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HOME > 遊戯王SS一覧 > Report#51「錯綜」

Report#51「錯綜」 作:ランペル


ブラックフロアから、外のフリーエリアに出た白神と《ゴーストリック・スペクター》の上に乗った梨沙の二人。

左右の通路の先にはシャッターが降りており、前方の通路の少し先の所もシャッターが降りていた。

「シャッターが降りてる…?」

異様な光景に首を傾げていると、白神さんがこの光景を説明してくれた。

「イベント期間中だからだよ」

そう言う白神さんは、シャッターで塞がれていない前方に向かって歩き始めた。
それに続くようにスペクターにお願いし、白神さんの後に続いてもらう。

「(イベント…確かアリスさんが不定期で起きるって言ってた気がする…。)
どんなイベントなんですか?」

「フリーエリアで得られるDPが今3倍になってる。
デュエルに勝てば3万。相手を殺せば30万DPが手に入る」

「なっ…!?
そんなにたくさん貰えるんですか…」

その金額に度肝を抜かれる。
極端な話3人とのデュエルに勝利し相手を殺害出来れば、ここから出る為に必要な100万DPが手に入ってしまうのだ。

「破格だろ?
だから、普段は引きこもってるクラスⅡも、金目的で出てきてる可能性が高い。
ここで生きていくにはどうしてもDPが必要になるからね」

食事などの必要なものにもDPが必要となる以上、DPがなければ餓死するしかなくなる。それを避ける為に、デュエルせざるを得なくなり、デュエルで命を落としてしまう……。

「でも、これだけ不規則にシャッターが降ろされてると…他のフロアに向かうだけでも大変ですね…」

不規則に閉じられたシャッターにより完全に迷路と化したフリーエリア。
エリアの構造を完全に把握している人だとしても、他の場所へ移動するのは困難を極めるだろう。

スペクターの被る布を少し引っ張り、シャッターが閉じられていない通路の左側まで移動し覗き込むと、そちらも少し先がシャッターで塞がれているのが分かる。

「イベントでエリアが混沌としている今こそエスケープの狙い目だ」

そっと呟かれた彼の一言は、聞き返さずにはいられなかった。

「エスケープ…。
え?外に出るってことですか…?」

白神さんが唐突に口にしたこの施設からの脱出。
余りに難関な提示された脱出条件を、白神さんはクリアしようとしているという事か?

「うん。100万DPとクラスⅢを4人以上デュエルで倒す。
後3人倒せば、ここからおさらばだよ」

「それが、私のフロアに来た理由だったんですね…」

その話から、白神さんがグリーンフロアへと向かう意味。
それが、父親とのデュエルである事が確定される。

「つまり…グリーンフロアで、デュエルするんですよね?」

「そのつもりだよ」

そう答えた白神さんは、何かを察したのか自分に質問をして来た。

「キミは大切な人が無事か確かめるって言ってたよね。
それって誰?こんな所に大切な人が居るなんてさ」

「…はい。
ここで会った穂香ちゃんって言う女の子と…私のお父さんがきっとグリーンフロアに…」

眉をひそめた白神さんが、続けざまに質問を繰り返す。

「キミのお父さんが…?
…さっきお父さんが人を殺してたって口走ってた気がするけど、なんでグリーンフロアに居るのが分かる?
まさか、グリーンフロアにキミは行ったことがあるの?」

「はい…。
そこで、フロア主だったお父さんは…穂香ちゃんに襲い掛かろうとして…。
私の事も覚えてませんでした…」

思い出すだけで苦々しい記憶。
外に出る一番の目標のはずの父親が、自分を拒絶し、穂香ちゃんを傷つけようとしていた事。

ゆっくりと喋った内容を聞いた白神さんが、少し驚いたように足を止めた。

「グリーンフロアのフロア主がキミのお父さんだって…?
なるほど…それであそこまで壊れた訳か…」

そう言って口元を左手で覆った白神さんは、少し鋭い目つきでこちらを睨みつける。

「さっきも言ったように…僕はエスケープを目的にグリーンフロアに向かっている。
つまり、キミのお父さんとデュエルをするつもりだ。もちろん、最悪の場合はキミのお父さんを殺しかねない。それを分かってて僕と行動を共にしてるのかい?」

明確にそう宣言される。
エスケープの条件は、クラスⅢを4人以上デュエルで倒す。もしくは、2人以上の殺害だ。
ここで白神さんと敵対しても、自分に得はない。でも、父親がどうしてこうなったのかも…もう一度聞いてみたい。実際に自分は彼の娘なのだから。

父親とのデュエルで、もし私の声が届いていてくれたら…。

「分かってます……。
白神さんの邪魔をするつもりはありません。
ただ、お父さんと少しだけ話をさせて欲しいです」

「話…?」

「お父さんはおかしくなっていました…。でも、私が娘だってことをちゃんと分かってくれれば、元のお父さんに戻ってくれるんじゃないかって思うんです…。
私はお父さんとのデュエルの途中で意識を失いました。だから、もう一度お父さんと話をしたいんです。
こんな命のかかったデュエルをしなくても、何か方法があるはずだって」

口を噤んだ白神さんがそっとため息を漏らす。

「デュエルの経過がどうであれデュエル中に意識を失ったって事は、キミの事も殺そうとしていたんじゃないのか?話してどうにかなる問題かい?」

その問いに、自然に沸きあがった笑顔で返した。

「はい!
きっと何とかなります。
私も白神さんに話をしてもらって帰って来れましたからね」

呆れたように目を閉じた白神さんが尚も苦言を呈する。

「僕の場合は、どうにもならなかったらそれまでだったんだよ…。
キミの場合は肉親だろ?話をして、どうにもならなかったらすぐ諦められるのかい?」

「どうにかするんです!
怒ってでもお父さんを取り戻します。絶対に…!」

弱り切った体から発せられる力強い言葉。

出来る出来ないではない。やるだけだ。
その為に自分はこちらに戻って来た。本当にやりたい事。
大好きなお父さん。ここで会った大切な人。

その全部を零すことなく助けたい。

「たとえ…正気に戻ったとしてもお父さんとはデュエルするよ」

「はい、お父さんも元に戻ってくれたらお互いが傷つかないデュエルが出来ると思います。それで、白神さんの脱出の手助けができるかなと!」

白神さんはそれを聞いて、ふっとどこかバカにした様に笑う。

「随分と僕に信頼を置いてるようだけど…。
僕が話に乗ってお父さんを殺すかもとは考えない訳?殺した方が得られる金は大きいし、脱出のノルマも減るんだ」

彼の言うように、本当に考えもしていなかったことを言われて逆に驚いてしまう。
白神さんの行動と言動。それらが何よりもの証拠なのに。

「白神さんはそんなことしませんよ。
だって、私が生きてます。白神さんが最初から二人殺して脱出するのを目指しているなら、私はもう死んでるはずですよ」

「それは完全に僕の趣味のような物で…」

「それにさっき白神さんは、デュエルで4人倒すって言ってました。殺す事を視野に入れてるなら、後2人でいいはずです。
出来る事なら人を殺したくないって考えてるってことじゃないですか…?」

一瞬の沈黙が訪れる。
白神さんがこちらを見て、何かを言おうとする素振りをしたが、それが言葉になることはなくそっぽを向いて頭を掻いていた。

「あぁ分かったよ…。
僕もリスクは小さい方がいい。
じゃぁ、説得は任せたからね」

こちらを向くことなくそう口にすると、白神さんは再び歩き始めて曲がり角を曲がる。
素っ気ない態度だが、その声には先ほどまでの刺々しい空気が抜けていたようにも思えた。それが何故だか嬉しくて、元気に返事をする。

「はい!
お父さんを助けながら、白神さんの脱出も手伝いますから!」

その彼を白い布のお化けである《ゴーストリック・スペクター》に乗りながら追いかける。
父親と、本当の意味での再会を果たせる事を願いながら…。





 -----





「あ~~~~~だる~~~い」

フリーエリアの白い通路を、気だるそうに歩いている眼鏡を掛けたパジャマ姿の女性。
顎に黒いマスクを掛け、その黒髪は寝癖がそのままに整えられることなく所々がハネており、全体的にだらしない印象を受ける。

「働くよりは全然ましだけど、そうは言ってもだるいもんはだるい~~~」

一人でぐちぐちと愚痴を呟きながらのそのそと歩く女性は、シャッターが閉じられ迷路のようになったフリーエリアを彷徨う。

「カモはこの辺って聞いたけど、どこだよ~~~。
わたしぃ、さっさと全部終わらせて、シェルターに戻りたいんだけど~~~?」

腕時計型の機械から発せられたデジタル画面と前方を見比べたりしながら、通路のあちこちに目を向けている。
すると、前方から誰かが走ってくるような足音が響いてくる。

「お~~~?ようやっとか~い。
まったくぅ、すぐ終わるって聞いたからここにしたんだから、さっさと来てくれなきゃ~」

間延びした声を出しながら、腕時計型の機械に目を落とした所で、前方の右の通路から一人の男が走って来た。
白いシャツに白いコートを着込んだ、薄茶髪の男。
左目から顔の左半分辺りまでが前髪で隠れており、頭にヘッドホンを着けている様だった。

「は~い、ここに居るってことはカモってことよね~~~。
じゃぁデュエルで、ちゃちゃっとお金だけ稼がせてくださいな~」

左手を構えながらそう言い放つ女性だったが、男はそれに見向きもせずに横を素通りしてしまう。
こちらを見向きもしなかったことに呆気に取られ、反応が遅れた。

「え~?ちょ、ちょっと~」

引き留めるべく声をかけようと後ろを振り返ったが、男は既に曲がり角を曲がった後だったようで、そこに姿はなかった。

「な~~~にあれ~。
だるいって~~。ここの事良く分かってないカモが居るって言ってたじゃんか~」

不満げに悪態を吐く女性の背後から、もう一人分の足音が聞こえてくる。

「あれ、もう一人いる感じ~?」

今度こそはと言わんばかりに、左手首の機械を構えてやって来るであろう人を待ち構える女性。

「今度は逃げられないように~。
速攻でデュエル始めちゃうもんね~~」

左手首の機械から表示されるデジタル画面に右手の人差し指を構える。
そうしていると、曲がり角から人が姿を現した。

一般的な服装とは異なる白い狩衣を着て、結われた赤みがかった茶髪を腰まで伸ばした中性的な顔立ちの人だ。
女性はそれを認識し、理解する前にデジタル画面のボタンを押していた。
その瞬間、彼女と彼の背後をシャッターが閉じ切り、二人が閉鎖空間に閉じ込められた。

「お~やおやおや?
何とも殊勝なる咎人ではありませんか?自ら断罪者であるこの俺を迎え入れ、俺が咎人を見定めるその前から裁かれる場を用意するとは…!!!
感嘆に値致しますよ!その前向きな姿勢は、必ずや神より楽園への道が示されることでしょう!」

紫と赤のオッドアイが鈍く煌めき、饒舌に世迷い事を口走る。
女性が、それを遭遇してはいけない者だと理解した時には既に手遅れだった。

「なっぁぁあ!?
《妄信な死神》!?な、なんで!?こいつは今フロアに引きこもってるって話じゃなかったの!?
どういうこと?話と違うじゃんかぁ!!」

それの出現にひどく困惑する女性は、逃げ道が既に塞がれてしまったことを理解し、おろおろと怯えるばかりだ。


ザザッピー
「ただいまよりフリーエリアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:4000
モード:エンカウント
リアルソリッドビジョン起動…。」


「えぇ…分かりますよ…。
己の重ねた罪の意識に苛まれ苦しんで居られるのでしょう…。御安心なさい。
自ら罪を清算しようと、意欲的に行動に移したあなたのその行為は賞賛されるべきことなのです!
さぁ、咎人よ。その名を示しなさい。さすれば、この俺藤永 伊織が必ずやあなたを地獄から救い上げて見せましょう!」

歪み切った笑顔を見せる藤永が、女性の怯え切った顔を淀んだ瞳で覗き込む。

「い、いやだ…神とかどうとか…。
やっと見つけたんだ…誰からも怒られない、働かなくていい理想の世界を…。
あんたらみたいな頭のおかしいのさえいなければ!
一生働かずに生きていける!!!」

女性はそうやって体を小刻みに震わせデュエルディスクを構えながら、狩衣の男を睨みつける。
そんな睨みさえも愉悦と言わんばかりに男が両腕を広げ、膝をつく。
電球の光を仰ぎ、口角を満面に上げて口を走らせる。

「あぁ…実に素晴らしき咎人です。自ら重ね、清算し切れぬ罪に苦しみ藻掻く…。
それもまた、あなたが楽園にへと旅立つための試練の一つなのです。
ここでは人々の誰しもが苦しみに喘いでいる。
善行を積むのです!世の理を読み解き、今一度自分を見つめ直すのです!
さすれば、必ず。神へと捧げる贖罪がその身に刻まれている事が示されますから!」

天井を見ていた視線が女性に再度向けられる。
人が見様見真似で出来る代物ではない笑顔。女性が知る初めての狂気の世界。
女性は頭を掻きむしり、金切り声をあげてそれを拒絶する。

「あぁぁああああ!!!頭がおかしくなる!!
要は勝てばいいんでしょぉう!?何がクラスⅢだぁ、何が死神だぁ…。
あんたを殺してあたしぃがクラスⅢになってやるぅぅ!!」

双方が一方通行の言葉の槍を投げつけ続けた。
そして、互いにデュエルディスクを構える。

「神は俺達を試されているのです!
裁くのは俺であり、または俺の善行が認められ、楽園へと導かれるのかも全て神の御心のまま!」

「死 ね、キチ ガイ!」


 「デュエル!」 LP:4000
 「デュエル!」 LP:4000





 -----





「《輝神鳥ヴェーヌ》でダイレクトアタックよ!」[攻2800]

黄金の翼を広げた神鳥が羽ばたくと、光の矢が相手にへと降り注ぐ。

「くっ…うぁああああああああああ!!」

降り注ぐ光の矢に打たれた男性が悲鳴を上げた後、その場にへと倒れ込んだ。

ピーーー


「宮様のライフが0になりました。《同盟契約》により、勝者はアリス様及び有栖川様です。」

デュエル終了のアナウンスと共に、アリスの行く先を塞いでいたシャッターが開かれる。

「ったく…もう目の前だってのに邪魔しやがって…」
「でも、ほとんどダメージを受けずにグリーンフロアまで来れたわ…。
ありがとう」
「気を抜くな…。
フロアに入ったらどんなデュエルになるか分からないから」
「もちろんよ…。
行きましょう」

一つの体で会話を交わしたアリス達は、グリーンフロアの緑の扉にへと手を触れる。
その瞬間に、扉がまるで招き入れるかのようにゆっくりと開かれる。


ピーガチャ


「(梨沙ちゃんが動けない今…穂香ちゃんを助けられるのは私しかいない…)」

アリスは深呼吸をした後、淀んだ緑色の明かりが漏れ出すグリーンフロアの中にへと再び踏み込んだ。

変わらず薄暗いフロアの中では、かさかさと虫が這いずるような音が響いている。まるで、すぐ傍を虫が這うように近くで聞こえる事もあれば、どこに居るかも分からないような程に小さな音…。
その気色の悪い音色が耳に届き、体が総毛立つ。

奥歯を噛み締め、フロアの中を見渡す。
遠くになるほど暗がりが深くなる視界の先には、誰の人影も見えない。

「……フロア主の方。
穂香ちゃんを返してください…」

グリーンフロアのフロア主へと、ここへ来た要件を端的に伝えるべく声を出す。
静かなフロア内で声が反響するが、その声に返事が返されることはなく、代わりに…。

ガシャン

アリス達の背後でフロアの扉が閉じる音が響く。
外の光が完全に遮断されたフロア内が緑に満ちる。

「…これで私はもう逃げられないですよ。
黄緑髪の女の子を返してください。デュエルなら受けます」

静寂が訪れる前に、フロア主へと再度声をかける。
すると、前方の暗がりから誰かがこちらへと歩いてくる足音が聞こえた。

「…!
さぁ、穂香ちゃんを……

フロア主である男が姿を見せたと思い、デュエルディスクを構えた。

しかし、そこに現れたのは男ではなく、ましてや大人でもなかった。


「穂香ちゃん…!!」

「お祈りの…お姉ちゃん……」

目の前まで歩いてきたのは、紛れもなく穂香本人であった。
彼女の表情にはほんの少しの陰りが見受けられ、
別れる前まではツインテールだった彼女の髪は、髪留めを付けていないようで少し荒れた黄緑の髪が肩下まで伸びている。

「よかった!大丈夫だった!?」

無事だった彼女を見つけた喜びで、咄嗟に彼女の元まで駆け寄ろうと走り出す。
しかし、右足を前に出したタイミングで体の動きが止まってしまう。
厳密には、体の制御をもう一人の自分に取られてしまったのだ。

「な、なんのつもり…!?」

突然体の制御を奪ったもう一人の自分に意図を問いただそうと声を荒げる。
しかし、彼女が体の動きを無理やり止めた理由はすぐに分かった…。

ジャキン

声をあげている途中で、アリスの眼前に鉄の棒のようなものが降って来た。

「な…に…?」

よく見るとそれはまるで刃の様に先端が鋭くなっており、床にそれが突き刺さっていた。


ザザッピー
「ただいまよりグリーンフロアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:8000
モード:ベーシック
リアルソリッドビジョン起動…。」


それと同時に突如フロア内へと鳴り渡るデュエル開始のアナウンス。

「デュエル!?一体どこから…。
姿を見せなさい!」

デュエルを仕掛けてきたフロア主の男の姿を探すべく、至る所に視線を動かす。
フロアの奥、右、左、後ろ、上。
上を見上げた時、先程目の前に降って来た鉄の棒の正体が分かった。

それは巨大な蜘蛛の足。
紫の体表に、黄色い文様が体を走っている巨大な蜘蛛の足の1つがアリスの行く手を阻んでいたのだ。

「なんて大きさ…穂香ちゃんに近づけさせないって訳ね…。
出てきなさい卑怯者!絶対に穂香ちゃんは返してもらうんだから!!」

行方の分からないフロア主に向け、虚空へと威嚇する。
すると、前方から怯え切った少女の声が聞こえた。

「お姉ちゃん…」

か細い穂香の声。
それは、かつての物静かながらも子供らしさの溢れた声などではない。
恐怖に取り込まれてしまい憔悴しているのが声だけでもよく分かった。

梨沙をブラックフロアにへと送り届けている間に就寝時間になってしまった為、助けに来るのが遅れてしまった…。その間に、気が付いた穂香の傍には、自分も梨沙もいなかった。
それだけでも、彼女が相当な不安に駆られていた事が容易に想像できる。

長い時間、彼女を一人にさせてしまった事への罪悪感が募る。
少しでも彼女の不安を取り除いてあげなければ。
そう思い立ったアリスは、明るめな声量で穂香へと声を掛ける。

「穂香ちゃん、大丈夫だよ。
すぐお姉ちゃんが悪い人やっつけ…て……?」

勇気を分け与えるつもりだった。
元気な人からは勇気を貰える。だからこそ、怯え切った彼女を励まそうと出来るだけ明るく声を掛けた。
そして、視界に彼女を捉えた時…。


彼女の腕に鎖で装着された黒いデュエルディスクが、起動しているのが見えた。


「穂香…ちゃん…?」


なぜ?


この二文字が頭に浮かぶ。
状況を理解するのには少し時間がかかった。
穂香は、体を震わせこちらと目を合わせようとはしない。

困惑、疑念、焦燥、動揺…。
事態を飲み込むべくあらゆる感情がアリスの中で渦巻く。

「(落ち着きなよ。
ちょっと考えりゃ、この状況の意味はすぐに分かるはずだ)」

頭の中でもう一人の自分の声が響く。
その声に正されてか、渦巻いていた感情が一つの感情にへとゆっくりと収束していくのが分かった。
正された感情は、思慮の及ぶことなく外にへと吐き出されてしまう。

「ふざけないで!!」

ふつふつと沸きがった怒りの感情が、声に乗って放たれた。
その怒りの声に、目の前の少女はびくりと体を震わせる。
当然、この怒りは彼女にへと向けられたものではなかったが、それを少女が瞬時に理解する事は出来ないはずだ。

「なんてことをするの…!?
穂香ちゃんを脅して私とデュエルさせるなんて!?」

助けに来たはずの穂香とデュエルすることになるなど考えてもいなかったことだ。
デュエルに勝つには、彼女を傷つけなくてはならない。
しかし、負ける訳にも行かない…。

「(どうしたら…)」

緑色の照明で照らされ見づらいながらも穂香の姿をよく観察する。
体を見るに拘束などが、されている様には見えない。デュエルディスクにも鎖がついているが、それは手首の腕輪とデュエルディスクを連結させているに過ぎない物だった。
少なくとも、彼女はこの場に物理的に拘束はされていないのだ。

「穂香ちゃん…!
デュエルなんかしなくても大丈夫なのよ。ほら、こっちに来て。
一緒に梨沙ちゃんの所に戻りましょう。そのデュエルディスクもきっと外せるから」

どのような理由で脅されているのかは分からない。
しかし、体の拘束がされていない以上、まだ幼い彼女の事をうまく丸め込んだだけのはず。ならば、穂香を説得しここから逃げさえすれば問題はないはずだ。

「そんな甘い事する訳ねぇだろ。
なぁ、嬢ちゃん?」

自分の口が、思考の緩みを許すことなく断言した。
自分への戒めと、相対する穂香への確認が、もう一人の自分によって一度に為された。

「穂香…あんな風に…死にたくないよ…。
でも…お祈りのお姉ちゃんに…ひどいことも…したくない…。
でも…しないと…やらないと……」

デュエルディスクを構え続ける少女が、そうぽつぽつと己が胸中を言葉に落とし込み口にする。言葉として話されるのは、死への恐怖心。
アリスを傷つけるようなデュエルなど望んでいない事。だが、それをしなければならないであろう口ぶり。

不安と恐怖が、絶望となって彼女の心を蝕んでいる。
その絶望の根底が、自分自身の命がフロア主に握られている事は明らかだった。

「穂香…ちゃん……」

手段は分からないが、彼女は命令に従わないと恐らく命を容易く奪われる状況下にある。
それも、デュエルで負ける事があれば、すぐさまに執行されてしまうのだろう。

彼女はまだ9歳の幼い子供だ。
そんな小さな命を絶望に染め上げ、弄ぶ。
力や環境が、それを可能とするとしても…。
それはしてはいけない事だ。
許されてはならない。

「子供…なのよ…。
なんでこんなことが…出来るのよ…」

身震いするほどのフロア主の邪悪さ。彼にとって、小さな子供の命などどうでもいいものなのだろう。
そんな理解の及ばない脅威に、怒りと疑問が頭を巡るばかりだ。

「考える必要なんかないよ。
答えは頭がおかしい。それだけだ」

もう一人の自分がそう言い放つ。そして、右腕が持ち上がる。

「バトルロイヤルじゃない以上デュエル出来るのは一人だ。
あたしがやって問題ないだろ?可能な限り生かしてやれるように善処はしてやる」

そう言って、左腕が動き右腕のデュエルディスクのデッキトップからカードを引こうとする。

「ダメ…」
「ああ?」

カードを引こうとする左腕が、デッキから離されていく。

「私がやるわ…」
「…出来んのか?」

デッキから離れた左腕に装着されたデュエルディスクが構えられる。

「あなたのデッキよりは殺傷力は低いからね…」
「そう言う事を言ってるんじゃねぇ。ガキが従わせられてるとは言え、フロア主の使いだ。
負けられるようなものでもないんだぞ?」
「分かってる…。
だからこそ、私がやるの」

構えたデュエルディスクのデッキトップへと右手が添えられる。

「梨沙ちゃんが守って来た穂香ちゃんを助けられないんじゃ…。
梨沙ちゃんに合わせる顔がないわよ…!」
「…そう。
精々気をつけなよ。自分の代わりにデュエルさせてるんだ。
何かしら入れ知恵されてる可能性は大いにある」
「ええ。十分注意してデュエルするわ…」

もう一人の自分の忠告を胸に止め、デッキトップから5枚のカードを引き込み、怯える少女にへとアリスは再び優しく声を掛けた。

「穂香ちゃん…!」

「おねぇ…ちゃん……」

声を掛けられ、目を合わせようとしなかった穂香がゆっくりと視線をアリスにへと向けた。

「一人で怖かったわよね。今もすごく怖いと思うわ。
でも、大丈夫。お姉ちゃんが今から絶対穂香ちゃんを助けてあげる。
二人でまた梨沙ちゃんの所に戻りましょ?」

綺麗な黒髪を靡かせ、穂香を優しい声が包み込む。
少女は目に涙を浮かべ、口を震わせながらそれに応える。

「穂香…怖いよ…。
また、お姉ちゃん達と一緒に…居たいよ…」

「えぇ。穂香ちゃんのそのお願いを叶えて見せるわ。
だから、穂香ちゃんが出来うる限りの全力をデュエルで示して。
私が…梨沙ちゃんの代わりに何とかしてみせるから…!」

体を震わせる穂香は、アリスから向けられた真っすぐな言葉を受けて、ゆっくりと頷く。
構えていたデュエルディスクより、初期手札5枚がゆっくりと穂香の手札にへと引き込まれた。

「どんな時も、楽しそうな事は楽しむ…!
そうすれば、怖い事も少しは和らぐはずよ。
デュエルを出来るだけ楽しんで行こうね、穂香ちゃん」

「……うん…分かったよ…」


 「デュエル…!」  LP:8000
 「デュエル…」   LP:8000

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コングの施し
読ませていただきました!

クラスⅢを4人以上「倒す」といった白神さん…あんたやっぱり優しいよ。
前回での戦いでもそうですが、白神さんへの個人的な好感度がめちゃくちゃあがっています。ちょっとツンツンしているように見えて、優しい梨沙さんに引っ張られて心を開いていく様子が好き(語彙力)。ただしクラスⅢといえば狂信者こと藤永やお父さんを含めた猛者揃い…「倒す」で通用する戦いであることを祈ります。

アリスさんと穂香ちゃんのデュエルですか…。これはまた物語が動きそうな闘いですね。しかし、もっと戦わねばいけない人がいるにも関わらず味方サイド同士の闘いになってしまうとは…ソリッドヴィジョンがリアルだからこそ2人の身を案じてしまいます。

毎話楽しく読ませていただいております!次回も更新頑張ってください! (2024-03-05 12:56)
ランペル
コングの施しさん閲覧及びコメントありがとうございます!

彼本人も自分が殺すという選択肢がそもそも頭に実はなかった事には気づいていませんでした。この過酷な環境に置いて冷徹に徹する白神ですが、仰るように梨沙の優しさに引っ張られたことで段々と露呈して来ている気が致しますね。
ここでクラスⅢとして生き抜くには真っ当な精神では厳しいものがあるでしょう。そこでまだ人間性を保っている白神は、他のクラスⅢを打ち倒せるのか?

命を握られている状態の穂香。リアルソリッドビジョンのデュエルでは、二人が生きる事もあればどちらかの命が失われてしまう可能性も大いにあります。
いつも読んでいただき嬉しい限りです!引き続き展開を楽しんでいただけましたら幸いです! (2024-03-06 17:12)

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16 Report#41「傍に居てくれるから」 214 2 2023-12-05 -
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13 Report#43「拒絶」 142 0 2023-12-15 -
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13 Report#45「夜更かし」 156 2 2024-01-05 -
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