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HOME > 遊戯王SS一覧 > Report#96「私のせいで」

Report#96「私のせいで」 作:ランペル

 西澤が語ろうとするのは、アリスが死ぬ事となったデュエル……その動機についてだ。梨沙は訝しみながらも、堪えきれない様に西澤へその真意を問いただす。

「何が……言いたいんですか……」

「聞きたいのかい?」

 不敵な笑みを浮かべながら勿体ぶる西澤に、梨沙はギリと奥歯を噛み締める。

「そうやって焦らすのも……私がショックを受けるって分かってるからですか……」

 西澤がここに居るのは、梨沙の示す反応を観察することにある。つまり、アリスがデュエルをした理由を語れば、梨沙が大きく反応するだろうことを期待しているのだ。

「もちろん大いに期待してのこと。だが、それを分かっていても、聞かずにはいられないだろう?なんせ、大切な大切な人間が死ぬきっかけとなった出来事なんだ。死人に口無し。ならば、私が死者の言葉を代弁しようじゃないか」

「っ……!あなたは……本当に人を侮辱しないと気が済まないんですね……」

 彼女がそれを狙っていることを頭では理解している。しかし、的確に梨沙の神経を逆撫でる言動に嫌でも反応してしまう。梨沙の嫌悪の眼差しを受けた西澤が、嫌らしい笑みを崩さず語り掛けて来る。その言葉は、アリスがデュエルをするに至った動機。その根幹へと触れ始めた。

「フフ……70の1971番はね。君への罪悪感から、精神に負荷を被った。それによって、彼女の内に居るもう1人の彼女が攻撃されたと思い込み、会話していた69の0141番への攻撃行動に転じた。
というのが、ことの真相だよ」

 西澤の語った、デュエルを始めたアリスの動機。瞬間、梨沙の表情から感情が抜け落ちる。

「私への、罪悪感……?」

 アリスが死ぬ原因となったデュエル。それは、渚よりこの世界の真実を告げられた事で、錯乱した白神と梨沙が会話している間に進行していたものだ。梨沙が駆けつけた時には、既にアリスはもう1人の彼女へと入れ替わっており、渚達へデュエルを仕掛けている状態にあった。しかし、西澤が語る内容は、アリスがもう1人の彼女へ変わった原因が梨沙への罪悪感にあると口にする。当時の状況と、西澤が語るアリスの人格切り替えの原因とが合致せず、梨沙の頭の中では呪詛の様に同じ言葉が繰り返される。

「(私に罪悪感……?アリスさんがどうして私に罪悪感を……?)」

「彼女はね。外へ出られないことが、それほどショックじゃなかったのさ」

 梨沙の訳が分からないという気持ちを察したのか、心の声に回答するように西澤が口を開く。梨沙は反射的に、それを否定しようと言葉を放つ。

「そんなこと……!」

 しかし、梨沙の言葉はそれ以上続かない。頭に過るのは、アリスが話してくれた彼女がこの実験に参加した理由だ。

(「私はもう嫌になってここに来たの。外の世界と完全に隔離されたこの場所に……」)

 アリスは外の世界での生活に耐えられなくなって、この実験へと参加している。つまり、西澤の口にした外へ出られない事にショックを受けていないという言葉も嘘ではない。少なくとも今話している内容に限って言えば、偽りのないアリスの本心に近いのかもしれない。

「…………確かに、アリスさんは外に出たがってはいませんでした。外での辛いことに耐えられなくてここに来たって……。
でも、だからってこの実験での生活をアリスさんが望んでいたなんて考えられません!もし……本当に救いに感じていたなら、私を助けたりもしないはずだし、誰かのために行動しようなんて思わないはずです!この実験の流れに逆らう様なことを、アリスさんがしていたのがその証拠です……!」

 アリスはこの実験に救いを求めていたのは事実だろう。しかし、救いを求めていたのであって、実際に救いになっていたかとは話が別だ。アリスは、誰かが傷つくのを悲しんでいる。だからこそ、梨沙の元を訪れ治療や精神的なケアを行った。そして、それは梨沙がこの実験へ訪れるまでにも行われていたはずだ。ならば、アリスがこの実験での生活を良く思っていたはずがないと、梨沙は断言する。

「フフフ、そう、その通りだ65の0855番。70の1971番は、この実験で人が傷つくことに心を痛めていた。そして、それらの人々を助けられるだけの力と地位を、彼女は手にしていたんだよ」

 西澤は梨沙の言葉を肯定する。しかし、その表情には依然として不快な笑みが貼りついたままであり、それが梨沙の心をかき乱す。

「結局、何が言いたいんですか!?私の言ったことがその通りなら、アリスさんはここでの生活に救いなんて感じてなかったということじゃないですか!」

「心根の優しい彼女は、誰かが傷つくこの実験を快くは思っていなかった……。しかし、潜在意識下では違ったんだよ」

「潜在、意識……?」

 西澤の好奇を孕んだ緑眼が梨沙を見据え、嬉々として言葉を繋ぐ。

「彼女はこの実験で、”居場所”を手にしたんだよ。本来、彼女が他者へ施したかった慈しみや慈愛を、この環境でならいかんなく発揮出来たのだから」

「…………」

 梨沙は呆然とする。硬直したまま動く事が出来ず、空いた口から言葉を発する事が出来ないでいた。

「(居場所……?)」

 すぐにでも、西澤の言葉を撥ねつけてしまいたかった。しかし、脳裏にアリスの悲し気な表情が浮かび言葉が出て来ない。

「外の世界では、親殺しの精神異常者という烙印を彼女は背負っている。もう1人の彼女を制御する事も出来ていないから当然ね。しかし、この世界では人格が複数あろうと関係ない。表の彼女は、他者へ慈しみある善人として受け入れられて来た」

 耳から入って来る情報から、現実から逃れ、自分らしく振舞える環境に出会ったアリスの姿が目に浮かぶ。しかし、梨沙が思い描く彼女の顔は、決して晴れやかな笑顔などではなかった。痛みや嘆きに満ちた世界へ立つ彼女の表情は、儚く憂いの感情に満ちている。

「無論、中にはもう1人の彼女が敵対し、排除してしまった人も居ただろう。けど、そんなことは些末な問題なんだ。なんせ、ここは外の世界での掟の通用しない世界。誰かをもう1人の自分が殺してしまったって、それを他責出来る環境なんだから。
もう1人の彼女もよく使っていたよ。この場所が悪い、殺されそうになったから仕方なく……とね?」

「やめてください……!!」

 梨沙は思わず声を荒げた。西澤の語るアリスの境遇と心理。例え、それが真実だったとて、アリスがそんな事を望んでいたとは信じられない。

「アリスさんは、そんな居場所を願ったりなんかしてません!好き勝手なことばかり言って、アリスさんをこれ以上侮辱するのをやめて!!」

 大声で叫ぶ梨沙。怒気の込められた声に反して、彼女の額には汗が浮かび、表情には苦悶が滲んでいる。
 西澤はそんな梨沙の仕草を見て、口元を覆って笑いだす。

「フフ、フフフ……65の0855番。それはあんまりじゃぁないか?70の1971番は、君の思い描く理想の彼女じゃなかったんだ。なのに、理想と違うからって彼女のことを否定するのかい?彼女は、君から向けられる理想であろうと奮闘していたというのに……」

「違う!ちがうちがう、私はアリスさんを否定する気なんかない!!」

 西澤の挑発的な物言いに、梨沙は険しい表情のまま強く言い返す。

「アリスさんだって、人間なんです。あなたの言うように、今までなかった居場所のようなものをこの実験で感じ取ってもおかしくないです……。でも、それはアリスさんが願っていたものなんかじゃない。どこかで、居心地がいいと思っていたとしても……同時に凄く苦しんでいたはずなんです。人を殺めたのだって……たとえ人格や環境のせいに出来るとしても、絶対に自分が過ちを犯したと考えてしまうはずです。アリスさんが、本心でこの場所に救いを求めてたなんて絶対に嘘です……!!」

 西澤が語るアリス像の全てを否定は出来ない。しかし、西澤がアリスを観察してきたように、梨沙もアリスを見てきた。短かったとしても、彼女と会話し、彼女と絆を育んだ。それらは、決して嘘などではない。梨沙から見たアリス像は事実に他ならないのだ。だからこそ、梨沙は堂々と西澤の悪意の練り込まれたアリス像を否定する。

「素晴らしい!65の0855番、君は実によく人を観察できているね」

「え……は、え?」

 梨沙の言葉に返って来たのは、西澤の賞賛と同意。それは、西澤が語って来たアリス像が歪んでいたと認めている事に等しい。彼女は一体、何が目的でこんな話をしているのか?梨沙の心根に、再び混乱と困惑が舞い戻る。

「君の言う通り、70の1971番は、他者を助けられるという立場に一定の安堵こそ覚えていたが、この実験環境での自分の在り方には常に疑問を感じていたさ」

「な、なんなんですか……あなたが何を言いたいのかさっぱり見えてきません!アリスさんのことを貶して、私を怒らせたいだけなんですか!?」

 不敵な笑みの消えない西澤に、梨沙の中で再び怒りが再燃する。そんな彼女に構う事なく、西澤が言葉を続ける。

「言ったはずだけどね。私は君を含めたこの実験の被験者全てに敬意を表している。65の0855番が、70の1971番がどの様な精神状態だったのかをきちんと理解してくれたことを嬉しく思っている。そうでなければ、これからの話に続かないからね」

「まだ、何か話すつもりですか……?いい加減にして……。あなたは、私とデュエルするために来たはずでしょ!?いつまで余計な話をするつもりですか……!」

 神経を逆なでる西澤の言動に限界を迎えた梨沙が、彼女の話を止めさせようと強引にデュエルの進行を急かす。対する西澤は、意に介さない態度で小さく首を傾げるのみだ。

「このデュエルを始めたのは、君の方だったと思うけどね。まぁいい、本題をまだ話してなかったろう?70の1971番が君へ罪悪感を感じていたのは、さっきの話の流れから推測がつくだろう。外へ出られないと知った時に、彼女は無意識化で安堵してしまった。これで、君とまだ一緒に居られる。外へ出なくて済むと」

「なっ……」

「しかし、大切な恩人である君を助けたいと願う本来の彼女は、恩人の願いが潰えたことを安堵した自分が嫌で嫌で仕方なくなった。65の0855番、君が70の1971番に助けられた様に……彼女もまた君に心を救われている。それは、彼女の中のもう1人の人格の攻撃性を宥める程にね。
だからこそ、彼女は耐えられなかった。恩人の潰えた願いを喜んでしまった自分自身の醜さに」

 アリスの感じた梨沙への罪悪感の正体。それは、外の世界への恐怖。外の世界では手に出来なかった居場所が、実験内で生まれてしまったからこそ発生したごく自然な感情。だが、その感情は本来のアリスの願いとは共存出来なかった。自らの内で相反する感情に苛まれ、苦しむ彼女の事を一体誰が責められると言うのか。

「アリスさん……」

 梨沙の中で、アリスへの想いがより一層重くなる。彼女の抱えていた不安。それらを少しでも自分が受け止められていれば、あるいは彼女の心労に気づきもっと接していれば……彼女を失う結末を避けられたのではないか?彼女を失った時にも脳裏を駆け巡った思考が、再び梨沙の脳内を埋め尽くす。

「私が……話を聞けていたら……」

「無理な話さ。彼女の視点に立ってみるといい」

 梨沙ははっと顔を上げて西澤を見遣る。彼女は緑に光る左目を閉じ、薄ら笑いを浮かべながら軽々と言い放つ。

「自分を恩人と慕う女の子に対して、あなたが外に帰れないことを喜んでしまいました!なんて……言える訳がないだろう?さらに言うなら、彼女のこの気持ちそのものが潜在意識下……つまり無意識に思っていただけ。だからこそ、彼女はそれに気づいてしまった瞬間に精神が摩耗し、それを受けてもう1人の彼女が暴走する結果に至ったんだからね」

「それ、は……」

 梨沙は、西澤の言葉に反論出来ない。アリス自身ですら気づけていなかった事に、梨沙が気づいて事前に話を聞くなど到底無理な話なのだ。それでも、悔やむしかない。本当に自分が何もできなかったのだとしても、どこかにアリスが死なずに済む方法があったかもしれない。そんな事が、梨沙の頭の中を巡り続ける。

「65の0855番。君では70の1971番を救えない。いや、むしろ逆か。
君と出会ったから70の1971番は死んだんだ」

 西澤の冷たく言い放たれた言葉に、反射的に梨沙の目が大きく見開かれていく。
 この人は一体何を言っている。そんな言葉が梨沙の内より溢れ続け、それは無意識の内に言葉となった。

「何を言ってるん……ですか……」

 梨沙の震える声掛けに、西澤は淡々と応える。

「だってそう思わないかい?70の1971番は、この実験に参加してから3年は生き抜いてきた。それなのに、君がこの実験へ参加してわずか3日足らずで、彼女は命を落とした。これは、君が彼女へ干渉したからこそ起きた事象なんじゃないかと思う訳だ」

 梨沙の心臓の鼓動が、早鐘を打つようにドクドクと加速していく。西澤の話した事が結果論である事など、今の梨沙でも理解できる。だとしても、梨沙と出会って3日でアリスが命を落としたという事実は――あまりに重かった。

「更なる根拠を述べよう。外の世界の70の1971番なんだが……限界だったんだろうね。
人格をコピーした3か月後には、自ら命を絶っているんだよ」

「え……?」

 梨沙の顔から血の気が引いていく。止めどなく冷や汗が流れ、西澤の語った事をゆっくりと咀嚼していく。
 今にして思えば、この実験に参加しているのはコピーされたアリスの人格であり、現実のアリスは結局外の世界の過酷な現実から逃れる事は出来ないでいたはずだ。そんな外の世界での彼女は、3カ月で自死を選択している。しかし、実験に参加したアリスは、3年の月日を生きていた。

「彼女はこの実験の在り方や、人々が傷つけあう環境に苦しんでいたのは事実だろう。だが、それは彼女にとって耐えうるものだったんだよ。外の世界とは違い、この実験内なら居場所がある。誰かに何かをしてあげられる。それが偽善であっても、自己を肯定することが出来た」

「ち……ちがっ……わ、私……は……」

 梨沙は弱々しく首を振りながら後ずさる。しかし、傷を負った左足を庇う余裕のなくなった彼女の身体は、そのまま後ろ向きのまま倒れてしまいその場に尻もちをつく。痛みのない身体に、倒れた衝撃だけが走る。
 これから西澤が口にするであろう事を予感し、梨沙の唇が震え、歯がカチカチと音を立て始めた。それでも、梨沙は怯えながらも西澤を見た。彼女の閉じられていた左目が開かれ、怪しい緑の眼光が梨沙を捉える。彼女は、不穏な笑みを口元に浮かべながら、静かに口を開いた。

「そんな彼女の生き方を変え、死に追いやったのは……裏野 梨沙。
君なんじゃないか?」



「いやぁぁあああああ…………!!!!」



 すべてを拒絶するように、手札をその場へ落とし、両手で耳を塞ぎただひたすらに叫んだ。もう、叫ぶしかなかった。聞きたくない事、受け入れ難い事は……この実験では往々にして突きつけられる。

「無論、こんなのはただの言いがかりさ。そんなものはただの結果論。70の1971番は、君と出会おうが出会うまいが、死んでいたかもしれない。けれど、観測者としては実験レポートにこう記述せざるを得ない。
70の1971番は、65の0855番が干渉した3日目に死亡したとね」

「やめて……もう、やめて…………」

 地面へうずくまり首を垂れる梨沙が、涙混じりに何とか呟いた。西澤は、小さく笑い声を洩らすと手札から魔法とモンスターカードを晒す。それによって、彼女のデッキから1枚のカードが飛び出す。

「フフ……そうするとしよう。65の0855番も、デュエルの進行を望んでいたことだしね。
手札の闇属性《ウィザード@イグニスター》を見せて、《繋がり-Ai-》を発動。見せたモンスターを特殊召喚しながら、闇属性とは異なるレベル4サイバースを手札に加える。私は炎属性の《斬機サブトラ》を手札へ加えさせてもらうよ」[守800]
手札:5枚→4枚→3枚→4枚

 その場でうずくまる梨沙をそのままに、西澤が展開を再開させる。フィールドで電子の魔術師が杖を振るい、その背後でデッキより飛び出したカードを西澤が手中へ収める。


梨沙ーLP :4000
手札    :5枚
モンスター :なし
魔法&罠  :なし

ーVSー [ターン1]

西澤ーLP :4000
手札    :4枚(《斬機超階乗》、《斬機サブトラ》、?×2)
モンスター :《サイバース・ウィキッド》[攻](左EXMZ)、《リンク・デコーダー》[攻]、《ウィザード@イグニスター》[守]、《ファイアウォール・ドラゴン・シンギュラリティ》[攻]
魔法&罠  :なし


「手札へ加えた《斬機サブトラ》の効果を発動。《ファイアウォール・ドラゴン・シンギュラリティ》を対象に、攻撃力をターン終了時まで1000ダウンさせることで特殊召喚できる」[守1000]
手札:4枚→3枚

 フィールドにマントを靡かせ、橙色の装甲を纏う電脳騎士が新たに呼び寄せられる。《ファイアウォール・ドラゴン・シンギュラリティ》の周囲を迸る電磁波へ刀の様な一直線の剣を構えれば、その電磁波が剣へと伝播し、電子の乱れが緩くなっていく。

「《斬機サブトラ》とリンク2の《サイバース・ウィキッド》でリンクマーカーをセット。
リンク召喚。

LINK3、《デコード・トーカー・ヒートソウル》」[攻2300]

 2体のサイバース族が3つの軌跡を描き、ゲートのマーカーを灯す。データの爆炎と共に飛び出すのは、ライオンを想起させる新たなサイバース族だ。

「ヒートソウルは1ターンに1度、1000のライフを払うことで、デッキから1ドローできる」
手札:3枚→4枚
西澤LP4000→3000

 ヒートソウルが舞い上がる炎を引き裂くように爪を振るう。それと同時に、燃え上がるデッキトップに指をかけた西澤がそれを静かに引き抜く。引き込んだカードをチラリと確認すると、ディスク上のモンスター3体を西澤が指先で巧みに掴み取った。

「仕上げといこう。
繋げ、進化を担うサーキット!召喚条件は効果モンスター3体以上。私はリンク3の《デコード・トーカー・ヒートソウル》、リンク1の《リンク・デコーダー》と《ウィザード@イグニスター》の3体でリンクマーカーをセット。
リンク召喚。

LINK5、《アコード・トーカー@イグニスター》」[攻2300]

 ヒートソウルを中央に3体のモンスターが手を取り合うと、5つの軌跡に別れマーカーを赤に灯す。リンク召喚のゲート内より照射される光によって、人型のモンスターが徐々に構築されていく。映し出されたモンスターが天高く飛び上がり、重厚な装備と翼を広げながら西澤のフィールドへと降り立った。薄紫に発光する電子の剣を振るいながら顕現したのは、新たなるコード・トーカー。その切っ先が塞ぎ込む梨沙を捉えた瞬間、その背後から《ファイアウォール・ドラゴン・シンギュラリティ》が、ビリビリとした電磁音と共に咆哮をあげる。

「自身のリンク先に居た《ウィザード@イグニスター》が墓地へ送られたことで、《ファイアウォール・ドラゴン・シンギュラリティ》の効果を発動。墓地の《トランスコード・トーカー》を対象とし、フィールドへ特殊召喚」[攻2300]

 シンギュラリティの周囲を漂う虹色の電磁波が揺らぎ、《トランスコード・トーカー》のデータを構成し直す。西澤から見て左側のEXモンスターゾーンへ鎮座する《アコード・トーカー@イグニスター》。そして、中央のメインモンスターゾーンに存在する《ファイアウォール・ドラゴン・シンギュラリティ》とを繋ぐように《トランスコード・トーカー》が、アコード・トーカーの背後のゾーンへと呼び戻された。

「《トランスコード・トーカー》がモンスターと相互リンク状態である限り、自身と相互リンク先のモンスターは攻撃力が500アップし、さらに相手の効果の対象にならない耐性を得る。アコード・トーカー、シンギュラリティ共にトランスコードとは相互リンク状態にある。つまり、全てのモンスターの攻撃力が500アップし、相手の効果対象にならなくなった訳だ」
《アコード・トーカー@イグニスター》[攻2800]
《ファイアウォール・ドラゴン・シンギュラリティ》[攻3000]
《トランスコード・トーカー》[攻2800]
 
 自身のリンク先のLモンスターをリリースする事で、あらゆる効果を無力化し除外する《アコード・トーカー@イグニスター》。墓地にSとXが存在する事で、梨沙のフィールドか墓地のカードをフリーチェーンで2枚まで手札に戻す事の出来る《ファイアウォール・ドラゴン・シンギュラリティ》。そして、それら2体へ対象耐性と打点強化を担う《トランスコード・トーカー》の3体が西澤のフィールドへと並び立てられた。
 強固な布陣を構えた西澤が梨沙を見遣れば、先程から一切動きを変えず、地面にうずくまり耳を塞いだままの梨沙が居た。そんな彼女に、西澤は静かに語り掛ける。

「どんな困難を前にしても、未来を掴もうと奮闘してきたはずだろう?それとも、65の0855番にとってこの事実は心を折るのに十分足り得たということだろうか。まぁ、ここで折れようと奮起しようとも……私はどちらでも構わないよ。君の起こした一連の出来事は、この実験内に新たな風と刺激をもたらしてくれたからね」

 微笑みを浮かべながら、西澤が手札のカード2枚をデュエルディスクへと差し込む。

「私はカードを2枚セットして、ターンエンド。
このターン終了時、《斬機サブトラ》によって減少していたシンギュラリティの攻撃力は元に戻る」[攻4000]
手札:4枚→2枚


西澤ーLP:3000
手札   :2枚
モンスター:《アコード・トーカー@イグニスター》[左EXMZ]、《トランスコード・トーカー》[中央左MMZ]、《ファイアウォール・ドラゴン・シンギュラリティ》[中央MMZ]
魔法&罠 :伏せ×2


 [ターン2]


 西澤が展開を再開してから、梨沙の頭の中では自問と自責が延々と続けられていた。

「(私が……アリスさんを……)」

 梨沙が直接何かを起こした訳でも、アリスが死ぬ直接の原因になった訳ではない。だが、西澤の語った外の世界でのアリスが3カ月で自死を選択した事……そして、梨沙と出会ったアリスが3日で命を落とした事。これらは、逃れようのない事実であり、たとえ梨沙に一切の責任がなかったとしても、そう簡単に割り切れるものではない。
 大切な恩人は自分と出会わなければ、まだ生きていたかもしれない。この現実は、覆しようがなく梨沙の心を確実に蝕み、追い詰め続ける。

「うぇ……ぐ、ぇぅ……」

 言葉にならない嗚咽と涙を流し続け、梨沙は目を固く閉じ続ける。まるで、全てを拒絶するかのように塞ぎ込んでいる彼女の自責は……もはやアリスに留まらず、自らと関わった全ての人間にまで及び始めていた。

「(アリスさんは私なんかを助けなかったら、死ななかった?河原さんは、私なんかと一緒に居たから殺された?久能木さんだって、私がみんなへ外に出ようと言い出したから……殺された?佐藤さんも、私が居なかったら死ななかった。
私が外に出ようとしたから、みんな危険な目にあって……死んでしまって……)」

 自分が存在しているから、多くの人が死に追いやられた。例え、その認識が誤りだと分かっていても、罪悪感を感じずにはいられない。直接手をかけてしまった佐藤。守る事が出来なかった河原。そして、梨沙が脱出を目指した事で発生したデュエルによって命を落としたアリスと久能木。失われた命が梨沙の心へと重く重く圧し掛かる。

(「あなたが…ここに…来たから……!あなたさえ…居なければ…」)

 挙句――疲弊した精神は、つい先ほどワルトナーとのデュエル中に、彼女より投げられた思い違いから発された言葉。父親との仲を取り持ち、和解へと至り終わったはずの出来事すら、自己を責める声として頭の中で反復され始めてしまう。梨沙自身も、この思考はアリスを筆頭に命を落とした人達への罪悪感ともまた違う無意味な考えであると気づいている。しかし、1度憑りつかれた思考は、過去の出来事を鮮明に思い返させていく。この実験で数多の人間から向けられた敵意と殺意。その理由がどうであれ、皆が自分の存在を疎ましく思っている。邪魔だから消そうとしていた。私さえいなければよかったのではないか?
 無為で退廃的な思考が、梨沙の頭から離れない。

「(私が……いるから……?)」


 梨沙はしばらくの間、地面へ伏し俯いたまま一切動かなかった。目を閉じ、耳を塞ぎ、ただただ己をかき乱す罪悪感に苦しむ。その苦痛は身体反応にも現れ、荒々しい呼吸と涙混じりの呻き声だけが時折漏れ聞こえている……。
 そして、西澤もそんな彼女にこれ以上声を掛けるでもなく、ただただ静観し彼女の次の行動に注視している。


「私の、せいで……」

 静寂を破ったのは、ぽつりと梨沙が落とした罪悪感のこもった嘆き。梨沙の吐き出した声に、西澤が好奇心の赴くままに小さく笑った。そんな彼女らの進展のないやり取りを打破するように、アナウンスが響く。

ザザッ
「裏野様。現在あなたのターンです。これ以上、デュエルを続行しないのであれば、強制的にエンドフェイズに移行し、西澤様のターンへと移行します。よろしいですか?」

 デュエル進行を促す警告のアナウンス。それを受けた梨沙が、ぎゅっと拳を握り締める。

「それでも……」

 床に手をつき、散らばった手札を拾い上げた梨沙が顔を上げる。そのまま左足を庇い、ふらつきながらも、なんとかその場へと立ち上がった。

「私は……負けられないんです」

 その言葉と共に、涙で真っ赤に充血した瞳で、西澤の方をキッと睨みつける。

「佐藤さんを殺してしまったあの時から……私は罪を背負っている。みんなが死んだのも……私のせいです。でも、今ここで止まったって誰も生き返ったりしないし、喜びもしない……!だったら、私なりにみんなに報いる方法は、ここから出ること。それしかないんです。
だから……罪を背負ってでも、犠牲が出てしまっても、私は……前に進みます……!」

 梨沙の自罰的な弱々しい言葉から紡がれていくのは、自らの罪を認めながらも前へ進もうという力強い宣言。

「フフ……全ての責任は自分にあると?殊勝な心掛けだが、それは自らの罪を正当化しているだけだろう。他者の存在を脅かしながらも、前に進むことの危険性を君だって他者へ説いていたはずだ。70の1971番を殺した、73の8723番に対してね」

 期待の眼差しと不快な笑みのまま、西澤が梨沙へその在り方に疑問を呈す。他者を殺しながら進み続けようとする近久を、梨沙は説得し止めさせている。西澤は、過去の梨沙と近久のやり取りを把握した上で、今の梨沙の行動指針は……咎めた近久の行動と同じなのではないかと。

「あなたは、自分を正当化するために人を殺し続けることと、前を向いて進み続けることはどちらも同じだって言いたいんですか?」

「その行動の果てに、他者の犠牲がある点では同じと言えるんじゃないかな?」

 目を細め、試す様に西澤が問う。梨沙は未だ流れる涙を拭う事なく、自らのデッキトップへ指をかける。

「好きに言ってください。私も近久さんも、希望を目指して全力を出しているだけです。それに、誰にも迷惑をかけずに生きるなんて、どの道無理なんです。だったら……私を助けてくれた大切な人たちのため……そして、私が助けたい人たちのために!」

 梨沙の意思を形作るのは、この実験で彼女を救った仲間から受け継いだ精神。その積み重ねて来た希望が……深い罪の意識から救い上げ、自らを保たせている。
 
「エゴと言われたって、私は戦います……!
私のターン!ドロー!」
手札:5枚→6枚

 言葉の端々に震えが混ぜ込まれながらも、強く宣言した梨沙はデッキトップよりカードを勢いよく引き抜く。引き込んだカードを確認し、涙ながらにも口元へ笑みを作る。その笑みは、梨沙をここまで生かした大切な恩人から教わった価値観。生きて行く為、希望を見出す為に縋って来たデュエルに対する本来の向き合い方。

「私の大好きなデュエルで……あなたに負けたりなんかしません!!」

 苦悶を振り払うように作り出された、ぎこちなくも儚い梨沙の笑顔。そんな彼女の笑顔を見た西澤は嬉々として、両腕を広げる。

「素晴らしい!65の0855番、やはり君の精神力は並みの人間のそれを超えている。
さぁ、そんな君を作り上げた希望のため!未来のため!君はこの盤面をどう覆す!?」

 興奮気味に捲し立てる西澤に向けて、引き込んだカードを堂々と翳す梨沙。

「正面突破です……!!
《冥王結界波》を発動!全ての相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にします。そして、この効果にあなたはモンスター効果をチェーン出来ない!!」
手札:6枚→5枚

 梨沙のフィールドへと浮かび上がった青白い魂が、その内に宿すエネルギーを西澤のフィールドに向かって拡散させる。それによって、彼女の並び立てたモンスター達の力が吸い取られていく。
 罪を今一度背負い直した梨沙が引き込んだ《冥王結界波》。観測者西澤へと突きつけたこの1枚が、挽回の狼煙となる。
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71 Report#17「幻聴」 436 2 2023-08-02 -
86 Report#18「ハイエナ狩」 496 0 2023-08-09 -
69 Report#19「おやすみ」 579 0 2023-08-13 -
78 Report#20「クラスⅢ」 435 0 2023-08-18 -
69 Report#21「視線恐怖症」 435 0 2023-08-23 -
84 Report#22「新たな被験者」 596 2 2023-08-28 -
61 Report#23「天敵」 396 2 2023-09-03 -
81 Report#24「吹き荒れる烈風」 416 0 2023-09-03 -
62 Report#25「情報屋」 362 2 2023-09-13 -
64 Report#26「再編成」 416 2 2023-09-18 -
82 Report#27「見えない脅威」 545 2 2023-09-24 -
80 Report#28「トラウマ」 502 2 2023-09-29 -
65 Report#29「背反の魔女」 624 2 2023-10-03 -
90 Report#30「潰えぬ希望」 633 2 2023-10-09 -
76 Report#31「献身」 393 0 2023-10-15 -
69 Report#32「好転」 409 2 2023-10-20 -
76 Report#33「身勝手」 379 2 2023-10-25 -
69 Report#34「ボス戦」 462 3 2023-10-30 -
67 Report#35「想起」 400 2 2023-11-05 -
74 #被験者リストA 601 0 2023-11-05 -
69 Report#36「ノルマ達成目指して」 363 2 2023-11-10 -
66 Report#37「分断」 472 2 2023-11-15 -
95 Report#38「旅立ち」 605 0 2023-11-20 -
65 Report#39「幼き力」 393 2 2023-11-25 -
59 Report#40「囚われし者」 360 0 2023-11-30 -
63 Report#41「傍に居てくれるから」 440 2 2023-12-05 -
79 Report#42「どうして?」 491 1 2023-12-10 -
62 Report#43「拒絶」 348 0 2023-12-15 -
68 Report#44「不信」 415 2 2023-12-25 -
62 Report#45「夜更かし」 462 2 2024-01-05 -
66 Report#46「緊急回避」 545 0 2024-01-10 -
81 Report#47「狂気」 470 2 2024-01-20 -
68 Report#48「判断」 432 2 2024-01-30 -
86 Report#49「白化」 534 0 2024-02-10 -
71 Report#50「諦め切れない」 419 2 2024-02-20 -
67 Report#51「錯綜」 485 2 2024-03-01 -
85 Report#52「計画」 484 2 2024-03-05 -
76 Report#53「決意」 563 2 2024-03-10 -
67 Report#54「抜け道」 443 2 2024-03-15 -
97 Report#55「死の栄誉」 576 2 2024-03-25 -
73 Report#56「灼熱の断頭」 432 2 2024-03-30 -
80 Report#57「憧れの主人公」 422 0 2024-04-05 -
71 Report#58「記憶にいない娘」 351 2 2024-04-20 -
60 Report#59「蝕みの鱗粉」 370 4 2024-04-25 -
76 Report#60「歪み」 448 4 2024-04-30 -
55 Report#61「新たなステージ」 408 2 2024-05-10 -
79 #被験者リストB 466 0 2024-05-10 -
62 Report#62「狂気の残党」 413 2 2024-05-20 -
70 Report#63「窒息」 410 2 2024-06-15 -
66 Report#64「護衛」 370 2 2024-07-10 -
70 Report#65「格付け」 369 2 2024-07-20 -
95 Report#66「赤い世界」 537 2 2024-08-05 -
112 Report#67「悪夢の始まり」 663 6 2024-08-15 -
68 Report#68「見せかけの希望」 413 4 2024-08-25 -
64 Report#69「未来を懸けて」 341 2 2024-09-05 -
77 Report#70「救われたい」 411 2 2024-09-15 -
79 Report#71「決意の隼」 541 2 2024-09-25 -
57 Report#72「勝者の在り方」 347 2 2024-10-05 -
57 Report#73「救われない」 362 2 2024-10-15 -
51 Report#74「死の責任」 360 4 2024-10-25 -
58 Report#75「喪失」 391 2 2024-11-05 -
51 Report#76「黙殺」 294 2 2024-11-10 -
51 Report#77「残されたモノ」 311 2 2024-11-20 -
73 Report#78「死別反応」 528 2 2024-11-30 -
42 Report#79「メモリアリティ」 254 2 2024-12-10 -
44 観察報告レポート 396 2 2024-12-10 -
45 Report#80「始動」 299 2 2024-12-20 -
43 Report#81「不可視」 382 0 2024-12-30 -
55 Report#82「揺れ惑う正義」 456 2 2025-01-10 -
45 Report#83「研ぎ澄まされし逆鱗」 332 4 2025-01-25 -
37 Report#84「解と答え」 320 0 2025-02-10 -
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34 Report#86「終幕-道化な生き方」 294 0 2025-03-25 -
46 Report#87「白き魚と朱の花」 384 2 2025-04-25 -
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