DRAW:１９６ 今できること⑤家族　作：人喰い

(196)



〜孤児院〜



雫「……ただいまです…っ。ヨシノさん」

風情ある木造の建物の戸を開け入ってきたのは、白いワンピースにすみれ色のカーディガン、そして目が隠れるくらいまで前髪の伸ばした少女ーーーー『柏木 雫(かしわぎ しずく)』だ。
決闘機兵工場防衛戦での怪我は幸いにも浅く、火群がメアリーと共にYAGAMI本社ビルへと向かったのと時を同じくして目を覚ました雫は、その翌日に「家に帰ってゆっくり休め」とシルバに交通費を渡され、反帝アリーナに来る前まで住み込みで手伝いをしていた孤児院に帰ってきていた。

佳乃「ーーーーおかえりなさい。シズちゃん」

この孤児院の院長である、深緑を基調とした古風なスカート衣装を身に纏ったふくよかな体型の女性、『橘 佳乃(たちばな よしの)』は、温かい笑顔で雫を出迎える。

佳乃「戻ってくるって連絡くれた時はびっくりしちゃった。８月の間は戻れないかもって話だったから」

雫「…ええ…はい、予定よりも用事が早く済んだので…」

佳乃「……そう。それは良かったわ。
…さ！ みんなもシズちゃんに会えるの楽しみにしてたから、早く行ってあげな！」

佳乃は大きな手で小さな雫の背を軽く叩くと、玄関から廊下一本で繋がれた食堂へ行くように促す。

雫「…あっ…はい…っ！」

雫は前のめりになりながら返事をし、食堂の戸に手をかけゆっくりと、顔を覗かせながら開けていくーーーーー

雫「…っ！」

するとドアの向こうから雫の前髪を凝視する、丸い瞳。


幼女「あーーーっっ！！ まえがみのおねぇちゃんだーーっっ！！」

ドアの隙間から覗く前髪を指差して、幼い少女は大声を上げる。

「ほんとだ！！ しずくねーちゃんだ！！」

「まえがみモサモサだぁ！ 変わってなーいっ！」

「お帰りなさい！！ おねーちゃん！！」

建物内に響いた声を聞きつけて、身長１００センチ前後のちびっ子達が次々と集まってくる。

雫「…はわわわ…っ…！ みんなただいま…」

皆に押され気味に挨拶を交わしつつ、雫は食堂の中へと足を踏み入れる。

少女「ーーーーおかえり、シズ姉」

ちびっ子達に遅れてエプロン姿で厨房から顔を出してきたのは、雫を除いた孤児院の子供達の中で最年長、綺麗な茶髪を三つ編みにしたおさげの少女ーーーー『コムギ』。１１歳。

雫「コムギちゃんごめんね…。私の仕事任せる形で出てきちゃって…」

コムギ「気にしないで。私も今までシズ姉や佳乃さんに甘えてばっかりだったから。
……あ、ごはんもうすぐできるから、シズ姉も早く手洗って座って座って！」

雫「えっあっ…うん…！」

言われるがまま雫は手を洗いテーブルにつくと、すぐにお皿を抱えた子供たちがテーブルまでやって来て、

「みんなで作ったんだよ！ 雫ねーちゃん！」

「おねーちゃんが帰ってくるって聞いたからっ、いっしょうけんめいがんばったの！」

「めしあがれーっ！」

次々と卓上が料理で彩られていく。
豪勢な料理という訳ではなかったけれど、雫にとってはこれ以上ないくらい最高の食卓だった。

雫「…いただきます…っ…！」

それは、これまでの戦いの日々を、ほんの一瞬だけ忘れてしまうほどに。

そう、ほんの一瞬だけーーーーー



佳乃「ーーーーーシズちゃんー？
シズちゃん当てに電話ー！」

ドアの向こうから、佳乃の声。


雫「……え…っ…？
一体誰からーーーーー」

駆け寄る雫に、佳乃は受話器を手渡す。



佳乃「ーーーー『市瀬くん』って子からよ」
















◉遊戯王 Ph.X◉
ーーーDRAW:１９６ーーー
《今できること⑤家族》















〜積木町・西蓮寺家〜

ﾄｩﾙﾙﾙﾙﾙ....

...ｶﾞﾁｬｯ

鈴華「ーーーーもしもし…」

パジャマ姿で家電話に出た茶髪の少女は『西蓮寺 鈴華(さいれんじ すずか)』。
いつもはコロネの如く巻かれたツインアップロールも流石に自宅ではセットしておらず、腰くらいまで伸ばした茶髪はだらしなく寝癖で跳ねていた。

鈴華「……あ、市瀬さん。
………昨日は助けてくれて、どうもありがとう」

電話の相手は火群のようで、決闘機兵工場防衛戦での怪我が心配で電話をかけてきたとのことだった。

鈴華「………ええ、さっき病院から帰ってきたところですわ。ママのカードが護ってくれたお陰で、怪我も大したことありませんし……。
………って…私の怪我に関しては、あなたが謝ることじゃないのに…」

電話口の火群の声は重たく、「もっと自分が早く助けに行けていれば」と悔やむ言葉が鈴華に伝えられる。

鈴華「…私の怪我は、私が弱かった所為…。
私がもっと強ければ、私自身も……倒れた人達も……みんな護れたし…、市瀬さん達に迷惑をかけることもありませんでしたわ……っ…」

言葉に詰まり無言で返す火群に、鈴華は続ける。

鈴華「………私、今まで……『強くなりたい』って、心の底から思った事が無くて」


鈴華「決闘で『勝ちたい』と思うことはあっても……それは結局、『自分は強いんだ』って周りにアピールする事で、周りに認めてもらいたかっただけでしたの…」


鈴華「………でも、今は違いますわ。
みんなのおかげで、それに気づけた」


みんなに護られて。助けられて。救われてきたから言えた、意地っ張りな彼女の本音。



鈴華「ーーーーー大切な友達のために……強くなりたい」





＊＊＊＊＊





鈴華「ーーーーーパパ。ちょっといい？」

進「…ダメだ」

鈴華「ちょっと！！ まだ何も言ってないじゃない！！」

進「……髪型もちゃんとセットして、お気に入りのゴスロリ衣装まで着て俺のところまで来てよぉ…。お前の言いたい事は言わなくてもわかる。
ーーーーー行くんだろ？ また友達のとこに。
そんで戦おうってんだろ？ 昨日工場を襲った奴らと」

鈴華「……ぅ…、そうだけど…！
別にいいじゃない…っ！ 私だってみんなの為に戦いたいの！！」

進「…なぁ鈴華。戦いに行っちゃダメなんて一言も言ってないぜ？」

鈴華「…え…っ？ でもさっきドヤ顔で、『…ダメだ』ってーーーー」

進は鈴華による迫真のモノマネを物ともせず、鈴華の２つの巻き髪の先端をそれぞれつまんで左右にみょーんと伸ばし、


進「…生きて帰って来なきゃダメだ。
……って意味だよ、鈴華」


と、鈴華の母親である鈴音が病院で鈴華に言ったのと同じ事を、進は真剣な顔で伝えた。

鈴華「……っ…！
いいの……？ そんなに…あっさり……」



鈴音「ーーーーーあっさりな訳ないでしょ」


鈴華「！！ ママっ！！」

突如開いた家の玄関から、母親の鈴音と、2個ずつ離れた弟の進太郎と進助、それから妹の美鈴が姿を見せる。
病院で療養中だった鈴音だが、予定よりも早く容体がよくなったので、今日が退院の日だったのだ。


鈴音「パパったら、昨日から鈴華の事が心配で心配で、私に何通もメール送ってきてたんだから」

鈴華「…えっ……」

進「……そ、そそそれは言わないでくれよっっ！ 鈴音！」

慌てふためく進など気にも留めず、鈴音は不機嫌そうに続ける。

鈴音「…お陰で昨日の仕事がほとんど終わらなかったみたいで、今日は昨日の仕事に追われて私のお迎えに来てくれないし」


進「…あああぁぁごめんよ鈴音ぇぇえぇっ！
退院おめでとぉぉぉっ！」

鈴音「…はいはい、みんなやったわね。パパが退院祝いに世界一周旅行に連れて行ってくれるみたいよ」

進「…え、ちょ…はっ…！？」

鈴華「…！ パパ、本当！？」

進太郎「よっしゃぁぁっ！ フゥゥゥっ！！」

進助「…！！ やった…っ！！」

美鈴「みすず、ぐあむ行きたーい！」

目をキラキラと輝かせ喜ぶ子供たちを見てどんどん小さくなっていく進を見ながら、鈴音はクスクスと笑う。
そして鈴華の頭に手を乗せ顔を近づけ、

鈴音「行きたいでしょ、鈴華。世界一周旅行。
ーーーーだから絶対に帰ってきなよ」

小さくそう、囁いた。


鈴華「…うん……！ 約束っ…！！」







＊＊＊＊＊





〜古宮家〜



母「ーーーー栗須っっっ！！ いつまでもカードなんか弄ってないでさっさと家の手伝いしなさい！！！」

栗須「…ッー！ うっせぇなぁ…！ それどころじゃねーんだよこっちは…」

黒髭町の自宅に帰ってきた、刺々しい茶髪に黒縁眼鏡をかけた火群たちの同級生ーーーー『古宮 栗須(こみや くりす)』は、自室の外から飛んでくる母親の怒声にイラつきながら、『ダーク・シムルグ』のカードを眺めていた。

栗須「………」

影絲使いーーーー『ジャラン=カルディーネ』に精神を乗っ取られた時に渡されたシムルグの新しい姿『ダーク・シムルグ』。
そのカードは戒との決闘で影牢の呪縛から解き放たれた今でも手元に残っていたのだが、謎が一つ残っていた。

栗須「……ぃつっ！」

それは、カードが僅かに帯電しているという不可解な事象。
さらに、恐らくは戒の『騎雷鳥 エターナル・ブレイド』との戦闘によって帯びたであろうその電流が日に日に強さを増していた事に、栗須は不気味さを感じずにはいられなかった。

栗須「……ったく…ホント何なんだよ、これーーーー」


母「ーーーー栗須ッッ！！！！ いい加減にしなさい！！！」

栗須「めんどくせぇ……」

このままだと思考が回らないので、渋々と部屋を出る栗須。


母「…たくもう…っ！！ サッカー部の合宿から帰って来たと思ったらすぐ部屋に引きこもって…っ！！」

栗須「…怪我してんだから部屋で引きこもってたって別にいいじゃねーか！」

母「……その怪我だって、どうせアンタがバカやってつけた傷でしょう？ いつもの自業自得よ」

栗須「………はは、言ってくれんじゃねぇか……」

何も知らないくせに。と思いつつ、栗須は唇を噛む。

栗須「…んで、何手伝えばいいんだよ」

母「…お使い行ってきて。今ちょっと手が離せないから」

栗須「…わーったよ。ちきしょう」

軽く悪態を吐きつつ、栗須は母からメモを受け取って家を出た。



栗須「…………正直、逃げてぇ」

家を出た瞬間に思わず口から漏れた、弱音。

栗須「……カーチャンとは毎朝同じ様に喧嘩してよ…。
授業中は居眠り。そんで学校が終わったらみんなとカードショップに行ってさ…、馬鹿みたいにはしゃいで、デュエルして…。その繰り返し。
ーーーーーそれで、よかったじゃねぇかよ」

なのにいつの間にか悪の組織やらと戦う事になって、負けたままでいるのが嫌だからみんなに協力して。

栗須「……死ぬのがーーーーー怖ぇ」

二度終焉の焔に殺されかけ、栗須は悔しさに打ちひしがれながらも、すでに恐怖心が全身を支配していた。


そんな時栗須の目の前に現れたのは、一筋の炎だった。



火群「ーーーーー栗須」


栗須「………ホム…ラ……っ…！」

火群「…悪いな、栗須。助けに……行けなくて」

火群は謝る。自分の怪我のせいで、栗須達を助けに行けなかった事を。

栗須「……ハッ！ 余計なお世話ってヤツだぜ！
……お前がいても何も変わんなかった。変えられなかったよ」

栗須はいつになく冷たい言葉で返すが、それは余計な心配はするなという栗須なりの優しさだった。

火群「……それは、そうかもしれないな…、けどーーーー」

乾いた笑いと共に、火群は続ける。


火群「ーーーーたとえ役に立たなくても、仲間の為に少しでも何か出来ないか…って、思っちまうんだよ」


栗須「……っ…！」

馬鹿だな、と、栗須は自分を罵った。
同時に先程まで身体に纏わり付いていた恐怖心が、自分への怒りに変わる。

栗須「………ハッ…！ ホント馬鹿だな…っ！」

そして栗須は乱雑に頭を掻くと、


栗須「ーーーー俺様は最強決闘者の古宮栗須だぜ！？
お前の助けなんか無くたってよ、終焉の焔なんか俺の風が吹き飛ばしてやんよッ！！！」


高らかに宣言し、拳を前に突き出した。

日常を取り戻すために戦うという誓いを、その拳に込めて。





＊＊＊＊＊





結維「ーーーーーあ、ソロデュエリストさん」


栗須と別れ、午後３時を回った頃。
火群の背後で、静かな着地音。


火群「…ちょうど会いたかったから会えてとても嬉しいところなんだけど、その呼び方はいい加減やめて欲しいな、結維さん…」

火群より身長は少し高い、黒縁の眼鏡をかけた茶髪ショートカットのこの少女は『桜庭 結維(さくらば ゆい)』。和泉の右腕に宿っていた和泉のもう一つの人格だ。
幼くどこか大人びた愛らしい顔も、鈴の音の様な声も、ちゃんと食べているのか心配になるほどの痩せた体型も、和泉とまるで違わない。
そんな彼女ーーー結維はパーカーの裾を軽く叩いて、じとりと火群を見つめる。

結維「…そう。気に入ってると思ったんだけど」

火群「確かに響き自体は悪くないさ！
けどその意味が問題なんだよ！！」

『ソロデュエリストさん』というのは、孤高を愛する決闘者に与えられる称号などではなく、結維に自慰行為を見られた際に付いた蔑称である。
『一人では決してデュエルはできない』事を意味するその呼び名は、火群にとってはただ屈辱と虚しさを与えるだけだった。

結維「けど和泉に呼んでもらえるとしたら、どう？
ーーーー『そ、ソロデュエリスト…さん…っ////』って」

火群「興奮する」

結維「…正直ね。
普通にキモいわ」

その呼び名を絶対にやめないと心に誓いつつ、結維は火群の前に出て歩みを進める。


結維「…それで？ 私に会いたかったって言ってたけど」

火群「……ちょっとだけ、結維さんの静かな罵声が恋しくなったというか」

結維「いや、性癖を聞いたわけじゃないんだけど」

火群「結維さんとお話しがしたいなぁ！ と思いまして！」

結維の冷ややかな視線から目を逸らしつつ言い直す火群。

結維「…話って？ スリーサイズなら答えないわよ」

火群「……っ」

少し照れた表情で、自らの腕を抱いて肩をすくめる結維に胸の高鳴りを感じながらも、火群は顔を背けたまま、

火群「…それは是非とも聞きたいところではあったけど、今は……その、違くて」

急に言葉に詰まる火群を結維は急かすでも無く、嘆息。

火群「……ごめん」

そして火群の口からひねり出されたのは、今日、何度目になるかわからない、謝罪の言葉。
結維に対して込められた意味は、３つ。

１つ目は、先の防衛戦にて、大事には至らなかったものの、和泉の元に駆けつけるのが遅くなってしまった事。
２つ目は、明日の戦いに和泉を参加させてしまう事。
最後に３つ目。今この瞬間、若干気落ちしている自分に気を遣わせてしまっている事だ。

結維「…っ」

結維が一体どこまで謝罪の意味を読み取れたか火群にはわからないが、察しのいい結維は恐らく全部読み取れたのであろう、呆れた表情で火群の頰をつねる。

結維「…ていっ」

火群「……あだぁ！！」

可愛らしい掛け声と共に繰り出された一撃は予想外に痛く、火群は思わず声を上げるが、それ以上は何も言わなかった。

そしていつかの通学路みたいに、ゆっくりと二人は歩いて行く。


結維「ーーーー和泉の事、やっぱり大切？」

火群「…ああ、もちろん」

結維「……和泉のどんなとこが好きなの？」

火群「！？ え…っいや…っ」

結維「…いいから答えなさいよ」

火群「……見た目はもちろんなんだけど…、一番は………、……俺に、話しかけてくれた。
きっかけは小さな事だったけど、小学校に入って初めて俺に声をかけてくれた女の子が、和泉だったんだ」

結維「……」


火群「………だから俺は、そんな和泉の『優しいところ』が好きだ」


結維「………そう」

火群「…な、なんだよ」


結維「…私も好きよ。和泉の『優しさ』」


結維は自分の左肩にそっと手を当て、眼鏡の奥で静かに笑ってみせた。







＊＊＊＊＊







そして和泉の家の前で結維と別れた後、火群が再び向かった先はーーーーー





〜アトリエ・イチセ〜



絵画に囲まれた一室に、男は立っていた。


久義「ーーーーーよく来たな。火群。何の用かは、大体察しはつくが……」


知的な眼鏡をかけたスーツ姿の火群の父ーーーー『市瀬 久義(いちせ ひさよし)』は振り返り火群を見据える。

火群「…父さん……」

対する火群は久義の３メートルほど手前で立ち止まる。
そして覚悟を決めた瞳で久義に視線を合わせ、言った。





火群「ーーーーー６年前に死んだ俺のお姉ちゃん……『市瀬 炎花(イチセ ホノカ)』の事を聞かせてくれ」







To Be Continued…






《次回予告》




次回、『遊戯王Ph.X』
DRAW:１９７ 炎花-ホノカ-






＊タイトルは予告なく変更になる場合があります。ご了承ください(廿V廿,,)乙