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HOME > 遊戯王SS一覧 > Report#50「諦め切れない」

Report#50「諦め切れない」 作:ランペル


変わり果てた彼女の姿を見て、何故自分が憤るのかが分からない。
相手に勝つためのヒントを渡してしまえば、思わぬ所で足をすくわれてしまう。
だから、どれだけ状況が不利でも表情や仕草に出してはいけない。己の感情を晒す事は、相手に思考を読まれる大きな情報源を与えているようなものだ。

それを今まで徹底して来た。それなのに、対戦している女の子への苛立ちを内に留め切る事が出来ないでいる。
一体自分は彼女に何を求めているんだ…?

Report#50「諦め切れない」
こんなイカレタ場所でなら人は容易く壊れてしまう。
振り返ってみるとここで出会った人は皆自分を最優先に考え、他者を襲い権利を踏み躙る人しかいない。
元がどうかは知らないが、皆壊れてしまった慣れの果てだった…。

そんな時に外部から補充されたクラスⅢの被験者。
当然、頭のおかしい人が入って来たと思っていた。クラスⅠやⅡならともかくクラスⅢだ。この実験場である程度の成果を見込める人でなければ投入されるはずがない。
でもそこに居たのは普通の女の子。会話を交わしても特にこれといっておかしい部分は見受けられない。
何故という疑問が浮かんだ。実験の概要を理解するでもない少女が即座にクラスⅢにへと選ばれている。何かデュエルにただならぬ想いでも抱いているのかとも思っていた。

だが、それも杞憂に終わった。

リアルソリッドビジョンの演出に一喜一憂する初々しい反応。一生懸命デュエルに臨む姿。
ある程度の実力を備えていたとしても、他のクラスⅢの様な何かを持っている人だとは考えられなかった。
彼女とのデュエルは言うなら、友達と一緒にデュエルして遊んだ時の様な。そんな殺伐としていないデュエルそのものを楽しむ時間に浸れていた。
そんな彼女となら、もう一度デュエルしたいと思った。

「(そうか……)」

怒りの原因が判明した。自分は彼女にかつての日常の片鱗を感じ取っていたのだ。
なんでもない日常。楽しくデュエルするだけ。そこには金も命も乗っていない。
その日常が、ここ数日でここまで壊れているのが苦しかったのだ。
彼女は今でもとても楽しそうに笑顔でデュエルを進行しているが、その腕からは血を辺りに飛び散らしている。これは常人の行動とは大きく逸脱している。

それを認識した瞬間、額から大きな汗が一筋流れるのが分かった。

「……きついって…」

壊れているのは分かっていた。いや、分かっていたつもりになっていたのだろう。
壊れる前と後を見たのは彼女が初めてだったから。
悲痛な叫び、当てのない怒り、失意の言葉、目に宿る絶望。
ありとあらゆる壊れた人間を短い時間とは言え、見てきた。その中には、日常生活では何の問題もなく過ごせていた人も多くいたのではないだろうか。
そんな人たちだってこの環境で過ごせば、おかしくなる。目の前の少女はここへ来てまだ3日目だ。3日で何が彼女の体から痛みを奪い取ったのか。

記憶をなくしたと言っていた。しかし、その目には明確に何かを目指した…言うなら希望をどこかに持っていた。
しかし今の彼女はどうだ?

歪むことのない笑顔。笑顔が顔に貼り付けられたように表情を変えずに笑みを崩さない彼女の瞳にはもう何も映っていないじゃないか。
染まりきっている。壊れてしまった。

僕が日常の面影を感じていた少女は3日で、人でなくなった。


ならば、自分はどうだ…?


覚悟してこの環境に己の身を投げた。
だがそれは大金を手にして、外に帰る前提である。
自分の貧相な暮らしから脱却して輝かしい日常を生きる為の金だ。

その為に、デュエルをして来た。襲い掛かって来る数多のデュエリストを倒して来た。不可抗力とは言え、中にはその命を奪ってしまった者も居ただろう。
そんな特殊な環境に身を置いていた自分が外に出れたとして、果たしてまともな人間性を残していると言えるのだろうか…?
3日で壊れた彼女に対して、自分は既に半年以上の時間を過ごしているはずだ。

「(ここから出て…僕が望んでいた生活が送れるのか…?)」


怖くなってしまった。

世の中、人を陥れる奴ばかりだ。
他者を利用して成り上がる。そうやって、潤沢な資金を手にして裕福な生活を送る。
何を犠牲にしてもいいと、ここへ来たはずだ。

覚悟が足りていなかったのではないか?

とても愚かな選択をしてしまったのではないか?

既に自分も…壊れているのではないか?

「考えても…仕方ないだろ…そんなこと。
僕が決めた事なんだ。
金さえあれば…どうとでもなるんだから…。
後は外に出るだけ。それだけ。もう少しだ。
今更なんだ…?邪魔だ…邪魔なんだよ…。
僕の邪魔をするな!!!」

無意識に声を出していた。
己へと言い聞かせる。何度も何度も。
沸きあがる不安と後悔、怒りを言葉にして自分を奮い立たせる。
そこへ楽しそうな少女があっけらかんと言葉を投げ込む。

「誰も邪魔なんかしてないですよ~?
ほら、白神さん?」

目に映ったのは、傷ついた左手をこちらへと差し伸べる優しい少女の笑顔だ。
深淵の底に居るかのように真っ黒な瞳が、自分を覗き込む。
変異した日常がそこに居た。

「(いやだ…!
あんなのになりたくない…!)」

そう思った時には既に《飢鰐竜アーケティス》は、彼女の元へと動いていた。
咄嗟に自分は攻撃宣言をしていたみたいだ。
強靭な顎と鋭い牙を持った魚竜が笑う彼女へと向かう。

変わらず左腕を伸ばす彼女に向かって、アーケティスが口を開けた。


 ~~~


ピーーー


「裏野様のライフが0になりました。勝者は白神様です。」

薄暗いフロアへと流されたデュエルの勝敗アナウンス。
それと同時にリアルソリッドビジョンも終了し、モンスター達の姿が消えていく。

白神の視線の先には少女が立ち尽くしている。
その左腕からは血が流れ、《飢鰐竜アーケティス》に噛みつかれた肩の部分は大きな歯型が残っている。そして、その傷跡からも同様に血がだらだらと流れ続けている。

「裏野様、白神様へデュエルボーナスが送られます。ご確認ください。」

デュエルボーナスのアナウンスも放送がされた。
しかし、少女は一切として体を動かそうとせず、呆けている。

「裏野…さん…?」

デュエルの最後まで笑顔を崩さなかった少女がぼーっとしている様に新たな異質さを感じた白神がゆっくりと声をかける。

「…あ~」

そんな彼女から返されたのは、実に気の抜けた声。
彼女の目は白神を捉える事無く虚空を見つめている。何かを探すでもなく時々右を見たり左を見たりして黒目が動く。

「(…とにかくデュエルには勝てた。
もうここに用はない…。無駄な体力を消費してる場合じゃない。
分かってるだろ?)」

白神は少女に背を向けてブラックフロアの出入り口へと歩き出す。

「(それでいい。壊れた彼女に構っている場合なんかじゃない…)」

出口へと向かう彼は、後ろ髪を引かれるように歩みが遅くなっていく。
徐々に遅くなっていった歩みが遂に止まる。

少しの間、立ち止まっていた彼は深いため息を吐いたかと思うと、踵を返して少女の元へと戻っていく。

「裏野さん。聞こえてる?」

少女の正面に立った白神は、改めて少し大きな声で話しかける。

「裏野さん…!」

「はい~?あ~白神さんですか?
なんですか~?」

声を張ってもう一度話しかけるとようやく少女が白神を捉える。
どこかふわふわとしている彼女は、先程までと比べても様子が様変わりしている。

「何してるんだい?デュエルが終わったのにぼーっとして」

「あ~~、そうですね。デュエル終わりましたもんね。
もう一回しますか~?」

間延びした語りで、何故かデュエルの再戦の話をしだす少女に対して白神は声を少し荒げる。

「そんなことしてる場合じゃないだろ。
その腕の傷どうするつもりだい?痛くなくても血が流れ続けたら人は死ぬんだよ。
そんなことも分からなくなってる訳じゃないだろう?」

それを聞いた少女が自分の左腕に目を落とす。
槍が一度貫通した左腕の傷からは静かに血が滴り、新たに出来た噛み傷からもたくさんの血が力なく流れ落ちていく。

「死ぬ~?ま~その時はその時じゃないですかね~?
あ~なんかぼーっとするのはこれですかね~?」

そう言う彼女はあろうことか再び口元を緩ませ、にこりと微笑みだす。

「キミ…。
はぁ…分かった。判断能力がもう0だってことが分かった。
とりあえず座って」

白神は少女をその場に座らせると、自らのデュエルディスクを操作する。
すると、デュエルディスクから光が照射され始め、その光が少女に向けられる。

「検査ですか~?
どこも悪い所ないですよ~。ね~デュエル、しましょう?」

体をゆらゆらと揺らしながら少女がふわふわと喋る。
それを無視して白神はデュエルディスクの画面を確認する。

「(やっぱり出血多量…。
止血剤もリストに入ってるな…)
デュエルディスク借りるよ。止血する」

白神は少女の左腕のデュエルディスクを操作し、何かの購入を始める。

「あ~、人のお金使って何買うつもりなんですか~?
私~負けて~、悔しいですからもう一回しません?デュエル」

「キミの言う事を聞くつもりはないから。
黙って死なないようにしてなよ」

淡々と少女の話を流した白神は、デュエルディスクの操作を終えると壁の元まで歩いていく。そして、手に薬の入った瓶と包帯、消毒液を持って戻って来た。

「はい、これ飲んで」

「なんですかこれ~?
何飲ますつもりですか~!」

受け取った瓶を眺めた少女が、微笑みながらも眉をひそめる。

「止血するって言ったでしょ。
いいから早く飲んで。包帯も巻くよ」

その場に片膝をついた白神さんが消毒液を傷口へかけてから、包帯を巻き始める。

「痛くなさそうだし浸みるとかもないでしょ。
早く薬飲んで」

「白神さんって~結構グイグイ来るんですね~?」

静かにため息を吐いた白神は再三薬を飲むことを促す。

「どう思ってくれてもいいからさっさと薬飲んで。
まともに物事考えてないんだから、大人しく従いなよ」

「わ~!ひどい言い方しますね~」

「は・や・く」

少女はからかうように、にやりと笑う。
それを白神が何度目かの催促をし、少女はようやく薬を飲み始めた。

「あんまり味しませんね~。
元から味付けされてないのかも~しれません」

「薬に味付けは求めなくていいんじゃない…?」

「え~、甘い薬の方がなんかよくないですか~?
小さい子とかも~そっちの方が飲みやすいですし~」

「それは、自分は子供舌ですって自己紹介してるってことかな」

「な~んですか~、そんなんじゃないですよ~?」

出血多量で死の危機が目前まで迫っているなど露しらずな少女は、暢気に陽気に話を広げる。白神が包帯を巻いている間、他愛のない会話が数度交わされた。

何気ない会話を楽しむ少女は、とても嬉しそうに話している。しかし、その目の暗闇に光が灯ることはない。
会話に一度区切りがついたタイミングで、白神が切り込んだ。

「なにがあった?」

「なにって~なにがですか~?」

「キミがそうなった理由だよ。
最初に会った時と別人じゃないか。こんだけだらだらと血を流しても何にも感じてないみたいだし。言っとくけど、なんかふにゃふにゃしてるのそれ重度の貧血の影響だからね。僕が止血してなかったら死んでるよ」

「ですから~死んだら死んだ。
その時はその時ですよ~」

まるで他人事の様に笑う少女からは、生きたいという意欲が何も感じられない。

「少なくとも最初にデュエルしてた時はキミからは人間味が感じられた。
確かにここは壊れてもおかしくない環境だ。でも、あの時のキミからは、確かな目的意識を感じられた。ここから何とか出ようって言うね」

「ここから、出る~?」

少女がゆっくりと首を傾げる。

「出る必要がなくなりましたからね~」

間延びした声でそう告げる少女。
その言葉に違和感を感じた白神が、聞きなおす。

「出る必要がない?どういうことだよ」

「そのままの意味ですよ~?
外に出たって、私のしたい事もう何もないですからね~」

「…理解できないな。
ここに居る事で外に出る目的がなくなる訳がないだろ。この過酷な環境に押しつぶされたなら理解できるけど、日常へ帰る欲が消える理由が分からない」

白神はそう言い放つと同時に包帯を巻き終える。
そんな彼をにやけた少女が見つめている。

「お金が大事な白神さんには分かりませんよね~。
まぁ、どうでもいいですよ。ほら、体はもう大丈夫なんですよね?
なら、もう一回デュエルしましょうよ~。今度は、負けませんよ~?」

少女がデュエルディスクを持ち上げようとする。
それを白神がデュエルディスクを手で抑えつけ封じる。

「どうでもいいなら僕はもうここにはいないよ。
僕がここに居るのはキミがどうしてそうなったかを聞くことにある。
デュエルで負けたんだ、それぐらい答えてくれてもいいんじゃない?」

この時、少女から浮ついた空気が消えた。
どこか他人事のように話をしていた少女が、口を歪ませたかと思うと抑えつけてくる白神の腕を振り払った。

「私はデュエルがしたいんですよ。白神さんとどうでもいい話をしたくてここに居る訳じゃないです。
白神さんもここに来たのは私とデュエルしに来たって言ったじゃないですか。
私のデッキのみんなとなら、楽しいデュエルが実現できる。楽しい世界を満喫できる。
それ以外にここに価値はありません。意味がないんです。
白神さんがお金の為にここに居るのと一緒ですよ~?
私はここでデュエルが出来ればそれでいいです。
外に出る?なんでこうなった?なんですかそれ?
そんなくだらない話をしても、私は楽しくないんですよね。
楽しくないことに自分の時間を使う価値が感じらせませんよ?

なので~私とデュエルをしましょう!
頭がまだふわふわしますけど~、デュエルはきっとできますからね!」

ただただ無機質に言葉を吐いていた少女が、デュエルディスクの着けた左腕を白神にへと突き出す。
その表情は先程までと同じ様に不気味な笑顔が貼り付いていた。

「ほら、今度は負けませんよ?」

白神は少女の言葉を無視し、無言で突然胸ぐらに掴みかかった。

「わわ…随分と強引ですね白神さん…?
女の子に、何する気なんですか?」

「キミの願いがそれなのか?」

掴みかかられた左手を少女がのけようとすると、白神が静かに口を開いた。

「願い?
願いなんてたいそうなものじゃないですけど、まぁそうなりますね」

「前会った時にやりたかったこととか、ここから出たかったものは全部なくなったのか?
本当に心の底からそう思ってるのか?今のキミのその行動すべてが現実から逃げていないと言えるか?
本当にどうしようもない事なのか?もう取り返しがつかないのか?」

真剣な目で白神が静かに言葉を繋げる。
不快さを表情ににじませながら少女が返す。

「だから…!そんな話どうだっていいんです!」

「キミがどうでも良くても、僕には大事な話だ…」

力の込められていた左手から力が抜け、白神が手を放し立ち上がった。

「最後に聞かせてよ。
キミは…この選択を後悔はしない?」

「こう…かい…?」

ピクリと体を反応させた少女が顔を上げて少年を見る。

「そう。
キミがデュエルするだけになって、未来のキミは後悔しない?
昔のキミが外に出たいと言ってたような、やりたい事。されたい事。
その全部がここではすぐに取り返しがつかなくなると思う。それでもいいんだね?」

「なん…ですかそれ?
なんにも知らないのに。知らない…癖に…」

笑顔が消えた少女は唇を震わせる。

「知る訳ないよ。
知らないけど…キミがおかしくなってるのは見て分かる。
正常な判断も下せないキミの選択で、未来のキミはもう後悔しないのかって聞いてる」

「あは、あはは…。
つまり、白神さんはこう言いたいんですね?
このおかしな環境で、何があっても、心を壊すことなく、希望も見えないけど、目標に向かって頑張れと。
どんな理不尽があっても、先の見えないここで、辛くて苦しい思いを永遠に続けていく方が正常だと。
私がおかしくなっている様に見えますか?正常であればあるほどおかしくなってしまうのが、まともなんじゃないですか?
そんなことを言える白神さんの方がよっぽどおかしいんじゃないですか?」

バカにするような言葉。
それを投げつけた相手は尚も真剣な目でこちらを見てくる。

「そうだね。キミの言うように僕もおかしくなっている所はきっとあるんだろう。
あんまり自覚したくはないけど…」

白神さんがそう口にして頭を掻いた。

「でも、僕はやりたいことはやるよ。
他の人からとやかく言われても僕にはこれが必要な事だったから。
結果としてそれが無意味に終わってしまったとしても…やるだけの事はやったって自分に言える気がする」

「やりたいこと…」

頭の中で雑音が飛び交う。
苦しみから逃れられたのに、その苦しみへと引き戻そうとする目の前の男。
とても嫌で、うざくて、煩わしい。

なのに、とても惹かれる。

「裏野さんは?本当にやりたい事なくなったの?
僕の目には、デュエルをすれば楽しいと思い込んでるようにしか見えないよ。
デュエルすら楽しめていないように見える」

「そんなこと…ないです。
デュエルは、楽しいです。だって、みんなと一緒に戦えて。
綺麗な演出も、いっぱい…あって…それで…えっと…

懸命に否定した。しかし、その懸命さも意味を成さない。
言葉が続かない。
さっきまであれだけ楽しくデュエルをしていたのに、楽しい感情で溢れてたはずなのに。
語り尽くせない程の幸福感を感じてたはずのデュエルの魅力が言葉にならないのだ。

それがどうしても苦しくて胸を締め付けられる。
胸元をぎゅっと抑えつけずにはいられない。

「うぅ……」

「裏野さんがそれを心から望んでいるならそれでいいと思う。
キミの言ったように手に負えない理不尽がここでなら無限に発生する。
それから逃げるのも1つの手だとは思う。でも、キミがそれを受け入れているようには到底思えない」

苦しい。
辛い。
聞きたくない。

「なら…どうすればよかったの…?」

零れ落ちるようにか細い声を絞り出した。
ほぼ無意識で発声されたそれが耳に入って来た瞬間。溢れ出るものが次々と言葉になる。

「外に出たら優しく迎えてくれると思ってた…お父さん…が…。
人を殺してた…!?私を娘とも認識してくれて無い…!?
なら、私が外に出る理由は何?外に出ても私を温かく出迎えてくれるはずのお父さんは、もうおかしくなってるんですよ!?
ここで会った私の大事な人を痛めつけようとする。それで心を痛めてるような様子も……。
頑張っても…それは報われるんですか…?
私が頑張ってここから出たら、ここで起きたことが全部夢で、平和な世界に戻ってるんですか?
この実験がぜーんぶ悪い夢で、ここから出さえすれば平和な日常に何事もなく戻れるんですか?そうじゃないですよね?
この体も壊れちゃったんですよ?刺しても、これだけ血が流れても痛くも痒くもないんですよ?おかしいですよね。おかしくなってるんです。体は生きようとしてないんです。もう頑張りたくないんです。だから、全部任せることにしたんです。唯一の魅力のモンスターと触れ合えるデュエル。そこにさえのめり込めば、全部が夢で終わるんです。楽しい思い出で上書きできる。私がここでしてしまったことも全部なくなる。

なのに…なんで、なんにも知らない白神さんが私をまた苦しめようとする必要があるんですか?デュエルはしたじゃないですか!?なんなんですか!?
じゃぁ、私はどうしたらよかったんですか…!!?」

いろいろな感情がぐちゃぐちゃになり、そのまま表に出される。
大きな声で叫んだ後、重苦しい沈黙が流れる。
それを白神さんが、何の気なく打ち破る。

「さぁ?」

「え…?」

想像外の返事に思わず顔を上げる。

「どうすればよかったかなんて僕には分からないよ」

「な…」

「ただ、本当にやりたいことをしていない。
デュエルに逃れたキミが楽しそうにしているのは全部上っ面だ。
目的がないなら、今やりたい事を全部やり切ってもいいんじゃない?
ぱっと思いつく事なんでもだ」

白神さんがゆっくり話す。
やりたい事?それは叶わないじゃないか。
今までだって頑張ったけど、私のやりたい事を正面から潰されてきた。

「もう…いいです。
死んでも、みんなもどうせすぐに死んでまた会えますから…だから…

「そんな確証はない。
キミが死んだら、キミの会いたがってた人はもう二度とキミと話す事は出来ない。
キミがどうなったかすら分からないかもしれない。
死んで会えるなんてどこからその発想に至ったんだい?レッドフロアのあいつに布教されたのか?
いいかい、死んだらそれまでだよ。キミが望む死んでから叶うはずのそれは生きていないと叶わないものだ。
最期に会いたいと思った人はいないのかい?挨拶は済ませた?死んでから話せる人は誰もいない。
死んだらずっと独りぼっちだ」

「うるさい…!!!」

目を瞑って暗闇に委ねた事を真っ向から否定されている。
大切な人が居なくならない夢を見ていたのに。また失う恐怖に怯えることになってしまう。
人を傷つけるのも傷つけられるのももう嫌だ。

耳を塞いで塞ぎ込む。
白神さんの声は聞こえない。でも、声が止まない。

お父さんと外に出たい。
アリスさん、穂香ちゃんと外に出たい。
お父さんを助けたい。
穂香ちゃん、アリスさんがどうなってるか分からない。
みんなが悲しんでいる姿を見たくない。
佐藤さんの事を家族に伝えないといけない。
デュエルで人を傷つける事が許せない。
またみんなと楽しく喋りたい。
みんなが幸せになって欲しい。
平和な日常をまた送りたい。
外に出たい。
もっとやりたい事がある。
まだやりたいことが残ってる。
人を助けたい。


まだ生きていたい…!


「やりたい事…ここじゃ…叶わないじゃない…ですか…」

「全部?本当にキミのやりたい事が一つも叶わない?
叶わないものもあるかもしれない。それを叶えるためには、考えられない程の苦痛を伴うものもあるだろうね。
でも、夢の世界に逃げたキミが救われているようには見えないんだよ」

「やるだけ…やっても…結局なんにもならない…」

「かもね。でも、やるだけはやったって満足感は得られるんじゃない?
キミはそれを得られてないから、こうやって夢がすぐに崩れるんだろう?」

満足感………。
仕方ない、どうしようもない、頑張ってもどうにもならない。

それは全部諦めだ。
どうしようもない程に高くそびえ立つ苦境が私を諦めさせた。
でも、本当に諦めがついたなら…今私はこんなに心を乱されて等いないはずだろう。

「頭に浮かんでるやりたい事…。
言ってみなよ。口にしたら気づけるかもよ。
本当にないなら、なんにも思いつかないだろ?」

静かに、冷静に…。
でも、どこか優し気なその声が静かに頭の中へと届いてくる。
体が反射的に頭に浮かぶ言葉を口にしだす。

「まだ…生きていたい。
お父さんと、穂香ちゃんと、アリスさん…みんなを助けたい…。
罪を償わないと…してしまったことを償って、みんなに胸を張って生きていけるように…。
デュエルをこんなことに使うなんて許せない…。
私はまだ…死 ねない。
死んだら…きっと私の大切な人達が悲しむから。
それに、生きてやりたいことがまだ…いっぱいあります…!」

白神さんに向かって頭に浮かんでくる言葉を無暗に投げかける。
自分が投げつける言葉を黙って聞いてくれた白神さんは、ほんの少し笑っている様に見えた。

「やっと、人の目に戻ったね」

心の内から温かいものが溢れてくる。
それと共に、枯れたと思っていたものが目から静かに流れているのを感じた。

「諦められる…訳ないです…。
こんな理不尽な事、許せない。
絶対に大切な人たちと外に出ます。

そして、いつも通りの生活を取り戻します…!」

「いいね。
それが目標だ」

「あ、あはは…。
なんか…恥ずかしいです…」

白神さんから顔を背け、指先で涙をそっと拭きとる。

「詳しくは把握しきれないけど、それが裏野さんのやりたい事なんだね」

「……はい。
私、まだ生きていたいみたいです」

そう言ってぎこちなく笑う。
すると、白神さんもどこか嬉しそうに微笑んだ。

「さっきまでの笑顔と大違いだ。
ひとまず、気持ち悪い感じがなくなってよかったよ」

「そ、そんなに気持ち悪かったですか…?」

「それはもう。
ずーーーっと笑顔顔に貼り付けて、痛がりもしないし、喋る事はデュエル楽しい楽しいって会話にならない。
しっかり狂人のそれだった」

おかしくなった自分の様を説明されると、異様な光景だったのは想像に難くない。
そんな醜態をさらしていた気まずさと合わせて一つの疑問が浮かんでくる。

「でも、なんで白神さんはそんな私に話しかけてくれたんですか?
普通危なそうな人には近づかないと思いますけど…」

「僕もそう思ってはいたよ。
ただ…まぁ…強いて言うなら、裏野さんがおかしくなってるのが嫌だったってだけかな」

「私がおかしいと嫌だったんですか?」

出会ってからそんなに時間の経っていない彼がそのような感情を抱いている事で、新たな疑問が沸きあがる。

「久々にまともな人を見たからね。
おかしくなってるのが気に入らなかったんだと思う」

「気に入らなかったって…。
あはは、そんな理由あります?」

「珍しく感情に引っ張られてしまったよ」

何とも身勝手な理由で助けられたものだと少しおかしくなって、笑ってしまった。
それに反応した白神さんが微笑みながら返事を返してくれる。

「とにかく…ありがとうございました。
白神さんにも助けてもらいました。お陰で、戻って来れた気がします」

「お礼は別にいいよ。僕がやりたくてやったことだから。
キミを助けようとしたわけじゃない」

「それでもです。
結果として、白神さんのお陰で自分を取り戻せた気がしますから。
本当に感謝してます」

笑顔で白神さんに感謝の気持ちを伝える。
それを横目で見ていた白神さんが、少しだけ呆れたように乾いた笑いを漏らす。

「キミはもう少しエゴに振舞っても、いいと思うんだよね」

「エゴ…ですか?」

「ここに居る連中はみんなエゴイストだ。自己中心的に無茶苦茶をやれない奴はすぐにそいつらに狩られる。
自分のやりたい事を周りの事なんか気にせずに、やり通すような自我を出す。長い事フロア主やってるクラスⅢなんかその典型だと僕は思うけどね」

そう言われてクラスⅢの人達が頭に浮かぶ。
人を殺す事を目的にしている朱猟と藤永は、それらの特徴に合致しているだろう。
そして、自分の父親…。どれだけの時間をここで過ごしているのかも分からないが、父親も目的の為なら他者を利用し犠牲にしているような行動が見受けられた。
でも、アリスさんや白神さんもそれに当てはまるのはどこか違和感がある。

「確かにそう言う人は多い気がします…。
でも、白神さんはそんな人には思えません。そんな人が私を助けるような事しないんじゃないですか?」

チラリとこちらを見た白神さんが顔を逸らす。

「言っただろ?キミがどうなろうと僕はどうでもいい。
ただ僕が気に入らなかったから関わっただけ…。僕もキミの言うそう言う人らと大して差はないよ。
ま…キミがそんな性格だから僕も興味が出たんだけどね」

「なる…ほど…?」

分かったような分からないような…。
白神さんの発言をゆっくりと飲み込もうとしている内に、彼は出口の方へと歩き始めた。

「どこに行くんですか…?」

「グリーンフロア」

「グリーン…フロア…」

白神さんがそう呟くと、一気にグリーンフロアでのデュエルが思い返される。
父親とのデュエルに勝利目前のタイミングで意識を失った。そこから何故かブラックフロアにへと戻ってきている。
穂香ちゃんやアリスさんはどうなったのか?
お父さんは…。

「(そうだ…確認しなきゃ…。
みんなが無事かを!)」

散らばったカードの中から《ゴーストリック・スペクター》を手に取り、ゆっくりと体を起こしてから白神さんの後に続いて歩く。
それに気づいたのか、立ち止まった彼が振り返り疑問を口にした。

「何?なんでついてくるの?」

「私も…グリーンフロアに行かないといけません…!」

「グリーンフロアに…?なんで?」

「私の大切な人が無事かを確かめないといけません」

「ふ~ん…さっき言ってた人ね…」

白神さんの視線が私の左腕に向く。

「急ぎの用事なんだろうけど、傷はどうなの?
スキャン結果見るに、出血多量でキミさっきまで死にかけてたからね?」

そう言われて自身の左腕に目を移す。包帯が少し赤く血が滲んでいる。

しかし、痛みは全くと言っていいほどない。

「痛くは…ないですね…。
まだ体の調子は万全じゃないかもしれません…」

傷があるであろう左腕と左肩辺りが激し目に脈打っているのが分かる。
しかし、痛みはないのだ。

「…その感じなら、まだ外に出れるような状態にはないと思うけど?」

怪訝な顔をしながら白神さんが外に出ようとしていることを訝しむ。

「そうかもしれません。
でも、私がここで休んでる間に、大切な人が取り返しのつかないことになったら…。
白神さんに助けてもらった意味がなくなりますから…!」

そう言うと、彼は少し驚いたような顔を見せた後に笑い出す。

「ふふっ、やっぱりキミは面白いよ。
ま、好きにしなよ。ただし、途中で倒れても僕は助けないからね」

「大丈夫です。
これ以上迷惑はかけませんから」

先程掴み取った《ゴーストリック・スペクター》をデュエルディスクの上に置く。
すると、白い布を被ったお化けがふわりと頭上から舞い降りて来て、クマの様な足で着地する。

「へぇ…」

「スペクター、たびたびごめんね。
また私を乗せて欲しいんだけど…お願いできるかな?」

スペクターは首を縦に振ると、自分に対して背中を向けた。

「ありがとう。
よし、行きましょう」

スペクターの背中に乗り布を掴むと、ゆっくりと浮遊感が増してくる。
それを見た白神さんが、浮かんでる自分に聞いてくる。

「要領がいいね。自分で気づいたの?」

「モンスターに乗ることですか?
いえ、教えてもらいました」

《盤外召喚》の応用法は渚さんに教えてもらったものだ。
人から教わったと告げると、白神さんは一拍空けて話を続ける。

「そう…。
なんかキミ、コミュニケーション能力高い?
ここに来て数日で人と親しくなれるのは相当難しい事だと思うんだけど」

「ここで出会った人に恵まれてたとしか言えませんよ。
白神さん含めて優しい人と会えましたから!」

「……キミ…、それ無自覚なら気をつけた方がいいよ…」

「ど、どういう意味ですかそれ…!?」

「いろんな意味でね…」

何故か引き気味な表情をする白神さんにその心中を問いただしながら、二人でブラックフロアの外にへと出た。
現在のイイネ数 23
作品イイネ
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コングの施し
人の目に戻った!!!よかった〜〜〜〜〜!!!!

ここに来てからのわずかな時間の中で目的が歪みいくつもの辛いことが起き、心を閉ざしてしまった、虚な笑顔を向けていた梨沙さんですが、白神くんがグッと胸を掴んでくれましたね。ここ最近の彼女にもうずっとヒヤヒヤでした。

そしていつも思うことですが、なんと言っても心情の描写が濃密ボリューミーで素直に脱帽です!物を書く者として見習わなければと常々思わされます。そして次に向かうはグリーンフロア!なんだか仲間たちが集結しつつあるような、そんな気がしますね。しっかりともう一度向き合わねばならない人、お互いに思って戦い続ける人がいるこの状況。実に続きが楽しみです。

これからも更新頑張ってください!毎話楽しく読ませていただいてます! (2024-02-22 20:10)
ランペル
コングの施しさん閲覧及びコメントありがとうございます!

辛うじてですが、人の道に戻る事が出来ました。
これ以上苦しむことを拒み、心を閉ざした彼女の笑顔。その違和感を嫌った白神が梨沙の心に響く言葉を届けてくれました。梨沙が傷つくことを恐れ、白神の言葉を聞き入れなかった時は完全にここの住人へと変貌してしまっていた事でしょう…。
梨沙にはこれからも苦難が待ち受けると思いますが、手助けを受け帰って来た彼女をまた応援していただければなと思います!

実験という名を冠してるので、彼ら彼女たちの心情の描写には力を入れているつもりですので、お褒め頂き嬉しい限りでございます!この辺りも塩梅が難しい所ですよね。量が多くても少なくても読みにくかったり伝わりにくくもなりますので。
少し多めかも?ですが、描写はしっかり目の作品にしていこうと思っております!

そして、グリーンフロアへとみんなが集結していく段階…。これからみんなはどうなっていくのか?引き続きお楽しみにでございます! (2024-03-01 01:55)

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