が若干震えているのが不安だ。

火群「…ちょ、ま…っ…」

和泉「…脱が……すよ…？」

抵抗しようにも身体を動かすと激痛が走るので、されるがまま。
下着ごと膝くらいまで一気に下ろされてしまう。

和泉「………っ…」

布団の中での出来事なので見られていないことが幸いか、俺の『ナチュル・バンブーシュート』はまだ守備表示のままだ。

和泉（……これ……かな…？）

だが油断大敵。

和泉の左手は手探りで俺のモンスターを捉える。
人差し指と親指で優しくつまんだのだ。
人肌以上の熱を持つ物体に触れたことで、冷たく、か細い和泉の指がピクッと揺れる。

火群（おおおぉぉぉおおぉぉぉおおっっっ）

俺はただ、興奮を必死に抑える。

だが和泉に攻撃の手を止める気配は無い。

和泉「………ﾍｲｷ、ﾍｲｷ、ﾜﾀｼﾊﾍｲｷ」

和泉の目は完全にどこか別の世界に飛んでおり、最早尿を取るだけの修羅と化してしまっているようだ。

火群「…え、えっと…？ 和泉さん…？？」

和泉「……だ、だいじょぶ……だいじょーぶ…」

機械のように繰り返し言って、ついに尿瓶は俺のモンスターに装備された。

火群「…！」

これであとは用を足すだけでいい…。
そう安堵した、その瞬間だった。


まさに、最悪のタイミング。


ｶﾞﾗﾗ…


病室の扉が開いたのだ。







メアリー「ーーーハァイ♪ 調子はどお！？
お見舞いにバナナいっぱい買って来たわよーっ！
…………って……」



火群「……あ…」


和泉「……メアリーさん…っっっ！！ これは……！！ その……っっ！！！」






メアリー「そんなバナナ…」








To Be Continued…






《次回予告》



雫「ーーー火群さん、大丈夫でしょうか…」

結維「…あの馬鹿の生命力は不死鳥並だからきっと大丈夫よ。私が思いっきりぶん殴っても生きてたくらいだし」

雫「…何があってぶん殴る事態に！？」



結維「次回、『遊戯王Ph.X』
DRAW:１４２ 《這い寄る終焉》」



鈴華「……確か結維さんの思いっきりって…、分厚い扉を木っ端微塵にしてたと思うんですが……」




＊タイトルは予告なく変更になる場合があります。ご了承ください(廿V廿,,)乙