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HOME > 遊戯王SS一覧 > Report#58「記憶にいない娘」

Report#58「記憶にいない娘」 作:ランペル


グリーンフロアへと辿り着いた梨沙と白神。
すんでの所で、フロア主の男から穂香の死を防いだ二人とアリスが会話を試みる。

「お父さん…?」

穂香を抱えるアリスが疑問を零した。
今まで、自分と穂香を苦しめてきたこの男が梨沙の父親だと、彼女が口にしている。

「ごめんなさいアリスさん…。
酷い事をされたと思いますけど…この人は…私のお父さんなの…」

「酷い事とは心外だよ梨沙。
お前がこの子を外に出してあげてと言うから、私はその手伝いをしていただけじゃないか」

心苦しそうに喋る梨沙に言葉を被せ、父親が言葉をねじ込む。

「へー、それじゃ今僕の《トラップ・スタン》で使えなくしているそのカードで一体何をしようとしていたんだ?」

そう口にした白神に、梨沙の父親の冷めた目が反射する。

「殺そうとしてたわ…穂香ちゃんを…私とデュエルさせて…」

「アリスさん、あなたもそう言うのですか?
あれは穂香の意志に他ならないでしょう。あなたは穂香があなたを助けたいという思いの全てを無下にするんですか?」

呆れたように両手を掲げる男。
それが逆鱗に触れ、再び怒りを露わにするアリス。

「ふざけないで!!
あなたが私と穂香ちゃんをデュエルさせるから!
それに…穂香ちゃんが負けたら私を殺すなんて事を言うから…この子は……」

アリスが自らの胸の中で眠る少女を優しく抱きしめる。

「ひとまず…アリスさんと穂香ちゃんを出してあげて。
お父さん…」

梨沙からそう言われた父は、彼女から目線を外しながらもデュエルディスクへと召喚したモンスターを取り外す。
すると、発生した流砂は元の地面にへと戻り、下半身が埋まっていたアリスも無事解放された。

「アリスさん!大丈夫ですか…」

「私は大丈夫…でも穂香ちゃんが…」

二人の元へ駆け寄り、無事かを確認する。
梨沙がデュエルディスクを操作すると、デュエルディスクより光が照射された。

「穂香ちゃん大丈夫だよ…」

それを横目に見ていた父親が口を挟む。

「穂香の意思を無視するというのは解せませんね。
穂香を子供扱いして、一人の人間としてみていない。
言うなら人間扱いしていないに等しいですよこれは。彼女を尊重しない行為は、あまりいい事とは言えないですね…」

「お父さん…少し静かにして…」

「………」

何か思う所があるのか、梨沙からの声掛けに父親は大人しく従い口を閉ざす。

「……よし、鼻の骨が少し折れてるけど…命に別状はないみたいです」

「そう…良かったわ…ごめんね穂香ちゃん…」

アリスはそう言って涙を流しながら、再び穂香を抱きしめた。
梨沙は再び立ち上がり、父親と向かい合う。

「お父さん、私はこんな事を望んでなんかいないよ」

「………」

強い口調と眼差しで父を見つめる梨沙。
それを受けた父の表情がほんの少し悲し気になった様に見えた。

「もう、やめようよ…。
お父さんは、こんなひどい事出来るような人じゃなかったでしょ…?」

変わり果てた父親…どうにかかつての優しかった父親に戻ってくれるように、父へと想いをぶつける。
しかし、それが本来の意味で届くことは叶わないようだった。

「やめる?
やめるって…なんですか?
つまりはそう言う事ですね。あなたは私を受け入れる気などない。
結局は自分の都合の悪い存在を排除する…。ここの連中と何ら変わりない!!!

酷い事が出来るような人じゃない???
あなたが本物だろうが、偽物だろうが目の前に居るのは正真正銘、裏野 梨沙の父親である裏野 晃啓に他ならない!!!
その私がこれだけの非道に手を染めた。
それが本当の父親じゃない???じゃぁ、本当の父親って誰ですか???それ私の事じゃないんでしょう???」

目に映る現実を閉ざし、理想の世界があると信じ込む父親は情緒が乱れ声を荒げたり、ぼそぼそ喋ったりと要領を得ない。

「違うよ…そういうことじゃないの…お父さん……」

「やはり違う。そう違う。
私を父と見てくれる梨沙はあなたじゃない。外に本物が居るはずなんです。
そうだ…やっぱりこれはおかしい事だ。そんなこと言わない。
私の…私の娘なんだから…そうだそうだそうだそうだ……」

自分の世界に引きこもってしまった裏野は、冷や汗を流しながら視線があちこちに泳ぎ出す。

「あんた…現実見た方がいいよ」

見かねた白神が口を挟む。
その言葉にぴくりと反応した男が、ゆっくりと白神の方を見遣った。
無機質と化したその表情とは裏腹に、その目の奥に宿る邪悪な感情。

「現実……???」

そうぽつりと呟き少しの静寂が訪れた。
そして、途端に裏野の口角だけが緩み笑い始めた。

「あ、あははは。
なに?現実?現実って言ったのかあなた??なに?現実を見た方がいいって?
現実を見ろと私にそう言ったのかい?
ははは、何ともまぁバカにしてくれるね。あなたの言う現実とやらが耐え切れなくなったからあなたもここに居る癖して、現実を見ろだなんてね?
あははは、笑わせてくれるじゃありませんか」

壊れたおもちゃの様に抑揚のない乾いた笑い声。
冷笑の名にふさわしい笑い方をする裏野に白神が言葉を返す。

「人の事言えないってのは分からなくもないけどね。
ただ、目の前にある現実を受け止められない程、僕は理想に取りつかれてるつもりもないよ」

そう言った白神が梨沙の方に目配せをする。
それに釣られた裏野が梨沙の方に視線を向けた。
悲しそうに佇む少女。男の眼にはどう映っているのか分からないが、男が梨沙を視界に捉えた時にだけ人間らしく、そして弱った表情を見せる。

「お父さん。
お父さんがどれだけ苦しんだかは、全部じゃないけど…分かってるつもり。
私も、ブラックフロアのフロア主になった。たった数日だけど、その数日でさえおかしくなっちゃいそうになるぐらいにここが苦しい場所だって事は分かってる…。
でも、だからこそみんなで協力してここから出る方法を探したい。
人を傷つけずに…人を殺さずに…」

胸元で手をぎゅっと握りしめる。
その言葉に男は口を開けたまま放心する。
目元が震え、眉の歪んだ男は今にも泣きだしそうな顔をしている。

「梨…沙……」

「私も酷い事をしてしまったの…。
だから、お父さんと一緒。二人で罪を償って…また一緒に外で暮らそ?
いろいろ我がまま言った事もあるけど…一生懸命頑張ってるお父さんの事が私は大好きだったの。
きっとまた戻れる。デュエルだってお父さんが私にを教えてくれたんだよ?
お母さんが大事にしてたカードだって、ゴーストリックのみんなを渡してくれて…」

かつての思い出。優しい父と過ごした時間を振り返りながら言葉を紡ぐ。
大切な人である事、その大切な父親が苦しんでいるならば、何とか自分も力になりたい。
彼女が考えながら必死に紡いだ言葉。

それを伝えた彼女の眼には、何故か絶望に染まった顔の父親が居た。



「だれだおまえ」



「え…?」

さっきまでの反応と明らかに異なる反応を見せた父親に梨沙だけでなく、白神とアリスも動揺する。
父親は体をふるふる震わせながら、奥歯を噛み締め、梨沙を睨みつける。
先程までの娘の出現に困惑するそれではない。
最初に出会った時…それ以上の殺意がその目には宿っていた。

「結局か…。
結局こうなのか!!!!!
なに、なにが、なにがなにがまた一緒に暮らす!!!?
ふざけるのも大概にしろ!!!私が?私が梨沙にデュエルを……はっは教えただって?
あなたの父親とやらがデュエルを教えてくれたんですか!そうですか!!!
だったらなんで私はここに居るんですかねぇ!!!?」

「何言って…お父さん…?」

父親は殺意の目をそのままに目からは一筋の涙が流れ落ちる。
唇を震わせながら、絞り出すように言葉を発する父親の姿。
その姿が、梨沙には信じかけたものを裏切られたような…そんな失意のどん底に落とされている様に見えた。

「あんまりじゃないですか…。
心を揺さぶるだけ揺さぶって嘘とか…。
あな…な、あなたが何を言われたか知りませんが……!
ひどすぎる…梨沙ぁ…梨沙ぁぁ!!!!!」

「どうしちゃったのお父さん…!?
私だよ、梨沙だよ。偽物なんかじゃない!
あなたの娘だよ。お父さんの事嫌いになった訳じゃないの。
ただ、助けたくて…」

苦しむ父を助けたいがために、言葉を送りながらゆっくりと近づく。
しかし、数歩歩いたところで突如梨沙の手が後ろに引っ張られる。


ジャキン


梨沙の眼前に巨大な刃が降って来た。
先端に連れて細くなっているそれを辿る様に上を見上げると、そこには巨大な蜘蛛のモンスターが梨沙の行く手を阻んでいた。

「お父さん……」

「消えろ紛い物。
いや、私があいつを消せばいい。
瑛梨の時とな、同じようにするだけ。すぐ済む。
そう、殺せば忘れられる」

父親はまるで呪詛の様に梨沙を睨みながら、殺意を言葉に乗せる。
白神が梨沙の前へ陣取り、父親の元へ向かう事を拒む。

「今のあの人には何言っても通じないよ。
あの目は何回も見たことある。人を殺す時の目だ。
本当にあの人がお父さんなのか?」

白神が見てきた殺意を抱く人間の目。
それがあろうことか自分の娘にへと向けている事で、白神が疑問を口にする。
梨沙は疑うことなくはっきりとそれに答えた。

「うん。
間違いなく私のお父さんだよ」

その言葉を聞いた白神がほんの小さなため息を漏らす。

「一回ひっぱたかないと話し合いにもならない。
デュエルするけど、文句ないよね?」

そう言いながら右腕のデュエルディスクを構える白神。
事前に取り決めた通りには行かないが、父親があれだけの殺意を放っているのでは、こちらの話を聞いてもらうことなど叶わない。

「すいません…説得できませんでした…。
お父さんを…お願いします…」

「元から本気の相手とデュエルするつもりで来てる。
気にしなくていい。二人と一緒に離れといて」

白神は首をくいっと、アリスと穂香の方へと向けた。

「分かりました…。
お父さんが使う蜂のモンスターでのダメージに気をつけてください…。
現実へのダメージで毒を喰らって、だんだんと体が痺れてきますから…」

「さっき言ってたやつだね。
分かった…出来るだけ殺さないように努めるよ」

頷いた梨沙は、アリスと穂香と共にその場から遠ざかる。
それを視界に捉えた父親が声を荒げて追いかけようとする。

「おい!!!
どこに行く!?今更逃げる気か!?」


ザザッピー
「ただいまよりグリーンフロアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:8000
モード:グリーンフロアカスタム
リアルソリッドビジョン起動…。」


追いかけようとしていた裏野の前へ白神が立ちふさがる。
足を止めた裏野と白神双方のデュエルディスクが、それぞれ特有の機械音を発しながら起動した。

「先程までのやり取りを見ていて気付きませんでしたか?
私は…今非常に虫の居所が悪いのですが??」

「だから、行かせないんだよ。
……僕の目的はエスケープ…クラスⅢを4人倒す事にある。
あんたの虫の居所が悪かろうが、あの子があんたの娘だろうがそうじゃなかろうと、それは僕にとってなんにも関係ない事だからね」

デュエルディスクを構えた白神を前に、裏野の目に宿る殺意の矛先が移り替わった。

「あぁそうですか…あなたもクラスⅢ。
私の記憶の中にあなたの事を記憶しておくスペースはありません。
これ以上、邪魔されないように排除しないといけませんね…」

そう言いながら裏野は、裏面に備えられたカードケースの蓋を開け発動していたカードを取り出したかと思うと、何か別のカードをセットして蓋を閉じる。
やや前傾姿勢だった男が、それを終えるとゆらゆらと真っすぐ立ち、白神と同じようにデュエルディスクを構えた。


 「デュエル!」 LP:8000
 「デュエル!」 LP:8000


ピー
「先行は裏野様、後攻は白神様になります。」


 [ターン1]


ピー
「カスタム《カスタムチェック》により裏野様の設定しているフロアカスタムの内容が白神様に公開されます。
また、カスタム《手札固定》により裏野様の初期手札に指定されたカード1枚が固定となります。」

双方のデュエルカスタムの効力が告げられた。
白神のデュエルディスクに裏野のカスタムの内容が表示され、裏野のデッキがシャッフルされる。

「《手札固定》に《絶命回避》か…。
(裏野さんの話を聞くに蜂のモンスターを初手に加えるのが目的ってとこか)」

「私の先行。
チューナーモンスター《B・F-毒針のニードル》を召喚。
召喚時効果によって、同名以外のB・F1体を手札に加える事が出来ます。
私はデッキから《B・F-必中のピン》をサーチです」[攻400]
手札:5枚→4枚→5枚

白神が話に聞いていた蜂のモンスターが早速フィールドにへと現れた。
下腹部の透けた部分には赤い液体が揺れている。

「昆虫族が居る時、サーチした《B・F-必中のピン》を手札から特殊召喚」[守300]
手札:4枚→3枚

口元から小さなトゲを生やす蜂の様なモンスターが、羽音させながらフィールドへ飛び込んで来る。

「必中のピンの効果を発動。
私のフィールドの必中のピンの数×200のダメージをあなたへと与えます」

必中のピンの下腹部から黄色い爆発が起こると、口元のトゲが勢いよく白神にへと発射された。

しかし、それが白神の体に当たることはなく、何かふわふわとした毛玉の様なものがトゲを包み込んでしまった。

「なに…」

「僕は手札から《ハネワタ》を捨てて効果発動。
このターン、僕が受けるすべての効果ダメージを0にさせてもらうよ」

フィールドに現れた毛玉から大きな目と口、そして白い翼が生えたかと思うとぱたぱたと空高く飛んで行ってしまう。

「(わざわざこのダメージを防いだ…)
あの子に…私のデュエルの事を聞いているみたいですね」

「勝つ為に必要な事をしているだけだ。
にしても、デュエルの結果関係なく毒で体を動かせなくしちゃうなんてさ。
随分ずるい方法を思いつくもんだよ」

冷ややかな視線が白神から裏野へ向けて放たれる。
目だけに殺意が宿り無機質な表情に戻った裏野は、それに静かに返事をした。

「私はあなたの様にデュエルが強い訳ではありません…。
一度でもダメージを喰らえばあなたはおしまいです…。
躱し切れる自信がおありなら、やってみてくださいよ」

そう言って裏野はフィールドの2体のモンスターを手に取った。

「望むところだ。
盤外戦術に頼った所で僕には勝てないことを教えてあげるよ」


 ---


「アリスさんは大丈夫ですか…?
ケガとか…」

「ありがとう。
私は大丈夫よ」

アリスと穂香の元へやって来て、アリスのケガの有無などを聞き取る。

「一応、アリスさんもこれやっときましょう。
行きますよ?」

梨沙がデュエルディスクを操作すると、デュエルディスクより光がアリスに向けてゆっくりと照射されていく。
1分後、体の状態の結果がデュエルディスクへと表示される。

「良かったです…!
特にどこもケガしてないみたいですね」

「梨沙ちゃん…あの人がお父さんって、本当なの……?」

聞かずにはいられないと言ったように、アリスは梨沙へと疑問を投げかける。

「……。
そうです。外に居ると思ってたお父さんが、私と同じようにここに居たんです…」

梨沙は一拍間を置き、アリスの目を真っすぐ見ながら答えた。
真っすぐ見つめられる視線に耐えきれなかったのか、視線を外したアリスが口を開く。

「梨沙ちゃんが言うなら…そうなのよね……」

「アリスさん…」

アリスが抱いている感情は嫌悪のそれだ。
梨沙の聞いた話の断片からでも、父親がアリスと穂香を無理やりデュエルさせていた事が分かる。

「梨沙ちゃんには申し訳ないけど…。
デュエルの結果がどうなろうと私は…あの人を許したりは出来ない。
たとえ梨沙ちゃんにとっていいお父さんだったとしてもね…」

そう言ったアリスはゆっくりと穂香の頭を撫でる。
梨沙は唾を飲み込み、言葉を繋げた。

「…分かってます。
お父さんがしている事が許されない事。私も酷い事をここでしてしまった事があります。
だから、罪はしっかりと償わないといけません」

「梨沙ちゃんはあいつとは違う!
あの人が梨沙ちゃんみたいに人を助けるような事をしている!?
全部自分の為でしょ!?梨沙ちゃんとは違うのよ……あなたみたいに自分を顧みずに人を助ける人とは真逆の人よ…。利用できるものは全部使う。
それが…子供でもね………」

「………」

梨沙は口を開くでもなくアリスの溢れる感情を静かに聞いていた。
はっとしたように梨沙から再度視線を外したアリスが、ぽつぽつと謝罪を口にする。

「……ごめんなさい。
私も今混乱してしまってると思うの……。
………私は梨沙ちゃんに助けられたから。ずっと梨沙ちゃんの味方よ…。
でも、あの人の事は…どうしても……」

奥歯を噛み締め、悔しさを露わにするアリス。

自分を助けてくれた人と、子供の命を平気で弄ぶ人間が親子だったという事実。
それも、恩人がここから出て会いたいと想っていた人だ。

「違うわね…私がもっとうまくしてれば…穂香ちゃんがこんな目に遭う事もなかったのよ。
デュエルで苦しい思いもしなかったはずなのに…」

「アリスさん、自分を責めるのはやめてください」

「でもそうでしょ!
梨沙ちゃんと…彼が来てくれなかったら穂香ちゃんは殺されてたのよ!!?
私がしたことは、結果的に穂香ちゃんを危険に晒してしまっただけじゃない…」

段々と涙声になっていくアリスの手に梨沙が触れる。
ゆっくりと柔らかな手が、アリスの自 傷の跡が深く残った左手を優しく包み込んでいく。

「違います。
アリスさんが居てくれたから私も白神さんもここへ来れた。
私がブラックフロアに居たのって、アリスさんが運んでくれたからじゃないんですか?」

「え、それは…そうだけど。
でもなんで知ってるの?私が梨沙ちゃんをフロアに送った時は意識がなかったはずなのに」

梨沙はゆっくり微笑みながら、アリスの顔を見つめる。

「やっぱり!
アリスさんしかいないと思ってたんですよ。
危険なグリーンフロアにわざわざ来て、私をブラックフロアまで逃がしてくれたのは!」

「…当たり前じゃない。
ここに着いたら梨沙ちゃんが倒れてて、あの男に解毒しないと梨沙ちゃんが死ぬって言われて…」

「アリスさんは私を助けてくれました。
だから、私はここに穂香ちゃんを助けに来れたんです。
それに、アリスさんは自分の事を顧みずに穂香ちゃんを助けに来た。
それが全てですよ」

びっくりしたような表情をしたアリスが、もやもやしたものを言い返す。

「違う。さっきも言ったけど梨沙ちゃんが来なかったらこの子は殺されてたの…。
私のせいで死んでたの…!」

己の無力さ、小さな子の命を危険に晒した。
その自責の念をまるで許しを乞うように梨沙に吐き出す。
しかし、彼女の柔らかな笑みが崩れることはなく、アリスの吐き出すものを優しく包み込んでいく。

「アリスさんが私を助けてくれてなかったら、私はここには居ません。
アリスさんが私を助けてくれたからこうして助けに来ることが出来ました。
全部繋がってるんです!アリスさんが来てなかったら、お父さんが穂香ちゃんを殺してしまっていたかもしれません。
アリスさんが動いてくれたからこそ、まだみんな生きてるんです!」

実に明るく梨沙はそう言いのける。
この状況を理解しているとは思えない柔らかな優しい笑み。

呆気に取られたアリスが、少しの間を置いてからくすっと笑い声を漏らす。

「な、なんで笑うんですか!!」

「いえ、やっぱ梨沙ちゃんには敵わないなぁって」

「ど、どう言う意味ですか?」

彼女といると外の世界で成しえなかった日常と言うものを感じられる。
これだけ非日常的な場所の非現実的な状況でさえ、彼女は日常に連れ出してくれるのだ。

「(強い子ね…ホントに…)」

目を閉じたアリスが涙を手で拭うと「よし!」と声を出した。
そして、隣で座っている梨沙の頭をぽんと叩く。

「梨沙ちゃん!
穂香ちゃんは私に任せて、あなたはお父さんの所に行ってちょうだい。
他人には決して出来ないことが、家族の梨沙ちゃんになら出来るはずだから!」

明るさを取り戻したアリスに驚きつつも、彼女の目を真っすぐ見つめる梨沙。

「私とあの子ではどれだけ話しても、あの人には全く話が通じなかった…。
でも、あなたと話しているあの人の姿には人間らしさが見えたの。
だから…梨沙ちゃんが話して元のお父さんに戻しなさい!
会いたかった人…なんでしょ?」

それぞれが出来る事を一生懸命にこなしていくこと。
アリスより託された想いに鼓舞された梨沙が立ち上がる。

「はい!
アリスさんと穂香ちゃんにしたことも、お父さんに謝ってもらいます。
待っててください!」

「うん、期待してるわよ!」

そう言って梨沙は父親と白神がデュエルする方へと戻って行った。

「(あの子には…励まされてばっかりだなぁ…)」
「(ネガティブな事考えんのはその辺にしとけ)」

頭の中でもう一人の自分が語り掛けてくる。

「(もう大丈夫よ、あなたもありがとう。
穂香ちゃんの事逃がそうとしてくれわよね)」
「(無理だったけどな。
それよか、あいつがこいつに何したか考えねぇといけねぇだろ)」

裏野が穂香に施した殺しの手段。
発動を宣言していた《肥大化》というカード。
一体そのカードの発動によって、何故穂香が殺されることになるのか。

「(もし向こうがうまくいかなかった時、原因が分からねぇ限りこいつはずっとあいつの人質のままだ)」
「(間違いなく《盤外発動》ではあるはずよね…。
魔法か罠で何かしらの演出が起こるってものだったはずだけど…)」

アリスはポケットから何枚かのカードを手に取って眺める。

「(最初ここに来た時に、虫の気配がすごかったからメタカードみたいなのいっぱい持って来たの)」
「(ま、何もしないよりはましだな)」

「梨沙ちゃん達に負けていられないわよ。
私たちに出来る事を試しましょ!」

そう言って静かに眠る穂香のデュエルディスクに触れる。


 ---


裏野のフィールドにそびえるのは、巨大な要塞を背負ったカブトムシのモンスター《大騎甲虫インヴィンシブル・アトラス》。
裏野の手によって、展開は佳境を迎えていた。

「《大騎甲虫インヴィンシブル・アトラス》の効果によって、デッキから《騎甲虫スカウト・バギー》を特殊召喚。
さらに、特殊召喚されたスカウト・バギーの効果により、もう1体のスカウト・バギーをデッキから呼び出す事が出来る」[守300][守300]

テントウムシ型のモンスターに騎乗した4つ手の昆虫兵が槍を振るう。

「レベル3のスカウト・バギー2体でオーバーレイネットワークを構築です。
エクシーズ召喚。

群がれ、《No.3 地獄蝉王ローカスト・キング》」[攻1200]

爆発より出でだしたのは、体が黒で覆われた蝉のモンスター。
みんみんとした不協和音を奏でながら、赤い複眼が白神の姿を捉える。

「無効効果持ちに、表示形式の変更での蘇生効果…」

デュエルディスクに映し出されるローカスト・キングのテキストに目を通す白神が呟く。

「私はカードを1枚セットしてターンを終了です」
手札:4枚→3枚

手札よりカードが伏せられ、裏野がターンの終わりを告げる。

「(伏せたのはまず間違いなく《騎甲虫スティンギー・ランス》の効果でサーチしたカウンター罠…《騎甲虫空殺舞隊》。
そして、ローカスト・キングに無効効果を使わせたら、墓地から無効効果持ちの毒針のニードルを蘇生されるか…)」

裏野の展開の過程で作り上げられた妨害を計算した白神。
自身の手札を見ながら、突破する戦略を構築している彼の背後から梨沙の声が聞こえる。

「白神さん…!」

「裏野さん…。
いや、あの人も裏野さんになるか…」

振り返った白神が、共有される苗字による呼び名に少し頭を悩ませる。

「梨沙でいいですよ。
それよりデュエルの方は…?」

梨沙がフィールドに目を向けると、カブトムシと蝉のモンスターの背後から父親の冷たくも鋭い殺意の眼差しがこちらにへと向けられていた。

「キミのお父さんが展開を終えた所さ。
ここからどうやって突破するかを考えている所。
…向こうはいいの?」

「はい、アリスさんが穂香ちゃんを見てくれています。
だから、私は白神さんとお父さんのデュエルが終わってから、お父さんをもう一度説得します!」

やる気に満ちた声色の梨沙。
つい先程まで、絶望に染まりきり、不気味な笑みを浮かべていた彼女との変わりように白神は頬を緩ませる。

「ふっ、僕はやるべきことをやる。
あと、僕の事も翔って呼んでくれていいよ。
一応…キミの方が年上だしね?梨沙さん」

「白神さん……。
いえ、お願いしますね。翔君!」

互いに相槌を打った梨沙と白神の前方より、父親の静かな言葉が放たれる。

「正体がバレた途端に堂々と私を殺す算段を話してる訳ですか。
そう簡単に私は死にません。ここを出て、必ず梨沙に会うのですから……」

「あんたの娘はもう目の前に居るんだよ。
デュエルで倒すついでにあんたの目も醒ましてやる。
僕のターン、ドロー!」

白神が啖呵を切ると共に、勢いよくデッキからカードを引き抜いた。
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コングの施し
熱いーーー!!読ませていただきました!

やはり父上殿は、梨沙さんが自分の娘であると感じながらも、自分がやってきたことが積ってしまっているから、そこに彼女がいるはずがないからこそ認めたくないのでしょうね。梨沙さんはやはり強い人です。自分がしてしまったことを知って、そしてそれでも前を向いているからこそ、アリスさんや白神さんのような仲間が集うのでしょうね。

そして父上殿と白神さんのデュエル。そういえば毒で勝敗関係なく体を蝕んでくる戦術でした……肥大化や寄生虫でもそうですが、恐るべしリアルソリッドヴィジョン。効果ダメージを防ぐ誘発であるハネワタなんかも、この状況だとこの上なく頼もしいカードですね。かなり強力なモンスターも従えているようですが、これはクラスⅢの戦い。梨沙さんのアシストもあります。ここからのデュエルの行方、気になるますね!

毎度読ませていただいております!更新頑張ってくださいね! (2024-04-20 22:04)
ランペル
コングの施しさん閲覧及びコメントありがとうございます!

父親にいろいろな思惑はあれど、こんな危険な場所に梨沙が居て欲しくない、そしてこんな危険な存在になった自分を知られたくないという思いが一番の歪みとなっていますねぇ。短時間ながらも、アリスや白神の手助けの元成長した梨沙は明るい未来を目指して真っすぐです!最初は手を差し伸べた側だったアリスも、いつしか手を差し伸べてもらう側になっていますね。

《盤外発動》は、実験側から効力が説明されないので、ある程度カードから推測は出来ども、いざ使ってみないと何が起こるか分からない博打みたいな機能となっています。しかし、その反面当たりの効力を持ったカードを扱えるようになれば戦術や生き残る術のレパートリーは無限に増えます。
父親はこの《盤外発動》の知識が深く、誰よりも効力を把握している枚数が多いですね。その知識を得る為に犠牲になった人もかなりの数に…?

梨沙から事前に情報を聞いていた事で、ハネワタなどのメタを積み込んできた白神。その上でもノーダメージと言うのは少し難易度の高いデュエルとなっております。果たしてデュエルの行方や如何に!

いつも読んでいただきありがたい限りでございます!まったり更新していきますのでこれからもよろしくお願いいたしますます。 (2024-04-23 16:32)

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19 Report#23「天敵」 237 2 2023-09-03 -
36 Report#24「吹き荒れる烈風」 258 0 2023-09-03 -
23 Report#25「情報屋」 208 2 2023-09-13 -
24 Report#26「再編成」 261 2 2023-09-18 -
40 Report#27「見えない脅威」 387 2 2023-09-24 -
39 Report#28「トラウマ」 353 2 2023-09-29 -
22 Report#29「背反の魔女」 387 2 2023-10-03 -
46 Report#30「潰えぬ希望」 456 2 2023-10-09 -
31 Report#31「献身」 225 0 2023-10-15 -
32 Report#32「好転」 250 2 2023-10-20 -
34 Report#33「身勝手」 232 2 2023-10-25 -
32 Report#34「ボス戦」 282 3 2023-10-30 -
22 Report#35「想起」 248 2 2023-11-05 -
37 #被験者リストA 399 0 2023-11-05 -
27 Report#36「ノルマ達成目指して」 211 2 2023-11-10 -
25 Report#37「分断」 266 2 2023-11-15 -
49 Report#38「旅立ち」 382 0 2023-11-20 -
26 Report#39「幼き力」 235 2 2023-11-25 -
19 Report#40「囚われし者」 200 0 2023-11-30 -
24 Report#41「傍に居てくれるから」 270 2 2023-12-05 -
29 Report#42「どうして?」 289 1 2023-12-10 -
22 Report#43「拒絶」 182 0 2023-12-15 -
28 Report#44「不信」 255 2 2023-12-25 -
20 Report#45「夜更かし」 229 2 2024-01-05 -
20 Report#46「緊急回避」 234 0 2024-01-10 -
37 Report#47「狂気」 282 2 2024-01-20 -
23 Report#48「判断」 169 2 2024-01-30 -
38 Report#49「白化」 268 0 2024-02-10 -
33 Report#50「諦め切れない」 252 2 2024-02-20 -
24 Report#51「錯綜」 223 2 2024-03-01 -
37 Report#52「計画」 279 2 2024-03-05 -
32 Report#53「決意」 278 2 2024-03-10 -
22 Report#54「抜け道」 183 2 2024-03-15 -
37 Report#55「死の栄誉」 286 2 2024-03-25 -
31 Report#56「灼熱の断頭」 264 2 2024-03-30 -
36 Report#57「憧れの主人公」 244 0 2024-04-05 -
32 Report#58「記憶にいない娘」 192 2 2024-04-20 -
23 Report#59「蝕みの鱗粉」 213 4 2024-04-25 -
35 Report#60「歪み」 264 4 2024-04-30 -
23 Report#61「新たなステージ」 180 2 2024-05-10 -
34 #被験者リストB 191 0 2024-05-10 -
25 Report#62「狂気の残党」 183 2 2024-05-20 -
30 Report#63「窒息」 196 2 2024-06-15 -
25 Report#64「護衛」 197 2 2024-07-10 -
30 Report#65「格付け」 160 2 2024-07-20 -
26 Report#66「赤い世界」 185 2 2024-08-05 -
28 Report#67「悪夢の始まり」 227 6 2024-08-15 -
21 Report#68「見せかけの希望」 175 4 2024-08-25 -
21 Report#69「未来を懸けて」 119 2 2024-09-05 -
25 Report#70「救われたい」 101 2 2024-09-15 -
26 Report#71「決意の隼」 138 2 2024-09-25 -

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