DRAW:２２ 戒めの斬波①戒め　作：人喰い

2008年 4/21(水)


俺ーーー斬波戒は二年前、市瀬火群とのデュエルに敗北し、今日、市瀬火群とのデュエルにて引き分けた。
今の俺でも、市瀬火群には勝てなかった。無論、引き分けで満足したつもりもない。
二年前、俺がデュエルを始めて最初に参加した大会ーーー黒髭町デュエル大会での市瀬火群とのデュエルに敗北した時、父様は言った。『やるからにはトップを目指せ。トップであり続けるのだ。斬波の名に恥じぬ様にな』と。
あの負けを境に、俺は誰にも負けない強さを手に入れたはずだった。なのにそれは、錯覚だったという事なのか。結局のところ俺という存在は、あの時から何一つ変わっていないということなのだろう。
今日、市瀬火群とデュエルしてわかった。
このままでは、俺は市瀬火群には勝てない。
一度負けて、その次に引き分けた。確実に勝ちへの階段を登っているように見えるが、それはどうだろう？ 次こそは勝てる？ そんな単純な事ではないはずだ。
なにかが、足りない。
俺に無くて。
市瀬火群に有るもの。
……今、深く考えるのはやめておこう。
それよりもまず考え、向き合わなくてはならない事がある。

ーーー勝てなかった事実。

その事実は、寄生体のようにこれからも俺の胸の中に住み続けるだろう。


いや、最早そんなこともどうでもいい。そう思える程に、今の俺はデュエルに飢えていた。


ーーー楽しい、デュエルに。


今まで俺が葬ってきたデュエリストは皆、ただ、勝つことしか考えていなかった。
だが、市瀬火群は違った。
俺とのデュエルを、まるで、仲のいい友人と会話でもするかのように、楽しんでいた。
もしかすると、そこが、俺と市瀬火群との違いだったのかもしれない。

デュエルを楽しむ心……か。

それが俺には足りなかった、ということか。


俺も、甘くなったものだな。




〜斬波邸・社長室〜


戒「……ただいま帰りました。父様」


戒の父「……今回は、引き分けたそうだな」

戒「…見ておられましたか」

戒の父「私の部下がな。さっき報告が入った。……それより、お前がデュエルを始めた時、俺がお前に言った言葉……覚えているか？」

戒「……『やるからにはトップを目指せ』…」

戒の父「……そして、『トップに立てなかったのなら、その時はーーー』」

戒「………く…っ…、わかっております。父様」



秘書「………」ザッ




すまないなーーー市瀬火群。


お前との約束、どうやら果たせないかもしれないな………。




戒の父「やれ」



秘書「御意。戒様ーーーデッキを構えてください」



戒「………ッ…！！」



ーーー決闘！！



ーーそして“俺”の、人生最後のデュエルは唐突に幕を開け、ゆっくりと、静かに、閉じた。







遊戯王 Ph.X DRAW:２２
《戒めの斬波》①戒め







ーーーここはーーー？


ーーーどこだ？


ーーー駄目だ、何も……思い出せない……。


俺はーーー死んだのか？


誰かがーーー俺を呼んでいる気がする。


ようやくーーーお迎えが来たという訳か。







？？「………い！ おーい！」


……？ 何だか、騒がしいな……。


？？「おーい！ 君！ 大丈夫かーっ！！」


戒「ーーーッ！？(……生き…てるのか…？)」

俺は目を覚ました。どうやらこれは現実のようだ。
俺の顔に押し付けられたふくよかな胸の柔らかい感触は間違いなく本物で現実のものだった。

……いや、ちょっと待て。状況が把握できない。
というかまず呼吸すらできない。

戒「…ンンンーーーッ！！」

？？「おっ！ やっと目を覚ました〜！ 良かった〜！」

謎の女性は俺を更にキツく抱きしめる。


戒「………っ……」

？？「………あっ！ 大丈夫！？ 軽く白目むいちゃってるけど！？」

…この女……馬鹿なのか天然なのか、それとも阿呆なのか。

戒「……っ！ ようやく離してくれたか…っ」

？？「あはは。ごめーん」

顔の前で両手を合わせ、舌を出しおどけた表情で謝る女性。
よく見るとこの女性、警察官の制服を着用している。
婦警なのだろう。

優香「あっそうだ！自己紹介がまだだったね！ 私の名前は『白河 優香(しらかわ ゆうか)』！『治安維持警察』っていう、最近設立されたちょっと特殊な警察に所属する優秀な婦警よ！ よろしくね！」

白河と名乗った彼女は、自己紹介をしながら警察手帳を開いて見せる。どうやら本物なようだ。
だが『優秀な』と自分で言ってしまうあたり、予想通りの馬鹿でもあるな。

優香「あーっ！ 君！ 今心の中で私の事バカにしたでしょぉ！ なんとなくだけどわかるんですからね！」

流石警察と言ったところか。良く鼻が利く。

戒「…フッ。それはさておき、だ」

優香「なによそれっ！ ひどーいっ」

頬を膨らませて子供の様に怒る白河をよそに、俺は辺りを見渡す。
だが見渡すも、周りには木、また、木。そして脇には川が流れている。
空はまだ明るいが、昼頃だろうか。

戒「…ここはどうやら、森林の中のようだな……」

優香「え…？ うん、そうよ」

白河は一瞬戸惑いをみせてから受け答え、続ける。

優香「っていうか君！ こんなところで何してたのかな！？」

戒「………」

優香「…？ どしたの？」

戒「……すまないが、俺が俺だということ以外、今は何も思い出せないんだ」

優香「はいはい常套句常套句。そんな都合のいい言い逃れはもう聞き飽きてますからね」

戒「いやまて、本当に思い出せないんだ…！ 信じてくれ……！」

俺はまっすぐと、白河を見つめる。

優香「そ、そんな熱い眼差しで見られると……こうふn…じゃなかった信じないわけにはいかないじゃない……。わかったわ、信じるわよ！」

戒「……ありがたい」

優香「………っ///」

俺が礼を言うと、白河は頬を赤くしてふっと目をそらした。それからチラチラとこちらを見てくる。
一体どうしたというんだ。

戒「ところで、…白河さん」

優香「んふぇ…！？ な、なあに？」

突然の振りに虚を突かれた白河は変な声を上げたが、俺は気にせず続ける。

戒「貴女はどうしてここに……？」

優香「ああ、それについても話さなきゃいけないわね。…私はこの辺りに変質決闘者が出たという報告を受けてやってきたんだけど…」

戒「変質決闘者…？ …こんな、森林にか」

優香「……まぁそれはいいでしょう。それで捜査を続けてたら、突然ガラスの割れる音がしましてね……そちらも気になり、パトロールがてら音のした方角へ足を進めてましたら、偶然辿り着いたこの場所でズタボロの貴方が倒れていたというわけです」

戒「…なるほどな。それで俺は一体、どこから来たのだろうな。考えられる可能性として一番確率が高いのが……川に流されて来た、ってとこか」

だがもしそうだったとしても、根本的な解決にはならないな…。

優香「鋭いね。断定はできないけど、私が君を発見した時には君はズブズブの濡れ濡れで気を失ってたから、きっと流されて来たんだと思う」

戒「……そうか。それよりもさっきから気になってはいたんだが、俺のこの格好は……？」

この時俺が着用していたのは、男性用の警察官の制服だった。

優香「あーそれね。元着てた服が悲惨なくらいボロボロだったから、わざわざ着替えさせてあげたのよ。みっともないし。うん。よく似合ってるじゃない！ 運良く男性用の持ち歩いてて良かったわ〜」

運良く、って……この女はコスプレ趣味まであるのか…。
というか、着替えさせて……？

優香「でも大変だったんですからね！ パンツまで濡れ濡れで………脱がすのにもかなり抵抗あったんだから…///」

戒「なぜ下着まで脱がす必要があった！？」

思わず声を荒げてしまった。

優香「え、えと、風ひくといけないかな〜って思って」

白河は頬を真っ赤にしながらも答える。

戒「…く…っ、 気遣いは、感謝する…」

優香「…でもやっぱりびっくりしたなぁ。あんな風になってるなんて…」

戒「〜〜〜っっ！！ もういい黙れ！！」

優香「あ〜拗ねちゃった。ごめーん！ もう忘れるから！ ね？」

両手を合わせて謝る白河。
その無邪気な表情を見ていると、なんとなく何でも許せてしまえるような気がする。もっとも錯覚だが。

優香「あ、そうだ。生徒手帳落ちてたよ。斬波 戒……くん？ でいいのかな？」

戒「……！ …すまない」

俺は白河の差し出した俺のらしき生徒手帳を受け取る。
それを受け取った瞬間、白河は満面の笑みで言った。


優香「…というわけで！ 戒きゅんには今日限り、私の助手として働いて貰うわよ！」

戒「……おいあんた！ ふざけたこと言ってんじゃ…！」

優香「やめろ戒っちゃん！ …じゃなくて」

ネタには乗ってくれるんだな。

優香「私は一応君の命の恩人よ？」

戒「……くっ…」

確かに、もしあのタイミングで白河が俺を発見し、介抱してくれなければ、俺の命はなかったのかもしれない。
そこはやはり、ちゃんと感謝するべきだ。

戒「……わかった。貴女の助手を務めよう。……た、ただし、今回だけだ」

優香「……っ！（うわーツンデレ属性まであるのかよぉ！）じゃなくて」

戒「…？ どうした？」

優香「いやいや！ 何でもないよ！ こっちの話！」

白河は顔をほんのり赤く染め、手をブンブンと振りながらはぐらかすようにした。
だがその後すぐに、

優香「……ありがとうね」

と優しい笑顔で言ってくれた。

優香「…じゃあ早速だけど、新米警察官 戒きゅんに司令を与えます！」

いい加減その呼び方はやめろ、と言いたいところだったが、これ以上話をこじらせてもなんだなと思い、呼び名については深く突っ込まないことにした。

戒「…司令、ですか」

優香「…はい！ これはとても、重大任務です！」

戒「重大…任務」

優香「…はい！ 下手をすれば人類の未来に関わる任務です！」

戒「……随分ともったいぶるな」

というか人類の未来…？ まぁそれは流石に言い過ぎだとしても、白河がこんなにも言い渋るという事は、よほど重大な任務と見て間違いなさそうだな……。



優香「………迷子の私を助けてください！」



ーーーこの女は、俺の考えを何処までも超越していた。




ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ーTo Be Continued…ー〜ー〜ー





《次回予告》

優香「思いは募り、巡るばかり。机上に乗らない空論だとしても、その切なる想いと感情だけは嘘じゃないと思いたい」



次回、『遊戯王Ph.X』
DRAW:２３ 戒めの斬波②感情空論
＊７／１４(日)更新予定＊



戒「ーーーそれでも俺は、この感情を認めたくない」