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Report#62「狂気の残党」 作:ランペル
「バトルフェイズ」
朱色に染まった翼を雄々しく広げた悪魔が口角を歪め不気味に笑う。
その手に握られた銃口の向かう先には、電子の力で7色に光る九尾の狐が体をビリビリと震わせ委縮する。
「話し合うって選択はないですか…」
「互いに全力を出した。
そして、どちらかが負ける。それが決闘ってものだろう」
四角い眼鏡を掛けた青年が膝をつき、対面の男へと語り掛ける。
黒い髪の毛をオールバックにし、透明なゴーグルを掛けた男がその語り掛けへ静かに答えた。
「ですけど…やはり死とは怖いものですよ…。
どうか…情けをかけてはくれませんか…?」
悔しそうな表情を浮かべた青年が望む最期の願い。
右手の指で銃を象り指鉄砲を作った男が、その銃を青年の顔へと向ける。
「痛みは一瞬だ。
《魔弾の悪魔 ザミエル》、《電脳堺狐-仙々》を撃ち抜け。
フライクーゲル!」[攻5000]
男が指鉄砲を発射する仕草をすると同時に、フィールドの悪魔もまた構えた銃から魔弾を放った。放たれた弾丸は青い軌跡を描きながら、仙々の体を撃ち抜き破壊する。
撃ち抜いた弾丸は地面に着弾することなく、弧を描きながら仙々を操っていたコントローラーの元へと向かっていく。
その弾丸の軌跡を青年が捉えた時…それが彼の脳天を突き抜けた。
仲吉LP3900→0
「……、…」
驚いたと言わんばかりに口をぽかんと開けたまま静止した青年。
数秒後、額から一筋の赤い液体が流れ始めると、体のバランスを崩した彼の肉体が地面にへと倒れ込んだ。
ピーーー
「仲吉(なかよし)様のライフが0になりました。勝者は貫名(ぬきな)様です。」
アナウンスが勝者を告げる。
それと同時に、男を閉じ込めていた前後のシャッターが開かれていく。
「強かったな」
倒した相手に敬意を払いながら、男は左腕に装着していたデュエルディスクの突出した持ち手の部分を掴んで取り外す。
すると、それは瞬く間に回転式銃の形状へ早変わりし、男はそれを一回転させながら腰のホルスターへと収める。
踵を返し、静かに対戦相手が倒れた方向とは逆方向に歩き始めた男。
少し歩いたところで、男の左腕の腕時計が小さな振動を発する。
「この番号…」
誰かから通話が入った事を確認した男が、腕時計のボタンを押す。
すると、デジタル画面が空中へ映し出されると、通話の向こうから女性の声が聞こえ始めた。
「もしもし、貫名君かい?」
「なんの用だ《情報屋》」
男に通話してきたのは、《情報屋》こと福原 渚だった。
「なに、1つ頼みがあってね」
「頼み…?
なんでお前が俺に頼みごとをする必要がある」
突然の渚からの頼み事という言葉に訝しむ貫名。
「それは君にしか頼めない事だからだよ。
もちろん、嫌なら断ってくれても構わない」
淡々とそう言いのける渚。
言葉の節々から怪しさは感じるものの、貫名はひとまず話を聞くことに決めた。
「内容と報酬による。
何を頼みたい」
「ボクの指定する人間を、レッドフロアへ連れてきて欲しい」
「人探しってことか?」
めんどくさそうに聞き返した貫名へ、渚ははきはきと返事する。
「探す必要はない。
君はボクの言った場所へ行って、その人をレッドフロアに連れてきてくれればそれでいい」
「ふーん、なら報酬も聞いておこうか」
貫名が報酬の話を始めると、渚は声のトーンを下げる事無く言い切る。
「それなんだが、残念ながら今回は無報酬だ。
慈善事業に協力してくれたまえ」
「は?
報酬なしで俺がお前の頼みごとを聞くとでも?」
不快感を憶えながらも、渚の提示する事を問い詰める。
しかし、渚は不敵に話を進めていくばかりだ。
「指定した人をレッドフロアまで無事に送り届けてもらいたい。
もしかしたら、一緒についていくという人が居るかもしれない。その場合は、それらの人も守りつつレッドフロアへ誘導してもらう。
ただし、先程ボクがこの頼み事に報酬は発生しないと言った。つまり、君がこれらの条件を守れなかったとしても、仕方のない事だ。
これは責任が付きまとう”依頼”とは違った”頼み事”だからね」
ふふっと笑い声を響かせた渚。
その含みを持たせた語り様から、貫名は何かを読み取ったように、険しい表情が緩んでいく。
「無報酬…ね。
やる事があくどいって言われないか?」
「そうでもしないとここでは生きていけないだろう?」
こちらの全てを見透かしたかのように黒く澄んだ声に、男の指先が震えはじめた。
その震えが恐怖から来ているものでない事さえも、通話の向こうの女には知られている。
だからこそ、”頼み事”なのだ。
「最終確認だ。
そいつはフェアな決闘をするのか?」
静かに鋭く貫名の言葉が通話の向こうの渚を撃ち抜く。
「ボクが見てきた中で最高峰だ。
人を殺したがらないクラスⅢ。
そんな人間が、不正に走るとは到底思えない」
渚のその言葉を聞くと同時に、貫名が口角を緩ませた。
「了承した。
お前の頼み事とやらを叶えてやろう」
「ボクの立場から念押しをしておく。
指定した人間を、無事にレッドフロアへ連れてくるように」
「出来たらな」
正確な位置が判明し次第、対象者の情報と共に再度連絡すると言い残し通話は切られた。
腰のホルスターから銃を取り出した貫名。そして、静かにシリンダーに収まった己のデッキを見つめる。
「疑いなき勝利。
それが俺の存在価値を更に高める」
-----
「はぁぁぁぁぁぁぁ…………」
深い深いため息がレッドフロアの真ん中で吐かれた。
ため息の吐き主である近久は、ゆっくりと顔を上げ渚を見遣る。
「マジ…?」
「ボクが嘘をついて利点がある事なんて……」
そう言いかけて、目線を逸らした渚は少し考える仕草をして明るい声で答えた。
「少なくとも嘘をつくならもう少しマシな嘘をつくと思うかな」
「ちょっと何で目線逸らすの!
さっきまでの話に嘘があったみたいな言い草ね!!」
怒りながら渚な不審な行動を指摘する近久だが、渚は笑いながらそれを流してしまう。
「ははは、いやいや。
ボクが嘘をつけば確かに近久君を思い通りに動かせはするだろうねって仮定の話さ。
さっきも言ったように、君の信用を得ようとするならもう少し分かりやすく、納得しやすく、何より希望が持てる内容の話をボクはしたはずだ」
お手上げといった様に肘を曲げた両手をあげる渚。
その言い分に真っ向から反論する事が出来ないものの、なんとかしがみつこうと言葉を返す近久。
「ほら、あなたがウチを絶望に落とそうとしてるって可能性も……ね…?」
「この話が真実の方がよっぽど君が絶望しそうだけどね。
近久君が望むなら、楽しい楽しい夢の様な脱出プランを話してあげよう!」
にやにやと不敵な笑みを浮かべ始めた渚に引きながら近久が声を荒げる。
「あーもー!分かったわよ!!!
もーーーー………」
涙声になりながら頭を抱えてしゃがみ込む近久。
「……酷な話だったとは思う。
でも、外に出る希望が持てないからこそ、この空間でボク達が希望を見出すんだ。
力を貸して欲しい…」
静かに語る渚の声に、近久は反応せず塞ぎ込んだままだ。
周囲の久能木と河原も静かに近久を見つめている。
ピーガチャ
突如フロアの出入り口の扉が開かれる。
その瞬間、渚と久能木、河原の3人が反応しそちらへと顔を向ける。
「あぁぁぁぁ!!!
アナウンスは真実を告げていたというのですか!?
…なんということですか…藤永様が…尊き神罰の代行者様がぁぁ……」
「ですが、泣いていてはいけませんよ?
藤永様の想いを我らが引き継ぎ、邪な邪教徒を藤永様と同じ所へ送り届けやろうじゃありませんか」
「そうです!
地獄より賜れた藤永様の事です!必ずや私共の神託を地の底より見守ってくださっていることでしょうから!!」
現れたのは奇妙な二人組。
一人は真紅の髪に、真っ赤な狩衣を着た女。
その目は血走っており、どこかしらの部族を思わせる赤い文様が両目の下に描かれている。
そして、もう一人はその女性を諭すように喋る男だ。後ろ髪が金色に染まった点以外は特にこれといって特質する特徴が見られない。
似ても似つかない二人組がフロアに入って来て早々、似たような口ぶりで勝手に話しているのだ。
「だ、だれだね…君たちは…」
渚たちの背後へとゆっくり後ずさりしながら、河原が恐る恐る問いを投げかける。
「死神の狂信者か…。
あっちの赤い方は見覚えがあるね」
その問いに答えたのは、彼女達ではなく渚だった。
「きょ、狂信者…!?
こ、殺される……」
「………」
煙草に火をつけた久能木が、それを口にくわえながら前へと出ていく。
「悪しき邪教徒共め!よくも藤永様を、崇高なる神罰の代行者様を!
あぁ、ですがこれも一時の定め!今度は私共がそれらの使命を全うする順番なのですね!」
「そうですとも。
必ずや藤永様も我々の行いを喜んで下さる事でしょう」
デュエルディスクを構えながら叫ぶ赤髪の女性と、それを後ろで静観しながら焚きつける男性。
「最初の掃除だ。いっそのこと見せしめにするのもありかもしれないね~。
……いや、梨沙君達には受けが悪そうだ」
渚もデュエルディスクを構えながら立ち上がる。
「待ってよ…!」
近久の声が挙がった。
先程まで塞ぎ込んでいた彼女は立ち上がり、渚の目を真っすぐ見据える。
「……どうしたのかな?」
「ウチにやらせて」
デュエルディスクを持ち上げ、狂信者の元へと向かいだす近久。
焦りを声に滲ませながら近久の手を掴み渚が引き留める。
「ちょ、ちょっと近久君?
どうしたんだい急に…危険だよ」
「危険なのはどこも一緒でしょ!?
なぎさが話したことが本当なら、ウチらの命はどうでもいいものとして扱われてるってことじゃない!」
声を荒げ力説する近久を前に、渚は静かにその言葉を受け止める。
「もうどうだっていいよ。ウチが負けて死んでも、対戦相手が負けて死んでも…。
ウチらの死にもう意味なんてないんだから……。
だったら、ウチはこのイライラを発散する事にする」
「近久君…」
「なに!?まだ文句あんの!?
なぎさが言うように悪い奴をやっつければいいんでしょ!?
言われた事やろうとしてるんだからほっといてよ!!!」
渚の手を振り払うと、近久は赤髪の狂信者の前まで辿り着く。
「さぁ!藤永様へ捧げる最初の生贄がやって来ました!
その身に宿した罪の残滓を私共の前で吐き出しなさい。
必ずや、その命を私霊園 詩織(れいえん しおり)が冥界へと送り届けて差し上げます!」
不気味なほどに吊り上がった口角の女性が、両腕を高く上げ血走った目で近久を見据える。
不快さとイライラをその顔に浮かべる近久は、デュエルディスクを構えながら毒吐く。
「うっさい!訳分かんない事喋んな!
今ものすんごいイライラしてるから…覚悟してよね!?」
ザザッピー
「ただいまよりレッドフロアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:8000
モード:ベーシック
リアルソリッドビジョン起動…。」
「デュエル!」 LP:8000
「デュエェル!」 LP:8000
近久と霊園の二人が相対する様を後ろで見守る男。
「さぁ。存分にその力を振るうのです。
(これで、こいつらを一掃できればレッドフロアは僕の物だね)」
不敵な笑みを浮かべる男のデュエルディスクが突如震える。
「は?」
ザザッピー
「ただいまよりレッドフロアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:8000
モード:ベーシック
リアルソリッドビジョン起動…。」
男のデュエルディスクが特有の機械音を発しながら、デュエル開始の準備が為され始める。
「な、なん!?」
男が周囲を見渡せば、近久達とは別の方向から目前までやって来ていた久能木が、煙草を吹かしながらデュエルディスクを構えているのだ。
男の顔色が一気に青くなっていくのは、赤い光に照らされたフロア内とて容易に把握できる。
「ま、待ってください!ぼ、ぼくはデュエルをしない!
か、彼女がデュエルをするっていうからそれについてきただけで…」
「………」
男が焦りながら何を喋ろうとも、久能木は静かに…そして冷たく男を見つめるだけだ。
「ほ、ほら…?殺すとかよくないじゃないですか…?
そ、そうだ!!彼女のことは好きにしてくれていいですよ!
あいつ頭おかしくて僕も手を焼いてたんですよ~。
その点、僕は人畜無害なタイプですから!」
「……………」
うすら笑いを浮かべながら男がそう騒いだ瞬間に、久能木の眉間にしわが寄った。
口に加えていた煙草を吐き捨てると、それを力強く踏み潰し、デッキより5枚のカードを引き込む。
「………」 LP:8000
「頼みますよ!ね?物騒な事はやめましょう!」 LP:8000
ピー
「先行は虎井様、後攻は久能木様になります。」
[ターン1]
「これ…中断とかないですよね…?」
男の弱気な声に、久能木は冷たい目で見下すのみだ。
「なんかその目気に入らないすよねぇ。
僕はやめましょうって言いましたからね!?
《アメーバ》召喚!」[攻300]
手札:5枚→4枚
フィールドへ水色の体をした巨大な粘液性の物体が現れる。
「………」
「《シエンの間者》発動!
《アメーバ》のコントロールをエンドフェイズまで相手に移すことが出来る」
手札:4枚→3枚
コントロールが移動したことで、《アメーバ》はその流動する体を久能木のフィールドまで移動させる。
しかし、あろうことかその巨体はそのまま久能木の体を飲み込んでしまう。
「…!?」
「《アメーバ》のコントロールが変化した時!相手は2000のダメージを受ける!」
久能木LP8000→6000
巨大な粘液に飲み込まれると同時に、その粘液が消化液を分泌し久能木の体の表皮を溶かしていく。
「……!!!!」
痛みから言葉にならない悲鳴をあげるも、《アメーバ》に取り込まれている彼の声が外に聞こえる事はない。
《アメーバ》が離れると、久能木の皮膚は痛々しくただれ、所々皮膚の表層が剥がれ落ちてしまう。
「ほら、言わんこっちゃない。
だから、僕はやめようって言ったんですよ?
カードを2枚セット、エンドフェイズにそちらへ送った《アメーバ》はこちらのフィールドに戻って来る」
手札:3枚→1枚
水色の粘液生物がのそりと流動しながら、虎井のフィールドへと戻って行く。
虎井-LP:8000
手札:1枚
[ターン2]
「………」
「ドローフェイズ。及びスタンバイフェイズへ移行します。」
声を発さない久能木の代わりにデュエルディスクより音声が発せられデュエルの進行を促す。
「なら、そのスタンバイフェイズに速攻魔法《時空浄化》を《アメーバ》を対象に発動。
対象モンスターを一時的に除外する」
=====
《時空浄化》(タキオン・リフレッシュ)速攻魔法
①:自分フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターを除外する。
その後、この効果で除外したモンスターはフィールドに戻る。
=====
《アメーバ》が異次元にへと吸い込まれ消失する。
しかし、すぐさま異次元よりその粘液生物はフィールドへ溶け落ち現れた。
「これで、《アメーバ》の発動制限が解除。
もう1回コントロールが移ればあなたに2000のダメージですよ」
浮ついた笑みを浮かべながら、久能木を見遣る男。
久能木はそれを気にする事なく、手札のモンスターをデュエルディスクへと召喚した。
「《ヴァンパイアの幽鬼》を召喚。
召喚時効果により、手札の《ヴァンパイアの眷属》を墓地へ送り効果を発動します。」[攻1500]
手札:6枚→4枚
灰色のフードを被った人型の霊体が、纏っている不気味な薄緑色のオーラを放出する。
「罠発動《スウィッチヒーロー》。
お互いのモンスターの数が同じ時に発動可能。互いのモンスター全てのコントロールを入れ替えさせてもらいますよ」
「……!」
地面がまるで円盤の様に動き出すと、《ヴァンパイアの幽鬼》と《アメーバ》の位置がくるりと入れ替わってしまう。
「効果処理に移ります。
デッキから《ヴァンパイア・スカージレット》を手札へ加えます。
デッキから《ヴァンパイアの使い魔》を墓地へ送ります。」
「では、その処理後に《アメーバ》の効果が再び起動です。
あなたに2000のダメージ!」
再び動き始めた巨大な軟体生物が久能木の体を丸ごと取り込み、消化液を分泌する。
「………!!!?」
久能木LP6000→4000
既に傷ついた体に更なる苦痛が与えられる。
先程よりも激しい痛みが久能木の体に襲い掛かる。
《アメーバ》が離れると、ダメージを受けていた腕の皮膚は完全に失われてしまい内部の筋肉が露出してしまっている。
顔も大きくただれ、見るだけでも痛々しい姿に変貌させられてしまった。
「うっわ…グロ…。
やめようって警告したのに、無理やりデュエルするからこんなことになるんですよ?」
空気が体にあたるだけで激痛が走るはずの体を、久能木は無理やり立ち直らせ手札のカードを墓地へと送り込む。
「手札の《ヴァンパイア・フロイライン》を墓地へ送り、墓地の《ヴァンパイアの眷属》の効果を発動します。
このカードを墓地から特殊召喚」[守0]
手札:5枚→4枚
地面が真っ黒に染まる。そこから黒い影と共に滲みだしてきたのは真っ白な毛に覆われた狼だ。
しかし、すぐさまその半身が地面の黒い靄に覆われる。
「500LPを支払い、特殊召喚された《ヴァンパイアの眷属》の効果を発動します。
デッキから《ヴァンパイア・デザイア》を手札へ加えます。」
手札:4枚→5枚
久能木LP4000→3500
荒い息遣いを零す久能木。
全身を痛みで覆われた彼は懸命にデッキから飛び出したカードを引き込み、即座に発動する。
「《ヴァンパイア・デザイア》を発動し、2つ目の効果を選択。
フィールドの《ヴァンパイアの眷属》を墓地へ送り、墓地から《ヴァンパイア・フロイライン》を特殊召喚です。」[攻600]
手札:5枚→4枚
小さなコウモリの群れが羽ばたきそれらが集合すると、瞬く間に人型へと早変わりする。
黒い傘を差し、高貴さを感じさせる黒いドレスを着た体温の低そうな金髪の女性がそこに現れた。
「永続魔法《ヴァンパイアの領域》を発動。
500LPを払い、このターンのヴァンパイアの召喚権が追加されました。」
手札:4枚→3枚
久能木LP3500→3000
「まぁまだ終わらないよね。
このままでは攻撃力さえあなたから頂いた《ヴァンパイアの幽鬼》にすら届かない」
「バトルフェイズへ移行します。」
男の予測を裏切る様に、久能木のデュエルディスクからバトルフェイズへ移行したという音声が流れた。
「は?ならなんでわざわざ召喚権を増やして…」
「《ヴァンパイア・フロイライン》で《ヴァンパイアの幽鬼》を攻撃します。」
コツコツと静かに足音を立てながらフロイラインが男の元へと歩いていく。
「何考えてるんですか?
あ、負けを悟っての自爆特攻って感じですかね。
いいですよ、次のターンで残ったライフ全部減らしてあげますから」
へらへらと笑う男の目に、久能木の崩れた顔に浮かぶ鋭い視線が突き刺さる。
その目は、負けを悟り自暴自棄となった人間の目でないことぐらいは、男でも容易に想像が出来た。
「ダメージ計算時、2900LPを払って《ヴァンパイア・フロイライン》の効果を発動です。
《ヴァンパイア・フロイライン》の攻撃力・守備力はそのダメージ計算時のみ払った数値分アップします。」
久能木LP3000→100
久能木がライフ100を残して、そのすべてをフロイラインの攻撃力に注ぎ込む。
「これが狙い!?
でも…そんなことをしても僕が受けるダメージは2000に過ぎないですよ?
なのに…なんですかその目!!」
「チェーンして速攻魔法《九十九スラッシュ》を発動します。」
聞きなれないカードの発動に男の頭にはクエスチョンマークが浮かぶ。
しかし、その効果が音声により告知されると共に男は青ざめていく。
「自分のモンスターが、そのモンスターよりも攻撃力の高いモンスターに攻撃するダメージ計算時に発動が可能。
戦闘を行う自分のモンスターの攻撃力は、そのダメージ計算時のみ自分と相手のLPの差の数値分アップします。」
「は…?」
「ライフ差は7900。攻撃力が7900上昇します。
そして、フロイラインの効果によりさらに攻撃力が2900上昇します」[攻11400]
ゆっくり近づてい来るフロイラインの赤い目が光り、その口角がほんのりと上がる。
「こ、攻撃力11400!!!?
ばか!?そんなの喰らったら死ぬでしょ!?」
焦りと共に仰け反り、後ろへとこけてしまう男。
その視線の先に居る久能木の壊された顔に表情はない。
「………」
「じょ、冗談ですよね?いやほら、僕のも冗談ですよ!
これ、全部演出ですもんね。僕知ってますよ。
でも、僕ちょっと、怖い演出、苦手なんですよね。
だから、出来たら遠慮してもらいたいなぁって…」
唇を震わしながらも、いまだ薄ら笑いを浮かべ饒舌に喋る男。
見苦しいと言わんばかりフロイラインの体が突如霧散し、無数に現れたコウモリの群れ。
それらはすぐさま男を取り囲んでしまう。
「あーー!!!?
待って待って待って!?お願いです!殺さないで!
謝るから!僕が悪かったからぁ!!!」
空しい命乞いを叫ぶ男の体をコウモリ達が喰らい始める。
「ぎぃ!!?があああ!!?
いた、やめ!!あぁああ!!!」
顔、腕、指、胸、腹、右足、左足…。
体のありとあらゆる部位をコウモリ達の鋭い牙が突き刺さり肉を小さく抉り取って行く。
赤い光に照らされ、赤とも判別がつかなくなった鮮血を周囲へ飛び散らせ、それは次第に血の海を形成していく。
男は絶叫をあげ、意識が途切れかけたその瞬間。
柔らかな唇が彼の首筋に触れた。
「あ……が…?
痛みで発狂する頭に流れ込む柔らかな情報…それへ意識が向けられたその刹那。
そこへ深い牙が突き刺さり、体の中から何かが吸い出される様な感覚に襲われる。
「は……」
白目をむいた男の意識はそれを境に、完全にこの世界と切り離された…。
虎井LP8000→0
天より降り注いだ一つの剣が《ヴァンパイアの幽鬼》を貫き破壊する。
そして、対戦相手の男が食されていく様を久能木は静かに見ていた。
「………」
食事が済んだのか、コウモリの群れが霧散するとそこには《ヴァンパイア・フロイライン》が立っていた。
そして、体の至る所を食いちぎられ顔面が蒼白になった男が床に倒れている。
本来であれば血が流れ出るはずのその体からは、一滴の血も滴る事はない。
「《ヴァンパイアの領域》の効果が発動。
ヴァンパイアモンスターが相手に戦闘ダメージを与えた場合、その数値分LPを回復します。」
《ヴァンパイア・フロイライン》が手に持つ傘をくるくると回転させると赤い血液が周囲へ飛び散って行く。しかし、それらは地面に落ちることなく久能木の元まで運ばれる。
久能木の周囲を血液の粒子が無数に飛び交い、それが久能木の体へと吸収されていく。
その瞬間、彼の剥がれ落ちた皮膚、溶けた肉、痛々しくただれた顔、そのすべてが瞬く間に再生されていくのだ。
久能木LP100→10000
ピーーー
「虎井様のライフが0になりました。勝者は久能木様です。」
「………」
アナウンスがデュエルの勝者を告げる。
デュエルで受けた傷の全てを回復した彼は、新たな煙草を口にくわえ火をつけた。
朱色に染まった翼を雄々しく広げた悪魔が口角を歪め不気味に笑う。
その手に握られた銃口の向かう先には、電子の力で7色に光る九尾の狐が体をビリビリと震わせ委縮する。
「話し合うって選択はないですか…」
「互いに全力を出した。
そして、どちらかが負ける。それが決闘ってものだろう」
四角い眼鏡を掛けた青年が膝をつき、対面の男へと語り掛ける。
黒い髪の毛をオールバックにし、透明なゴーグルを掛けた男がその語り掛けへ静かに答えた。
「ですけど…やはり死とは怖いものですよ…。
どうか…情けをかけてはくれませんか…?」
悔しそうな表情を浮かべた青年が望む最期の願い。
右手の指で銃を象り指鉄砲を作った男が、その銃を青年の顔へと向ける。
「痛みは一瞬だ。
《魔弾の悪魔 ザミエル》、《電脳堺狐-仙々》を撃ち抜け。
フライクーゲル!」[攻5000]
男が指鉄砲を発射する仕草をすると同時に、フィールドの悪魔もまた構えた銃から魔弾を放った。放たれた弾丸は青い軌跡を描きながら、仙々の体を撃ち抜き破壊する。
撃ち抜いた弾丸は地面に着弾することなく、弧を描きながら仙々を操っていたコントローラーの元へと向かっていく。
その弾丸の軌跡を青年が捉えた時…それが彼の脳天を突き抜けた。
仲吉LP3900→0
「……、…」
驚いたと言わんばかりに口をぽかんと開けたまま静止した青年。
数秒後、額から一筋の赤い液体が流れ始めると、体のバランスを崩した彼の肉体が地面にへと倒れ込んだ。
ピーーー
「仲吉(なかよし)様のライフが0になりました。勝者は貫名(ぬきな)様です。」
アナウンスが勝者を告げる。
それと同時に、男を閉じ込めていた前後のシャッターが開かれていく。
「強かったな」
倒した相手に敬意を払いながら、男は左腕に装着していたデュエルディスクの突出した持ち手の部分を掴んで取り外す。
すると、それは瞬く間に回転式銃の形状へ早変わりし、男はそれを一回転させながら腰のホルスターへと収める。
踵を返し、静かに対戦相手が倒れた方向とは逆方向に歩き始めた男。
少し歩いたところで、男の左腕の腕時計が小さな振動を発する。
「この番号…」
誰かから通話が入った事を確認した男が、腕時計のボタンを押す。
すると、デジタル画面が空中へ映し出されると、通話の向こうから女性の声が聞こえ始めた。
「もしもし、貫名君かい?」
「なんの用だ《情報屋》」
男に通話してきたのは、《情報屋》こと福原 渚だった。
「なに、1つ頼みがあってね」
「頼み…?
なんでお前が俺に頼みごとをする必要がある」
突然の渚からの頼み事という言葉に訝しむ貫名。
「それは君にしか頼めない事だからだよ。
もちろん、嫌なら断ってくれても構わない」
淡々とそう言いのける渚。
言葉の節々から怪しさは感じるものの、貫名はひとまず話を聞くことに決めた。
「内容と報酬による。
何を頼みたい」
「ボクの指定する人間を、レッドフロアへ連れてきて欲しい」
「人探しってことか?」
めんどくさそうに聞き返した貫名へ、渚ははきはきと返事する。
「探す必要はない。
君はボクの言った場所へ行って、その人をレッドフロアに連れてきてくれればそれでいい」
「ふーん、なら報酬も聞いておこうか」
貫名が報酬の話を始めると、渚は声のトーンを下げる事無く言い切る。
「それなんだが、残念ながら今回は無報酬だ。
慈善事業に協力してくれたまえ」
「は?
報酬なしで俺がお前の頼みごとを聞くとでも?」
不快感を憶えながらも、渚の提示する事を問い詰める。
しかし、渚は不敵に話を進めていくばかりだ。
「指定した人をレッドフロアまで無事に送り届けてもらいたい。
もしかしたら、一緒についていくという人が居るかもしれない。その場合は、それらの人も守りつつレッドフロアへ誘導してもらう。
ただし、先程ボクがこの頼み事に報酬は発生しないと言った。つまり、君がこれらの条件を守れなかったとしても、仕方のない事だ。
これは責任が付きまとう”依頼”とは違った”頼み事”だからね」
ふふっと笑い声を響かせた渚。
その含みを持たせた語り様から、貫名は何かを読み取ったように、険しい表情が緩んでいく。
「無報酬…ね。
やる事があくどいって言われないか?」
「そうでもしないとここでは生きていけないだろう?」
こちらの全てを見透かしたかのように黒く澄んだ声に、男の指先が震えはじめた。
その震えが恐怖から来ているものでない事さえも、通話の向こうの女には知られている。
だからこそ、”頼み事”なのだ。
「最終確認だ。
そいつはフェアな決闘をするのか?」
静かに鋭く貫名の言葉が通話の向こうの渚を撃ち抜く。
「ボクが見てきた中で最高峰だ。
人を殺したがらないクラスⅢ。
そんな人間が、不正に走るとは到底思えない」
渚のその言葉を聞くと同時に、貫名が口角を緩ませた。
「了承した。
お前の頼み事とやらを叶えてやろう」
「ボクの立場から念押しをしておく。
指定した人間を、無事にレッドフロアへ連れてくるように」
「出来たらな」
正確な位置が判明し次第、対象者の情報と共に再度連絡すると言い残し通話は切られた。
腰のホルスターから銃を取り出した貫名。そして、静かにシリンダーに収まった己のデッキを見つめる。
「疑いなき勝利。
それが俺の存在価値を更に高める」
-----
「はぁぁぁぁぁぁぁ…………」
深い深いため息がレッドフロアの真ん中で吐かれた。
ため息の吐き主である近久は、ゆっくりと顔を上げ渚を見遣る。
「マジ…?」
「ボクが嘘をついて利点がある事なんて……」
そう言いかけて、目線を逸らした渚は少し考える仕草をして明るい声で答えた。
「少なくとも嘘をつくならもう少しマシな嘘をつくと思うかな」
「ちょっと何で目線逸らすの!
さっきまでの話に嘘があったみたいな言い草ね!!」
怒りながら渚な不審な行動を指摘する近久だが、渚は笑いながらそれを流してしまう。
「ははは、いやいや。
ボクが嘘をつけば確かに近久君を思い通りに動かせはするだろうねって仮定の話さ。
さっきも言ったように、君の信用を得ようとするならもう少し分かりやすく、納得しやすく、何より希望が持てる内容の話をボクはしたはずだ」
お手上げといった様に肘を曲げた両手をあげる渚。
その言い分に真っ向から反論する事が出来ないものの、なんとかしがみつこうと言葉を返す近久。
「ほら、あなたがウチを絶望に落とそうとしてるって可能性も……ね…?」
「この話が真実の方がよっぽど君が絶望しそうだけどね。
近久君が望むなら、楽しい楽しい夢の様な脱出プランを話してあげよう!」
にやにやと不敵な笑みを浮かべ始めた渚に引きながら近久が声を荒げる。
「あーもー!分かったわよ!!!
もーーーー………」
涙声になりながら頭を抱えてしゃがみ込む近久。
「……酷な話だったとは思う。
でも、外に出る希望が持てないからこそ、この空間でボク達が希望を見出すんだ。
力を貸して欲しい…」
静かに語る渚の声に、近久は反応せず塞ぎ込んだままだ。
周囲の久能木と河原も静かに近久を見つめている。
ピーガチャ
突如フロアの出入り口の扉が開かれる。
その瞬間、渚と久能木、河原の3人が反応しそちらへと顔を向ける。
「あぁぁぁぁ!!!
アナウンスは真実を告げていたというのですか!?
…なんということですか…藤永様が…尊き神罰の代行者様がぁぁ……」
「ですが、泣いていてはいけませんよ?
藤永様の想いを我らが引き継ぎ、邪な邪教徒を藤永様と同じ所へ送り届けやろうじゃありませんか」
「そうです!
地獄より賜れた藤永様の事です!必ずや私共の神託を地の底より見守ってくださっていることでしょうから!!」
現れたのは奇妙な二人組。
一人は真紅の髪に、真っ赤な狩衣を着た女。
その目は血走っており、どこかしらの部族を思わせる赤い文様が両目の下に描かれている。
そして、もう一人はその女性を諭すように喋る男だ。後ろ髪が金色に染まった点以外は特にこれといって特質する特徴が見られない。
似ても似つかない二人組がフロアに入って来て早々、似たような口ぶりで勝手に話しているのだ。
「だ、だれだね…君たちは…」
渚たちの背後へとゆっくり後ずさりしながら、河原が恐る恐る問いを投げかける。
「死神の狂信者か…。
あっちの赤い方は見覚えがあるね」
その問いに答えたのは、彼女達ではなく渚だった。
「きょ、狂信者…!?
こ、殺される……」
「………」
煙草に火をつけた久能木が、それを口にくわえながら前へと出ていく。
「悪しき邪教徒共め!よくも藤永様を、崇高なる神罰の代行者様を!
あぁ、ですがこれも一時の定め!今度は私共がそれらの使命を全うする順番なのですね!」
「そうですとも。
必ずや藤永様も我々の行いを喜んで下さる事でしょう」
デュエルディスクを構えながら叫ぶ赤髪の女性と、それを後ろで静観しながら焚きつける男性。
「最初の掃除だ。いっそのこと見せしめにするのもありかもしれないね~。
……いや、梨沙君達には受けが悪そうだ」
渚もデュエルディスクを構えながら立ち上がる。
「待ってよ…!」
近久の声が挙がった。
先程まで塞ぎ込んでいた彼女は立ち上がり、渚の目を真っすぐ見据える。
「……どうしたのかな?」
「ウチにやらせて」
デュエルディスクを持ち上げ、狂信者の元へと向かいだす近久。
焦りを声に滲ませながら近久の手を掴み渚が引き留める。
「ちょ、ちょっと近久君?
どうしたんだい急に…危険だよ」
「危険なのはどこも一緒でしょ!?
なぎさが話したことが本当なら、ウチらの命はどうでもいいものとして扱われてるってことじゃない!」
声を荒げ力説する近久を前に、渚は静かにその言葉を受け止める。
「もうどうだっていいよ。ウチが負けて死んでも、対戦相手が負けて死んでも…。
ウチらの死にもう意味なんてないんだから……。
だったら、ウチはこのイライラを発散する事にする」
「近久君…」
「なに!?まだ文句あんの!?
なぎさが言うように悪い奴をやっつければいいんでしょ!?
言われた事やろうとしてるんだからほっといてよ!!!」
渚の手を振り払うと、近久は赤髪の狂信者の前まで辿り着く。
「さぁ!藤永様へ捧げる最初の生贄がやって来ました!
その身に宿した罪の残滓を私共の前で吐き出しなさい。
必ずや、その命を私霊園 詩織(れいえん しおり)が冥界へと送り届けて差し上げます!」
不気味なほどに吊り上がった口角の女性が、両腕を高く上げ血走った目で近久を見据える。
不快さとイライラをその顔に浮かべる近久は、デュエルディスクを構えながら毒吐く。
「うっさい!訳分かんない事喋んな!
今ものすんごいイライラしてるから…覚悟してよね!?」
ザザッピー
「ただいまよりレッドフロアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:8000
モード:ベーシック
リアルソリッドビジョン起動…。」
「デュエル!」 LP:8000
「デュエェル!」 LP:8000
近久と霊園の二人が相対する様を後ろで見守る男。
「さぁ。存分にその力を振るうのです。
(これで、こいつらを一掃できればレッドフロアは僕の物だね)」
不敵な笑みを浮かべる男のデュエルディスクが突如震える。
「は?」
ザザッピー
「ただいまよりレッドフロアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:8000
モード:ベーシック
リアルソリッドビジョン起動…。」
男のデュエルディスクが特有の機械音を発しながら、デュエル開始の準備が為され始める。
「な、なん!?」
男が周囲を見渡せば、近久達とは別の方向から目前までやって来ていた久能木が、煙草を吹かしながらデュエルディスクを構えているのだ。
男の顔色が一気に青くなっていくのは、赤い光に照らされたフロア内とて容易に把握できる。
「ま、待ってください!ぼ、ぼくはデュエルをしない!
か、彼女がデュエルをするっていうからそれについてきただけで…」
「………」
男が焦りながら何を喋ろうとも、久能木は静かに…そして冷たく男を見つめるだけだ。
「ほ、ほら…?殺すとかよくないじゃないですか…?
そ、そうだ!!彼女のことは好きにしてくれていいですよ!
あいつ頭おかしくて僕も手を焼いてたんですよ~。
その点、僕は人畜無害なタイプですから!」
「……………」
うすら笑いを浮かべながら男がそう騒いだ瞬間に、久能木の眉間にしわが寄った。
口に加えていた煙草を吐き捨てると、それを力強く踏み潰し、デッキより5枚のカードを引き込む。
「………」 LP:8000
「頼みますよ!ね?物騒な事はやめましょう!」 LP:8000
ピー
「先行は虎井様、後攻は久能木様になります。」
[ターン1]
「これ…中断とかないですよね…?」
男の弱気な声に、久能木は冷たい目で見下すのみだ。
「なんかその目気に入らないすよねぇ。
僕はやめましょうって言いましたからね!?
《アメーバ》召喚!」[攻300]
手札:5枚→4枚
フィールドへ水色の体をした巨大な粘液性の物体が現れる。
「………」
「《シエンの間者》発動!
《アメーバ》のコントロールをエンドフェイズまで相手に移すことが出来る」
手札:4枚→3枚
コントロールが移動したことで、《アメーバ》はその流動する体を久能木のフィールドまで移動させる。
しかし、あろうことかその巨体はそのまま久能木の体を飲み込んでしまう。
「…!?」
「《アメーバ》のコントロールが変化した時!相手は2000のダメージを受ける!」
久能木LP8000→6000
巨大な粘液に飲み込まれると同時に、その粘液が消化液を分泌し久能木の体の表皮を溶かしていく。
「……!!!!」
痛みから言葉にならない悲鳴をあげるも、《アメーバ》に取り込まれている彼の声が外に聞こえる事はない。
《アメーバ》が離れると、久能木の皮膚は痛々しくただれ、所々皮膚の表層が剥がれ落ちてしまう。
「ほら、言わんこっちゃない。
だから、僕はやめようって言ったんですよ?
カードを2枚セット、エンドフェイズにそちらへ送った《アメーバ》はこちらのフィールドに戻って来る」
手札:3枚→1枚
水色の粘液生物がのそりと流動しながら、虎井のフィールドへと戻って行く。
虎井-LP:8000
手札:1枚
[ターン2]
「………」
「ドローフェイズ。及びスタンバイフェイズへ移行します。」
声を発さない久能木の代わりにデュエルディスクより音声が発せられデュエルの進行を促す。
「なら、そのスタンバイフェイズに速攻魔法《時空浄化》を《アメーバ》を対象に発動。
対象モンスターを一時的に除外する」
=====
《時空浄化》(タキオン・リフレッシュ)速攻魔法
①:自分フィールドのモンスター1体を対象として発動できる。
そのモンスターを除外する。
その後、この効果で除外したモンスターはフィールドに戻る。
=====
《アメーバ》が異次元にへと吸い込まれ消失する。
しかし、すぐさま異次元よりその粘液生物はフィールドへ溶け落ち現れた。
「これで、《アメーバ》の発動制限が解除。
もう1回コントロールが移ればあなたに2000のダメージですよ」
浮ついた笑みを浮かべながら、久能木を見遣る男。
久能木はそれを気にする事なく、手札のモンスターをデュエルディスクへと召喚した。
「《ヴァンパイアの幽鬼》を召喚。
召喚時効果により、手札の《ヴァンパイアの眷属》を墓地へ送り効果を発動します。」[攻1500]
手札:6枚→4枚
灰色のフードを被った人型の霊体が、纏っている不気味な薄緑色のオーラを放出する。
「罠発動《スウィッチヒーロー》。
お互いのモンスターの数が同じ時に発動可能。互いのモンスター全てのコントロールを入れ替えさせてもらいますよ」
「……!」
地面がまるで円盤の様に動き出すと、《ヴァンパイアの幽鬼》と《アメーバ》の位置がくるりと入れ替わってしまう。
「効果処理に移ります。
デッキから《ヴァンパイア・スカージレット》を手札へ加えます。
デッキから《ヴァンパイアの使い魔》を墓地へ送ります。」
「では、その処理後に《アメーバ》の効果が再び起動です。
あなたに2000のダメージ!」
再び動き始めた巨大な軟体生物が久能木の体を丸ごと取り込み、消化液を分泌する。
「………!!!?」
久能木LP6000→4000
既に傷ついた体に更なる苦痛が与えられる。
先程よりも激しい痛みが久能木の体に襲い掛かる。
《アメーバ》が離れると、ダメージを受けていた腕の皮膚は完全に失われてしまい内部の筋肉が露出してしまっている。
顔も大きくただれ、見るだけでも痛々しい姿に変貌させられてしまった。
「うっわ…グロ…。
やめようって警告したのに、無理やりデュエルするからこんなことになるんですよ?」
空気が体にあたるだけで激痛が走るはずの体を、久能木は無理やり立ち直らせ手札のカードを墓地へと送り込む。
「手札の《ヴァンパイア・フロイライン》を墓地へ送り、墓地の《ヴァンパイアの眷属》の効果を発動します。
このカードを墓地から特殊召喚」[守0]
手札:5枚→4枚
地面が真っ黒に染まる。そこから黒い影と共に滲みだしてきたのは真っ白な毛に覆われた狼だ。
しかし、すぐさまその半身が地面の黒い靄に覆われる。
「500LPを支払い、特殊召喚された《ヴァンパイアの眷属》の効果を発動します。
デッキから《ヴァンパイア・デザイア》を手札へ加えます。」
手札:4枚→5枚
久能木LP4000→3500
荒い息遣いを零す久能木。
全身を痛みで覆われた彼は懸命にデッキから飛び出したカードを引き込み、即座に発動する。
「《ヴァンパイア・デザイア》を発動し、2つ目の効果を選択。
フィールドの《ヴァンパイアの眷属》を墓地へ送り、墓地から《ヴァンパイア・フロイライン》を特殊召喚です。」[攻600]
手札:5枚→4枚
小さなコウモリの群れが羽ばたきそれらが集合すると、瞬く間に人型へと早変わりする。
黒い傘を差し、高貴さを感じさせる黒いドレスを着た体温の低そうな金髪の女性がそこに現れた。
「永続魔法《ヴァンパイアの領域》を発動。
500LPを払い、このターンのヴァンパイアの召喚権が追加されました。」
手札:4枚→3枚
久能木LP3500→3000
「まぁまだ終わらないよね。
このままでは攻撃力さえあなたから頂いた《ヴァンパイアの幽鬼》にすら届かない」
「バトルフェイズへ移行します。」
男の予測を裏切る様に、久能木のデュエルディスクからバトルフェイズへ移行したという音声が流れた。
「は?ならなんでわざわざ召喚権を増やして…」
「《ヴァンパイア・フロイライン》で《ヴァンパイアの幽鬼》を攻撃します。」
コツコツと静かに足音を立てながらフロイラインが男の元へと歩いていく。
「何考えてるんですか?
あ、負けを悟っての自爆特攻って感じですかね。
いいですよ、次のターンで残ったライフ全部減らしてあげますから」
へらへらと笑う男の目に、久能木の崩れた顔に浮かぶ鋭い視線が突き刺さる。
その目は、負けを悟り自暴自棄となった人間の目でないことぐらいは、男でも容易に想像が出来た。
「ダメージ計算時、2900LPを払って《ヴァンパイア・フロイライン》の効果を発動です。
《ヴァンパイア・フロイライン》の攻撃力・守備力はそのダメージ計算時のみ払った数値分アップします。」
久能木LP3000→100
久能木がライフ100を残して、そのすべてをフロイラインの攻撃力に注ぎ込む。
「これが狙い!?
でも…そんなことをしても僕が受けるダメージは2000に過ぎないですよ?
なのに…なんですかその目!!」
「チェーンして速攻魔法《九十九スラッシュ》を発動します。」
聞きなれないカードの発動に男の頭にはクエスチョンマークが浮かぶ。
しかし、その効果が音声により告知されると共に男は青ざめていく。
「自分のモンスターが、そのモンスターよりも攻撃力の高いモンスターに攻撃するダメージ計算時に発動が可能。
戦闘を行う自分のモンスターの攻撃力は、そのダメージ計算時のみ自分と相手のLPの差の数値分アップします。」
「は…?」
「ライフ差は7900。攻撃力が7900上昇します。
そして、フロイラインの効果によりさらに攻撃力が2900上昇します」[攻11400]
ゆっくり近づてい来るフロイラインの赤い目が光り、その口角がほんのりと上がる。
「こ、攻撃力11400!!!?
ばか!?そんなの喰らったら死ぬでしょ!?」
焦りと共に仰け反り、後ろへとこけてしまう男。
その視線の先に居る久能木の壊された顔に表情はない。
「………」
「じょ、冗談ですよね?いやほら、僕のも冗談ですよ!
これ、全部演出ですもんね。僕知ってますよ。
でも、僕ちょっと、怖い演出、苦手なんですよね。
だから、出来たら遠慮してもらいたいなぁって…」
唇を震わしながらも、いまだ薄ら笑いを浮かべ饒舌に喋る男。
見苦しいと言わんばかりフロイラインの体が突如霧散し、無数に現れたコウモリの群れ。
それらはすぐさま男を取り囲んでしまう。
「あーー!!!?
待って待って待って!?お願いです!殺さないで!
謝るから!僕が悪かったからぁ!!!」
空しい命乞いを叫ぶ男の体をコウモリ達が喰らい始める。
「ぎぃ!!?があああ!!?
いた、やめ!!あぁああ!!!」
顔、腕、指、胸、腹、右足、左足…。
体のありとあらゆる部位をコウモリ達の鋭い牙が突き刺さり肉を小さく抉り取って行く。
赤い光に照らされ、赤とも判別がつかなくなった鮮血を周囲へ飛び散らせ、それは次第に血の海を形成していく。
男は絶叫をあげ、意識が途切れかけたその瞬間。
柔らかな唇が彼の首筋に触れた。
「あ……が…?
痛みで発狂する頭に流れ込む柔らかな情報…それへ意識が向けられたその刹那。
そこへ深い牙が突き刺さり、体の中から何かが吸い出される様な感覚に襲われる。
「は……」
白目をむいた男の意識はそれを境に、完全にこの世界と切り離された…。
虎井LP8000→0
天より降り注いだ一つの剣が《ヴァンパイアの幽鬼》を貫き破壊する。
そして、対戦相手の男が食されていく様を久能木は静かに見ていた。
「………」
食事が済んだのか、コウモリの群れが霧散するとそこには《ヴァンパイア・フロイライン》が立っていた。
そして、体の至る所を食いちぎられ顔面が蒼白になった男が床に倒れている。
本来であれば血が流れ出るはずのその体からは、一滴の血も滴る事はない。
「《ヴァンパイアの領域》の効果が発動。
ヴァンパイアモンスターが相手に戦闘ダメージを与えた場合、その数値分LPを回復します。」
《ヴァンパイア・フロイライン》が手に持つ傘をくるくると回転させると赤い血液が周囲へ飛び散って行く。しかし、それらは地面に落ちることなく久能木の元まで運ばれる。
久能木の周囲を血液の粒子が無数に飛び交い、それが久能木の体へと吸収されていく。
その瞬間、彼の剥がれ落ちた皮膚、溶けた肉、痛々しくただれた顔、そのすべてが瞬く間に再生されていくのだ。
久能木LP100→10000
ピーーー
「虎井様のライフが0になりました。勝者は久能木様です。」
「………」
アナウンスがデュエルの勝者を告げる。
デュエルで受けた傷の全てを回復した彼は、新たな煙草を口にくわえ火をつけた。
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33 | Report#63「窒息」 | 222 | 2 | 2024-06-15 | - | |
29 | Report#64「護衛」 | 219 | 2 | 2024-07-10 | - | |
38 | Report#65「格付け」 | 192 | 2 | 2024-07-20 | - | |
40 | Report#66「赤い世界」 | 276 | 2 | 2024-08-05 | - | |
41 | Report#67「悪夢の始まり」 | 290 | 6 | 2024-08-15 | - | |
31 | Report#68「見せかけの希望」 | 226 | 4 | 2024-08-25 | - | |
27 | Report#69「未来を懸けて」 | 166 | 2 | 2024-09-05 | - | |
35 | Report#70「救われたい」 | 149 | 2 | 2024-09-15 | - | |
32 | Report#71「決意の隼」 | 226 | 2 | 2024-09-25 | - | |
23 | Report#72「勝者の在り方」 | 112 | 2 | 2024-10-05 | - | |
21 | Report#73「救われない」 | 151 | 2 | 2024-10-15 | - | |
19 | Report#74「死の責任」 | 148 | 4 | 2024-10-25 | - | |
21 | Report#75「喪失」 | 88 | 2 | 2024-11-05 | - | |
14 | Report#76「黙殺」 | 76 | 2 | 2024-11-10 | - | |
4 | Report#77「残されたモノ」 | 23 | 0 | 2024-11-20 | - |
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Amazonのアソシエイトとして、管理人は適格販売により収入を得ています。
そして...信者おったんかい!いや、この世界で狂気に飲まれたらあり得る話ですね...関わるものを救済していた人間をどういった経緯で崇めるようになったのか、気になります (2024-05-23 08:51)
外への脱出を完全に諦めたかのような渚の言動。そして、それらを身近な人間へと伝染させていくことで、梨沙達への影響は…?
信仰というよりは一方的に慕っているような信者でございますます。誰彼構わず(この世から)救済していった藤永のどこを見つけて、信者になったのやら…。
彼女達のその後や如何に!
返信が遅くなってしまいましたが、またりと見て頂けると幸いでございます! (2024-06-07 23:09)