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HOME > 遊戯王SS一覧 > Report#28「トラウマ」

Report#28「トラウマ」 作:ランペル

ピーーー


「《ゴーストリックの駄天使》の特殊勝利条件が満たされました。勝者は裏野様です。」


ペストマスクをつけた男が梨沙の眼前で仰向けに倒れている。

「………」

ただただ願った。駄天使の特殊勝利。
効果による勝利が相手を傷つけないことを…。

「お姉ちゃん…?」

自分にだけ聞こえる心臓の鼓動。激しく脈打っているのが分かる。特殊勝利と言う例外の勝利。相手に通常のダメージ以上のダメージを与える可能性だって当然あった。
後はこの実験を行う人物が、リアルソリッドビジョンの現実へのダメージを特殊勝利に適用していないことを願うしかないのだ。

「(お願い……)」

「くく…くくく……」

笑い声が聞こえた。くぐもった笑い声だ。

「…!」

「あぁ…これが…。
あなた様のデュエル…あなた様のショー…あなた様のエンターテインメント…」

両腕を広げ大の字に寝転ぶその男はぼそぼそと呟いている。

「裏野様、萩峯様へデュエルボーナスが送られます。ご確認ください。」

「生きてる…。すいません、どこか体に痛い所とか傷とか…」

「自分で殺そうとした者の心配?いいや、違うか。
聞きたいのは特殊勝利で相手にダメージが発生するかどうか…ですね?」

上半身を起こした男は、ペストマスク越しに梨沙を見遣り、その思惑を看破する。
心配がゼロという訳ではない。だが、自分が知りたいことは彼の言ったことに相違ない。

「……そうです。私はここでのデュエルでもう誰かを傷つけたくありません。
もし、この特殊勝利であなたがダメージを負っていないのなら…」

「くく…あなた様は痛みさえ否定なさるのですね。ショーにそんなものは不要だと…」

男はその場で立ち上がる。その動きは実に軽やかで体にダメージを受けているようには見えない。

「大丈夫…ですか?」

「疑問に答えましょう。わたくしはデュエルによって一切のダメージを負っていない。あなた様の理想とするダメージを与えないデュエルはこれで実証されましたよ」

男は両腕を横に広げ無傷をアピールする。

「本当ですか?本当に…」

「ええ。わたくしが倒れたのは、あなた様のデュエルに圧倒されたから。
わたくしの心が、あなた様のデュエルに魅せられてしまったからです…」

どこか気落ちしたように声のトーンを落とした彼は視線を梨沙から地面へと下げる。

「よく…分かりませんが。無傷なんですね…」

緊張していた気持ちが一気に緩む。口からゆっくりと息を吐きだし深呼吸する。

「よかったです。あなたのお陰で、ここでのデュエルにも希望が持てます!」

萩峯とのデュエルで不確かな理想が、確かなものへと昇華されたのだ。
特殊勝利なら、相手にダメージを与えずともデュエルに勝てる。
気が緩み、先程のデュエルの数々の演出の上手さへの率直な感想が口からこぼれる。

「あなたのデュエル、演出に富んでいてデュエルしててすごく楽しかったです」

「ほのかもさっきのデュエル面白かったよ」

無事目的を果たす事が出来た梨沙と、梨沙が嬉しそうに喋るのを見て穂香も先ほどのデュエルの感想を男へと伝える。

「元々マジックショーとかされていたんですかね?襲われるような形じゃなければ、もっと純粋にあなたのショーを楽しめたとは思いますが…」

終わったデュエル。
達成された目的。
心に少しの余裕が生まれた梨沙は、デュエルの余韻に浸りながら彼の披露したショーをもっと別の形で見たかったと心から思った。

「何を、終わった気になっているのですか?」

そうマスク越しに声をあげた男は視線を梨沙へと向きなおし、左腕を胸元まで持ち上げる。デュエルディスクを構えたのだ。

「え…!?」

「あなたのうたう理想。それは相手を生かす事を意味します。
ならば…即座に再戦を挑まれたとしても文句は言えませんよね?」

声色の上がる萩峯は、デッキトップへと手を掛ける。

「なっ…そんな!」

「く、くくく…くくくくく…」

ペストマスク越しに男の邪悪な笑い声が漏れ聞こえる。
相手を殺したくない、傷つけたくない事ばかりに意識が向き、相手が生き残ることによるデュエルの連戦の可能性など考えた事もなかった。
それが可能ならば、相手を傷つけない梨沙のデュエルは、殺意を持つ相手に対しては全く意味のない行為になってしまうのだ…。

「そんな…それじゃぁ…」

「くく…」

男はデュエルディスクを装着している左腕をだらんと降ろす。

「え?」

「冗談です。今、あなた様に再戦する資格はありません」

再戦する資格…何を意味しているのかが分からない。
即座に再戦する為には何か条件があるのか?しかし資格がない…彼の気持ちの問題なのか。頭で考えても言葉の意図を計ることが出来ず、直接疑問を投げかけることにした。

「どういう…ことですか?」

「わたくしはあなた様に敗北しました。デュエルだけでなく、エンターテイナーとしても…。あなたが魅せた不殺のデュエル。
モンスター達と息のあったコンビネーション、デュエルの運び、戦略の意外性…。完敗と言わざるを得ません」

男はエンタメという観点においても梨沙に負けたとそう言い始めたのだ。
気落ちした様相を見せた彼だったが、すぐさま最初の時に見せた勢いと気力を持ち直し、両腕を高らかに広げながら饒舌に語りはじめた。

「ですが!!!わたくしは必ずあなた様を超えて見せましょう!
わたくしの見出した刹那のデュエル…人の魅せる死を感じた時の驚愕。その魅力は何物にも代えがたい絶対不変なるもの。わたくしの力不足で、今回その魅力をお伝えする事は叶いませんでしたが、今心に誓いました。
わたくしは、あなた様…梨沙様を必ずや死の淵へと追いやり、その顔を真の驚きに染めて差し上げましょう!
そして、わたくしの見出したものこそが真のエンタメだと。梨沙様の魅せたショーがわたくしの物より劣ったものだと。
必ずや、必ずや示して見せましょう!

その時が来るまで、しばしのお別れです」

萩峯はデッキから《光学迷彩アーマー》のカードを取り出すと、腰からカード用のクリップが付いたワイヤーを手元まで伸ばし、カードをクリップで挟み込み手を放す。引っ張られていたワイヤーは、元の位置へ戻るべく挟み込んだカードを腰のカードホルダーへと勢いよく納める。
カードがホルダーへと収まった瞬間、萩峯の体が淡い光と共に透過していく。

「(体が消えて…)」

「素晴らしいエンタメショーでしたが、真のエンターテイナーはわたくしです。
次、お会いする時にはわたくしの全てを梨沙様へとぶつけ、真のエンターテインメントが何かを証明してみせます。
それでは…ごきげんよう」

シルクハットを少し持ち上げ傾けたのを最後に彼の体は完全に透過し背景と同化した。梨沙たちの前には、無機質な廊下が広がるばかりだ。まるで、最初からそこには誰も居なかったかのように。

「異常…だよ……」

人が死にかける、死ぬ瞬間に彼は魅力を感じ、人へと魅せる演劇…ショーの題材にしているのだ。
あろうことか、自分が人を傷つけないようにデュエルを進めたその様子さえも、エンタメと称しエンターテイナーとして対抗心を燃やしている。あまりにも歪んだ価値観。
そんな厄介な相手を、脅威をそのままに逃してしまった。その事実を前にしても、彼を殺すべきだったなどとは思わない。
だが、あの人が自分に再びデュエルを挑んでくる…あんな感じで姿を消されて接近されては目視による回避行動もままならない。

「お姉ちゃん?」

「ん、穂香ちゃん…」

「疲れちゃった?」

「う~ん、ちょっとだけね…」

ほんのり苦笑いを浮かべ、穂香へ語り掛ける。
駄天使の効果により特殊勝利で相手を傷つけなくて済むことが分かったのは大きな収穫だ。しかし、それと同時に新たな問題も出てきてしまった。

「(今は考えても仕方ない…。まずは…)
でも…よし!何とかデュエルには勝てたしブルーフロアを目指そうか」

「うん。もう変な人来ないといいね」

「本当だよぉ…もう襲われるのは勘弁してほしいんだけどね…」

デュエルディスクを確認すると、いつも通りデュエルボーナスが表示されていた。

   *****
デュエル勝利おめでとうございます。
以下獲得ボーナスになります。

勝利ボーナス      :10000DP
エンカウントボーナス  : 3000DP
ノーダメージ      :10000DP
特殊勝利        :20000DP
           計:43000DP
   *****

「特殊勝利…2万…」

この環境ではどうしても必要になって来るDP。それが《特殊勝利》、相手を傷つけないデュエルでボーナスが発生する事は、ほんの少し梨沙の気持ちを慰めた。
ディスクの画面をホーム画面へと戻し、穂香の手を握る。再びブルーフロアがあるであろう前方へと直進する。その道中、穂香へ危険な事は出来るだけ回避するよう注意を促しながら。

「穂香ちゃん、ここでは何が起こるか、誰がどんな危ない事を仕掛けてるか分からないの…だから、よーく考えて行動しないとダメだよ」

「どういうこと?」

「怪しい所を見つけてもすぐに近づかないようにしたり、危ない人からもらったものを食べないようにとか…」

「何がダメなの?分からないことはやってみないと分からないよ?」

「う、それはそうだけど…でも穂香ちゃんが危ないから!」

「穂香の心配してるの?」

穂香は意外なようで、歩きながら首を傾げる。

「え!?いやずっとその話してるよ?穂香ちゃんが少しでも危ない目に合わないようにするには、穂香ちゃんも気をつけなきゃだから」

「そっか、穂香の事心配してくれてるんだね。お化けのお姉ちゃん」

「そりゃそうだよ。お姉ちゃんは穂香ちゃんのこと守らないといけないからね!」

「うん…お姉ちゃん、ありがとう」

ぎゅっと梨沙の手が握り込まれる。穂香の方を振り返ると、彼女の表情には笑顔が見られた。

「あ!穂香ちゃん笑ってる!」

「え?」

「穂香ちゃんあんまり表情に出ないからさ!嬉しいんだなってのが分かってお姉ちゃんも嬉しいよ」

穂香の笑顔に習って梨沙も笑顔で返す。
しかし、自身が笑顔になっていることを自覚したらしい穂香の表情は徐々に険しくなっていき、目元には涙が溜まり始める。

「ほ、穂香ちゃん?」

「ほ、ほのか…笑ってないよ…笑ったりなんてしてない…。
だから…怒らないで……」

表情の変化を悟られないように耐える少女は、大きな瞳をうるうるさせる。その声色は明らかに恐怖で震えている…。
梨沙は、穂香の前にしゃがみ込み彼女を抱きしめる。

「お姉ちゃん…?」

右手で彼女の頭を優しく撫でる。

「穂香ちゃん。お姉ちゃんは穂香ちゃんが楽しそうに笑う事で怒ったりしない。もちろん、泣いたって怒ったりしない。楽しい時は笑って、辛い時は泣いて、それでいいんだよ…」

優しく彼女に囁く。笑顔を見せた、それだけで恐怖に駆られるなど、よほど恐ろしい経験をしたのだろう…。
穂香は肩を震わせている。

「だって…パパもママも…ほのかが…楽しそうにしてたら…」

「(パパとママ…)。
今はパパもママもいないよ?だから、その間だけでも穂香ちゃんは気持ちを外にそのまま出していいんだよ。我慢しなくてもいいよ」

「ぅ…ぅぅ…」

穂香は梨沙の胸の中でしくしくと静かに泣き出した。抑圧されていた彼女の感情。その奥底に眠る根幹が何かは分からない…。
だが、そんな彼女の苦しい気持ちを少しでも、自分が何とかしてあげる事が出来れば…。
穂香が落ち着くまでゆっくりと頭を撫で続ける。

「お姉ちゃんごめんね」

しばらくすると、穂香が梨沙の胸の中で一言謝罪を口にした。

「うぅん、大丈夫だよ。落ち着いた?」

「うん。穂香もう危ない事しないよ」

「穂香ちゃんもさっき言ってたように、やってみないと分からないことはたくさんあるんだ。
それを否定するつもりはないの。だから、何か試してみたい事がある時はお姉ちゃんにも相談してね?
それから二人で一緒に決めよう!」

「分かった。お姉ちゃんにも聞くようにする」

落ち着いた穂香は、目元をごしごしと拭うと先程までの穏やかな表情に戻った。

「お姉ちゃんも、正しい答えばっかり出せる訳じゃないから。穂香ちゃんの思ってることはどんどん教えてね!
二人で協力して、ここから出れるように頑張ろう!」

「お姉ちゃんありがとう。ほのか頑張る」

「おっけー!じゃぁ行こっか」

再び歩き出すべく、穂香へと右手を差し出す。

「うん…!」

その手を取り、二人はブルーフロアを目指して歩き出す。


 ---


「お姉ちゃん」

「うん、あそこだね」

二人の眼前には青色に塗りたくられた扉がひっそりと佇んでいる。

「(ここにアリスさんが…?それとも別の人…?)」

渚さんから聞いた《背反の魔女》という異名を思い返す。出会うタイミングによって性格が正反対になるというその性質。たとえアリスさんでなくとも、好意的なタイミングで出会う事が出来れば何か協力してもらえるかもしれない。
しかし、逆の時は……。

「ここまで来たんだ、考えてても仕方ないよね」

「危ない人だったらどうする?」

「その時はその時、最悪逃げれそうだったら走って逃げよう」

「分かったよ」

青い扉にへと近づく。近づいた途端青色の扉が開かれ室内を照らす青色の照明が目に入る。

「どうぞ…中へ…」

中へと招き入れる透き通った優し気な女性の声。梨沙はこの声に確かな聞き覚えがあった。

「(この声は…!間違いない)
穂香ちゃん、行こう」

「うん」

フロア内へと足を踏み入れる。
フロア内は、天井、壁、床そのすべてが青色で塗りたくられており、照らされる照明も真っ青で、まるで海の中にでもいるかのようなそんな感覚に襲われる。
深い青色の空間の奥には、人影が見える。両腕に包帯を巻き、左手には触り心地の良さそうな手袋を着けた見覚えのある女性が地面に座っている。

「アリスさん…!」

久々に再会した恩人を前に、声には喜びが混じる。
梨沙の声に反応した人影は体をビクリと反応させ、こちらを向く。

こちらを向いたその人物は間違いなく、自分の元へと訪れたアリス本人だった。
しかし、綺麗に整っていたはずの長い髪の毛はぼさぼさになっており、右の頬には白いガーゼが貼られている。
何より、彼女の瞳からは一切の感情が感じ取れないのだ。まるで中身のない抜け殻にでもなってしまったかのような…。

「アリス…さん?」

「お姉ちゃん、この人様子が変だよ?」

二人がフロア内の人物の様子を伺っていると突如フロアの出入り口の扉が閉じられる。

「…!」

「閉まっちゃった…」

「だれ?」

閉じられた扉の方へと振り返っていた二人へ、質問が投げかけられる。
声のする方へ向き直れば座っていた女性が口を開いていた。

「だれなの?」

「アリスさん!私です、梨沙です。
大丈夫ですか?少し調子が悪そうですけど…」

「梨沙…?」

「はい!アリスさんが助けてくれたお陰で何とか生き残れました。
アリスさんといろいろ話したい事もありましたけど、改めてお礼が言いたくて…

「アリス…?」

どこか様子がおかしい。梨沙の名前にもアリスという名前にもどうも反応が鈍い。

「アリスさん…?どうしたんですか?
私の事忘れちゃいましたか?他の人とのデュエルでケガとか…」

荒れた髪の毛や頬に着けられたガーゼが気になり、アリスさんを覗き込む。
すると、感情のなかった瞳に生気が宿る。しかし、宿った感情は明らかに友好的なものではなかった。

「さっきから訳の分からないことを…。なんだお前?あたしの事を知った風に馴れ馴れしく…。
そうやってフレンドリーに近づくふりしてあたしの事を丸め込もうとしてるのか?
あたしの事を都合よく使おうとしてるだろ?」

聞き覚えのある声から、聞き馴染みのない口調で自分へ敵意が向けられている。

「え…?いや、憶えてないですか?
裏野梨沙です。あなたに助けてもらった…」

座っていた女性は何気なく差し出した梨沙の手をはじく。
女性の口元からカチカチと歯が震えによって噛み合う音が聞こえ始める。

「え…」

「なんなんだ…お前の事なんか知る訳ないだろ…。
あたしの事を知ってるってことはそうだ。そうだろう?そうとしか考えられない!!!」

突如大声を上げた女性は立ち上がり、デュエルディスクを構える。
特有の機械音と共にフロア内にアナウンスが流れ始める。


ザザッピー
「ただいまよりブルーフロアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:8000
モード:ブルーフロアカスタム
リアルソリッドビジョン起動…。」


「あ、アリスさん…!?」

「どうやってあたしの事を知ったか知らないが、二人組で押しかけて来て…あたしを殺しに来たんだろ?そうだろ!?」

「ころ…なんで私がアリスさんを殺さないといけないんですか!?」

意味が分からなかった。自分がアリスさんを殺しに、ここへデュエルをしに来たとでも彼女は言いたいのだろうか。
恩人である彼女を殺す。理解できない疑いについ、語気が荒くなってしまった。
彼女は右手で頭を掻きむしり始める。あまり距離が離れていないのもあるが、明らかに異常な力で掻きむしっているようでガリガリと音を立てている。

「な、なにしてるんですか!そんなことしたら」

「あぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああ!!?」

掻きむしりながら悲鳴にも近い絶叫を彼女はフロア内へ響かせる。

「人のプライベートにずかずか入って来やがって。そうやってあたしの事を誑かすつもりだったんだろう!?
懐柔して従えてあたしを殺すつもりだったんだろう?お前らからしたらあたしなんて遊び道具程度にしか思ってないもんなぁ!?」

「何を言っているんですか!?私はただアリスさんに会いたくて…」

「ほら!正体を現した!あたしに会いに来ただと!?
それはあたしを殺すって事だろ!?殺されてたまるか、殺してやる…逃がすか…今ここで息の根を止めないと殺される…」

会話が成立しない。そもそも彼女は梨沙の事を記憶していないようだ。何を言っても彼女の脳内で被害妄想が膨らみ続ける。
焦点の定まらない視点は梨沙はおろか…穂香にさえ向いていない。
掻きむしり続けた頭部からは血が滲みだす。

「アリスさん…」

あまりの豹変ぶりにアリスさんとうり二つの別人の可能性さえ考え始める。
しかし、あまりに自分があった時のアリスさんと見目が酷似している。

「逃げて?殺さないで?」
「出来る訳ない。バレた、見つかった、殺す、生かして帰せない」

まるで誰かと喋っているかのように、ぶつぶつと独り言をつぶやく彼女をよく観察すると常に震えている。
その瞬間、彼女が一体何の感情に支配されているのかに梨沙は気づいた。

「そうか…。
(アリスさんは今恐怖に支配されてる。なんでかは分からないけど、目に映るすべてが恐怖の対象なんだ。
あの時の…私と同じ…)」

恐怖と懐疑、桃谷に騙され次に来たおじいさん、佐藤の話を何も聞こうとしなかった。苦い記憶が思い返される。
あの時の選択をひどく後悔している。何もかもが信じられなくなり、結果恐怖の感情すら失い相手を殺してしまった…。

「穂香ちゃん、下がっててね」

「お姉ちゃん…」

「大丈夫。今度も負けないから」

穂香へ優しい笑顔を向ける。

「うん、待ってるからね」

穂香が後方に下がったのを確認し、梨沙は女性の方へと向き直る。
恐怖に取りつかれ周りが見えなくなることの恐ろしさを、梨沙は身を持って学んでいる。
今目の前にいる人が、そんな自分に救いの手を伸ばしてくれた事も覚えている。
どうしてこうなったのかは分からない…。だが、今度は自分が助ける番なのだと直感的に悟った。

「アリスさん…分かりました。
いいですよ、デュエルしましょう」

「そら!?やっぱそうだ!!それで殺すんだあたしを殺すんだぐちゃぐちゃにしようとしてくるんだぁぁあああ!!」

「違います!私がアリスさんを助けて見せます!」

「助ける?あたしが助かるのはお前ら二人が死んだ時だけだ。それ以外にあたしの心に平穏は訪れない。助けは来ない。何もない!!」

発狂し殺意を喚き散らす。
それとは対照的に、梨沙は冷静に静かに彼女へ語り掛ける。

「私はアリスさんにダメージを与えませんから、安心しててくださいね。そして、もしアリスさんにダメージを与えることなくデュエルを終えられたら…。
少しだけ私の事を信じてみてくれませんか?」

「あぁぁ!?黙れ、お前の言葉など誰が信じる。何を信じる?
何もしゃべるな。黙って死 ね。あたしに為す術なく殺されろ!!!」

言葉では彼女の心には何も届かない。だが、デュエルでなら…行動で示せば届くかもしれないのだ。
梨沙はデュエルディスクを構える。

恐怖…嫌悪…殺意…。
怒号…絶叫…。
そんな負の感情が混ざり合った彼女の心の声。

それを救って見せると!

「私がアリスさんの味方だってこと、このデュエルで証明してみせますから!」

「味方?いる訳ないだろ。お前らはあたしの平穏を脅かす外敵でしかない。排除するんだ。一片も残さず。
人であった事すら分からないぐらいにぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


 「デュエル!」 LP:8000
 「デュエル!」 LP:8000

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コングの施し
今回も楽しく読ませていただきました!
不殺のEXWIN、とりあえず成功!などと安心している場合ではありませんよね。ダメージが入らないということは、すなわち本当に危険なタイプのデュエリストは排除できないということ。だからといって、人の命を奪うデュエルは絶対に肯定してはならない…。
そして再開したアリスさん。本当に人が変わってしまっている感じですな…。彼女の内に秘められているものは一体何なのか。謎が深まる中で梨沙さんは不殺のデュエルを突き通せるのか。次回もとても楽しみです! (2023-09-30 21:59)
ランペル
コングの施しさん閲覧及びコメントありがとうございます!

確かに殺す事のないデュエルを現実に出来ましたが、ノーダメージの相手から再戦のリスクが発生。対戦ゲームなので、負けたからもう一回!というのはおかしいものでもありません。ここでは、それが脅威となってしまいますが…。
人が変わってしまった様子のアリス…いったい彼女の身に何が?恐怖に支配された彼女とのデュエルを、梨沙はどう乗り越えていくのか…!?

次回も楽しみにしていただけますと幸いでございますXD (2023-10-03 18:22)

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