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HOME > 遊戯王SS一覧 > Report#66「赤い世界」

Report#66「赤い世界」 作:ランペル

ピーーー



「貫名様のライフが0になりました。勝者は裏野様です。」

アナウンスによりデュエルの終わりが告げられた。
広げられたデュエルディスクで自らの顔を覆っている貫名はその場を動かない。

「裏野様と貫名様へデュエルボーナスが送られます。ご確認ください。」

   *****

デュエル勝利おめでとうございます。
以下獲得ボーナスになります。

勝利ボーナス     : 10000DP
エンカウントボーナス :  3000DP
イベントボーナス   :      ×3
          計: 39000DP

   *****

「貫名さん…大丈夫ですか……?」

デュエルディスクへと獲得したボーナスが表示される。
しかし、梨沙はそんなことよりもダメージを受け動かない貫名へと意識が向いている。

ゆっくり自らの顔からデュエルディスクをどかした貫名が、デュエルディスクとして展開されていた拳銃のグリップ部分を反対の手で掴んだ。
すると、それは瞬く間に収納されていき、リボルバー型の拳銃へと姿を変えていく。

「あまり心配ばかりしていると、舐めていると取られかねないぞ裏野」

「…へ?
な、何の話ですか…?」

「お前の信念は理解しているから問題ないがな」

理解が及ばない梨沙の疑問を、貫名はスルーして自己完結させてしまう。
貫名が銃を回転させながら腰のホルスターへと収めると同時に、閉鎖されていた空間のシャッターが開き、梨沙の後ろのグリーンフロアの扉のロックも解除された。

扉のロックが開かれ、数秒も経たない内に扉の中からアリスが飛び出して来た。

「梨沙ちゃん…!!!」

「アリスさん!」

自身の方へと振り返る梨沙の姿を捉えるたアリスは、ほっと胸を撫でおろした。
そして、即座に梨沙へデュエルを仕掛けたであろう貫名をキッと睨みつける。

「あなた…どういうつもりなの!?」

「言っただろ。確認することがあるって」

「これが確認ですって?
突然デュエルを挑むことが一体何の確認だと言うつもりよ!」

梨沙の方にチラリと目を向けたアリス。
色のないフリーエリアの明かりは、梨沙の黒いドレスの左肩が変色してしまっている事に気づかせる。

「梨沙ちゃん…その肩…」

「アリスさん大丈夫です。
私は無事ですから、落ち着いてください」

自分の事を心配して声を荒げてくれているアリスをどうにか落ち着かせるべく、ゆっくりと声をかけた梨沙。
しかし、その右手についた赤い血の跡がアリスの逆鱗に触れた。

「どこが無事なの!?
渚ちゃんの声があったからって油断した私がバカだったわ…」

そう言って懐から取り出した小型の機械を右腕へ装着し始めるアリスの目つきが変化する。

「あたしはさいしょっっから、信じられるような面構えしてるようには見えなかったがな!?」
「今更言ってもしょうがないでしょ!
とにかく…あいつを殺さないと」

自らの内に宿したもう1つの人格が、左腕のものとは別に展開されるデュエルディスクと共に、アリスが敵と認識した人間を排除するべく外へと解き放たれる。
デュエルディスクが構えられたことで、貫名もまた無言で自らのホルスターに収めた銃へ手をかけた。

「ま、待ってください!!
ダメージは受けましたけど、大したことありません!今は、争ってる場合じゃないはずです!!!」

アリスの前へと出た梨沙が両腕を広げて、アリスが貫名とデュエルするのを食い止める。

「この期に及んでお前を殺そうとしてきたあいつをお前が庇うのか?
なんだそれ、ガチで気狂ってんのか!?
あたしらはあいつに警告をしていたはずだ。変なことしたら殺すって。
それなのに、あいつはお前にデュエルを仕掛け、傷を与えた。
だったら、宣言通り殺すしかねぇだろうが!?あぁぁぁああ!!?」

納得がいかないもう一つの人格が声を荒げ、梨沙に食って掛かる。
梨沙は奥歯を噛みしめながら、アリスの腕に触れた。

「それでも…です。
結果的に私は死んでいないんです。
私のせいでこれ以上無駄な争いをして欲しくありません」

「勘違いしてるみたいだから言っておくけど、これは何も梨沙さんの為だけの事ではないよ」

そう呟きながら、グリーンフロアからデュエルディスクを構えつつ、白神が出てきた。
その傍には穂香も、不安そうな表情で着いてきている。

「翔君…」

「僕としてもアリスさんと同意見だよ…。
僕らは明確に警告をした。ニュアンスは違えど、アリスさんがさっき言った通りの意味で僕は伝えたつもりだよ。
その警告を理解しない、もしくは理解した上で仕掛けてきたのなら…彼を放っておくと、梨沙さんだけじゃなくて僕らにも危険が及ぶんじゃないか?」

「それは……」

貫名は渚から話を聞き、梨沙たちの護衛を引き受けた。
しかし、今はその護衛を買って出た人間が護衛対象である梨沙にデュエルを仕掛けてきたこと。
それは覆しようのない事実であり、彼が護衛という名目で近づき、ただデュエルする事を狙っていたとしか考えられないだろう。

反論することが出来ずに、梨沙も口ごもるしかなかった。
それを正面で見つめるアリスが、主人格へと戻り梨沙へ語りかける。

「この子と白神ちゃんの言う通りよ梨沙ちゃん…。
梨沙ちゃんの味方をしてあげたいけど…私たちに牙を剥く相手なんて話にならないわよ…」

悲しそうな表情で梨沙へと訴えかけるアリス。
みんなの言葉を聞き、梨沙は葛藤する。当然、貫名側に問題がある。
しかし、ここで争って…ましては殺してしまうような事があれば、平和的な解決なんてものは今後望めなくなる。
邪魔をする者を殺して消し去る…そんな蛮族的な解決策を一度でも取れば、その選択肢は今後より容易に候補としての力を増してしまうのだ。

「分かってます……。
貫名さんが危険なことも、放っておいていい訳もありません。
でも、だからって殺してしまうのは違います!
殺すという事を選択肢に持つようになってしまったら、もう日常に戻れなくなってしまいます!!

だから……」

貫名の危険性を承知の上で、殺すという選択を取るべきではないこと…その想いを懸命にぶつける。
しかし、途中でアリスの口元が緩んだのに気づいて、言葉が続かなくなった。

彼女の顔ににじみ出るのは失意の感情と、自嘲的な乾いた笑い。

「そんなの…今更じゃない…」

梨沙は自分が口にしたことが大きな間違いであったことに気づく。
自分よりも長くこの狂気の実験に参加しているアリス。それだけではなく彼女はここに来る前に、苦悩の末に自らの両親を手にかけるという選択をしていたのだ。
多くの人の死に立ち合い、中には自ら手をかけた人も存在している…。
そんな彼女からしてみれば、自分が言っている事がどれ程ばかばかしく映っただろうか…。それらを全て理解し、悩んだ末に彼女は梨沙を傷つけた相手を殺そうと、デュエルディスクを構えていたのだから……。

「ご、ごめん…なさい…私……」

後悔の末に吐き出したのは謝罪。
何をどう伝えるかもわからない梨沙は、ただただアリスに謝るしかなかった。

そんな彼女たちの足元へと、突如何かが投げ込まれた。

「何…!?」

それに驚き警戒したアリスは、そこにあるものに困惑をせざるを得ない。

「なん……」

「これ…」

二人の足元を超えて投げ込まれたのはリボルバー。
厳密には、先ほど梨沙がデュエルした貫名が使っていた拳銃型のデュエルディスクであった。

すぐさま貫名の方へ二人が視線を向けると、彼は両腕を挙げて降参の姿勢を見せている。

「少しは落ち着いたか?」

「あなた…何のつもり?
形状は拳銃だけど…これもデュエルディスクなんでしょ?
ここで、デュエルディスクを手放すことがどういうことを意味しているのか…分からない訳じゃないはずよ…」

「もちろんだ。
見たままに受け取ってくれていい。完全な降伏だ」

デュエルディスクを失うことは、他の被験者の召喚したモンスターやカードの影響を防ぐ術を失う。つまり、実体化したモンスターは文字通りモンスターとなり、人間など容易に八つ裂きにしてしまえる。
そんな武器であり、防御の術でもあるデュエルディスクを貫名は自ら捨て去ったのだ。

「…何が目的だい?」

白神は貫名が放った銃型のデュエルディスクをゆっくり拾い上げながら、彼へと質問する。
貫名は両腕を挙げたままに、語り始めた。

「負けた者は全てを失う。
だからこそ、決闘で相手を下した者には価値がある。命がけの戦いに勝ったのだからな。
だが、裏野は俺を生かした。その事にお前らが不服なようだからこうした」

釈然としない白神は、訝しみながら再度声をかける。

「……だからって、デュエルディスクを放棄する理由になるのかってのを聞いてるんだよ」

「お前ら、勝者である裏野に意見をするなと言っているんだよ。
俺に勝ったのは、お前らでなく裏野だ。
その裏野が理由はどうであれ俺を殺さないと言っている。決定権は裏野にある」

独自の理論を展開し始める貫名。
その主張に納得のいかないアリスが、自分の中で噛み砕き言葉を返す。

「は?何言ってるのよ…。
今更命乞いをしようとしたって…」

「これが、お前には命乞いに聞こえるのか。
俺はそんな醜態は晒さない。裏野が俺を殺すといえば、俺は死ぬ覚悟がある。
だが、裏野が殺さないと言うのであれば俺は死ぬ必要はない。
そもそも、俺がデュエルディスクを手放さなければ、お前らに命乞いをする必要性自体が存在しないだろ」

貫名の行動は意味不明であり、口から吐き出される理論も、すんなりと飲み込めるものではない。

「貫名さん…」

「……はぁ。
ひとまず、彼にもう敵意はないらしい」

白神が疲れると言わんばかりにため息をつき、貫名の危険性が失われたことに言及する。
それに反発したのは、アリスのもう一つの人格。切り替わるとほぼ同時に白神の胸ぐらへと飛び掛かると、罵声にも似た言葉を投げつけていく。

「お前まで納得したのか!?
あいつを生かしておく理由がどこにある!?
放っておいたらまたいつ襲い掛かってくるか分からねぇんだぞ。
デュエルディスクを捨てたんなら、いますぐに殺しちまうべきだろう!!?」

「…彼の武器であり、命綱であるデュエルディスクはこっちが抑えている。
だったら、今ここで彼の命を奪う必要はないだろ。
僕は必要があるなら、殺す事も致し方ない事だと思っているけど、今ここでそれをしても…。
僕らの不和が深まるだけだと思うよ…」

そうアリスへ告げながら、手にした拳銃がのデュエルディスクを自らのポケットへと収める。

「…ちぃ!!!」

大きな舌打ちをしたもう一人のアリスは、頭を掻きむしった後に戻っていったのか、彼女の殺意が宿った目が和らぎ、不満げな表情と共に主人格が滲み出てきた。

「……分かったわ。
変なそぶりを見せたら、いつでも殺せる…そういう事でいいのよね?」

「その認識でいいと思うよ」

何とか矛を収めてくれたアリス。
少しだけ安堵したのと同時に、アリスに対しての罪悪感が一層湧き上がる。

「アリスさん…さっきはごめんなさい…」

「梨沙ちゃんが悪いことなんて何一つないじゃない。
ほら、そのケガ痛いでしょ?道具を取ってくるわね」

梨沙と目を合わせずにグリーンフロアへと戻ってしまうアリス。
いたたまれなくなる梨沙の元へ穂香が静かに近づいた。

「お姉ちゃん…大丈夫?」

「穂香ちゃん……。
うん、ケガはしちゃったけど平気だよ。心配してくれてありがと」

作り出した笑顔で穂香へとほほ笑む梨沙。
穂香は心配そうな表情を変えずに、梨沙の手を握ってくる。

「喧嘩しちゃやだよ…」

「喧嘩……に見えるよね…」

そう言うと、目線を合わせるように屈んだ梨沙が穂香の頭を撫でる。

「心配させてごめんね。
私に良くない所があったのはほんと…。
アリスさんが戻ったらもう一回謝って仲直りするから、心配しすぎないでね」

自然と湧き上がった梨沙の笑みを見て、穂香も少しだけ不安な気持ちが晴れていく。

「穂香も何かあったら、お姉ちゃんたちの事守るからね」

「ふふ、頼もしいじゃん。
でもお姉ちゃんもみんなを守るからね」

健気な黄緑髪の少女がそう強く言い切る。
励まされた梨沙も、それへ笑顔で返した。

そんな二人の元へ白神が声をかけてくる。

「そのつもりなら、もう少し後の事を考えておくべきだったね」

「そう…ですね……」

殺したくない、デュエルで人を傷つける事をなるべく避けたい事へ意識が向きすぎてしまった事による弊害…その無計画さを指摘されてしまう。
白神は貫名から視線を外すことなく、やんわりとその事へ言及する。

「梨沙さんがここでやりたい事を否定するつもりはないよ。
ただ、この子やアリスさんと行動を共にするなら、彼女達も納得できる方法は考えておくべきだね。
今回の事だって、彼がデュエルディスクを手放したから収まったけど、そうならなかったら少なくともアリスさんの中のもう一人は耐えてくれたか分からないだろう?」

人を殺さないこと。
そんな日常の片鱗もここでは自らの命を脅かす。

「ごめんなさい……。
いろいろありすぎて……忘れてしまってました…」

自分が今生き残っていること。そして、大事な人が生きているのは、自分がデュエルで相手を殺さなかったとしても、相手が何かしらの理由で引き下がってくれたからであったことを思い出す。
もちろんデュエルで勝利し、話し合いに持ち込むことが出来た事もあった。
しかし、相手がデュエル、もしくは殺し合いにしか興味を抱かない人物であった場合には、話し合いで和解できるとは限らないのだ…。


(「あなたのうたう理想。それは相手を生かす事を意味します。
ならば…即座に再戦を挑まれたとしても文句は言えませんよね?」)


脳裏に以前戦ったデュエリストの言葉が過る。
ペストマスクで顔を隠し、ここでのデュエルをエンターテイメントと称した男。
あの時も、男が自ら引き下がってくれたからそれで済んだものの、再戦を挑み続けられればいずれは敗北を期し、死が待っていたはずだ…。

「私が殺さないって言っちゃったら、少しのダメージなんか脅しになりませんもんね…」

「そもそも、そういう手合いはちょっとの傷程度じゃ何ともないだろうしね」

人を殺す目的は、何も快楽や思想の果てだけではないのだ。
自分の安全を守る。その為に、危険な相手を倒す。
白神やアリスも、降りかかる火の粉を振り払う為のやむを得ずの策なのだ。

エゴを突き通すにも、適切な手段は必要になる。
何か方法を考えなくてはならない。

「翔君、ありがとう。
何とか考えてみます。人をデュエルで殺さずに、自分たちの安全も守れる方法を!」

決意を新たにした梨沙の声を聞いた白神は、ふっと笑うとからかうように返事をした。

「めげないじゃん」

「めげてなんかいられませんよ。
翔君の言ったように、エゴイストな部分も出すにも必要な事ですから!」

そうやって話す梨沙の目に、白神のポケットに収められた銃型のデュエルディスクが目に入る。

「デュエル……ディスク……」

少しの時間固まり、何かを考え始めた梨沙。

「お姉ちゃん?」

「これが気になる?
さすがに奴へ返すなんて言い出さないよね…」

二人の声が聞こえていないかのように、ただ静かに己の施行を巡らせる梨沙。

「……そうか、こうすれば!
これが出来れば…!!!」

突然何かを閃いたかのように、明るい表情を見せた梨沙。
すると、貫名の方を向き彼にその場を動かないように指示を下す。

「貫名さん、降伏したのでしたら私がいいと言うまでそこから動かないでください」

「……もちろん」

静かにそれだけを返答した貫名を確認した梨沙は、白神と穂香の方へと向き直る。

「二人とも少し待っててください!
お父さんに聞きたいことがあります!」

白神が、その真意を問いただそうとする前に彼女はグリーンフロアの入口へと走って行ってしまう。

「お、おい…。
何があった?」

グリーンフロアに戻ろうとしたちょうどその時、フロアの中からアリスが救急箱を持って出てきた。
彼女の目には、こちらに向かって走ってくる梨沙の姿が映し出されている。

「は、え?
ど、どうしたの梨沙ちゃん…?」

困惑するアリスの手を梨沙が握り込み、彼女の目を見て話す。

「アリスさん、さっきはごめんなさい。
私、殺したくないってことばかりに目が行ってました…。
そんな事しても根本的な解決にはなりませんよね。
アリスさんが…みんなが私を気遣ってくれていたのは分かってたのに……」

自らを責める梨沙を前に、アリスの表情も悲し気な方向へと引っ張られていった。

「梨沙ちゃん……。
ううん、私もさっきは感情的になり過ぎたの。
あんまり気にしないでね?」

ゆっくりと首を横に振ったアリスが、静かにそれだけを口にする。
そんな彼女の力なき言葉とは裏腹に、アリスの手が少し強く握られた。

「だから…考えたんです。
デュエルした相手を殺さなくても、それ以上危害を加えることが出来なくなる方法を!」

力強く言い放った梨沙は、いつもの前向きさが顔にも表れている。
驚いたような表情を見せたアリスが、その方法について尋ねた。

「そんな方法が…あるの…?」

「まだ思いついただけですから、本当に実行できるかは分かりません…。
でも、もしこれが出来なかったとしても、さっきみたいなデュエルはもうしません。
危険な人をそのまま放っておいてしまうような結果のデュエルにならないように、精一杯考えます!
アリスさんもみんなと一緒に、あの人を見張っててください!
すぐ戻りますから!」

そう捲し立てた梨沙が、アリスに手を振りながら緑の光で淀むグリーンフロアの中へと走って行ってしまう。

「えっと……肩の傷は…?」

手に持った救急箱の行き場をなくし、アリスはその場に立ち尽くす。
だが、先ほどまでの不安や失意の感情は何故か少しだけ晴れている気がした。

「普通、あんな考えに至らないよね」

白神から声をかけられたことで、アリスが我に返る。

「そう…ね。
相手を跳ね除ける力があったら…わざわざ相手を生かそうなんて考えられない…。
いえ、そんな余裕がなかったわ……」

「僕としてはそれが普通だと思うよ。
ナイフを向けられて、相手にナイフが刺さらないようにしないと…何てことを気にしてるのはどうかしてる」

遠回しに梨沙への悪口を口にした白神へ、穂香が目を細め少しムッとして口を開いた。

「なんでそんな事言うの。
お姉ちゃんはいい人だよ」

「分かってるさ。
ただ、いい人も度を超すと危ういってこと」

梨沙の言葉で少し明るく持ち直した空気感に、再び陰りが見える。

「危うさ…か」

「……」

その空気を一蹴する様に、白神が二人へ顔をほころばせた。

「ま、それぐらい度を越してないとさ。
彼女の所にみんなが集まったりなんかしなかっただろうってことを僕は言いたい訳」

小さく笑う場面は何度か見せていた白神だったが、いつも冷静な彼のこんな楽しそうな表情からは年相応の少年味を感じられる。
彼が見せた表情に少し驚くと共に、アリスと穂香は見つめ合った。
そうして釣られるように二人からも笑みが零れ始める。

「ふふ……白神ちゃんってそんな風に笑うのね。初めて見たわ。
少年らしさがにじみ出てていいわね」

「は??」

アリスが口にしたことに対して心底意味が分からないといった様な困惑の表情へ切り替わった白神は、固まってしばらくすると二人から顔を背けた。

「え?なに?
笑ってたの無自覚なの!?」

「別に……」

そうぼそりと呟くように白神は素っ気なく返答した。

「お兄ちゃん笑ってた」

「うんうん、笑ってたわ~。
関心するぐらいにいつも冷静だからさ、珍しいもの見たわね」

背後で、女子たちが楽し気に談笑するのを聞き流している白神。
その正面からは、貫名がゴーグル越しに白神の方を見つめてきていた。

「……なんだよ」

「俺は裏野の命令を遵守しているだけだが?」

表情を崩さず、身動きしない貫名がそう言い切る。
自分から話しかけてしまった事で、なおさら感情の行き場を失くしてしまった事に気づき、仕方なく貫名からも白神は視線を外した。

「でも、そうね…。
自分を殺しに来る相手を友達だなんて言うんだもん。
ちょっとだけ、変なところはあるかもね!」

そう呟きながら自らの右腕に備えられたもう一人の分のデュエルディスクに視線を落とすアリス。
そのデュエルディスクの向こう側で黄緑の髪が揺れる。

「お化けのお姉ちゃんはみんなに優しいもんね」

顔を覗かせた穂香がほんの少し嬉しそうにしている。

「白神ちゃんの言うように危なっかしいぐらいにね。
でも、だからこそ手を貸したくなる…」

グリーンフロアへと消えていった梨沙を追うように振り返ったアリスが、力強く言葉にした。


「(その為だったら…私は何でもできる)」


白神が視界の端にアリスを捉える。
黒く綺麗な黒髪の伸びた女性の後ろ姿からは、どこか異質さが感じられた。

「……梨沙さんがいないけど、ここからどうするかだよね」

「どうするって?」

話題を変えた白神に穂香が反応を示した。

「《情報屋》が寄越した護衛役がこの様だ。
不用意にレッドフロアに行くのも僕は危険と判断したんだけど?」

「それは……そうね…。
渚ちゃんを疑いたくはないけど、現にこんなのが来ちゃったんだから不審がるなって方が無理があるわよね…」

白神はアリスと穂香に背を向けたまま静かに、己が推論を展開する。

「本性までは分からないなんて、梨沙さんとの通話で保険をかけてきていたけどさ。僕からしたらこういう人間だって知った上で、ここに向かわせたようにも思える…」

渚が梨沙を危険に導いたと公言する白神に、穂香が純粋な疑問を浮かべる。

「鳥のお姉ちゃんが、なんでそんなことするの…?」

「目的は一切分からない……。
こんなことになれば、自分に疑念が向けられる事が分からない訳でもないだろうし…。
かといって、僕のとこに流れてきた話の中で《情報屋》は相当用心深いって風に聞いている。その用心深い人が、友好的に接しようとする相手にこんな危険性が不明瞭な相手を、分からずに送り付けてくるのもそれはそれで不自然な気がするよ…」

「…私も渚ちゃんを疑いきれないのがそこよ。
梨沙ちゃんを狙い撃ちにした罠だとしても、あいつが負けたからってこっちにデュエルディスクを放り投げてくる事の意味が益々分からないわ」

疑念は浮かべど、いまいち釈然としない渚の目的。
護衛が目的であれ、罠にかけるのが目的であれ、どちらも不完全になってしまう結果になっているからだ。

「で、あんたはなんで梨沙さんを襲ったんだ?
《情報屋》に依頼でもされたのか?」

こちら側だけで考えても埒が明かないと考え、白神は貫名へとその真偽を問いただす。その問いへ貫名は素っ気なく答えた。

「俺が承った頼み事は、裏野とついてくる人間を無事にレッドフロアへ連れてくるようにってことだけだな」

「……それが本当だとしたら、あなたは渚ちゃんのお願いを無視したってことになるのよね?」

アリスの鋭い敵意が、貫名の体を射抜く。
しかし貫名は表情を変えることなどせずに、淡々とその問いへと答える。

「無視するつもりはない。
裏野の格が証明された以上、俺にはお前らをレッドフロアへ連れていく義務が生じた」

「私が言いたいのはそんなことじゃなくて…。
無事にって部分を無視したでしょってことよ!」

殺されはしなかったものの、左肩に傷を負った梨沙。
これさえも無事と言い張る気なのかと、語気が段々と荒くなっていくアリスだが、貫名は実に冷淡に答えるばかりだ。

「生きてるだけで十分に無事だろ」

「っ…!
このっ……!?」

アリスは咄嗟に手に持つ救急箱をその場に落とす。
それにより、空いた手でデッキからカードを取り出し、デュエルディスクへと置こうとする。
ガコンという箱が床にぶつかる音に合わさるように、白神がアリスの視線を自らの手で遮り、彼女の凶行を防ぐ。

「気持ちは分かるけど、落ち着いてアリスさん」

「あなたが梨沙ちゃんを襲ったのよ…!?
それで無事だろって!?ふざけないで!!!」

白神に静止されながらも、貫名の異常性を感情のままに糾弾するアリス。
何とかデュエルディスクに召喚はされていないが、デュエルディスクを手放している貫名を相手にモンスターを召喚すれば、瞬く間にその命を奪い取ってしまうだろう。

「お祈りのお姉ちゃん…」

感情的になるアリスの手へ穂香の手が触れ、弱弱しく引いてくる。
振り返れば、不安そうな表情を浮かべる少女の顔が映りこんだ。

「…………。
怖がらせるつもりはなかったのよ…」

静かに弁明したアリスは、手に持っていたカードをデッキへと収めた。
それを確認した白神は手を下ろし、場をなだめる。

「こういう手合いは本当に話にならないね。
まぁ、梨沙さんが戻ってからまた話そう」

「……二人とも、ごめんなさい。
さっきから感情的になってばかりで……」

目線を外しつつも、白神と穂香へ謝罪を口にするアリス。
横目で彼女を捉えた白神は、ふっと軽く笑いながらそれに言葉を返した。

「人間らしくていいんじゃない?
少しくらい感情的な人が居た方が周りも冷静になれるってことで」

「穂香もいいと思う!
穂香の代わりにお祈りのお姉ちゃんが怒ってくれてるんだよね。
だから、お祈りのお姉ちゃんの事怖くなんかないよ」

白神に続くように、小さな手でぎゅっと手を握ってきた穂香も優しい言葉を口にする。

「ありがとう…。
でも、やっぱりもう少し冷静にならないとよね。
とにかく、梨沙ちゃんが戻るまでは待機ね」

怒りと罪悪感、その後に訪れる暖かな感情を受け入れたアリスは、気落ちしていた気持ちを整え、少しだけ表情にも明るさが戻ってくる。



貫名を警戒しながら、3人が梨沙を待つこと数分……。



グリーンフロアの扉が開かれ、中からどこか満足げな表情を浮かべながら梨沙が出てきた。

「梨沙ちゃん、おかえり。
目的は果たせたのかしら?」

「はい!
お父さんから私の作戦が実行できる方法を教えてもらいました。もう、皆さんを危険に晒すようなデュエルはしなくて済みそうです!」

右手でガッツポーズの構えをした梨沙が、力強く言い切った。
得意げな彼女の姿を一目見た白神も、その自信の根幹を探る。

「へぇ、どんな方法なんだ?」

「ふふ、秘密です。
次にデュエルした時のお楽しみってことで」

「なんかお姉ちゃん楽しそうだね…」

よほど自信のある作戦なのか、終始得意げに話す梨沙を穂香が首を傾けながら見つめる。
はっとした梨沙が、両手を振りながら否定をジェスチャーに込める。

「ち、違う違う!楽しい訳じゃなくて…。
デュエルが始まってからよりは、デュエルが始まるようなことにならないようにするべきですもんね…。
私何はしゃいでるんだろ…」

焦りながら、自分が嬉しそうにしていたことを自省する梨沙。
そこにアリスが柔らかな笑みを浮かべながら、寄り添った言葉を向けた。

「それだけ自信があったのよね。
安全さえ担保できるなら、人を傷つけなくて済むのが一番だもの」

「それに、どうしてもデュエルが必要になる場面はある。
リスクケアも十分必要なことさ」

視線を貫名に戻した白神も、その作戦の重要性を説く。

「はい!ありがとうございます!」

受け入れられたように感じた梨沙は、にこやかな笑みを周りへ向けた。
その笑顔を懐疑的に見つめるのは、救急箱を手に取ったアリスだ。

「それよりも梨沙ちゃん、肩の傷を早く手当てしましょ。
痛いでしょ…?」

「あ…そ、そうですね。
そういえば、肩にダメージ受けたんでした……」

「でした……って、大丈夫なの?
それだけ血が出たんだから、絶対痛いはずなのに」

黒いドレスでさえ変色具合が分かることからも、笑って軽く流せる傷には、アリスは思えなかった。

「いろいろあって体が興奮してたのかもしれません…。
あれですね、意識すると痛いって感じの…そんな感じです!」

これ以上心配をかけまいと、痛覚が飛んでいることを隠す梨沙はぎこちなく痛そうに左肩を動かす。

「…とにかく、手当てしましょ」

「ありがとうございます。
お願いしてもいいですか」

そう言って、ゆっくりドレスをはだけさせ、左肩の傷をアリスへと晒す。
肩の肉を何かが突き抜けたように、表層の皮膚の肉が小さくえぐり取られていた。

「……!
(こんな傷でなんで平気でいられるの…)」

かすり傷どころの話ではないその傷への、梨沙の鈍感さへの疑問と共に、ふつふつと梨沙に傷を与えた貫名への怒りが再発してしまう。

「…ふぅー。
染みるかもしれないけど…我慢してね…?」

一度深呼吸し、気持ちを整えたアリスが消毒液をガーゼに浸し始める。

「はい…」

「穂香も一緒にいるからね」

「ふふ、ありがとう穂香ちゃん」

穂香が手を握りながら梨沙の傍につく。
その治療を背にしながら、白神が今後の方針を梨沙へと問うた。

「治療中悪いけど、梨沙さん。
これからどうするんだい、《情報屋》の寄越した護衛がキミを襲った訳だけども」

「…目的は変わりません。
レッドフロアに行って、渚さんに直接聞きましょう」

「…罠だったらどうするんだい」

渚が悪意を持って貫名を送り込んできたのだとすれば、レッドフロアに行くことが罠である。その可能性を言葉にした白神に、梨沙は変わらず冷静に答えた。

「今までの渚さんから、そんなことをする人には思えませんでした。
何か考えが変わったのだとしても、一度聞いてみないことには始まりません。
それこそ、私達を罠にかけるのが目的だとしても、その目的は行ってみないと分かりません」

「鳥のお姉ちゃんに電話はしないの?」

通話機能を用いて直接聞いてみることを提案する穂香だったが、小さく唸りながら梨沙は通話の必要性について答えた。

「うーん…聞いてみてもいいけど、結局はレッドフロアに来てほしいって話にしかならないと思うの。
渚さんが貫名さんを護衛役に選んだ事に、何かしらの悪意を混ぜてても、通話だとはぐらかされて終わっちゃう気もするから」

言葉に込められた意思の強さを感じ取った白神。
しばらくの沈黙の後に再び口を開き、前方に座り込む貫名を指さす。

「そうか……分かった。
なら、こいつに道案内させる感じになるのかな?」

「そうですね……。
貫名さんも、レッドフロアに連れて行ってくれる意思は………ありますよね?」

その前提で話していたものの、その意思が貫名にあることを確認する作業が会話の合間に挟まれた。
ひょこっと顔を白神越しにのぞかせた梨沙と貫名の目が合う。

「護衛の役を全うしよう。
他の被験者がお前らに危害を加えようとして来たなら、俺が対処する」

「ありがとうございます。
ということで、貫名さんに案内をお願いしようと思います」

「梨沙ちゃん…あいつはあなたに襲い掛かったのよ…?
お礼まで言わなくても……」

お礼を口にする梨沙に対して、耐えきれずつい苦言を呈したアリス。
頬を緩めた梨沙が、目を閉じながら言葉を返した。

「そうかもしれません。
でも、私にデュエルを仕掛けてきた貫名さんがああ言ってくれました…。
私は、あの人も本当はいい人なんじゃないかなっていう事を信じてみたいんです。こちらから歩み寄って行かないと、仲良くはなれませんから!」

目を開いた梨沙のぱっちりとした目がまっすぐアリスを見据える。
すぐにでも反論したかったアリスが声が出そうになった。
しかし、自分自身こそが梨沙が歩み寄ってくれたことで、今の関係に発展した事実が、アリスに反論を飲み込ませる…。

「でも……注意はしてちょうだいね?
また、襲われましたなんて事になって欲しくないから…」

忠告と共に、ゆっくりと梨沙の傷跡へ包帯を巻いていくアリス。
その忠告を真剣な顔つきで梨沙も受け止めた。

「分かってます。
デュエルディスクを渡さない限りは、貫名さんもこちらにデュエルを仕掛けることは出来ません。道案内してもらう分には、危険はないと思います」

「なら、手当てが終わり次第レッドフロアへ向かおう。
いつ他の被験者に遭遇するか分からないからね」

「はい!」


 ---


「クリア…。
二つ先の通路を左へ曲がるぞ」

まるで特殊部隊のように周囲を警戒しながら、レッドフロアまでの誘導を務める貫名。彼を先頭に、アリス、梨沙、穂香が続いていき、最後尾に白神が来る並びで5人はレッドフロアまで向かっていく。

「迷い素振りがないわね…」

「貫名さんはなんであんなにスムーズに進めるんですかね…?」

無機質な通路と、不規則に閉じられたシャッターにより方向感覚すらまともに機能し辛いフリーエリア。
そんなフリーエリア内でさえも、迷うことなく進んでいく貫名を不思議そうに見る梨沙とアリスが会話する。

「さっきレッドとグリーンの境目も通過したから、適当に進んでる訳でもないでしょうからね。いよいよ謎だわ」

「鉄砲の人は道案内が得意なんだね」

穂香を交えて会話しながら、誘導に続く3人。
不意に後ろを振り返った梨沙は、最後尾の白神の息遣いが荒い事に気づく。

「翔君…大丈夫?」

「ぜぇぜぇしてる…お兄ちゃん調子悪いの?」

それに気づいた穂香も梨沙と同様に白神の調子を伺う。

「気にしなくていい……。
それより、彼を見失ったりしないように注意しておいてよ。僕は一番後ろだから、反応がしにくい」

壁に手をつきながらも、梨沙達へ貫名への警戒を促す白神。
白神が未だ先刻のデュエルでの後遺症が残っているのは明白だった。

「いざとなったらモンスターに運んでもらう手もありますから、やばくなったらすぐ言ってくださいね」

「ああ…」

梨沙は白神の意思を汲み取り、再び前を向く。
すると、少し先を歩いていたはずの貫名とアリスが通路の曲がり角手前で立ち止まっていた。

「……何かありましたか?」

空気感の違和感に気づいた梨沙は、傍によって静かに二人へと問う。

「ここを左に曲がった先の突き当りを右に曲がればレッドフロアだ。
だが…すぐ傍に何かの気配がある」

「何かの気配…?
誰かが居るんですか?」

「いいや、人間とは別だ。
正体は分からんが接触するのは回避するべきだろう」

貫名が感じ取る人間以外の何かの気配…。
分かれ道の反対側を見遣るアリスが、小声で喋る。

「どうするの?
右はシャッターで塞がれてるわよ…?」

「面倒だが、少し戻って迂回しよう。
お前らが危険を承知で突っ込むというなら考えるが、これ以上の無事は保証されない」

「い、いえいえ。
危険な事は出来るだけ少なめで行きましょう」

危険を回避する旨を貫名へと伝え、元来た道を戻ろうとする一向。
しかし、少し遅れて合流した白神が、それを止める。

「何してるんだい?
後ろから誰かの気配が近づいてきてる…早く先へ…」

白神のその言葉で梨沙の表情が青くなっていく。

「そんな…挟まれて…?」

「こっちにも何かがいるみたいなのよ白神ちゃん…」

「なに…」

未知のデュエリストとの遭遇を察し、デュエルディスクを構え始める面々。
その状況で貫名が指示を飛ばした。

「戻っても敵がいるなら、よりレッドフロアへ近い方が目的を達成しやすい。
先へ進むぞ」

そう言って一人警戒しながら、曲がり道を曲がって進んでしまう貫名。

「ちょっと、何勝手に!」

「二人とも!」

一人で進んでしまった貫名を追いかけるべくアリスと梨沙が、曲道を曲がる。
その瞬間に、人間の声とは明らかに違う何かの低い唸り声がエリア内へ響く。

貫名の先に存在していたのは、青白い炎を頭頂から尾にかけて走らせ、2つの後ろ足で立ちふさがりこちらを怪しく見定める爬虫類。

「きょ、恐竜…!?」

青白く光る眼で、目の前の人間を見据えた恐竜は、足の鉤爪で床をカンカンと叩きながら少しずつこちらへと近づいていくる。
迫ってくる恐竜に合わせて少しずつ後ずさる3人。

「リアルソリッドビジョン…ですよね…」

「にしては目つきがなんか…すぐにでも食べてきそうなんだけど…?」

「おそらく狙われてるのは俺だな…デュエルディスクを持っている奴はモンスターで直接襲うことは出来ない」

恐竜と対峙する3人の耳に、元来た道から声が響いてきた。

「こりゃきっと御馳走だなー!」

元の道が見える場所まで下がった梨沙は、デュエルディスクを構える白神の向こう側にその声の主を見つける。
薄紫のシャツを着た、褐色肌の青年。左頬をガーゼで保護した彼の目は、実にキラキラと輝いている。

「おっと?反応的にまだ数がいるな。
みんな腹一杯になれるかもね!」

「あんた……何言ってるんだ?」

梨沙を視界に捉えたことで、さらに目の輝きを増す男を前に白神はさらに警戒を強める。

「お前ら、こいつの横を通り抜けろ」

そう言葉を発したのは恐竜に迫られている貫名だ。

「おそらくこの恐竜を操ってるのがその男だ。
実体化したモンスターはデュエリストを直接殺せはしない。お前らがこの恐竜を横切ろうと、こいつはお前らに何もできない」

「恐竜が居たのか…それでみんな戻ってきたわけね…」

「なんかいろいろ詳しそう?
でも、オヴィラプターが餌を1人は感知してるんだけどな~?」

貫名達の会話を遠巻きに聞いた褐色の男が頭を掻きながらデュエルディスクへと目を落とす。

「梨沙さん、彼の言う通りにさっさと離れよう」

事態を理解した白神は、男が話す言葉を無視し、すぐさま穂香の手を引いて恐竜の居る方の道へ走り出す。

「い、いいの?」

「彼が行けって言うんだからいいんだよ。
恐竜がいるけど、怖がらずに走ってよ」

咄嗟に引っ張られたことで、困惑しながらも白神に続く穂香。

「梨沙ちゃん、行くわよ」

アリスもまた梨沙の手を掴み、恐竜の横を通り抜けるべく走ろうとする。

「ま、待って貫名さんは…?」

貫名は恐竜を引き付け、壁際まで寄っている。
それにより、通路には通り抜けるだけの空間が生まれている。

「私達を護衛するのが彼の役目だったはずよ!?
だったら、私達はここで走るべきなの」

「でも!」

決め切らない梨沙を無理やり引っ張り走るアリス。
恐竜と貫名の横を通り抜けた先で、後ろ髪を引かれるように後ろを振り返る梨沙。
同じように走ってくる白神と穂香の向こうで、恐竜が唸り声をあげると共に、貫名へと飛びつくのが目に入った。

「あぁ…そんな……」

危なかったとはいえ、何か他に方法があったはずではないか?
目の前で殺されそうになった人を置き去りにしていいはずがなかった。
助けるという方法を即座に決め切れなかった事を悔やまずにはいられない。

今からでも遅くないはずだ。

「アリスさん待ってください!!
まだ、助けられます」

「待ったりしないわよ。
そんな必要ないわ」

「な、なんで!!」

無情に自らの手を引く力を緩めないアリス。
困惑と焦りから、その手を振りほどこうとも思った。
その時、自分たちに追いついた白神が、荒い息遣いと共に声をかけてくる。

「心配しなくても…いい」

「翔君…?」

そう言って後ろ向きに親指を立てる白神に導かれるまま、再び貫名の方を振り返る。
襲い掛かっていたはずの恐竜がその場で静止しているのが見えたのだ。

「あいつなら自分で何とか…するはずだ。
これ以上変なのに絡まれないように、僕らはレッドフロアに急ぐのを優先するんだよ」

そう告げる白神のポケットには、貫名から取り上げていたはずの拳銃がなくなっていた。





 -----





貫名に飛び掛かった恐竜は動きを止める。
それは、恐竜の頭部に向けて貫名が銃口を突きつけたからだった。

「拳銃なんかじゃ恐竜は怯みやしない。
なのに、オヴィラプターがあんたを襲わないってことは…デュエルディスクか」

褐色肌の男が少しずつ近づきながら、貫名へと声をかける。
突きつけた銃口を離した貫名が、それを自らの左腕へと静かに触れさせた。

(「時間ぐらい稼げるだろ?」)

走り抜けていく寸前、白神より投げ渡されたデュエルディスクが、展開され始める。

「これで俺は一方的に襲われる餌じゃなくなったわけだ」

「はは~無力に食われるってのも、醍醐味だとは思うけどさ。
俺っちとしては、抵抗むなしく食われるってのも食物連鎖の在り方として好きな訳よ」

褐色の男もデュエルディスクを構えることで、恐竜が静かに姿を消していき、それと共に二人を閉じ込めるべくシャッターが閉じられる。



ザザッピー
「ただいまよりフリーエリアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:4000
モード:エンカウント
リアルソリッドビジョン起動…。」



「食物連鎖か。
強いものが弱いものを喰らうのは自然の在り方だろうがな」

「そうさ!自然界の在り方!
そんな絶滅した美しさも、ここでなら命を取り戻す!
かつてのロストワールドがここでなら再現されるんだよね!
恐竜の魅力の全ては、その生命としての力強さにある訳!
俺っちはその瞬間に、たくさん立ち会いたいんだよ!」

きらきらと目を輝かせながら、熱く語る褐色肌の男。
それと反対に冷静な貫名は、静かに言葉を返す。

「どうでもいい。
重要なのは決闘に勝ち抜くだけの力、そしてそれを担保する公平性。
格を上げるのに必要なのはそれだけだ」

「格ならもう定められてるさ!
かつての生物界の頂点!その個としての力強さ!
それに俺っちと一緒に立ち会えるんだから、光栄に思っときなよ!」

自らの価値観を前面に押し出す二人が、相手の目を見据え己がデュエルディスクを構え直した。


 「デュエル!」   LP:4000
 「デュエル!」   LP:4000





 -----





突き当りを曲がったところで、4人は足を止めた。
少し先には、無機質な白い通路の壁に赤い色が見えている。

「……アリスさんは分かってたんですか?
翔君が貫名さんを助けるの」

梨沙が戻ろうとするのを止めたアリスに、梨沙が問う。

「…私自身はあの人がどうなってもいいと思ってたわ。
でも、白神ちゃんはデュエルディスクを渡すんじゃないかとも思ったの。すぐ殺されちゃったら私達の方にさっきの人が襲い掛かってくるかもしれないからね」

「はは、アリスさんとはまだあんまり関わってないのに…。
よく、分かってるじゃん…」

壁にもたれかかり肩で息をする白神が、そう反応をする。

「梨沙ちゃんにデュエル仕掛けて、デュエルディスクまで返したんだからもう十分のはずよ。
生き残れるかは後は彼次第、梨沙ちゃんが自らの命を掛けてまで助ける価値はないわ」

どこか素っ気なくアリスがそう言いのける。

「私の力で、すべての人を助けることは出来ませんからね…」

梨沙がそう言ったのを聞いたアリスが慌てて否定する。

「違うわよ、梨沙ちゃんに力がないなんて言ってないの。
その力を向ける相手を少し選んで欲しいって事を伝えたいだけで…」

「あ、語弊があったかもしれません。
アリスさんの言いたいことは分かってるつもりです。
自分の手が届く範囲は限られてますから、私が守れる人を全力で守るつもりです。
みんなを危険に晒してまで、誰かを助けることが良い事とも思えませんからね」

そう言って柔らかく梨沙は口角だけを緩めた。

「それでも…助けたいと思ってしまいました……。
だから、貫名さんにデュエルディスクを渡してもらえたこと。
今回はこれが一番の解決策だったと思ってます!」

前向きにそう言い切った梨沙。
その笑みと言葉、それを受けたアリスは少しほっとしたように穏やかな表情に戻る。

「…心配はもちろんあるけどさ、梨沙ちゃんがその優しさを持ち続けられているのは本当にすごいし、大切な事だと思ってる。
さっき自分で言ったことを否定するみたいにはなるけど……そのままで居てね。危ない所は、私もフォローするから!」

「…はい!」

息を整えた4人はついにレッドフロアの扉の前まで辿り着く。
扉へ近づくと、小さなブザー音と共に真っ赤に染められた扉が開かれた。

中は赤い照明が痛々しく照らされており、その名を冠するままに天井、壁、床の全てが赤い。
その光景は、今までのフロアともまた違った異世界感を感じさせられる。

「真っ赤だね…」

「ここも見にくそうね」

「行きましょう……」

梨沙を先頭に、4人がレッドフロアの中へと足を踏み入れる。
4人がフロアの中へと入ると同時に、扉が閉じられる。
無機質な赤い光で満たされた空間内は、無意識下に危険の単語が連想され、一歩ずつ歩くたびに、緊張が高まる感覚がしてくる。

「渚さん…?
梨沙です、どこですか?」

高まった緊張故に震えてしまった声で、渚へ自身の存在をアピールする。
赤い世界を見渡し、彼女を探していると奥より複数の足音が聞こえた。

姿を見せたのは4人。
浴衣を着た女性、ヘッドホンをつけた男性、白衣を着た男性。
そして、その真ん中にコートを羽織り右目へ眼帯をつけた女性…福原 渚が手を広げて立っていた。


「やぁ梨沙君。
ようこそ、レッドフロアへ」

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