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HOME > 遊戯王SS一覧 > Report#35「想起」

Report#35「想起」 作:ランペル

「ねぇねぇお父さん!これなーに!」

少女の手には1枚の黒いカード…《ゴーストリックの駄天使》が握られていた。

「懐かしいのを見つけてきたな…。
これは遊戯王っていうカードゲームだよ」

少女の呼びかけに黒縁の眼鏡をかけた男性が応じる。

「カードゲーム?」

「カードを使って遊ぶんだよ。そのカードは母さんが持ってたものなんだ」

「お母さんが?」

「ああ。母さん遊び方は知らなかったけど、そのカードの見た目が可愛くて好きと言っててね」

「そうなんだ…。お父さんは遊び方分かるの?」

「分かるぞ~。元々父さんが持ってたのを母さんが気に入ったからあげたんだ」

「私これで遊んでみたい!」

両手を高く上げ万歳のポーズで少女は、男へと笑顔で訴える。

「おぉ、じゃぁ梨沙にそのカードをあげよう」

「くれるの!?」

少女の目が輝く。

「あぁ、母さんもそっちの方がきっと嬉しいだろう。
父さんも久々に遊ぶから分かりづらかったらごめんな」

「これ可愛いから好き!」

「梨沙はお化け好きだからな。他のカードも気に入るんじゃないかな。
デッキも探してくるよ。ちょっと待っててな…」

男性は立ち上がると他の部屋へと行ってしまう。
何故か分からないが異様な孤独感を感じた。

「ま、待って…お父さん!」

幼かったはずの自分がいつの間にか高校生の姿に戻る。
父が姿を消した扉が再び開かれると、そこには白衣を着た医者が現れてこう言った。

「梨沙さん、お父さんは重篤だ…今病院に入院しているよ」

体に痛みが走った。



「うぁっ…!」

「あ、梨沙ちゃん!
ごめんなさい、痛かったかしら…?」

「ぇ…?あり、す…さん?」

「そうよ。ごめんねひどい事しちゃって…」

頭が混乱している。ゆっくりと辺りを確認する。
青い照明に照らされて、穂香ちゃんとアリスさんが心配そうな顔で自分を見ている。
自分の体は、火傷した左腕と両足の所へ包帯が巻かれている。そして、右腕の火傷部分に今包帯が巻かれている最中だった。

「お姉ちゃん大丈夫…?まだ痛い?」

「あ…うん、そうだね…。まだ、ちょっと痛い…かな…」

「薬は塗ったけど痛みがすぐ引くものではないわ。
もし、痛みがひどいようだったら痛み止めもあるからね?」

先程まで見ていた幼い記憶、そして混ざり込んだ謎の医者。
痛みでたたき起こされた脳内が段々と鮮明になって来る。

そして、記憶から抜け落ちていたものが補完される。

「病院…入院…」

「ん?そうね…入院した方がいいぐらいの傷…ごめんなさいね…。
でも、人体スキャン使ってるから、治療自体は適切なもののはずよ」

「違います…お父さんが…そうだ…なんで忘れて……」

「お姉ちゃん?」

自分に時間が残されていない。その理由を思い出し、居てもたってもいられなくなってしまう。

「はやく…はやく、帰らないと…!」

起き上がろうと体を動かす。
その瞬間、体に痛みが巡り起き上がれなかった。

「うぅ!?」

「ちょっと、まだ動かないで!
今は安静にしてないと…」

「お父さんが!お父さんが病気で…!早く帰らないと…!
お父さんが…!!!」

焦る気持ちを抑える事が出来ず、震える右手でアリスさんの服を掴んで訴える。
父が重い病気で死にかけている。何故こんな大事なことを忘れてしまっていたのか…?
ついこの間の事だ。父が倒れ入院した。面会に行った父は昏睡状態で話す事も出来なかった。
お医者さんから特殊な心臓の病気の影響によるもので、治療には保険負担を除いてもかなりの金額が必要だった。

「だから…ここに……?」

この実験に参加することでお金が得られる。記憶にない自分が父の治療費の為にここへ来たというのか?
けど、ここから出る事さえ叶わらないのならどれだけお金を得ても、父を助けることが出来ない。

一刻を争う状況だというのに、こんな悠長な事をしてるはずない。デュエルに自信があってすぐ出られる算段があった?嗜む程度にしかやったことない自分がそんな判断をするはずがない。
借金でもなんでも…他に即時的なものがあったはずなのだから…。

「どう、しよう…。どうしたら…」

断片的に思い出された帰らなければならない理由。まだ靄のかかるここへと来た時の記憶…。帰る理由ばかりが増え、何故ここへ来たのか。その理由が見つからない。
突如頭に入ってくる情報は梨沙の焦燥感を駆り立てるばかりだ。

「お姉ちゃん!」

「梨沙ちゃん!落ち着いて。ね?」

二人の声が聞こえる。

「何か…思い出したのね?
まずはいったん落ち着きましょ。今焦ってもすぐに外に出れる訳ではないわ
辛いと思うけど…」

「アリス…さん」

「私が言うのもあれだけど…火傷が結構ひどいの。少しの間は安静にしてなきゃよ。
でも、ここの薬は結構治りが早いから!そこは安心してもいいと思うわ」

彼女はそう言いながら、自分の右腕への包帯を再びゆっくりと巻き始めた。

「危ないお姉ちゃんね。もうひどいことしないって言ってたよ。
だからもう大丈夫!」

穂香ちゃんがアリスさんの傍らで自分を励ましてくれている。
その二人の顔を見て少しだけ落ち着くことが出来た。

「そう…だね…。
今焦っても…火傷が治ったり、すぐに外に出れる訳でもないですからね…。
二人ともごめんなさい」

「ごめんなさいはこっちのセリフだってば!
梨沙ちゃんをこんなに傷だらけにして…もう…なんと謝ったらいいのか…」

そう言うアリスさんからは先程までの怯えた敵意が全くと言っていい程感じられない。
まるで別人のようだ。

「あの、アリスさん…何があったんですか?
さっきまですごく雰囲気と言うか…前に会った時と人が変わったみたいに…」

「………」

アリスは物悲し気な顔をして黙り込む。

「あ、いや。辛い事でしたら無理に話さなくても…

「ううん、梨沙ちゃんと穂香ちゃんにはひどい事しちゃったから…話しとかないとね…」

首を振りながら、自分と穂香ちゃんを一瞥すると彼女は語り始めた。

「どこから話そうかしら…。
そうね…信じてもらえるか分からないけど、梨沙ちゃんとさっきまでデュエルをしていたのは、言うならもう一人の私…ってことになるのかな…」

「もう一人…?」

「危ないお姉ちゃん二人いるの?」

「そう、多重人格って二人とも聞いたことあるかな?」

多重人格…一つの体に二つ以上の人格が宿ると言われる症状の事だ。
学校の講演やテレビで聞いた話によると過去のトラウマによって生まれてしまうものらしい。

「聞いたこと…あります…。
とすると、私がデュエルしてたのはアリスさんのもう一つの人格…ってことですか?」

「うん。とにかく怖がりな子で、誰かから視線を向けられたら攻撃されるって思いこんじゃうの」

「それで…」

先程までデュエルしていたもう一人のアリスさん。
異常なまでに怯えて攻撃的になっていたのは、恐怖の対象を排除しようとしていたのだ。

「私と記憶を完全に共有している訳じゃないから、梨沙ちゃんの事を見てもたぶん敵としか見えなかったんだと思う…。
梨沙ちゃんは敵じゃないって私の方からもあの子に声はかけてたんだけど…。
自分を守ろうとする時は中々主導権を渡してくれなくて…」

「さっきの危ないお姉ちゃんは、今のお姉ちゃんとは別の人…?」

困惑を顔ににじませながら穂香ちゃんがアリスさんへと問いかける。

「完全に別人とは言えないかもだけど、そう考えて貰った方が分かりやすいかな?
あの子も私を守る為に生まれてきてくれたから…」

「守る為…ですか」

表情を歪ませながらアリスさんは話を続ける。

「最初にあの子が出てきたのは小学生の時…寝てるお父さんとお母さんを包丁で刺しちゃったの…」

「え……?」

彼女の語る過去は、自らの両親を刺していた場面から始まった。あまりの事に言葉を失う。

「私が気が付いた時には、お父さんとお母さんが死んでてね。
訳も分からずに泣くばっかりだった。その時にあの子が声をかけてくれた」

「これで殴られなくて済む」
「って。そこから、自分の中にもう一人いることに気づいたの」

「…そんな」

気が付いたら両親を殺していた。当時のアリスさんの心への負担は想像が出来ない。
しかし、殴られなくて済む…。親から殴られるという言葉から虐待が頭に浮かぶ。
その虐待の末に、もう一人のアリスさんが生まれたという事だろうか。

「あの子なりに私を守ろうとしてくれてるんだとは思うの…過激だけど…。
それから、私は精神病院に入院してたんだけど、たびたびあの子が他の人に暴力を振るうようになって…。
私はもう嫌になってここに来たの。外の世界と完全に隔離されたこの場所に…」

「………」

悲し気な表情だったアリスさんが、表情を笑顔に変え自分の手を握る。

「梨沙ちゃんが…梨沙ちゃんが私を助けようとしてくれたこと…。
私なんかをこんなにまでなって…助けようとしてくれる人なんて…」

彼女の声が潤む。

「ひどい事しちゃって本当にごめんなさい。
謝る事しか出来ないわ…。でも…梨沙ちゃんがそこまでして私を助けようとしてくれた事が…本当に…本当にうれしかった…!」

握られた手が震えている。
優しくぎゅっと握り返す。

「最初に助けてくれたのはアリスさんじゃないですか。
私が、ここまで生きているのはアリスさんが私とデュエルをしに来てくれたから。
何もかもが怖くて怖くて仕方なかった私に、生きる勇気を。家へ帰る気力をくれたのはアリスさんなんです。
アリスさんが、どんな意図を持ってたとしても…それで私は救われたんです。
私はアリスさんがしてくれたことをしただけですよ!」

「梨沙…ちゃん……」

「この傷なんて気にしません!
命の恩人であり友達のアリスさんと、またこうしてお喋り出来てますから」

にっこりと無邪気な笑顔がアリスへと向けられる。
アリスは目から涙を流しながら、笑顔に応える。

「あはは、梨沙ちゃんにはかなわないなぁ。
なら、私も梨沙ちゃんが困ってる事を全力でサポートするよ。
友達だからね」

「はい…!」

「仲直りできた?」

ほんのり口元の緩んだ穂香ちゃんが私とアリスさんの顔を交互に見比べながら聞いてくる。

「うん、元々アリスさんとは喧嘩してなかったけどね」

「穂香ちゃんも…ごめんなさいね。怖がらせちゃったわよね…改めて謝らせて」

「ほのかは、お化けのお姉ちゃんと仲直りするなら平気だよ」

「お化けのお姉ちゃんか…確かにね。
可愛いお化け達使うもんね梨沙ちゃん」

目元の涙を拭いながら、アリスさんがほんのり笑顔を滲ませる。

「危ないお姉ちゃんは、今度からお祈りのお姉ちゃんにする」

「お祈り?」

「ぎしき?ってなむなむお祈りするやつでしょ?」

そう言いながら穂香ちゃんは両手を合わせてお祈りする素振りを見せる。
不意に見せた可愛らしい仕草に思わず口元が緩んでしまう。

「(かわいい)。
なーにそれ」

「あーでも、そう言われると儀式ってお祈りとかしてそうよね…」

「お祈りとかなら、アリスさん髪が綺麗で長いですから巫女さんとか似合いそうですけど」

「巫女のお姉ちゃん?」

「巫女なんて、柄じゃないわよ…。
巫女服とか着たことないし…恥ずかしい!」

青い光の照らされたフロア内で、静かな笑い声が響く。
3人の束の間の日常が垣間見える。



 -----



緑色の照明で照らされた空間。

どこか幻想的な雰囲気の漂う空間内では、ありとあらゆる場所でしきりにたくさんの何かが怪しく蠢いているのが分かる。
その蠢くものたちの中で一人の人型が、腕に装着してあるデュエルディスクを操作していた。

「まだ…来ない……」



 -----



梨沙は、アリスに誘導されるままフロアの奥に隠されていたベッドへ横になる。

「ふかふか…」

ベッドの足元の方で穂香ちゃんが柔らかな毛布に取り込まれる。

「ほんとだ…すごいふかふか…。
いいんですか?」

「いいに決まってるでしょ。今は少しでも休んで治療を速めた方がいいわ。
いろいろと外に出ないといけない理由はあると思うけど…今は回復に専念しましょう」

「そうですね…。ゆっくり休んでから、また外に出る為の方法を考えたいと思います」

「うん!そうしましょう」

「そういえばなんですけど…さっきのデュエルの時のアナウンスで別の名前が呼ばれてましたけど、あれは何か意味があるんですか?」

「あー、たぶんあたしの本名の方で呼ばれたんだと思う」

「本名…?」

「有栖川 雪絵(ありすがわ ゆきえ)。
ここでは自分の事が嫌でアリスって名乗ってたけど、あの子がデュエルする時はその設定をしてないからね…」

「なるほど…。私は変わらずアリスさんでいいですか?」

「えぇ。私もそっちの方がうれしいから」

毛布から脱出した穂香ちゃんがアリスさんへと声を掛ける。

「お祈りのお姉ちゃん、トイレってあるの?」

「トイレ?あぁ、あっちの奥に見えづらいけど扉があるからそこに行くといいわよ」

「うん、ありがとう」

穂香ちゃんはフロアの奥の方の扉へと向かって行った。

「穂香ちゃん…いい子ね。
どうしたの?あの子」

「ここに来るまでのフリーエリアで、出会ったんです。
どうやらグリーンフロアへ行くように言われてたみたいで」

「グリーンフロアに?」

アリスさんはほんの少し表情を歪めた。

「はい、そこで渚さんって人と一緒にいる所に出会いました。
穂香ちゃん一人でフロアへ行ってデュエルしても危ない…ということで私はクラスⅢなので、少しは安全かなってことで一緒に行動してます!」

「そうね…確かにクラスⅢにはフロアがあるから、外でうろつくよりはよっぽど安全かもしれないわね…。
渚さんって人はどんな人なの?」

「いい人ですよ。穂香ちゃんがグリーンフロアに行こうとしてたのを危ないからって引き留めてて」

「そう…私が知らないだけでいい人も残ってるのねぇ…」

「あ、そうだ。
ちょうどいいですし、渚さんに連絡してみます」

連絡に反応してアリスさんが少し驚きながら、聞き返す。

「あら、連絡が取れるの?」

「その後、危ない人に襲われそうになって別れたんです。
でも、連絡先を貰ってるのでさっきは通じなかったんですけど、もう一度かけてみます!」

ゆっくりと外しているデュエルディスクへと手を伸ばそうとする。

「っ…!」

「手、まだ痛いでしょ?無理しないで。
言ってくれたら私が操作するよ?」

「ごめんなさい。お願いできますか?」

「任せなさい!あ、ボーナスね」

アリスさんがデュエルディスクの画面を操作すると、画面には先ほどのデュエルでのボーナスが表示されていた。

   *****
デュエル勝利おめでとうございます。
以下獲得ボーナスになります。

勝利ボーナス      :10000DP
再戦ボーナス      :30000DP
逆転勝利        : 5000DP
デッキ切れ勝利     :15000DP
           計:60000DP
   *****

「へぇーデッキ破壊でもボーナス入るのね」

デッキ破壊でもボーナスが得られるという事を知れた。駄天使の特殊勝利と同様に、相手を傷つけずに勝利してもボーナスが貰えるのは大きい。

「この再戦ボーナスってなんですか?」

「これは、一度戦った人ともう一度デュエルした時に貰えるボーナスね。
ほら、ここって一回デュエルしたら片方が死んじゃってとかザラだから…」

「珍しいって意味ですか…?」

「そう言うこと。
それにしても、連絡できる機能なんてあったのね…。
相手がいないから知らなかったわ…」

画面をタッチし、ホーム画面へと戻る。

「いろいろ機能があるみたいなので、探すってなるとなかなか難しいのもあると思います…。
あ、その右上の受話器のマークを押してもらって…」

「これね」

指示のもと、渚さんの番号を入力するとコール音が鳴り始める。
前回は繋がらなかったコールが今回は数回の内に途切れ、相手との通話が始まった。

「あ!繋がりましたか?
もしもし、渚さん?」

「あぁ繋がってるよ。やっぱり梨沙君だったか。
無事で何よりだよ」

デュエルディスク越しに、渚さんの声が聞こえてきた。
声色に違和感もなく無事に逃げる事が出来たようだ。

「渚さんこそ無事でよかったです!
今、どこに居ますか?」

ほんの少しの沈黙の後に渚さんから返答があった。

「ひとまず安全な所までは逃げれたよ。
梨沙君達の方は?ブラックフロアに居るのかい?」

「いえ、今ブルーフロアに居ます」

通話の向こうから驚いた声が返って来る。

「ブルーフロア!?もう行っていたのか…。
というより、そこから電話が掛けれているという事は…」

「こんにちは~初めまして渚さん。
ブルーフロアのアリスって言うの。よろしくね」

渚さんの抱いた疑問を即座に解消するように、アリスさんが自己紹介をしてくれた。

「おっと…はは、随分と物腰が柔らかいんだね。
ボクの名前は福原 渚だ。クラスⅡの間では《情報屋》って呼ばれてる。
梨沙君と同様仲良くしてもらえるとありがたい」

「《情報屋》…いろいろ物知りなのかしら?」

《情報屋》の名前を聞いてアリスさんが、渚さんへと質問を投げる。

「いろいろと言っても、ボクはクラスⅡだからね。クラスⅢについての情報には疎い。
梨沙君と知り合ったから、それこそいろいろ教えてもらおうと思っていた所だよ」

「なるほどねぇ…」

「そうだ。お互い無事なのも分かりましたし、情報交換しませんか?」

通話の向こうから快活な返事が返って来る。

「こちらとしては願ってもない事だよ。
そうだなぁ…友好の意味も込めてそちらの求めてる情報を先に提示しよう。
基本的な事であれば大抵は把握しているつもりだ。何か聞きたいことはあるかい?」

提案され、こちらから聞きたいことを考える。

「そ、そうですね…。脱出の方法とか…」

「ふむ、前にも言ったがこの実験場が提示している物以外にはボクも見つけられてはいないな。
クラスⅢになって、他のクラスⅢ被験者の2名の殺害、もしくは4名とのデュエルに勝利する事。これに加えての100万DPだ」

「そう…ですよね…。えーと、後は…」

急に振られたことで、聞きたいことがすぐに頭に浮かばない。

「じゃぁ、私からでもいいかしら?」

「どうぞ。アリス君で大丈夫かな」

「えぇ。
私も渚ちゃんって呼んでもいい?」

「構わないよ。
さて、アリス君は何が聞きたいのかな?」

「他のクラスⅢの人の情報よ」

「ふむ…」

「他のクラスⅢの人ですか…?」

質問の意図をアリスさんへと聞き取る。

「デュエルでクラスⅢを倒して外に出る…。
たとえ、この手段を取らないとしても、ここでクラスⅢの位置にいる人の情報は知ってても損はしないんじゃないかと思ってね」

「確かに…」

渚さんを含めていろいろな話を聞いてきた中で、クラスⅢはこの実験の中でも最高位に位置している。
そこにいる人がどんな人なのかを知る事は、脱出の為の手がかりだけでなく、自分達の身を守ることにも繋がりそうだ。

「クラスⅢに関しては、クラスⅢの君の方がよく知っているんじゃないかい?」

「私はあまり積極的に外に出る訳じゃないからね。
だから、他のクラスⅢはパープルフロアの奴が一番イカれてるってことぐらいしか知らないわね」

「なるほどね…。
なら、クラスⅢのフロア主の事を話そうか。ブルーとブラックは当然だが除外でいいだろう?」

「えぇ。それでお願い出来るかしら」

電話越しに渚さんが快諾し、クラスⅢのフロア主の情報が話され始める。

「よし、まずクラスⅢは全部で6フロア分の6人って事は知ってるよね。
その中でツートップで危険なのがパープルとレッドフロアの二人だ」

「あら、パープルがダントツだと思っていたけれど、レッドも危ないのね…」

「レッドフロア…渚さんといた時に会った人ですよね」

渚さんと別行動するきっかけになった長い赤茶髪の人を思い出す。

「あぁ、あいつだよ」

「梨沙ちゃんもう会った事あるの?」

「はい。なんというか…宗教染みてる?感じの人でした」

「正解。
《妄信な死神》…レッドフロアのフロア主、藤永 伊織(ふじなが いおり)。
実験場に居る事が地獄、だから殺して天国に送ってやるってのが奴の行動理念だ」

「うわ…聞くからにヤバそうじゃない…」

「なんの宗教観か知らないが…ここに居る人間すべてが苦しんでいるから殺して助けなければいけないという、はた迷惑な使命感で動いてる。
会話の出来なさで行くとパープルフロアの奴より重症だ。自分のしている事が正しいと疑わず、奴なりの善意で見境なくデュエリストを殺している

「宗教ねぇ…外に居た時から?」

「その辺りはボクも詳しくは知らない。まぁこの環境も環境だ。
元が普通だったとしても、どこかしらのタイミングで歪んでもおかしくはないだろうね」

ここが地獄…。この点だけを聞くと確かに同意せざるを得ないものだ。
地獄に居るから死んだ方が楽になれる…。
佐藤のおじいさんを殺してしまった直後にもしこの人と遭遇していたら、自責と後悔の念でそそのかされるままに死の選択を取っていたかもしれない…。

「ほんの少しだけ…分かります…。
私も追い詰められている時にそんな話をされたら受け入れてしまってたかもしれません…」

「そこも厄介な所でね。
何とか他のデュエリストを倒して生き残っても、人を殺すという罪悪感に駆られるタイプは、こいつの話を鵜呑みにして自ら命を捧げるような事をする人も居る有様だ」

「ホントに宗教みたいね…。
心が弱ってる所を狙われる訳ね」

「もう一人、パープルフロアのフロア主、朱猟 響(しゅりょう きょう)。
この実験が開始された時と、ほぼ同時期からクラスⅢとして君臨し続けている古参だ。その行動理念は自分の快楽の為のみ。
自分以外の他者を遊ぶ道具としか思っていない」

「梨沙ちゃんも会った事あると思うわ。黒い服で目の下に傷のある男よ」

嫌な光景が思い返される。狂気を孕んだ笑顔で自分を殺しに来た男。
自分がこの実験場へと連れて来られて始めてデュエルしたあの狂った男だ。

「あ、あの人がパープルフロアの…」

「アリス君の言っていたように、レッドフロアとツートップだが特にイカれてるのはこっちの方だ。
なんせ、こいつは他のクラスⅢのフロア主を皆殺しにしたことが何度もあるからね」

「み、皆殺し!?」

アリスさんが驚きの声を上げる。

「皆殺しって事は、ここから出る事も出来た訳じゃない!
なんでまだここに残ってるのよ…」

「奴が他のフロア主を皆殺しにしたのは外に出る為じゃない。ただ自分が快楽を得る為だ」

「その為に人を…?」

普通の日常生活を過ごしていた梨沙からは信じられない存在だった。
己の快楽の為に人を殺める。ニュースなどでたまに見た事はあるが、実際身近にその存在を感じると背筋に寒気が走る…。

「アリス君がここに来る前…4年前程にもレッドとグリーンフロアを除くフロア主が全員こいつによって殺されている。
ここに来るまでも何かしらの事件で、外では指名手配されてたみたいでね。
隠れ場所にこの実験場を使ってるなんて話も聞いたことがある」

「はー元から犯罪者ってことね…道理であんだけ頭がおかしい訳よ…」

アリスさんは、怒りや嫌悪の混ざった何とも言えないため息を零す。

「襲う相手が悲鳴を上げる程に快感を得る、そんな奴についた異名が《スクリームハンター》」

別世界の人間。フィクションでしか登場しないような存在と自分は既に遭遇しているのだ。そして、その狂気性も十分身に染みて分かっている。
あの男の狂った笑みが嫌でも脳裏によぎってしまう。

「もう関わりたくは…ないですね…」

「同感だよ。
何故パープルとレッドの二人がツートップなのかは、何となく想像できると思うが。
こいつらは自分のフロアから外へと繰り出してデュエルを無差別に挑んでくるからだ」

「無差別に…?」

「フロアの外へ余り出ないアリス君なら分かってくれると思うが、各フロアではデュエルを有利に運べるデュエルカスタムを設定できる。
しかし、外に出てフリーエリアでのエンカウントデュエルはその恩恵が受けられない。にもかかわらず外に出て己の欲望の赴くままにデュエルを挑んでたくさんの人を殺している。
自分の命の安全より、他者とのデュエルを優先している奴らと考えて貰ったらいいかな。まず話が通じる手合いではない」

人を殺す事で、その人を助けていると思い込んでいる藤永。
快楽の為だけに他の人を殺す朱猟。
とてもじゃないがまともな会話が望める相手ではないのは、話を聞くだけでも良く分かる。

「やばいツートップはこんな所かな。
大丈夫かい?」

「はい…参考に…。
というか近づかない方がいい人の事を知れて良かったです」

「梨沙ちゃんに同じく。
後の二人は?」

通話越しに紙が捲られるような音が聞こえる。

「ホワイトフロアの方はまだ情報は不足気味だね。かなり若い男性。梨沙君と近いから学生なんじゃないかな?」

学生と聞いて、チュートリアルで3人目にデュエルした男の子の事が思い出される。

「学生…髪が白っぽいですか?」

「ん?もしかしてもう会った事あるかい?白と言うか銀髪だね」

「私、その人とチュートリアルでデュエルしたことがあります。
確か名前が白神 翔さんだったかと」

「ふむ…白神 翔…だね。ありがとう梨沙君」

名前をメモしたのか、何かが書き込まれる音が通話の向こうから聞こえた。

「歳は私より一個下の高校一年生みたいです」

「若っ…」

「とすると梨沙君も高校生…クラスⅢに二人も高校生が居るというのも不思議なもんだね。
まぁ、カードゲームの実力に年齢は関係ないってことか」

「それで、白神って子はどんな人なの?」

「一言で言うと守銭奴だね。ここに来た目的も金を得る為と本人も豪語しているようだ」

「お金目的か…確かにお金は得られるけど…」

アリスさんが腕を組んで訝しむ。

「そそのかされた理由が金目的の人は他にもいるが、白神君は明らかに金を持って外に出る事を念頭にした動きをしている」

「外に…」

「あぁ、きちんと金を持って外に出ていくつもりなんだろう。
あまり攻撃性はないんだけど…自分にデュエルを挑んできた相手は、倒せば金も得られるって事で容赦がないらしい」

「他二人がおかしすぎて、実に真っ当な目的に聞こえちゃうわね…」

「まだ情報は少ないが金への執着心から《金欲の悪魔》と最近呼ばれ始めたね」

「お金…」

もし父の治療費を短時間で稼げると自分に話が来ていたら…。怪しい話でも余裕のない自分は乗せられてしまったのかもしれない…。
だが、いくら時間がないとは言え、父と離れ離れになる可能性のある選択を自分がするとは思いたくなかった。

「最後にグリーンフロアなんだが…」

通話先の渚さんが口ごもる。

「グリーンフロアの人はどんな人なんですか…?」

「ぶっちゃけた話をすると…分からない」

意外な返答にアリスさんと顔を見合わせる。

「これだけいろいろ知ってる渚ちゃんが分からない…。
でも、私がここに来た時からグリーンフロアに誰か新しく入ったって話は聞いたことないから、たぶん結構前からいる人よね」

「そうだね。何故分からないかと言うと、このフロアに入って出てきた人が一人もいないんだ」

「な、一人もですか…!?」

「厳密には朱猟、パープルフロアのフロア主以外はだね。
あいつがフロア主皆殺しに動いた時に、藤永とグリーンフロアの二人は生き残っている。
少なくとも、手練れであるのは間違いない。加えて、フロア主もフロアの外に出てくる事が一切確認されていないから情報が入ってこないんだ。
それが恐れられて、グリーンフロアそのものが《禁足地》と呼ばれ忌避されているのが現状だね…」

入ると二度と出られないフロア…。まず間違いなくフロアへと入り込んだ人は殺されているのだろう。
渚さんすら、その正体を知らないグリーンフロアのフロア主へ他のフロア主とは別の恐怖心が沸きあがる。

「クラスⅢの情報はこんな所だ。
少しは役だったかな?」

「はい…なんというか…危なそうな人が多いですね…」

聞いた情報の中に温厚に話が出来そうな人がほとんどいない。
チュートリアルでデュエルした白神さんは話が出来そうだが、別れ際に釘を刺されているのもある。
次会った時に敵対されていない事を願うばかりだ。
それぞれ方向性は違えど、この実験場で歪んだ人達な気がして、この実験そのものへの嫌悪がより強くなってくる。

「ありがとうね渚ちゃん。
さすが《情報屋》さんって感じの内容だったわ」

「これだけの情報量、よく覚えてますね…」

「まぁ、ボクにとってはこれが生命線だからね。
当然だけどメモを確認してた部分はあるよ?」

通話越しに紙がペラペラと捲られる音が聞こえる。

「じゃぁ、今度はボクの番だけど…。
クラスⅢのクラスそのものについて聞いておきたい」

「そのものですか?」

「クラスⅢが教えられた情報、ルール。
クラスⅡのボクが収集出来た情報には限界があってね。クラスⅢでは周知されててもそれ以下のクラスには伝わってないものもあると思うからさ」

「なるほど…。
知ってる限りの事は話せると思うわ」

「助かるよ」


「お姉ちゃん…」

「ん?」

いつの間にかトイレから戻っていた穂香ちゃんが声を掛けてきた。
その表情はどこか不安げだ。

「どうしたの?」

「あら、穂香ちゃん。おかえり…
っ…!?」

アリスさんは穂香ちゃんのデュエルディスクの画面を見た途端に言葉を詰まらせる。

「あのね…さっきから何してもこれが消えないの…」

穂香ちゃんが自身の腕につけられたデュエルディスクの画面を見せてくれる。
そこには…


   *****
提示されている実験ノルマが未達成です。
規定の時間内にノルマを達成してください。

<ノルマ>
グリーンフロアにてデュエルを行う。
   *****


赤字で書かれた警告文と、残り時間を示すカウントが進んでいる。

「あと…3時間……」
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コングの施し
読ませていただきました!
穂香ちゃんのデッキが発表された時から、彼女がこの環境でデュエルすることはあるんだろうか?と疑問に感じてましたが、そういうことでしたか…加えて禁足地のグリーンエリアでのデュエル。辛い!!

そして少しずつ明らかになっていく梨沙さんの過去…父親が倒れたということしかわからない梨沙さん、そりゃ出たい気持ちは山々でしょうね。ですがもとより現状を受け止めないことには進展はしない話。周りの人々に頼りつつも今は自分のやるべきことに一生懸命になれるのはやはり彼女らしい部分かもしれません。

アリスさんのことに関しても、描写で匂わせはありましたがやはり多重人格でしたか。なんか君たちみんな辛い過去持ってるなあ!?今はもう彼女を支えられる仲間がいることが彼女の救いになってほしいですね…。

毎回気になる展開が続いて更新を楽しみにしております!これからも執筆頑張ってください! (2023-11-07 09:32)
ランペル
コングの施しさん閲覧及びコメントありがとうございます!

まさかの初陣が未知の敵。梨沙と同行した時点でデュエルする機会を設けること自体がなかなか難しいキャラでしたので、上からの圧力でございます。元々、フロアへと送り込まれる状態だったのが渚と梨沙に出会ったことで遅れた感じですねぇ。

守ると決めた小さな命。預かった命を自分が頑張らないことで、失ってしまえば梨沙の心は完全に壊れてしまうでしょう。みんなで外へ出る事を目指し、その為に穂香の危機を脱するべく協力して挑みます!

アリスはある程度お察しの通りの多重人格ですねぇ、実験の性質上、過酷な環境に身を置く者が集まりやすいのかも…?外の世界では出来なかった仲間という存在。これは彼女に多大な影響をもたらしている事も今後描けたらなと思いますのでお楽しみに!

いつも楽しみにしていただいて、コメントまでしてもらえてる事が、とても励みになっております!次回以降もお楽しみにしていただければ幸いでございます! (2023-11-08 00:28)

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19 Report#1「黒」 376 0 2023-06-03 -
18 Report#2「痛み」 339 0 2023-06-05 -
20 Report#3「決死」 338 2 2023-06-06 -
13 Report#4「救い」 228 1 2023-06-10 -
20 Report#5「チュートリアル」 319 0 2023-06-11 -
30 Report#6「楽しくデュエル」 291 0 2023-06-15 -
18 Report#7「報酬」 215 0 2023-06-18 -
15 Report#8「3人目」 342 0 2023-06-21 -
21 Report#9「いい性格」 237 0 2023-06-24 -
14 Report#10「白熱」 250 0 2023-06-27 -
33 Report#11「決闘実験」 330 0 2023-07-03 -
17 Report#12「絶好のチャンス」 242 0 2023-07-10 -
34 Report#13「殺意の獣」 257 0 2023-07-16 -
19 Report#14「生存の道」 265 0 2023-07-18 -
16 Report#15「自己治療」 239 0 2023-07-25 -
28 Report#16「勝機、笑気、正気?」 309 0 2023-07-29 -
24 Report#17「幻聴」 239 2 2023-08-02 -
38 Report#18「ハイエナ狩」 288 0 2023-08-09 -
19 Report#19「おやすみ」 248 0 2023-08-13 -
19 Report#20「クラスⅢ」 214 0 2023-08-18 -
17 Report#21「視線恐怖症」 197 0 2023-08-23 -
39 Report#22「新たな被験者」 343 2 2023-08-28 -
13 Report#23「天敵」 202 2 2023-09-03 -
28 Report#24「吹き荒れる烈風」 213 0 2023-09-03 -
14 Report#25「情報屋」 170 2 2023-09-13 -
14 Report#26「再編成」 183 2 2023-09-18 -
28 Report#27「見えない脅威」 302 2 2023-09-24 -
27 Report#28「トラウマ」 292 2 2023-09-29 -
14 Report#29「背反の魔女」 306 2 2023-10-03 -
33 Report#30「潰えぬ希望」 325 2 2023-10-09 -
17 Report#31「献身」 163 0 2023-10-15 -
22 Report#32「好転」 208 2 2023-10-20 -
26 Report#33「身勝手」 189 2 2023-10-25 -
21 Report#34「ボス戦」 209 3 2023-10-30 -
14 Report#35「想起」 209 2 2023-11-05 -
23 #被験者リスト 266 0 2023-11-05 -
15 Report#36「ノルマ達成目指して」 165 2 2023-11-10 -
15 Report#37「分断」 196 2 2023-11-15 -
29 Report#38「旅立ち」 237 0 2023-11-20 -
17 Report#39「幼き力」 191 2 2023-11-25 -
10 Report#40「囚われし者」 150 0 2023-11-30 -
16 Report#41「傍に居てくれるから」 214 2 2023-12-05 -
21 Report#42「どうして?」 227 1 2023-12-10 -
13 Report#43「拒絶」 142 0 2023-12-15 -
19 Report#44「不信」 182 2 2023-12-25 -
13 Report#45「夜更かし」 155 2 2024-01-05 -
10 Report#46「緊急回避」 147 0 2024-01-10 -
22 Report#47「狂気」 174 2 2024-01-20 -
12 Report#48「判断」 94 2 2024-01-30 -
25 Report#49「白化」 144 0 2024-02-10 -
23 Report#50「諦め切れない」 162 2 2024-02-20 -
16 Report#51「錯綜」 125 2 2024-03-01 -
17 Report#52「計画」 146 2 2024-03-05 -
19 Report#53「決意」 125 2 2024-03-10 -
14 Report#54「抜け道」 123 2 2024-03-15 -
17 Report#55「死の栄誉」 157 2 2024-03-25 -
23 Report#56「灼熱の断頭」 171 2 2024-03-30 -
21 Report#57「憧れの主人公」 129 0 2024-04-05 -
18 Report#58「記憶にいない娘」 101 2 2024-04-20 -
14 Report#59「蝕みの鱗粉」 110 4 2024-04-25 -

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