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HOME > 遊戯王SS一覧 > Report#91「囚われの愛」

Report#91「囚われの愛」 作:ランペル

 ~~~~~


「お父様…ワタシ…うまく、できましたか…?」
 
 緑の光が淀むグリーンフロアの一室で、ワルトナーが小さく口角を持ち上げながら背後の人物へと問いかける。

「えぇ、完璧です。試験運用は問題なさそうですね」

 そう言ってワルトナーを称賛するのは、グリーンフロアのフロア主、黒縁の眼鏡をかける梨沙の父親だ。彼の視線が向けられるのは、ワルトナーの先の壁に用意された大きな監視用モニター。そこには、無機質な白い壁が映し出されており、その一点は赤黒い血飛沫で汚れている。そして、その血が地面へと滴る先には動かなくなった死 体が転がっているのだ。

「これで、ミア1人になったとしても問題は無いでしょう」

「え……」

 父親がぼそりと呟いたその一言にワルトナーは硬直する。内から沸き上がる不安のままに、その言葉の真意を父親へと問いかけていく。

「どういう…意味…ですか?」

「そのままの意味です。万が一私が死んだとしても、この方法を使えばミアでも比較的安全に生きていく事が出来ます」

「な…なんで…ワタシの…事を……?」

 何故か自分の安全について言及を始めた父親に、ワルトナーはただただ困惑するばかりだ。

「いいですかミア?これからは、自分で考えて生きていくんです。私があなたに命令する事はもうありません」

「そ…んな……!?ワタシが…何か…間違え…ましたか?」

「間違えたのは私の方です……。あなたの様に幼い子供達を何人も犠牲にしてきた。その果てに何かを成し得ることも無くね」

 ワルトナーの不安の籠もった問いに被せるように、父親は己がして来た愚行を悔やむ。

「や…やめて…ください…お父様は…いつも…正しい…から……」

 戸惑いを見せるワルトナーは、自責する父親の声に不安を募らせていくばかりだ。首を横に振る父親は、尚も自らの過ちへの贖罪を口にし続ける。

「いいえ、私の行動に正しさなどなかった。ミアにも、謝らないといけません。謝ったからといって許されるもので無い事は理解しています」

「な…何…言って……」

「やりたくもない人殺しを指示し、自らの命惜しさにあなた達を身代わりの様に何度も利用して来ました。そして、それに従わなければ殺すと脅迫して……。私の行いは人として、決してあってはならない事ばかりなのです」

 ワルトナーの困惑を置き去りにしたまま、曇る表情の父親が自分のして来た事が間違いである事を伝え続けていく。辛そうに口元を震わせるワルトナーが、それを懸命に否定し続ける。

「ちが…ちがい…ます…お父様は…そんな事……」

「ミア……あなたにも心から謝罪させて欲しいのです。いつも私の命令を忠実に守ってくれました。ずっと怖かったですよね……?
本当に……すまなかった……」

 父親はその場へ膝をつくと、ワルトナーに向かって土下座する。

「やめて……」

 ぽつりと呟かれたワルトナーの言葉に、一拍置いて頭を下げたままの父親が言葉を返す。

「こんな形だけの謝罪など……君が受けた苦しみからすれば何の救いにもならないはずです。ですが、娘と再会出来て……私がしてしまった事がどれ程に愚かで残酷だったのかに気付かされた。ミア……これからは、私の指示に従う必要はありません。ごめんなさい。君を傷つけてしまっ――

「やめて……!!」

 父親の謝罪を遮り大声を上げるワルトナー。それに驚き顔を上げた父親の視線の先で、肩を震わせる少女の姿があった。

「……ミア」

「お父様は…ワタシに…いろいろな…事を…教えて…ください…ました。お父様は…ワタシを…必要と…して…くださいました」

「確かに、私はあなたにたくさんの事を教えたと思います。しかし、その教えこそが全て間違いだったのです。あなた達を都合良く利用する為にして来た事なのです」

 声を震わせたワルトナーが、父親の話す意味が心底分からないかの様な表情を浮かべながら呟く。
 
「それの…何が…問題…なのですか……」

「問題しかありませんよ。幼い子達の未来を己の身勝手で歪めるなど……あってはならない事なのです」

 困惑を断ち切る父親の言葉に、ワルトナーはどんどんと憔悴していく。

「そん…な……。お父様は…ワタシを…愛して……いないのですか…?」

「…………」

 不安のままに漏れ出たワルトナーの問いかけに、父親は暫しの間押し黙る。

「ワタシ…は、お父様…のお役に…たつだけで…いいん…です……。問題…なんて…何も…ないんです」

「すまないミア……。君がその様に考えてしまうようになったのも、全て私の責任です」

 父親の表情は小さく歪んでいく。己の重ねた過ちに対して、少女は正常な認識が出来ていないのだ。

「な…なんで…ですか……。ワタシ…を…愛して…くれ…ないのですか……?」

 答えを得られなかったワルトナーが、再び父親へ縋り付く様に問いを投げ掛けた。重たい沈黙を経て、父親は口を開きかけ……躊躇い目を伏せる。そして、言葉にならない何かが心の奥でひとつ、形になったかのように——父親は静かに言った。

「私には、誰かを愛する資格なんてありませんよ……」

 父親の落とした言葉が、ワルトナーを突き刺す。全身を震わせながら、尚も少女は問い続ける。

「……ワタシを…拒絶…するんです…か…?もう…いらない…のですか?……あんなに…たくさん…教えて…命令して…くれた…のに……。
愛して……!くれて…いたのに……!!」

「ミア……あなた達の受けた仕打ちは、決して愛情などではありませんよ。もう会えない娘への未練を身勝手に背負わされた身代わりであり、死なない為に用意した道具でしかありません。
これまでに、あなたをミアとして愛した事など……1度もありはしないんです」

 父親が突き放す様に言い放った言葉で、ワルトナーは力が抜けた様にその場へとへたり込んでしまう。呆然とする少女の包帯越しの目元が静かに濡れ、滲んだ雫が頬を伝い始める。
 
「……愛して…ない?……だった…ら」

 零れた言葉と共に目元を伝う失意の雫が、彼女の手の甲へ落ちた時……彼女は立ち上がる。そして、そこへ居るであろう父親の方へ向かってデュエルディスクを構えた。


「お父様との…約束…破ります……」


ザザッピー
「ただいまよりグリーンフロアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:8000
モード:グリーンフロアカスタム
リアルソリッドビジョン起動…。」

 流れるアナウンスに耳を傾けた父親は、静かに目を閉じていく。デュエルディスクを構えながら、感じた理不尽に従い反発の声を上げるワルトナー。

「娘に…会えたから…ワタシが…いらなく…なったの…ですか?穂香…と…一緒に居た人…でしょ。そんなの…嫌です…お父様の…娘は…ワタシだけ…です。他の…子供なんて…みんな、死にました」

 その訴えを聞いた父親は目を開け、ワルトナーを視界に捉える。身体を震わせ感情的な彼女の姿など、今まで見た事がなかった。そんな彼女へ、諭すようにゆっくりと話していく。

「そうですね……みんな、私が殺しました。朝陽、芽依、加奈、茂、雛、風音、透夜、千夏、勇気……《番外発動》の実験用に名前すら聞かずに殺した子もいたでしょう」

「どうでも…いいです……。ワタシは…生きてます…お父様が…唯一、愛してくれていたから……」

 そう吐き捨てるワルトナーに、父親の語気が少しだけ強くなる。

「そんなもの愛とは呼べません。忌まわしい呪いに過ぎない。
だからせめて、生き残ったミアには私から解放されて欲しいのです」

「嫌です……。どうしても…そう…したいのでしたら…ワタシは…お父様を…殺します」

 言葉として落とされた殺意。父親は小さく驚くものの、目を閉じ少し考えを巡らせた。沈黙を経て納得したように頷くと、彼女の殺意へ同意する。
 
「……なるほど。確かに、ミアにはその権利があります。償い切れぬ罪ならば、私の命を以てあなたに自由を与えるべきですね」

「え……」

 父親はゆっくりとデュエルディスクを持ち上げ、ワルトナーと相対した。しかし、自ら仕掛けたはずのデュエルでワルトナーが戸惑いの声をあげている。

「殺さない…の…ですか?お父様に…逆らうのに……」

「そんな事はしません。さぁ、ミアの望むようにデュエルを進めてください」

 父親の宣言に、ワルトナーの困惑が拭われる事はなかった。それでも、ワルトナーは懸命に父親の言葉の意図を探り、咀嚼し飲み込む。

「ワタシ…本気です……。お父様と…デュエル…して……。あ、あなたを…殺そうと…します」

「……構いません。私は、あなたにそれだけの事をしたのですから……」

 父親はデッキトップへ指をかけながらそう口にした。
 逆らっている事を未だ本気に受け取ってくれていないのかもしれない……。そう感じると共に、デッキトップを探り指先を伸ばすワルトナー。


 「デュエル」  LP:8000
 「デュエル」  LP:8000


ピー
「先攻は裏野様、後攻はワルトナー様になります。」

 [ターン1]

 先攻を手にしたのは父親。彼はデュエルディスクから初期手札の5枚を引き込むと、それらを確認する事なく宣言する。

「私のターン。
ターンエンド」

「な……」


 [ターン2]

 
 ワルトナーの困惑はさらに増していく。父親が、全く何の行動も起こさずに自身のターンを終えてしまった。その行動は、この死と隣り合わせの環境においては自 殺行為に等しい。例え、何も行動をしない事が戦略だとしても、ワルトナーの知っている父親のデッキの戦略性とはかけ離れているものなのだ。

「なんで…なんでですか!?ワタシ…本気…なんですよ……?」

「分かっていますよ。あなたが、これ程に感情を昂らせるのは初めてのことですからね」

 落ち着いた声色にワルトナーの肩が震える。約束を反故にした人間に対して向けていたあの冷たさを……今の父親からは微塵も感じられなかった。

「だったら…なぜ…殺さないの…ですか!?お父様は…ワタシに…確かな…愛情を…くださいました……。それが…愛じゃ…ないんだったら…ワタシは…誰からも…愛されてない……。愛されないんだったら…せめて…他の子…みたいに…殺してください……」

「何を、言い出すんですか……」

 必死なワルトナーの死を願う言葉に父親は静かに動揺する。依然として殺意を感じさせない父親へワルトナーの懇願は続く。

「道具だって…お父様は…言いました…。道具で…いいんです……。でも…いらない…なら…ちゃんと…捨てて…ください……」

「ミア……」

「みんな…お父様の…役に立って…死にました。ワタシが…死ぬ時だけ…お父様の意思…じゃない…なんて…ぜったい…嫌なんです……!!」

 ミアは必死に訴え続ける。その声色には救いを求める悲痛さが混ぜ込まれており、父親の表情がさらに歪んでいく。だが、彼女の欲求は正気とは程遠い歪みに歪みきった、憐れなほどに悲しい訴えだ。唇を強く噛みしめた父親の口元から一筋の血が流れ落ちる。

「分かりました……断言しますよミア。たとえ、このデュエルであなたが死んだとしても、それは私の意思ではありません。あなたが、自分で選んだ道です」

「な…ぁ……」

 父親の声にいつもの冷たさが織り込まれた事で、ほんの少し安堵した様に口元を緩めていたワルトナー。しかし……その冷たさのままに自分を突き放す言葉を前に、再び悲哀の感情に押し潰されていく。

「捨ててくださいとそう言いましたね?安心してください、もう捨ててあります。ですから、あなたが何をしようがもう私の意思とは何の関係もないのです。あなたの事を愛していた事はないし、これから愛する事もありません。
あなたは必要ないのです」

 俯く少女のすすり泣く声が聞こえる。悔しそうに奥歯を噛みしめた少女が、堪えきれず泣き声を零す。

「信っじ…ません……。ワ、タシ…っ…の…ターン」
手札:5枚→6枚

 デッキからカードを引き込み、その表面を親指でなぞる。視力を失った自分の為に、父親が指先でカードを識別出来る様特注された新たなカード達。道具でも……大切に使われていたならば、愛していると言えるのではないのか?

「ワタシ…の、フィールドに…モンスターが…いない…時。《分裂するマザー・スパイダー》を…特殊召喚」[守2300]
手札:6枚→5枚

 指先で確認したカード表面の感触。デッキに搭載されたそれら全てを、ワルトナーを記憶しており、彼女の選択と展開に迷いなどない。

「このカード…リリース……。
デッキから…《ベビー・スパイダー》…3体…特殊召喚…できる。さらに…レベルが…5に…なる」[守0]✕3
《ベビー・スパイダー》:☆3→☆5
《ベビー・スパイダー》:☆3→☆5
《ベビー・スパイダー》:☆3→☆5
 
 巨大なマザー・スパイダーが弾けると、その腹の中から小さな蜘蛛のモンスターが3体解き放たれる。

「《ベビー・スパイダー》…をリリース……。その効果で…他の…《ベビー・スパイダー》の…レベルを…リリースした…《ベビー・スパイダー》…のレベル分…上げる」
《ベビー・スパイダー》:☆5→☆10
《ベビー・スパイダー》:☆5→☆10

 2体の《ベビー・スパイダー》が、間に挟まれる《ベビー・スパイダー》に喰らいつき共食いを始めた。その肉を糧とした小蜘蛛達のレベルが上昇していく。

「……」

 展開を始めたワルトナーを押し黙りながら見遣る父親。この程度突き放した所で、未だ彼女が自らの呪縛に囚われたままである事を悟っているのだ。

「レベル10…になった…《ベビー・スパイダー》…2体で…オーバーレイ。
エクシーズ…召喚。

現れろ…《No.35 ラベノス・タランチュラ》」[攻0]

 視力を失ったとは思えない程に滑らかに展開を進めるワルトナー。そんな彼女の頭上へ広がっていく蜘蛛の巣。単眼の巨大な蜘蛛のモンスターが、その蜘蛛の巣へと降って来たのだ。その重さに耐える蜘蛛の糸は、ラベノス・タランチュラの身体を揺らし、刻まれた35のナンバーが輝く。

「そして…素材を…2つ持ってる…ラベノス・タランチュラを…もう一度…オーバーレイ。
エクシーズ召喚。

現れろ…《No.84 ペイン・ゲイナー》」[攻0]

 蜘蛛の巣がまるでワームホールの様にラベノス・タランチュラを吸い込む。新たに現れるのは、真珠の様に丸く赤い3つ目を持った新たな巨大蜘蛛。その刻まれる84のナンバーが怪しく輝く。

「ペイン・ゲイナー…で、オーバーレイ……。
エクシーズ召喚」

 重ねて呼び出したはずのペイン・ゲイナーにも関わらず、EXデッキより更なる1枚を掴み取り重ね合わせるワルトナー。

「現れろ…《No.77 ザ・セブン・シンズ》」[攻4000]

 3度、執り行われたエクシーズ召喚。
 張り巡らされていく透き通った蜘蛛の糸を紡ぐように現れるのは、淡い青色に輝く8つの蜘蛛足だ。先頭に位置する左歩脚には、77のナンバーが刻まれており、その巨大な体で父親を見下ろす。

「このカード…は、ランク…10か11の…闇属性…エクシーズ…モンスターに…重ねて…エクシーズ召喚…できる」

「教えたばかりだというのに……やはりミアは物覚えがいいですね」

 ……と、呟いた自分の言葉に父親の肩が小さく跳ねる。咄嗟に自らの口元を抑える仕草は、どこか酷く人間らしかった。
 ワルトナーには、それがどんな表情で発せられたものなのか分からない。ただ1つ分かるのは——こんな風に自分を褒め始めたのは、もう“必要ない”からなんじゃないかという事。突き放す言葉を浴びせられる中での、突然の優しさ。それが、ワルトナーの胸の奥にざらりとした痛みを残していった。本当に愛される事の終わりを告げられたようで、彼女には戸惑う他なかった。

「っ…ワタシは…ライフを…半分払って…セブン・シンズの…素材も…1つ取り除き…墓地の《ベビー・スパイダー》を除外…して…効果発動……!」

ワルトナーLP8000→4000


 揺れる感情を振り払う様に、効果発動を宣言するワルトナー。
 発動によって、セブン・シンズの周囲を巡遊していた紫色に光るオーバーレイユニット。その1つが弾けた瞬間に、ワルトナーの頭上より影が広がる。

「墓地の…闇属性…モンスター……。《No.35 ラベノス・タランチュラ》を…特殊召喚……」[攻4000]

 再び現れたラベノス・タランチュラ。その周囲を覆うオーラが、隣に鎮座するセブン・シンズへと伝播する。

「ミアのライフが半分になり、私とのライフ差は4000。これで、ザ・セブン・シンズの攻撃力もアップですね」

《No.77 ザ・セブン・シンズ》[攻8000]

 伝播していたのは、その攻撃力。ラベノス・タランチュラの効果によりワルトナーと父親とのライフ差だけ全モンスターの攻撃力が上昇する。それによって、初期ライフ8000さえも一撃で屠る破格の攻撃力を持った大罪の化身が顕現した。

「このまま…攻撃すれば…お父様は…死にます……」

「ええ。これほどデュエルが出来るのならば……何も心配する事などありません」

 ワルトナーの声に焦燥感が混ざり行く。彼女がそれを願っていない事など、父親もよく分かっている。

「お父様…………愛して…ください…嘘でも…いいから……」

 自分を殺そうとしてくれない父親。ならばせめて……と、ワルトナーが最後の願いを口にする。

「私はあなたを愛せない。何度言えば分かるのです?」

 心からの願いだとしても父親は決して聞き届けない。彼女を縛り付ける呪縛を、ここで終わらせる必要があるのだ。

「分かりたく…ない。お父様の事…ワタシが…1番…知ってる……。いざとなれば…誰だって…殺すんです……!!
バトルフェイズ…《No.35 ラベノス・タランチュラ》で…お父様に…攻撃」[攻4000]

 躊躇していた彼女の意思は定められた。攻撃宣言を受け、ラベノス・タランチュラが父親の眼前に向かって飛びつく。その巨体が地面へと降り立てば衝撃で地面が揺れ、単眼がぎょろりと父親を見定める。

「何故……セブン・シンズではなく……」

 攻撃に対し父親は動かない。一撃でライフを0に出来る《No.77 ザ・セブン・シンズ》ではなく、《No.35 ラベノス・タランチュラ》による攻撃に困惑を滲ませる。しかし、その顔も喰らいついて来たラベノス・タランチュラによって苦悶の表情へと変貌していく。

「ぁあ!?ぐぁあああっ!!!?」

晃啓LP8000→4000


 巨大な口が父親の身体へと喰らいつき捕食していく。周囲へ無数の血飛沫を撒き散らしながら行われる食事には、父親の絶叫と悲鳴が添えられていく。

「お、お父様…なんで…なんでワタシを…殺さないの…ですか!?ほ、本当に…死んでしまいます……!」

 父親の齎す苦痛の声色にワルトナーの頬を汗が伝う。死が迫れば、父親は反射的にでも自分を殺すはずだった。だが、実際は父親が惨たらしく食い漁られているだけで、自分の身体には一切の変化が起き得ない。

「ぁあああ……は、あ……」

 4000ダメージに相当する食事を終えたラベノス・タランチュラが、飛び上がりワルトナーのフィールドへと戻る。反射で自分を守ろうと翳した手の指を食いちぎられ、首元を含めた全身は乱暴に食い散らかされていた。ゆっくりと仰向けで倒れた父親を中心に血だまりがゆっくりと広がっていく。

「っ…なんで…殺して…くれないの…ですか……?そんなに…苦しそうで…今まで…約束破った…だけで…殺していた…のに…どうして……!」

 目の見えないワルトナーは、父親の惨状をまだ知らない。痛みで飛びかける意識を何とか保たせ、父親が口だけを動かす。

「もう、わた、しに……あなたは……必要……ないんです。私の……為に……生きている訳では……ありません」

「お父様が……!ワタシに…生きる…意味を…教えて…くれたんです。愛されなきゃ…生きてる意味…ないじゃ…ないですか……」

「今度は……自分で……見つけるんです……」

 か細くも、ハッキリとワルトナーに告げられた言葉。それを受け入れられないワルトナーが首を横に振りながら、一縷の望みにかける。

「そんなの…そんなの……!!ワタシだけ…じゃ…なんの…意味も…ありません!!愛して…くれない…なら…全部…終わらせて…ください……!!
《No.77 ザ・セブン・シンズ》で…ダイレクト…アタックっ!!」[攻4000]

 錯乱を交えたワルトナーの攻撃宣言を受けた、大罪をその身に宿す巨大蜘蛛が透き通る蜘蛛糸を父親の元まで放つ。その糸が父親の心臓にへと突き刺さる。

「早く……!虫を…使って…殺して……!!
お父様っ……!!!」

 痛みと傷で痙攣していた父親の身体がピタリと動きを止め、ワルトナーの言葉を聞き取った父親の口元が緩む。
 その声は、これまでで一番……優しかった。

「虫は……もう入って……いませんよ。私は……あなたを……殺せない」

「え……?」

 ワルトナーの眉がかすかに動く。意味が分からず、希望とも絶望ともつかない感情が喉奥までせり上がる。
 今、攻撃されている父親はワルトナーを殺す選択を耐えているのではない。そもそも、そんな選択肢が存在していなかったのだ。

「そんな…ま、待って…お父様……」

 とぼとぼと吸い寄せられるように父親の声が聞こえていた方向に歩いていくワルトナー。

「っぁあ……」

 父親が洩らした最期の呻き声。その声を頼りにワルトナーは、真っすぐに父親の元へと走り始める。

「ダメっ……!!」

 見えずとも、走らなければきっと間に合わない。声の聞こえた場所めがけてとにかく走るワルトナーは、その勢いのままにそこへ飛びつく。
 プツンと父親の心臓に刺さっていた蜘蛛糸が千切れる。しかし、その命の糸を通じてセブン・シンズは、与えるべきダメージに相当する命そのものを吸い上げている最中であった。傷だらけで血に濡れる父親の身体から、依然として血が出続けているにも関わらず、その身体は異常なほどに冷たくなっていく。

晃啓LP4000→0


「どうして…どうして…どうして…なんですか……」

 どうしても理解できない少女が、父親の傷口を小さな手で懸命に抑えていた――――。



 ~~~~~



梨沙ーLP :3200
手札    :5枚
モンスター :《FNo.0未来龍皇ホープ》[守](効果無効)、《WAKE CUP! モカ》[伏]
魔法&罠  :《神碑の泉》[表]、《亜空間物質回送装置》[表]、伏せ×3

ーVSー [ターン3]

ワルトナーーLP :11000
手札       :1枚
デッキ      :11枚
モンスター    :《地縛戒隷 ジオグラシャ=ラボラス》[攻]、《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》[攻]、《No.35 ラベノス・タランチュラ》[攻]
魔法&罠     :《地縛牢》[表]



 ワルトナーのフィールドに鎮座する3種の召喚法にて呼び寄せられたモンスター達。その攻撃力は、梨沙を葬り去るべく互いのライフ差分上昇していた。
 
「お父様は…渡さない……!
ラベノス・タランチュラの…効果…発動……!素材を…1つ…使って…このカードの…攻撃力…以下の…あなたのモンスター…全部…破壊!」[攻7800]

 周囲を巡回するオーバーレイユニットへ喰らいつくラベノス・タランチュラ。その動きに反応し、梨沙が手札のカードを掴み取る。

「させないよ!手札から速攻魔法《凍てつく呪いのルーン》をラベノス・タランチュラを対象に発動!
ラベノス・タランチュラの効果を無効にして、ミアちゃんのデッキの上から3枚を除外する」
梨沙手札:5枚→4枚

「手札から…魔法……!?」
ワルトナーデッキ:11枚→8枚

 梨沙の手の甲へと浮かび上がるyのルーン文字。梨沙がその手をラベノス・タランチュラに向かって振るえば、瞬く間にラベノス・タランチュラが凍り付き、ワルトナーのデッキトップから3枚のカードが弾け飛ぶ。

「私の発動中のフィールド魔法《神碑の泉》の効果で、私は相手ターンでも手札から神碑速攻魔法が発動できるんだ!
これで、私のホープは破壊されないし、ミアちゃんの全体強化も無効にしたよ」

「だったら……」
 
 ラベノス・タランチュラの効果が無効化された事で、伝播していた他の2体のオーラも掻き消えた。EXデッキを再び解放するワルトナーが新たな1枚を手繰り寄せる。

「《No.35 ラベノス・タランチュラ》を…素材に…もう1度…オーバーレイ。
エクシーズ召喚。

現れろ…《No.77 ザ・セブン・シンズ》[攻4000]

 白と金色を基調とする体表の巨大な蜘蛛が、ワルトナーの頭上で広がる蜘蛛の巣に降り立つ。その蜘蛛糸へ触れるように伸びる透き通った歩脚に自身のナンバーである77の数字が怪しく煌めく。

「重ねて呼び出せるエクシーズモンスター……」

「ライフ…半分…払って…墓地の…《ベビー・スパイダー》を…除外して…効果……。セブン・シンズ…から…素材を…1つ…取り除いて…墓地の…闇属性…《No.35 ラベノス・タランチュラ》…対象に…特殊召喚…できる……」

ワルトナーLP11000→5500

「ラベノス・タランチュラの蘇生!?」

 素材としたはずのラベノス・タランチュラをコストとしそのまま蘇生する効果発動に動揺する梨沙。
 ワルトナーの足元に現れた《ベビー・スパイダー》が、セブン・シンズの周囲を漂うオーバーレイ・ユニットへ飛び掛かる。無事に餌にありついた小蜘蛛だが、地面より再び姿を現したラベノス・タランチュラに食べられてしまった。

「もう1度…現れろ…《No.35 ラベノス・タランチュラ》」[攻2300]

 蘇ったラベノス・タランチュラを覆うオーラが、ワルトナーのモンスター達全てへ伝播する。

「半分…払ったから…あなたとの…ライフ差…2300…攻撃力…アップ。
バトル…フェイズ」
 
《地縛戒隷 ジオグラシャ=ラボラス》[攻5300]
《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》[攻7300]
《No.77 ザ・セブン・シンズ》[攻6300]

 ワルトナーの宣言を受けて、臨戦態勢へと移行するモンスター達。すかさず、先手を打つべく梨沙が手札のカードをデュエルディスクへ差し込む。

「十分過ぎる強化だね……。手札から速攻魔法《まどろみの神碑》をミアちゃんの《地縛戒隷 ジオグラシャ=ラボラス》を対象に発動!さらにチェーンして、セットしていた《リトル・オポジション》も発動!」
梨沙手札:4枚→3枚

「この…タイミングで……」

 デッキの中央部から排出されたカードを掴み取った梨沙が、デュエルディスクの一番左端のモンスターゾーンへと裏向きで呼び寄せる。
 
「《リトル・オポジション》の効果で、私とミアちゃんのどっちもが使っていない私から見て左端のメインモンスターゾーンを指定して、そこにレベル2以下のモンスターをお互いに攻撃表示か裏側守備表示で特殊召喚出来るよ!私はデッキから《メタモルポット》を裏側で特殊召喚!」[守600]

「特殊召喚…しない……」

 デッキの少ないワルトナーは展開効果を享受せず、梨沙の発動したもう1枚のカードへと意識を向ける。

「なら、《まどろみの神碑》の効果処理だよ。ジオグラシャ=ラボラスに1度だけの破壊耐性を与える代わりに攻撃を封印。そして、ミアちゃんのデッキを上から3枚除外!」

「攻撃…させない…効果……」
ワルトナーデッキ:8枚→5枚

 ジオグラシャ=ラボラスに向けて梨沙がルーン文字の浮かぶ掌を翳すと、その存在が揺らぐと共にワルトナーのデッキトップから3枚のカードが弾け飛ぶ。ワルトナーの周囲をカードが舞い落ちるのを眺め、翳した手をそのままデュエルディスクへと滑らせた梨沙は素早く画面をタップする。

「このまま決めさせてもらうよミアちゃん!特殊召喚したセットモンスターを対象に《ゴーストリック・パニック》発動!対象モンスターを表側守備表示にする」

「《メタモルポット》…で…ドロー……」

 シーツを被ったスペクターに、カボチャ頭のランタンとの2体がセットモンスターの傍に現れ、驚かすと伏せられた1つ目の《メタモルポット》が勢い良く起き上がる。

「《メタモルポット》のリバース効果を発動!お互いに5枚ドローして、5枚捨てるよ」[守600]

「でも…ワタシの…デッキ…0になる…だけ……」

 梨沙が狙っているのはワルトナーのデッキを削る事によるデッキ破壊。しかし、《メタモルポット》の効果だけでは、ワルトナーのデッキがちょうど0になるだけだ。この場でデッキ切れによる敗北を課すことが出来なければ、高攻撃力のモンスター達による一斉攻撃を耐え抜く必要がある。

「もちろん、ミアちゃんの攻撃を許す訳にはいかない。だから……チェーンして手札から《破壊の神碑》を、ミアちゃんの《地縛牢》を対象に発動!そのカードを破壊してデッキから4枚を除外する効果だよ」
梨沙手札:3枚→2枚

 発動と共に手の甲へ破壊を意味するルーン文字が浮かび上がる梨沙。先にデッキ枚数を削れば、ワルトナーの攻撃を待たずに勝負を決めきれる。しかし、その発動を受けたワルトナーが、残された最後の手札をデュエルディスクへと差し込んだ。

「させない…あなたの…墓地…《メタモルポット》を…対象に…《墓穴の指名者》…発動!」
手札:1枚→0枚

「っ……!墓地の《メタモルポット》を除外してフィールドの《メタモルポット》の効果を無効にする気だね!」

 《墓穴の指名者》の効果により無効となるのは、墓地から除外したモンスターの同名モンスターの効果。つまり、墓地のモンスターを対象としながら、フィールドの《メタモルポット》の効果も無力化出来るのだ。

「ドロー…しなきゃ…すぐ…負けない……。攻撃して…あなたを…倒す……」

 ワルトナーが放った最後の妨害札。それに対し、梨沙がにっと笑みを見せるとデュエルディスクを勢い良くタップする。

「私も負けるつもりなんかないよ!
罠発動《転生の予言》!私の墓地から《メタモルポット》と《皆既日蝕の書》の2枚をデッキに戻す!」

「デッキ…に……?」

「デッキへ戻せば、ミアちゃんの発動した《墓穴の指名者》の対象が居なくなる。除外されなければモンスターの効果も無効にはされない!」

「……!?」

 指名を受けた《メタモルポット》を自らデッキへ戻す事で、無力化を回避する梨沙。墓地から排出された2枚のカードをデッキへと戻し、未来龍王を囚える巨大な手へ向けて、梨沙が掌を構える。

「これで、ミアちゃんのデッキは尽きるよ」

 梨沙が手を振るい放たれる衝撃波を受けた《地縛牢》。瞬く間に巨大な手が瓦解していくと共に、ワルトナーのデッキトップが弾け飛んでいく。

「そん…な……」
ワルトナーデッキ:5枚→1枚

「最後だよ。《メタモルポット》の効果処理!お互いに手札を全て捨てて、5枚をドロー!」
梨沙手札:3枚→5枚

 高らかに宣言しながら、己の手札を入れ替えた梨沙。そして、ワルトナーにドローを促すべく、唯一残されたデッキトップのカードがデュエルディスクより排出される。
 ワルトナーは、そのカードを引こうとはしない。

「嫌……。あなたが…いなく…ならないと…ワタシを…見て…もらえない……」

「私が居ても、居なくても……お父さんはミアちゃんの事を見てくれるはずだよ」

「……っ、だったら!なんで…突然…ワタシを…拒絶…し始めたの……!?
全部…娘なんて言い出した…あなたが…ここに…来たから……!あなたさえ…居なければ…お父様は…おかしく…ならなかったのに……!!」

 壊れてしまいそうな叫び声。本来行く当てのなかったはずの彼女の怒りと敵意。しかし、父親が自身を捨てたのは明確に、娘を名乗ると梨沙の出現によって引き起こされた出来事に違いない。声を荒げずにはいられなかった。
 そんな彼女に対し、小さく首を振りながらも反発を受け止める柔らかな口調で梨沙が言葉を返していく。

「ううん、おかしくなったからミアちゃんを突き放したんじゃない。きっと、自分がミアちゃんにしてしまった事が苦しくて、ミアちゃんを突き放すような事をしてしまったんだよ」

「ワタシは…苦しくなんてない…お父様が…苦しむ…必要なんか…ない……」

 梨沙の言葉を拒絶するように口を動かすワルトナー。否定すればするほど、自分だけが”父親の苦しみ”を理解出来ない気がした。それでも、認めてしまったら……愛されたと思い込んでいた過去まで崩れてしまいそうで——その一線だけは、越えられなかった。
 そんな彼女を諭すように、ゆっくりと語り掛け続けるのを梨沙は止めない。

「そうだね……。でも、お父さんはきっと苦しかったんだよ。どれだけミアちゃんが、愛されていたと感じていたとしてもね」

「愛じゃ…ないなら…なんなん…ですか。ワタシは…愛されたい…だけなのに……!!」

 ワルトナーの懇願にも近しい訴えに対しても、梨沙はただただ冷静に落ち着いた声色で話を続ける。
 
「愛されたいって思ってるなら、その人がどう思ってるかも考えないとダメなんだよ」

「どう…思ってる……?」

「そう。どんな風にミアちゃんとお父さんが話をしたのかは分からないけど……たぶんお互いに伝えたい事をちゃんと伝え切れてないんじゃないかな。
ミアちゃんは、お父さんと話した時に何を言っても届かないって思った?それとも、ちゃんと話せてたのに……違う形で返ってきた感じ、だったのかな……?」

 ワルトナーにとって、それは過去を抉られるような問いであった。自身が父親から受けていた愛情と思い込んでいたモノは、父親によって真っ向から否定された。それでも、自らが感じた愛は確かなモノだったはずなのに……。
 ワルトナーは、何も分からなかった。しかし、ここで答えなければ、本当に”愛情”がなかった事になってしまうのではないか?……そんな気がして、言葉が零れ落ちた。
 
「そん…なの…分からないよ……。ワタシは…お父様に…愛されていた……。なのに、お父様は…ワタシを…愛してないって…もう…ワタシの事…いらないって……」

「……そっか」

「だから…いらないなら…他の子…みたいに…殺してって…お願い…して……」

 梨沙は、彼女の放った言葉に息を呑む。父親に愛されようとしていた少女が、父親に死を懇願していたなど……想像できる事では無かった。一拍の間を空け、ワルトナーの真意を今一度問い直していく。
 
「……ミアちゃんは、お父さんに殺されようとしてたって事なの……?」

「愛して…貰えないなら…せめて、お父様の…意思で…殺されたかった……。でも…お父様は…それすら……」

 震える声でそう途切れさせたワルトナーに、梨沙が確認と共に言葉を繋げる。

「ミアちゃんを殺そうとはしなかったんだね……」

 ワルトナーが、小さく頷き肯定の意を示す。そして、それに対して自らがしようとした事を打ち明け始める。

「だから…デュエルで…殺そうと…すれば…殺して貰える…と思って……」

「っ……!」

 思わず言葉を詰まらせ、驚く梨沙。だが、その驚く彼女の瞳にはどこか安堵の感情も混ざりこんでいた。

「そうだったんだね……。お父さんが、あんな風になったのは……ミアちゃんとデュエルしたからなんだ」

 梨沙の言葉にピクリと肩を震わせたワルトナー。すると、頭を抱えその場にしゃがみ込む。

「う…うぅ……。お父様が…死んじゃう…かも…しれない…ワタシ…愛されたかった…だけで…あんなこと…するつもり……」

 頭を抱えたまま、彼女の肩が小刻みに揺れている。ぽたり、ぽたりと地面に落ちるその雫が、彼女のなにもかもを代弁していた。

「でも、お父さんには包帯が巻いてあった……ミアちゃんはお父さんを助けようとしたんだよね」

 梨沙の静かな声が、どこまでも優しかった。……その優しさに触れる度、ワルトナーの心には、冷たくなっていく父親の肌の感触が蘇る。捨てられる恐怖、父親を失うかもしれない喪失感、不意に切り離された感情達が胸の奥で軋んだ。

「お父様…とっても…冷たくて…でも…どうしたら…いいか…分かんなくて……」

「どうしたらいいかなんて分かんないよね……。でも、大丈夫だよ!お父さんは見つけてすぐに応急処置したし、ちゃんと息もしてた。危ないところだったけど、命に別状はないから!」
 
「……!」

 その声は、どこか……あの人に似ていた。目が見えないはずなのに、懐かしさが色となってほんの少しだけ胸の奥に滲む。今、その声の中には命令も裁きも存在しない。ただ、「だいじょうぶ」と伝えてくる……愛とは違う名もない温度だけがあった。
 
「だから、お父さんが目を覚ましたらさ。私も一緒に居るから、お父さんとまた話してみよ?」

「お父様と…話を……?」

 幼い少女が、己に向けられていたはずの愛の在り方に戸惑い暴走している。今、梨沙が出来るのは……そんな彼女へ寄り添い本当の愛の在り方を伝えるしかない。

「さっきの話を聞いてるとね、死ぬのが怖くて仕方なかったお父さんが……あんなに傷だらけになってもミアちゃんを殺そうとはしなかった事。それは……むしろ愛していたからこそ、ミアちゃんを殺せなかった様に思うんだ」

「愛してる…から…殺さない……?」

「言うなら……本当の愛情って感じかな。お父さんが本当の愛情に気づいたから、ミアちゃんに謝ってミアちゃんを殺そうとしなかった。そして、ミアちゃんにも本当の愛情がどんなものかを伝えようとしてたのかなって」

「何…言って……。適当な事…言って、ワタシを…お父様から…引き剥がそうと…ばっかり……」

 理解を超える梨沙の言葉に、咄嗟に反発を示すワルトナー。しかし、そんな彼女の拒絶さえも梨沙は温かく包み込もうとする。

「だから、お父さんとの話に私も混ぜてよ。ミアちゃんがそれだけお父さんを好きでいるのに、お父さんがミアちゃんの事を愛してないなんて思えない。今度はすれ違ったりしない様に、私が話をまとめるからさ!ちゃんと話し合いさえすれば、ミアちゃんの気持ちをお父さんも分かってくれるはずだよ!」

 梨沙の明るく力強い言葉に、ワルトナーが引き込まれる。疑問と期待を孕んだ小さな声で、彼女へと問いかけるのだ。

「そんな…こと…本当に…できる…の……」

「うん!ミアちゃんがここでのお父さんを知ってるように、お父さんが外の世界で元々どんな人だったのかを私はよく知ってる。
だってね、私も——ミアちゃんと同じでお父さんの娘なんだもん」

「娘……」

 その言葉が、胸のどこかでさざ波のように小さく揺れた。少女は一拍空けて、ゆっくり自らのデッキトップへ指先を乗せる。

「ひどい事…したけど…お父様に…会って…また話しても…いい…のかな……?」

「もちろん!今、ミアちゃんが感じてる事。それはお父さんも感じていた事に近いと思うんだ。今のミアちゃんなら、きっとお父さんと仲直り出来るはずだよ!」

 安堵したようにふっと口元を緩ませたワルトナーが、デッキから最後の1枚をそっと引き抜く。

「……うん。お姉さん…ありがとう」
手札:0枚→1枚
ワルトナーデッキ:1枚→0枚

 引き込んだカードの表面を指先でなぞったワルトナー。終わりを予感させたはずの最後の1枚は……新たな始まりを示す1枚であった。

「《地縛解放》……」


ピーーー


「ワルトナー様のデッキが0になり、ドローが行えませんでした。勝者は裏野様です。」

 勝者を告げるアナウンス。それに導かれ、2人の少女が和解を果たした。
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グレイ
お久しぶりです。
手札から魔法だと!?(字面だけ見れば普通) (2025-07-06 01:38)
グレイ
(追加)
ワルトナーと和解できてよかったね梨沙ちゃん!でもなんか不穏な気配がするのは気のせいでしょうか! (2025-07-06 02:07)
ランペル
グレイさん閲覧及びコメントありがとうございます!

少しペース落ち気味ですのでまったりと追っていただけますと幸い極まれりでございます。相手ターンという前提がなければ実に普通の光景ですわなw
無事、和解へと漕ぎつける事ができました!ですが、如何せん歪んでいたワルトナーに重症の梨沙ですので、不穏な気配は漂っていてもおかしくないですねぇ……(初期構想でワルトナーの頭が吹き飛んでいたのは内緒。 (2025-07-14 18:22)

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