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Report#95「無理解」 作:ランペル
「フフ……随分と感情的だ。その感情的な振る舞いをとても素敵だと評させてほしいね」
梨沙はぎりりと唇の端を噛み潰す。痛みのない体は、梨沙の湧き上がる感情を受け入れてはくれない。だらだらと血液を流しながら、なおも梨沙は叫ぶ。
「答えて!!なんで、河原さんを……!!」
「分かり切った事さ。彼は実験のルールに違反していた。元々殺処分するべくここへ送り込み、それに手間取っただけの事。65の0855番だって、彼が無力なのを知っているからこそ、念入りに敵対者が居ないか警戒していただろう?」
梨沙の心臓がキュッと締め上げられる。西澤の口ぶりは、つい先ほど周囲を念入りに警戒し確認していた梨沙の事を知っているものであったからだ。梨沙が丁寧に確認した時には、確かに西澤はおろか人の気配すらしなかった。しかし、河原は背後より襲撃され、焼き殺されてしまっている。西澤はどこから現れ、どこで梨沙の動向を見ていたというのか。この不可解さが梨沙の心根の奥の恐怖を揺らす。
「どこから来たんですか……私が見た時はどこにもいなかったはず……」
「あぁ、テレポートして来たからね。これを使って」
そう口にしながら西澤が自らのデュエルディスクより引き抜いた《緊急テレポート》のカードを翳す。
「盤外発動で……」
「ご明察さ、65の0855番。本来はデメリットで、日付の移り変わりと共に使用者の存在が消えてしまうんだが。ログアウトすれば、そのデメリットも不問になる訳だ」
西澤は、リスクの伴う効力を持つカードの盤外発動のリスクを無視して使用したと口にする。梨沙はもちろん、河原も襲撃に気づけなかったのも無理はない。何故なら、西澤は梨沙達の背後へ瞬間移動して、即座に河原を殺してしまったのだから。
「ふざけないで……。あなた、人を殺してなんとも思わないんですか?河原さんは、元々あなた達と一緒に実験を運営して来た人のはずでしょ!?なのに……なんでそんな簡単に殺したりなんか……」
「彼の存在はこの実験内において異物だからね。まぁ、彼の存在があったからこそ、君たちの行動に影響が出ている事を私個人としてはとても好意的に捉えているよ」
梨沙は、彼女の笑みの混ざった答えに首を横に振る。西澤へ向ける顔は歪み、視線は異常者を見るそれだ。そして、心から溢れるままに叫ぶ。その行動は、最大限の拒絶と共に、少しでも眼前の異常者を理解しようとする淡い期待も込められていた。
「違う……違う、私はそんな事聞きたいんじゃない!!」
そんな梨沙の叫びに応える西澤の淡い緑に発光する左目が嫌らしく細められていく。
「フフ……65の0855番。そういえば、目の前で知人を殺されたのは今回が初だったね。どうだい?守るべき対象が無残にも殺されてしまった感想は」
西澤の舐めるような視線、不快な笑み。異常者への理解を拒むことにした梨沙は、デュエルディスクを構え直し初期手札の5枚を引き抜く。
「許せない……。デュエルです。あなたに勝って、あなたにまともな会話をしてもらいます……」
「フフ……デュエルして65の0855番を排除するつもりはなかったんだけどね。だが、挑まれたからには仕方ないだろう。さぁ、君の渾身の怒りと拒絶……是非とも間近で見させて欲しい」
嬉々としてデッキから5枚のカードを引き抜き、梨沙のデュエルへと西澤が応じる。
「デュエル……」 LP:4000
「デュエル!」 LP:4000
ピー
「先攻は西澤様、後攻は裏野様になります。」
[ターン1]
「(先攻を取られた……)」
西澤がサイバース族を用いた高速の展開デッキである事は、渚からの情報により明らかになっている。それに対抗するべく調整した梨沙だが、そのデッキテンポを埋められる程の構築には出来ていない。その上で相手に先攻を取られた今回、ただでさえ怒りで冷静さを欠いている状況で幸先が悪い事この上なかった。
「フフ……浮かない顔をしている。69の0141番が伝えているであろう情報がどの様に活かされるのかを期待しているよ。私の先攻《ドロール&ロックバード》を通常召喚」
手札:5枚→4枚
西澤が繰り出したのは、鳥を従える少年。サイバース族でないどころか、そのモンスターの効果はドローやサーチを封じる手札誘発効果を内包しているカードだ。
「(なんでわざわざそんなモンスターを召喚して……)」
懸命に怒りの矛先をデュエルへと向けるべく、その不可解な西澤のプレイに意識を向ける梨沙。しかし、その疑問もすぐに解消される事となる。
「《ドロール&ロックバード》1体でリンクマーカーをセット。
リンク召喚。
LINK1《転生炎獣アルミラージ》」[攻0]
炎を纏ったリンク召喚のゲートを鳥獣を連れた少年が潜り抜け、代わりに飛び出したのは電子の炎を宿したウサギを彷彿とさせる生物だった。
「このリンク召喚成功時、手札の《パラレル・エクシード》の効果を発動だ。自身をアルミラージのリンク先へ特殊召喚できる」[守1000]
手札:4枚→3枚
《パラレル・エクシード》:☆8→4
アルミラージの元へ現れるのは、頭部にXがあしらわれた翼を持ったモンスター。
「(このモンスターを呼ぶために《ドロール&ロックバード》で、アルミラージをリンク召喚した……)」
リンク召喚へ反応して展開する効果を持つ《パラレル・エクシード》を呼び出すために、現状不要な手札誘発モンスターを《転生炎獣アルミラージ》へと変換した事になる。西澤の展開ルートに目を光らせる梨沙の眼前で、《パラレル・エクシード》が鳴き声を上げた。それへ呼び寄せられるように、新たな《パラレル・エクシード》がフィールドへと飛来する。
「自身の効果で特殊召喚された《パラレル・エクシード》のレベルと攻守は半減する。そして、特殊召喚時、デッキから2体目の《パラレル・エクシード》を呼び出す事が出来る」[守1000]
《パラレル・エクシード》:☆8→4
瞬く間に並び立ち、レベルの変化するモンスター達。西澤はすぐさま呼び出したモンスター2体をデュエルディスク上で重ね合わせ始める。
「エクシーズですか……」
梨沙の警戒と嫌悪のこもった声色に、西澤は笑みを交えながら解放されたEXデッキよりカードを引き抜く。
「65の0855番お得意の奴だろう?レベル4となった《パラレル・エクシード》2体でオーバーレイ。
エクシーズ召喚。
ランク4、《塊斬機ダランベルシアン》」[守0]
エクシーズ召喚の渦より巻き起った爆発から飛び上がるのは、金色の電磁波を迸らせた電脳世界の戦士。
「ダランベルシアンの効果発動。素材を2つ消費し、斬機カードである《斬機サーキュラー》をデッキから手札へ加える」
手札:3枚→4枚
双刃の剣を振るったダランベルシアンにより、空中で電子の乱れが起こる。その乱れは、救いを求める様にゆらゆらと西澤の手元へ流れれば、1枚のカードへと集約された。形成されたカードを掴むと同時に、デッキから飛び出すカードを墓地へ送り込む西澤。そして、その墓地肥やしを成したカードを梨沙へと翳す。
「デッキから斬機である《斬機ダイア》を墓地へ送り、手札の《斬機サーキュラー》の効果発動。自身を特殊召喚」[守1500]
手札:4枚→3枚
「墓地肥やしと展開を1枚で……」
揺らぎない西澤の展開へ呼応するように、素早くフィールドへ現れる銀色の装甲を纏う新たな電脳戦士。その出現に鼓舞されたのかダランベルシアンがアルミラージをその場で切り伏せる。
「アルミラージをリリースして、ダランベルシアンの効果を発動。墓地の《斬機ダイア》を特殊召喚」[守1500]
電子の刃に切り伏せられたアルミラージは電子の粒子と成り果て、それはすぐに純銀の装甲纏いし戦士へと変貌する。その登壇により、先に存在していたサーキュラーの銀色の装甲に虹色の光沢が現れ始めた。
「自身が存在する状態で他に斬機が特殊召喚されたことで、サーキュラーの効果発動。デッキから罠《斬機超階乗》を手札へ」
手札:3枚→4枚
排出されたカードを指先で掴むと、そのままディスク上のモンスターもまとめて拾い上げ墓地へと流し込む西澤。
「サーキュラーとダランベルシアンでリンクマーカーをセット。
リンク召喚。
LINK2、《サイバース・ウィキッド》」[攻800]
リンク召喚のゲートより、フードを被った黄緑髪の少年のモンスターが飛び出す。彼が出現したのは、梨沙から見て右側の場所。つまり、左エクストラモンスターゾーンへのリンク召喚が成されたのだ。
「エクシーズモンスターまで素材に……?(いや、あのモンスターはサーチとモンスターの入れ替え効果の2つを既に使ってる。元々、展開要員かつ素材に使うためのモンスターだったんだ)」
エクシーズモンスターさえも素材に活用する西澤のデッキ。それは、あくまで彼女のメインを据える召喚法がリンク召喚であることを裏付ける。
「続けて《斬機ダイア》1体でリンクマーカーをセット。
リンク召喚。
LINK1、《リングリボー》」[攻300]
ウィキッドの足元に位置する場所へ出現した正方形のゲート。そこへ、溶け込むようにダイアが素材となると、黒い球体上のモンスターが飛び出す。どこか愛嬌を感じさせるそのフォルムに反して、目つきの鋭い《リングリボー》が《サイバース・ウィキッド》を睨みを利かせながら見上げる。片目を隠した少年もまた、反抗的な目で《リングリボー》を見遣りながら、手に持つ杖を振るう。
「自身のリンク先へ特殊召喚された事で、《サイバース・ウィキッド》の効果発動。墓地から《パラレル・エクシード》を除外し、サイバース族のチューナーモンスター1体をデッキから手札に加える。
私が手札へ加えるのは……《バックアップ@イグニスター》」
手札:4枚→5枚
サーチされたカードが、西澤の手に加わった事を確認した梨沙は警戒を強める。そのカード名……恐らくはテーマに属する@イグニスターの名は、渚から聞かされた情報にはなかったものであった。
「@イグニスター……」
「あぁ、その反応。65の0855番は実に分かりやすいね」
緑眼の左目を細め嫌らしく笑う西澤に、梨沙は不快さと共に自分の浅はかさを悔いる。
「ぐ……(私のことを人として見ていないような目……ううん、それよりも私がすぐに反応してしまってるのが問題。あれは、渚さんとの話には出てこなかったカード。そして、その情報を知らないのが私の反応で、あの人に筒抜けになってしまっている……)」
「気にする事はないさ。69の0141番とのデュエルでは使用していないカードだからね。情報が出回らないのも、当然と言えば当然さ」
梨沙の思考を読み取るかのように、言葉を返す西澤。彼女の口にする番号に該当するのは話の流れからして、渚のことだろう。西澤は梨沙が渚より情報を受け取っていることを承知の上で今回梨沙の前へ現れ、河原を殺害している。梨沙が西澤への対抗策を練った様に、彼女もまた対策しているという事だ。
「あなたも対策してるって事ですか……。少しでも私達があなたとのデュエルを予測し辛い様に」
「フフ……私は観測者としての務めを果たすだけさ。君達被験者にとって高い壁でなければね。でなければ、わざわざ我々がここに来る必要などないのだから。
EXデッキから特殊召喚したモンスターが居る事で、手札の《バックアップ@イグニスター》を特殊召喚」[守800]
手札:5枚→4枚
予定の羅列された電子版を手に、優雅に降り立つのは電脳世界にて優秀な秘書を務める女性型のモンスター。紫の前髪を揺らし、与えられたタスクを指先で素早くこなす。
「特殊召喚時、デッキから闇属性サイバース族である《ウィザード@イグニスター》を手札へ加える。サーチ後、手札の《サイバネット・マイニング》を捨てる」
手札:4枚→5枚→4枚
西澤の手札が整頓されると、ディスク上のカードの整理が始まる。
「《バックアップ@イグニスター》と《リングリボー》の2体でリンクマーカーをセット。
リンク召喚。
LINK2、《スプラッシュ・メイジ》」[攻1100]
データの水飛沫を起こしながら、リンク召喚のゲートより電子の魔法使いが姿を現す。それに、呼応し西澤の手より闇の魔術師もフィールドへと顕現した。
「手札の《ウィザード@イグニスター》の効果発動。手札の自身と墓地の《バックアップ@イグニスター》を同時に特殊召喚」[守800][守800]
手札:4枚→3枚
紫の衣装に身を包んだ魔術師が、同じマークを有する《バックアップ@イグニスター》をフィールドへと呼び戻す。呼び戻された彼女の装着するレンズに瞬く間に情報が流れていく。その指令を遵守するべく、秘書と魔術師が電子の粒子となり虚空へ溶けていく。
「レベル4の《ウィザード@イグニスター》に、レベル3の《バックアップ@イグニスター》をチューニング。
シンクロ召喚。
レベル7、《ファイアウォール・S・ドラゴン》」[攻2300]
緑の粒子は瞬く間に3つの円陣へと姿を変え、そこへ紫の粒子が潜り抜ける。眩い光と共に顕現したのは、鋭い刃を備えた紫の守護竜。その存在は、襲い掛かる違反者をその刃で瞬く間に寸断されてしまいそうな程に威圧感を発していた。
「シンクロ召喚も使うんですね……」
「これも初お披露目だ。セイバー・ドラゴンのシンクロ召喚時の効果発動。墓地から闇属性サイバース族である、《ウィザード@イグニスター》を手札へ回収」
手札:3枚→4枚
頭部に備わった機器より、電磁の網が放たれる。その網は、空間へ溶け込んだはずの魔術師のデータを集め再構築していく。西澤が形成されたカードを確認し、手札へ納めるとフィールドに残る魔法使いが杖を構える。
「《スプラッシュ・メイジ》の効果発動。墓地から《斬機サーキュラー》を守備表示で特殊召喚。[守1500]
そのままサーキュラーを素材にリンクマーカーをセット。
リンク召喚。
LINK1、《リンク・デコーダー》」[攻300]
魔法使いにより再び形を成したサーキュラー。すぐさまゲートをくぐり、新たな電子の騎士へと姿を変えた。
「LINK2の《スプラッシュ・メイジ》と《リンク・デコーダー》の2体でリンクマーカーをセット。
リンク召喚。
LINK3、《トランスコード・トーカー》」[攻2300]
右と上下のマーカーが赤く灯る。ゲートの発光と共に飛び出すのは、橙色を基調とする装甲を纏った電子の世界の狙撃手。それを援護するべく、ゲートより素材となったはずの《リンク・デコーダー》が飛び出し剣を構える。
「《リンク・デコーダー》は、攻撃力2300以上のサイバース族のリンク素材として使用した場合、墓地から特殊召喚できる。
さらに、《トランスコード・トーカー》の効果により、墓地のリンク3以下のリンクモンスターを対象に自身のリンク先へ蘇生させる。私は墓地のリンク2、《スプラッシュ・メイジ》を特殊召喚する」[攻300][攻1100]
左手を翳した《トランスコード・トーカー》の元へ《スプラッシュ・メイジ》が電子の水飛沫と共に蘇る。
「素材に使われたモンスターがそのまま蘇生された……」
彼女が巧みに操る展開には一抹の淀みさえなく、間違いを起こすことなく展開ルートが紡がれている。梨沙の内に宿るのは、西澤への怒りや嫌悪感。しかし、彼女の織り成す洗練されたデュエルに梨沙は思わず舌を巻いていた。
「さぁ、65の0855番。これが君にとって第一の壁となる。
繋げ、進化を担うサーキット!召喚条件は効果モンスター3体以上。私はリンク3の《トランスコード・トーカー》、リンク2の《スプラッシュ・メイジ》に《ファイアウォール・S・ドラゴン》の3体でリンクマーカーをセット」
「シンクロモンスターまで素材に……」
ファイアウォール・ドラゴンをも巻き込んだリンク召喚。3体のモンスターが分裂し6つの軌跡を描きながら、8つ用意されたゲートのマーカーを6つ灯す。
「リンク召喚。
LINK6、《ファイアウォール・ドラゴン・シンギュラリティ》」[攻3500]
「これがリンク6……バチバチとすごい音……」
虹色の電波を辺りへ撒き散らし、周囲へラグを引き起こす程の高負荷の磁場を操る特異点に相応しい守護竜。その巨体が西澤のフィールドの中央へと鎮座する。
そして、その高い負荷に耐えかねる様に、西澤のデッキより1枚のカードがじわじわとデッキから這い出す。
「リンク素材に使用した《ファイアウォール・S・ドラゴン》の効果発動。デッキよりAi魔法カードの《繋がり-Ai-》を手札へ加える」
手札:4枚→5枚
「つながりあい……あなたみたいな人でも、そんなカードを使うんですね」
元同僚であっても平然と殺す人間。データの存在であるからと、人間の記憶を宿す自分達へ過酷な仕打ちを強いる西澤という人間からは到底想像し得ないカード名。デュエルに集中するべく抑え込んでいたはずの西澤への敵意が、ちょっとした事で蘇ってしまった。
「フフ……所詮はただのカード。私にとっては武器であると同時に、紙切れに過ぎないものさ」
「あなたは……人の命だけでなく、デュエルまで弄んでいるんですか?」
梨沙の冷徹に言い放たれる言葉に反して、西澤の不敵な笑みは決して崩れない。
「この環境を形成する上でデュエルという媒体が用いられていただけだしね。私からすれば、しっかりとした観測が行えるのであればこんなカードゲームをわざわざする必要なんかないと思うね」
梨沙は一瞬呼吸するのも忘れていた。眼前の女の言葉に開いた口がなかなか塞げないでいる。
「ここまで、これだけデュエルで争わせておいて……。別にデュエルである必要性はない?なんなんですかそれ。リアルソリッドビジョンを実用化させるための実験のはずですよね……?」
決して、この環境でのデュエルを肯定したい訳ではない。こんな人の争いと恨みにデュエルが使われてしまっている程に悲しく腹立たしい事もない。
だが、本来不要なはずの争いにわざわざデュエルが選ばれたこと。リアルソリッドビジョンを実用化させる為の実験と河原は語った。それらからは、観測者ないし実験の運営側に携わる人間もデュエルを愛しているはず。そこまでなかったとしても、愛着や熱意のような物はあるはずだと思っていた。彼女の見事なまでの展開ルートからも、デュエルに何かを見出している気がしたのだ。本当にどうでもいいなら、これ程綺麗なデュエルを展開できるとは思えない。そんな彼女のデュエルを見ていて、対話で理解が出来ぬのなら、デュエルを通じて理解しようと無意識の内に試みていた。
しかし、眼前の女は別にデュエルである必然性などないとそう宣ったのだ。
「そういう目的もあるだろうね。だけど、私がこの実験に見出している事とは大きく異なる。だから、別にデュエルをしようがしまいが、私からすればどうでもいい事なんだ」
彼女の言葉に、梨沙は一瞬頭が真っ白になる。
やがて訪れるのは、怒りと深い悲しみを伴う疑問。この終わりの見えない苦痛、恐怖の象徴にデュエルが選ばれたのは何故なのか。どうして、楽しむための、誰かにとっては掛け替えのない思い出かもしれない、そんなデュエルをこんな形で汚しているのか。デュエルでなくていいなら、ナイフでも持たせて殺し合わせばいいじゃないか。どうして私の大好きなデュエルが争いの道具に選ばれたのか。
梨沙は、西澤のあまりに悪辣な観測者としての無情な死生観。それだけに留まらず、人だけでなくデュエルに対する敬意さえも何も存在しない事に気づく。この女にとっては、被験者だけでなくデュエルそのものさえも、欲を満たす為の道具に過ぎないのだ。
「(許せない……許していい訳ない……)」
この人には一生分からないのだろう。大切な人が居なくなる悲しみ。大切な人を殺された辛さ。大切な思い出で誰かを傷つける苦しみ。大切な思い出で誰かを殺してしまう後悔。この人には、私の苦しみの1mmだって理解されない。
「あなたと話そうとした私がバカでした。ごめんなさい。早くデュエルを続けてください……」
梨沙の視線から西澤が消える。彼女にとって、感情を持った対話が無価値であると気づいたから。どれだけ心を揺らし訴えようとも、彼女には些末な事なのだ。人が死んでも、デュエルが殺しの道具になっても、彼女にとってはどうでもいいこと。
梨沙の無気力かつ侮蔑さえ諦めたような瞳と声に、西澤の値踏みするような緑眼が怪しく細められていく。
「65の0855番。せっかくだ、聞かせて欲しい」
彼女の声掛けに、反射的に梨沙の視線が西澤に向く。そこには……残虐な好奇心と期待を孕む下卑た笑みがあった。
「背後で焼き殺された河原の死に様と、大切な親友だったはずの70の1971番の死 体を見たのとでは……どちらがショックが大きかった?」
「……!!」
西澤が、殺害した河原とは別に口にした人物。大切な親友……番号呼びこそされているが、それが誰を指しているのかは梨沙にもすぐ察せた。
「あなた……あなたって人はぁ”ぁ”!!!?」
耐えられない。感情を向ける事がなんの価値もないと分かっていても……。梨沙はかつてない程の怒りに、どうにかなってしまいそうだった。
「あーその反応は、やはり70の1971番の死の方がショックだったという事だろうね。命に優劣が生まれるのは至極当然の事さ。河原は情報こそ落とせど、君へ生きる活力そのものを与えた70の1971番と比べれば、積み上げて来た貢献度が違う。65の0855番が河原の死よりも哀れみ感傷に浸るのも至極当然さ。気に病むことはない」
「どこまで、どこまで人のこと弄ぶつもりなんですか!?私たちがコピーだからですか!?コピーだったら、人格を持ってようが感情を持ってようが、ただの実験動物でしかないって言うんですか!実験動物なら……どれほど、心をいたぶっても……いいって、言うんですか……」
感情を吐き出す梨沙の言葉は、最後の方には力なく掠れていった。口にすればするほど、抑えようのない悲しみに憑りつかれてしまう。梨沙達は、実験側から人間として認識されていない。だから、西澤のあの言い回しも、全て梨沙がどのような反応をするかの為だけに発されているものに過ぎないの。その為とあれば、梨沙が傷つこうとも、元同僚の死を蔑ろにしようとも、アリスの死を……観測の為の材料にしようともなんともないのだ。
「いいや?私は君達の実験参加に心から敬意を表しているよ」
突如、西澤の口元から不敵な笑みが消え真剣な顔つきを見せる。
「はぁ……?」
「コピーされた人格だからって、人間扱いしない様な連中は確かに観測者の中に多く居るよ。だけどね、私は君達が確かな人間であると保証するよ」
「じゃ、じゃぁ……なんでこんなひどいことを続けられるんですか。人間だって……言ってくれるなら……どうして……」
西澤の口にした敬意という言葉。梨沙には今までの彼女の言動から、到底西澤がそんなものを持ち合わせている風に思えなかった。しかし、真剣さを垣間見せた西澤を前に、その真意を問うしかなかった。
「君達が進化の為に掛け替えのない礎となってくれるからだよ」
返って来る言葉に、梨沙の胸の奥底は軋み続ける。梨沙には嘲笑としか思えなかった彼女の敬意を表する発言は、西澤の本位であった。だからといって、梨沙の常識では計りきれない思考回路に変わりはない。同じ言語でありながら通じ合えない西澤という存在に、梨沙の心根に確実な恐怖が根を張り始めていく。
「我々は先代の人々が残してきた技術、経験、知識。そして、それらを残す為に払われた多くの犠牲の上で、科学を発展させてきた。そんな先人達に私は心より敬意を表している。それは、君達も同じだ。我々人類が、新人類へと向かう為に必要な実験を君達は実証してくれている」
「新……人類……?」
訳の分からない西澤の思考回路に、梨沙は戸惑いと共に言葉を反復するしかなかった。
「そうさ!この電子の世界こそ、我々人類が進むべき新たな世界なのだよ」
彼女の言葉に、梨沙の思考はかき乱され続けている。どうにか咀嚼し飲み込もうとすれども、西澤が嬉々として語る言葉を梨沙の脳では処理しきれないのだ。
「……何を、言ってるんですか」
どうにか絞り出した言葉は、困惑。それを待っていたと言わんばかりに、西澤は求めている以上に饒舌な唇を動かし、戯言を撒き散らし始めた。
「人を人足らしめるものはなんだ?すなわち、感情だ。つまりは、考える力。何かを考え生み出そうとするから、ここまで人類は進化を続けてきた。逆説的に、それさえあれば我々は人間なのだ。肉体など不都合な器を使う必要はない。食欲?睡眠欲?性 欲?そんなものにどれ程の時間を浪費させられている?無駄なんだそんなもの。だが、肉体に縛られている以上、数多の欲望が生まれるのは摂理。他にも肉体に欠陥が生じれば、どれ程に才能に富んだものでさえ、無価値な健常者以下の烙印を押し付けられる。本来、そういったくだらない損失で、人間の本質は語られるべきでない。
だが、この仮想現実ならばどうだ?肉体という名をしたハードのスペックなど、自在に設定が可能なのだ。生物由来の本能や欲望も不要だ。純粋に知だけを備えた高尚な存在へと生まれ変わるのだよ」
梨沙の表情が歪む。その根幹にあるのは戸惑い。
「(滅茶苦茶だ……)」
西澤はこの電子の世界こそが、人間の進化の到達点だと口にしている。だが、実際に行っているのは殺し合いの頻発する決闘実験でしかない。
「だったら……なんで、私たちをおもちゃみたいな扱いをするんですか。あなたの言ってる事、支離滅裂じゃないですか!?」
「それは文字通り実験段階だからさ。どの程度のストレスならば、この電子の世界で無益な争いに発展しないのか、はたまたどれ程のスペックならば精神が負荷に耐えられるのかとかね」
西澤の口元に再び笑みが浮かぶと、梨沙を定める様に見る。
「その点では、65の0855番。君は実に被検体として素晴らしい記録を残してくれている。精神の崩落による痛覚と味覚の遮断。それ程の精神的負荷を抱えながらも直向きに希望を追い求め、笑顔さえ振りまく君の感情の振れは、とても良い研究材料になり得るものだ」
「いい加減にしてください……!そんな事どうでもいいです。この世界が人間の進化?バカな事言わないでください。ここは、人の痛みや苦しみ、悲しみがひしめき合ってる。こんな場所が、進化の到達点になるなんて私が許しません」
激しく揺り動かされた感情の果てに、困惑という停滞を迎えた梨沙の精神は疲弊しきっていた。荒々しい息を溢しながらも、懸命に西澤の理想を否定するべく言葉を紡ぐ。
「人類史に大きな成長が訪れるのは、いつだって大きな犠牲が生まれた時なのさ。君等の犠牲が未来の多くの人々の豊かな幸福へと繋がるという訳だ。現に、これほどに劣悪な実験環境においても、これを救済と感じてくれている者も多くいたからね」
首をぶんぶんと振るう。形だけでも、西澤がおかしいという事をアピールしなければならない。それと同時に、自らの正気を保つためにもこの女の言葉は否定しないといけない。
「救済……?訳が分かりません。こんな場所でいつ死ぬかも分からない様な場所が、救済になるなんて――」
「君の友人だった70の1971番が、その最たる例だよ」
「っぁぁぁああああ”あ”あ”……!!」
梨沙の視界は暗転する。気が付いた時には、梨沙の身体はその場へ伏していた。その右の拳は強く握り込まれ、依然ふるふると震えている。
限界を迎えた梨沙の感情が、反射的に西澤へと殴りかかろうと身体を突き動かした。しかし、負傷した足が衝動の負荷に耐えかね、梨沙の身体をその場に倒したのだ。
「…………」
拳を強く握りしめながらゆっくりと膝をつき上体を起こす。そんな梨沙に、楽しそうな笑い声を洩らしながら西澤が声をかける。
「フフ、フフフ……ほら、どうしたんだ65の0855番。君にとって、デュエルは楽しむものなんだろう?」
「うぅ、うぅぅぅぅ………」
悔しさで梨沙の目元から涙が頬を伝う。痛々しい身体は苦しい程になんの痛みもない癖に、心ばかりがこんなにも傷付きすり減っていく。
「ふざけるな……ふざけないでよ……!!?」
思いっきり地面を拳で叩き付け、西澤を今までの誰に向けたものよりも強く深く睨みつける。
「なんで、あなたなんかにアリスさんをバカにされないといけないんですか!?あなたなんかがアリスさんの生き方に口出ししていい訳ないでしょ!?アリスさんは、私を助けてくれた……人が殺し合うこんな場所に傷ついてた……。
だから、私を助けてくれたんだ!穂香ちゃんを助けに行ったんだ!誰かのために戦い続けてた!そんな人の事を……あなたなんかが語らないでよ!!何にも分からないのに!!人の気持ちなんか一切理解できてない癖に!!ふざけないでよ!!いい加減にしてよ!!アリスさんの事バカにしないでよぉ!!」
梨沙は涙でぐしゃぐしゃの顔で、もはや怒りなのかどうかも定まらない感情で西澤に喚き続けた。自分はまだしも、何故アリスの事をあたかも知ったような風に喋るのか。恩人であり、失いたくなかった大切な人を愚弄されるのが辛くて辛くて堪らない。抑えられない。
「フフフ……すごいね君は」
「……なにが……何がおかしいんですか……」
口元を抑え、笑いを堪えられないとでも言いたげな西澤を、梨沙はただ涙ながら睨む事しか出来ないでいた。
「君が彼女と交わした時間はせいぜい、2,3日のはずだ。そんな短時間で彼女の何を分かった気になっているのかなと」
「なに、を…………」
西澤は笑みと共に、光り輝く緑眼で梨沙を見据える。彼女の口ぶりは、まるで梨沙も知らないアリスの何かを知っているかのような……そんな口ぶりをしていたからだ。
「たった数日の交流だけで、君は彼女の全てを知っているかのように話すじゃないか。果たして、君の見た彼女は本当の彼女だったのかい?」
西澤の言葉に、梨沙は一瞬口を噤んだ。彼女の言葉に間違いはない。親しくなったとは言え、アリスの全てを知っているとは言えないだろう。しかし、梨沙がアリスと交わした時間は紛れもない本物だ。梨沙は顔を上げ、西澤へ正面から言葉を返す。
「……アリスさんは苦しんでました。もう1人のアリスさんが居たのだって、アリスさんがたくさん辛い目にあったから。でも、自分がそんなに辛いのに、誰かの為に行動してた。少なくとも……私が助けられたのは本当の事なんです。全部は分からないかもしれないけど……私の見てきたアリスさんは、私の知ってるアリスさんなんです!!」
親しい間柄だったとしても、たとえ身内でも、何もかも全てを知る事など出来やしない。ましてやする必要もない。だからこそ、梨沙は自分の見てきたアリスの姿に正しさを感じていた。そして、実際にアリスの行動が梨沙という人間を救っている。梨沙は自らが救われた証人として、自信を持って西澤へ訴える。それは同時に、ある種の弁明でもあった。
「もちろん、65の0855番が70の1971番と作った繋がりも真実だろう。フフ……でも、それが最期の瞬間に揺れていなかったか?」
「最後……?」
「彼女が死んだ原因。彼女が突然怒り狂い、人格が入れ替わってまでデュエルを始めた理由だよ」
「……!!」
邪悪な観測者西澤が何度目かの笑みをこぼす。こんな女の話に惑わされてはいけない。頭では分かっていても、彼女の唱えた疑問点は既に梨沙の脳を侵し尽くしていた。
「(アリスさん……あなたは、どうしてデュエルを始めたの……?)」
梨沙はぎりりと唇の端を噛み潰す。痛みのない体は、梨沙の湧き上がる感情を受け入れてはくれない。だらだらと血液を流しながら、なおも梨沙は叫ぶ。
「答えて!!なんで、河原さんを……!!」
「分かり切った事さ。彼は実験のルールに違反していた。元々殺処分するべくここへ送り込み、それに手間取っただけの事。65の0855番だって、彼が無力なのを知っているからこそ、念入りに敵対者が居ないか警戒していただろう?」
梨沙の心臓がキュッと締め上げられる。西澤の口ぶりは、つい先ほど周囲を念入りに警戒し確認していた梨沙の事を知っているものであったからだ。梨沙が丁寧に確認した時には、確かに西澤はおろか人の気配すらしなかった。しかし、河原は背後より襲撃され、焼き殺されてしまっている。西澤はどこから現れ、どこで梨沙の動向を見ていたというのか。この不可解さが梨沙の心根の奥の恐怖を揺らす。
「どこから来たんですか……私が見た時はどこにもいなかったはず……」
「あぁ、テレポートして来たからね。これを使って」
そう口にしながら西澤が自らのデュエルディスクより引き抜いた《緊急テレポート》のカードを翳す。
「盤外発動で……」
「ご明察さ、65の0855番。本来はデメリットで、日付の移り変わりと共に使用者の存在が消えてしまうんだが。ログアウトすれば、そのデメリットも不問になる訳だ」
西澤は、リスクの伴う効力を持つカードの盤外発動のリスクを無視して使用したと口にする。梨沙はもちろん、河原も襲撃に気づけなかったのも無理はない。何故なら、西澤は梨沙達の背後へ瞬間移動して、即座に河原を殺してしまったのだから。
「ふざけないで……。あなた、人を殺してなんとも思わないんですか?河原さんは、元々あなた達と一緒に実験を運営して来た人のはずでしょ!?なのに……なんでそんな簡単に殺したりなんか……」
「彼の存在はこの実験内において異物だからね。まぁ、彼の存在があったからこそ、君たちの行動に影響が出ている事を私個人としてはとても好意的に捉えているよ」
梨沙は、彼女の笑みの混ざった答えに首を横に振る。西澤へ向ける顔は歪み、視線は異常者を見るそれだ。そして、心から溢れるままに叫ぶ。その行動は、最大限の拒絶と共に、少しでも眼前の異常者を理解しようとする淡い期待も込められていた。
「違う……違う、私はそんな事聞きたいんじゃない!!」
そんな梨沙の叫びに応える西澤の淡い緑に発光する左目が嫌らしく細められていく。
「フフ……65の0855番。そういえば、目の前で知人を殺されたのは今回が初だったね。どうだい?守るべき対象が無残にも殺されてしまった感想は」
西澤の舐めるような視線、不快な笑み。異常者への理解を拒むことにした梨沙は、デュエルディスクを構え直し初期手札の5枚を引き抜く。
「許せない……。デュエルです。あなたに勝って、あなたにまともな会話をしてもらいます……」
「フフ……デュエルして65の0855番を排除するつもりはなかったんだけどね。だが、挑まれたからには仕方ないだろう。さぁ、君の渾身の怒りと拒絶……是非とも間近で見させて欲しい」
嬉々としてデッキから5枚のカードを引き抜き、梨沙のデュエルへと西澤が応じる。
「デュエル……」 LP:4000
「デュエル!」 LP:4000
ピー
「先攻は西澤様、後攻は裏野様になります。」
[ターン1]
「(先攻を取られた……)」
西澤がサイバース族を用いた高速の展開デッキである事は、渚からの情報により明らかになっている。それに対抗するべく調整した梨沙だが、そのデッキテンポを埋められる程の構築には出来ていない。その上で相手に先攻を取られた今回、ただでさえ怒りで冷静さを欠いている状況で幸先が悪い事この上なかった。
「フフ……浮かない顔をしている。69の0141番が伝えているであろう情報がどの様に活かされるのかを期待しているよ。私の先攻《ドロール&ロックバード》を通常召喚」
手札:5枚→4枚
西澤が繰り出したのは、鳥を従える少年。サイバース族でないどころか、そのモンスターの効果はドローやサーチを封じる手札誘発効果を内包しているカードだ。
「(なんでわざわざそんなモンスターを召喚して……)」
懸命に怒りの矛先をデュエルへと向けるべく、その不可解な西澤のプレイに意識を向ける梨沙。しかし、その疑問もすぐに解消される事となる。
「《ドロール&ロックバード》1体でリンクマーカーをセット。
リンク召喚。
LINK1《転生炎獣アルミラージ》」[攻0]
炎を纏ったリンク召喚のゲートを鳥獣を連れた少年が潜り抜け、代わりに飛び出したのは電子の炎を宿したウサギを彷彿とさせる生物だった。
「このリンク召喚成功時、手札の《パラレル・エクシード》の効果を発動だ。自身をアルミラージのリンク先へ特殊召喚できる」[守1000]
手札:4枚→3枚
《パラレル・エクシード》:☆8→4
アルミラージの元へ現れるのは、頭部にXがあしらわれた翼を持ったモンスター。
「(このモンスターを呼ぶために《ドロール&ロックバード》で、アルミラージをリンク召喚した……)」
リンク召喚へ反応して展開する効果を持つ《パラレル・エクシード》を呼び出すために、現状不要な手札誘発モンスターを《転生炎獣アルミラージ》へと変換した事になる。西澤の展開ルートに目を光らせる梨沙の眼前で、《パラレル・エクシード》が鳴き声を上げた。それへ呼び寄せられるように、新たな《パラレル・エクシード》がフィールドへと飛来する。
「自身の効果で特殊召喚された《パラレル・エクシード》のレベルと攻守は半減する。そして、特殊召喚時、デッキから2体目の《パラレル・エクシード》を呼び出す事が出来る」[守1000]
《パラレル・エクシード》:☆8→4
瞬く間に並び立ち、レベルの変化するモンスター達。西澤はすぐさま呼び出したモンスター2体をデュエルディスク上で重ね合わせ始める。
「エクシーズですか……」
梨沙の警戒と嫌悪のこもった声色に、西澤は笑みを交えながら解放されたEXデッキよりカードを引き抜く。
「65の0855番お得意の奴だろう?レベル4となった《パラレル・エクシード》2体でオーバーレイ。
エクシーズ召喚。
ランク4、《塊斬機ダランベルシアン》」[守0]
エクシーズ召喚の渦より巻き起った爆発から飛び上がるのは、金色の電磁波を迸らせた電脳世界の戦士。
「ダランベルシアンの効果発動。素材を2つ消費し、斬機カードである《斬機サーキュラー》をデッキから手札へ加える」
手札:3枚→4枚
双刃の剣を振るったダランベルシアンにより、空中で電子の乱れが起こる。その乱れは、救いを求める様にゆらゆらと西澤の手元へ流れれば、1枚のカードへと集約された。形成されたカードを掴むと同時に、デッキから飛び出すカードを墓地へ送り込む西澤。そして、その墓地肥やしを成したカードを梨沙へと翳す。
「デッキから斬機である《斬機ダイア》を墓地へ送り、手札の《斬機サーキュラー》の効果発動。自身を特殊召喚」[守1500]
手札:4枚→3枚
「墓地肥やしと展開を1枚で……」
揺らぎない西澤の展開へ呼応するように、素早くフィールドへ現れる銀色の装甲を纏う新たな電脳戦士。その出現に鼓舞されたのかダランベルシアンがアルミラージをその場で切り伏せる。
「アルミラージをリリースして、ダランベルシアンの効果を発動。墓地の《斬機ダイア》を特殊召喚」[守1500]
電子の刃に切り伏せられたアルミラージは電子の粒子と成り果て、それはすぐに純銀の装甲纏いし戦士へと変貌する。その登壇により、先に存在していたサーキュラーの銀色の装甲に虹色の光沢が現れ始めた。
「自身が存在する状態で他に斬機が特殊召喚されたことで、サーキュラーの効果発動。デッキから罠《斬機超階乗》を手札へ」
手札:3枚→4枚
排出されたカードを指先で掴むと、そのままディスク上のモンスターもまとめて拾い上げ墓地へと流し込む西澤。
「サーキュラーとダランベルシアンでリンクマーカーをセット。
リンク召喚。
LINK2、《サイバース・ウィキッド》」[攻800]
リンク召喚のゲートより、フードを被った黄緑髪の少年のモンスターが飛び出す。彼が出現したのは、梨沙から見て右側の場所。つまり、左エクストラモンスターゾーンへのリンク召喚が成されたのだ。
「エクシーズモンスターまで素材に……?(いや、あのモンスターはサーチとモンスターの入れ替え効果の2つを既に使ってる。元々、展開要員かつ素材に使うためのモンスターだったんだ)」
エクシーズモンスターさえも素材に活用する西澤のデッキ。それは、あくまで彼女のメインを据える召喚法がリンク召喚であることを裏付ける。
「続けて《斬機ダイア》1体でリンクマーカーをセット。
リンク召喚。
LINK1、《リングリボー》」[攻300]
ウィキッドの足元に位置する場所へ出現した正方形のゲート。そこへ、溶け込むようにダイアが素材となると、黒い球体上のモンスターが飛び出す。どこか愛嬌を感じさせるそのフォルムに反して、目つきの鋭い《リングリボー》が《サイバース・ウィキッド》を睨みを利かせながら見上げる。片目を隠した少年もまた、反抗的な目で《リングリボー》を見遣りながら、手に持つ杖を振るう。
「自身のリンク先へ特殊召喚された事で、《サイバース・ウィキッド》の効果発動。墓地から《パラレル・エクシード》を除外し、サイバース族のチューナーモンスター1体をデッキから手札に加える。
私が手札へ加えるのは……《バックアップ@イグニスター》」
手札:4枚→5枚
サーチされたカードが、西澤の手に加わった事を確認した梨沙は警戒を強める。そのカード名……恐らくはテーマに属する@イグニスターの名は、渚から聞かされた情報にはなかったものであった。
「@イグニスター……」
「あぁ、その反応。65の0855番は実に分かりやすいね」
緑眼の左目を細め嫌らしく笑う西澤に、梨沙は不快さと共に自分の浅はかさを悔いる。
「ぐ……(私のことを人として見ていないような目……ううん、それよりも私がすぐに反応してしまってるのが問題。あれは、渚さんとの話には出てこなかったカード。そして、その情報を知らないのが私の反応で、あの人に筒抜けになってしまっている……)」
「気にする事はないさ。69の0141番とのデュエルでは使用していないカードだからね。情報が出回らないのも、当然と言えば当然さ」
梨沙の思考を読み取るかのように、言葉を返す西澤。彼女の口にする番号に該当するのは話の流れからして、渚のことだろう。西澤は梨沙が渚より情報を受け取っていることを承知の上で今回梨沙の前へ現れ、河原を殺害している。梨沙が西澤への対抗策を練った様に、彼女もまた対策しているという事だ。
「あなたも対策してるって事ですか……。少しでも私達があなたとのデュエルを予測し辛い様に」
「フフ……私は観測者としての務めを果たすだけさ。君達被験者にとって高い壁でなければね。でなければ、わざわざ我々がここに来る必要などないのだから。
EXデッキから特殊召喚したモンスターが居る事で、手札の《バックアップ@イグニスター》を特殊召喚」[守800]
手札:5枚→4枚
予定の羅列された電子版を手に、優雅に降り立つのは電脳世界にて優秀な秘書を務める女性型のモンスター。紫の前髪を揺らし、与えられたタスクを指先で素早くこなす。
「特殊召喚時、デッキから闇属性サイバース族である《ウィザード@イグニスター》を手札へ加える。サーチ後、手札の《サイバネット・マイニング》を捨てる」
手札:4枚→5枚→4枚
西澤の手札が整頓されると、ディスク上のカードの整理が始まる。
「《バックアップ@イグニスター》と《リングリボー》の2体でリンクマーカーをセット。
リンク召喚。
LINK2、《スプラッシュ・メイジ》」[攻1100]
データの水飛沫を起こしながら、リンク召喚のゲートより電子の魔法使いが姿を現す。それに、呼応し西澤の手より闇の魔術師もフィールドへと顕現した。
「手札の《ウィザード@イグニスター》の効果発動。手札の自身と墓地の《バックアップ@イグニスター》を同時に特殊召喚」[守800][守800]
手札:4枚→3枚
紫の衣装に身を包んだ魔術師が、同じマークを有する《バックアップ@イグニスター》をフィールドへと呼び戻す。呼び戻された彼女の装着するレンズに瞬く間に情報が流れていく。その指令を遵守するべく、秘書と魔術師が電子の粒子となり虚空へ溶けていく。
「レベル4の《ウィザード@イグニスター》に、レベル3の《バックアップ@イグニスター》をチューニング。
シンクロ召喚。
レベル7、《ファイアウォール・S・ドラゴン》」[攻2300]
緑の粒子は瞬く間に3つの円陣へと姿を変え、そこへ紫の粒子が潜り抜ける。眩い光と共に顕現したのは、鋭い刃を備えた紫の守護竜。その存在は、襲い掛かる違反者をその刃で瞬く間に寸断されてしまいそうな程に威圧感を発していた。
「シンクロ召喚も使うんですね……」
「これも初お披露目だ。セイバー・ドラゴンのシンクロ召喚時の効果発動。墓地から闇属性サイバース族である、《ウィザード@イグニスター》を手札へ回収」
手札:3枚→4枚
頭部に備わった機器より、電磁の網が放たれる。その網は、空間へ溶け込んだはずの魔術師のデータを集め再構築していく。西澤が形成されたカードを確認し、手札へ納めるとフィールドに残る魔法使いが杖を構える。
「《スプラッシュ・メイジ》の効果発動。墓地から《斬機サーキュラー》を守備表示で特殊召喚。[守1500]
そのままサーキュラーを素材にリンクマーカーをセット。
リンク召喚。
LINK1、《リンク・デコーダー》」[攻300]
魔法使いにより再び形を成したサーキュラー。すぐさまゲートをくぐり、新たな電子の騎士へと姿を変えた。
「LINK2の《スプラッシュ・メイジ》と《リンク・デコーダー》の2体でリンクマーカーをセット。
リンク召喚。
LINK3、《トランスコード・トーカー》」[攻2300]
右と上下のマーカーが赤く灯る。ゲートの発光と共に飛び出すのは、橙色を基調とする装甲を纏った電子の世界の狙撃手。それを援護するべく、ゲートより素材となったはずの《リンク・デコーダー》が飛び出し剣を構える。
「《リンク・デコーダー》は、攻撃力2300以上のサイバース族のリンク素材として使用した場合、墓地から特殊召喚できる。
さらに、《トランスコード・トーカー》の効果により、墓地のリンク3以下のリンクモンスターを対象に自身のリンク先へ蘇生させる。私は墓地のリンク2、《スプラッシュ・メイジ》を特殊召喚する」[攻300][攻1100]
左手を翳した《トランスコード・トーカー》の元へ《スプラッシュ・メイジ》が電子の水飛沫と共に蘇る。
「素材に使われたモンスターがそのまま蘇生された……」
彼女が巧みに操る展開には一抹の淀みさえなく、間違いを起こすことなく展開ルートが紡がれている。梨沙の内に宿るのは、西澤への怒りや嫌悪感。しかし、彼女の織り成す洗練されたデュエルに梨沙は思わず舌を巻いていた。
「さぁ、65の0855番。これが君にとって第一の壁となる。
繋げ、進化を担うサーキット!召喚条件は効果モンスター3体以上。私はリンク3の《トランスコード・トーカー》、リンク2の《スプラッシュ・メイジ》に《ファイアウォール・S・ドラゴン》の3体でリンクマーカーをセット」
「シンクロモンスターまで素材に……」
ファイアウォール・ドラゴンをも巻き込んだリンク召喚。3体のモンスターが分裂し6つの軌跡を描きながら、8つ用意されたゲートのマーカーを6つ灯す。
「リンク召喚。
LINK6、《ファイアウォール・ドラゴン・シンギュラリティ》」[攻3500]
「これがリンク6……バチバチとすごい音……」
虹色の電波を辺りへ撒き散らし、周囲へラグを引き起こす程の高負荷の磁場を操る特異点に相応しい守護竜。その巨体が西澤のフィールドの中央へと鎮座する。
そして、その高い負荷に耐えかねる様に、西澤のデッキより1枚のカードがじわじわとデッキから這い出す。
「リンク素材に使用した《ファイアウォール・S・ドラゴン》の効果発動。デッキよりAi魔法カードの《繋がり-Ai-》を手札へ加える」
手札:4枚→5枚
「つながりあい……あなたみたいな人でも、そんなカードを使うんですね」
元同僚であっても平然と殺す人間。データの存在であるからと、人間の記憶を宿す自分達へ過酷な仕打ちを強いる西澤という人間からは到底想像し得ないカード名。デュエルに集中するべく抑え込んでいたはずの西澤への敵意が、ちょっとした事で蘇ってしまった。
「フフ……所詮はただのカード。私にとっては武器であると同時に、紙切れに過ぎないものさ」
「あなたは……人の命だけでなく、デュエルまで弄んでいるんですか?」
梨沙の冷徹に言い放たれる言葉に反して、西澤の不敵な笑みは決して崩れない。
「この環境を形成する上でデュエルという媒体が用いられていただけだしね。私からすれば、しっかりとした観測が行えるのであればこんなカードゲームをわざわざする必要なんかないと思うね」
梨沙は一瞬呼吸するのも忘れていた。眼前の女の言葉に開いた口がなかなか塞げないでいる。
「ここまで、これだけデュエルで争わせておいて……。別にデュエルである必要性はない?なんなんですかそれ。リアルソリッドビジョンを実用化させるための実験のはずですよね……?」
決して、この環境でのデュエルを肯定したい訳ではない。こんな人の争いと恨みにデュエルが使われてしまっている程に悲しく腹立たしい事もない。
だが、本来不要なはずの争いにわざわざデュエルが選ばれたこと。リアルソリッドビジョンを実用化させる為の実験と河原は語った。それらからは、観測者ないし実験の運営側に携わる人間もデュエルを愛しているはず。そこまでなかったとしても、愛着や熱意のような物はあるはずだと思っていた。彼女の見事なまでの展開ルートからも、デュエルに何かを見出している気がしたのだ。本当にどうでもいいなら、これ程綺麗なデュエルを展開できるとは思えない。そんな彼女のデュエルを見ていて、対話で理解が出来ぬのなら、デュエルを通じて理解しようと無意識の内に試みていた。
しかし、眼前の女は別にデュエルである必然性などないとそう宣ったのだ。
「そういう目的もあるだろうね。だけど、私がこの実験に見出している事とは大きく異なる。だから、別にデュエルをしようがしまいが、私からすればどうでもいい事なんだ」
彼女の言葉に、梨沙は一瞬頭が真っ白になる。
やがて訪れるのは、怒りと深い悲しみを伴う疑問。この終わりの見えない苦痛、恐怖の象徴にデュエルが選ばれたのは何故なのか。どうして、楽しむための、誰かにとっては掛け替えのない思い出かもしれない、そんなデュエルをこんな形で汚しているのか。デュエルでなくていいなら、ナイフでも持たせて殺し合わせばいいじゃないか。どうして私の大好きなデュエルが争いの道具に選ばれたのか。
梨沙は、西澤のあまりに悪辣な観測者としての無情な死生観。それだけに留まらず、人だけでなくデュエルに対する敬意さえも何も存在しない事に気づく。この女にとっては、被験者だけでなくデュエルそのものさえも、欲を満たす為の道具に過ぎないのだ。
「(許せない……許していい訳ない……)」
この人には一生分からないのだろう。大切な人が居なくなる悲しみ。大切な人を殺された辛さ。大切な思い出で誰かを傷つける苦しみ。大切な思い出で誰かを殺してしまう後悔。この人には、私の苦しみの1mmだって理解されない。
「あなたと話そうとした私がバカでした。ごめんなさい。早くデュエルを続けてください……」
梨沙の視線から西澤が消える。彼女にとって、感情を持った対話が無価値であると気づいたから。どれだけ心を揺らし訴えようとも、彼女には些末な事なのだ。人が死んでも、デュエルが殺しの道具になっても、彼女にとってはどうでもいいこと。
梨沙の無気力かつ侮蔑さえ諦めたような瞳と声に、西澤の値踏みするような緑眼が怪しく細められていく。
「65の0855番。せっかくだ、聞かせて欲しい」
彼女の声掛けに、反射的に梨沙の視線が西澤に向く。そこには……残虐な好奇心と期待を孕む下卑た笑みがあった。
「背後で焼き殺された河原の死に様と、大切な親友だったはずの70の1971番の死 体を見たのとでは……どちらがショックが大きかった?」
「……!!」
西澤が、殺害した河原とは別に口にした人物。大切な親友……番号呼びこそされているが、それが誰を指しているのかは梨沙にもすぐ察せた。
「あなた……あなたって人はぁ”ぁ”!!!?」
耐えられない。感情を向ける事がなんの価値もないと分かっていても……。梨沙はかつてない程の怒りに、どうにかなってしまいそうだった。
「あーその反応は、やはり70の1971番の死の方がショックだったという事だろうね。命に優劣が生まれるのは至極当然の事さ。河原は情報こそ落とせど、君へ生きる活力そのものを与えた70の1971番と比べれば、積み上げて来た貢献度が違う。65の0855番が河原の死よりも哀れみ感傷に浸るのも至極当然さ。気に病むことはない」
「どこまで、どこまで人のこと弄ぶつもりなんですか!?私たちがコピーだからですか!?コピーだったら、人格を持ってようが感情を持ってようが、ただの実験動物でしかないって言うんですか!実験動物なら……どれほど、心をいたぶっても……いいって、言うんですか……」
感情を吐き出す梨沙の言葉は、最後の方には力なく掠れていった。口にすればするほど、抑えようのない悲しみに憑りつかれてしまう。梨沙達は、実験側から人間として認識されていない。だから、西澤のあの言い回しも、全て梨沙がどのような反応をするかの為だけに発されているものに過ぎないの。その為とあれば、梨沙が傷つこうとも、元同僚の死を蔑ろにしようとも、アリスの死を……観測の為の材料にしようともなんともないのだ。
「いいや?私は君達の実験参加に心から敬意を表しているよ」
突如、西澤の口元から不敵な笑みが消え真剣な顔つきを見せる。
「はぁ……?」
「コピーされた人格だからって、人間扱いしない様な連中は確かに観測者の中に多く居るよ。だけどね、私は君達が確かな人間であると保証するよ」
「じゃ、じゃぁ……なんでこんなひどいことを続けられるんですか。人間だって……言ってくれるなら……どうして……」
西澤の口にした敬意という言葉。梨沙には今までの彼女の言動から、到底西澤がそんなものを持ち合わせている風に思えなかった。しかし、真剣さを垣間見せた西澤を前に、その真意を問うしかなかった。
「君達が進化の為に掛け替えのない礎となってくれるからだよ」
返って来る言葉に、梨沙の胸の奥底は軋み続ける。梨沙には嘲笑としか思えなかった彼女の敬意を表する発言は、西澤の本位であった。だからといって、梨沙の常識では計りきれない思考回路に変わりはない。同じ言語でありながら通じ合えない西澤という存在に、梨沙の心根に確実な恐怖が根を張り始めていく。
「我々は先代の人々が残してきた技術、経験、知識。そして、それらを残す為に払われた多くの犠牲の上で、科学を発展させてきた。そんな先人達に私は心より敬意を表している。それは、君達も同じだ。我々人類が、新人類へと向かう為に必要な実験を君達は実証してくれている」
「新……人類……?」
訳の分からない西澤の思考回路に、梨沙は戸惑いと共に言葉を反復するしかなかった。
「そうさ!この電子の世界こそ、我々人類が進むべき新たな世界なのだよ」
彼女の言葉に、梨沙の思考はかき乱され続けている。どうにか咀嚼し飲み込もうとすれども、西澤が嬉々として語る言葉を梨沙の脳では処理しきれないのだ。
「……何を、言ってるんですか」
どうにか絞り出した言葉は、困惑。それを待っていたと言わんばかりに、西澤は求めている以上に饒舌な唇を動かし、戯言を撒き散らし始めた。
「人を人足らしめるものはなんだ?すなわち、感情だ。つまりは、考える力。何かを考え生み出そうとするから、ここまで人類は進化を続けてきた。逆説的に、それさえあれば我々は人間なのだ。肉体など不都合な器を使う必要はない。食欲?睡眠欲?性 欲?そんなものにどれ程の時間を浪費させられている?無駄なんだそんなもの。だが、肉体に縛られている以上、数多の欲望が生まれるのは摂理。他にも肉体に欠陥が生じれば、どれ程に才能に富んだものでさえ、無価値な健常者以下の烙印を押し付けられる。本来、そういったくだらない損失で、人間の本質は語られるべきでない。
だが、この仮想現実ならばどうだ?肉体という名をしたハードのスペックなど、自在に設定が可能なのだ。生物由来の本能や欲望も不要だ。純粋に知だけを備えた高尚な存在へと生まれ変わるのだよ」
梨沙の表情が歪む。その根幹にあるのは戸惑い。
「(滅茶苦茶だ……)」
西澤はこの電子の世界こそが、人間の進化の到達点だと口にしている。だが、実際に行っているのは殺し合いの頻発する決闘実験でしかない。
「だったら……なんで、私たちをおもちゃみたいな扱いをするんですか。あなたの言ってる事、支離滅裂じゃないですか!?」
「それは文字通り実験段階だからさ。どの程度のストレスならば、この電子の世界で無益な争いに発展しないのか、はたまたどれ程のスペックならば精神が負荷に耐えられるのかとかね」
西澤の口元に再び笑みが浮かぶと、梨沙を定める様に見る。
「その点では、65の0855番。君は実に被検体として素晴らしい記録を残してくれている。精神の崩落による痛覚と味覚の遮断。それ程の精神的負荷を抱えながらも直向きに希望を追い求め、笑顔さえ振りまく君の感情の振れは、とても良い研究材料になり得るものだ」
「いい加減にしてください……!そんな事どうでもいいです。この世界が人間の進化?バカな事言わないでください。ここは、人の痛みや苦しみ、悲しみがひしめき合ってる。こんな場所が、進化の到達点になるなんて私が許しません」
激しく揺り動かされた感情の果てに、困惑という停滞を迎えた梨沙の精神は疲弊しきっていた。荒々しい息を溢しながらも、懸命に西澤の理想を否定するべく言葉を紡ぐ。
「人類史に大きな成長が訪れるのは、いつだって大きな犠牲が生まれた時なのさ。君等の犠牲が未来の多くの人々の豊かな幸福へと繋がるという訳だ。現に、これほどに劣悪な実験環境においても、これを救済と感じてくれている者も多くいたからね」
首をぶんぶんと振るう。形だけでも、西澤がおかしいという事をアピールしなければならない。それと同時に、自らの正気を保つためにもこの女の言葉は否定しないといけない。
「救済……?訳が分かりません。こんな場所でいつ死ぬかも分からない様な場所が、救済になるなんて――」
「君の友人だった70の1971番が、その最たる例だよ」
「っぁぁぁああああ”あ”あ”……!!」
梨沙の視界は暗転する。気が付いた時には、梨沙の身体はその場へ伏していた。その右の拳は強く握り込まれ、依然ふるふると震えている。
限界を迎えた梨沙の感情が、反射的に西澤へと殴りかかろうと身体を突き動かした。しかし、負傷した足が衝動の負荷に耐えかね、梨沙の身体をその場に倒したのだ。
「…………」
拳を強く握りしめながらゆっくりと膝をつき上体を起こす。そんな梨沙に、楽しそうな笑い声を洩らしながら西澤が声をかける。
「フフ、フフフ……ほら、どうしたんだ65の0855番。君にとって、デュエルは楽しむものなんだろう?」
「うぅ、うぅぅぅぅ………」
悔しさで梨沙の目元から涙が頬を伝う。痛々しい身体は苦しい程になんの痛みもない癖に、心ばかりがこんなにも傷付きすり減っていく。
「ふざけるな……ふざけないでよ……!!?」
思いっきり地面を拳で叩き付け、西澤を今までの誰に向けたものよりも強く深く睨みつける。
「なんで、あなたなんかにアリスさんをバカにされないといけないんですか!?あなたなんかがアリスさんの生き方に口出ししていい訳ないでしょ!?アリスさんは、私を助けてくれた……人が殺し合うこんな場所に傷ついてた……。
だから、私を助けてくれたんだ!穂香ちゃんを助けに行ったんだ!誰かのために戦い続けてた!そんな人の事を……あなたなんかが語らないでよ!!何にも分からないのに!!人の気持ちなんか一切理解できてない癖に!!ふざけないでよ!!いい加減にしてよ!!アリスさんの事バカにしないでよぉ!!」
梨沙は涙でぐしゃぐしゃの顔で、もはや怒りなのかどうかも定まらない感情で西澤に喚き続けた。自分はまだしも、何故アリスの事をあたかも知ったような風に喋るのか。恩人であり、失いたくなかった大切な人を愚弄されるのが辛くて辛くて堪らない。抑えられない。
「フフフ……すごいね君は」
「……なにが……何がおかしいんですか……」
口元を抑え、笑いを堪えられないとでも言いたげな西澤を、梨沙はただ涙ながら睨む事しか出来ないでいた。
「君が彼女と交わした時間はせいぜい、2,3日のはずだ。そんな短時間で彼女の何を分かった気になっているのかなと」
「なに、を…………」
西澤は笑みと共に、光り輝く緑眼で梨沙を見据える。彼女の口ぶりは、まるで梨沙も知らないアリスの何かを知っているかのような……そんな口ぶりをしていたからだ。
「たった数日の交流だけで、君は彼女の全てを知っているかのように話すじゃないか。果たして、君の見た彼女は本当の彼女だったのかい?」
西澤の言葉に、梨沙は一瞬口を噤んだ。彼女の言葉に間違いはない。親しくなったとは言え、アリスの全てを知っているとは言えないだろう。しかし、梨沙がアリスと交わした時間は紛れもない本物だ。梨沙は顔を上げ、西澤へ正面から言葉を返す。
「……アリスさんは苦しんでました。もう1人のアリスさんが居たのだって、アリスさんがたくさん辛い目にあったから。でも、自分がそんなに辛いのに、誰かの為に行動してた。少なくとも……私が助けられたのは本当の事なんです。全部は分からないかもしれないけど……私の見てきたアリスさんは、私の知ってるアリスさんなんです!!」
親しい間柄だったとしても、たとえ身内でも、何もかも全てを知る事など出来やしない。ましてやする必要もない。だからこそ、梨沙は自分の見てきたアリスの姿に正しさを感じていた。そして、実際にアリスの行動が梨沙という人間を救っている。梨沙は自らが救われた証人として、自信を持って西澤へ訴える。それは同時に、ある種の弁明でもあった。
「もちろん、65の0855番が70の1971番と作った繋がりも真実だろう。フフ……でも、それが最期の瞬間に揺れていなかったか?」
「最後……?」
「彼女が死んだ原因。彼女が突然怒り狂い、人格が入れ替わってまでデュエルを始めた理由だよ」
「……!!」
邪悪な観測者西澤が何度目かの笑みをこぼす。こんな女の話に惑わされてはいけない。頭では分かっていても、彼女の唱えた疑問点は既に梨沙の脳を侵し尽くしていた。
「(アリスさん……あなたは、どうしてデュエルを始めたの……?)」
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しかし、様々な研究と観測で実験体が精神がおかしくなったり、久しぶりに読みましたが、話が奥深い…… (2025-12-04 23:22)
デュエルと精神攻撃が並行作業で行われておりますねぇ。なんだいつもの遊戯王か(白目。
シンギュラリティが呼び出され、さらなる展開を控えての精神攻撃と、梨沙の精神もどんどん追い詰められていきます。
デュエルの展開が長いのもそうですが、内容がちゃんと伝わっているのだろうか…?という不安はございますが、その分ボリュームたっぷりでお送りしております。奥深いと仰って頂けて感涙の極みでございますます! (2025-12-07 17:16)