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HOME > 遊戯王SS一覧 > Report#81「不可視」

Report#81「不可視」 作:ランペル

「お兄ちゃん……大丈夫かな」

「大丈夫だよ。ここに来てから彼1回もデュエルに負けたことないんだってさ。誰が相手でもすぐウチ達に追いついて来るよ」

 何者かにデュエルを挑まれた白神が、穂香と近久から分断されてしばらく。ブルーエリアに突入した2人は、警戒を続けながらブルーフロアを目指し歩みを進めていた。前方と後方、そして曲がり角が来るたびにその先へ神経を研ぎ澄ませる近久の表情は緊張し強張っている。

「お札のお姉ちゃん、大丈夫?」

「え!?な、なにが?穂香こそ大丈夫?しんどくない?」

 極度の緊張から、突然声を掛けられた近久は声を裏返しながら穂香へ返事しそのまま彼女の体調を伺う。

「お魚のお兄ちゃんも言ってたよ。お札のお姉ちゃんが悪いんじゃないって……」

「……穂香」

 少女には、近久の考えている事が既に筒抜けのようだった。自らが警戒を任されていた後方からの奇襲により白神が襲われてしまった事。そして、白神が居なくなった事で、穂香を守れるのが自分しか居なくなった事。それらが合わさり、近久の罪悪感や使命感、不安とが一気に高まっていた。

「ほのかも危なくないか見てるから、お姉ちゃんは前が大丈夫か見ててね」

 穂香は、そう口にしながら後ろをチラリと振り返る仕草を見せた。大の大人の自分が、少女に気遣いされてしまっているのが、どうにも情けなくなり、近久は自らの頬を軽く叩く。

「いろんな人に助けられてばっかで……かっこ悪いな」

「ううん、ほのか道があんまり分かんないから。お姉ちゃんの事頼りにしてるよ」

「……ありがと穂香。何か変な感じがしたらすぐ教えて……ここも真っすぐだよ」

 互いに気遣いながら、そして異変を警戒しながら着実に歩みを進めて行く穂香と近久。そうこうしていると、無事誰とも遭遇する事なく、ブルーフロアの入口である青い扉が視界に入って来た。

「あ!あれだよ、あそこのとびら」

「ほんとだ、真っ青だね。とにかく、これで目的地に到着だ。後は、中に入って翔の事待ちましょ」

「うん」

 ブルーフロアの入口を前にして、今一度誰も居ないか確認した後、2人は駆け足で青い扉まで近づく。そして、近久が青い扉へと手を触れた。

「……?」

「どうしたの?」

 固まっている近久に声を掛ける穂香。近久は扉に触れていた手を一度離すと、再度扉へと手を触れる。

「あ、あれ?」

 本来すぐ様開かれるはずの扉は、目の前に2人が立とうとも、扉に触れたとしても一切動きを見せない。固く閉ざされたままの扉を前に、近久の背筋を嫌な汗が流れる。

「じょ、冗談でしょ……。ウチ達じゃ入れないの!?でも、フロアの扉って夜以外はだれでも入れるってなぎさが……」

 渚達との会話では確かにフロアに到達さえすれば、近づくか扉に手を触れる事でフロアの中に入れるはずだった。扉の開かない原因を懸命に考える近久。しかし、その思考の隅で、ぐずぐずしていると誰かがやって来てしまうかもしれないという恐怖心が阻害する。

「あかないの……?」

 穂香の不安そうな声が背後から聞こえてくる。ありとあらゆる選択肢が頭の中へ浮かぶも、どれもこの状況を打開する方法ではない。

「ちょっと待って……一旦落ち着くから……」

 近久は目を閉じ、ゆっくりと息を吸い込む。脳に酸素が行き届く事をイメージしながらしっかりと深呼吸を行う。そして、もう1度扉へと手を触れる。当然、青い扉は固く閉ざされたままだった。

「この扉が開かない原因を突き止めよう……」

 近久は、青い扉を背にし自分達が来た道を含めた周囲を念入りに観察する。視線を右から左へとゆっくり流していき、無機質な白い廊下の中に異変がないか探す。

 すると、左方向で一瞬空間が揺らめいた。

「あそこ……」

 空間の揺らめいた場所を凝視する。明らかに、その場所だけがぼんやりとだが空間が歪んでしまっている。
 まるで、そこに誰かが居る様に……。

「あぁ、ようやっと気づいていただけましたね?」

「!?」

 突如、虚空から囁かれた声。それと同時に近久が凝視していた空間が揺れた。

「穂香!」

「……!」

 近久は穂香の前へと飛び出し、穂香もそれに反応し近久の後ろへ隠れる。

「ふむ、そちらのお嬢さんを見かけて追ってきたのですが……裏野様はご一緒ではないご様子」

 残念そうに呟かれた男の声を合図に、揺れた空間で淡い光が人型状に霧散する。その光が、そこに居る者の本来在るべき姿を映し出していく。
 現れたのはシルクハットを被り、ペストマスクを装着した人間。右手でシルクハットを外し、近久たちへ上品に挨拶を交わす緑髪の男。

「可愛らしいお嬢さん、お久しぶりです。そちらの方は初めましてですね?」

 丁寧な口調で話す男の口ぶりは、まるで穂香を知っているようなものだった。その事に気づいた近久は、正面を向いたまま背後の穂香へと問いかける。

「穂香……この人知り合い……?」

 穂香が近久の浴衣の袖をきゅっと握りしめ、静かに呟いた。
 
「お化けのお姉ちゃんに、デュエルを挑んでた人だよ……」


ザザッピー
「ただいまよりフリーエリアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:4000
モード:エンカウント
リアルソリッドビジョン起動…。」


「あぁ!覚えていてくださっているとは、わたくし感激でございます。では、お初の方もおりますので改めて自己紹介を。
わたくしは《刹那の奇術師》、無限に広がるエンターテイナー!
インフィニティ萩峯と申します。
以後お見知りおきを」

「な、何がお見知りおきをよ!?ここでのデュエルがどんなものか分かってるんでしょ!?」

 自己紹介よりも前にデュエルを始めた男に、苛立ちと共にその目的を問いただす近久。それに対し、萩峯が勢いよく両腕を広げると、居るはずのない場所から鳩がバサッと飛び立つ。

「は、鳩……?」

「デュエルとは即ち、エンターテインメント!駆け引きと演出、それらは見る者を虜にする魅惑的な物でございます。ですが、人々が真に求めるエンターテイメントの本質とは驚き。予想外の演出に観客は魅了され、引き込まれていくのです。わたくしは、ショーに出演していただくお相手様に最高級の驚きを差し上げたいのです!」

 舞い散る羽の中、萩峯は飛び出した鳩を黒い手袋の指先へ乗せながら饒舌に語る。その語りを理解できない近久は、語気を荒げながら問い詰める。

「訳の分からない事を言わないで!ここのデュエルは楽しいものなんかじゃない……!負けたら死ぬかもしれないのよ、それを分かってるの!?」

「ですから、言っているではありませんか。わたくしが共演者や観客に与えたいのは最高級の驚きであると。それは、理不尽にも押し寄せる死!刹那の瞬間に垣間見える人生の終わりを迎える事を自覚した表情!その儚さにこそ、エンターテインメントの真髄が見いだせるのですよ!」

 シルクハットを掴み、その中へ鳩を誘導しながら語る萩峯。その言葉が伝わる程に、近久の表情が険しくなっていく。

「それ……本気で言ってんの?」

 鳩を納めたシルクハットを被り直し、萩嶺が問いへ答える。

「ええ、もちろんですとも。ご理解いただけませんか?それもいい!理解の外より舞い込む事こそが、驚きに直結するのですからね!」

 奥歯を噛みしめた近久は、鋭く萩峯を睨みつけデュエルディスクを構えた。

「穂香、ウチに任せてくれないかな……」

「どうするの……?」

「命を蔑ろにしようとするこの人の事が許せないの……。彼がデュエルでそれを証明しようとするんなら、ウチはデュエルでそれを真っ向から否定してやる。大丈夫、死ぬような事は絶対にしない」

 努めて冷静に、背後の穂香へ向けて語る近久。穂香はそんな彼女の真っすぐな横顔を見て、言うべきでないと分かっていてもそれを聞いてしまった。

「……許せないから、殺すの?」

「……!」
 
 穂香の言葉に驚き咄嗟に振り返った近久。不安そうにしながらも真っすぐに見つめてくる少女の瞳からは、信頼と疑念とが混じり合っている。

「……うん。ウチが優先するのは、梨沙と約束した穂香を守る事にあるから。必要になったらそうするかもしれない」

 近久のその言葉を受け、穂香は悲しそうに目を伏せ握り込んでいた浴衣から手を離す。

「でも……!」

 浴衣から離れた手を引き留める様に、穂香の手を近久が優しく握り込み語り掛ける。

「あの人がもし、ウチみたいにどうしようもなくなって殺しを正当化してしまっているなら……正気に戻してあげたい。梨沙がウチを助けてくれたみたいに、ウチも誰かを救ってあげられる人になりたいの。罪を重ねてしまったウチだからこそ、あの人の殺しを止められるかもしれない!
だから、ウチが彼の言葉に負けないよう、穂香には傍に居て欲しいの……」

 近久は穂香へと頼み込んだ。大切な人を殺された穂香にとって、自分との和解など上辺に過ぎない事など理解している。だからこそ、自分が進む道に嘘や偽りがあってはいけない。ただただ真っすぐ、己が受けた救いを更に他の人へ繋げていくこと。
 それが、近久の新たに選択した道なのだ。

「うん、分かったよ。……気をつけてね。お札のお姉ちゃん」

 穂香が頷き、近久の握る手を小さく握り返して離れていく。前へと向き直る近久に向けて、萩峯はつまらなさそうに彼女たちの会話を評価し始めた。

「前置きは十分でしょう?正気の中に、真の驚きなど存在しません。驚きと死を切り離す事も出来はしませんから」

「ふざけた事言うな!あなたは死がどういうものか何も分かっていない!それをあろうことかエンターテインメント?命をバカにするのも大概にしろよ!!」

「死とはエンタメですよ?それは、この施設においても外の世界においても何ら変わりなどありません!」

 ペストマスクで顔を隠していながらも、マスクの下で萩峯が満面の笑みで喋っている事は声から容易に想像できた。近久は、爪先が指に食い込むのも気にせず、怒りのままに拳を強く握りしめる。

「どうして、あなたはそんな命を弄ぶような事が出来る様になったんだ……。
答えろ!!生まれた時からだなんてふざけた事絶対に言わせないから!」

 声を荒げて問うた近久の想いに、萩峯は指をパチンと鳴らし完全に捨て置いた。

「観客が求めるのは長たらしい前説などではない。わたくし達は、求められる物を提供するのです。
さぁ、わたくしの研ぎ澄まされた演目!裏野様へ披露する前にあなた様へ堪能していただくこととしましょう!」

 そう口にした萩峯が、広げた右手を握りこむ。そして、それを開いた時には5枚のカードが手札として広げられていた。それを見て、近久も自身のデッキから5枚のカードを乱暴に引き込む。

「あんたのふざけたショーの観客はウチで最後だ。その狂った価値観、真っ向から否定させてもらうよ!」


 「デュエル!」   LP:4000
 「デュエル!」   LP:4000





 -----





「ターンエンドしたって事だよね……」


白神ーLP  :4000
手札     :5枚
モンスター  :なし
魔法&罠   :なし

ーVSー [ターン2]

ワルトナーーLP :?
手札       :?
モンスター    :?
魔法&罠     :?
 

 白神がその場に居ない何者かからデュエルを挑まれ、閉じ込められた空間内。アナウンスが告げたワルトナーと呼ばれる者の先攻で始まったデュエルだったが、白神の前へ何かが呼び出される事もなくターンが切り替わってしまった。

「(デュエルが始まっておよそ3分……。もしこのデュエルが有効なら、対戦相手はこの3分で確実に何か展開をしているはず。でも、僕の前には何も現れていない……。カードを伏せるだけなら、こんなに時間はかからない。
つまり、このデュエルは……)」

 白神は自身のデッキトップへ指をかけ、己に回ってきたターンを動かし始める。

「目隠しでデュエルする羽目になるとはね。
僕のターン、ドロー!」
手札:5枚→6枚

 白神の推測するこの状況は、ソリッドビジョンが白神の前に現れていなくとも、対戦相手は通常通りに展開を行っているというものだ。こちらの状況を相手は何らかの手段で把握できる状況にあるが、白神側からは相手の盤面の状況を知る事が出来ない。

「ん……?」

 白神がスタンバイフェイズから、メインフェイズへ移行しようとした時。スタンバイフェイズで数秒のタイムラグが生まれた。
 
「(何かしたのか……?まぁ、いい)。
メインフェイズに入る」

 白神はメインフェイズ移行の宣言と共に静かに手札の1枚をデュエルディスクへと差し込む。

「……伏せは、ないようだね」

 白神がデュエルディスクへと発動したのは《ギャラクシー・サイクロン》。相手のセットされた魔法、罠を破壊する効果を有した魔法カードだが、カードを差し込んでいるのにも関わらずデュエルディスクは、《ギャラクシー・サイクロン》を認識していないのだ。

「これを使っても何も起きないということは、そもそもこのカードが発動できる状況にない訳だ。つまり、あんたのフィールドに伏せカードはない!
盤面が見えなくたってやりようはあるんだよ!
永続魔法《白の輪廻》発動。その発動時の効果処理で、デッキから《白鰯》を手札に加える」
手札:6枚→5枚→6枚

 地面で水しぶきが起こると1枚のカードが飛び出し、それを白神が掴み取る。

「デッキから《白鰯》を墓地に送ることで、手札の《白鰯》を特殊召喚出来る」[守0]
手札:6枚→5枚
《白鰯》:☆2→3

 白神の目の前を白い魚群が通過すると、その中から溢れた1匹がフィールドへと居残る。

「ん……」

 この時、特殊召喚した《白鰯》に何やら靄の様なものが掛かっていることに気付いた白神。そして、そのレベルが1上昇している事にも気づく。

「(レベルの変動効果……。起動効果か永続効果にしろ、これで相手の盤面が見えないだけでデュエルしている事は確定したな)。
僕のフィールドに水属性しか居ないことで、手札の《ドリーム・シャーク》の効果発動。手札から自身を特殊召喚」[守2600]
手札:5枚→4枚
《ドリーム・シャーク》:☆5→☆6

 赤く丸い目を動かしながら、体表が青紫の鮫がフィールドを回遊してくる。その姿は、《白鰯》と同様に薄く靄がかかっていた。

「永続効果か、面倒だね。僕は《白鰯》と《ドリーム・シャーク》でリンクマーカーをセット。
リンク召喚。

来い、《アビス・オーパー》」[攻1500]

 地面より淡く光る何かが揺れながら、浮上してくる。その召喚に合わせて、白神は手札から1枚のカードを掴み取った。

「《アビス・オーパー》のリンク召喚成功時に効果発動。手札から、魚族の《揺海魚デッドリーフ》を特殊召喚」[守1600]
手札:4枚→3枚

 揺れる光へと惹かれるように、地面から青い目の揺らめく骨だけの魚が新たに浮上する。

「特殊召喚した《揺海魚デッドリーフ》の効果発動、デッキから魚族《アビス・シャーク》を墓地へ送る」
《揺海魚デッドリーフ》:☆4→5

 デッドリーフが威嚇するように、骨だけの胸びれを広げた。その瞬間にデッドリーフへ靄がかかり始める。

「(効果発動の後にレベルが上がった……。永続効果ではなく、チェーン発動された誘発効果なのか?ターン制限がないってことかよ……)。
永続魔法《白の救済》発動。その効果で、墓地から魚族の《アビス・シャーク》を手札に回収」
手札:4枚→3枚→4枚

 墓地より飛び出した《アビス・シャーク》を掴み、虚空に向け翳しながらその効果を発動する白神。

「水属性しか自分フィールドに居ない事で《アビス・シャーク》の効果発動。自身を手札から特殊召喚し、同名以外のレベル3~5の魚族1体を手札に加える。僕が手札に加えるのは、レベル4の《サイレント・アングラー》」[守700]
手札:4枚→3枚→4枚
《アビス・シャーク》:☆5→6

 機械的鱗を纏った鮫が、紫の目を輝かせながらフィールドへと浮上し靄がかかる。それに合わせ白神が手札1枚をデュエルディスクへ置くと、水槽を備えた機械が勢いよく水しぶきをと共に飛び上がった。

「《フィッシュボーグ-ランチャー》通常召喚だ」[攻200]
手札:4枚→3枚 
《フィッシュボーグ-ランチャー》:☆1→2

 召喚した《フィッシュボーグ-ランチャー》にも同様の靄がかかった事で白神の口角が小さく上がる。

「わざわざレベルを上げてくれたなら、遠慮なく行かせてもらう!
レベル6となった《アビス・シャーク》にレベル2となった《フィッシュボーグ-ランチャー》をチューニング。
シンクロ召喚。

来い、《白闘気白鯨》」[攻2800]

 ランチャーがシンクロの輪を作り上げ、その中へ《アビス・シャーク》が飛び込み水中へと身を落とす。水面の広がりと共に、水中で影が揺らめく。まるで水族館のショーの様に、シンクロ召喚の輪を巨大な白鯨がくぐりながら高く飛び上がった。

「ホエールのシンクロ召喚成功時の効果発動。あんたの攻撃表示モンスターすべてを破壊させてもらう。」
《白闘気白鯨》:☆8→☆9

 飛び上がった白鯨が着水すると共に起こった揺れと共にその姿が掻き消える。

「(これで、相手のフィールドにモンスターが残るとすれば耐性持ちか守備表示のモンスターだけ……)」

 白神が見えない相手の盤面の状況を推測している最中……突如として甲高い鳥のような鳴き声が風圧と共に響き渡る。

「……何か仕掛けてきたか!」

 相手のアクションを警戒し、《白闘気白鯨》を指先で押さえながら身構える白神。瞬間、視界の端に映った赤い何か。それを特定するべく視線を足元へ落とすと、まるで生き物が体を這い上がるかのように、赤い文様が足先から全身に向けて浮かび上がっていく。

「な……なに、がぁっ!?」

 赤い文様が光り始めた瞬間、全身にとてつもない激痛が走る。

「ぐぁあああああああああ!!!」


白神LP4000→2500


 不意に発生した原因不明の突き刺すような激痛は、白神の脳を内側から搔きまわす。皮膚を傷つけられた訳でも殴られた訳でもなく、ただただ脳へと送り込まれる痛みの信号。肉体が受け取る情報と脳が読み取る情報との相違に、ただただ絶叫を上げるしかなかった。

「が、は……あが……」

 赤い文様の発光が収まると共に、突然止んだ痛み。白神は先程まで確かに感じた痛みに指先を震わせながらも、何とか体のバランスを保つべく足へと力を込める。
 しかし、それをあざ笑うかのように彼の体は突然宙へ浮かび上がるのだ。

「あ……は……?」

 痛みからの解放。それにより、白神の気は緩んでしまい浮かび上がった体に対する理解が遅れた。それは当然、防衛行動を体に指示する事も遅れてしまったのだ。

 虚空から発生した暴風が白神の体を浮かし、その勢いのままに《アビス・オーパー》と《揺海魚デッドリーフ》をも風で吹き飛ばしながら、彼の体をシャッターへと頭頂部から叩き付ける。

「ごぁ……」


白神LP2500→100


 ガシャンという音と共に、揺れるシャッターへ小さな血の跡を残しながら白神の体が地面へと墜落する。シャッターを背に座り込むような形で落下した衝撃が、頭へと響き激痛を引き起こす。その痛みに耐えつつも状況を把握すべく、目線だけを何とか動かす。霞む彼の目に映るのは、除去されたであろうデュエルディスクから離れた3体のモンスター、無機質な白い壁、壁の隅に映った黒い点、自身の腕から引っ込んでいく赤い文様と、それへ引き寄せられるようにデュエルディスクへ頭から滴る赤い液体。

「(……?)
……あぁああ!!?」

 ぼんやりとする頭で、懸命に今の状況を理解しようと頭をゆっくり動かそうとした白神。しかし、その瞬間に頭頂部を起点とする頭痛が、強烈に白神の体を蝕む。激痛から身をよじるようにぎゅっと目を閉じ、悲痛の声を洩らしながら項垂れた。そっと目を開き荒い呼吸を重ねる。

「うぁ……」

 考えが一切まとまらない。何かするべく考えを巡らせたとしても、それは痛みと共にすぐさまリセットされた。絶え間なく激痛を響かせる衝撃は、白神の思考を完全に奪い去ってしまう。

「ま、け……」

 頭の痛みと揺れる視界の中で藻掻く中、右腕のデュエルディスクが光っているのを見つける。

「……る、かよ……」

 光に導かれる様に咄嗟にそこへ手が伸びた白神。だが揺らされた脳は、白神の全身から力を奪っている。力の入らない左手を無理やり動かし、光っていたデュエルディスクの場所へと懸命に手を伸ばす。それを待ち望んでいたかのように、光る場所よりカードが排出された。

墓地から《ドリーム・シャーク》のカードが。

「はつ、どぉ……!」

 何とか掴み取った《ドリーム・シャーク》を最低限の動きでモンスターゾーンへとスライドさせる事に成功する。その瞬間、白神を守るように青紫色の鮫がフィールドへ泳いで来ると、白神の周囲をシャボン玉を思わせる水の膜が発生した。それとほぼ同時のタイミングで、水の膜に向かってどこからか鎖が勢いよく殴りかかって来る。その鎖の攻撃が水の膜に弾き返されると、膜と鎖双方が泡となって消えていく。

「う……ぐ……」[守1600]

 揺れ続ける視界が、白神の意識すら奪おうとしてくる。何とか意識を保とうと奮闘する白神は、力の抜けた左手をグーパーと握ったり開いたりしながら、己の感覚を確かな物へと修正していく。口内に溢れ始めた唾液をゆっくりと飲み込む。そんな小さな動作でさえ頭に痛みが走り顔を歪められてしまう。

「はぁ……あぁ……」

 はやる鼓動すら、頭痛を激しくしてしまう。少しでも落ち着かせるべく荒いながらも呼吸をゆっくりと規則的に続けていく。
 頭が回らずとも、負ける事は許されない。そんな強い意志が白神の体を突き動かす。

「仕留め損、なった……ようだね……」

 シャッターを背に座り込みながらも、小さな笑みを見せながら白神は虚空に向けて何とか言い放つ。《ドリーム・シャーク》は、バーン効果の発動に反応し墓地から蘇生され、そのダメージを防ぐ効果を持ち合わせていたのだ。

「破壊、なら……ホエールは蘇生できる。
蘇れ、《白闘気白鯨》」[攻2800]

 ゆっくりと状況を思い返しながら、勝利へ続く道を手繰り寄せる。
 効果の発動と共に姿を消していた白鯨が、再び白神のフィールドへ浮上してきた。

「頭がさ、回んない……んだよね……。だから、耐性持ちが、いるなら……あんたの勝ちだ。
ホエールが蘇生された……事で。《白の輪廻》効果発動。あんたのフィールドのモンスターすべてを破壊する」

 喋るのが苦しくとも、説明してやる必要がある。もし、相手のフィールドにモンスターが残らず攻撃を防ぐ手立てがないならば、相手は自身の盤面を隠しても勝てなかったことになるのだ。ならば、こちらは余すことなく公開する。かんぷなき敗北を叩きつける。再戦でもされようものなら、この状態で1から盤面を組み始めるのは厳しい。
 勝利の直感に導かれるまま、己の口と手を無理やり動かす。何とか紡いだ発動宣言により、白いオーラを纏った白鯨は飛び上がると、再び潜航し白神の前から姿を消す。

「ぐ、ぅ……何もないなら、バトルに入る。《白闘気白鯨》で攻撃」[攻2800]

 対戦相手の元へ赴き、全てを破壊しつくしている事を信じ白神は攻撃宣言を行った。もし、相手フィールドにモンスターが残っており、その数値が《白闘気白鯨》の2800を上回っていれば、白神のライフは0になる。

「………」

 攻撃宣言の後、しばらくの沈黙が訪れた。白神の眼前では何ら変化は起こらず、白鯨も戻ってこない。

「はは……」

 白神は目を落とし、笑い声を洩らす。デュエルディスク上で再び何かが光っているのだ。

「使える……ってことは、そういう事なんだよな?
《白の輪廻》効果。攻撃したホワイト・オーラ1体は……ダメステ終了後、もう1度だけ続けて攻撃が出来る……!
《白闘気白鯨》で2度目の攻撃だ……!」[攻2800]

 頭の痛みに耐え、放つ2度目の攻撃宣言。その攻撃によって、デュエルの結果がどうなるのかを白神はまだ知らない。だが、白神はただただ信じた。己の実力と勝負強さを。



ピーーー



「ワルトナー様のライフが0になりました。勝者は白神様です。」

 アナウンスが勝者を告げた。本来なら喜ぶだけでいいはずのアナウンスであったが、シャッターに伝った振動が頭の傷口を刺激する。

「うぁあ!!」

 痛みにのけ反り右手で頭部の傷口を抑えながらも、その表情からは段々と笑みが零れ始める。


「僕の……勝ちだな」





ザザッピー
「ただいまよりフリーエリアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:4000
モード:エンカウント
リアルソリッドビジョン起動…。」


 アナウンスの放送が空気を揺らす。終わったはずのデュエルは、閉ざしていたシャッターが開く事無く再度始められてしまう。痛みに顔をしかめながら、白神はため息をつく。

「目隠ししても、勝てなかったってのに……。そんなに、リベンジしたいなら、相手してあげるよ。ただし、僕の目の前に出て来たらだ……!
ホエール!」

 白神は《白闘気白鯨》へと指示を飛ばす。左手の指先が示したのは、白神の右後方の天井部とシャッターの隅だ。
 指示を受けた白鯨はすぐ様、地面から水しぶきと共に飛び上がると指示された場所を押しつぶすようにぶつかっていった。

ピーーー
「対戦相手の喪失により、デュエルを終了します。」

 始まるはずだったデュエルは、アナウンスによって取り消された。横目でホエールがぶつかった場所を見やりながら白神は、デュエルディスクから《白闘気白鯨》を取り除いた。
 すると、その場所から機械の破片のようなモノがぽろぽろと落ち始める。ホエールが完全に消えると、中央にレンズのついた白く潰れた丸い物がずるずると壁から滲みだし、ガシャンと音を立てて地面へ落下した。

「っぐ……はぁ……。なんか、見覚えあるな……《異次元の偵察機》だった……っけ?
いってて……」

 シャッターが開かれて行くのを確認し、壁を背にする位置へとゆっくり移動する白神。頭の痛みは続くものの、危機を脱した安堵から座りなおし今一度大きなため息をつく。

「あぁぁ……やばい、吐きそう……。く……そ、こんなに痛いの……いつ以来だよ……。
うぐ…………せめて、めまいだけでも……。収まったら、2人を、追いかけないと……」

「おいおぉい!そんな寂しい事言ってくれるなよなぁ!?」

 白神はビクッと体を痙攣させる。その振動が頭痛に響くが、そんな事を気にする事無く体が先に動いた。白神が背にしていた方のシャッターとは反対側のシャッターが持ち上がっていくと共に、そこに立つ何者かの姿が露わとなっていく。

「クハハハ!なんだなんだ、誰の相手してたか知らねぇが苦戦してたみてぇじゃねぇか!」

「あんた、は……!?」


ザザッピー
「ただいまよりフリーエリアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:4000
モード:エンカウント
リアルソリッドビジョン起動…。」


 デュエル開始のアナウンスと共に現れたのは、黒い服に身を包む狂人朱猟だった。開きかけていたシャッターが再び、デュエルする者を閉じ込めるべく閉鎖されていく。何とか壁に手を突き立ち上がった白神へ、首を倒しながら朱猟が声を掛けてくる。

「よぉ、ホワイトフロアのガキ。お仲間との脱出作戦は順調か~?」

 昨日の夜決定し、今朝行動に移したばかりの脱出計画を眼前の男が知っている事に白神は驚く。しかし、すぐ様に目を細め出血部を抑えていた右手を振り払い、血しぶきを飛び散らせる。
 
「へぇー、あんたここ運営してる奴らと通じてる訳?」

 白神はゆらめく視界の中、眼前に立ち塞がる狂人へ問いかける。しかし、朱猟は狂った笑みと共に、問いを無視して身勝手に喋るばかりだ。

「くく……てめぇ負け知らずらしいじゃねぇか。自信に満ち溢れた奴こそ、その自信や信じてるもんが崩れた時の泣き言が面白れぇんだよなぁ!!
もう全部知ったんだろ~?てめぇが外で幸せになる為、頑張って少しずつ積み重ねて来たモノ。他人を傷つけ、殺してでも得たモノ。帰れるから頑張れた、耐えてきた、でもざーんねん!てめぇはただの人殺しで、その為に耐えてきた事なんざなーーーんの意味も無かった訳だ!クハハハハハ!!!」

「うげぁ……はぁ、はぁ……。一緒にするなよ、殺 人鬼」

 笑い声で激しくなる頭痛と定まらない視界を紛らわす様に、白神が睨みつけながら言葉を落とす。朱猟の不愉快な笑い声がさらに激しくなった。

「クハハ!あぁそりゃそうだ!俺様とてめぇじゃ目的が違うもんな。俺だっててめぇなんかと一緒にされちゃ心外ってもんだ。
俺は悲鳴の為に泣く泣く死んでもらったんだ。心苦しくても、俺は得るモノがあった。でも、お前は金の為に殺した!ハハハッ!それだってのに、その金すら意味がねぇってんだぜ!?おかしくってたまらねぇよ!!
じゃぁお前はぁ!いったいなーーーんの為にここで人なんざ殺しちまったんだろうなぁ!!?クヒャハハハハ!!!」

 朱猟は狂った笑い声と共に、白神の良識を土足で踏み荒らす。不愉快な男の存在で、傷口の痛みが増してしまう白神が顔を歪ませながら俯く。

「聞いてた、通りだね……本当に不愉快な奴だ……。
ここでの決着のつけ方はこれだけ。ぺらぺら喋る暇があるなら、来なよ……」

 そう口にし、デュエルディスクを構えた白神。その様を、朱猟は嫌らしく口元を歪めながら嘲笑する。

「こういう生意気なガキの親は、大抵ろくでもねぇってのは相場が決まってんだ。……威勢がいいのは結構だがなぁ、そんなふらふらなザマで俺様に勝てると思ってんのか?躾けのなってねぇガキにゃ、てめぇのクソ親に代わって俺様が丁寧に躾けてやるぜ?」

 白神は一瞬俯き奥歯を噛みしめながら、吸い込んだ息を鼻から吐き切る。そして、冷静に顔を持ち上げ朱猟を見下すように言葉を吐き出す。

「ご心配……どうも。
でもさ、弱い犬ほどよく吠えるって言葉があるの知ってる?首輪つけて躾けしないといけないのは……僕の方だよ」

 自身の首筋をとんとんと指で叩き挑発し返す白神に、朱猟の口角が歪な程に持ち上がっていく。

「クハハ……いい気概だ。おめぇみたいな生意気なガキが、いざ死ぬってなった時にどんな悲鳴上げてくれるのか楽しみで仕方ねぇよ!!!」

「頼まれたって、負けてあげないよ。特にあんたみたいな奴にはさ……」


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