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HOME > 遊戯王SS一覧 > Report#52「計画」

Report#52「計画」 作:ランペル

白神さんに続いてグリーンフロアにへ向かっている最中、突如としてデュエルディスクに通話の通知が入る。

「(電話…?この番号は…)」

通話応答のボタンをタッチすると、相手との通話が開始された。

「ん、繋がった…?
梨沙君、無事なのかい?」

デュエルディスクから心配そうに少しくぐもった声の渚さんの声が聞こえてきた。

「渚さん!
はい、私は何とか無事です」

誰かと話している事に気づいた白神さんが足を止めてこちらを振り返った。

「そうか、無事なら何よりだよ。
あれから、何度か掛けてみたが連絡がなかったから心配したよ」

「すいません…。
いろいろあって…」

「無事って事はひとまずグリーンフロアの件はなんとかなったんだね。
穂香君やアリス君も無事なのかい?」

安心したのか、少し声色が柔らかくなっている渚さんの声が胸に突き刺さる。

「いえ…。
それを今から確かめに行くところなんです…」

「確かめに行く…?
どういうことだ?」

渚さんへここまでの経緯を話そうとした所で、白神さんがメモに何かを書いてこちらへと見せてきた。

   *****
僕の名前を絶対に出すな
   *****

その内容は白神さんの名前を電話で口にするなと言うものだった。
突然の事で呆気に取られてしまう。

「梨沙君…?」

デュエルディスクから聞こえた渚さんの声で、我に返る。
少なくとも白神さんは、自分の名前が他の人に伝わるのを嫌がっている様子だ。

「あ、すいません。
実は…」



白神さんの名前を伏せて、最後に連絡した後の事を簡潔に伝える。
すると、通話の向こう側で少しの間の沈黙が流れた。
しばらくすると渚さんが少しキツめの口調で確認を取って来る。

「大まかの事情は把握したよ…。
グリーンフロアで意識を失ってから、穂香君とアリス君がどうしているかは分からない。だから、グリーンフロアに今一人で向かっているという事だね?」

通話越しに威圧的な口調の渚さんから経緯の確認がされる。
自ら率先して穂香ちゃんを守ると言ったのに、この様だ。
どうしても心の内から罪悪感が沸きあがる。

「そう……なりますね…。
すみません…。私が不甲斐ないばっかりに穂香ちゃんが危険な目に…」

自分の意気消沈している声を感じ取られたようで、渚さんが慌てて訂正してくる。

「あぁ、すまない。別に怒っている訳ではないんだよ。
梨沙君はボクには出来ないことをしている。ボクは同情こそすれど、クラスⅠの為にクラスⅢの所へ一緒に乗り込むという選択は絶対に取れなかったはずだ。
今、君がグリーンフロアに向かっているような事もボクには出来ない事だよ。
穂香君は、自らの危険を顧みずに手を差し伸べてくれる人が居て幸せ者だとボクは思ってる」

「渚さん…」

「梨沙君も辛いことがたくさんあっただろうに、よくそこで人の為に頑張ろうと思えたものだよ。
人として尊敬に値する」

とても優しい口調になった渚さんがそう口にする。

「そんなんじゃないですよ。
私は、ただやりたい事をしてるだけです…!
私が助けたいから助けるだけです!」

通話の向こうで小さな笑い声が聞こえた。

「ふふっ、そうだね。
やりたい事をやりきるのも簡単じゃない。今フリーエリアはボーナスタイムで、いつも以上に被験者が増えている。道も複雑になっているだろう。
十分に気をつけて」

「はい!渚さんありがとうございます。
穂香ちゃんの無事が分かったらまた連絡しますね!」

「あぁ…期待しているよ…」

そう告げるとデュエルディスクの通話が切られた。
渚さんからも勇気を貰えた気がして、いち早く穂香ちゃんの無事を確認し、渚さんも安心させたい気持ちが強くなった。

通話が切られたデュエルディスクの画面を見ると、通話機能部分に4件の通知が来ているのが目に入って来る。

「終わった?」

「少しだけ待ってもらってもいいですか…」

電話のマークをタップし、通知を確認する。そこには2種類の番号が載っており、1つは渚さんの番号だ。
そして、もう1つはアリスさんの番号だった。

「(そうだ!!アリスさんに電話すればいいんだ。
なんで気づかなかったんだろ…)」

あっと声を漏らしつつ、すぐにアリスさんの番号を入力し、通話を試みる。
しかし、コール音は1度も鳴ることなく即座に

   *****
通話が正常に行われませんでした。
   *****

と画面に表示されてしまった。

「なんで…。
アリスさん…」

少なくとも向こうからの通話があった事から、恐らく無事ではあると考えられる。
しかし、電話に出られない事態に陥っている可能性もあるとなると、気が気ではない。

「白神さん、ごめんなさい。
急ぎましょう」

「僕は別に急いではないけどね。
そうそう、さっきメモでも見せたように誰かと電話しても僕の事は出来るだけ口にしないで欲しい。
特に一緒に居る情報はね」

「危険…ってことですか?」

「当然だよ。
自分の情報が他の人に伝わるのは、自分の命を危険に晒してるのと同じだよ。ここにいる人で信頼に足る人が居るとは僕は思えない。
キミはそうじゃないみたいだけどね」

白神さんの言う事にも一理ある。
彼からしてみれば、誰かも分からない人に自分の居場所をバラされるのは自 殺行為に等しいだろう。
自分たちがクラスⅢと、この場所で一番位が高い位置に居るのだからなおさら。その座を狙って来る人達はどんな手で、襲い掛かって来るのか分からないのだから…。

「すみません…。
気をつけます…」

「別にキミが自分の情報を喋る分には好きにしてくれていい。
ただまぁ…ここで生き抜くならその辺の管理も気をつけた方が長生きはしやすいとは思うかな?」

そう言った彼は再び歩き始めた。
それに続くようにスペクターへとお願いし、ふわふわと白神さんに着いていく。

「(でも良かったです…。
アリスさんや白神さん、渚さん。危ない事や、危険な事を教えてくれる人達と会えて本当に良かったです…)」

そんなことを心の中で思う。
ここに来て、誰一人手を差し伸べてくれる人が居なかった時の事を想像するだけで、心が苦しくなる。
だからこそ、自分も誰かに手を差し伸べられる人にならなければいけない。

「(穂香ちゃん、もう少しだけ待っててね)」





 -----





フリーエリアの一角。閉じられたシャッターの隣の壁にもたれ掛かる茶色のコートを羽織った黒髪の女性、福原渚。
梨沙との通話を終え、持ち上げていた右腕を降ろす。

「梨沙君はグリーンフロアに向かっている…。
てっきりアリス君と一緒に居ると思ってたんだが、別れて行動しているか…。
となると行方が分からないのが、アリス、白神、朱猟の3人…」

考え耽っている渚のデュエルディスクに再び通話の通知が入る。
番号を確認した彼女は、デュエルディスクを耳元まで持ち上げる。
すると、デュエルディスクから音が響いた。

…トン……トン………

少し小さいが確かに聞こえる何かをノックするような音が2回。
それだけを通話口に響かせたかと思えば、通話は即座に切られた。
聞き終えた渚は満足げな表情を浮かべ、メモ帳に1つのチェックを施す。

「これで朱猟は問題ない。
残りの二人がわざわざこのエリアまで来る可能性は低いはず…。
よし、この程度なら計画に支障はないだろう…」

渚がメモをコートのポケットにへと仕舞う。
隣の閉じられたシャッターの方へと目を向け静かに佇んでいると、シャッターの向こう側で衝撃音が発生し、シャッターが激しく揺れ始めた。

「…もう少しかな」

彼女は時が来るのを静かに待っている…。





 -----





「バトルフェイズだぁ!
《捕食植物ドラゴスタペリア》でダイレクトアタック!」[攻2700]

右目の下に切り傷のある男が声高にモンスターでのダイレクトアタックを宣言する。
紫の瘴気を纏った花粉を漂わせるドラゴンが、標的を見定めると口に溜め込んだ瘴気をブレスとして吐き出す。

「く…」

それを前にした黒髪ショートヘアの女性は着ていた青いジャケットをブレスに向けて放り、直接的なダメージを減らそうとする。
しかし、ジャケットがカバー出来た範囲から漏れたブレスが、彼女の右腕にへと触れる。

「う…ぐ………!?」

船津LP:3700→1000


触れた箇所が即座に赤く腫れあがり、ただれていく。

「ほぉ、この攻撃で声を出さねぇか。
体が瞬間的に溶けるってのは相当な痛みがあるはずなんだがな~?」

「だまりなさい…犯罪者…。
お前が…喜ぶ姿など…見せてやるものか…」

女性は腐食し始める右腕を左腕で抑えながら、男を睨みつける。
その様を見た男は、嫌らしく口角を吊り上げて笑う。

「ハハハ!十分に喜んでるよ!ありがたくなぁ?
俺はバトルフェイズを終了する」

バトルフェイズの終了が宣言された瞬間、女性は目を見開き驚く。
何故なら、男のフィールドには先ほど攻撃宣言を行ったドラゴンとは別に、巨大な口を持った花のモンスターと小型の蜂型の植物モンスターの2体が鎮座しているからだ。

このまま2体目で攻撃宣言するだけで、自分のライフが0になるというのに…。

「なんの…つもりだ…」

「あぁ?そりゃお前、わざわざこんな所までお巡りさんが来てくれたってんだ。
もうすこ~し優しく持て成してやらないとだろ?」

男はあざ笑うかのように、女性を見下す。

「痛みが与えられた瞬間は耐えられても、断続的に響き続ける痛みにお前はどこまで耐えられるかな。ターンが回って来たからには、その手でデッキからカードを引かない訳には行かないもんなぁ?」

腐食していく右腕に走る強烈な痛みが、皮膚を超えて内部の細胞を破壊していく。

「生粋の犯罪者だな…お前…。
ここで私が差し違えてでも……」

女性は、既に皮膚がびらんした右腕を何とか動かしデュエルディスクのデッキトップにへと指を掛けた。

「おいおい、まだ別にターンエンドした訳じゃねぇよ。
ま、頑張るお巡りさんの為に、さ・さ・や・か・な・プレゼントを残しといてやるよ」

不敵に笑った男が手札から1枚のカードを発動する。

「永続魔法《捕縛蔦城》発動」
手札:2枚→1枚


 =====
《捕縛蔦城》(アイヴィ・バインド・キャッスル)永続魔法
①:このカードが魔法&罠ゾーンに存在する限り、相手フィールドに表側表示で存在するカードの効果は無効化され、相手モンスターは攻撃できない。
②:自分スタンバイフェイズに、自分フィールドの「捕食植物」モンスター1体を対象として発動する。そのモンスターをリリースする。または、リリースせずにこのカードを破壊する。
③:相手スタンバイフェイズに発動する。相手フィールドのモンスターの数×800ダメージを相手に与える。
 =====


発動された瞬間、突如として無機質な白い床が隆起し、そこから巨大な蔦が幾重にも絡みあいながら成長する。それは、男の背後に巨大な城の様にそびえ立った。
さらに、女性の足元からも蔦が現れ女性の足を絡めとり、その場から動けなくしてしまう。

「なんだ…これは…」

「《捕縛蔦城》が魔法、罠ゾーンにある限り、お前のフィールドの表側カードの効果は全て無効化され、お前は攻撃が行えなくなった!」

「な…に…!?」

そのカードの制圧能力は1枚のカードに収まるそれではない。この状況を打破するには、フィールドを介さずにあのカードを除去する以外にない。
更に、あの男はあの手札を最初から持っていた…。

「何故そんなカードをここまで取っていた…。
ターンの始めに使うだけで私は何も出来なくなっていたはずだ…」

当然沸きあがる疑問。これでは、この命を懸けたデュエルで男は手を抜いていたことになる。
男は狂気をその目に宿らせながら、嘲笑する。

「つまりは舐めプってことだ~。お前は全力で向かってきて頑張ってても、俺には取るに足らないんだよ。
おら、国家権力様?せっかく犯罪者様がくれてやったチャンスを十分に生かさねぇとなぁ?クァハハハハハ!!!」

「どこまで人をこけにすれば気が済むんだ….
朱猟 響…!!!」


朱猟-LP:4000
手札:1枚


 [ターン3]


「私の…ターン…!
ドロー!」
手札:1枚→2枚

痛みに震える手を気力で動かし、デッキトップからカードを引ききる。
この悪しき犯罪者へ、正義の名の元に制裁を下すべく…。

しかし、彼女のデッキに男の城を打ち破るカードは存在しない。

「スタンバイフェイズに《捕縛蔦城》の強制効果発動。お前のフィールドのモンスターの数×800のダメージだ。
ま、今はいないから空打ちだな。
さて、何かいいカードは引けたか~?」

「………自分フィールドにモンスターが居ない時…《SRベイゴマックス》を、守備表示で特殊召喚」[守600]
手札:2枚→1枚

赤いベイゴマを模したモンスターが、高速回転しながらフィールドへと飛び込む。しかし、着地する事なくベイゴマは地面から生える蔦に飲み込まれて姿が見えなくなってしまう。

「《捕縛蔦城》の効果で、そのベイゴマの効果は無効化だ。
さて、残る手札1枚は?」

にやにやと笑う男が女性の次の一手に期待を寄せる。

「ターン…エンド…」

失意の中でそう宣言せざるを得ない。
男に対する怒りと憎悪が沸きあがるも、それを待ってたと言わんばかりに男がゲラゲラと笑い出す。

「ハハハハ!!おいおい、せ~~っかくチャンスくれてやったのに、よかったのかぁ?
お前が長い事探してた犯罪者様が目の前に居るんだぜ?お巡りさんなのに、ほっといていいのかぁ?
クク…クァハハハハハ!!!」

「朱猟ぉぉぉぉぉ!!!」

女性は感情を露わにし、男の元へと走り出そうとする。
しかし、その足は永続魔法により縛られたままなのだ。

「くそっ…!くそっ…!
こんなもの…!」

右腕の痛みも忘れ、足を縛り上げる蔦を全力で女性が殴る。
その様を滑稽そうに男が眺めながらデッキからカードを引いた。


船津-LP:1000
手札:1枚


 [ターン4]


「そんなんじゃ善良な一般市民共に、苦情入れられるぜ?
俺のターン、ドロー。
手札:1枚→2枚

スタンバイに《捕縛蔦城》の効果発動。
維持コストとして、《捕食植物ビブリスプ》を対象にリリース」

男が効果を発動すると、フィールドから蜂の姿をした花のモンスターが姿を消す。

「《捕食植物サンデウ・キンジー》召喚」
手札:2枚→1枚

毛の先端から粘液性の液体を分泌する葉を、首の周りに生やしたエリマキトカゲのモンスターが現れる。
舌を伸ばしたサンデウ・キンジーの舌先からも同じような粘液がとろりと滴る。

「その効果を発動。融合魔法なしで融合を行うぜ。
俺はフィールドのサンデウ・キンジーとドラゴスタペリアの2体で融合…。
融合召喚…!

レベル8…全てを喰らい尽くせ《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》!」[攻2800]

そのトカゲが効果の発動に合わせて、瘴気をまき散らす華竜に触れて混ざり合う。
それにより、紫を基調とした体の毒々しいドラゴンが唸り声と共に姿を見せた。

「げほっ…なんて…おぞましい姿をしているの…」

そのドラゴンの出現と共に、閉鎖された空間内が瘴気で満たされる。
おぞましい見目も合わさり、女性の意識がそのドラゴンにへと持って行かれる。

「《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》の融合召喚時効果を発動!
相手の特殊召喚されたモンスター全ての攻撃力分、自身の攻撃力がアップだ!」[攻4000]

ドラゴンが体のあちこちにある赤い球体を怪しく発光させると、蔦に捕らわれたベイゴマックスからエネルギーを抽出し、その体が紫色のオーラで包まれる。

「攻撃力…4000…」

「さらに、キメラ・フレシアの効果を発動。
1ターンに1度、自身のレベル7以下である《SRベイゴマックス》を除外するぜ」

大きな口を開けたラフレシアから、口の生えた蔦が伸び、蔦に捕らわれていたベイゴマックスを一口で飲み込んでしまう。

「これでお前のフィールドはがら空きだなぁ?
永続魔法《種砲連射》の効果発動。
デッキから《捕食植物コーディセップス》を墓地へ送り、お前に300の追加ダメージだ」

フィールドの中央へと、たくさんの目玉の付いたトウモロコシの様な形をした気味の悪い茶色い植物が生えてくる。。
それが急激に膨れ上がったかと思うと、弾け植物の中に納まっていた種が弾丸となり女性にへと発射される。

「くそっ…!
ん………あがぁ…!!!?」

船津LP:1000→700


勢いよく発射された種砲は、女性の既に皮膚が剥がれ落ちた右腕に最初に着弾してしまう。
外界へと露出し、敏感となった肉へと固い種が衝突。それは女性が感じた事もない強さの痛みであり、彼女の意識を一瞬で奪い去る。
しかし、次弾の種が体にぶつかる事で無理やり意識を引き戻され、体に打ち付けられる痛みがダイレクトに女性の脳にへと次々と送り込まれる。
全身を駆け巡る痛みが体の制御を乱し、力なく倒れ込む。

「ぐ……あ…が…」

涙、鼻水、涎が止める術無く流れ落ちる。
痛みに混乱する肉体の痙攣が止まらない。

「クハハハ!おいおい、300ダメージだぜ?
まだメインディッシュが残ってんだ。最期に最高の声聞かせてくれよ?」

痛みに狂う光景を嬉々として眺める男。

「ふざ…ける…な……」

「お?」

痛みを無理やり飲み込み、左手を地面につけ体を起こす。
自らの死さえ覚悟した女性は、気力だけで体を保たせる。

「これ以上…お前の…好きには…させない……。
私が…帰らなければ…ここが…疑われる…。
上司、部下の全てに話を…通してある…。
明確に人が消えるんだ…捜査の令状もすぐに…出る…はずだ…。
この…命で…お前を…絶対に捕まえる………」

朦朧とする意識の中で、男にへと正義を示す。
最後の力を振り絞り、顔を上げ男を睨みつける。

たとえ自分がここで死ぬことになったとしても、信頼のある同僚たちが必ずや悪を裁いてくれるはずだ。
希望は絶対に見失わない。

しかし、男は目元を手で覆いこう言った。

「あぁ、その事なら安心しろ。
お前が居なくなっても問題になることはないからな」

「な…に…?」

「お前の同僚達はとても冷たい人間でな?
お前なんかが居なくなったぐらいでは、事件とは思ってくれないんだよ。
悲しいことになぁ」

男がわざとらしく泣き真似した様な声色で、そうほざく。

「何を訳の…分からない事…を…。
警察を…私の同士を…舐めるるなよ…!」

男が宣う我々を愚弄する言葉の数々…。
怒りを乗せ、出せる限りの声を荒げる。

男は耐えきれなかったかのように噴き出すと、目元を覆っていた手をどける。
その目は狂気と嘲笑にらんらんと輝く。

「お前は、俺に両親をズタズタにされたから聞かされなかったのかな?
おかしいとは思わないか?ここでは人が当たり前の様に死ぬ。しかも、ゲームでだ。
分かってると思うがここは日本だ。膨大な土地がある訳でも、一切の統治が成されていない国でもない。
なのに、この実験の施設の管理と維持はどうやってると思う?これだけの敷地と、人がここで死ぬ理由を、国が一切把握していないとでも?」

朱猟が獲物の困惑する様を嬉々とした目で見下す。
対照的に、女性の目は失意と後悔で徐々にくすんでいく…。

「バカ…な…。
なんで、お前みたいな犯罪者を…野放しに……」

「さぁな?お国の考える事は分からねぇが、これまでそうだったように、誰かが死のうとも失踪しようともこの実験は終わらない。
随分とお仲間達の事を信頼してるみたいだが、果たして何人がこのことを知ってて話を合わせてたんだろうなぁ?」

所詮は犯罪者の戯言でしかない。
追い詰められた犯罪者は時に訳の分からない事を口走る。
それが己の罪から逃れる為の嘘なのか、それとも罪の重さに耐えかねての言葉なのか。
少なくとも鵜呑みにすべきものでないことを頭では理解しているのだ。

しかし、その意識の下では着実に希望が塗り替えられて行く…。

「ウソだ…。
犯罪者の…話…など…誰が……」


(「果たして何人がこのことを知ってて話を合わせてたんだろうなぁ?」)


頭の中で反復される犯罪者の言葉が、否定の言葉を遮る。

彼ら彼女らが、全てを知っていて自分と話を合わせていただけ……?
正義を誓った彼ら彼女に限ってそんなことあるはずがない。

だが…朱猟のこの余裕さはなんだ…?
自分の事を警察と知った上でこの振る舞い…。

「バトルフェイズ、《スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン》でお前にダイレクトアタック!」[攻4000]

女性の意識がデュエルから逸れている隙に、飢えた毒竜が渇欲に狂いながら攻撃へと移行する。
柔軟にしなる尾を振るいながら、口から涎を垂らすその視線の先には、足を蔦で捕らわれ困惑の渦中に居る女性だ。

その飢えた目に見定められた女性の背筋に寒気が走る。

死が恐ろしいのではない。
自分の死が、万が一にでも無意味に終わってしまうのではないかという不安。
朱猟の余裕ある表情と不愉快な笑みが、安心を揺さぶる。

父と母に何の理由もなく襲い掛かり、一生寝たきりの生活を余儀なくした元凶を前に。

何も果たせずに死ぬ…?

それが怖くて、怖くて、怖くて、
怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い


こわい…


「信じ…ない…。
私は…みんなを…信じて……」

確証が得られぬ不安を必死に否定したくて、言葉を絞り出す。
それに男が平坦な口調で至極当たり前のように、女性の死ぬ意味を諭す。

「みんなは何もしてくれないぞ。
お前は無意味に死ぬんだよ」

「そんな…事…あり得………

女性の言葉を遮るように唸り声が轟いた。
視線を眼前に向けると、毒竜がこちらにへと飛び掛かってきている。

「ま、待って……。
なんで…なんで…こんなこと…」

脳がその場から逃げる事を指示する。
しかし、痛みに捕らわれた体を無理やり気力で動かしていた彼女は、もう体を動かす事は出来ない。
体の痛みに反応して流れていた涙は、いつの間にか心の悲鳴を象ったものにへと変異していた。

「余計な事に首突っ込んだからじゃねぇの?
お前の掲げてる正義なんてそんなもんなんだよ。正義のなれの果てはこんな所で無意味に無残に死ぬことだけ!
親の仇だか何だか知らねぇが、力のないお前はその仇に一矢報いる事さえできない!

あぁ、楽しいな?これが楽しくなくって何だって言うんだぁぁ!!?
クヒァハハハハハハハハ!!!!!」

蔑む狂った笑い声をあげる男。
鼓膜にこびりつく不愉快な笑い声。
それに看取られながら死ぬ…。


いやだ


「いや…だぁ…いやだぁぁぁあああ!!!」


喉が切れそうな程に叫んだ。
その断末魔は、胸部へ走った衝撃と共に奏で終わる。

彼女が託したはずの希望は、既に疑念で塗りつぶされてしまった後だ…。


船津LP700→0



ピーーー



「船津様のライフが0になりました。勝者は朱猟様です。」


アナウンスが流れると同時に、2か所のシャッターが開かれた。
朱猟の眼前には、対戦相手だった女性が血だまりの中に倒れている。心臓部に大きな穴が開き、体の至る所が腐食し溶け出している。

「ハハハ…あの女いい土産をくれるじゃねぇか…。
聞き心地の良い悲鳴だったなぁ…」

女性の残した悲鳴の残響に朱猟が酔いしれていると、その背後から人影が現れた。

「おーおー、クラスⅢってどいつもこいつも頭おかしい奴しかいないのか?」

「あぁ?」

現れた人影に気づいた朱猟がそちらへ目を向ける。
そこには青いコートを着込み、胸部にデュエルディスクを装着した珍妙な姿をした巨漢の男が立っていた。

「ハハッ!
誰だお前?それになんだその恰好は?」

「ぐはは!俺の名は山辺 俊勝!
そしてこれが夢にまで見たデュエルコート!
腕にデュエルディスクを装着することなくデュエルが出来る限定品だぜ!」

山辺は自慢げに胸を張って、デュエルディスクの存在を誇張する。
それと、同時にアナウンスが流れ始めた。


ザザッピー
「ただいまよりフリーエリアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:4000
モード:エンカウント
リアルソリッドビジョン起動…。」


「ほぉ?
自分から仕掛けてくるとはおもしれぇじゃねぇか」

双方の背後のシャッターが閉じられる。
朱猟は珍しいものでも見るかのように、不愉快な笑みを浮かべながらデュエルディスクを構える。

「お前とデュエル出来ると聞いてここに来たんだからな、《スクリームハンター》!
リベンジもしたい所だったが、こっちも十分なボス戦が期待できそうだぜ!!」

「俺がクラスⅢと知って挑んできてるとはなぁ…。
随分と自信があるみてぇだ。そのうぜぇ自慢げな顔が崩れ、悲鳴をあげさせるのもおもしれぇ…」

獲物を見定めるように朱猟が山辺を観察する。
それを受け、山辺が右手を広げ強く握り込む。

「ぐはは!
さっきの女じゃないが、この俺が仇とやらを討ってやろうじゃないか!
犯罪者なんだろう?デュエルも殺しの道具としか思っていないってことか」

「あぁ?当たり前だろ。
ここで殺せる手段がこれだったってだけだ。
ま、これのお陰で俺には出来ない殺し方のレパートリーが増えたがなぁ?」

そうにやにやしながら言い切った朱猟を前に、山辺がほんの少し眉を歪める。

「分かってないな…。
デュエルとは魂と魂のぶつかり合い!そこに命さえも乗せる事で、魂がぶつかり合い、勝負の熱さが増していくんだ!本気の真剣勝負。これこそ俺の求めていたデュエル!
俺がお前のその腐った性根ごとまとめて叩き潰してやるぜ!
デュエルーマッーーッスルゥ!!!」

強靭な筋肉を誇張すべく右腕でポーズを取る。
だが、それに耐えきれなかったコートの右肩部分が破れてしまい、筋肉質な肩が垣間見える。

「あぁー!?しまった!
まぁ、着れてるから良しとしよう。
ぐははは!」

「あんまりおつむの出来は良くねぇみてぇだな?」

朱猟の放つ挑発。
それを意に介さない山辺が右手の人差し指を朱猟に向けて、得意げに話す。

「俺は勝利を追い求める者だ!
お前の様なただの人殺しに、デュエリストであるこの俺が負ける訳ないだろ?」

「はっ!筋肉ダルマがほざくな。
どんだけ体が強くても、てめぇの足りねぇ頭じゃデュエルに勝てやしねぇんだよ!」

互いに挑発し合い、向かい会った双方が構えた。
朱猟と山辺のデュエルが幕を開ける。


 「デュエル」   LP:4000
 「デュエル!!」 LP:4000

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コングの施し
渚さんお久しぶり!…ですが、梨沙さんに対してはある程度の信用があるようですが、やっぱり不審な点に対する警戒心は強いですね。こんな環境にいればそれはそうかもしれませんが、さすがは情報屋。

そしてこれまたお久しぶりのデュエルマッスル山辺に捕食植物の朱猟!この二人のマッチアップですか…予想できてなかったですね!マッスル山辺が個人的にめちゃくちゃ好きな男性キャラで、それが同じくクレイジーな男性キャラである彼と戦うとは、どんな関係を築いていくのか、はたまたドンパチ命の取り合いなのか…まあ命はかかってるんですけど。

今回は外の世界に関する言及もあったことですし、なんだかこの実験の影の部分も見え隠れしていてかなりワクワクしています。次回も更新頑張ってください! (2024-03-07 04:48)
ランペル
コングの施しさん閲覧及びコメントありがとうございます!

ある程度情報屋としてここに長く居る彼女から見ても、梨沙の行動理念はいい意味で異質に映っている事でしょう。そんな異質な彼女だからこそ、人としての信頼を寄せる事が出来ているのかもしれませんね。

とにかく強い相手との熱いデュエルを望むデュエルマッスル山辺が再登場でございます!彼の人生はとにかくデュエルへの想いだけで構成されていると、彼もまた平穏な日常とはかけ離れた存在…。幼少期にデュエルマッスルなデュエリストをアニメで見た事で、筋トレすればデュエルに強くなれると勘違いし、今なお続くムキムキキャラとなっております。
熱いデュエルを望む山辺と、殺し合いを望む朱猟。双方の狂気のぶつかり合いも楽しみにして頂けたらなと思います!

果たしてこの実験を運営する存在とは…。ゆっくりと明かしていく予定ですので、そちらもまたお楽しみにでございます。 (2024-03-07 22:41)

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19 Report#14「生存の道」 265 0 2023-07-18 -
16 Report#15「自己治療」 240 0 2023-07-25 -
28 Report#16「勝機、笑気、正気?」 309 0 2023-07-29 -
24 Report#17「幻聴」 239 2 2023-08-02 -
38 Report#18「ハイエナ狩」 288 0 2023-08-09 -
19 Report#19「おやすみ」 248 0 2023-08-13 -
19 Report#20「クラスⅢ」 214 0 2023-08-18 -
17 Report#21「視線恐怖症」 197 0 2023-08-23 -
39 Report#22「新たな被験者」 343 2 2023-08-28 -
13 Report#23「天敵」 202 2 2023-09-03 -
28 Report#24「吹き荒れる烈風」 214 0 2023-09-03 -
14 Report#25「情報屋」 170 2 2023-09-13 -
14 Report#26「再編成」 183 2 2023-09-18 -
28 Report#27「見えない脅威」 303 2 2023-09-24 -
27 Report#28「トラウマ」 292 2 2023-09-29 -
14 Report#29「背反の魔女」 306 2 2023-10-03 -
33 Report#30「潰えぬ希望」 325 2 2023-10-09 -
17 Report#31「献身」 164 0 2023-10-15 -
22 Report#32「好転」 208 2 2023-10-20 -
26 Report#33「身勝手」 189 2 2023-10-25 -
21 Report#34「ボス戦」 210 3 2023-10-30 -
14 Report#35「想起」 210 2 2023-11-05 -
23 #被験者リスト 266 0 2023-11-05 -
15 Report#36「ノルマ達成目指して」 166 2 2023-11-10 -
15 Report#37「分断」 196 2 2023-11-15 -
29 Report#38「旅立ち」 237 0 2023-11-20 -
17 Report#39「幼き力」 191 2 2023-11-25 -
10 Report#40「囚われし者」 151 0 2023-11-30 -
16 Report#41「傍に居てくれるから」 214 2 2023-12-05 -
21 Report#42「どうして?」 228 1 2023-12-10 -
13 Report#43「拒絶」 142 0 2023-12-15 -
19 Report#44「不信」 182 2 2023-12-25 -
13 Report#45「夜更かし」 156 2 2024-01-05 -
10 Report#46「緊急回避」 147 0 2024-01-10 -
22 Report#47「狂気」 175 2 2024-01-20 -
12 Report#48「判断」 94 2 2024-01-30 -
25 Report#49「白化」 144 0 2024-02-10 -
23 Report#50「諦め切れない」 162 2 2024-02-20 -
16 Report#51「錯綜」 125 2 2024-03-01 -
17 Report#52「計画」 146 2 2024-03-05 -
19 Report#53「決意」 126 2 2024-03-10 -
14 Report#54「抜け道」 123 2 2024-03-15 -
17 Report#55「死の栄誉」 157 2 2024-03-25 -
23 Report#56「灼熱の断頭」 172 2 2024-03-30 -
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