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HOME > 遊戯王SS一覧 > Report#60「歪み」

Report#60「歪み」 作:ランペル


飛びつき倒れた父親の上へ乗り、懸命に声を届ける梨沙。
その想いを父親は飲み込めるのか…?

「お父さん、私の目を見て話して。
やましい事がある人は相手の目を見て話が出来ないって教えてもらった。
私の事を梨沙と信じられなくて本気で殺すつもりなら…私の目を見てそう言って?」

ぱっちりと開かれた瞳が、真っすぐ裏野を見つめる。
父親の体は、水に濡れた事で冷え切っており、触れる掌がとても冷たい…。

逃げる術を失った男は、視線を外すことはないものの口ごもり…それに返答する事が出来ないでいた。

「お父さんが私の事を憶えてなくても、記憶からいなくなってしまっていても…。
私はお父さんの事を忘れてないよ。
一生懸命仕事をして、優しくしてくれて、時には叱ってくれた大切なお父さんなんだよ…」

梨沙の発する優しく力強い声…しかし涙をこらえているようなその顔。
その声と顔に引っ張られるように、父親はゆっくりと口を開いた。

「……私は…お前の父親じゃない…。
きっと…他人の空似だ………だから……

「違う!
お父さんは間違いなく私のお父さんだよ!!!
私が知っていたお父さんとは全然違う…。
でも…お父さんを他の人と見間違えるなんてあり得ない。お父さんが本当はとっても優しい人な事を私は知ってる。
じゃなきゃ…娘って名乗っただけでこんなに動揺しないでしょ…?」

父親の絞り出した返答に被せるように梨沙が畳みかける。
奥歯を噛み締め、顔をひきつらせた父親は辛そうに首をゆっくりと横に振った。
目の前の出来事から目を逸らす様に、梨沙を見る事なく首を振りながら言葉を返す。

「頼む……。違うと言ってくれ…。
それだけでいい…。そうしたら…他の人も連れて出て行ってくれ…頼む……」

まだ現実を受け止めない父親に梨沙も声を荒げてしまう。

「言えるわけない!!私がお父さんの子供じゃないだなんて!
言えないよ…。自慢のお父さんで、大好きなお父さんなんだから…私から…見捨てるなんて……」

荒げた声もすぐに小さくなり、静かに涙を流し出す梨沙。
流れ落ちた涙の雫が、父親の冷え切った手に落ちる。

「梨……沙………」

名前を口にした父親。
しかし、顔の表情はこわばったままで娘の目を見ることはなく、涙の触れた己の手を見つめるばかりだ。

「信じられ…ないんだ……。
私の知っている梨沙とは大きく違う……お前が本当に梨沙だったとしても…それはそれで恐ろしい…。
ここに居た時間…梨沙の事を考えなかった時間などなかった…。
梨沙は…私の…生きる気力の全てなんだ……。
会えなかった娘に拒絶される事が…私は恐ろしくて堪らないんだ…」

手を目元まで持っていた父親は、目元を隠しながらそう口にする。
その手の中からは梨沙と同じように涙が流れだしていた。

その涙の原因は、恐怖心か…苦しみか…己の惨めさか…はたまた念願の娘との再会を喜びたい涙なのか…。

梨沙はゆっくりと父親の上から降り、立ち上がると父親へ声を掛けた。

「はい、お父さん」

何事かと父親がゆっくり梨沙の方を向くと、柔らかに微笑む娘を名乗る少女がこちらへ手を伸ばしていた。
人らしく涙する父親はその光景を前に体を動かせずにいた。それに気づいた梨沙が、伸ばした腕を再度突き出し優しく声を掛ける。

「私がお父さんの事を拒絶してたら、こんなことしないと思わない?
確かにお父さんが酷い事をしてたことは間違いないよ。私の大切な人を傷つけられて怒ってもいる。
でも…だからこそお父さんの味方になれるのは私しかいない」

顔を歪めたままの父親は、一筋の涙を流しながらも俯く。

「何故だ…?
父親が人殺し…しかも子供も殺した。
挙句に死ぬのが怖くて、外へ出る努力さえまともにしない…。そのせいで、殺した人の数はどんどんと増えたんだ…。
こんな…こんな、酷い奴を…恥晒しを…なんでお前は父親だと疑わないんだ…切り捨てるべきだろう…。
こんな私を味方につけて…一体何の得があるんだ……たとえ…私が本当の父親だったとして……見捨てて当然の奴に成り下がっているはずなのに……」

梨沙を見る事無く己の無能さを説き、そして梨沙の行動を理解しきれない父親。
そんな彼に痺れを切らした梨沙が、無理やり父親の右腕を掴み引っ張る。

「そんなの!家族だからに決まってるでしょ!
私が間違えた時はお父さんが正しい道を示してくれた。
だから今度は、私が間違えてるお父さんを正しい道に連れ戻すの!」

梨沙が懸命に腕を引っ張るが、高校生の彼女が大の男を腕の力だけで引っ張り上げる事は出来ずにいた。
最初は右手だけで引っ張っていた所へ左手も加勢し、父親の腕を懸命に引く少女。

「家族……ですか……」

梨沙に引っ張られる父親は、左手で床に手を突き、引っ張られるままに立ち上がった。

「わわっ!?」

突然、父親が立ち上がったことで梨沙は後ろにひっくり返りそうになる。
しかし、今度は父親が梨沙の手を掴み、梨沙が倒れるのを防いだ。

「お父さん」

「正直…あなたが梨沙なのかは半信半疑と言わざるを得ません…。
ですが…あなたが私に危害を加えるどころか、何故か私を助けようとしてくれている……。
それだけは…認めざるを得ないでしょう」

梨沙の目を見ながらそう告げた父親は、そっと頬を緩ませてぎこちない笑みを見せた。

「うん、ちょっと寂しいけど…今はそれで大丈夫!
お父さんがやった事は許せないけど…私はお父さんの味方になれるから…!」

そう言って梨沙はにぃーっと笑顔を父親へと向けた。
その笑顔に、父親は驚いたような顔をした後ポケットからカードを取り出すとデュエルディスクに置こうとする。
咄嗟にその腕を掴み止める梨沙。

「何するの?」

腕を掴まれた父親は、抵抗するでもなく静かに口を開く。

「安心していい…。
彼の治療だ」

そう言って、父親は白神の方へ目を向けた。
白神の方をチラリと見た梨沙は、掴んでいた腕をゆっくりと離す。

デュエルディスクに何かが召喚されると、頭上より糸で吊り下げられた暗視ゴーグルを着けた蜘蛛のモンスターが降りてきた。
その口には、何かの液体が入っている試験管がくわえられていた。それを父親が手に取ると、モンスターはすぐさま頭上に戻って行く。

「これを使いなさい」

父親より差し出された試験管。
中に入った液体がトプンと揺れ動いている。

「これは…?」

「経口摂取の解毒薬です。
向こうのアリスさんが、あなたにこれと同じものを飲ませてくれたから、あなたは私とデュエルしても死なずに済みました。
不安でしたら、アリスさんに確認してもらいなさい。彼女に渡したものと同じものですから」

「分かった…。
後でお父さんの話を聞かせて。お父さんに何があったのか…もちろん私の知ってることはお父さんにも話すから」

試験管を受け取った梨沙は父親の目を見つめながら、そう口にする。
父親は一拍の間を開けて、それを了承する。

「いいでしょう…」

父親が頷き、背を向けてこの場を離れようとする時に、梨沙が少し大きな声で再び声を掛けた。

「それと!!
アリスさんと穂香ちゃん、翔君に後で謝って。
みんなお父さんを殺そうとしてここに来た訳じゃないから」

「謝る…?」

疑問の混じった声で返事する父親。
しかし、すぐにその反応が間違いであると気づいた彼はそれもまた了承してその場を去って行く。

「正しい道…謝る…。
そうですね。きっとその行為が人として正解なのでしょう。
分かりました、落ち着いた時に改めて三人へ謝罪する事とします」

「約束だよ!」

そう言った梨沙も白神の元へ向かって声を掛ける。

「翔君!解毒薬を貰ってきました。
大丈夫だと思いますけど、これが本物かを今からアリスさんに確認してきます!
だから、もう少しだけ待っていてくださいね」

仰向きで床に倒れている白神は、不規則な呼吸をしながらも梨沙に返事をする。

「へぇー…げほっ……。
やるじゃん……はぁ…はぁ…」


ほんの少し口角をあげた白神は、そのまま静かに目を閉じた…。


「え!?翔君!?
ちょっと!し、死なないで!!」

「生きてるから…ごほっ…早く確認して来てよ……」

「あ…よかったです…じゃない!
行ってきます!」

死んだと早とちりし焦った梨沙は、アリスの元へと向かって行った。
そんな彼女を見送った白神は呼吸の苦しさから逃げるように再び目を閉じた。

「(なんとかなった…かな…)」





 -----





瘴気がうっすらと蔓延する白い壁の無機質な廊下。
そこに、白いコートを着てヘッドホンを装着した青年が壁に寄りかかり煙草を吸っていた。

「………」

薄い茶髪の前髪で左目が隠れた青年は、火のついた煙草を口から離すとゆっくり鼻と口から煙を放出する。

しばらくして、男は口に煙草をくわえたまま自身のデュエルディスクを操作する。
相手を呼び出すコール音が鳴っているようで、デュエルディスクが震えはじめた。

相手が応答したことで、デュエルディスクの振動が止まる。
それを確認した青年は、右手の甲をデュエルディスクの画面へ向けると…

…トン……トン………トン………

ノックするように、デュエルディスクを3回叩く。
通話の向こう側からも少しの沈黙が流れると、女性の声がデュエルディスクに振動を与えた。

「残念だ…」

その振動を最後にデュエルディスクの通話機能が終了される。
煙草を最後に一吸いした青年は、床に煙草を落とすとそれを踏みつけ火を消す。

「どうしたら……どうしたら……」

青年の足元に振動が伝わる。
振動の伝わって来る廊下の方へ目を向けると、曲がり角より人が飛び出してきた。
白衣を着た老人が、口元に血の跡をつけながら青年の方へと走って来る。

「…!?」

青年の存在に気付いた白衣の男は、驚愕と共に勢い余ってこけてしまう。
その時に、掛けていた眼鏡を落としレンズにヒビが入る。

「いっ……は!?」

腰を手で押さえながらも、青年の方へ再び目を向けた男は再び焦り始める。
その様を青年は静かに見つめる。

「た、頼む…殺さないでくれ…。
知ってることを全部話す…ここの事を…すべてだ…」

即座に命乞いを始めたその男を前に、青年は懐から煙草を1本取り出すと、ライターで火をつけた。

「………」

「お願いだ…私は…ここの研究者だ。
実験の詳細もある程度、把握している…だから……

懇願する男を前に青年はくわえた煙草を口から離すと、煙を虚空へ向けて放つ。

「………」





 -----





「白神ちゃん…だったわよね。
どう?大丈夫そうなの?」

「はい、今は眠ってるみたいです。
お父さんに聞いたら、解毒剤の効果で眠気もあるみたいで」

「そう…」

毛布をかけられて静かに眠る白神と穂香。
その近くで梨沙とアリスが会話をしていた。

「梨沙ちゃんすごいじゃない。
あの人を説得できたのね」

「完璧ではないですけど…私達が敵じゃないってことは分かってもらえたと思います」

「どちらにしろ、穂香ちゃんの頭の虫が取れて良かったわ」

「虫…?どういうことですか?」

アリスに向けられた疑問を、フロアの奥より歩いてきた裏野が遮った。

「まさか、《盤外発動》で虫を取られるとは思っていませんでしたよ」

「あなた…」

裏野の出現にアリスは警戒し、睨みつける。

「アリスさん…大丈夫ですから」

「いえ、構いません。
アリスさんに警戒するなと言うのが無理な話でしょう。
私がしたことを考えれば当然の反応です」

そう言いながら、その場に座り込んだ裏野は手に持っていた2枚のカードを梨沙とアリスの前へと放り投げた。

「《寄生虫パラサイド》!?
こいつね…あなたが穂香ちゃんに仕込んでたのは…!」

強い口調でアリスが裏野へ問い詰める。
梨沙は、状況が飲み込めず二人へと質問を続ける。

「アリスさん落ち着いて…《寄生虫パラサイド》と《肥大化》…」

地面に落ちた2枚のカード。
人の顔に虫が入り込んでいるモンスターカード《寄生虫パラサイド》と、
ゴブリンがカード名の通りに肥大化していく様が描かれた罠カード《肥大化》のカード。

「お父さんこれは何…?
このカードで…穂香ちゃんに何をしようとしたの?」

梨沙はこの2枚を手に取ると、父親に突き付け2枚のカードの意味を問う。
アリスも、その答えを警戒しながらも視線は裏野に向かっていた。

「…恐らくあなた達は、私を更に軽蔑する事になるでしょう。
それによって、あなた達が攻撃行動を見せるのであれば…」

「もういいから早く答えなさい!
あんたへの軽蔑のレベルなんてもう最高レベルに達してる!!」

アリスが怒りを隠しきれず、声を荒げる。
裏野は、冷たい視線をアリスへ向けるとぽつぽつと喋り始めた。

「まず、《盤外召喚》によって《寄生虫パラサイド》を召喚します。
このカードは他のモンスターとは違う特性を備えている事を私は発見しました」

「特性…?」

「イラストを見て分かるように、このモンスターは人間の体内に入り込むことが出来るんです」

「…!!?」

裏野の話す事は想像したくない事だった。このモンスターが体に入り込んで来る…。
そして、それを聞いた時最初にこのフロアへ来た時の事を思い出す。

(「虫…!?何この大きさ…」)

穂香がデュエルを終えた時に現れた緑色の昆虫。
その昆虫は穂香に飛びついたかと思うと口を頭に突き刺していた。

「私と穂香ちゃんが最初に来た時…穂香ちゃんにこのモンスターを寄生させようとしていたって事!?」

「そういうことです。
ですが、この実験において《盤外召喚》の演出によって他者に危害が加えられることはありません。
あくまでソリッドビジョンの寄生虫が、頭の中に入り込むだけに留められ、その段階で人体への影響はありません」

淡々と説明を行う裏野。
その説明に寒気を憶える梨沙と、怒りが再熱していくアリス。

「だったらなんで、こんな罠カードを使っただけで穂香ちゃんを殺せるなんて言ったのよ」

「《盤外発動》の罠カードは、魔法カードと異なり自分以外の事柄にも影響を及ぼす事が出来ます。
そして《肥大化》は、他の《盤外召喚》されたモンスターを巨大化させます」

「大きくなっても、モンスターは人に害を与えないんでしょ?
それでどうして穂香ちゃんが死ぬの…?」

恐る恐る父親へと尋ねる梨沙。
ゆっくりと口を開いた裏野から、この行動で発生する殺害のメカニズムが解説される。

「恐らく、《寄生虫パラサイド》が人体に触れている間は危害を加えられないというルールの元、ソリッドビジョンの状態…質量を得ていない状態なのでしょう。
映像が体の中に入ろうとも、人体に大きな影響はありません。しかし、映像は確実に頭の中に居座っている。
想像ですが、《肥大化》を使うことで寄生虫が巨大化する瞬間は、リアルソリッドビジョン化する…。
つまり頭の中に入り込んだ映像が質量を持ちながら巨大化する」

唇を噛んだアリスの口元から血が流れる。
裏野の説明がピンと来ない梨沙は、再び父親へと問いかける。

「そうすると…なんで死んじゃうの…」

「想像しやすい事柄で言えば風船でしょうか?
膨らました風船の中に、もう1つ風船が入っています。
そして、中に入れた風船がどんどんと膨らんで大きくなっていきます。
外側の風船の許容量を、中の風船が超えてどんどんと膨らんでいき、外の風船は耐えきれずに破裂する。
原理としてはこんな感じですね」

裏野が言い終わると、アリスは裏野に掴みかかった。

「穂香ちゃんの頭を吹き飛ばそうとしたってこと!!!?
風船みたいに破裂させようとしたってこと!!?」

「私が望んだことではありません。
穂香が望んだことですよ?」

「このっ…!!!」

「やめてください!!!」

フロア内に梨沙の声が響いた。
裏野へ殴りかかろうとしたアリスが手を止める。

「梨沙ちゃん……」

歯を食いしばるアリスは、右手を震わせる。

「分かってます……」

梨沙は一度深呼吸すると、父親の目を真っすぐ見て強い口調で話した。

「お父さん。
自分が言っている事の意味は理解できてる…?」

梨沙の視線にバツが悪そうに裏野は、見つめ返すことなく言葉を濁す。

「軽蔑すると忠告はしたと思います…。
ですが、先程の発言がアリスさんの神経を逆なでる発言だっただろうことは認めましょう」

「あなた…!自分が何をしているのかも分かっていないじゃない!!
あなたのしてることは…

「人のする行いではない」

アリスが言い切る前に、裏野が言葉を重ねた。

「事実は理解しています。
私のしてきたことは非人道的な行いだと。ですが、ここまでその行いを重ねてきた。
その影響か、倫理観や他者の感情と言うものに疎くなっています。
現に…私は梨沙が悲しむであろうことや反応にしか、罪悪感を感じなくなっています」

裏野が目を逸らしながら言葉にすること。
その言葉通り、梨沙の言葉や態度には人間らしい反応を見せる裏野だが、それ以外の事には不気味な程人間らしさを感じられない…。

「こんな…こんな人と協力なんて出来る訳ないわよ……」

ふらふらと後退るアリス。
その手を握った梨沙がアリスに優しく声を掛ける。

「みんなで協力すると決めた訳ではありません。
今はまだ、お父さんが敵ではないと言っているだけです」

「梨沙ちゃん…」

「それがいいでしょうね。
今のアリスさんには、私と言う存在が大きく精神の負担となることでしょうから。
あくまで敵対関係の解消にとどめておくべきでしょう」

裏野がアリスの意見に同調しながら喋り出す。
それに反応しアリスが睨みつけ、それを遮るように梨沙が口を開く。

「お父さん、こういう時は静かにしとくの。
分からなくなってるみたいだから、言っておくね」

梨沙の鋭い目つきが裏野へ向けられる。
それとは対照的に柔らかな声色に圧された裏野は口を閉ざす。

「アリスさん。無理してお父さんと協力する必要はありません。
あくまで、敵だった人が敵ではなくなっただけです。
お父さんが穂香ちゃんにしたことを考えたら…気持ちはわかっているつもりです…。
お願いです…耐えてください…今ここで争っても誰も得しません…」

梨沙が頼み込む。
アリスも申し訳なさそうに、梨沙の手を握り返した。

「うん…ごめんなさい…。
ちょっと…頭冷やしてくるわね」

そう言ってアリスは、みんなが居る所から少し離れていく。
淀んだ緑色のフロアの光は、すぐさまアリスの姿を視界から隠してしまう。

「アリスさん……」

「…ひとまず穂香の頭に寄生させたパラサイドは既に抜けています。
アリスさんが何をしたのかは分かりませんが」

そう告げる父親。
ひとまず、元凶である2枚のカードをこの場に出してきたことから、この方法で不意打ちで穂香を殺す気がない事は感じ取れる。
深いため息と共に、嫌なものを一度吐き出した梨沙は気持ちを改める。

「はぁ……分かった。
まだ聞きたいことがあるの。聞いてもいいよね?」

「構いません…一問一答。
互いに1つ質問したら、交代して質問する。
いいですか?」

父親から提案される一問一答。
その提案を受け入れ、頷いた梨沙は父親へ何があったかを聞いた。

「お父さん…いつからここに来たの?
病院に居たんじゃなかったの?」

まず最初に聞いたのは、父親がここに居る理由だ。
父親はそもそも病気で、昏睡状態のはずだ。
そんな父親が、話せるまで回復して人とデュエルが出来ている。
この大きな矛盾を聞かずには居られない。

「病院…?なんのことですか?」

しかし、父親の返答は梨沙の求めていたものではない。
質問に返されたのは疑問。

「だ、だから!
お父さんは入院してたでしょ?ついこの間の話だよ!
重い病気になったって病院の先生が言ってた…。
面会に行ったけど、意識がなくて話す事も出来なかったのに…なんでこんな所に居るの!」

自らの記憶を思い返し、それを詳細に告げる。
父親も記憶が混乱しているはずだからと、ゆっくり丁寧に喋っていたつもりだったが、焦る気持ちが自然と梨沙の喋る速度を上げていた。

「待ちなさい。
何度目かになるが…あなたは本当に梨沙なんですか…?」

父親からまともな返事は返ってこない。
あろうことか、また同じ質問をされた。

「私は梨沙だよ。お父さんの娘。
入院したこと…覚えてないの…?」

自分と同じように父親も、きっと記憶を失ってしまっている。
そう感じた梨沙は、心のもやもやを晴らせるチャンスが失われたと気づく。

「(でも…仕方ないよ…。
お父さんはこんな風になるまで追い詰められたんだから…)」

父親への同情と共に、父親がここへ居た謎を諦める事にしようとした。
しかし…

「私が外の世界に居る間…入院したことはないです」

「え…?」

父親はこちらの目を真っすぐ見つめたままそう口にした。
ここで出会ってから、不都合な時にはすぐに目を逸らしてしまっていた父親が…今は真っすぐ自分の目を見てそう言っている。

「忘れてる…とかじゃなくて…?」

「外に居た時の記憶を忘れた事はありません…。
というより…

父親も、梨沙の言う事が全く理解できないと言ったように語りながら質問を返してくる…。
それは、彼が嘘をついている訳でも…真実を濁している訳でもない。
彼が口にしたのは純粋なる疑問。



「私は、梨沙が4歳の時にここへ来ました。

あなたは一体、誰の話をしているんですか?」



え……………?



梨沙の思考回路は停止した。
停止せざるを得なかった。

「4……歳…?」

「そうです。
確かにあなたから梨沙の面影は感じられました。
ですが、逆にわずか4歳の時に居なくなり、様変わりした父親の事を何故確信を持ってあなたは父親と言えているのですか?」

「へ……?ちょっと…待って……?
え?お父さん何言ってるの?」

溢れ出す疑念。
それはとどまることなく、いつまでも沸きあがり続け吹きこぼれる。
しかし、父親がそれを止めてくれることはないのだ。

「私は真実を話していますよ。
最初からあなたが言っている事が、私の知っている梨沙と食い違うのです。
私は梨沙が4歳の時からここに居る。
成長した梨沙が私の事を憶えてるのも、私との思い出を語るのも、全て不自然でしかない。
私があなたにデュエルを教えたと言いましたね?それはいつの頃ですか」

「……3年生の時…10歳ぐらい……」

「私はその時ここに居たのに、何故あなたへデュエルを教えられたのですか?」

梨沙の顔は困惑の感情で覆われている。
自分が別人を父親と間違えたのか?しかし、これほど父親と酷似し、娘の名前は梨沙。
そんなことはあり得ない。何故こんな食い違いが起こっているのか…。

「お父さんが…お父さんが教えてくれたんだよ…??
お母さんの好きだったカードだよって…。
ほら!このゴーストリック!お母さんのだったんでしょ?」

思いついたようにデュエルディスクからカードを取り出し、父親へ見せる梨沙。
父親の目に映されるのは《ゴーストリックの駄天使》。

「………確かに…瑛梨はそのカードが好きでした。
それは事実です。もし、私が外に居て梨沙がそのカードを見つけたら、母親の好きなものだったと伝えたでしょう…」

辻褄の合わない二人の記憶。
しかし、共有される母の使っていたゴーストリックのカードの想い。
この矛盾が二人を更に困惑させる。

「どういうことなの…。
お父さんは4歳の時には、外にいない…。
なのに…私はお父さんに育てられた…」

「私にその記憶は存在しません。
あなたが梨沙なら、瑛梨の病気が治って育ててくれたという事ではないのですか?」

父親が新たな問題を口にした。
何故そんなことを聞くのか、梨沙には理解が出来ない。

「お母さんは…私が4歳の時に死んじゃったって…お父さんが……」

「なん……。
なら、梨沙。あなたは誰に育てられたんですか?施設で…?」

動揺を見せた父親だが、梨沙を育てた記憶のない彼は梨沙の生育環境を聞く。
しかし、梨沙が父親から育ててもらった事は確かなる記憶なのだ。

「だから!私はお父さんに育ててもらって!!!」

何かがおかしい。
何かが狂っている。

ここに来た理由は忘れてしまった。
だが、お父さんに育てられた事。これは間違いないし、間違えようがない。
でも、お父さんの目と話す言葉が嘘とも思えない。
お父さんの外の世界の記憶は、私が4歳の時で止まっている。
お母さんが生きていると勘違いしたのだから。


時間の流れが歪んでいる…?


「私の言ってる事も…お父さんの言ってる事も…。
どっちも本当の事を言ってるとしたら…ここで何が起こってるの…?」

父親の話す姿から、嘘を言っているようにも思えなかった。
仮に梨沙と父親、どちらも真実を口にしているとすれば……。

「私もあなたも本当の事を言っている……」

二人が必死に頭を働かせる…。
しかし、この事象は彼女たちが考えた程度で解決できるものではなかった。
梨沙は、指を動かしながらお互いがここに来た年代の計算を始めた。

「分かんない…整理しないと…。
んっと、私が4歳の時って事は……お父さんがここに来たのは2252年…合ってる?」

父親へ確認すると父親は静かに頷く。

「そうです」

「私がここに来たのが…11月頃のはずだから…。
今年は2265年…合ってる?」

「…残念ですが、私はここに来てからどれだけ時間が経ったかはもう覚えていません」

時間感覚を失ってしまっている父親…。
カレンダーなどの日付を確認出来るものがここにない以上、時間感覚を失うのも仕方がないと思えた。
4歳からここに居るという父親の話と、自分の年齢で単純計算するだけでも父親はこの環境に13年も身を置いている事になる。


「違う」


年代の計算をしていた梨沙の後ろから声が聞こえた。

「え?」

振り返ると、先程まで寝ていたはずの白神が起き上がり座っていた。
顔色の悪い彼の顔にも、困惑の感情が浮かんでいる。

「翔君…もう大丈夫なんですか?
え、それより違うってどういうことですか…?」」

彼が静かに口を開き語ったこと…。
それは、梨沙を更なる混沌の奥底へと導く一言だった…。



「僕がここに来たのは、2273年だから…」


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コングの施し
話がめちゃくちゃ動いてるーーーー!!!!

前回に続き読ませていただきました。お父様、言えたじゃねえか。自分の手が血に染まりきってしまっているから、そしてこんな場所に留まってしまっているから。梨沙さんを直視することができていなかったんですね。彼女も過ちを犯したと、自分でそう思えているからこそ、色々な人をただし導くことができるのでしょう。

そして何やら前より示唆されていたこの実験・この施設そのものへの情報が明かされましたね。というよりもこの世界でしょうか。明らかに2人の記憶と時間の感覚が合っていない。そして白神さん、まさかの未来人…。色々な時間がぐちゃぐちゃになっているこの場所で未来人という表現はどうなんだと思ってしまいますが、今回で明かされたのは異なる時間軸や世界線なんかもあり得てしまうような凄まじいインパクトの情報でしたね…。

何やら大きく話が動きそうな予感!次回も楽しみにしております!! (2024-05-01 00:38)
コンドル
4歳の時に来た父親、そして成長してから来た梨沙...時間軸の歪みやパラレルワールドの可能性が出てきましたね。
冷静に考えてみれば、禁止されているはずのカードが平然と使用している人物がいたり、OCGとは異なる効果を持つカードを使用していたり、何かしらの「違うな」ってシーンがありましたね。
それらの謎がここに来て一気に回収されそうな予感。
次回も楽しみにしています。 (2024-05-01 14:44)
ランペル
コングの施しさん閲覧及びコメントありがとうございます!

話が進展してまいりました!
どうしても今の自分の姿を娘に見せる訳にはいかないという想いが強かったのがありますねぇ。知られたくない、負担を背負わせたくない、己の恥を晒すと共に、自分の父親が人を殺めてしまったという事実を伝える事になることなどひっくるめての拒絶でした。
本人にとっては、不本意で不名誉ではありますが、人を殺めてしまったその経験がここに居る他の人達の心を助ける大きな手掛かりとなってしまっているかもしれません。

父親の曖昧な記憶、梨沙の曖昧な記憶はそれぞれちぐはぐなもの。こここそが父親が梨沙を梨沙として認識しきれなかった最後の壁であります。2度目の再会の時には、だいぶ傾いていたものの、父親の記憶にない事を喋り始めたことで不信感と共に絶望がせりあがってきた感じですね。
さらに、白神がここへ来た年数との相違。時間さえも違えたこの実験の真相とは…?一体彼女たちは何者で、この世界は何なのか!

今後徐々に明かされて行きますので乞うご期待! (2024-05-03 13:23)
ランペル
コンドルさん閲覧及びコメントありがとうございます!

目の前にいる父親は自分の成長を知らない。しかし、確かに父親から育てられた記憶。
この記憶の違いと、時間軸の流れなど謎がいろいろと出てまいりました。果たして彼女たちは同じ世界の住人なのか?

禁止制限が適用されてなかったりは、まだルールの例外という事で乗り切れますが、効果が書き換えられたカードの存在など現実的にはおかしな部分ですからねぇ。
そう言った彼女たちの違和感の正体は?

今後そう言った背景部分も判明していく感じとなっております!
引き続き楽しみにしていただけますと幸いです! (2024-05-03 13:24)

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19 Report#12「絶好のチャンス」 251 0 2023-07-10 -
34 Report#13「殺意の獣」 266 0 2023-07-16 -
19 Report#14「生存の道」 272 0 2023-07-18 -
19 Report#15「自己治療」 251 0 2023-07-25 -
29 Report#16「勝機、笑気、正気?」 318 0 2023-07-29 -
24 Report#17「幻聴」 243 2 2023-08-02 -
38 Report#18「ハイエナ狩」 295 0 2023-08-09 -
19 Report#19「おやすみ」 265 0 2023-08-13 -
20 Report#20「クラスⅢ」 222 0 2023-08-18 -
18 Report#21「視線恐怖症」 207 0 2023-08-23 -
40 Report#22「新たな被験者」 356 2 2023-08-28 -
13 Report#23「天敵」 207 2 2023-09-03 -
28 Report#24「吹き荒れる烈風」 220 0 2023-09-03 -
15 Report#25「情報屋」 176 2 2023-09-13 -
16 Report#26「再編成」 195 2 2023-09-18 -
31 Report#27「見えない脅威」 321 2 2023-09-24 -
27 Report#28「トラウマ」 297 2 2023-09-29 -
14 Report#29「背反の魔女」 314 2 2023-10-03 -
35 Report#30「潰えぬ希望」 340 2 2023-10-09 -
18 Report#31「献身」 172 0 2023-10-15 -
24 Report#32「好転」 216 2 2023-10-20 -
26 Report#33「身勝手」 196 2 2023-10-25 -
22 Report#34「ボス戦」 223 3 2023-10-30 -
15 Report#35「想起」 215 2 2023-11-05 -
23 #被験者リストA 279 0 2023-11-05 -
17 Report#36「ノルマ達成目指して」 175 2 2023-11-10 -
17 Report#37「分断」 205 2 2023-11-15 -
30 Report#38「旅立ち」 242 0 2023-11-20 -
18 Report#39「幼き力」 196 2 2023-11-25 -
11 Report#40「囚われし者」 159 0 2023-11-30 -
16 Report#41「傍に居てくれるから」 218 2 2023-12-05 -
22 Report#42「どうして?」 240 1 2023-12-10 -
14 Report#43「拒絶」 146 0 2023-12-15 -
19 Report#44「不信」 191 2 2023-12-25 -
16 Report#45「夜更かし」 172 2 2024-01-05 -
10 Report#46「緊急回避」 152 0 2024-01-10 -
25 Report#47「狂気」 186 2 2024-01-20 -
12 Report#48「判断」 99 2 2024-01-30 -
27 Report#49「白化」 156 0 2024-02-10 -
25 Report#50「諦め切れない」 182 2 2024-02-20 -
16 Report#51「錯綜」 136 2 2024-03-01 -
20 Report#52「計画」 170 2 2024-03-05 -
20 Report#53「決意」 149 2 2024-03-10 -
15 Report#54「抜け道」 130 2 2024-03-15 -
17 Report#55「死の栄誉」 167 2 2024-03-25 -
24 Report#56「灼熱の断頭」 185 2 2024-03-30 -
21 Report#57「憧れの主人公」 141 0 2024-04-05 -
22 Report#58「記憶にいない娘」 128 2 2024-04-20 -
18 Report#59「蝕みの鱗粉」 139 4 2024-04-25 -
22 Report#60「歪み」 127 4 2024-04-30 -
13 Report#61「新たなステージ」 69 2 2024-05-10 -
15 #被験者リストB 83 0 2024-05-10 -
3 Report#62「狂気の残党」 32 0 2024-05-20 -

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