DRAW:１９５ 今できること④意思　作：人喰い

(195)



人と関わる事で、自分という人間が変わってしまうのが怖かった。
自分という確固たる存在の中に、自分以外の“何か”が住み着く事を恐れていた。
また、自分自身が他人に深い影響を与えてしまうことも、同じように恐怖していた。
それは火群がまだ小学5年生の頃の話ーーーーー





火群「ーーーーっ…」

給食の時間が終わり食器の乗った盆を片付け廊下に出ると、昼休み開始直後ということもありボールを持って階段へ走り出す生徒達で廊下は騒がしさを増していた。

火群「……」

火群は皆に遅れて階段を降りて行く。しかし向かう先は皆の向かったグラウンドではなく、昇降口を出て脇に抜けた先の校舎裏だ。

固い土を踏みしめてその場にしゃがみこむと、ポケットの中からカードの束を取り出した。
『炎王神獣ガルドニクス』のカードを先頭にした４０枚のカードの束ーーーーーそれは本来学校への持ち込みが禁止されているデュエルモンスターズのデッキだった。
一人でいることを好む火群にとって、この場所は人がほとんど寄らない最高の空間。ここでデッキを眺めながら決闘のイメージを脳内で膨らませるのが、昼休みにおける火群の主な過ごし方だ。

火群「……俺にはこいつらがいればいい」

小さくそう呟いて、ふと空を仰ぐ。

火群「………近くに対戦相手がいない事だけが、難点なんだよなーーーーーっと…！」

ため息混じりに首を降ろすと、少し遠くに男子生徒の姿が見えたので火群は慌ててデッキを右ポケットに押し込む。

火群「……っぶねぇ…」

幸い、その男子生徒は校舎裏の花壇の花に水をやりに来ただけらしく、カードが見られたわけでは無さそうだった。

身長は火群より少し高いくらいで、太った体型の少年の名前は『倉川 明日人(くらかわ あすと)』。火群と同じクラスのあまり目立たない方の男子だ。

明日人「……っ」

楽しそうに水やりをしてる明日人を見て火群は、「みんながやりたがらないことをよくやる気になるよな」とか、「多分あいつとも関わる事は無いんだろうな」とか、そんなことを酷く上から目線で考えていた。

ーーーーしかし。


明日人「……ッ！」


突如飛んで来たサッカーボールに、火群の人生は大きく突き動かされることとなる。


火群「……！？」

グラウンドから山なりに飛んできたサッカーボールがネットを飛び越え、明日人の目の前の花壇に落ちた。

明日人「……っ…は……っ…？」

かなりの回転がかけられていたボールは草花を蹂躙し、柔らかな土を明日人の足元に跳ねさせながら僅かに沈む形でその勢いを殺す形となった。


「ーーーおいっ花壇の方まで行っちまったじゃねぇか！！」

「ノーコンすぎだろ！」

「ぎゃははは！！」

次々と笑い声をあげながらこちらへ駆けてきたのは、6年生の男子達だ。

明日人「………ッ……」

「おいそこの太いの！ ボール取れよ！」

「それともお前がボールになるか？」

「ぎゃっはははっは！！ それ最高！」


明日人「……ッッ…！」

明日人は言い返すでもなくやり返すでもなく、ただ唇を噛みその場に立ち尽くしていた。

火群「………」


面倒だ。
関わるべきじゃない。
ここから離れよう。
火群は心底そう思った。

そのはずなのに。


火群「……ッ」

立ち上がった足は昇降口とは反対側ーーーーグラウンドの方に動いて行く。

何やってんだ、市瀬火群。
そっちじゃない。
そっちじゃない。

逃げ道はそっちじゃ、ねぇだろーーーーー



火群「ーーーー謝れよ」



火群の中で何かが弾けた瞬間だった。





＊＊＊＊＊





明日人「ーーーーったく……バカだな、お前。上級生に喧嘩ふっかけるなんてよ」

数分後ーーーーー乱れた花壇の土をスコップで均しながら、明日人は火群に初めて話しかける。

明日人「…しかも途中で先生が止めにこなかったら、相手もお前も、その程度の怪我じゃ済まなかっただろ」

火群「………はは、そうだな」

結局、上級生と殴り合いの喧嘩になり、額をはじめとして頰、腕、膝にまで擦り傷を作った火群も、スコップ片手に見よう見まねで土を均している。

明日人「……それにしても、お前には全く関係無い事なのに……、おかしなやつだな」

火群「……ああ。俺も、そう思う」


今まで目立たずに保ってきた均衡が、こんな些細なきっかけで崩れ落ちてしまうだなんて、5分前の火群は思ってもいなかっただろう。
誰かの為に立ち上がり。
誰かの為に歩き出し。
誰かの為に拳を振るうなんて。

考えたこともなかった。

火群「……」

しかし、まともに考えられない程の衝動が起こした行動は事を終えてみれば、火群の中に確かな満足感を生んでいたーーーーー

もっとも、今回の件は度を過ぎた暴力を振るってしまった事もあり、この一歩を“成長”と呼べるか否かは、今後の火群次第ではあるのだが。


明日人「……ああ、あと言い忘れてたけどーーーー」


けど今この瞬間はなによりもーーーー


明日人「ーーーーありがとな」


一言の感謝が、火群には嬉しくて堪らなかった。















◉遊戯王 Ph.X◉
ーーーDRAW:１９５ーーー
《今できること④意思》















ーーーーーそして時は戻り。
和泉の家を出た火群は倒壊した黒髭中学校へと向かっていた。


〜黒髭中学校跡地〜


火群「ーーーーッ」

立体映像によって外から見たら原型を保っているように見える黒髭中学校校舎の中は、火群の想像していたよりも酷い有様だった。

まず天井は存在せず、崩れた瓦礫が山のように積み上がり自分が立っている場所が廊下だったのか教室だったのかの区別もつかないくらいだ。

火群「……全部……宮本先生が…」

自分たちのクラスであった2-Aの文字が刻まれたプラ板を手に取りつつ、火群は呟く。

火群「………和泉から話は聞いてたけど、これは酷いな……酷すぎる」

話を聞いた時にも、当然かなりのショックを受け、悔しさ、怒りを抱いた火群だったが、実際に惨状を目の当たりにした今の感情は、『空虚』そのものだった。

火群「………」

折れ曲がった机の足のようなもの。散らばった木片。山積みのコンクリート。
火群はそれぞれを交互に見ながら拳を固く握る。
後ろに漂うニクスはそんな火群の心情を察してか無言でその手を握り、身を寄せた。

ニクス『………』

火群「……っ…」


記憶の片隅で何かが揺れるのを感じながら、火群もただ無言でニクスを受け入れ、固く握られた右拳が次第に緩んでいくーーーー

火群「ーーーーなぁ、ニクス」

ニクス『ーーーーなんだ？ 火群』


火群「……勝とう。
勝って何もかも終わりにしよう」


ニクス『……ああ。
私と、火群ーーーーーー』


ーーーーー二人で、必ず。






＊＊＊＊＊





明日人「ーーーー火群ッ！！」


校舎を出た道路の途中、火群の名を呼びながら走ってくる姿があった。

火群「ーーーークラース…ッ！」

植物を愛する小太りの少年、倉川明日人ーーーー通称クラースだ。

明日人「……学校、見て来たのか…？」

火群「……ああ…」

明日人「………俺、何もできなかった…ッ…！
栗須のやつと一緒に罠にかかって…結局スッキー先生に助けられて……ッ…」

明日人は拳を固く握り、悔しさを吐露する。
見ると明日人の身体には何箇所もガーゼが当てられており、それを見た火群は軽く胸を押さえ、

火群「……けど、命は助かった。
クラースも、栗須も、スッキー先生も、剛田も、新田も、みんな……生きて帰ってきた」

明日人「……ッ…」

そして頰を掻きながらどこかぎこちない笑顔で、

火群「………今はそれで十分だっ。
誰もお前たちを責めたりしない」

和泉の言葉を借りて、そう言った。


明日人「……はは…、ありがとう、な」

明日人は少し気の抜けた風に感謝を述べ、火群の肩を強めに叩く。

火群「あだっ！！？」

明日人「明日ーーーーー終焉の焔とまた戦う事になるんだろ…？」

火群「…！」

明日人「……聞いたぜ、八神社長の事。シルバさんから」

火群「…そっか…」

明日人「………俺は行くぜ。
確かに俺はみんなに比べたら弱いかもしれない……役立たずかもしれない………けどなァ…ッ！」

明日人は決意を込めたまっすぐな瞳で火群と視線を重ねる。

明日人「ーーーーー誰かの為に戦わずに逃げちまうほど…ッ、クズ人間じゃねぇ！！」

火群「……ッ…！」


あの日、火群が踏み出した小さな一歩。
それは自分だけにもたらされた成長の兆しだと火群は思っていたが、それは違った。


火群「……ああ、頼むぜーーーーークラース」


明日人にもその“意思”は、しっかりと受け継がれていたのだ。









＊＊＊＊＊








〜？？？？〜




ジャラン「アッハハハっ！！ 放浪に真和っっなにその傷っ！！ 一体どうしちゃったわけ！？」

紫を基調とした奇術師のような衣装を身に纏った細身で美形の青年ーーーー『ジャラン=カルディーネ』は傷だらけの２人を見るや否や腹を抱えて笑いだした。

放浪「……黙れ…。精霊は問題なく回収できた。なんの問題もねーだろ…」

右頰に刻まれた火傷の痕が目立つ茶短髪の青年ーーーー『永井 放浪(ながい ほうろう)』は不機嫌そうにジャランを上目で睨む。

真和「…放浪の言う通りだな。それに作戦に参加していなかったお前が言えた事ではないはずだ、ジャラン」

身体はボロボロなのに髪型だけはキチンと七三分けにセットした長身の男性ーーーーー『宮本 真和(みやもと まさかず)』も左手で眼鏡の位置を修正すると、ジャランの道化ぶりを横目で睨んだ。

二人の突き刺すような視線がジャランに集中する。

ジャラン「……あっははは……イイね…っとてもイイよ……っ！ 視線だけで人を殺しかねない圧倒的な敵意…っ！ それでこそ君たちは『終焉の焔・伍召焔』だ……っっ！」

恍惚な笑みを浮かべ両手を広げるジャランを放浪と真和は本気で気色悪いと思ったのか、それ以上口を開こうとはしなかった。


星奈「……うっわ…っ！ なにこの空気…っ…めちゃくちゃ重いんだけどぉ…」

瑞希「…どうせジャランが何か余計な事でも言ったんでしょ」

そんなお通夜ムードの中、扉を開けて入って来たのは二人組。

星奈「まったくっ！ お子様なんだからっ！」

肩に届くくらいの金髪を二つ結びにしたお子様ーーーー『常盤 星奈(ときわ せな)』は、やれやれ、と言わんばかりに掌を天井に向ける。

瑞希「…あらら、お子様にお子様って言われちゃ世話ないわね」

呆れ顔で星奈の頭をポンポンと叩き、室内の３人を見やるのは、スタイルの良い黒髪ロング女子ーーーー『ネロ』もとい『柏木 瑞希(かしわぎ みずき)』。

二人は室内に入るとそれぞれ自分の席に腰を下ろした。


放浪「…っるせェな…ガキ共」

瑞希「星奈はともかく、私とアンタはそこまで歳離れてないでしょーが！」

瑞希が15歳なのに対し、放浪は17歳。

星奈「…むぅ…っ！」

頰を膨らませ不機嫌になる星奈を右手で制止しつつ、瑞希は続ける。

瑞希「…あ、そういや、放浪。アンタ今回の件で『三本の火柱』から『伍召焔』のシンクロ担当の席に着いたんだってね。おめでとう」

放浪「……チッ…別に嬉しくねぇ……。俺は戦えりゃなんだっていいんだよ」

そう言う放浪だったが、マインへの復讐を目的としている彼にとってマインに近づく事が出来たのは嬉しい誤算であった。
しかし彼のそんな思惑を知る者はこの場には恐らくいないだろう。

瑞希「…あっそ。
……くれぐれも変な気は起こさないようにね。
思ったよりも消耗が激しかったみたいだし、今はマイン様の“意思”すら届かない状況だからね……」

放浪「……」

瑞希「わかってるとは思うけど、私達は“意思”を与えられなければ行動できないーーーーー」


ジャラン「ーーーーーまるで“人形”だね……♪」


含み笑いで呟いたジャランの言葉に瑞希は眉を潜め、

瑞希「……そうね。そうかもしれない」

力無く俯き、そう答えた。


真和「…ところで、ネロ」

瑞希「なに？ 先せーーーーマサカズ」

先生、と呼ぼうとして言い直す。

真和「……散々引き伸ばしてきた“例の少女”の件だがーーーー」


瑞希「ーーーーーわかってるって」

瑞希は顔を伏せたまま、

瑞希「マイン様が私に与えてくれた“意思”だからねーーーーー彼女には今夜、会いに行くつもり」

口調だけは元気に答える。


星奈「…でもさっ、ねーね。
本当にその子に、みんなが集めた精霊達の『器』が務まるの？」


瑞希「うん、間違いないよ。何のためにこれまで監視してきたと思ってるの？」

瑞希は自信満々に星奈を見やると、一人の少女の名を、口にした。




瑞希「ーーーーー桜庭 和泉。
彼女こそが、マイン様が新たな“王”となる為のーーーーー最後のピースよ」







To Be Continued…






《次回予告》




次回、『遊戯王Ph.X』
DRAW:１９６ 今できること⑤家族






＊タイトルは予告なく変更になる場合があります。ご了承ください(廿V廿,,)乙