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HOME > 遊戯王SS一覧 > Report#64「護衛」

Report#64「護衛」 作:ランペル

「ん……」

「穂香ちゃん!
気がついたんだね」

「あぁ…よかった…」

意識を失い眠っていた穂香が目を開けると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
梨沙とアリスの二人が、目を覚ました穂香を心配そうな表情で見つめているのだ。

「お姉……ちゃん…?」

「遅くなってごめんね穂香ちゃん。
もう大丈夫だからね」

うっすらとだけ開いていた瞳が、二人の存在を明確に認識した時、穂香の目に大粒の涙が溢れ出す。

「あ…あぁ…お姉ちゃん……」

「大丈夫だよ。大丈夫…」

優しく彼女の頭を撫でる梨沙に、穂香が弱弱しい手で抱き着く。

「ほのか……怖かったの…。
すごく……」

「うん…もう大丈夫だよ。
お姉ちゃんもアリスさんもいる。
穂香ちゃんが頑張ってくれたから、アリスさんも無事だよ」

その言葉に反応した穂香が、少しだけ顔を上げて再びアリスの顔をチラリと見る。
少しだけ困ったようにしながらも、アリスが笑顔で答えた。

「私は無事よ。
穂香ちゃんの事すぐに助けてあげられなくてごめんね。
それと、私の事を守ってくれようとしてくれて…ありがとう」

アリスが優しくそう伝える。
耐え切れなくなり穂香はまたも顔を伏せ、震える声で謝り始めた。

「お祈りのお姉ちゃん…ごめん…なさい…。
ほのかが…勝手な事…して……ごめん…なさい…」

「大丈夫よ穂香ちゃん…。
穂香ちゃんがした選択は間違いじゃなかったと思うわ。
正解なんてものがあったかも分からないけど…それでも、みんな無事に生きてるわ!」

「…………うん」

アリスが前向きな言葉を穂香に送る。
鼻水をすすりながらも、何とか返事をした穂香。

ダメージを受け痛む鼻、たくさんの恐怖心、アリスへの罪悪感。
そして何より、助けられたことによる安堵によって穂香は静かに泣き始めた。


 ---


「落ち着いたかな?」

「うん…お姉ちゃん達、ありがとう」

「お礼なんかいいのよ。
本当によく頑張ったわね、穂香ちゃん」

梨沙とアリスに見守られ、呼吸を整えた穂香。
ゆっくりと梨沙から離れて周囲を見渡す。
淀んだ緑の照明で照らされるフロアの中を。

「…お父……あの、人は…?」

無理やり父親と呼ばされていた男。
グリーンフロアのフロア主の居場所を梨沙達へと問う穂香。

「…ここに居るよ」

梨沙が説明するために、まず告げたその言葉。
その瞬間に、穂香の体がびくりと震えたのが分かった。

「落ち着いて穂香ちゃん…!
穂香ちゃんが怖がるといけないから、今は奥に隠れてもらってるの。
大丈夫、もうひどい事はしないって約束させたから」

「や、約束…?
そんなの、どう…やって…?」

「う~ん、どこから話した方がいいのかしら?
ひとまず、ここのフロア主は梨沙ちゃんのお父さんみたいなの…」

恐怖で顔を引きつらせていた穂香の顔に困惑が滲む。

「お化けのお姉ちゃんの…お父さん……??」

「うん、だから話を聞いてもらえた。
もう穂香ちゃんや他の人にしてたようなひどい事はさせないから」

「だ、ダメだよ…!お姉ちゃんダメ。
お父さんなんかじゃないよ。本当のお父さんはひどいことしないはずだよ。
お父さんなんかじゃないの。お姉ちゃんダメ。ほのかのお父さんでもないし、お姉ちゃん達のお父さんでもないの…!
早く逃げよ……じゃないと…あの子…みたいに……」

体を小刻みに震わせる穂香は、まるでうわ言かのように二人へと父親の危険性を訴えかける。
その心に刻み込まれてしまった恐怖心が、フロア主が梨沙の父親である事実を、梨沙が洗脳されていると結論づけてしまっていた。

「穂香ちゃん…」

「………」

アリスは目頭が熱くなる…。
か弱い少女をここまで怯えさせ、トラウマを植え付けたフロア主の男への悔しさと怒りが沸きあがってしまう。

そして、梨沙もまた穂香を落ち着かせるための言葉を伝えられずにいた。
事実として梨沙の父親であり、この環境でおかしくなってしまったとは言え、その所業は人間のそれを大きく逸脱してしまったものであることは否定できない。
ましてや、目の前のわずか9歳の少女は、自分の父親のせいで心が壊れかけ怯え切っている。

「いやだよ…お姉ちゃん達…死なないで…。
お願い…だから………」

一度落ち着きを取り戻したはずの穂香だったが、顔を歪ませてしまう。

そんな彼女を梨沙はゆっくりと抱きしめる。
何度目だろうと、梨沙が出来るのはこれしかないのだ。
ゆっくりと抱きしめ、頭を撫でる。
少しでも彼女を安心させてあげなければいけない。

「怖いよね…。
あの人が穂香ちゃんにしたことは許せることじゃない。
でも、本当に私のお父さんなの。脅されてたり、洗脳されている訳でもないの…」

「うぅ……死んじゃいやだよ……」

「死なないよ…。
お姉ちゃんがあの人の本当の娘だから、もうあんなひどい事をしないって約束してもらえた。
もちろん、信じられることではないと思う。酷い事も平気でしてきたんだよね。そんな人の言う事なんか信じられないよね。
穂香ちゃんやアリスさんに…お父さんを信じてとか、許して欲しいなんて言わない。
言える訳がない…。

だから、私を信じて欲しいの。
もうあの人が酷い事をしないように、私がしっかりする。
私が見張ってる。もう絶対に穂香ちゃんやアリスさん、他の人にしたひどい事もさせないって約束するよ…」

小刻みに震える穂香へゆっくりと伝える梨沙。
とても苦しい言葉を何とか繋ぎ止め、穂香の目を見ながら伝えきる。
これが、梨沙が考えうる中で一番の誠意の気持ちだった。これ以上、この子を辛く悲しい目に合わせない為に……。

「………大丈夫?」

「うん、約束するよ。
もうひどいことなんかさせないから」

「梨沙ちゃんだけだと危ないから、私もいるわよ穂香ちゃん。
二人でなら、お姉ちゃん達も危なくないわよ」

穂香の震えが次第に緩やかになって行く。
震えが収まった穂香は、小さな手で梨沙の手を掴む。
そして、もう片方の手をアリスの方へと差し伸べた。

「穂香ちゃん?」

「約束…しよ……?」

そう言って穂香は二人に向けて、両手の小指を立てる。

「ふふ、そうね。約束よ」

アリスはそれに応え、穂香の小指へ自身の小指を絡ませる。

「もちろん!約束だよ」

梨沙も、穂香が差し出すもう片方の小指へ自分の小指を結ぶ。


「「「嘘ついたら、針千本のーます…。
指切った!」」」


 ---


3人で指切りをし、約束を交わす。
それが終わって少しして、安心したのと疲れで穂香は再び眠り始めた。

「寝ちゃったわね」

「体も心もとても疲れてるんだと思います。
とっても…怖い思いをさせてしまったと思いますから…」

そう言って梨沙の表情は少しだけ暗くなる。

「梨沙ちゃんの、せいじゃないわよ…。
相手が相手だから…どうしたらいいのか私もよく…分からないけど…」

「あ、ごめんなさい。
暗くなっても仕方ないですよね。少しでも、前向きに物事を考えましょう」

アリスに気を遣わせてしまったことに気づいた梨沙は、柔らかな笑顔を作り微笑む。
当然、それが作り笑いだという事はアリスには筒抜けだ。

「そうね。進展もあったとは思いたいからね。
でも、無理はしちゃダメよ。私も梨沙ちゃんも」

「はい、今はゆっくりでもいいから外に出る手掛かりを見つけたいですね」

「そういう意味ではあの男……。
ごめんなさい…梨沙ちゃんのお父さんにまた話を聞いてみたい所よね」

途中ではっとしたように訂正したアリス。
梨沙はほんの少し口角を緩め、アリスへ思いを伝える。

「アリスさんったら、さっき自分で無理しちゃダメって言ったばかりなのに」

「……ごめんなさい。
話を聞くにも私がこんなに攻撃的だと、穏やかに話し合いも出来ないわよね…」

「無理もないですよ……。
そうだ、私のお父さんだって考えなくていいですよ。きっと、そこがアリスさんが一番遠慮してしまってる所だと思いますから!」

「そう……は言ってもねぇ…」

何とも触れ辛い存在の父親への対応を悩ませるアリスと梨沙。
その二人の前へと、話の中心が現れた…。

「呼び方は好きにして頂いて構いませんよ」

「………盗み聞きしてた訳…?」

「間違いではないですね。
フロア内の音は拾えるようにしていますので、聞こえてしまうのですよ」

現れた瞬間から話の内容に触れてくる父親へ、アリスは抑えつけつつも嫌悪感を露わにする。

「フロア内の音を拾う?
どこで聞いてたの?」

「フロア内の一部の区画を区切って、部屋を作っています。
言うならそこは監視室。フロア内の音や映像を映し出す様にしています」

そう言って、盗み聞きをした場所を自白する父親。
しかし、その言葉にアリスが首を傾げる。

「音や映像って…監視カメラでもあるっていうの?
それに、フロア内を区切るっていったいどうやって、ここは巨大な1フロアで壁なんてないはずよ」

ブルーフロアのフロア主であるアリスが、フロアの構造の矛盾点を指摘する。
それに、父親は冷静に返答をした。

「私のフロアも元は、同じ様に1つの空間でした。
それがいろいろと要望を出していく内に変化していったという事ですね。
今では入り口から見渡す広いフロアと、監視室と複数の小部屋がある状態です」

「へぇ…フロアの中に部屋を作ったりとかも出来るんだ…」

「それ相応の資金は必要ですし、本当の壁と比較すれば耐久性や防音性も劣っていますが」

梨沙が感想を述べた所で、それに対しての補足説明が為される。
盗み聞きの仕組みが分かった所で、アリスが父親へと何か案がないかを問いかけた。

「あなたは何か知らない訳?
外に出る方法とか、その手掛かりについて…」

「知っているとお思いですか?」

「イラつくわね…。
いいからさっさと答えなさい」

無意識にアリスの神経を逆なでる父親は、淡々とそれに答えた。

「結論としては分かりません。
それらに心当たりがあれば、私は既にそれを実践し何かしらの成果を上げていることでしょうから」

「お父さんも外に出る他の方法は分からないってことなんだね…」

「ただ、違和感は感じています…」

「違和感?なんの話よ」

顔色の悪い父親が、眉をひそめる事でさらに顔色が悪く見える。
そして、感じている違和感について喋り出した。

「この空間です。
先程説明した通り、このフロアは私がいろいろと要望を出し個室などが作られています」

「それが…違和感なの?」

「ええ、先程本物の壁よりは強度に難があると言いましたが、かといってプレハブ小屋程度の強度は備えられているのです」

梨沙とアリスは、父親が伝えたい真意が測れずに首を傾げる。

「あなたってほんっっっとに遠回しでしか喋れないのね?
つまり、何が言いたいの…!」

アリスがイライラを混ぜつつ、父親を問い詰める。
すると、父親は違和感の正体を口にした。

「その壁、もとい部屋はたった一晩の内に作られたのです。
厳密には、私が寝ていた少しの時間の間に」

「一晩で部屋が…?」

「部屋を作るなんてことは、そう簡単に出来る事ではありません。
段ボールや発泡スチロールを組み立てるだけならまだしも、強度のある壁を用いて部屋を作る。
これが、たった数時間で出来る事とは考えられないのです」

壁、もとい一つの個室がたった数時間で出来てしまったとそう口にする父親。
それに追従するように梨沙も、とある違和感が頭をよぎる。

「要するに…早すぎるってことだよね…。
早すぎるって違和感なら…私もあるかも…」

「え?どういう意味なの梨沙ちゃん」

「この…傷です」

そう言って梨沙は、ドレスの上から自身の腹部へと手を置く。

「お腹に傷があるの…?
それで、その傷がどうかしたの?」

「これは、ここに来た最初の日にデュエルで受けた刺し傷なんですけど…。
もうほとんど穴が塞がっているみたいなんです」

「塞がっている…?」

傷の治りが早いと二人へと伝える梨沙。
それに対して、アリスと父親が質問をしてくる。

「薬を飲んだとか、塗ったからじゃないの?
ここの薬、効果は高いから」

「確かに、治りが早くなるであろう薬は飲みました。それに、傷が大きかったので、自分で縫いもしました。
だとしても、傷を受けてまだ丸二日も経ってないんですよ?
これだけ治りが早いのは普通では考えられない気がするんです…」

梨沙の傷の回復速度の話も踏まえて、父親がこの現象に納得が出来そうな仮説を提示した。

「…なるほど。
ですが、これらの違和感もこの空間内ではリアルソリッドビジョンが実現されている事を考えれば、そこまで大きな違和感でもないのかもしれません。
数時間で出来上がる部屋や、異常な回復速度の傷も、リアルソリッドビジョンの技術を何かしら流用させたものの可能性は大いにあるでしょう」

リアルソリッドビジョンで、傷が生まれるなら傷を治す事も出来る…リアルソリッドビジョンでなら、部屋を作る事も出来る…?

「う~ん…確かにそう言われるとそうなのかもしれないけど…」

「リアルソリッドビジョンだからって、なんでも出来すぎじゃないかしら?」

「それは、私も同感です。
これだけ多種多様な殺傷力のある演出が出来るのだから、確かにおかしくはないのかもしれない…。
だが、リアルソリッドビジョンだからという理由でなんでも出来てしまう事には、やはり違和感もある。
そんな技術があるのであれば…極端な話、あらゆる建築物をリアルソリッドビジョンで実体化させられる。建物なんかその日の内に建てることも可能といえるかもしれませんからね」

梨沙とアリスはその言葉に、さらに頭を悩ませる。

「そう聞くと…さすがにとんでも技術に聞こえてしまうわね…」

「まぁ、質量を持ったソリッドビジョンってだけでもかなりのとんでも技術だとは思いますが…」

「この部分に、何かしらの手がかりがあってもおかしくないとは思うね」

そうやって話している所で、突如梨沙のデュエルディスクが震えはじめる。

「この震えは…」

「もしかして、通話かしら?」

梨沙がデュエルディスクを確認すると、誰かから通話の通知が来ている事が分かった。

「この番号は…確か」

通話を許可すると、女性の声が聞こえてきた。

「梨沙君?無事なのかい?」

「渚さん!」

その通話の向こうからは、情報屋の渚からであった。

「あら、渚ちゃんじゃない。久々ね」

「おっと、アリス君も一緒か。
ということは、二人ともグリーンフロアに行ったけど無事だったという事で合っているかな?」

「はい!何とかなりました」

「………」

通話の向こうから聞こえる声に、父親は警戒しているのか押し黙ったまま動かなくなっている。

「それで、穂香君と…後は梨沙君のお父さん?の件もどうにか出来たのかな」

「えっと、穂香ちゃんは少しケガしちゃいましたけど無事です!
今は疲れて寝てますけど」

「寝ているという事は…安全な場所に居るみたいだね」

「今はグリーンフロアに居ます。
お父さんは何とか説得する事が出来ました。完全にと言う訳ではないかもしれませんが、協力関係になっています」

「ほう!それはすごいじゃないか。
《禁足地》のフロア主と会話するチャンスが出来たかもしれないんだね」

ほんの少し嬉しそうに声がうわずった渚は、一度咳払いをすると本題に入った。

「失礼、連絡したのは梨沙君達に少し来てもらいたい場所があるからなんだ」

「来てもらいたい場所…ですか?」

「どこに来て欲しいの?」

二人の疑問に渚が静かに答えた。

「レッドフロアだ」

「レッド…フロア…!?」

「ちょ、ちょっと渚ちゃん。
なんでレッドフロアに……」

ここで、梨沙とアリスの脳内に少し前に放送されたアナウンスが蘇る。


(【レッドフロアにて、クラスアップが行われました。新たにクラスⅢへと就任した被験者を皆様で歓迎いたしましょう。】)


「さっき…レッドフロアでクラスアップされたって放送がありましたけど…もしかして渚さんが…?」

「…そう。
ボクがレッドフロアのクラスⅢになったんだよ」

「レッドフロアに!
ということは…あの狂った死神を倒したって事よね…」

「そういうことだね。
犠牲は出てしまったけど、これであいつの犠牲者がこれ以上増える事はなくなった訳だ」

「(犠牲…?)」

犠牲と言う言葉に少しの引っかかりを憶えた梨沙だったが、それに触れる前に渚がどんどん話を進めてしまう。

「実は、君たちと話したいことがあって連絡させてもらったんだ。
この実験について分かったことがある…。それの共有と今後について話しておきたい」

「分かった事…。
通話では、話せない内容って事かしら?」

「そうなる。この実験の根幹に関わる内容だ。
可能な限り、情報の流出を抑えたい」

「渚さんはどうやってその情報を手に入れたんですか?」

「それも含めて話したい。こちらへ来ることは可能かな?」

梨沙とアリスは一度見つめ合い考える。
新しい情報と言うのは気になるが、穂香を置いてここを離れる訳にはいかない。

「お話はしたいんですけど…穂香ちゃんを置いていく訳にも行きません。
穂香ちゃんが起きてからでも大丈夫ですか?」

「もちろんだ。
いろいろあっただろうから、一旦落ち着いてからで構わないよ」

「じゃぁ、穂香ちゃんが目を覚ましたらみんなでレッドフロアに向かうわね」

「……その際に、一人護衛を送ろうと思う」

「護衛……ですか?」

護衛という大げさな名前が出てきたことで、梨沙が少し驚きながらもその意図を聞き出す。

「フリーエリアがボーナスタイムに入っている以上、普段よりも道は入り組んでいて、さらに敵も必然的に多くなる。
それらとの遭遇を少しでも回避してもらうために、ボクの方から護衛役を一人そちらへ送ろうと思っているんだ」

「そんな…!
そこまでしていただかなくても大丈夫ですよ。
それに、その護衛の人も危険に晒してしまう事になるじゃないですか」

護衛をしてもらうという状況に咄嗟に、断ってしまう。
ここの危険性は十分に理解しているつもりだ。
だからこそ、自分の安全の為に危険に晒される人が増えるというのがどうにも気がかりなのだ。

「安心してくれていい。
彼は、今回のお願いを快く引き受けてくれた。
それに、ボクの方から呼び出した手前、君達を危険な目に合わせる可能性は少しでも減らしたいからね」

「でも…」

護衛を自らかって出るなどという、善性が感じられる情報…。
それが、梨沙の中に更なる葛藤を生み出す。

見かねたアリスが、梨沙の肩にゆっくり手を置いてから言葉をかける。

「梨沙ちゃん…やっぱり外は危険よ。
レッドフロアに行くのを決めた以上は、護衛についてもらって少しでもリスクを回避しましょう。
それに、穂香ちゃんも一緒に行くんだから、この子の安全は最優先しないとね」

「…そう……ですね」

この護衛が自分だけではなく、アリス。そして、穂香の命も守る事に繋がる事に意識を向け、どうにか自分を納得させる。

「こう言っといてなんだけど…渚ちゃんに1つ確認しておきたいことがあるのよ…」

「おや、何かなアリス君」

アリスが神妙な面持ちで、ゆっくりと渚へと胸中を投げかける。

「その護衛に来てくれるっていう人は…安全なの?」

「アリスさん…?」

アリスのその問いかけに、一拍の間を置いて通話の向こうから返事が返された。

「表面上は、引き受けた依頼はこなしてくれていた。
だが正直な所…保証し切れるとまでは言えないね…」

「どういうこと」

「考えてみて欲しいが、ここは危険な場所だ。
人の命が容易く奪われる。そういった、極限の瞬間に人はどんな行動を見せるかは分からない…。
それは、たとえよく見知った相手だったとしてもなかなか分からない物だろう。
なんせ、そんな状況に陥る事がごく限られるからね」

「つまり…命が危なくなったらその人が何をするかは分からない…ってことですか…?」

「逆に言えば、護衛を頼んだのはそう言った究極の状況以外での対応や素振りに問題が感じられなかったからなんだ」

渚は、護衛役が今までのやり取りで異常性は感じられなかったと話す。
そう言われると納得せざるを得ないといった様に、口を少しだけ曲げると、すぐにその護衛役の人物に対しての質問をした。

「…まぁ、死にかけた時にどんな行動するかなんてことまで分かってたら逆に怖いわよね…。
分かったわ。それで、その人はどんな人なの?」

「クラスⅡの被験者だ。名前は貫名 惇志(ぬきな あつし)。
拳銃を持っている様に見えるが、あれは特注されたデュエルディスクだから目に見えるよりは危険じゃない事は把握しておいて欲しい」

「拳銃型…もうなんでもありですね…」

「そこだけ聞くとさ…どちらかと言うと危ない寄りの人じゃない…?」

拳銃型のデュエルディスクを携帯しているという話から、危険性を感じとるアリス。
それをフォローするように、渚が補足を加えた。

「恐らく、この環境下における自衛の術とも考えられるね。
君達も、拳銃持ってる相手に襲い掛かろうなんてあんまり思わないだろう?
たとえ、デュエルで全てが決まるこの空間内と言えどね」

少し納得したように梨沙が反応する。

「あー、そう言われると確かに。
なるほど…そんな風にして襲われにくくするっていう方法もあるんですね…」

「腑に落ちちゃうのがちょっとだけ悔しいわね…」

「はは、まぁ話してみると少し変わってるかもしれないが悪い奴ではないはずだ。
グリーンフロアへ向かうように伝えておくから、まだ穂香君が寝ていたら待たせておいてくれればいいよ」

レッドフロアへ向かう話と、それに護衛として同行してくれる貫名の話を終えた渚が、話を締める。

「…先程も言った通り、この実験における重要な話だ。
君達がボクの味方だと考え、この話を伝えた次第だよ。
それじゃぁ、気をつけてレッドフロアまで向かってきて欲しい。レッドフロアで会おう」

そうして、通話が切られる。
それと共に今まで口を閉ざしていた父親が梨沙とアリスへ話しかけた。

「随分と…スムーズに話が運びましたね」

「うん、まさか護衛の人までいるなんて話になるとは思わなかったよ」

護衛までしてくれるという渚の提案に驚いた梨沙がそう返事をする。
しかし、目元にクマの目立つ父親は表情を変えることなく、その返事をいなす。

「私が言いたいのは、危険ではないですか…と言う話です」

「どういうこと?渚さんが危険ってこと?」

無機質な表情とは裏腹に丁寧な語り口で、父親が言葉の真意を伝えてくる。

「梨沙やアリスさんが、彼女とどのような関わり方をしてきたのかは分かりかねます。
ですが、このフロアで過ごしてきた私としてはあまり信用に足る人間とは思えませんね」

「な、なんでそんなこと言うの!」

「…《情報屋》だからです」

父親は静かにそう呟く。
《情報屋》……梨沙はその異名が意味する本当の意味をまだ知らないのだ。

「《情報屋》…確かに渚さんはそう呼ばれてるらしいけど、それが何で危ないって事になるの?
いろいろな事を知ってるなら、いろいろな事が聞けて脱出の手がかりが見つけやすくなるかもしれないんだよ」

「きっと…たくさんの情報を持ってるから、それを良くも悪くも使えるって事が言いたいんじゃないかしら…」

アリスが、梨沙の感じる疑問を答えに導く。
それに続くように父親も言葉を繋げる。

「アリスさんの仰る通りです。
この命のかかった実験では、どれだけの事を知れているか…情報を持っているかも生きる為に大きく貢献してくれるでしょう。
その情報を大量に保有している。つまり、これらを悪用する事も容易なのです」

「情報の…悪用…」

「嘘の発信や、断片的な情報の発信による情報操作。
はたまた、それらによって人を動かす事も可能でしょう。
先ほどの重要な話というのが嘘だとしても、自身のフロアに人をおびき寄せるには格好の情報でしょう」

「そんな…!」

「もちろん、真実の可能性もあります。《情報屋》に対してある程度信用出来る根拠も持ち合わせているのかもしれませんが、改めて注意もした方がいいでしょう。
梨沙の言うように、うまく使えれば力になってくれるのは間違いありませんから」

第三者目線の話から、今一度渚との関係を思い返す。
最初に出会った時には一方的にデュエルを挑まれた。しかし、それは彼女がここで培った経験から来るクラスⅢの危険性が故のものだったはずだ。
それ以降の渚の友好的な態度と、穂香を守ろうとした行動を見て信用出来る人だとは思っている。
だが、情報の危うさと言う点については今まで一度も考えた事がなかった。

「要するに、自分でもよく考えましょってことよね。
私は渚ちゃんが悪い人には思えないわ。
でも、さっき彼女が言ったように極限状態でどんな事をするのかは、分からないからね…」

自分で考える。
きっと、情報を与えられて一番大事になるのがそこだろう。
レッドフロアで渚から何を聞かされたとしても、今一度自分の中でもその話について考えを巡らせる必要はあるはずだ。

「そうですね…。
肝に銘じておきます」

「でも、ひとまずレッドフロアには行くって事で大丈夫よね?」

アリスが梨沙の方に目を向け、改めて今後の方針の確認をする。

「はい、自分で考えるにしても…話を聞いてみない事には始まりませんから!」

「了解よ。
私と梨沙ちゃん、後は穂香ちゃんも一緒についてきてもらっての3人になるかしら?」

「そうですね…。
お父さんは…」

梨沙が父親の動向を気にして、父親の方を向く。
父親は向けられた視線に対して静かに首を横に振る。

「穂香が行くのでしたら、私は同行しない方がよいでしょう。
そもそも、グリーンフロアのフロア主が突然レッドフロアに行くというのも、警戒の元です。
たとえ、梨沙がグリーンフロアのフロア主と和解したと告げたとしてもです」

「まぁ…行ったら行ったでいろいろと説明も必要になるでしょうからね…」

アリスは内心ほっとしたように、そう付け加えた。
梨沙も了承し頷く。

「分かったよ。
それじゃぁ、私とアリスさんと穂香ちゃんの3人でレッドフロアに行こう」

「僕も…同行させてもらうよ……」

そう告げたのは、寝込んでいたはずの白神。
座っているものの相変わらず顔色は芳しくない。

「翔君…!寝てたんじゃなかったんですか?
というより、無理しないでください…」

「僕がここまで来た目的忘れた…?
エスケープの為に後二人…クラスⅢにデュエルで勝たないといけない。
それに、僕がこうなった元凶の所でゆっくり休める訳もないしね…」

そう薄ら笑いを浮かべる白神。
そして、それに無意識に同調し軽く頷いたアリスは、梨沙の複雑な表情を見てはっとしている。

「そのお気持ちは十分理解できますが、完全な解毒にはおよそ一晩程度の時間の休息が必要になってきます。
体調が優れない状態でのデュエルでは、あなた様の本領も発揮されないのでは?」

元凶がその毒の回復までの期間を淡々と語る。
どの面下げてといった気持ちの白神は、皮肉を返しながらも、レッドフロアへ向かう意思が固い事を宣言する。

「げほっ、お気遣いどーも。
だからって、ここで休む気にはならないさ。
それに…僕も《情報屋》さんの言ってたこの実験そのものに関する情報に…興味があるからね」

彼がレッドフロアに行くのを止めることは出来ないと察した梨沙は、それでも体調だけは気にかけてもらおうと今一度声をかける。

「翔君、無理はしないでくださいね」

「無理の一つや二つこなさないとここでは生きていけないよ。
それに、その無理も僕にとってはもう少しの辛抱になる訳だからね」

心配ご無用と言わんばかりに、白神は梨沙の言葉にはきはきと答えた。
もう少しで外へ出られる…そんな希望が言葉の節々にも滲み出ているのが、梨沙には感じ取れた。

「(そうだ…前向きでいさえすれば!
きっと、何とかなるんだ!)」

その希望を宿した彼の姿から勇気を分けられた梨沙は、笑顔のままに白神を応援する。

「もう、ひと踏ん張りですもんね!
私が手伝えることがあったら言ってください。翔君には助けられてばっかりですからね」

「まぁ否定はしないかな。
何かあったら頼むことにするよ」

会話に活気が溢れ、それへ便乗するようにアリスも声に抑揚を乗せて同調する。

「よーし、それじゃぁ後は穂香ちゃんが目を覚ますのを待つだけね。
それまで、もう少し休んでいましょう」

「はい!」

レッドフロアへ向かう為、もうしばらく彼女たちは体を休める事にした。





 -----





白い廊下を黄色の毛糸で編まれたカーディガンを羽織った千秋がぶつぶつと言いながら歩いている。

「《情報屋》め……なんで電話に出ないんだい。
山辺の坊やと連絡がつかない事も、奴ならきっと知っているはずさね…」

シャッターで正面と左側の通路が封鎖されている為、残された右側の曲がり角を覗き込む。
その通路の先には、誰もいない。見えるのは、またも封鎖されているシャッターの壁だけだ。

「(よし、誰もいないね…)」

千秋が右へ進もうとした瞬間、封鎖されていたはずの正面のシャッターが突如開かれる。

「な……」

本来、実験イベント中にフリーエリアのシャッターが開かれることはないはずなのだ。
開かれたシャッターの向こうには人が居た。

「あ?」

「(最悪だよ。
こんな所で人に出くわしちまうなんて………)」

普段日中は活動しない千秋は、起きている人と遭遇するのはなるべく避けたい事であった。だが、出くわしてしまっては仕方がない。
不運な事もあるものだと、切り替えるべく、現れた人物を見据える。

右目の下に切り傷を持ち、先端が紫に染められた黒髪…。
不愉快そうな表情と、淀んだ瞳の男がそこに居た。

「あんた…は…!?」

千秋はそれが、ここで一番出会ってはいけない人間だと気づいた。
咄嗟に距離を取ろうとするも、当然ハンターが獲物を逃がす訳がない。


ザザッピー
「ただいまよりフリーエリアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:4000
モード:エンカウント
リアルソリッドビジョン起動…。」


各所が閉じられていることで、進む道が限られていた通路のシャッターも全て降りてしまい、完全な閉鎖空間が生まれる。

「まぁ、今は誰でもいい。
この不愉快さは、誰かしらを痛めつけねぇと発散できやしねぇからなぁ!!」

「《スクリームハンター》…なんだってあんたがこんな所に…」

怒号にも似た声をあげながら、千秋を視界に捉える朱猟。
その不快な存在に、千秋もまた眉間にしわを寄せる。

「んなことどうだっていいだろばあさん。
老い先みじけぇだろうお前の人生が今日で終わりを迎えるってんだからな。
俺様がお祝いしてやろうじゃねぇか!」

「冗談じゃないよ…。
あたしゃ、やることがあるんだ。狩人だかなんだか知らないがね、一生の眠りにつかせてあげるさ」

「ハハ、ボケてんのか?
さっきのクソ筋肉ダルマの鬱憤を晴らすいい悲鳴聞かせててくれるんだろうなぁ!?」

不機嫌そうにそう叫ぶ朱猟の言葉に、千秋がはっと驚く。

「筋肉…だるま……?」

男は確かにそう口にした…。
奇しくも、千秋の探す男のイメージと合致する言葉を目の前の狂人が口にしたのだ。

「あんた……その筋肉だるまってのは…。
金髪を刈り上げて…左腕がなかったりしないだろうね…」

「あぁ?
お前あのカスの知り合いか?
あいつほんっっっっっっとにクソ面白くねぇんだよ。
これから死ぬ。自分の人生が終わりを迎えるって、その瞬間だってのにげらげら笑ってやがるんだぜ?完全に頭おかしいだろ」

狂人が他者の頭をおかしいと非難する。
千秋は、驚きと共に悲し気な表情を浮かべた。
そして、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。

「そう…かい……。
死んだのかい…坊や…。
ひひ…どうせまた《情報屋》に誑かされて、こいつの所にでも送られたんだろう。
あの子は本当にバカだからねぇ……」

「あ~?あいつの知り合いか?
それにしちゃぁ何とも冷てぇなぁ?
そこはさ、怒りやら悲しみやら絶望やら、感情を露わにしてくれよ。
そうやって、苦しみを前面に押し出してくる感じを今欲してるんだよ!
クソ面白くねぇバカらしいそいつのせいでな!?」

「ひひひ…対して親しい訳じゃないからねぇ…。
ただ……あのバカで真っすぐな様は…あたしが捨てたものを感じれて懐かしい気分になるってもんさ」

「はぁ?」

怒りと共に冷酷な目で、千秋を睨みつける朱猟。
それに相反するかのように、千秋は口角を吊り上げ朱猟を蔑む。

「ひひひ、最期は笑ってたって?
そりゃ、あんたの事バカにしてたのさ。思い通りに行かないだけで、イライラと感情を爆発させちまってるあんたの姿がバカみたいでねぇ!」

反抗的な姿勢を見せた千秋を前に、朱猟は何かしら楽しめそうな気配を感じたのか、怒りと不快さに満ちていた表情に笑みが溢れ出す。

「クハハハ!性格のわりぃばばあだなぁ!?
だが、その性格の悪さは嫌いじゃねぇ…。
その見下してくる様がどう転がり落ちていくかを想像するだけでも、俺様はこんなにご機嫌になっちまうぜ」

「弔いって訳じゃないがね…。
山辺の坊やが笑顔で散ったその瞬間に、あんたのもう楽しい人生は終わったのさ。
ここであたしに殺されて、屈辱のまま一生の眠りにつくことになるんだからねぇ!」

「こっちのばばあも、イカれてんな。
類は友を呼ぶって言葉知ってるか~?
頭おかしい奴の周りには、頭のおかしい奴しか集まらねぇって事だよぉ!!!」

「ひひひ…あんたに言われちゃしまいだよ!」

二人の人間が互いを罵りあいながら、自らの腕に備えられたデュエルディスクを構えた。


 「デュエル」    LP:4000
 「デュエル!」   LP:4000


 -----





「ごちそうさまでした…」

「穂香ちゃん気分はどう…?」

「鼻が少し痛いけど…それ以外は大丈夫」

目を覚ました穂香は、梨沙と一緒に食事をしていた。
量は多くはないが、食事し切った穂香に対して少しだけ安心した梨沙とアリスが彼女の体調を気遣う。

「痛いわよね…。
でも、ご飯もしっかり食べれるみたいでよかったわ!
えらいわよ~穂香ちゃん」

そういって穂香の頭をやさしくなでるアリス。

「あんまりたくさんは食べられないよ」

「少しでも食べれれば大丈夫だよ。
それより…アリスさんは大丈夫ですか…?」

穂香と一緒に食事をした梨沙だが、気分が良くないからと食事を断ったアリス。
少しだけ気まずそうにしながらも、明るくアリスが返事をした。

「うん、ありがと梨沙ちゃん。
飲み物は飲めたから、大丈夫。
それに、いつかはお腹すくと思うからその時にまたしっかり食べるわよ」

「無理して食べてもしんどいですもんね…。
気分が悪くなったら、すぐ教えてくださいね」

彼女たちが会話をしていると、突然グリーンフロアの扉が開かれる。
緑色に淀んだフロア内に、外の光が入り込んでくると共に、男性の声が聞こえてきた。

「裏野ってやつがいるのはここか?」

「あなたは…」

フロアに入って来たのは、透明なゴーグルを掛けた男だ。
黒髪をオールバックにしており、あまり親しみやすい雰囲気は感じられない。

「《情報屋》から話は来てるだろ?
レッドフロアまで同行する貫名だ。それで、裏野ってのはどいつだ?」

貫名は鋭い目つきで、フロアに居る面々の顔を見回す。
その視線が自分に向いたタイミングで、手を挙げて梨沙が答えた。

「私です」

「へぇ……あんたが」

梨沙を見つけた瞬間に、彼の口角がほんのり吊り上がったのが分かった。

「(なんで…笑って……?)」

「で、誰がレッドフロアまで行くんだ?」

しかし、その笑みは一瞬の出来事であり、貫名はレッドフロアに行く人数の確認に入ってしまう。
あまりに一瞬のことで自らの見間違いかと自信が持てずにいると、アリスが同行する人の事を貫名へと伝える。

「私とこの子。
後、向こうの男の子と合わせて4人よ」

アリスが穂香を連れて梨沙の元へ集まり、示された白神も男を警戒しながらゆっくりと出入り口まで歩いてきた。

「こりゃまた随分と多いな」

「あんたが護衛役なんだってね。
これだけの人数差がある。変な事は考えずに、大人しく護衛に努めて貰えると助かるかな」

白神が貫名の元まで来ると、前もって釘を刺した。
貫名は白神を鋭く見据えると、口を開く。

「集団で、俺の事を潰そうってか?
ま、分の悪いことしても損しかないからな。そこは気にしなくていい。
元々、レッドフロアまで連れて行けっていうだけの話だ」

「お姉ちゃん…」

貫名の姿を見た穂香が少し震えながら、梨沙とアリスの手を握る。

「大丈夫よ穂香ちゃん。
あの人が、渚ちゃん…鳥のお姉さんだったかしら?
の所へ連れて行ってくれるからね」

優しく手を握り返してくれるアリスから、馴染みのある人の名前を聞いた穂香は少しだけ安心したのか、強張っていた手の力が少しだけ緩む。

「鳥のお姉ちゃんも無事なの?」

「うん、今から渚さんに呼ばれてみんなで行くところなの」

「…分かった」

梨沙がにっこりとほほ笑む。穂香はゆっくりと頷いて了解を示した。

「改めて確認だ。
裏野とこの3人でレッドフロアに向かうってことであってるな?」

「はい、お願いします…!」

確認を取る貫名に、梨沙は元気よく挨拶をした。
すると、貫名が梨沙にだけ指でクイッと引き寄せる仕草をする。

「裏野。先に確認事項がある。
先に外に出ろ」

「…え?
なんの確認…ですか?」

「重要なことだ。
大人しく従え」

「………」

「《情報屋》が待ってるんだ。
早くしろ」


怪しいと思いつつも、渚を待たせてしまうのも悪いと考えた梨沙はしぶしぶ指示へ従おうと、出入り口へ向かう。
しかし、その梨沙の手をアリスが掴んで止める。

「待って梨沙ちゃん。
あなた…確認って何をするつもり…?」

「なんで俺がお前にそんなことを説明する必要がある?」

「説明しなくても構わないよ。
ただ、あんたが彼女に襲い掛からないとも限らないだろ。
ここは、そういう輩がたくさんいるからね…」

まともに返事をしない貫名に対して、白神が口を挟んだ。
貫名はため息を吐くと、鋭い目つきで全員を見渡す。

「気に入らないなら俺は帰るだけだ。
信用ならないってのはもっともだろうしな。
《情報屋》が危ないからと頼んできたが、信用出来ないというならそれまでだ。
じゃぁな」

そう言って貫名はその場を去ろうとする。
しかし、それを梨沙が止めた。

「ま、待ってください。
行きますから!」

「梨沙ちゃん…」

「アリスさんきっと大丈夫です。
渚さんがお願いしてくれたんですから。
それに、貫名さんに変な目的があるなら自分から帰るなんて言わないと思います」

「それは…そうかもしれないけど…」

どうしても不安が拭えないアリスに、梨沙はにっこり微笑んで答えた。

「外に出るにしたって何にしたって、まずは誰かを信じる事から始めないと何も始まりません!
人を信じること…そこではじめて人と助け合っていけると思うんです。
私とアリスさんがそうだったみたいに」

「信じる…………。
そう……ね。
態度あんまりよくないけど…護衛を引き受けてくれる人だもんね」

笑顔で告げた梨沙の気迫に圧されたのもあるが、アリスもまた人を信じるという方法に希望を見出した。

「はい!
では、ちょっと行ってきますね」

そう言って、梨沙がみんなより先にフロアの外へと出た。
緑色に染まった空間から、普通の明かりのある外に出た事で一瞬だけ目が眩む…。



ザザッピー
「ただいまよりフリーエリアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:4000
モード:エンカウント
リアルソリッドビジョン起動…。」



「……………え?」



グリーンフロアの扉が閉じられ、目の前の通路もシャッターが降りて塞がれてしまう。
そして、目の前の男…貫名が拳銃を自分に向けている。

「ど、どういうこと…ですか?」

「格付けだよ。
一体お前がどれほどの価値ある存在なのかを確かめないといけない。
俺が格上なのか、同格なのか、あるいわ格下なのかをな」

貫名は構えていた拳銃を自身の左腕に触れさせると、それは瞬く間に展開されデュエルディスクへと変貌した。

「な、なにを言ってるんですか!?
なんでデュエルが始まってるんですか!」

「《情報屋》から、名指しで呼び出される存在。
この人が死ぬ環境で、人を殺さないデュエルをすると聞いた。
手加減するなど、格上にしか出来ない事だ。
つまり、お前が俺の存在価値を高める存在に該当するかもしれない」

貫名は次々とこのデュエルの意義について言及する。
しかし、それは梨沙には全くもって理解不能な言葉ばかりなのだ。

「意味が…分かりません!
なんで、それがデュエルすることに繋がるんですか!?」

「命のかかった決闘。
これ以上の格付け法があるか?
敬意を表して、決闘を申し込ませてもらう」

「(ダメだ…会話が成立しない……)」


目の前の男が、真っ当な感性から遠く離れた存在であることを理解してしまった。
もっといろんな人を信じてみようと思った矢先に、理解し難い理由でデュエルを挑まれる。
どんどん前向きに考えようとしていただけに、少しだけ辛かった。
しかし、ここで嘆いても始まったデュエルを取りやめることが出来ないのは、既に分かりきっていることなのだ。

「……人は殺したくありません…。
でも、ここのデュエルに100%はないんです。
だから……」

特有の起動音を発する自身のデュエルディスクを構え、貫名と向き合う。
深く深呼吸をした梨沙が覚悟を決めた。

「もしかしたら、痛い思いをするかもしれませんけど…それは覚悟の上ですよね」

「当然。死さえ覚悟している。
それが決闘と言うものだからな」

「(負ける訳には…いかない!!)」


 「デュエル!」   LP:4000
 「デュエル!」   LP:4000
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コングの施し
読ませていただきました!
渚さんが連れてくるように貫名に言った以上、やはり戦うことになりますよね。満足街式デュエルディスクであったり、敬意とかを大事にしているあたり、貫名も朱猟やデュエルマッスルこと山辺と似たような戦闘狂的オーラを感じます。とはいえ二人とは全く違ってなんだか曲がったことが嫌いそうな、己が信念で戦っていそうな感じです!

渚さん、梨沙さんからしたら今までのこともあって警戒する理由がないでしょう。しかしここはクラスⅢの仲間が三人もいる状況。特に男性陣は冷静ですね。このデュエルで渚さんに対する不信感が募ってしまうのか、はたまた…。梨沙さん、めちゃくちゃ優しいだけにこの環境だと心配になってしまうことがありますね。情の厚さや暖かさ幸いして仲間を集めてきた彼女にとって、それが強みではありますが!!

毎度読ませていただいてます!次回も更新待ってますね!! (2024-07-15 21:33)
ランペル
コングの施しさん閲覧およびコメントありがとうございます!

貫名からすればこのデュエルこそが、渚の話を引き受けた最大の理由でもありますので、当然のようにデュエルに発展しましたねぇ。デュエルへの想いこそ違えど、仰るように彼もまた戦闘狂タイプなので、ここにおいて危険な人間の一人ではあるでしょう。対峙する相手に敬意を表する点でまだ会話は可能そうに見せかけて、デュエル自体は即挑んでくるので、安全性の優劣は難しい所。

渚から伝えられていたのもあって、信用していたことで始まったデュエル。まずはデュエルで生き残る事が最優先ですが、その後もいろいろとゴタゴタしそうな予感です。梨沙の優しさで集まった仲間たちならなおさら、貫名や渚への意識がマイナス方向に振り切れやすいかもしれません。

いつも読んでいただけて励みになっております!
まったりと更新していきますので、次回もぜひお楽しみに! (2024-07-19 07:28)

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