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HOME > 遊戯王SS一覧 > Report#25「情報屋」

Report#25「情報屋」 作:ランペル

ピーーー


「福原様のライフが0になりました。勝者は裏野様です。」

水色の小さなドレスの少女は、小さくなってしまったコートの女性へ屈むことなく声を掛ける。

「お姉ちゃん大丈夫?」

膝立ちだった状態からうずくまり体を震わし続ける渚。
その状態に危機感を覚え、梨沙が走り寄って来る。

「な、渚さん!?大丈夫ですか!?
ど、どうして…ダメージは400しか…」

「裏野様、福原様へデュエルボーナスが送られます。ご確認ください。」

「な、なんだろうね…急に寒気が…収まらなくて…」

「そ、そんな…」

梨沙は顔を青ざめる。

ダメージの割合で相手への痛みが変化するのではなかったのか。
途中2000近いダメージを一度に与えたが、最後に与えたダメージはたった400だ。

しかし、攻撃手段が今までと少し違った…。
基本的に駄天使の攻撃は継ぎ接ぎのハートを爆発させることによる衝撃、爆風、爆音、熱を与えていた。それらがダメージ量によって、プレイヤーへのダメージとなり傷となった。
なのに、今回対戦相手である渚さんは寒さに震えている。
リアルソリッドビジョンの演出も継ぎ接ぎのハートから飛び出したお化けたちが彼女の体を突き抜けるというもの。
ダメージ量は400だが、今までにない攻撃方法と症状にどうしても動揺を抑えられない。

「寒いの?」

「あぁ……もの……すごく…」

声を震わせ、途切れ途切れに渚がつぶやく。

「ご、ごめんなさい…ダメージは抑えたのに…なんで……」

視界が歪む。
倒れて動かなくなってしまった白髪のおじいさんが脳内にフラッシュバックする。

またか?

また自分の意思に反して相手を殺してしまうのか?

今回の場合突然襲われたのは自分側なのは間違いない。
だが、前回同様会話が望めそうな相手だった。
こんないつ殺されるか分からない場所で、自分がクラスⅢである事を知るまで、至って普通に接してくれた人なんだ。
穂香ちゃんが危なそうなのを助けていたようにも思える。事情をもっと説明すれば、きっと和解できるはずだったんだ。
デュエル中からも、今まで感じた殺意は感じなかった。
本人としては殺そうとしているつもりなのだろうが、心の奥の毒気が感じられないのだ。

そんな人とのデュエルを理想的な形で終わらせれたと思っていたのに…。

デュエルを楽しみ、相手を生かし、デュエルに勝つ。

己の肉体と精神、どちらも最低限守り抜くために選んだ方法だったのに。
また死なせてしまうのか。相手へのダメージ400で殺してしまうのか。
どうやったら相手を殺さなくて済むんだ。
生きてここから出るにはデュエルしなくてはならない。
けど、デュエルをしては相手を殺してしまう。



人を、殺したくない



「いぃ…ぃぃぃ…」

梨沙の体が痙攣し始め、呼吸が不規則になる。
声にならない声が漏れ始め、顔色は明らかに悪い。

「…?
お化けのお姉ちゃん?」

寒さに凍える渚の傍らに佇んでいた穂香は、梨沙の異変も察知し声を掛ける。
そこには、光の消えた目から涙を流し、一切の表情が消えた少女が突っ立ていた。

「お姉ちゃん?」

穂香の声掛けに異常な程にビクッと過大に反応した梨沙は、顔を苦悶に歪める。

「ひっ…!?う…うぁ…ぁぁぁあ……」

「…!?」

梨沙の泣き声に、渚も反応を示す。

「り…さ…くん?」

「ごめ、ごめんなさ…ごめ、ごめんなさい…わたしが、わた、わたし…ああぁぁぁ………」

顔をぐちゃぐちゃにして、子供のように泣きじゃくる梨沙はその場にへたり込み。謝罪を繰り返し始める。
規則性を逸脱した呼吸では、言葉をつづける事が出来ず途切れ途切れにしか喋れない。

「おち…つ…け…」

渚が己の体を震わせながらなんとか、梨沙へと冷静を呼びかける。

しかし、人をまた殺してしまうという恐怖に支配された彼女には既に何も聞こえていない。
頭の中は、自分の手で人を殺した過去が思い返され、己を責める言葉ばかりが脳内に響き続ける。
彼女が出来るのは謝る事だけ…。


「はい」


恐怖に支配された梨沙の手を、誰かが握ってくれている。

意識を取り戻した梨沙が己の右手を見遣ると、穂香が自分よりも小さな手で自分の手を握ってくれていた。

「こわくないよ」

優しく小さな手に力がこもる。

「ほのか…ちゃん…」

「怖い人いないよ。大丈夫だよ」

淡々と少女は告げる。
握り返せば自分の手のひらですっぽりと覆えてしまえる程に小さな手は、力強くそして優しく、恐怖で震える梨沙の手を握ってくれていた。
小さな温もりが、どれほど心の助けになっただろうか。

「そうだ…ね。うん、ごめんね。
穂香ちゃんびっくりしたよね」

「別に大丈夫。お化けのお姉ちゃんは?」

「うん、もう大丈夫。みっともない所見せちゃったね。
穂香ちゃん、ありがとう」

充血した眼を隠すように両目を瞑り、ドレスの少女へ笑顔を見せる。

「うん、ならよかった。鳥のお姉ちゃんは大丈夫?」

梨沙の手を握ったまま、渚へ再び声をかける。

「あぁ…寒気がマシになって…来たね…。
一時的な…ものだったのかもしれないね…」

「一時的…ですか?」

梨沙が不安そうに渚へ問いかける。

「たまにあるんだ…。物理的外傷がない分、感覚に影響があるようなね…。
寒暖差とか、音とか臭いとか…。死ぬよりはずっといいけど…」

渚はそう言い終えると体をゆっくりと起こし、立ち上がろうとする。

「だ、ダメですよ。背中も打ってましたし…まだゆっくりしてた方が…」

「いいや、まだ少し寒気はあるが動く分には支障なさそうだよ。
ボクはもう大丈夫だ」

渚はゆっくりと立ち上がり、気まずそうな顔をしながら梨沙に手を差し伸べる。

「まずは謝らせてくれ。クラスⅢってだけで突然デュエルを仕掛けて悪かったね」

突然謝られて一瞬ぽかんとしたが、空いている左手で渚の手を取り笑顔で立ち上がる。

「大丈夫ですよ。
私も…デュエルで傷つけてしまってごめんなさい…」

「気にするな。ボクなんか君を戸惑いはあったにしても、殺そうとしてたんだ。
ボクは謝られる立場にないよ」

「鳥のお姉ちゃん、危ない人みたいだったね」

穂香は特に表情を変えることなく言い放つ。

「だから言ったろ穂香君。ボクは危ない人だぞ~ってね」

「あはは、渚さんのそのキャラなんなんですか?」

「キャラって…まぁしいて言うなら酔っぱらいキャラか…?」

「そう言えば、なんか酒臭いですよね渚さん…」

「酔っぱらいのお姉ちゃん」

「はは、こんな場所だ。酒でも飲まないとやってけないだろう?」

「そういうもんなんですか…」

「そういうもんだ」

梨沙と渚の表情が和らぐ。その二人の表情を下から見上げる黄緑髪の穂香も、口元を緩める。

「えっと、穂香ちゃん?
お姉ちゃんさっきは取り乱しちゃったけど、もう大丈夫だよ?
助けてくれてありがとうね」

依然として右手が穂香に握られていたことに気づいて、自分が大丈夫な事と感謝を改めて伝える。

「…うん」

梨沙の顔を少し見てなんとなく別れ惜しそうにゆっくりと手を離した穂香は、そっぽを向く。

「さて、デュエルに負けた事だし。
梨沙君、何が聞きたいんだい?」

「え?」

「え、って君が言ったんだろう?
デュエルに勝ったらボクが知ってることを教えてもらうって」

「あ、あぁ!そうでした!
いろいろあって忘れてました…」

「まぁ、いろいろありはしたけどね…。
あれかい?人探しの件かな」

「そうですね。アリスさんという名前の方なんですけど…」

「アリスねぇ…。梨沙君がクラスⅢってことは、シェルターで会った訳でもないだろうし…。
どんな人と言ったか?」

「綺麗な女の人です。長い黒髪で両腕に包帯を巻いてました」

「ふむ…差し支えなければでいいけど、梨沙君はなんでその人を探してるんだい?」

「ここに来てから、助けてもらったんです。
傷の手当てをしてくれて、何も分からない私に出来る範囲でここの事について教えてくれました」

「それはまた酔狂な人だね。そんな人がここに居るのか…」

渚は人を助けるその人の存在が意外なようで、眉間に薄くしわを寄せ考え込む。
少しの沈黙の後に、何か閃いたように一つの質問が投げかけられる。

「その人って、どっちか片方の手だけに手袋付けてたかな?」

「手袋…。
あ!はい、付けてました。確か左手に触り心地の良さそうなのを」

「ふむ…そうすると梨沙君の尋ね人は《背反の魔女》のことかな…」

「《背反の魔女》…?」

馴染みのない名前を聞き、梨沙は首を傾げる。
梨沙の知るアリスは少なくとも魔女と呼ばれるような風貌や雰囲気をしていないのだ。

「ブルーフロアのフロア主の異名でね。
ボクも直接会ったことはないんだが、遭遇するタイミングによって性格が真逆になるらしい」

「真逆…どんな感じになるんですか?」

「フロアに入った被験者の中には、丁重に持て成された、楽しく雑談をした。
という者もいれば、体中に欠損含めた傷を負った者やフロアから出てこなかった者もいるとのことらしい」

「アリスさんが…」

「まぁ、梨沙君の言うアリス君が、ボクの言う人と一致するとは限らないからね。
ボクが知ってる限り、合致するのは《背反の魔女》かなと」

もし渚さんの話が私の知るアリスさんと同一人物だった場合には、温厚な時に私のフロアへ赴いたことになる。
だが、彼女が自分の傷を治療し、励ましてくれたのは事実だ。
救急セットを取りに行ってくれたあの時に、絡まれたとも言っていた。フロアの外でもデュエルを挑まれるこの環境だ。
きっと誰かとデュエルをし、それを払いのけ自分のいるフロアまで戻ってきてくれた。

自らの命を危険にさらしてまで、人を助ける人がこの世に一体どれだけいるだろう?
たとえ、彼女に裏の一面があったとしても、自分が助けられた事実は揺り動かない。

「なるほど…ありがとうございます」

「止めやしないけど、もしブルーフロアに行くつもりなら十分注意するんだよ」

「場所はどこかとか知ってますか?」

「ここに来る途中に、黒と緑の敷居みたいなものがなかったかい?」

「ありました。色が違ったので何かの罠かなと…」

「ここの廊下は白で殺風景だからね。
その色がフロアの境目と思ってくれたらいい。
フリーエリアにも、そこがどのフロアに近いかがその境目の色で識別できるようになってる」

「ということは…ここは緑色…グリーンフロアに近いってことですか?」

「正解、穂香君が緑色のドアを探してこの辺りに居るのはそう言う事だ」

「緑のドアの話?」

「ということは、穂香ちゃんが探してた緑のドアってグリーンフロアの入り口ってことですか…?」

「そういうことだね。クラスⅢの部屋だ。
要するに、穂香君はそこのフロア主の生贄に選ばれた感じだね」

「選ばれたのに行かなくていいの?」

「ふむ、そうだな…。二人ともシェルターの事も知らなかったみたいだし、その辺含めていろいろ話しとこうか」

「聞けることは全部聞いておきたいです」

「ほのかも聞く」

「よし、まずは…」

渚はデュエルが終わった事で、正方形の形に収納された三脚の上に取りつけられたデュエルディスクの元へ向かう。
それに触れると再びディスクが展開される。

「そのデュエルディスクも始めて見ました…」

「これ?まぁ、特注品と思ってくれたらいい」

渚はディスクの画面を操作し、梨沙と穂香へ手招きする。
デュエルディスクの画面には眼帯をしていない渚の顔写真と共に彼女のアカウント画面が表示されている。


   *****

名前   :福原 渚
年齢   :27
クラス  :Ⅱ(シェルター26使用中)
被験者番号:269-0141

   *****


「これは…渚さんのアカウント画面ですか?」

「そう。穂香君も居るからクラスについても説明しとこう。
割り当てられるクラスは全部で3クラス。
クラスⅢが、一番上位のクラスで最大で6フロア分の6人しかなれない。
クラスⅢにはそれぞれ、巨大なフロアそのものが自身の居住スペースとして与えられて、その中で自由に行動が可能。そして、デュエルを有利に運べる有料カスタムの設定が可能。
梨沙君が属しているのがこのクラスのブラックフロアという所」

「そうですね…真っ暗な広い部屋にいました…」

「それで穂香君が属しているのが、クラスⅠ。
基本的に言い方はあれだが、クラスⅢデュエル用の使い捨てのデュエリストだ。
デュエルのルールを知らなかったり、稚拙なプレイング、デッキの評価が低いとかまぁいろいろと理由はあれど、クラスⅢの生贄用クラスと考えてもらっていいだろうね」

「そこに行ったらほのかは何するの?」

「クラスⅠの役割としては、主にクラスⅢが人を傷つけたり殺す事そのものの反応を見たりするのが多いって印象かな。
クラスⅢのフロアには一日最低一人、デュエリストが送り込まれる。その中で危険度が低いのがクラスⅠって感じだ」

「その為だけにですか…!?」

「ああ。基本的にはその為に集めてるクラスと言っても過言ではないね」

「ふ~ん、それじゃ鳥のお姉ちゃんのクラスは?」

自身の該当するクラスの扱いを聞いても、不自然な程に表情に変化の見えないドレスの少女は次の説明を促す。

「ボクが属しているのがクラスⅡ。
クラスⅠ程戦えない訳ではないが、クラスⅢには一歩及ばないそんな連中が属するクラスだ。このクラスの連中は、基本的にフリーエリアに放り出されてほっとかれている。
クラスⅢの様にフロアが与えられている訳ではないから、デュエルを有利に運べるカスタムの設定なんかも不可能。
寝床も用意されてないから、フリーエリアをさ迷うか、シェルターを目指すしかない」

「え、フリーエリアって言うと、ここみたいな廊下のことですか?」

「そう、ボクらクラスⅡはこのフリーエリアでいつ誰にデュエルで襲われるか分からない場所に放り出されてる感じだね」

「そんな…」

「…ボクが梨沙君にデュエルを仕掛けた理由の一つがこれだ」

渚はバツが悪そうに視線を下げる。

「どういうことですか?」

「クラスⅢをデュエルで殺すと、当然そのフロアには空きが出る。
空いたフロアはどうなるか。
そこにはクラスⅡの被験者の誰かか、外部からの補充が行われるんだ」

「クラスが上がるってことですか?」

「ある程度の選別は行われるが、直接デュエルでクラスⅢのフロア主を殺したとなればかなり確率は高いだろうね。
さっきも言ったけど、クラスⅢはデュエルを有利に進めるカスタムの設定が出来る。
それはすなわち、自分がデュエルに負ける可能性を減らす。生き残る可能性を上げる事が出来る」

「そういうこと、だったんですね…」

「それにフロアは、就寝時間になると扉がロックされるから夜間にデュエルを挑まれることはなくなる。ここも魅力の一つだね」

「それじゃぁ鳥のお姉ちゃんはどこで寝るの?」

「そ、ここでやっとシェルターの話に繋がるんだ」

正解と言うように、穂香の方へ人差し指を立てた手をはじく。

「話の流れからして、クラスⅡの人が寝れる場所って感じですか?」

「ほぼ正解。一言で言うとホテルだね。
お金を払って、安全な一室を指定の時間借りられる。
クラスⅢのフロアの様に、ご飯の注 文や、物品の購入、時間内ならデュエルで襲われる心配もない。この実験場における避難所…まさしくシェルターって訳だ」

自分がクラスⅢで、経験したものは間違いなく絶望的なものだった。
しかし、渚さんの話を聞くにクラスⅡやクラスⅠのここでの生活は、自分が経験した以上の負担がかかっているもののようだ。
不幸中の幸いと喜べるものでもないが、自分がこの環境で恵まれた位置にいる事は把握しておく必要があるだろう。

「それで…私を殺そうといろんな人が…」

「ふむ…まぁ外部から来たクラスⅢは、成り上がりのクラスⅢと違って情報を持ってないからね。
あわよくば殺して自分がクラスⅢに!って連中はたくさん居ただろうねぇ…。
人の事は言えないけども」

渚は自嘲気味に乾いた笑いを挟む。
彼女の話から、ここの仕組みについてたくさんの事を知ることが出来た。

「とりあえずはこんな所かな?」

「はい、渚さんありがとうございました!」

「お礼を言われる程の事じゃないよ。
さっきも言ったが仕掛けたのはボクだ、そしてそれにボクが負けただけのことだよ」

「それでも私にとっては重要な事を教えてもらいました」

「まぁ、対価になったなら何よりだよ。
さて…どうしようかな」

渚は穂香の方を向きながらそう呟く。
渚の視線に気づいた穂香は渚を見上げながら、その意図を問う。

「どうするの?」

「ボクは、クズな誰かで今日の軍資金を稼ぐ予定だったんだけれども…」

渚はちらちらと穂香の方へと視線を向けている。
彼女が一番気にしているのは穂香の今後の所在についてだろう。

「ほのかの事気にしてる?」

「まぁ…そうなるね…。小さい子を野放しにして死なれても目覚めが悪いってもんだよ」

「ほのかどこに行ったらいい?」

「クラスⅠの人が、何かしらの指示に従わなかった場合ってどうなるんですか?」

穂香はグリーンフロアへ赴くことを指示されていたようだった。
その指示を反故にした場合に何かペナルティは発生するのだろうか…?

「そもそもの総数が少ないのもあるだろうし、分からないね…。
クラスⅠの被験者を同伴させたケースも聞いたことがない…」

「ほのか緑のドア行かないとダメ?」

「う~ん…穂香君はデュエルは出来るのかな?」

「デュエルってさっきお姉ちゃんたちがしてたやつ?」

「うん、私と渚さんがしてたカードゲームなんだけど…。穂香ちゃんはどんなデッキなの?」

「やったことない」

「え!?」

渚さんの説明で、クラスⅠにルールを知らない人も居るとは聞いていたが、まさかの発言に驚いてしまう。

「さっきの見て危ないけど楽しいやつってのは分かったよ」

「あー、たぶんさっきのデュエルは、ここでのデュエルとはイメージが少し違うというか…なんというか…」

デュエルの楽しさは知ってもらうべきな事だとは思えど、
この環境でデュエルが楽しいと無知な子供に教える行為が余りに残虐なものだというのはさすがの梨沙でも理解している。

「未経験者か。
なら、ビギナーズラックを視野に入れれば…うぅぅん……」

渚は頭を抱えている。

「小さな女の子を見捨てるような事をしたくはないんだが、ボクも余裕がない…というより安全とも言えないからなぁ…」

「でしたら、私とならどうですか?」

「梨沙君?」

「一人にしておけないってことですよね?
聞いてた限り、私が居た所はクラスⅢのフロア。
ここでは一番安全な場所のはずです」

「まぁ、それはそうだね…」

口をつぐみ、少し考えた後に渚は梨沙へと問いかける。

「でもいいのかい?その子を預かるという事は、命を預かる立場になる。
クラスⅠとクラスⅢの細かいルールまではボクも把握していない部分がある。
どんな不都合があるか分からないが…」

真剣なまなざしでこちらを直視する渚。
それに対して梨沙は笑顔で応えた。

「大丈夫です。穂香ちゃんは守って見せます。
それに、穂香ちゃんにはさっき助けられましたからね。
今度はお姉ちゃんの番です!」

「ほのか死なない?」

「うん、お姉ちゃんは絶対にここから出る。
だから、それまで穂香ちゃんも守ってみせるよ」

先程まで涙で顔をぐちゃぐちゃにしていた彼女の顔からその跡が完全には消えていないが、凛々しい顔とここから出るという強い決意が感じられる。

「なら、ほのかもお姉ちゃん助けるよ」

「そう?もう助けてもらったけど…。
うん!また何かあるかもだから、その時はお互い助けてあっていこう!」

「おー」

あまり感情が表に出ない穂香も少しだけ声に抑揚があるように思える。

「分かった…。では、穂香君の事は梨沙君に任せよう」

「はい!」

渚は、コートのポケットからメモとペンを取り出し、何かを書いた紙をちぎって渡してくれた。

「これは?」

「ボクの被験者番号だ」

「被験者番号…ですか?」

「あーそうか、ごめん。
少しDPはかかるが、デュエルディスクを通じて連絡を取り合う機能があってね。その時に必要な番号が各々に設定されている被験者番号だ。
要するに電話番号だね」

「渚さんへの連絡手段ってことですか!?」

「そうなる。何かあったらその機能を買って、この番号を入力してくれればボクのデュエルディスクが反応する」

「鳥のお姉ちゃんと電話出来るんだね」

「そそ。これでも、ボクはここでは《情報屋》って呼ばれてる。
何か聞きたい事があったらいつでもかけてくるといい」

少し自信ありげに胸を張る。

「《情報屋》?」

「ここに来る前はジャーナリストをしててね…。
さっきの写真はその時の物だ」

「記者の人だったんですか!」

「ま~そんな感じ。
ボクとしても、クラスⅢの人間とコンタクトを取れるのは有益だ」

「なるほど…。
それじゃぁ、私の番号も教えといた方が……



「あぁ迷える咎人達よ…楽園へ導いて差し上げましょう…」



とても中性的な声が渚さんの後ろの廊下から足音共に聞こえてきた。
その声を聞くや否や、渚は明らかに動揺し左目を大きく見開きながら、三脚のデュエルディスクを掴みとり、声のする方へと振り返る。

「え…?」

「君は…」

「あぁ!その顔は記憶にあります。
久しぶりですね福原 渚。善行は積めましたか?」

近づいてきたその人は、赤みがかった茶髪をしており、後ろ髪を腰のあたりまで伸ばし結っている。
中性的な声に違わない中性的な顔つきをしており、右目が紫、左目が赤い色をしており緑のシャツの上から霊媒師のような職を思わせる白の狩衣を着ている。
そして、もはや当たり前と言わんばかりに左腕にはデュエルディスクを装着している。

「福原 渚の噂はかねがね。
《情報屋》として地位を確立したよう。その智見で罪を償う事も叶ったことでしょう。
良い善行です。よくここまで生き抜かれました」

服で一概に判断できないが、体格的に恐らく男性の様だ。
死んだ魚のような目をしたその人は、渚さんへよく分からない賞賛を向けながら話しかける。
話しかけられている彼女は、一切その人から視線を外さずに私に向けていた殺意以上の敵意を放ち、私と穂香ちゃんを制すように手で前を遮っている。
まるでこれ以上近づかせまいとするように。


「渚さん…仲良しではなさそうですけど…この人は?」

渚は一切目線をその人から動かすことなく、呟いた。

「クラスⅢ…ボクの右目を焼いたレッドフロアのフロア主だ…」

「…!?」

「その右目は先にこの地獄で役目を終えました。
一足先に楽園の景色を拝んでいることでしょう。
さぁ、喜びましょうとも。楽園から迎えが来ましたよ。
お友達共々、俺がここで助けて差し上げましょう!」

両腕を大きく広げた男は、独特な言い回しで梨沙達を助けるとそう宣う。

「梨沙君、穂香君を連れてここから離れるんだ…」

「は、はい…渚さんは…?」

「あれと殺り合ったら死ぬ。ボクも時間を稼いで逃げるから、君たちも早く逃げるんだ…」

「わ、分かりました…。
穂香ちゃん!走るよ!」

「は、走るの?」

穂香の手を取り、とにかく走り出す。

「自ら救いの手を振り払うとは…いやはや解せませんね」

男は呆れたようにため息をつく。

「君の助けるってのが、殺すって意味だからだろ」

「…何か違いがあるのですか?」

心底納得がいかないようで、男は首を傾げる。

「そのイカれた価値感は相変わらずみたいだね」

「このような地獄で、誰が生を全うできるというのです?
俗世へと戻ることはもはや叶いません。
ならば、俺が救いを与えましょう。
それこそが!俺が神から与えられし使命なのですからね!!!
環境に支配され、望まぬ罪を犯した者達…俺が救わずして誰が救ってくれるのか!」

男は淀んだ瞳を輝かせ饒舌に語り、左腕を胸元まで引き上げ、不気味な文様が印字されたデュエルディスクを構える。
特有の機械音を発しながら、構えたデュエルディスクと渚の手に持つ三脚の上のデュエルディスクが特有の機械音を発し反応し始める。


ザザッピー
「ただいまよりフリーエリアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:4000
モード:エンカウント
リアルソリッドビジョン起動…。」


「付き合ってられるか死神が!」

渚はその三脚を男の目の前へと放ると、踵を返し一目散に逃げだした。
投げられた三脚は上手く脚を広げ地面へと着地する。

「拒んだとて、いずれは平等に訪れるのです。
一足先に咎人から救われたいと思うでしょう!?でしょうねぇ!」

男が渚を追おうと走り出す。
しかし、渚が角を曲がって行くのを見たのを最後に男の目の前にシャッターが降りる。

「おっと…?」

男はシャッターの前へ立ち尽くし、少し考えを巡らせると、閃いた様に振り返る。
そこには、地面へと置かれた三脚の上のデュエルディスクが起動していた。

「なるほど…神よ。まだ福原 渚には試練が必要なのですね!
しかし…憐れな…救済を受けいれれば即刻、楽園へ向かえるというのに…」

男は、三脚に近づくと足を振り上げ、展開されたデュエルディスクの上へとかかとを叩き落とした。
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コングの施し
読ませて頂きました。思想も含めていかにも危険そうな男。しかもクラスⅢで修羅場も超えてきたでしょうね…。彼女たちはちゃんと逃げれるのか、はたまたやりあってしまうのか…!アリスさんの行方や正体も気になるところですよね。
更新頑張ってください!次回も楽しみにしてます!!! (2023-09-15 11:29)
ランペル
コングの施しさん閲覧及びコメントありがとうございます。

クラスⅢというだけで危険視されるこの環境。その歪みは、他のクラスより優遇された待遇によるものか、死が隣にあることによるものなのか、はたまた天性のものなのか…。
全員うまく逃げだせるのか、アリスの行方は!?

いつも楽しみにしてくださってありがとうございます。
とても励みになっております(>∀<) (2023-09-15 20:18)

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25 Report#49「白化」 145 0 2024-02-10 -
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