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HOME > 遊戯王SS一覧 > Report#77「残されたモノ」

Report#77「残されたモノ」 作:ランペル


 血に塗れ、無を貫く表情を見せる梨沙。デュエルに勝利し、近久も気づかぬ内に奪い去ったデュエルディスクをその手に、ただただ近久を見下ろしていた。

「自 殺……なんてこと……するつもり……」

「聞こえましたよ。死んで償わせてって言ってましたよね?」

 罪を犯したのならば、それ相応の罰を受けるべきだ。人を殺したのならば、自らも殺されるべき。それが近久の中での建前。だが……表情の動かない梨沙には、自分の思惑の全てを見抜かれてしまっている。

「死ぬことが償いにはなりません。それは、あなたがただ楽になりたいだけですよね?」

 どうすればいい……?

「あぁぁ……ごめ、なさい……逃げようとしたんじゃ、ないの……全部ウチのせいだから。罰を、受けないといけないから。あなたには、その権利があって、死ぬのが楽になる事なら……、お願い……梨沙の気の済むまでウチをいたぶって……どんなひどい事も、受け入れるから。ウチは一生恨まれることしてしま、って。なぎさに、アリスを殺してしまったのに、その意味がなくなるようなこと、言われ……ち、違う!
ウチが、あ、あ、あなたの大切な友達を殺して……取り返しのつかないことして……こんなの許されなくて……。ごめ、なさ……梨沙に何て、謝ったら……?ち、ちがうの。うぇ……ど、どうしたら……あぁああひどい事をしたあなたになんでこんな事聞いて……あぁぁぁぁ、ごめんなさい……死 ねというなら死にます、あ……ぇ?ちが、ちがいます、死んで、逃げようとしてるんじゃ、なくて……。ウチが、死なないようにアリスは……考えて、あぁああ!?うぅぇぅぅ……うぁちを殺して……た、耐えられない。い、ごめ……あ……あ……あ…………」

 何を口にしても無表情のままの梨沙。懺悔したくとも、罪を償いたくともそれも許されず、かといって逃げる事も許されない。自分がしてしまった事が決して許されない事であるからこそ、目の前の彼女が見せるこの無表情がどうすれば元に戻るのか。彼女の目が生き返るのか、彼女が自分の殺した人に見せていたであろう笑顔を取り戻すのだろうか。許されないが許されたい。どうしたらいいのか分からない。どうしたらみんなが救われるんだ。なんでこんなことになってしまったんだ。許して、死なせて、助けて。そんな権利はない、人殺しが何をふざけたことを言っている、いったいどうすればいい。どうしようもない。アリスの死を、これ程に悲しむ梨沙と言う少女の大切なアリスと言う人間の命を自分は奪い取ってしまったがそれを梨沙へ懺悔する事も彼女は望んでいないのならどうしたら彼女に詫びる事が出来るのかそもそも人様を殺めておいて救われようとしている事が間違いで彼女は現在進行形で自分を罰してくれているではないかこれこそが自分にとっての最大の罰であり生きる事も死ぬことも許さない梨沙の怒りの根幹そのものなのだろうそんな自己本位な考えは大切な人を殺された梨沙に失礼極まりない大切な人を奪っておいてまだその尊厳を自分は踏みにじろうとするのか加害者が被害者に罰してもらう事を望む事がどれほど残虐な事であるかも分からないのか自分がつい先ほどまで彼女をどうしようとしていたのかももう忘れてしまっているあまりにも卑劣で劣悪な言動に行動愚行お前と言う人間が生まれてしまった事こそがアリスや梨沙に留まらず世界の害そのものださっさと死 ねばいい生きる価値のない害虫はさっさと死 ね何を死のうとしている本当は懺悔何てどうでも良くて助けて欲しいだけだろ自分勝手な人殺しめどうしたらどうしたらどうしたらどうしたらどうしたら――
 どうし……たら……?

 限界だ…………。

 追い詰められ、そして自らを追い詰め続けた近久は錯乱し、口から小さく泡を零しながら全身を痙攣させる。締め付けられる胸に、鳴りやまない耳鳴り、止まらない吐き気、終わらない頭痛、内から溢れる非難の声。殺さないどころか傷さえつけられなかった事で、罰を受けたという理由さえも逃し、さらに自分が追い詰められていく。
 極度の緊張と、罪悪感に囚われ発狂目前まで迫っていた近久。そして、彼女の錯乱する様を梨沙は何をするでもなく見届けた。近久の心の悲鳴を全て見聞きして尚、梨沙の表情に変化はない。
 その無表情が、近久には恐ろしくて堪らない。

「あ、あが……ごめ、なさ……り、さ…………う…………」

 視界がかすみ、呼吸さえも止まりかけたその時。目の前の彼女が動きを見せた。

「ひっ……!!?」

 怯えた声を洩らす近久を前に、梨沙が突然倒れ込んで来る。

「あ……ぁ…………え……?」

 おかしくなりかけていた頭になだれ込んでくる意味不明な状況の中、大量の出血の影響か少し冷たくなっている梨沙の体を咄嗟に支える。正確には、この状況に正常な対処を出来ていない事で、支えるという形を取っているだけだ。
 近久が、この突然の事態を飲み込むよりも前に血塗れの梨沙の右手が、首元の背後へ回り込む。そして、右手がゆっくりと近久の後ろ髪へ触れた。

「な…………に……?」

 突然の出来事に錯乱していた脳が一瞬で冷却されていく。髪へ触れた梨沙の右手が、今度は近久の頭へ触れ、左腕が近久の背中を抱き寄せる。

「1人でどうしようもなくなった時……アリスさんに、こうしてもらったんです……」

 頭に触れた梨沙の右手は、近久の頭をゆっくりと撫で始めた。

「は、え…………り……さ……?」

 近久は、自分が何をされているのかの理解が出来なかった。困惑に支配された頭とは別に、体は依然として梨沙の行動の1つ1つに恐怖し、震えが止まらない。
 そんな彼女に向け、梨沙ははっきりとした声で自らの気持ちを言葉に落としていく。

「近久さんの事を心から許す事はきっと出来ません。
でも、近久さんがしてしまった事……その全部が近久さんのせいじゃないですよ?」

「何……?言って……??」

 意味が分からず、梨沙から逃れようと近久は体を動かすも、緊張しきった体をうまく動かせなかった。その細やかな抵抗を、梨沙は頭を撫で続けたままゆっくりと止める。

「怖かったですよね。人を殺してしまって、許されない事をしてしまって。近久さんはきっと正義感が強い人だったから、他の誰よりも自分で自分を許せないんですよね。
だから、正しい事だって思いこまないとおかしくなっちゃいそうだったんです」

 柔らかな声でそう梨沙が言葉を発している。
 何故、彼女がそんな事を言うのかも、こんな事をしているのかも近久には全く理解が出来ない。

「梨沙……何言ってるの、何……してるの……?」

「近久さんがここに来てから、苦しい気持ちを受け止めてくれる人が1人でも居てくれたら、きっと近久さんはこんなにも苦しんでないかなって思ったんです。だから、私が受け止めます。これ以上、近久さんが苦しみ続けて、その苦しみが広がらないように……」

 自らに抱き着いている様な状態の梨沙が一体どんな顔をしているのか、近久には分からなかった。ただ分かるのは、梨沙が自分の頭を撫でながら、何か優しい声で言葉を発しているだけだ。混乱する頭では、その言葉の全てを理解できない。だが、彼女がしている事が普通で無い事だけは理解できる。

「な、なんで……なんで?ウチは、アリスを殺して……殺しの罪悪感を少しでもマシにしたくて、あなたも殺そうとして……許されない事を……重ねようとして……」

 このまま梨沙に優しく絆されては、自分はきっと甘えてしまう。人に甘えていい権利などないというのに、愚かな自分はきっと受け入れてしまう。自らの罪を明確に言葉とし己を律する近久。それと同時に、緊張の解けて来た体を揺らし、梨沙から逃げようとする。
 しかし、梨沙は近久を逃がしてはくれない。震える手で頭を撫で、震える手で近久を抱きしめ続けるのだ。

「こうして大丈夫って言ってくれる人がいたら。近久さん、そんな事しなかったかなって」

 息遣いが荒くなっていく梨沙が、残された力でただただ近久の頭を撫で続ける。
 近久は段々と体に力が入るようになって来た。全力を出せば、こんなか弱い少女の力のない腕などいつでも振りほどける。頭でその選択肢が浮かべども、近久はどうしても実行に移せなかった。

「なん、でよ……どうして……なんでそんな結論になるの……」

 聞かなくてはいけない。彼女が何故こんなことをしているのか。

「私も…………ここで1人だけ。命を奪ってしまった人が居ます」

「……!」

 体を震わせ動揺する近久の耳元で、梨沙は静かに語る。

「人のせいになんか……出来ないですよね。どんな理由があっても、その人の命を奪ったのは自分なんだから……。言い訳を並べて、無理やり他の原因を考えても……最後は自分の所に戻って来ちゃうんです」

 まるで、自分と彼女が同じかのような言い回しを始めた。否定しないといけない。
 彼女は、自ら前を向いた。目の前の責任から本質的には目を背け後ろを向き続けた自分など、彼女の言い訳の足元にも及ばない。

「答えに……なってない……。あなたは、それを乗り越えた……ウチにはそれが、出来なかった……だけだよ………………」

 彼女は人を殺しても、その罪に真っすぐ向き合った。自分は口だけで真っすぐ向き合ってなどいない。誰かに許して貰う為の言い訳を体よく並べ立てていただけ。渚の言葉に反発したのも、縋った言い訳を無下にされそうだったからに過ぎない。結局自己本位で自己中心的にしか考えていないのだ。
 自分は彼女と同じになり得ない。なってはいけない。彼女のように誰かの事を考えられる人なんかにはなりえっこない。

「私には、アリスさんが手を差し伸べてくれました……。こんな所に連れてこられて、おかしくなりそうだった所を助けてくれたんです。精神的な支えが1つもない状態で、人なんか殺してしまっていたら……私も近久さんと同じことをしていたかもしれません」

 唇を震わせながら梨沙はゆっくりと言葉を繋いでいく。

「苦しくて、辛くても、人を殺してしまった私達は簡単に死ぬことは許されません。でも、誰かに助けてもらってもいいんです。罪を抱えたからって、それを重ねる必要はないんです。きっと、誰もそんな事を望んでません。
近久さんを助けてくれる人が誰もいなかったなら……私が近久さんの事、助けてみせます……」

「わから……ないよ…………梨沙はアリスに助けられた。そんな恩人を殺したウチに……なんで、そんな事を言ってくれるの……」

 梨沙が何故この様な行動を取れるのか、近久には全く理解できなかった。彼女を救ったはずの人を自分は殺してしまったのに、彼女は自分を助けようとする。責任を負おうともせず、助けてもらいたいと願ってしまっている卑しい自分を抑えたくて、何度も梨沙のおかしな行動を追及していく。

「きっと、私が近久さんを殺したりするより……こっちの方がアリスさんは笑ってくれる気がして……。あぁでも、もう1人のアリスさんには怒られるだけですね……。アリスさんも、心配して怒ってるかもしれないですけど……」

 そう言って口元だけで笑みを作る梨沙。近久は、驚きと共に目元に涙が溜まっていく。

「意味わかんない……意味わかんないよ……。頭おかしいよ……大切な人殺されたのに、その殺した奴の事なんか……なんで…………」

 途切れる言葉と共に、近久の体の抵抗が弱くなっていく。近久に追求された事を否定できなかったのか、梨沙は小さく微笑みながら気持ちを伝える。

「あはは、正直私もそう思います。
なんでこんな事言ってるのかも、あんまり分かってないですし、近久さんの事は許せないですよ。
でも…………助けて欲しそうにしてるあなたの事、放っておけませんでした……」

 梨沙は後ろを向く近久を突き落とす事などせず、前を向かせようと声をかけた。
 近久はそんな資格などないと、懸命に自らの無価値さを説き抗い続ける。

「頭……おかしい人しかいない。こんな人殺しに優しくしたって……何の価値もないのに……。
なんで、こんなことになるの…………」

 だが、梨沙に反論しようとしたその時……既に近久は前を向いてしまっていたのだ。

「なんで……」

 優しく包み込み続けてくれる梨沙の存在を認識した瞬間、止まらなくなった涙。梨沙の背中に置かれた近久の手がぎゅっと握りこまれていくと、号泣しながら近久は謝り始めた。

「ごめんなさい……ごめんなさい。
心から、謝りたかった……霊園、アリスに、梨沙にも……」

「はい……」

「怖かった……ずっとずっとずっと……怖くて……怖くて仕方なかった……」

「うん……」

「許されようなんて……思ってない……。
でも…………でも、ごめん……ごめんなさい……謝らせて、ください……。耐えられないの……ごめん、なさい……ごめんなさい……」

 近久はその言葉を最後に静かに泣き続けた。
 梨沙は薄れゆく意識の続く限り、ゆっくりと彼女の頭を撫で続ける。
 自分が孤独や恐怖、絶望へ押しつぶされそうになった時、そうしてもらった様に……。



 ---



 満身創痍のはずの梨沙が、涙する近久を介抱している。その様を見る事しか出来ない白神の中で複雑な感情が渦巻く。

「正気じゃない……」

 アリスを殺し、その殺しに正当性を持たせるべく梨沙を殺そうとしていた近久。
 そして、そんな彼女に血だらけの傷を負わされて尚、受け入れるような素振りを見せる梨沙。
 常軌を逸した梨沙のその行動に、狂気を感じ取らざるを得ない。左手をおでこに当て、この異常事態にどうするべきか考えあぐねる白神。

「落ち着け……僕は今、何をするべきだ……?」

 結果がこれでいいのかは分からない。だが、少なくともこのデュエルでどちらも死ななかった。最悪の事態に発展しなかったことを喜ぶべきなのか……?

 いや、まだ安全が確保されている状況にはない。

「そうだ……止血もしてないじゃないか!!?」

 はっとした白神が、抱き合う二人の元へ近づき少し声を荒げる。

「もう十分だ。近久さんが梨沙さんを殺す理由は、もうなくなっただろ!?」

 白神の声に驚いた近久が、泣きながらもゆっくりと首を縦に振る。

「だったら、梨沙さんも離れるんだ。そんなに血だらけで本当に死ぬよ?」

 彼女の肩へと手をかけながら声をかける。

「………」

 だが、梨沙は反応を見せない。

「おい、シャレにならないって……」

 加速する己の動悸を鎮める様に、少し強く梨沙の肩を揺らす。しかし、彼女からは依然として反応はない。白神の目に映るのは、梨沙の全身から今なお止めどなく流れる血の滝だ。

「まずい……たぶん死にかけてる……」

 傷の1つ1つは小さくとも、それが全身のありとあらゆる場所に負ったものであれば話は別である。

「え、は……?梨沙?」

 白神の言葉に、近久も涙ながらに驚き梨沙の表情を伺う。傷だらけの彼女は目を閉じ、そのまま動かない。

「とにかく止血を急がないと……近久さんは、あの傷を治すやつ使えるのか!?」

「い、いや……あれは、なぎさと学しか……」

「くそっ、じゃぁなんでもいいから梨沙さんが死ぬの食い止めとくんだ!」

 焦りと共に曖昧な指示を飛ばした白神が、渚たちが居るであろう方向へと走り始める。
 指示を了承するが、近久に全身から血を流す彼女の適切な止血方法など思いつくはずもない。

「……!」

 近久は少しでも出血を遅らせるべく、咄嗟に着ている浴衣の帯をほどいた。そして、梨沙の傷口の中で一番大きい箇所へ帯を押し当て圧迫していく。
 自分が今生きてるのは、きっと役目が与えられているのだ。手にかけた命へ償う為に、与えられた何かしらの役目が。

「梨沙……!しっかりしてよ!!!」

 近久は梨沙へ大きく声を掛け続ける。涙を零し、涙声のままに必死に声を掛け続ける。

「(アリス……あなたが助けたこの子は周りに力を与えてくれる……。
あなたを殺してしまった事、許されようなんて思わない……。でも、ウチがあなたの大切な友達の力になろうとするのを……どうか許して……)」

 心の内で、アリスへ図々しくも願った。だが、彼女の最期を見たからこそ……ここで梨沙を死なせてしまう事はアリスへの侮辱に他ならない。彼女の生きた証、彼女が生み出した希望を潰えさせてはならない。
 懸命に出血を抑える近久の真っ赤に充血した目には、涙と共に光が戻っていた。





 -----





 夜が更ける事で静けさを増していくフリーエリア。だが、無機質に灯り続ける照明によって、被験者達はそれを知らせるアナウンスがなければ、夜が来た事すら分からない。


ピンポンパンポーン


【ただいまより就寝時間となります。約9時間フリーエリアの各機能に制限が掛けられ、各フロアの扉がロックされます】


 アナウンスが流れ、天井の照明が1つ置きに消されていく。この消灯で初めて、1日の終わりが近づいている事を察する者達が居る。

「もうなのか……。
(シェルターに戻るべきか……?いや、ボーナスがいつまで続くか分からないんだ……《夜襲》は危険だが少しでもDPを稼いでおきたい……)」

 細身の男が茶髪の髪を揺らしながら、周囲を警戒する。フリーエリアを包み込む静寂とは裏腹に、南国風のアロハシャツを着たこの男もデュエルディスクを左腕へ装着し、生き永らえる為に彷徨う被験者の1人だ。不気味な程の静寂に包まれたフリーエリアを少しずつ歩いていく男。
 そんな彼の視界に、異変が入り込む。

「……!ひどいなこりゃ……」

 漂う死の臭いに思わず顔をしかめ、手で鼻を覆う男。
 男が視界に捉えたのは、通路の中央部で倒れた死 体だった。所々が腐食し、体液と血が滲み出る悲惨な死に様を迎えた黒髪の女。その皮膚は加齢によるしわが目立つが、何よりも苦痛に歪められたその死に顔が恐ろしかった。

「(近くにやばいのが居るかもしれないって事か……)」

 何人か死を目撃した事のある男は、この死 体が生きる為に殺されたものでない事に直感で気づく。つまり、殺しを目的とした人間によっていたぶり殺されているのだ。
 男は息を殺し、前後左右に目を光らせる。幸い、人の気配を微塵も感じなかった事で、安堵の吐息を漏らす。

「(大丈夫そうだが、ここは少し離れておくか……)
……ん?」

 その場を離れようとする直前、なんとなしに再度見た女の顔に男は既視感を感じた。頭の中に入れていた危険な人間の情報を思い返し、彼女の首元に残された真珠のネックレスを目にしたことで、男は確信する。

「は?《夜襲》か、このばあさん……?」

 男は思わずそれを口にすると共に、口元が緩んでいく。

「マジだ……《夜襲》だ!くたばったんだな!となれば、夜に出歩くリスクが大きく減る!
《情報屋》に流せば何か実入りがあるかもしれない……!」

 広まっていた《夜襲》の噂の元凶が目の前で死んでいた。間接的とはいえ、危険が排除された事と、思いがけない情報を手に入れた事で、男は少し浮かれている。

「ワンチャン瀕死だったりしねぇか?もし、生きてりゃ俺がとどめを刺して……」

 そう言いながら男は、腕を持ち上げ自身のデュエルディスクの画面を覗き込んだ。


 [ターン2]


 男の背筋を瞬く間に恐怖が駆け上って行った。このターン表記は、殺し合いの前兆であり、直感的に死を予感させる。
 瞬時に男は慌てて周囲を再度警戒した。だが、先ほど同様人の気配はまるで感じられない。

「な、なん……?誰もいないのに……なんでデュエルが始まって……」

 事態を呑み込めない男が再び前を向く。そこには、黒い何かがいた。

「う、うわぁ!!?」

 男は驚き、後ろへと倒れ込んでしまう。すると、背中が何かに触れた。
 押し寄せる恐怖と好奇心に耐えられず、その何かへ目をやる。

 そこには、真っ黒な体に目と口だけが真っ赤に染まった悪魔のような人型が、にっこりと口を開いて男を見ていた。

「あ、あー!?クソ、ふざけんな!!?」

 震える手でデッキトップより手札となるカードを引き抜こうとする。焦りと動揺、そして言い知れぬ恐怖で手元が定まらずなかなかデッキからカードを引き込めない。なんとかデッキトップの場所を定め、勢いよくカードを引き抜くと、その手がまたもや何かにぶつかった。
 そこにも先ほどと同じ悪魔が笑顔を見せている。

「さ、3体……!?」

 男はいつの間にか、水色の髪を逆立てた3体の真っ黒い悪魔に取り囲まれていたのだ。何が起きているのか男は理解ができない。知らずの内にデュエルを挑まれていたのだとしても、対戦相手はどこにも見えないどころか、気配すらも感じないのだから。

「……クソッ!!」
手札:0枚→6枚

 男は手札を何とか引き込み、ターン継続の意思を示した上で、体勢を立て直す。そして、悪魔たちの間を潜り抜けてその場から逃げ出そうと走り出した。
 その時、男の前方より甲高い鳥のような鳴き声が響き渡る。

「あ……?」

 次の瞬間、男の体は宙に浮いていた。舞い込んできた突風が男の体を浮かせたのだ。状況を理解できない男が、先ほどの真っ黒な悪魔達の元まで飛ばされていく。男の視界の端に悪魔が入り込んだ瞬間、3匹の悪魔は瞬く間に膨らむと弾けた。
 爆風を伴ったそれが宙に浮かんだ男の体を、目にもとまらぬ速さで壁に向かって弾き飛ばす。

「は……

岩瀬LP4000→0


 男がこの出来事を理解する前に、顔面が壁へと叩きつけられた。
 パンッと弾けた音が響き、重力と共に男の体が地面へと落下していく。男の顔面が叩きつけられた白い壁は真っ赤な血しぶきと血だまりを生み出し、地面へ墜落した男の体がぴくぴくと痙攣する。それもしばらくの間だけであり、次第に痙攣が弱くなっていくと、最後には動かなくなった。



 ---



 緑に淀んだ光で満たされた1室。
 じゃらじゃらと鎖の音を響かせながら、黒いデュエルディスクを自らの手元へ引き寄せた少女。両目を覆うように包帯を巻いた彼女は、デュエルディスクに置かれたカードを指先で何度も触り、何かを把握したようにそれを掴む。


「岩瀬様のライフが0になりました。勝者はワルトナー様です。」


 流れたアナウンスに耳を傾けた少女が、ほんの少し口角を持ち上げると、振り返った。

「お父様…ワタシ…うまく、できましたか…?」
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