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HOME > 遊戯王SS一覧 > Report#32「好転」

Report#32「好転」 作:ランペル

ピーーー


「有栖川様のデッキが0になり、ドローが行えませんでした。勝者は裏野様です。」


アナウンスが静かにデュエルの決着を放送した。
そこに人へのダメージはおろかソリッドビジョンによる演出もなく、ブルーフロアでのデュエルは幕を閉じた。

「よ、よかった…。ちゃんと…ダメージが…なさそう……」

あれだけ啖呵をきっておいて、ダメージが発生していたら今のアリスさんとの関係修復は二度と叶わないものになっていただろう…。この結果なら、彼女と会話が出来るはずだ。

「裏野様、有栖川様へデュエルボーナスが送られます。ご確認ください。」

ボーナスのアナウンスも流れ、デュエルが無事に終わったと改めて実感でき、安堵した。その瞬間、体が役目を果たしたかのように脱力する。

「え…?」

熱傷にまみれた肉体が地面へと追突する。

「っぁ…ぁ…っ!!?」

あまりの痛みで声が出なかった。焼けただれ、真っ赤になり弱った皮膚へぶつかる固い地面。強い意志を持って痛みから意識を逸らして行っていたデュエルが終わった事で、体に残る痛みの逃げ場がなくなっている。

「ぁ…ぁ…」

痛みで体が痙攣する。言葉を発せられない。
先程まで痛みに耐え、喋るだけでなくデュエルまで出来ていたのに…。

「お姉ちゃん…!?」

デュエルを後ろで見守っていた穂香が梨沙が崩れ落ちると同時に、彼女の傍まで駆け寄る。

「お姉ちゃん…大丈夫!?
いたいの…?火傷したの…?」

「…ぅ…ぁ…」

ついさっきまで対峙する女の人へ笑顔と共に語り掛けていた彼女が今、床で言葉を喋れず痙攣している。
どうしたらいいのか分からず、ただうろたえるしかなかった。

「どうしたら…お姉ちゃん…」

その二人の光景を黒髪の女性は遠目に見ていた。
そして、不愉快そうに頭を掻きながら誰かと喋る様に独り言を呟き始める。

「ちっ…あたしには理解できない…。終わったとたんに倒れやがって…。
なんだってんだ?気力だけでデュエルしてたのか?こいつを助ける為にって?
イカれてるとしか思えない。近寄って来た自称親友共もあそこまで狂ってるやつはいなかったよな?あーうるさい…だったらお前が助けてやれよ。殺しに来たわけじゃなさそうだしな…今の所…。
知るか…!」

一通り独り言を終えた彼女はその場に座り込む。
座り込んだかと思うと突然飛び上がって梨沙の元へと走り込んでくる。

「梨沙ちゃん…!!!」

「…!?」

梨沙の傍まで寄って来た彼女は目に涙を浮かべて唐突に謝罪の言葉を口にし始める。

「ごめんなさい…!ごめん、ごめんね…梨沙ちゃん…ごめん…痛かったよね…」

「危ないお姉ちゃん…。
何するつもり…これ以上お姉ちゃんにひどいことするなら…ほのかも怒るよ…」

梨沙を痛めつけた張本人が、突然彼女の元へと近づいてきたことに警戒し穂香は梨沙と女性の間に割り込む。

「ごめんなさい…謝れる立場にない事は分かってるわ…。
でも、今の私は梨沙ちゃんを助けたい気持ちしか残ってないの。あなたも、梨沙ちゃんを守ろうとしているのよね」

「反省したの?もうひどいことしない?」

「ええ。絶対に…。
今は梨沙ちゃんが苦しいのを少しでも和らげてあげないと…」

「本当に助けてくれるなら…ほのかも手伝う…」

「そう、ほのかちゃんって言うのね…。こんな私を信じてくれてありがとう」

女性は自身のデュエルディスクを操作すると、そこから光が照射され始める。

「梨沙ちゃんひどいことして…ごめんね…。
今手当てするから…待ってて…」

「ぁ…りす…」

心配そうに梨沙の事を見る二人の顔を見て安心したのか、梨沙はゆっくりと目を閉じた。





 -----





「はぁ…はぁ………撒いた…かな…?」

前を開けた茶色のコートを着た黒髪の女性…福原 渚は白い廊下の曲がり角から自分が走って来た道を覗き見る。そこに人影は見えず、人の気配もしない。

「とりあえず…大丈夫そうか。
あーー、またデュエルディスク買わないとなぁ…晩酌代もないってのに…」

「金欠か?」

渚がため息を漏らしていると男の声が聞こえた。
驚き、声のする方へと向くと頭のほとんどを刈り上げた金髪の男が笑顔を見せた。

「なんだ…君か。驚かせないでくれよ」

「随分と慌ててるな。誰かに襲われでもしてたのか」

体格の良い男の体は盛り上がった筋肉で固められていた。まさに筋骨隆々、ムキムキマッチョという言葉がふさわしいその上半身は、灰色のタンクトップで覆われているのみだ。

「死神だよ、死神。さっき撒いてきたところさ」

「《妄信な死神》だったか?俺としてはぜひとも手合わせ願いたい所だが」

「相も変わらずのデュエル脳だねぇ…」

「あんたが相手してくれてもいいんだぞ?」

「君の遊びに巻き込まないでくれ…。君にとっても、情報は価値があるんだろう?」

「一度は全力のあんたともやってみたいんだが…仕方ないな」

男は少し残念そうに、体の大きさに対して随分と小さい左腕に着けられたデュエルディスクへと視線を向けた。

「それで?ボクをデュエルに誘いに来ただけかい?」

男は近くの壁にもたれかかりながら話し始めた。

「まさか。
千秋(せんしゅう)の婆さんが二人殺ったってよ」

「千秋…《夜襲》か…」

渚は《夜襲》の名を口にしながら、コートのポケットからメモ帳とペンを取り出す。

「目島 康平(めじま こうへい)、桃谷 彩香(ももたに さやか)。
どっちも若かったらしいな。眼鏡をかけた短髪の青年と桃色の服着た茶髪の女の子だそうだ」

「桃谷?あれか、デストーイ使ってた子かな?」

聞き覚えのある名前に反応し、メモから男へと視線を戻す。

「あぁ。なんかボロボロになってた所を仕留めたそうだぞ。
知ってる奴か?」

「情報を渡したことがある。最近、勢いがすごくてクラスⅢになるんじゃないかって噂されてた。
とすると…クラスⅢに仕掛けて返り討ちって可能性もあるかな…。
目島って子のデッキは?」

「ティアラメンツだ」

「ティアラメンツ?なんだいそれは」

「知らないのか?」

「生憎、君よりここでの隔離生活が長いものでね…」

「そうかい。
簡単に言うと、環境で暴れて運営から関連カード共々主要パーツのほとんどが規制されても、組み方でデッキとして機能出来るようなテーマだな」

驚いたような呆れたような表情を浮かべながら渚は男の話を聞き取る。

「ほとんど規制されてって…それでちゃんとテーマとして扱えるのか?」

「形は保ってるって感じだな」

「何とも奇々怪々なデッキがあるもんだ…。
そんな強テーマも《夜襲》には抗えなかったかって事か」

「引き次第では、何とかなっただろうな。引きが悪かったんだろうよ。
それか、反応できずにそのまま殺られたかだ」

「なるほどね…。
他は?」

「《ハイエナ》がホワイトエリアでくたばってた」

「おっと、ネームドか。あの男も結構長いんじゃなかったかな…」

「詳しくは知らんが金髪の赤服だ。辺りにアモルファージのカードとサングラスが散らばってた」

「まず間違いないね…。確実に死んでたかい?」

「《墓掘りグール》が引きずってるのを見たんだ。間違いないだろ?」

「それは何よりも信じられるな。
それじゃ…何が欲しい?ボクとのデュエル以外で頼むよ」

男は人差し指と中指を立て、2の数を示す。

「今熱いデュエリストが居たら教えてくれ。
それと、ブラックフロアに新しく入ったクラスⅢの情報だ」

「………」

渚はペンを指先で回し、考え込む。

「売りに出てないか?」

「いや…熱いデュエリストとなると、新鮮なのはさっき話した《妄信な死神》だ。グリーンエリアをうろついてる。おすすめはしないが当人も殺る気満々だ。
後は、さっき移動中にレッドフロアの入り口付近に一人、人影が見えた。誰かまでは分からないけどね」

「フロア外のクラスⅢか…熱いデュエルは確かに期待できそうだな。
もう一つの方は?」

「ブラックフロアの方は、又聞きで信憑性は薄い。
昨日にブラックフロア入り。女性で恐らく学生。デッキは未判明だが、エクシーズを使っているという話は聞いた。
動向は恐らくブラックフロアに居ると思うが、ブルーフロアを目指しているという話も入ってきている」

「出所は?」

「挑んで返り討ちにされた奴から」

「挑んだのにデッキが分からないのか?」

「ボクもそこを聞いた。デュエル歴が浅いのか分からないが、何をやってるか分からない内に負けたらしい」

話を聞いた男は右手の親指と人差し指で自身の顎を触る。

「若い奴とならフレッシュなデュエルが期待できるかもしれんな。
しかし、なんでブルーフロアを目指してるんだ?」

「人を探してるらしい」

「昨日入って来てそうそう人探しだ?
誰か行方知れずの奴がここにでもいるのかもな」

「あり得なくはないだろうね。入るだけならここは誰でも来られる」

「ミイラ取りがミイラって訳だ。探してる奴が生きてるかも分からねぇ。
ただ死にに来たようなもんだ」

「はは、違いないね。ここへ調査に来た昔の自分を怨んでるよ」

自嘲気味に笑う渚を前に、男はもたれかかっていた壁から離れ背伸びをする。

「んー、外に未練がある奴らは大変だな。ほれ、情報量」

男はポケットから缶ビールを取り出すと渚へ投げ渡す。

「安い酒だね」

「こっちの方が好きなんだろ?」

「分かってるじゃないか。
安舌なボクにはこういうのが一番だ」

渚はその場で缶を開け、吹き出る泡のまま口へと運ぶ。
冷えた特有の苦みが口内を埋め尽くす。

「っあー!もうこれがないとやっていけないよ!」

頬をほんのり赤らめながら、体が欲していた液体の摂取に喜ぶ。

「一口でそれだけ赤くなるってのは…弱いのか?」

「酔うのは早いが抜けるのも早い体質でね~。
お陰で酔い続けられないってのが悩みのタネだ。
にしてもネタだけじゃなくて、物まで持ってきてくれるとは…しかも冷たい~!」

顔に滲み出る喜びの感情のまま二口目を口に運ぶ。

「酔った勢いで俺とデュエルしてくれると最高の報酬になるんだがな」

渚は露骨に嫌そうな視線を男に向ける。

「うるさいデュエル脳。そんなにデュエルしたいんなら、さっさと死神とじゃれ合ってきなよ~。
君が死神倒してくれたらボクとしても大助かりさ。
忌々しい脅威の排除に加えてボクの情報網にクラスⅢの情報まで入ってくるんだからね」

酒が入り少し多弁に死神の排除の利点を語る。

「ブラックフロアの新人も気になるが、ボス戦もありだな」

「もし狙うならレッドとグリーンの境目付近にいるといいだろう。奴もいずれは自分のフロアへと戻るはずだからね~」

「分かった、ならそれに従ってみるとするよ。
熱かったら報告する」

「排除した場合だけでいいよ…」

男は渚が逃げてきた道の方へと歩き始めた。
その男を缶を片手に見送る。

「さて…」

男の姿が視界から消えたのを確認して、メモ帳とペンが入っていた方とは反対のポケットから長方形の箱型機械を取り出す。
取り出したそれを右手首の上に乗せると機械からベルトが出現し、右手首へと固定され機械が起動し始める。

「(番号入力して…)」

機械のスクリーンに表示された3桁と4桁、計7桁の番号が入力できる画面。
そこへ番号を入力すると、機械が変形しデュエルディスクとしての機能を取り戻す。

「ん…?着信…」

ホーム画面の右上、受話器のマークに通知が届いていた。
確認すると番号が表示される。

「知らない番号……梨沙君かな~?」

表示された番号をメモしてホーム画面へと戻す。

「また後で掛けてみようか…。
っ…!あ~さっきの人こっちに来たか…」

渚の正面の廊下の曲がり角から、走る足音が聞こえたかと思うと目の前から髪をセンター分けにした男が現れる。
その男は渚を視界に捉えると走って来る。

「居た…!やっと…!」

どこか余裕がなさそうで、息を切らし口元には血の跡がついていた。

「おっとっと、一体どうしたというんだい~?そんなに肩で息をしながら…。
ボクのことをお探しだったかな~?」

「誰でもいい…今日の飯代もないんだ…10万…10万ありゃ…」

男はおもむろに左腕に備えたデュエルディスクを構える。


ザザッピー
「ただいまよりフリーエリアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:4000
モード:エンカウント
リアルソリッドビジョン起動…。」


「随分とお急ぎなことで…」

アナウンスが流れると、渚と男が進めるであろう廊下の道全てがシャッターで閉ざされる。

「あんたに恨みはねぇ…でもやらないと…殺られるんだよ……!」

男は苦しそうに呼吸をしながら、デッキトップへと手を掛ける。

「よく分かってるじゃないか~。ここは殺らないと殺られるんだ。
でもそんなに焦らなくてもいいじゃないか。
ねぇ、けいすけさん?」

「なっ!?なんで名前…!?」

男は名前を呼ばれると露骨に狼狽え始める。
手にする缶ビールを飲み干すと渚はゆっくりと喋りはじめる。

「近久 圭介(ちかひさ けいすけ)。
28歳。3人組のバンドグループに所属してて、ポジションはドラマー。
趣味はギャンブルだったかな?
…ってことは、ここに来たのはそのギャンブルが元の金欠か借金って所かな?」

「あ、あんた……」

元から顔色の悪かった男の顔から一層血の気が引いていく。
その男の表情の豹変具合に渚はほんの少し笑い声を漏らす。

「ははは、悪いね。今少し酒が入ってるんだ。少し意地悪だったかな~。
でも、君から仕掛けてきたことだ。なら…ボクが君を倒して晩酌代を稼いでも文句はないよね?」

ほんのり顔を赤らめている渚は、右腕に着けたデュエルディスクへコートの内ポケットから取り出したデッキをセットする。

「くっそ…負けられっかよ…!」

「細かい情報は確認しないと分からないけど、君のデッキは憶えてるよ。
手の内を知られてる事でどれだけ不利になるか…教えてあげよう~」


 「デュエル~!」 LP:4000
 「デュエッ…!」 LP:4000

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コングの施し
アリスさん、よかった!!!!
EXWが厳しい状況で終着点をLOにシフト。まさか遊戯王のSSでほんとにデッキアウトさせる主人公がいるとは…
とにかくアリスさんに対するダメージがなくて良かった。元の彼女らしい人格(?)も戻って来ていそうだし、好転することを願いたいですね!
そして久々に登場した渚さん。死神は撒けているようですね。筋肉モリモリマッチョマンも今後の物語にどう絡んでくるか…。まだ見ぬデュエリストが垣間見えて今後の展開が気になるところです。
これからも更新頑張ってください! (2023-10-22 12:08)
ランペル
コングの施しさん閲覧及びコメントありがとうございます!

かつての彼女が無事帰って来ました!
主戦術に据えるには難しいものがありますが、いろいろな戦い方をテーマ内で搭載しているのはゴーストリックの魅力でもあるので、今回は特殊勝利からデッキ破壊へシフトしてのデュエルとなりました。
仰るようにLOは敵キャラが使ってる印象も多いので、なかなかに珍しいかもしれません。ダメージが現実になるこの実験場故に許されたデュエルなのかもしれませんねぇ…。

渚の方は死神を撒いて、何やら見知った筋肉と遭遇。今後も引き続きお楽しみいただければなと思います! (2023-10-24 17:40)

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