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HOME > 遊戯王SS一覧 > Report#39「幼き力」

Report#39「幼き力」 作:ランペル

アリスと別れた梨沙と穂香はグリーンフロアを目指し進んでいく。

《ゴーストリック・スペクター》の上に乗り、移動をサポートしてもらっている梨沙は廊下の突き当りを曲がり、そのまま壁伝いに曲がる場所を探す。

「このまま進んで…右に曲がれるところがあったらそこを曲がろう。
そうすれば、グリーンフロアのあるエリアに入れる!」

「うん、分かったよ」

負傷しているとは言え、自分より一回り小さな少女に走らせ自分は揺られるだけという事にどこか申し訳なさを感じる。
しかし、それを伝えたところで優しい少女は逆に自分の傷の事を気にしてしまうだろう。
これ以上余計な気を遣わせない為にも今はグリーンフロアへと向かう事だけを考える。

「(さっきの人達はアリスさんを狙っていた…。厳密にはブラックフロア…私を探していたみたいだけど、私が外に出ていなかったからアリスさんが……)」

はっとして頭を抱える。
つい先ほど、グリーンフロアへと向かう事だけを考えると決意したばかりだというのに、置いていったアリスさんの事を気にしてしまう。

「お姉ちゃん」

「え?どうしたの穂香ちゃん」

「不安そうな顔してる。お祈りのお姉ちゃんの事心配?」

自分の考えていることを的確に突いてくるこの少女を前につい笑ってしまった。

「あはは、穂香ちゃんすごいね…。私の考えてる事お見通しじゃん」

きっと、駆けている彼女にすらバレてしまう不安そうな表情をしていたのだろう。
改めて自分の意思をはっきりと明示する。

「気にしてないと言えば嘘になっちゃうね…。
でも、私はアリスさんの事を信じてる。きっと、無事に私達の前に戻って来てくれるって!これは本当だよ?」

「うん!お祈りのお姉ちゃんもきっとデュエル強いんだよね」

「もちろんだよ。私よりも長くこの危険な場所で生き残って来たんだから!」

2度戦った自分だから分かる。アリスさんは強い。
自分が勝つことが出来たのも、通常のダメージを与える戦術とは別の戦術を二段階に伏せていたからだ。
《ゴーストリックの駄天使》の特殊勝利をブラフとして、デッキ破壊への戦術に切り替える。特殊勝利もすんでの所で看破されて駄天使を破壊され躱されてしまったのだから。

「あ…!見えてきた。
スペクターあそこの曲がり角を右に曲がるよ」

通路の右側一面が壁だった場所に一か所だけ不自然に現れた曲がり角。スペクターはふわふわとそこの曲がり角に入り込む。

「よし、ちゃんとエリアの境界線もあるね」

無機質で真っ白な廊下と違い、その廊下は手前が黒、奥側が緑色に塗られておりフロアの冠する色でエリアの境界線が示されている。

「通ったことあるとこ!」

「そう!それで確か…」

記憶の中にある、この実験場の大まかな位置情報。エレベーターで見たその配置を思い起こす。

「(エレベーターを中央に、6つのフロアが取り囲んでいるような配置だった…。
私たちはエレベーターを出て、右の壁を伝ってここまで来たから、フロアの位置は反対側!)
穂香ちゃん、スペクターその突き当りを左に曲がるよ。そして、また壁伝いに行けばきっとグリーンフロアが見えてくる!」

「分かった!」

エリアの境界線を越え、突き当りを左へと曲がる。そのまま直進し、突き当りまで一気に目指す。


ズボッ


「え?」

「穂香ちゃん!?」

咄嗟に左腕が彼女の右腕を掴んだ。突如として、穂香ちゃんが走っていた廊下の床が抜け少女の体が宙に浮いたのだ。
綺麗に円状に穴の開いたそれはまさしく落とし穴と言うに相応しかった。

「ぅぁあ!!!?」

いくら小さな少女と言えども自分の片腕で、ましては傷を負ってあまり力の入らない左腕で彼女の体を支え切る事は出来なかった。
しかし、スペクターが咄嗟に穂香ちゃんの右手を一緒に掴んで支えてくれたお陰で何とか穂香ちゃんが落とし穴に落ちることはなかった。

「あ、ありがとう。お姉ちゃん、お化けさん」

「ぶ、じ…でよかった。二人とも…落とし穴から離れた所で手を離すよ…」

「うん…」

左腕に走る激痛を何とか耐え、スペクターと共に穂香ちゃんを安全な場所まで運び手をゆっくりと放した。

「お、おちそうだった…」

「うぐ…」

「お姉ちゃんごめんね…手痛いよね」

「大丈夫大丈夫。穂香ちゃんが…落ちなくてよかったよ」

右手で左手をかばいながら、先程発生した落とし穴に少し近づき中を覗き込む。
落とし穴の底は案外浅いものだったが、その底面には何かしら紫色の粘着質なものが塗りこまれていた。

「なんだろう…あれ…とりもち?落ちた人をくっつけて、動きを封じる落とし穴…」

突然発生したその穴へ意識を持っていかれ、一瞬我を忘れてしまった。

「そ、それどころじゃない。というより、ここに罠をセットした人が近くにいるかもしれない…!
穂香ちゃん、大丈夫?歩けそう?」

「ほのか走れるよ。お姉ちゃんとお化けさんが助けてくれたから大丈夫!」

「よかった。じゃぁ、急いでここを離れよう。
スペクター無理させてごめんね。お願いできる?」

頷くスペクターの背に再び体を預け、先程まで目指していた突き当りを曲がりしばらく移動する。警戒しながら直進していると、耳に違和感が入り込んできた。

「…!?穂香ちゃん、ストップ…」

「え…?」

小声で声を掛けてくる梨沙の声で足を止める穂香。
その二人の立つ、右側の方向から巨大な物音が聞こえてきた。
まるで、巨大な何かが走ってどこかへと向かっていくような…そんな音が。

「お姉ちゃん…何の音…?」

「分からない…けど、向かってる方向は……」

素早い足音は真横を通り過ぎていき、先ほどまで自分達が居た場所の方へ向かっている様に聞こえた。
そう、先程穂香ちゃんが落ちそうになった落とし穴のあった場所だ…。

体が震えた。その何者かに見つかったとしても、ホラー映画みたいにすぐ殺されることはこの実験場ではないだろう。
しかし、その末路には確実に近づくのだ。罠を張り、獲物がかかるのを待ち伏せする…そんな不気味な存在に見つかる事で…。

「姿が見えないから…余計怖いまであるね…」

「音聞こえなくなったね…」

「そうだね…穂香ちゃんゆっくりと行こうか」

その場から逃げるように、壁伝いでグリーンフロアを目指す。

そうこうしていると、一面壁だけだった景色に変化が現れる。

「お姉ちゃん!あそこ!」

「うん…到着だね…」

そこは一面が緑色に塗り固められた扉。
その形状は自分の居たブラックフロア、そしてアリスさんの居たブルーフロアの扉と全く同じものだった。

「スペクターありがとう…」

ゆっくりとスペクターから降りて立ち上がる。少し足が震えるが、体のバランスは何とか保てそうだった。

「(少し痛いけど…立てる…片足上げても…少しの時間なら大丈夫)」

「もう歩けるの?」

「うん、薬の効果とスペクターに助けてもらったから」

「よかった!」

「穂香ちゃんありがとう。時間はまだ大丈夫そうだよね?」

「あと二時間残ってる!」

穂香ちゃんは自身のデュエルディスクの画面をタッチしてそこに表示された時間を見せてくれる。

「準備してたのもあるけど、移動で結構時間かかるね…。
まぁ、こっちのエリアに入ってから少し慎重に移動してたのもあるけど…」

「でも、間に合ったよ!」

「うん」

緑の扉を前にして改めて考える。
この扉の先で穂香ちゃんはデュエルをしなければならない。それも、情報の出回っていない強敵だ。
そのデュエルを自分は見ている事しかできない。出来る事は、デュエルを彼女に教えた自分、そして自分を信じてくれた穂香ちゃんを信じる事のみだ。

「穂香ちゃん…覚悟は出来てる?」

「大丈夫だよ。ほのか頑張る…!」

闘志に溢れたその気迫を感じ取り、心の内で燻る不安の火種が一つ消え去った。

「よし、デュエルの師匠である私が穂香ちゃんの初デュエル。
目一杯応援してるから!」

「ほんと?ほのか、さらに頑張れそうな気がするよ!」

屈託のない笑顔を滲ませた少女の笑顔で心が洗われるような気持ちだ。
アリスさんの協力もあって、無事グリーンフロアまで穂香ちゃんを送り届ける事が出来た。
後は…信じるのみ…。

「行こう穂香ちゃん」

「うん」


二人で緑の扉へ触れると、ゆっくりと扉が開かれた。
フロアの中は、緑色の照明で照らされておりどこか神秘的な雰囲気も感じられる一方、深い深い森の奥に連れてこられたかのような恐怖感が心の奥から湧き上がって来る。

「お祈りのお姉ちゃんの所は青かったけど…ここは緑なんだね…」

「グリーンフロアだからね…」

ゆっくりとフロアの中へと足を踏み入れる。深緑のフロア内からは何の気配も感じられない。
少し歩いてきた所で、自分達が入った扉がゆっくりと閉じられた…。

「…ほ、ほのかだよ。デュエルしに来たぞ!」

穂香ちゃんが自分を呼び寄せたであろうフロア主へと声を掛ける。
少しの沈黙の後に返って来たのは…

ガサガサガサ

「いっ…!?」

何かが走るような、這いずるような…背筋がぞわぞわと総毛立つこの感覚に二人は憶えがあった。

「む、虫?」

「そんな感じの音…だったよね…?」

虫に特段苦手意識はない。しかし、突如として響く虫の歩くような音だったり羽音はどうにも慣れない。

「ほのか…虫あんまり…」

「うん…。
誰か、いないんですか!出てきてください!」

フロアの奥へと向けて梨沙が声をあげる。
その声に対して、今度は人間の声が返された。

「やっと…来た…」

どこか可愛らしい声の持ち主は、ジャラジャラと何かを引きずるような音をさせながらフロアの奥から姿を現わした。そして、眼前に二人の人間がいることに疑問を零した。

「なんで…二人…?」

「…女の子?」

目の前に現れた短い髪の少女は、血のついた布切れの様なものを纏っており、その左手首には鉄枷が嵌められている。
そして、そこから奥へと伸びる鎖が歩くたびにジャラジャラと音を立てていた。

「(この子がグリーンフロアのフロア主…?)」

その背格好からして、年齢も穂香ちゃんと大して変わらないように思えた。
フロア主が具体的にどんな人物かを想像していた訳ではない。しかし、目の前に現れるのがまさか囚人かのように手枷をつけられた幼い少女とは思ってもみなかった。

「じゃらじゃらしてるね…。
ほのかを呼んだのはあなたなの?」

「呼ばれた…のなら…そう…」

一言一言の間に一拍ずつ挟みながら、少女は片言な言葉を話す。

「あなたがここのフロア主なの?」

改めて目の前へ現れた少女へと問いただす。質問を受けた少女はチラリと自分の方を見たかと思うと、目つきを鋭くして強く言い放つ。

「ワタシ…呼んだ。
デュエル…する為に…!」

そう言うと少女は左腕を振り上げる。それと共に手枷に繋がれた鎖の先から何かが飛んできて少女の左手首の鉄枷へと吸い込まれるかのように合体した。
それは、黒いデュエルディスクだった。


ザザッピー
「ただいまよりグリーンフロアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:8000
モード:ベーシック
リアルソリッドビジョン起動…。」


フロア内へデュエル開始のアナウンスが流れると、フロア主の少女のデュエルディスクと穂香ちゃんの腕に着けられたデュエルディスクが起動を始めた。

「穂香ちゃん…!」

「お化けのお姉ちゃん…見ててね。
ほのか、絶対勝って見せるから!」

やる気に満ちた穂香ちゃんは右手を上に高く挙げる。

「うん、穂香ちゃんの初めてのデュエル…応援してるから!
くれぐれも気をつけてね。あの子がどんなデュエルをしてくるか…分からないから」

「もちろん…!」

穂香ちゃんは慣れない手つきで、左腕のデュエルディスクを構える。

「負けない…デュエルに…勝つだけ…」

「ほのかだって、負けないよ!
ビギナーズラック教えてもらったほのかは無敵なんだ!」

二人の幼き魂がデュエルディスク越しに向き合う。
それを穂香の後ろで見守る梨沙はただただ、穂香が無事にデュエルを終える事を祈るばかりだった。

「(穂香ちゃん…頑張って…。お願い…!)」


 「デュエル!」  LP:8000
 「デュエル!」  LP:8000
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コングの施し
ついにほのかちゃんのデュエルが始まりますね…!
たしか彼女のデッキは《魔導書》でしたよね(違ったらごめんなさい!)
個人的に結構難しいデッキのイメージがあって、教えがあっても回し切れるか心配ではありますが、相手もフロア主、頑張っていただくしかありませんね…!
しかし単なるデュエルでもダメージが物理的に発生するだけでここまで精神的にも苦しいものになるとは…いつもながら感嘆です。梨沙さんのダメージだってデュエルで負ってるものですものね。
そしてフロア主の謎の少女、どんなデュエルをするのか?囚人のような容姿の訳は?知りたいことが目白押しです!次回も楽しみに待っております!執筆頑張ってください! (2023-11-28 02:42)
ランペル
コングの施しさん閲覧及びコメントありがとうございます!

憶えてくださってて嬉しい限りでございます!仰るように穂香の遣うデッキは魔導書ですね~。自分も穂香に魔導書を使ってもらうまではどうやって戦うのかよく分かってなかったという実情…w
果たして初めてのデュエルで魔導書デッキを活用できるのか?

ダメージが現実となるだけで、一度傷を負ってしまうとそれ以降のデュエルにも響くので、心身共に負荷が溜まっていきます。アニメや漫画の世界線では闇のゲームがよく発生してしますが、実際に闇のゲームが行われると現実へのダメージよりも精神的に来る部分が大きいのかもしれませんね…。そんな闇のゲームらしい表現が出来てるみたいで嬉しい限りでございます。
フロアに現れた囚人の様な少女は何者なのか?その辺もだんだんと明かされていきますので、今後も楽しみにしていただけますと幸いです! (2023-11-30 02:23)

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