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HOME > 遊戯王SS一覧 > Report#76「黙殺」

Report#76「黙殺」 作:ランペル



梨沙ーLP :6500
手札    :4枚
モンスター :《厄災の星ティ・フォン》[守]
魔法&罠  :なし

ーVSー [ターン2]

近久ーLP :8000
手札    :1枚
モンスター :《花札衛-五光-》[攻]、《花札衛-雨四光-》[攻]
魔法&罠  :《影のデッキ破壊ウイルス》[効果適用中]


 《厄災の星ティ・フォン》の効果発動と共に、肩から放たれた黒鉄の蛇。それは、《花札衛-五光》の元へ向かうと、その体へ巻き付き締め上げていく。

「《厄災の星ティ・フォン》のオーバーレイユニットを1つ取り除いて、効果を発動。《花札衛-五光》を手札へ戻す」

 苦しそうな声をあげる五光だったが、梨沙が効果を完全に説明し終わった瞬間に、蛇が五光の体を完全に締め潰してしまう。それにより、体が紫色の粒子と化しフィールドから消える五光。

「……雨四光の効果で守れない効果。これも対象を取らない効果って事ね」

 自身の花札衛へ対象耐性を付与する雨四光の効果を潜り抜けてしまう厄災の効果。アリスとのデュエルと合わせて2度目となる耐性をすり抜ける除去を前に、近久もその効果の脅威度の高さを痛感する。

「私はカードを3枚セットして、ターンエンドです」
手札:4枚→1枚

 静かな声で機械的に3枚のカードをデュエルディスクへとセットした梨沙のエンド宣言により、ターンが移り変わる。


梨沙ーLP:6500
手札:1枚


 [ターン3]


「ウチのターン。ドローフェイズはスキップされるから、ドローはしない。
《花札衛-桜-》召喚」[攻100]
手札:1枚→0枚

 近久が残されていた最後の手札を場へ出す。桜の描かれた花札板が、横にスライドしながらフィールドへと現れる。その登場に合わせ、梨沙が伏せカードを静かに発動した。

「罠発動《トラップ・トリック》。デッキから通常罠の《魔砲戦機ダルマ・カルマ》を除外して、その同名カードをデッキからフィールドへセット。このターン、私は罠カードを1枚しか発動できなくなった代わりに、この効果で伏せたカードをそのターン中に発動できます」

 デッキから除外されたカードと同じカードがデッキより飛び出す。それを見せながら、梨沙が《魔砲戦機ダルマ・カルマ》をデュエルディスクへセットすると、それをすぐに表へと返した。

「処理後、罠発動《魔砲戦機ダルマ・カルマ》。フィールドのモンスターを全て裏側守備表示に変更します」

「裏側……?」

 フィールドへ巨大なダルマのモンスターが出現すると、横向きにゆっくりと1回転していく。その回転が始まると共に、梨沙の厄災と近久の雨四光、花札板がフィールドから姿を消した。近久の虚ろな目にも、何をされたのかいまいち把握しかねた困惑が滲む。

「確か……表に出来るはず……」

 モンスターの反転召喚を試みる近久の期待に応えたのは、《花札衛-雨四光-》のみであり、再び傘を回しながらフィールドへと舞い戻った。

「桜は……ダメか。だったら、墓地の《花積み》を除外して効果発動。
ウチの墓地から花札衛1枚を手札に加える。墓地から、《花札衛-紅葉に鹿-》を」
手札:0枚→1枚

 墓地から飛び出した紅葉に鹿を掴んだ瞬間、梨沙が別の伏せカードを発動する。

「速攻魔法《皆既日蝕の書》発動。フィールドのモンスターを全て裏側守備表示に変更し、ターンの終わりにあなたのモンスター全てが表側守備表示になり、その数だけドローさせる効果です」

「ウチにドローさせる効果……」

 真上から照らされている赤い光が、何かに隠され一瞬近久のフィールドへ影が落ちる。隠れていた赤い光が戻った時、既に雨四光の姿は消えていた。

「(表に出来るのはは確か1ターンに1度……雨四光が邪魔だったって事ね)」

 相手にドローさせるリスクを抱えながらも、雨四光を裏返して来た梨沙。耐性を無力化された事で警戒しつつも、拾い上げた手札と裏側になり機能不全へ陥った《花札衛-桜-》とを近久が入れ替える。

「《花札衛-桜-》を取って、《花札衛-紅葉に鹿-》を場に出す。
その効果で、ウチはデッキから1枚ドロー。それが花札衛なら、梨沙のフィールドの魔法か罠1枚を選んで破壊できる」
手札:1枚→0枚

「速攻魔法《凍てつく呪いの神碑》を《花札衛-紅葉に鹿-》を対象に発動。効果をターン終了時まで無効にして、あなたのデッキの上からカードを3枚除外。そして、次の私のバトルフェイズはスキップされる」
近久デッキ:21枚→18枚

 梨沙が血の滴る右手を掲げると、手の甲へと浮かび上がるルーン文字。そして、手から放たれた冷気がフィールドへスライドして現れた鹿の描かれた花札板を凍らさせる。
 それと同時に、吹き飛ぶ自身のデッキを呆然と見つめる近久。

「バトルフェイズをスキップ……?」

 デッキトップより《花札衛-牡丹に蝶-》、《花札衛-紅葉に鹿-》、《超こいこい》の3枚がひらひらと地面へと落ちていき、着地すると共にカードそのものが消失する。近久は、梨沙の発動により展開を止められた事よりも彼女の発動したカードのデメリットに意識が向けられた。

「なんで、バトルフェイズをスキップするの……?そんな事したら、ウチのライフを0に出来ない……ウチを殺せないのに……」

 アリスを殺した自分の事を、梨沙は恨んでいるとそう考えていた近久。その推測とは矛盾するバトルフェイズをスキップするという効果を持つカードの発動に、困惑せざるを得なかった。そんな彼女の疑問へ、梨沙は無機質に機械的に答えを示す。

「私はデュエルで人を殺さない。そんなことはしません」

 声に抑揚も何もないが、確かに梨沙はそう口にした。

「殺さない……?
アリスを殺したウチにさえ……あなたは情けをかけるって言うの……?」

「情け?そんなんじゃないです。
もし、私が怒りや恨みに囚われてあなたを殺すような事をしてしまえば……アリスさんに顔向け出来ないからです」

 梨沙のその言葉に近久だけでなく、白神も反応を示す。

「アリスさんに……?」

「アリスさんの死を言い訳に、人を殺すような事だけは絶対にしたくない。アリスさんが望んでくれていた私はきっと、そんなことをしない。人が死んで当たり前……人を殺して当たり前なこの実験で、アリスさんは”そのままで居ていい”って言ってくれたんです」

 感情を含んだ内容に対し、声色には一切の感情が乗せられていなかった。
 いや、厳密には梨沙自身が自らの感情を無理やり抑え込んでいるのだ。努めて冷静に、穏やかに、機械的に答え、デュエルを進めるだけ……。自らの感情を消し去らなければいけない。個人的な感情で何かをしようとしても、今はうまくいかない。無感情に無気力に無機質に……ただただ機械のようにこのデュエルに勝つ。
 自分自身を捨て去らなければ、今の自分は何をするか分からない。

「だから、もう喋らないでください。こんな私の感情に負けて、アリスさんの顔に泥を塗りたくないんです。あなたの自 殺の手助けをするつもりもありません。静かに……ただただ淡々とあなたもデュエルをしてください」

 近久を見遣った梨沙の瞳。死んだように光を映さない彼女の瞳だったが、その奥底で揺らめいてしまっているものがある。このデュエルが始まった事で、梨沙が初めて他者へと抱いた感情。
 押し寄せる理不尽、利己的な人の言動、友の死を愚弄されているような感覚……それらの全てが梨沙に害意の感情を宿らせてしまった。今の梨沙は、近久を傷つけくないとも、殺したくないとも思っていない。それどころか、どんな手段を使ってでも黙らせたくて仕方がないのだ。
 だが、その選択を取らないのは、殺されてしまったアリスをこれ以上傷つけたくないという想いに他ならない。人を殺さない裏野 梨沙と言う人間が、アリスの死によって人を殺してしまったなど……彼女の尊厳の冒涜でしかないのだから。

「…………ウチはターンエンド」

 口を開くなと梨沙から咎められた近久が、それへ従うよう静かにターン終了を告げた。
 
「エンドフェイズ、《皆既日蝕の書》の効果で《花札衛-雨四光-》が表側守備表示に。そして、あなたは1枚ドローです」

 梨沙の効果処理の説明と共に、近久のデッキトップが引くことを促すように飛び出す。押し黙る近久はそれをゆっくりと己が手札へ引き込む。

「………」
手札:0枚→1枚


近久ーLP:8000
手札:1枚
デッキ:17枚


 [ターン4]


「(展開は完全に止めることが出来たけど……雨四光が表になった事でまたバーン効果が……)」

 白神が梨沙と近久双方の盤面を見比べ、この状況に考えを巡らせる。うまく近久の展開を防げたが雨四光が居る以上、時間をかける程に梨沙のライフは減っていく。《影のデッキ破壊ウイルス》の影響も合わさり、可能な限りモンスター以外をデッキから引き込む必要があるのだ。
  
「私のターン、ドロー」
手札:1枚→2枚

 梨沙がデッキからカードを引くと共に、それを近久へ見える様に翳す。その瞬間、影の蝙蝠がそのカードへと寄ってくる。

「引いたのは守備力0の《ゴーストリック・ランタン》。《影のデッキ破壊ウイルス》の効果で破壊されます」
手札:2枚→1枚

「モンスターか……」

 白神は、ドローが意味をなさなかったことで落胆の表情を見せる。それをあざ笑うかのように蝙蝠が触れた《ゴーストリック・ランタン》が真っ黒に覆われ朽ちていった。そして、近久のフィールドでは雨四光が再び傘をくるくると回転させ始めている。

「梨沙がドローしたことで、《花札衛-雨四光-》の効果発動。1500ダメージを与える」

梨沙LP6500→5000


 またしても、一切の回避や防御行動を見せない梨沙に無数の針が無慈悲にも突き刺さる。既に出血していた場所へも突き刺さり、ダメージが処理されたことで針はすぐ様消えさえる。留めていた栓が消えた事で、広がった傷口からはどくどくと血が流れ落ちるばかりだ。その痛々しい様に、白神が耐えきれず声を上げた。

「梨沙さん!正面から受けちゃダメだ!少しでもダメージを逸らすように……」

「気にしないでください翔君。痛くないですし、それどころじゃないので」

 だが、梨沙はその助言さえも無視し、傷をそのままに残った手札を発動していくだけだ。

「《命削りの宝札》を発動。デッキから手札が3枚になる様にドローします。このターン、私はモンスターを特殊召喚できずに、あなたが受けるダメージは0になります。エンドフェイズには手札を全て捨てます」
手札:1枚→0枚→3枚

 テキストに記された効果を読み上げるままに、デッキから3枚のカードを引き込んだ梨沙。そして、そこに群がってくる影の蝙蝠へ見せつける様に手札を公開する。

「ドローしたのは《神碑の泉》、《ゴーストリックの猫娘》、《神碑の穂先》です。猫娘だけが破壊されます」
手札:3枚→2枚

 引き込んだ3枚の内1枚が影に覆われ消え去る。反応を見せない梨沙は、残された2枚を連続して発動していく。

「フィールド魔法《神碑の泉》を発動。そして、《神碑の穂先》を発動します。
デッキから《解呪の神碑》を手札に加えて、あなたのデッキトップ1枚を除外です」
手札:2枚→1枚→1枚

 梨沙の背後より浮かび上がる不気味な石像を中央に備えた泉。そして、梨沙が手の甲へルーン文字の浮かんだ右手をデッキへ翳すと1枚のカードが飛び出る。それを引き抜き、それに合わせて近久のデッキトップが吹き飛ぶ。
 ひらひらと落ちていくカードが近久の目へ映った。

「《超勝負!》が……」
近久デッキ:17枚→16枚

「この瞬間、《神碑の泉》の効果を発動。1ターンに1度だけ、神碑速攻魔法が発動された場合に、墓地から《凍てつく呪いの神碑》と《神碑の穂先》の2枚をデッキの下に戻す事で、戻した数だけドローできます」
手札:1枚→3枚

 泉の石像の目が赤く光り、慣れた手つきで墓地のカードを回収していくと共に2枚のカードを引いた梨沙。当然、それらのカードも公開する。

「ドローしたのは、《サモン・ブレーカー》と《神の通告》です。モンスターではないので破壊されません」

 そうして3枚に増えたカードの中から《サモン・ブレーカー》を除く2枚を、デュエルディスクへセットする。

「カードを2枚セット。バトルフェイズに入りますが、神碑速攻魔法のデメリットでスキップされます。そして、エンドフェイズに手札の残ったカードは全て墓地へ」
手札:3枚→1枚→0枚

 エンドフェイズへ移行し、近久は雨四光の効果のどちらを選択するか思考を巡らせていく。

「(さっきの《神碑の穂先》の除外で流れが狂わされた……今カードを引いてもきっと状況を有利にする手は引けやしない……だったら……)。
雨四光の効果発動。ドローフェイズをスキップする効果を選択」


梨沙ーLP:5000
手札:0枚


 [ターン5]


「ウチのターン、ドローフェイズはスキップ。
《花札衛-紅葉に鹿-》と《花札衛-雨四光-》を攻撃表示に変更」[攻1000][攻3000]

 ターンが渡った近久は、守備表示だった2体を攻撃表示へ変更していく。そして、電撃を帯びていく雨四光の傘が、《皆既日蝕の書》の効果で裏側となった厄災へと向けられる。

「バトルフェイズ、《花札衛-雨四光-》でセットされたモンスターを攻撃だよ」[攻3000]

 宣言を受け、傘より電撃が放たれた。伏せられた《厄災の星ティ・フォン》が姿を現し抵抗を示したが、体制を立て直す前にその全身へ流れた電撃がその自由を奪い去る。その隙に、傘の持ち手に仕込まれた刀を取り出した雨四光が、ティ・フォンを切り捨てると、爆発が巻き起こる。

「《花札衛-紅葉に鹿-》で、梨沙にダイレクトアタック」[攻1000]

 低い攻撃力でありながらも攻撃へ転じている事で、白神は梨沙の残りライフへ意識が向く。

「雨四光のバーンと合わせて少しでもライフを削ろうってことか……」

 爆発の煙の中から、花札板へ描かれていた鹿のモンスターが飛び出し梨沙へと向かって行く。
 しかし、その突撃が梨沙の元まで届くことはなかった。代わりに黒い翼の妖精が現れると、鹿の突進をもろに喰らい吹き飛ばされて行く。

「ダメージを受けてない……」

「伏せていた《解呪の神碑》を発動して、EXデッキから《神碑の翼フギン》を特殊召喚しました。フィールド魔法《神碑の泉》も連鎖的に効果を発動です。《解呪の神碑》をデッキの下に戻し、1枚ドロー。
そして、戦闘破壊されたフギンはEXデッキへ戻ります」[守0]
手札:0枚→1枚

 一連の処理でダメージを防いだ梨沙が、引き込んだ手札を公開する。

「引いたのは、魔法カード《ゴーストリック・ショット》。《影のデッキ破壊ウイルス》の影響は受けません」

「……ウチはこれでターンエンド」


近久ーLP:8000
手札:1枚
デッキ:16枚


 [ターン6]


「私のターン、ドロー。引いたのは《神碑の穂先》」
手札:1枚→2枚

「《花札衛-雨四光-》の効果。1500ダメージを与える」

「(梨沙さんが伏せている《神の通告》で無効に出来るけど、雨四光の効果で破壊できない以上……発動は意味をなさないか……)」

梨沙LP5000→3500


 3度目となる雨四光のバーン効果が梨沙へと降り注ぎ、彼女の体の傷がさらに増えていく。双方に十分な展開を行えず、停滞気味にターンが移り変わっていくが、雨四光の効果によって梨沙のLPだけが着実に減り続けている。
 一瞬体をふらつかせた梨沙だが、何事もなかったかのように引き込んだカードをデュエルディスクへと発動していく。

「《神碑の穂先》発動。デッキから《輝く炎の神碑》を手札に加え、相手のデッキトップ1枚を除外です」
手札:2枚→2枚
近久デッキ:16枚→15枚

 サーチしたカードを手札へ加えた梨沙に合わせて、近久のデッキトップから《花札衛-芒-》のカードが吹き飛んでいく。その様を、近久が静かに目で追った。

「《輝く炎の神碑》を発動して、EXデッキから《神碑の翼フギン》を特殊召喚。そして、神碑速攻魔法が発動されたので、《神碑の泉》の効果を発動です。墓地から《神碑の穂先》と《輝く炎の神碑》の2枚をデッキの下へ戻し、2枚をドローです」[守0]
手札:2枚→1枚→3枚
 
 フギンがぱたぱたと翼を羽ばたかせながらフィールドへと舞い降りる。それと共に、引き込んだ2枚を晒す梨沙の手札の1枚が黒ずんでいく。

「ドローしたのは、《ゼアル・フィールド》と《ゴーストリック・スペクター》……。守備力0のスペクターが破壊されます」
手札:3枚→2枚

 梨沙は、破壊されずに残った1枚を迷う事無く《神碑の泉》と張り替える。

「《神碑の泉》と張り替え、フィールド魔法《ゼアル・フィールド》を発動」
手札:2枚→1枚

 背後の泉が消え去ると共に、梨沙のフィールドへ一筋の光が差し込む。赤いフロアの光を掻き消す眩い光は、梨沙の今の姿を正確に映し出す。露出する肌の全てに傷を抱え、黒ずんだ血と赤い血とで肌と服を濡らす少女。顔にまで及ぶ傷は、優し気のあった彼女の表情も別物に変えてしまっている。

「ぐ……!?(あんなに出血していたのか……!?ターンの初めに少しふらついていた……。たとえ、梨沙さんが痛みを感じてなかったとしても、貧血で意識が飛びかねない……。いや、最悪そのまま死んだっておかしくない……)」

 フロアの赤い光で、梨沙の出血量を計りかねていた白神。傷の1つ1つは小さくとも、全身に渡るその傷の出血量はバカに出来ない。さらに、傷そのものはこのフロアへ来た時に完治されたとしても、体内の血液量まで増加しているとは考え辛かった。つまり、ブラックフロアに居た時にも大きく出血していた彼女の体に残っている血液量はそう多くないはずなのだ。

「梨沙さん!!出血がひどい、それ以上血を流したら……」

「翔君、お願いです。話しかけないでください……死ぬ気なんかないですから……」

「梨沙さん…………」

 痛々しい傷だらけの顔で無を貫く梨沙がそう呟く。感情を失った少女の視線が、真っすぐに対面の近久を捉え、血の滴る指でデュエルディスクさえも赤に染めていく。

「さらに《ゴーストリック・ショット》を発動して、墓地から《ゴーストリックの猫娘》を特殊召喚します」[守900]
手札:1枚→0枚

 明るいフィールドにぴょんとオレンジ色の着物に身をくるんだ猫娘が飛び込んでくると、ころころと転がる。そんな猫娘は、梨沙の方を向くと猫耳を立て驚いたような表情を見せた。

「レベル2の《ゴーストリックの猫娘》に同じくレベル2の《神碑の翼フギン》でオーバーレイネットワークを構築。
エクシーズ召喚。

ランク2、《ゴーストリック・サキュバス》」[守1200]

 エクシーズ召喚の爆発と共に、赤い髪を揺らし降り注ぐ光の元へと現れたサキュバス。眩しい光を恨めしそうに目をこすると、小さな蝙蝠がサキュバスの周囲を漂う紫色のオーバーレイユニットの中に混ざり共に巡回を始めだす。

「エクシーズ召喚に成功したことで、《ゼアル・フィールド》の効果を発動。EXデッキから《ゴーストリック・アルカード》を《ゴーストリック・サキュバス》のオーバーレイユニットとして加えます。そして、サキュバスに重ねてオーバーレイネットワークを再構築。
エクシーズ・チェンジ。

ランク4、《ゴーストリックの駄天使》」[守2500]

 大きな継ぎ接ぎのハートに乗って降り立った桃色の髪を揺らす少女。バサッと小さな翼を広げ、自らを呼び出した梨沙の方を見ると、その痛々しい姿に驚きあわあわと慌てている。

「駄天使の効果発動。オーバーレイネットワークを1つ取り除いて、デッキからゴーストリック魔法か罠カード1枚を手札に加えます。《ゴーストリック・パニック》を手札へ」
手札:0枚→1枚

 駄天使の動揺も梨沙の眼中になく、デッキから飛び出すカードを手札に加えると、地面に向けて手を翳す。

「墓地へ送られた《ゴーストリック・アルカード》の効果発動。墓地から《ゴーストリック・セイレーン》を手札に加えます。……そして、そのままセイレーンを召喚」[攻800]
手札:1枚→2枚→1枚

 黒い靄がカードを再構築し手札に加わる。そのカードを、そのままデュエルディスク上へと呼び寄せた事で、ハーブの音色を奏でながら緑の髪の人魚がフィールドへ現れた。

「セイレーンの召喚時効果発動。私のデッキの上からカードを2枚墓地へ。墓地へ送られたのは《大熱波》と《ゴーストリック・リフォーム》。この中にゴーストリックカードがあったので、デッキから2枚目の《ゴーストリック・リフォーム》を手札に加えます」
手札:1枚→2枚

 ハーブを奏で歌声を披露するセイレーンの効果演出を見終えることなく、デッキより手札に加えたカードを駄天使に向けて放った梨沙。それを慌てながらもなんとか落とさず掴んだ駄天使。

「駄天使のもう1つの効果発動。さっき手札に加えた《ゴーストリック・リフォーム》を駄天使のオーバーレイユニットに加えます」
手札:2枚→1枚

 梨沙の効果発動の宣言を受け、不安そうにしながらもこくりと頷いた駄天使は指先で受け取ったカードを高速回転させる。しかし、カードがハートへ変化する前に、駄天使の周りがハート柄の幕で囲われてしまう。

「墓地から《ゴーストリック・リフォーム》を除外して効果発動。
駄天使に重ねてEXデッキから《ゴーストリック・デュラハン》をエクシーズ召喚」[守1000]

 駄天使を囲んでいた幕が持ち上げられると、そこへ馬に乗った首なしの騎士が5つの青い炎を周囲へ巡回させながら現れ、剣を振るった。しかし、ぱちんと音が響くと同時にデュラハンがぼふんと現れた煙により姿を消し、再び駄天使がフィールドへと現れている。

「デュラハンに重ねて駄天使を再びエクシーズ召喚。効果を発動。
デッキから《ゴーストリック・アウト》を手札に加え、墓地へ送られたデュラハンの効果で墓地の《ゴーストリック・ランタン》を手札に加えます」[守2500]
手札:1枚→2枚→3枚

 憂いの感情を浮かべる駄天使から投げ渡されたカードと、青い炎を帯びて飛んできたカードの2枚を手札に収めた梨沙は、駄天使から受け取ったカードをそのまま駄天使へと投げ返す。

「駄天使の効果、《ゴーストリック・アウト》を駄天使のオーバーレイユニットに追加。そして、墓地の《ゴーストリック・ショット》を除外し、墓地の《ゴーストリック・アルカード》も駄天使のオーバーレイユニットへ追加します」
手札:3枚→2枚

 連鎖的に効果を発動していった梨沙。忙しそうに効果を処理していく駄天使の周囲には、いつの間にか7つもの継ぎ接ぎのハートが飛び交っていた。

「(……《ゴーストリックの駄天使》のオーバーレイユニットは7つ。梨沙さんの狙いは、駄天使の特殊勝利効果か)」

 梨沙の狙いが、駄天使のオーバレイユニットが10に達する事で得られる特殊勝利効果である事を悟った白神。だが、そんな事に気づいていない近久は、駄天使の姿を隠さんばかりに周囲を巡回する継ぎ接ぎのハートに首を傾げるばかりだ。

「何をするつもりかは知らないけど……ライフはウチの方が有利な事に変わりない」

「セイレーンの効果発動。1ターンに1度、自身を裏側守備表示へ変更。バトルフェイズに入り、神碑速攻魔法のデメリットでバトルフェイズがスキップされます。
カードを1枚伏せて、ターンエンド」
手札:2枚→1枚

 近久に何も反応を示さず、フィールドのセイレーンや駄天使の不安げな表情も無視し、やるべきことを終えた梨沙がターンの終わりを告げた。

「何かを狙ってるんだね……。ウチのデッキトップが変わった以上、まだ流れはどちらにも傾いていないはずだ…………。
行くよ……!雨四光の効果、次の相手スタンバイフェイズまでこのカードの効果を無効にする効果を発動!」

 雨四光の傘へ帯電していた電撃が収束していきただの傘へと戻っていく。


梨沙ーLP:3500
手札:1枚


 [ターン7]


「ウチのターン、ドロー」
手札:1枚→2枚
デッキ:15枚→14枚

 《神碑の穂先》の発動で除外された《花札衛-芒-》を受け、自身の判断が間違っていなかったことを直感した近久。状況の好転を狙って引き込んだカードは、近久の手によって勢いよくデュエルディスクへと叩きつけられる。

「《花札衛-松-》を召喚。その効果で、デッキから1枚ドローする。
それが花札衛以外だったらそれを墓地へ送るよ……」[攻100]
手札:2枚→1枚

 デッキトップへと指をかける近久。チラリと梨沙を見遣るも、血まみれの彼女は動きを見せようとしない。

「(引っかからないか……)。
ドロー、引いたのは魔法カード《札再生》だったから墓地へ。でも、花札衛の効果で墓地へ送られた《札再生》の効果が発動。デッキの上から5枚をめくって、その中の魔法か罠カードを手札に加えることが出来る」
デッキ:14枚→13枚

 デッキトップ5枚をめくっていく近久。その内訳は、天が近久を応援でもしているかの様に、整えられた順番であった。

「上から……《花札衛-萩に猪-》、《花札衛-桜に幕-》、《花札衛-牡丹に蝶-》、《超こいこい》、《花札衛-柳に小野道風-》の5枚。《超こいこい》を手札に加えて、残りはウチの好きな順番でデッキトップへ」
手札:1枚→2枚
デッキ:13枚→12枚

「展開カードを引いてくるか……」

 近久が引き寄せる運命力に白神の警戒が強まる。今の梨沙が、これ以上ダメージを受け出血が増えれば、ライフが残っていても倒れてしまう可能性は十分にあった。今はただ、梨沙がデュエルに勝つことを願う事しか出来ない。

「《発禁令》発動。カード名を宣言して、このターンの発動を封じる。確か、《神の通告》だったよね?」
手札:2枚→1枚

 近久が温存していた手札を使い、梨沙のフィールドへ伏せてあるカードを捉えた。

「《超こいこい》発動。
デッキの上から3枚をめくり、その中の花札衛全てをレベル2扱いで効果を無効にして特殊召喚できる」
手札:1枚→0枚

 既に並び順の分かっているデッキトップ3枚を掴むと、そのままモンスターゾーンへと並べ立てていく。

「1枚目、《花札衛-萩に猪-》。
2枚目、《花札衛-桜に幕-》。
3枚目、《花札衛-牡丹に蝶-》。
よって、3体とも全てをレベル2にして場に出す」[攻1000][攻2000][攻1000]
デッキ:12枚→9枚

 呼び出された3枚の花札板が連結しながら、近久のフィールドへと並ぶ。
 そして、その展開に合わせて梨沙がデュエルディスクへ震える指先で触れた。

「私のセットモンスターを対象に罠発動《ゴーストリック・パニック》。セットモンスターを表側守備表示に変更し、それがゴーストリックなら相手モンスターをその数まで裏側守備表示に変更します。
セットモンスターは当然、《ゴーストリック・セイレーン》。チューナーである《花札衛-牡丹に蝶-》を裏側守備表示に変更です」

 セットモンスターがくるんと反転し、セイレーンが現われると共に、その風圧で連結していた牡丹に蝶が吹き飛び裏返っていく。

「雨四光の効果が無効になったから……いや、どっちみちこれも対象を取らない効果って事なんだよね……」

 唯一のチューナーモンスターを裏側にされてしまった事で、展開を止められた近久。ダメ元で表へ返そうとするも、牡丹に蝶が表になる事はなかった。そして、表になった《ゴーストリック・セイレーン》が手に持つハーブを奏で始める。

「セイレーンのリバース効果。デッキトップ2枚を墓地へ送ります」

 墓地へと送られたのが、《黄金の雫の神碑》と《まどろみの神碑》であった事で、セイレーンの効果はそれで止まる。

「展開を止めても、ウチの攻撃までは止められない。
バトルフェイズ、《花札衛-雨四光-》で《ゴーストリックの駄天使》を攻撃だ」[攻3000]

 雨四光が傘の持ち手の先端を反対の手で掴み、抜刀する構えを取る。しかし、眼前に突如かぼちゃのお化けが現われた事で、雨四光は刀を傘に収めてしまった。

「な……?」
 
「ゴーストリックが攻撃対象に選択された事で、手札の《ゴーストリック・ランタン》の効果です。攻撃を無効にして、このカードを裏側守備表示で特殊召喚」[守0]
手札:1枚→0枚

「……!
さっき、手札に加えてたカード……」

 ランタンは梨沙のフィールドへふわふわと戻ると、裏側となり姿を消す。

「だったら、《花札衛-桜に幕-》で《ゴーストリック・セイレーン》を。
《花札衛-萩に猪-》で、セットモンスターをそれぞれ攻撃」[攻2000][攻1000]

 駄天使の守備力2500を超えられない事で、残った花札板で他のモンスターの一掃にかかった近久。他のモンスター達は成すすべなく、全て破壊され梨沙のフィールドへは《ゴーストリックの駄天使》が残るのみとなった。

「ウチはこのまま待てば雨四光の効果でいずれライフを削りきれる。けど、梨沙はカードを使っていくしかないんだから……じり貧のはずだよ……。
ターンエンドだよ」


近久ーLP:8000
手札:0枚
デッキ:9枚


 [ターン8]


 近久のその言葉の意味が分からないように、梨沙がデッキトップへ指をかけた。

「もう私の勝ちですよ。
ドロー」
手札:0枚→1枚

 その勝利宣言に、近久が少し動揺する。

「ライフが1も減っていないのに、負ける訳ないでしょ……?
スタンバイフェイズに《花札衛-雨四光-》の効果が復活」

 再び傘に電撃を帯び始めた雨四光を前に、駄天使が周囲の継ぎ接ぎのハートを捕まえてその糸を解いていく。

「駄天使の効果発動。オーバーレイユニットを1つ取り除いて、デッキから《ゴーストリック・ナイト》を手札に。そして、手札に加えたそれをそのまま駄天使の効果を発動し、オーバーレイユニットへ補充」
手札:1枚→2枚→1枚

 手札の枚数と駄天使のオーバーレイユニットの数が元に戻り、一見すると何が起こったのか近久には理解できなかった。当然、そのオーバーレイユニットの入れ替えこそが、梨沙の勝利へ繋がる道であった。

「さきほど取り除いた《ゴーストリック・リフォーム》を墓地から除外して効果発動。
駄天使に重ねてエクシーズ召喚。

ランク1、《ゴーストリック・デュラハン》」[守0]ORU8

 幕に覆われ、それが取り除かれる短い時間で駄天使がデュラハンへと早変わりする。そして、その周囲を8つの青白い人魂が浮遊し、梨沙のフィールドを照らす眩い光が、デュラハンへと集まる。

「《ゼアル・フィールド》の効果により、エクシーズ召喚した《ゴーストリック・デュラハン》へ、墓地からもう1体の《ゴーストリック・デュラハン》をオーバーレイユニットとして追加します」
《ゴーストリック・デュラハン》:ORU8→9

 デュラハンの周囲を巡遊する人魂の1つが揺らめくと分裂する。これによりオーバーレイユニットが9つにまで到達した。

「さっきから……そんなに素材を増やして何がしたいの?」

「《ゴーストリックの駄天使》は、オーバーレイユニットが10になった時、デュエルに勝利する効果を持っている」

「特殊……勝利……?」

 目的を理解していなかった近久へ、白神が梨沙の勝利が目前にまで控えている事を告げた。

「《ゴーストリック・デュラハン》を素材にオーバーレイネットワークを再構築。
エクシーズ召喚」

 静かにそう告げた梨沙のEXデッキがガチャリと音を立て開かれた。彼女にとってたくさんの思いが詰まった《ゴーストリックの駄天使》は梨沙の血で濡れながら、デュエルディスクへと呼び寄せられる。

「ランク4、《ゴーストリックの駄天使》」[守2500]ORU10

 大きな継ぎ接ぎのハートに座り3度目となる《ゴーストリックの駄天使》がフィールドへゆっくり降りてくる。ハートから飛び降りると、自らの周囲を巡回する10の小さな継ぎ接ぎのハートが、一気に大きな継ぎ接ぎのハートへと吸収されて行く。それに伴い、ピンクと紫色をしていた継ぎ接ぎのハートが一色の赤へと染まっていく。

「《ゴーストリックの駄天使》のオーバーレイユニットが10貯まった事で、私はこのデュエルに勝利します」

 梨沙の宣言を受けた駄天使が真っ赤なハートを両手で掴むと、フィールドの中央に向けてゆっくりと手放す。ふわふわと揺れながら、梨沙と近久のちょうど中央の位置に達した瞬間……真っ赤なハートが弾ける。それと共に、赤い煙が巻き起こり、黄色い小さなお化け達がけたけたと笑いながらその場にいた3人を取り囲んでいった。

ピーーー


「《ゴーストリックの駄天使》の特殊勝利条件が満たされました。勝者は裏野様です。」

 近久は自分の身に起きた事を理解できずに困惑する。赤い煙で視界は覆われているものの、自分自身の体には何の変化もない。痛みや苦しみ、そういった敗者へ与えられるはずの物が何も存在しない。
 だが、アナウンスだけは近久の敗北を告げているのだ。許された視界の中で、自らの両手を見遣る。
 
「なにこれ……痛くもなんともないのに……ウチの、負け……?」

 自分は生かされた。彼女にとって大切な人を殺し、その彼女さえも殺そうとした自分が生かされている。この場所は、死の責任から逃れる事も、死の責任を果たす事のどちらも認めてはくれない。

「分かってたでしょ……ウチが、狂ってただけなんて事は……」

 だが、自らの狂気を認めれば手にかけた2人の命はどうなる。どうやって償えばいい。自分の軸がブレれば、この2つの殺 人の微かに残された正当性さえも消えてしまう。
 2人も殺した。殺されそうになったから殺した。自分を生かそうとしてくれた人まで殺した。命乞いをする人を殺した。死の最期に自分以外の誰かの事を考えていた人を殺した。
 耐えられない。耐えられない。耐えられない。

「うぅ……おぁ…………ぇ……」

 こみ上げる吐き気、膝をつきながら自分の胸を押さえつける近久。
 逃げる事も、全うすることも出来ない宙ぶらりんの状態が何よりも苦しい。己に罪を課し続けども、それを誰も罰してくれない。罰を象徴する痛みすら、自分は与えてもらえない。人を苦しめ命を奪ったというのに、痛みすら自分には許されない。

「ウチが……悪いんだ……。泣き言を言える立場じゃ……うぇ……」

 大義名分さえ失えば、残されるのは人殺しという汚名だけ。その事実を受け止めるだけの精神など元より持ち合わせていない。
 救いを乞うように左腕のデュエルディスクへと右手を伸ばす。

「ぁ……?」

 だが、そこにあるはずのデュエルディスクがなくなっている事に近久は気づいた。周囲を見回しても、目に映るのは赤い煙だけ。責任を果たす手段も奪われ、床へ両手をつき、項垂れる。

「死んで……償わせてよ…………」
 
 耐えきれず漏れ出した声。その吐露を待っていたかのように突如、自らを覆っていた赤い煙と、可愛らしい笑い声達が掻き消える。そして、近久の視界の端へ血だらけの足が見えた。

「言いましたよね?あなたの自 殺を手助けするつもりなんかないって」

「り……さ…………」

 近久が顔を上げると、血まみれで無表情の梨沙が立っていた。彼女は近久のつけていたデュエルディスクを握り込んでおり、デュエルディスクにも彼女の血が流れ込む。
 膝をつき怯えた目をした近久を、梨沙はただただ静かに見下ろしている……。
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