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Report#12「絶好のチャンス」 作:ランペル
扉から出ると、フロアの中とは打って変わり、とても明るい白を基調とした廊下が左右に伸びており、出てきた扉は真っ黒に塗りたくられている。
「眩しい…のは、さっきまでが暗すぎたからかな…」
とにかく、出口。もしくはそれに繋がりそうな何かを見つけないといけない。何も手掛かりがないなか、どうするか思いあぐねる。
「(頼ってばかりもいけないけど、アリスさんに出会えたら何かヒントを教えてくれるかもしれない…)」
目下の目標をアリスさんを探すとし、廊下を歩くことにする。
「(どっちも景色に変わりはないなぁ…右にしようかな?)」
向かって右側の廊下を歩いていくと、そこからも何か所か曲がる道があり、目印になるようなものも見つからない。
「戻りたくはないけど、帰り道も考えといた方が良さそうだね…」
自分が歩く道すがらを曲がり道の数などで記憶しながら歩いていく。
3か所目の曲がり道を覗くと、遠くの方に何やら質感の違う壁を見つけた。
「(質感が違う…?行ってみよう)」
それに近づいていくとその壁の正体が分かった。
「あれは…シャッター?なんでここだけシャッターが…」
シャッターが目の前になった段階で、シャッターの奥から誰かの話し声が聞こえるのが分かる。何か情報が得られるかも知れないと、シャッターの傍で聞き耳を立てる。
「ふざっ…けんな…。この人殺しが…」
「クハハ!お前だってここに殺しに来たんだろうが!!!己の私利私欲の為になぁ!ハハハハハ!」
「!!?」
声が聞こえた瞬間、シャッターからのけ反ってしまう。
一人は聞き覚えのない男の人の声。
もう一人は…二度と聞きたくない聞き覚えのある男の声がした。
「(あ、あの人だ……なんでここに…また私を殺しに…?)」
恐怖心はあったが、とにかく今は情報を集めないといけない。
少なくともあいつとはシャッターで仕切られている状況に加えて、他の人と話をしている場面なら、気づかれずに話を聞けるかもしれないのだ。
「ばれないように…」
一呼吸置き、再びシャッターの向こうの二人へと聞き耳を立てる。
「《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》がフィールドのモンスターのみを素材に融合した場合、相手の特殊召喚されたモンスター全ての攻撃力の合計分こいつの攻撃力がアップする!」
「は…?特殊召喚されたモンスターすべて…?」
「そっちの《ウィンドペガサス@イグニスター》《アクセスコード・トーカー》の攻撃力の合計は7600だな」
「攻撃力10400だと!?ふ、ふざけんな!!なんだその効果!?」
攻撃力10400…。もし、行われているこのデュエルも現実にダメージが発生するならば…
「ハハハハハ!これなら安心してあの世にいけんだろ?」
「くそが!!!」
男の人が声を荒げると共に、こちら側へと走って来る音がする。
「(こ、こっちに来る…!?)」
慌てて離れようとすると同時にシャッターに何かがぶつかる大きな音が響き渡る。
ガシャン
「おい!出せ!開けろぉぉぉ!!!」
男の人が大きな声を出しながら、シャッターをどんどんと叩き続ける。
「クハハハハハ!なんて無様なんだ!殺しに来たってのに、逆に殺されちまうなんてなぁ~?」
「なんでお前が居るんだよっ!!!俺は新しく来た奴を狙ってただけだろ…お前に関係あんのかよ!!?」
「(え…?)」
新しく来た奴…もしかしなくとも自分の事だろう。今、あいつに殺されかけているこの男の人は、私の事を殺しにここへ来ていたとでも言うのか?
「新入りは、知識に疎いからなぁ?それに乗じる生きのいい奴を仕留めるのが楽しくて仕方がねぇんだよなぁ!!!」
「そんな頭おかしい理由で殺されてたまるか…!」
「なんだ?まだ何か抵抗できんのか?なら見せてみてくれよなぁ!
バトル。《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》で《ウィンドペガサス@イグニスター》を攻撃!」
男の攻撃宣言と共に、ドラゴンの唸り声と何かのエネルギーを溜めているような音が辺りを震わせる。
「(やばい…)」
攻撃力の数値も相まって、身の危険を感じその場から走って元来た道へと引き返し、戻る途中の曲がり道へと転がり込む。
「クソがぁぁ!おい!誰か!開けろ!開けてくれ!俺を助けろ!!頼む!助けてくれぇ!!!だれk…
シャッターを叩き続けながら叫ぶ男の人の声が途切れたのは、すさまじい衝撃音の後だった。
がたがたとシャッターが震え続け、地震かと錯覚する程の振動は少しの間続いた…。
その間は、私もがたがたと震える事しか出来なかった…。
あまりにも大きい衝撃、通路へ顔でも覗かせればあいつが居るであろう予感。
万が一見つかりでもしたら、今度こそ殺されてしまう…。
息を殺し、手で口元を抑えるのが精一杯だった。
しばらくすると、シャッターが開かれる音が聞こえ、それと共に
「ハハハハハハ!!!跡形も残らねぇとは、このこったなぁ!」
あの男の不愉快な笑い声がこちらまで届く。
跡形も残らない…。モンスターの攻撃で先ほどの男の人が跡形もなくなってしまった…?
その光景を想像するだけでも、恐怖が襲い掛かり気分が悪くなる。
「さて、今度は入り口の方に行ってみるか」
男の足音が段々と遠のいていく…。
「行った…?」
1分ほど経った頃には、男の足音は全くしなくなっている。さっきの場所がどうなっているのかを確認したい。
もし、あいつが隠れでもしていたら、終わりだ…。
だが、外へ出る為の情報は欠かせない。何かわかるかもしれない物を目の前にして引き下がる訳にもいかない。
「(フラグとかほんとにもう…勘弁だからね…)」
恐る恐る先ほどまで声がしていた通路の方へと顔を覗かせる。
「う………」
最悪だった。
シャッターのすぐ向こう側と思われる床、壁、天井には赤黒い染みがべったりと広範囲に付着している。天井からは、どろっとした赤黒い液体が地面へと滴っている。
見ず知らずの顔すら知らなかったが、確かに生きていた人が一瞬であそこまでの血肉となり果ててしまうものなのだろうか…。
「うっ…ぐぅ…」
抗えない吐き気に襲われる。認識してしまうと一気に鋭敏になる五感は、人の死をより正確に認識させてくる。
どうしようもなくその場で吐いてしまう。
「ごほっごほっ…」
見てしまった自分を恨んだ。それ程までに、梨沙には馴染みのない非現実的な光景だった。
「狂ってる…あの人も…こんなことを良しとしているこの実験をしている人らも…」
恐怖と嫌悪、そしてふつふつと湧き上がる怒りを感じた。
「とにかく、離れよう…。見つかりでもしたら…」
脱出口を見つけるために、とりあえずフロアの外へと出てきたが、あの男がうろついているのなら話は別だ。どこか安全な場所を探し出す事が最優先になる。
ひとまず、元来た道を引き返し、元の通路まで戻って来る。
左右を確認するが、人影は見当たらない。
「一旦戻るか、先に進むか…」
先に進むのは危険だが、かといって何も情報も持たず先ほどの場所へ戻ったしても進展は何もない。
悩みつつ、警戒しながら少しだけ先の曲がり角を覗き込む。
覗き込もうとした…
「わっ!」
「きゃっ!?」
突然曲がり角から、私と同じくらいの背丈の茶髪でポニーテールの桃色の服を着た女の子が出てきて、ぶつかってしまう。
彼女の方は相当急いでいたのか、バランスを崩して後ろへと倒れこんでしまう。
「(デュエルディスク……)大丈夫、ですか…?」
デュエルディスクを付けていた事から、不安を抱えながらも目の前で倒れてしまっている女の子へと声を掛ける。
「ひっ、た、たすけて…。助けてください…!」
「え、え?」
突然助けを求められているが、状況がつかめず反応に戸惑っていると女の子は先ほどの曲がり角の方へと顔を向け引きつった顔をする。
「あぁ…!?き、きてる…!?」
「なに?何が?」
釣られるように、曲がり角から顔を覗かせる。
するとそこには、お腹を真っ二つに鋏で切断され、口の中から赤い目を光らせた虎のぬいぐるみのような異形がこちらへと走ってきている。
「な、なんなのあれ…!?」
「こ、ころされちゃいます…!たすけてください!」
女の子は涙声で私へと縋りつく。
ぬいぐるみ部分はともかくとしても、鋭利な鋏は明らかに危険だろう。
「逃げよう…!ついてきて!」
梨沙は女の子の手を取り、元居たフロアの方向へと走っていく。
少しすると先ほどまで曲がり角の奥に居たその異形は同じ通路へと姿を現し、不気味な笑い声をあげ、再びこちらへと走り寄って来る。
「(とにかく、フロアの中にさえ入ってしまえば…きっと…)」
何とかフロアの扉へと到達する。そして、扉に触れると共に扉がゆっくりと開かれ、またあの暗闇が映し出される。
「急いでこの中に!」
「は、はい…」
女の子と共に、フロアの中へ入り込むと扉が閉じられ、完全な暗闇になる。
外からはまだ不気味な笑い声と異形の気配がする。
「(早くどこかへ行って…)」
震える女の子の手をぎゅっと握る。
少しすると、聞こえていた不気味な笑い声と気配がふっと消え去る。
消え方に違和感を覚えたが、とにかく気配がなくなったことに安堵する。
「いなくなった…かな…?」
「ほ、ほんとうですか?」
「たぶんね…。さっきまで聞こえてた笑い声も聞こえてこないし…」
「た、助かりました…」
暗闇で、よく見えないが、彼女はほっと一息ついている様だ。
「あの、ありがとうございます…。おかげで助かりました」
「突然だったけど何とかなってよかったよ…。私は裏野梨沙。あなたは?」
「桃谷彩香(ももたにさやか)って言います」
「そっか、桃谷さんね。よろしく」
「あの、梨沙さんってここの人なんですか?」
「ここの人…って言うのかな…?正直、まだよく分かってないのよね…」
「よく分かってない?」
「うん…。どうしてここに居るのかもあんまり分かってないんだ…」
「そうなんですね…」
「桃谷さんは、どうしてさっきの化け物に追われてたの…?」
「私もよくは分かりません…。ただ外に出たくて…」
外に出たい…。自分と同じ気持ちを持ち、不安を共有できそうな相手だと分かり一気に親しみが沸いてくる。
暗闇の中、彼女へと語り掛ける。
「私も!何とか外に出る方法がないかを探してたの。ね、桃谷さんも一緒に外に出る方法を探しませんか?」
「一緒に…ですか?」
「うん!私もよく分からない事ばかりだけど、一人よりは二人の方が何か解決策が出てくるんじゃないかなって!」
「そうですね…。
でしたら、情報共有しませんか?少しでも分かることが増えたらお互い得だと思うので…」
「そ、そうだね!私もいろいろ知りたい事があるの!」
情報共有。願ってもない申し出だった。彼女もあまり詳しい事は知らなさそうだったが、私とは違う場所に居た様子から、別の視点での情報が得られるかもしれない。
「先に聞いておきたいんですけど、梨沙さんってこのフロアの仕組みって知ってるんですか?」
「仕組み?」
「ほら、デュエルのルールの設定が出来るってことですよ」
「る、ルールの設定…?どういうことですか?」
「そっか、知らなかったんですね…。
安心しました!」
「へ?」
独特な機械音が彼女の左腕から発せられる。
ザザッピー
「ただいまよりブラックフロアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:8000
モード:クラスアップ
リアルソリッドビジョン起動…。」
「え…?桃谷さん…?」
突然響き渡りデュエル開始のアナウンス。それと同時にフロア内へ最低限の照明が確保される。
同時に、梨沙のデュエルディスクも起動を始める。
彼女はその場から立ち上がり、扉がある方向へと歩いていく。
「今が絶好のチャンスだって事が分かりました!
梨沙さんは外に出なくても大丈夫です。外に出る準備しないとなので、私にこのフロアをくださいね」
振り返りそう告げる彼女の顔には笑顔が見えた。
「桃谷さん…どういう意味ですか?」
「分かりませんか?デュエルですよ。
梨沙さんを殺して、このフロアは私が貰います」
「そんな…」
ここはこういう場所なのだ…。無警戒で何も知らない私を狙って人が集まってきているのだろう…。
親近感を覚えた相手はただただ自分をデュエルで殺しに来ていただけだったのだ。
チュートリアルは終了している。モードはクラスアップと、これまた自分の知らない用語が出てきた。
「桃谷さん、話し合いで解決という方法は…」
「なにそれ?話し合って私が外に出られるなら話し合いするけどもね」
彼女の望みが私と同じく外に出る事だとするなら、彼女がここのルールに則って外に出ようとしているという事だろう。
殺されるかもしれないし、逆に私がデュエルで彼女を殺してしまうかもしれない…。
殺される、殺してしまう…どちらも絶対に嫌だ…。デュエルをしないという選択は既に存在しなくなった。
デュエルに向き合う事がここで生き残る為に必要なことになる。
デュエルが始まってしまった以上、覚悟を決めないといけない…。
「…分かりました。でも、私もただでは負けませんよ…」
「これ以上にない程の好条件だからね…。私はもうこのチャンスを逃さない…」
「デュエル!」 LP:8000
「デュエル!」 LP:8000
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