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Report#82「揺れ惑う正義」 作:ランペル
父親から脱出の為のヒントを得るべく、グリーンフロアへ向かう梨沙達一行。一行を先導するのは渚であり、そんな彼女が何者かの気配を察知し、歩みを止める。
「誰かいるね……」
「迂回はできそうですか?」
「問題はないよ。迂回によるロスも少ないし、こっちの道から誰かさんに出会わない様に行こうか」
無用な接敵を避けるべく、気配のする曲がり角の手前の曲がり角を曲がる一行。しかし、何者かの気配がした方向から誰かがこちらへ近づいて来る足音が響く。
「こっちに来てます……!」
「気づかれたか……梨沙君達は先へ」
そう呟いた渚が1人で元居た方へ引き返す素振りを見せる。しかし、それを最後尾に居た久能木が制止した。
「久能木君……ボクなら相手を丸め込める可能性がある。無用な争いを避ける為にも、ボクが応対する」
「………」
渚の判断を受けても、久能木は首を振り渚の目を真っすぐに見つめる。
「どうするんだ福原さん。危険な相手なら早く離れないと……」
自衛用の起動していないデュエルディスクを構えながら、選択を迫る河原に渚は小さく舌打ちをする。
「話が出来そうな相手じゃないって言いたいんだね?分かった、久能木君の直感を信じよう。ただし、危険な相手だったらすぐに逃げるんだ。
……君に任せてばかりだが、頼むよ」
「………」
タバコを取り出し口にくわえた久能木は、渚達へ背を向けると共に右手を開き彼女達を送り出す。
「久能木さん……」
梨沙は、しんがりを務める久能木を視界に入れたまま少しだけ動けなくなった。迫りくる危険を前に誰かを置き去りにしてしまう事が心苦しくて仕方がないのだ。彼が率先してリスクを被る理由だって梨沙には分からない。
しかし、ここで立ち止まる事は、彼の覚悟を踏みにじる事にも等しい事は分かっている。
「久能木さん……お願いします」
背を向けている彼には伝わっていないと理解していても、口に出さずにはいられなかった。これが、梨沙に出来る最大限の妥協であったから。心残りを何とか払拭し、梨沙は久能木へ背を向け駆け足でその場を離れていく。それへ河原と渚が続いた。
久能木がタバコから吸いこんだ煙を吐き出す頃には、梨沙達とは十分な距離を取る事が出来た。音の聞こえない静寂の世界は、白の風景が重なり、より一層無機質さを増していく。そんな中、こちらへと迫って来る者を待つべく曲がり角を見つめる久能木の視界に、ふらりと人の影が揺らめいた。
乱れた黒髪、やつれた表情に虚ろな瞳をした女性。所々が切り裂かれた服に、生傷の絶えない手足が目立つ彼女は、ふらつきながら壁に手をつき、久能木を震える瞳で捉える。
「もう……」
「………」
火のついたタバコをくわえる久能木を縋るように見つめる女性は、今にも倒れてしまいそうにふらつきながらデュエルディスクを構える。
「殺してください……。
騙されるのも、いたぶられるのも、何も食べられないのも……うんざりだから……」
「………」
整った顔立ちをしていたであろう彼女の左頬や右の目元は青紫色に変色しており、顔だけで心身ともに衰弱しているのが見て取れた。彼女の言葉を読み解いた久能木は表情を険しくしながらも、静かにデュエルディスクを構える。
ザザッピー
「ただいまよりフリーエリアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:4000
モード:エンカウント
リアルソリッドビジョン起動…。」
アナウンスと共にシャッターが下ろされ2人の退路が断たれる。デュエルが始まった事で、女性は口元を少しだけ緩めていく。そんな彼女の痛々しくも安堵した表情を見せられ、久能木はくわえていたタバコを強く噛み潰した。
「………」 LP:4000
「ありがとう……」 LP:4000
-----
先へ進む梨沙達3人はエリアの境目に位置する赤と緑に染まった廊下を通過し、グリーンエリアへと入った所だった。
「ここからがグリーンエリアという事なんだね?」
「そうですね。あと半分って事です」
河原が身を守るようにデュエルディスクを掲げながら周囲を警戒する。それと共に最後尾の梨沙も背後のレッドエリアから誰も来ていないか警戒を続けていた。
「福原さん?」
河原のその声掛けに反応し、梨沙は先頭を歩く渚の方を向く。渚は歩みを止めており、立ち尽くしていたのだ。何か異常でもあったのかと問いかけようとすると、渚のさらに向こう側から人が歩いて来たのが視界に入って来た。
「よぉ《情報屋》。これまた随分と大人数での遠足みたいで」
前を開けた黒いスーツを着た4,50代と見られる白髪の男がコツコツと革靴の音を響かせ、梨沙達の前へと立ち塞がる。行く手を阻む男に対し、渚は落ち着き払った声色で目的を問いかけていく。
「ボクに何か用事かな……?霧隠(きりがくれ)さん」
「もちろん用事はある。でなければ、お前に話しかける意味なんてないからな」
首を捻りながら乱暴な言い回しで、渚を睨みつける霧隠と呼ばれた男。
「渚さん、危険な人なんですか……?」
その振る舞いから、渚と友好的な相手と思えなかった梨沙が後ろから小声で渚に状況の説明を求めた。それに渚が答えるよりも前に、眼前の霧隠が不機嫌そうに声を荒げる。
「オォイ!俺はこそこそ話が嫌いなんだ。内緒話っつーのは、相手に知られたくない話だろ。相手へ知られたくないってこたぁ、大っぴらに話せねぇ邪悪な話だ。てこたぁ、お前ら俺に内緒で邪悪な相談しようとしてるって事だよな?一体誰に発言の許可を得た?弁解の機会をくれてやる。答えろ女、なんの話をしようとしてる?」
「あ、いや……」
睨みつける視線と脅すように答えを迫って来た霧隠。小声であったにも関わらず話しかけていた事がバレるだけでなく、威圧的な対応に梨沙は口籠ってしまう。その間へ渚が割り込み仲裁する。
「落ち着いてくれよ。あなたがそんなにも威圧的な態度だから、あなたが危ない人間なんじゃないか不安になってしまったんだろう。彼女はボク達の会話から知り合いである事を察して、あなたがどんな人物なのかを確かめようとしただけだよ。そうだろう、梨沙君?」
渚がそう話しながら振り返り梨沙の顔を見遣る。彼女のフォローに梨沙は頷くと共に、向かい合う霧隠へ謝罪を述べた。
「そ、そうです。すみません、こそこそ話すつもりはなかったんですけど、どうしても不安が勝ってしまって……」
頭を下げる梨沙の謝罪を受け、霧隠の眉間のしわが緩んでいくと共に視線が渚へと流れていく。
「まぁ……こんな場所だ。どこでどんな奴が邪悪な企みしてるか分からねぇのは否定しねぇよ。お前が邪悪な事企んでねぇってんなら、俺としては何も問題はねぇ」
梨沙への疑いが晴れたタイミングで間髪入れず、渚は霧隠へと提案を持ちかける。
「ということだ。ボクに用事があるなら、他の2人は通してはくれないだろうか?
彼女はこの通り、過ちを認められるし、誰かを傷つけようだなんて考えない善人だ。こちらの彼は、デュエルディスクを持ってこそいるが、その機能は失われている。言うなら被捕食者だ。あなたの考える邪悪な連中には該当しないはずだろうからさ」
「な……」
渚が梨沙と河原の2人の無害さを説く。しかし、河原がデュエリストでない情報まで伝える事は、この実験内で完全な無力の証明であり、河原は驚き声を洩らした。
「デュエル出来なきゃ、そんなもん持ってる意味ねぇだろ?なんで身に着けてる?答えろよじじい」
右手で河原の装着するデュエルディスクを指差す霧隠の目線が鋭く刺さる。動揺しながらも、河原はその質問へ端的に返答していく。
「これは……言うなら盾だよ。デュエルディスクは《盤外召喚》や《盤外発動》の影響を受けない。デュエルが出来ずとも、自分の身を守る為に最適と考えた……」
「はー、そういう考え方もあるんだな。
まぁいい、《情報屋》が言うように他の奴に用はない。どこ行くか知らねぇが好きにしな」
霧隠が立てた右親指で自身の後方を指す。つまり、久能木と同じように今度は渚を置いて先に進まなければならない。不安そうに梨沙が、渚へ声を掛ける。
「渚さん……」
「危険な話をする訳じゃないから、心配は無用だよ。
そうでしょう霧隠さん?」
あえて少し大きな声で、梨沙へ答えると共に霧隠へと問いを投げた渚。
「もちろん、少し聞きてぇことがあるだけだからな」
霧隠の回答を受け、渚は小さな笑みを見せて梨沙達を送り出す。それを受け、梨沙も元気に返事した。
「分かりました……。話し合いが終わったらすぐ追いかけて来てくださいね!
行きましょう河原さん」
「わ、分かりました」
河原を先導するように早歩きで、霧隠の横を通り過ぎる。
例え、渚と霧隠とが話し合いで終わらなかったとしても、渚が自分達を先に向かわせるのが最善と判断した事。事情を知らない自分よりも、相手の事を知っている渚の判断へ従う事が最適なはず。事情を詮索する事も、霧隠の先程の対応から得策とは思えない。
そんな、言い訳にも似た理屈を自分にへと言い聞かせ、後ろを振り返る事もなく梨沙はグリーンフロアを目指して進んでいく。
「さて……」
横を通り過ぎた2人が居なくなったことで、霧隠が渚の方へ首を向き直した。
「まずは弁明を聞こうか《情報屋》さん?どういうつもりなのかをな」
「すまないが、質問の意図が分からないね。ボクはあなたに対して一体どんな弁明を始めればいいのかな?」
渚の不敵な構えに、霧隠の眉間にしわが寄っていく。
「あーそう、とぼけるのか。てこたぁ、お前が邪悪な悪だくみしてたのは確定的だな。人殺しってのは邪悪だよな?挙句には俺の命だぞ?世の為人の為に尽力する俺の命を脅かしたってのに、知らぬ存ぜぬじゃ通らねぇって事ぐれぇ分かんだろうが、あぁ?」
「はは、まさか殺されそうになったのかい?いやだな、ボクはあなたの要望通りの人間を紹介したはずだ。邪悪であなたの加虐心を満たせる人間をね」
渚がそう言い放つと、霧隠はずっとポケットに手を入れていた左腕を抜き、自身の顔を覆う。彼の左腕は機械で作り上げられた義手であり、覆った顔を機械の指がトントンと叩く度に、イラついた様に彼の革靴からもコンコンと音が響く。
「あいつが全部吐いたぜ?《情報屋》から俺が殺しに来るって情報と、お前から《魔法族の里》を使えば勝てるっつー情報を貰ったってな?証拠が欲しいんなら、録音した音声を提出する事だって出来る」
表情が強張る渚を前に、霧隠は左義手を人差し指から順番に立てながら罪状を列挙していく。
「俺の正義執行の妨害で、まずは業務妨害だな。信義則違反とか詐欺ってのも追加していい。あー後忘れちゃいけねぇのが、脅迫と教唆もだな。自分で手を下さず他人を使って人殺し目論むなんざ邪悪そのものだろ?
ヒーローたるもの、人を憎まず罪を憎むって奴でな。お前の事情も聴いてやろうって発言の機会を与えてやったのに残念極まりねぇよ。裏切りってのは罪ぶけぇんだぞ《情報屋》。他者との信頼を崩すなんざ邪悪な行いに他ならねぇ」
「はっ、裏切る?別に君と協力者になった覚えはないけどね。ボクは、君みたいな頭のおかしい人殺しを排除して回ることに決めたんだ。残念極まりないのはこっちのセリフさ。君が殺されてなくて本当に残念だよ!」
怒りを塗り込んだ罵声を霧隠へと放ちながらデュエルディスクを構えた渚。
「その発言は……教唆した事を認めたに等しいな。挙句にヒーローである俺を頭のおかしい人殺し呼ばわり?あーあ、これで侮辱罪も追加だ」
呆れたように言葉を吐き捨てると、機械の掌を目一杯開く霧隠。その瞬間、手首からカードホルダーが飛び出す。
ザザッピー
「ただいまよりフリーエリアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:4000
モード:エンカウント
リアルソリッドビジョン起動…。」
鳴り渡るアナウンス、退路を断つシャッター。
その中で、霧隠はスーツの内ポケットから《マスク・チェンジ》のカードを取り出すと、左腕の飛び出したカードホルダーへと差し込む。
「変身……」
霧隠がそう呟くと共に、挿入されたカードホルダーが左腕の中へと納まり、彼の体が淡い紫色へと発光を始める。どこからともなく黒鉄の装甲が無数に現れ、霧隠の胸部、腹部、右腕、両足、背面へと素早く装着されていく。最後に頭部へ獣を模した装甲が装着されると、目が黄色く輝いた。
「邪悪を憎むのがヒーローの役目。お前のような裏切り者を許すわけにはいかねぇよなぁ?」
「ずっと思ってたことだけど、君みたいなのがヒーローなんて笑わせないで欲しいな。
君の正義とやらは恰好だけのお飾り……結局は暴力を正当化する為の道具に過ぎないじゃないか。そんなもの、自我が育っていない子供の癇癪と何ら変わりない」
渚の罵倒を霧隠は鼻で笑い飛ばしながら左腕を振るう。すると、機械義手が半分に割れながら変形していき、デュエルディスクへと早変わりした。
「ヒーローっつうのはな、自分の目的を何としても成し遂げる奴を言うんだ。世に出回るヒーロー共だって、誰かを助けたいっつー己の欲望を叶えてるにすぎねぇんだよ!俺が認める邪悪なお前を殺す事に正義がなきゃ、この世に正義なんざ存在しねぇ!
正義の名の元に、俺の正義を執行する!覚悟しろよ犯罪者」
「その理屈ならボクもヒーローの仲間入りさ。ヒーロー仲間を殺そうとする君こそ殺されるべきだろうよ!」
互いを悪と捉える、歪んだ英雄達の戦いが始まっていく。
「デュエル!」 LP:4000
「デュエル!」 LP:4000
ピー
「先行は霧隠様、後攻は福原様になります。」
[ターン1]
「行くぞ、手札の《E・HERO ネオス》をコストに《イービル・アサルト》を発動!
デッキからE−HERO1体を手札に加えるか特殊召喚する。俺は《E-HERO デス・プリズン》を特殊召喚だ」[守1100]
手札:5枚→3枚
全身が暗黒の結晶に包まれ、周囲の空間も同じ結晶で囲まれる不吉な気配と共に現れた人型モンスター。結晶の隙間からこちらを睨みつけて来る様は、まるでモンスター自体が檻に囚われているかのようだ。英雄だった者が堕ちたその末路は、恐ろしいまでの悪意を秘めている。
「……そんな邪悪そうなモンスターを使っておいて、よくもヒーローだなんて名乗れるね?」
向けられた悪意を振り払おうとしているのか、はたまた挑発する事で平静を欠かせようとしているのか、渚は霧隠れの扱うカードに対しても苦言を呈した。
「お前の記憶力は鳥並みだな。どんな手段を取ろうとも、己の目的を達する事こそがヒーローだつっただろうが!
デッキより《E・HERO シャドー・ミスト》を墓地に送り、デス・プリズン効果発動だ。こいつをHEROの融合素材にする場合、その融合に名が記された内の1体として扱う事が出来る。そのまま、墓地へ送られたシャドー・ミストの効果発動。デッキよりHEROである《V・HERO ヴァイオン》を手札へと加える!」
手札:3枚→4枚
デス・プリズンが、自身を覆う檻の一部を鋭い爪で殴り砕く。破片を飛び散らせながら、檻から出てくるデス・プリズンに連動するように、デッキからカードが飛び出し霧隠の手へと加わる。
「《V・HERO ヴァイオン》を召喚。その召喚、特殊召喚時の効果によりデッキから、HEROである《E-HERO シニスター・ネクロム》を墓地へ送る」
手札:4枚→3枚
カメラのレンズの様な仮面をはめた戦士がフィールドへ飛び込んで来ると、そのレンズにシニスター・ネクロムのカードが映し出された。
「さらに、墓地からシャドー・ミストを除外する事で、デッキから《融合》を手札に加える事が可能となる」
手札:3枚→4枚
レンズにシャドー・ミストのカードが映ると、それはすぐさま《融合》のカードへと切り替わる。ヴァイオンが霧隠の方へ向くと、レンズに移ったカードが3Dプリンターの様に出力され、霧隠の右手にカードが生み出された。
「融合の準備が整ったという事か。ほら、君お得意の融合召喚しなよ」
「まだ展開を始めたばっかだってのに、随分と焦ってんな?まぁ、見る限り誘発を引き込めてねぇみてぇだから無理もねぇがな」
仮面をつけた霧隠の言葉に渚は、睨み返しながらも押し黙った。その様を見た霧隠は、手に加えた《融合》ではなく別の手札を自らの変形した左義手へと発動する。
「速攻魔法《マスク・チェンジ》をヴァイオンを対象に発動だ。対象モンスターを墓地へ送り、同属性のM・HEROをEXデッキより特殊召喚。ヴァイオンの属性は闇……つまり、闇の力での変身だ。
変身召喚!
正義を誇示しろ、レベル6《M・HERO ダーク・ロウ》!」[攻2400]
ヴァイオンを覆うように出現した黒鉄の装甲。それが、ヴァイオンを押しつぶすように装着されていくと、霧隠が変身した姿と酷似した黒鉄の戦士がフィールドへと顕現する。
「ちっ……厄介なのが来たね」
「これこそ正義の在り方だ!自由を与えて邪悪に走られるんだったら、何も出来ないように縛り付けてやりゃいいって訳だな。
ダーク・ロウが居る限り、お前の墓地へ送られるカードは除外され、さらに1ターンに1度、お前の手札にドローフェイズ以外でカードが加わればランダムに1枚除外してやる」
ダーク・ロウが覇気を発すると、渚のコートが小さく揺れる。そして、彼女のデュエルディスクが薄い紫のオーラで覆われてしまった。
「ヒーローとして邪悪に与えるべき会心の機会は、既に失われている。
墓地から《E-HERO シニスター・ネクロム》を除外する事で、デッキから《E-HERO ヘル・ライダー》を特殊召喚!」[守800]
フィールドへと駆け込んで来る骨の騎馬。その上に跨るのは悪魔の騎手。翼を広げながら、渚を邪悪な瞳で睨みつけるのだ。
「ヘル・ライダーの特殊召喚時効果発動。デッキより、《ダーク・フュージョン》を手札へ!」
手札:3枚→4枚
骨だけとなった騎馬の怨念の籠った嘶きによりデッキからカードが飛び出す。それを掴み取った霧隠は迷わずデュエルディスクへと発動していく。
「《ダーク・フュージョン》発動。悪魔族を融合召喚し、呼び出したモンスターはこのターンお前の効果の対象にならねぇ。
《E-HERO デス・プリズン》を《E・HERO フェザーマン》として扱い、《E-HERO ヘル・ライダー》と融合……。
融合召喚!
獄炎で邪を焼き尽くせ、レベル6《E-HERO インフェルノ・ウィング-ヘルバック・ファイア》!」[守1200]
手札:4枚→3枚
見えるのは巨大な翼に、獣の鉤爪。血を想起させる赤いマントを靡かせ、燃え盛る獄炎の青い炎より堕ちた英雄の姿が露わとなる。
「ヘルバック・ファイアの特殊召喚時、デッキから《ダーク・フュージョン》の名が記された罠カード、《ダーク・スプレマシー》を手札へ加える」
手札:3枚→4枚
ヘルバック・ファイアが手を霧隠へ向ければ、ボッと青い炎が霧隠の手元で発火し、手札の枚数が増える。
「さらに、ヘルバック・ファイアが居る事で《E-HERO トキシック・バブル》を手札から特殊召喚させてもらうぜ」[守1200]
手札:4枚→3枚
べちゃっという粘液性の液体が白い床を汚す。残虐な笑みを浮かべる堕ちし英雄がそれを踏みつけ、自身の手元で紫に光る毒の泡を握りつぶす。
「《ダーク・フュージョン》の効果でのみ呼び出せるヘルバック・ファイアが存在する状況で、特殊召喚に成功したトキシック・バブルの効果発動。
俺はデッキからカードを2枚、ドローする!」
手札:3枚→5枚
引き込んだ2枚を確認した霧隠。仮面で隠れたその瞳が怪しく光ったのを、渚は見逃さない。
「おいおい、勘弁してくれよ。まだ展開を伸ばすつもりなのか?君の察している通り、ボクは誘発を握る事が出来なかった……。君の主張としては、当然ボクを殺すのに全力なのは理解できるけどさ。ヒーローたるもの、抵抗する邪悪な相手をねじ伏せてこそのヒーローなんじゃない?そんなカタルシスな場面を生むからこそ、ヒーローってのは皆に親しまれ認知されてきたんだしさ」
渚の言葉を嘲笑しながら、霧隠は新たに手札へと舞い込んだカードを示す。
「なんにも理解してねぇな鳥女。お前のその鳴き声が、命乞いだろうと俺を陥れる為の邪悪な策略にしろ関係なんかねぇのさ。てめぇが死んで、俺の正義が示される。簡単な話だ。
手札から《E-HERO アダスター・ゴールド》を捨て、効果発動。デッキより《ダーク・フュージョン》の名が記された《ダーク・コンタクト》を手札へ加える」
手札:5枚→4枚→5枚
デッキからカードを手札に加える霧隠は、渚の話へ応じる事無くモンスターゾーンのカード2枚を掴み取る。
「つれないなぁ。《情報屋》として、君の要望には可能な限り応えて来たつもりだったんだけどね」
「被害者ぶるんじゃねぇよ、最初に裏切ったのはてめぇーだろうが。
《E-HERO トキシック・バブル》と《E-HERO インフェルノ・ウィング-ヘルバック・ファイア》2体でリンクマーカーをセット。
リンク召喚!
裏切者へ鉄槌を、LINK2《X・HERO ヘル・デバイサー》!」[攻1700]
地面に広がったリンク召喚のゲート。そこから現れたのは、巨大な鎌を携えた仮面の悪魔。翼を広げると、その大鎌を高速で回し始める。
「リンク召喚時、ヘル・デバイサー効果発動。EXデッキの《E-HERO インフェルノ・ウィング-ヘルバック・ファイア》をお前に見せる事により、そこに名の記されたモンスターを最大2体まで手札へ加える事が出来る。俺は、《E・HERO フェザーマン》と《E・HERO バーストレディ》の2体を手札へ!」
手札:5枚→7枚
一気に手札が7枚まで増えた霧隠。しかし、その手札を使うことなく墓地に手をかざし、そこからさらにカード効果が発動していく。
「墓地の《E-HERO ヘル・ライダー》効果により《E・HERO ネオス》、《V・HERO ヴァイオン》、《E-HERO アダスター・ゴールド》、《E-HERO トキシック・バブル》4体と共に計5体を除外して効果発動。
デッキから《超融合》をフィールドにセットだ」
「《超融合》……」
渚の頬を一筋の汗が流れる。着実に強固なものへと成長して行く霧隠の盤面を、妨害を引き込めなかった渚は指をくわえて見ている事しか出来ないのだ。
「《ダーク・コンタクト》発動。フィールド、墓地、除外状態のモンスターを素材とし、デッキへ戻す事で、融合召喚が行える。俺は除外されている《E・HERO シャドー・ミスト》と《E-HERO シニスター・ネクロム》をデッキへ戻し融合。
融合召喚!
正義の刃で邪を斬り裂け、レベル8《E-HERO ダーク・ナイト》!」[守0]
手札:7枚→6枚
カードの発動によって集約していく黒いエネルギー。塊となったそれを切り裂くように飛び出したのは、悪魔の騎士。その姿は異形そのものであり、逆手に持たれた黒い刃が怪しく光る。
「ダーク・ナイトの効果により、こいつが居る限りお前のモンスターの攻撃力はこいつの素材としたモンスターの元の攻撃力の合計分ダウンする。つまり、シャドー・ミストとシニスター・ネクロムの合計値、2600のダウンって訳だ」
ダーク・ナイトの先端が鋭く尖った尾は、獲物を求める様にゆらゆらと揺れ動いている。
「ダーク・ナイトを戦闘破壊するだけでも、2700以上の攻撃力のモンスターを用意する必要がある訳だ。全く、恐ろしいったらないね」
懸命に軽口を言ってのける渚。彼女が感じているであろうプレッシャーを更に増加させていく為、霧隠は展開の手を緩めない。
「まだ終わりゃしねぇ、《融合》を発動だ。手札の《E・HERO フェザーマン》と《E・HERO バーストレディ》の2体を融合。
融合召喚!
正義の象徴となれ、《E・HERO フレイム・ウィングマン-フレイム・シュート》!」[守1200]
手札:6枚→3枚
邪悪へ身を落とした英雄達の間へ光が差し込むように、眩い炎と共に降り立った戦士。真っ白の左翼を広げ、右腕に宿る赤い炎が輝かしく燃え上がっている。そんな霧隠の邪悪さに不釣り合いなモンスターの登場に、渚が首を傾げながら皮肉る。
「E・HEROね……。その輝きはヒーローっぽいけど、君なんかには似合わないと思うよ」
「下らねぇ戯言ばっかだな鳥女。どんな奴と手を組もうが、誰の力を利用しようとも、俺の目的を果たす事こそが正義なんだよ。
特殊召喚したフレイム・シュートの効果発動。デッキよりフェイバリットカードである罠カード《フェイバリット・コンタクト》を手札へと加える!」
手札:3枚→4枚
デッキより飛び出したカードを手札に加えると、フィールドのフレイム・シュートが炎を纏いながら高く高く飛び上がった。
「なんだ……?」
「《E・HERO フレイム・ウィングマン-フレイム・シュート》をリリースして効果発動だ。通常モンスターを素材とした時、自身をリリースする事でレベル7以下のE・HEROを召喚条件を無視して呼び寄せる事が出来る。
俺はEXデッキより《E・HERO サンライザー》を呼び寄せる!
正義の光で世界を照らせ、レベル7《E・HERO サンライザー》!」[攻2500]
高く飛び上がった《E・HERO フレイム・ウィングマン-フレイム・シュート》を目で追っていた渚。フレイム・シュートの炎が最後の輝きを放つと突然、フィールドがまばゆい光に包まれた。その光の中心から現れたのは、赤い体に青いマントをはためかせた光の英雄だ。背後には太陽の光を背負い、その存在自体がフィールドを照らすように輝いている。
「うぐ……」
この光輝くヒーローの登場は、一瞬の間、霧隠の邪悪な心さえも洗い流すかのように渚の目には映った。しかし、陰り始めた光が、霧隠の身勝手で歪んだ正義がこの程度で浄化される事などあり得ない事を示し直す。
「眩い正義を邪悪な連中は嫌悪する。この光こそ、お前が自身の過ちに気づく最後のチャンスって訳だ。
ま……気づいたとしても、手遅れだがな!特殊召喚したサンライザーの効果により、デッキから《ミラクル・フュージョン》を手札へ加える!」
手札:4枚→5枚
輝きと共にデッキから飛び出したカードを手中に収めると、仮面越しに渚を見定めた霧隠が、手札2枚を掴むと高らかに翳す。
「正義の証明の総仕上げだ!
手札からHEROである《D-HERO ディアボリックガイ》を捨て、《V・HERO ファリス》の効果発動。自身を手札から特殊召喚だ」[守1800]
手札:5枚→3枚
新たに現出したのは、ヴァイオンと同じように頭部へレンズの様な仮面を装着したヒーロー。鋭い爪となっている両手を振るい、対面の渚へ威厳を示す。
「特殊召喚したファリスの効果。デッキより《V・HERO インクリース》を永続罠カード扱いとし、魔法&罠ゾーンへと置くことが出来る」
ファリスのレンズに映し出される別のV・HERO。渚が瞬きした瞬間にそれは出力され、霧隠のフィールドの魔法&罠ゾーンに位置する場所へと上半身だけが現れる。
「俺は《V・HERO ファリス》と《X・HERO ヘル・デバイサー》でリンクマーカーをセット。
リンク召喚!
邪を圧倒せよ、《X・HERO ワンダー・ドライバー》!」[攻1900]
リンク召喚のゲートより、歩きながら現れた新たなヒーロー。カツンと靴の音を響かせ立ち止まり、先端の光る杖を振るう。
「墓地の《D-HERO ディアボリックガイ》を除外し効果発動。
デッキから同名のディアボリックガイを、ワンダー・ドライバーのリンク先へと呼び出す事が出来る!」[守800]
悪魔の様な翼を広げた英雄が、渚を睨むように目を細めながらフィールドへと降り立ち両手を地面につける。彼の出現に反応したように、ワンダー・ドライバーの杖が眩く光っていく。
「リンク先へHEROが呼び出されたことで……墓地の融合カードを再セット出来る効果だったよね」
「余裕そうなフリか鳥女。どんな企みだろうが、俺の正義が全てを打ち壊す!
ワンダー・ドライバーの効果により、墓地から《融合》を対象とし、フィールドへ再セット!
そして……即座に発動!」
霧隠のフィールドへと伏せられた《融合》が表へと返され、フィールドのモンスターを取り込んでいく。
「レベル8の《E-HERO ダーク・ナイト》と《D-HERO ディアボリックガイ》の2体により融合。
融合召喚!
絶対的な死を叩きつけろ、《D-HERO デストロイフェニックスガイ》!」[守2100]
空間が静寂に包まれた刹那、真紅の炎が突如として巻き起こる。その炎はフレイム・ウィングマンの輝く赤い炎とも、インフェルノ・フィングの地獄の青い炎とも異なる……まさに破壊と死の象徴であるような真紅の色をしていた。その炎の中から、赤い翼を広げた人型のモンスターが姿を現す。その鋭い爪はまるで運命を切り裂く刃のようであり、周囲を染める真紅の炎を己の体へと吸収しながら、その存在を確固たるものへと昇華させた。
「ははっ!わざわざ直接融合して呼び出すとはね。
これで、君のくだらない正義とやらを示す盤面が完成したのかな?」
「あぁそうだ。邪悪なお前を撃ち滅ぼす為の正義の力がな……!
カードを2枚伏せ、ターンエンドだ」
手札:3枚→1枚
彼のフィールドへ、数多の英雄が並び立った。動きを縛る黒鉄のダーク・ロウ、光の力で闇を炙り出すサンライザー、不死の体と共に破滅をもたらすデストロイフェニックスガイ。彼らを補佐するのは、3枚の伏せカードと光の杖を携えたワンダー・ドライバーだ。
霧隠ーLP:4000
手札:1枚
[ターン2]
「別にボクだって、自分の事を正義だなんてうそぶくつもりなんかないさ……。だけど、君が正義を自称する事には納得いかないね。
だから、運命って奴に決めて貰う事にするよ。ボクと君、一体どちらが正義に近いのかをね……」
渚は、口元を緩めながら左手の指先をデッキトップへと乗せる。
「覚悟はいいかな霧隠君。この引き1つで、ボク達の生死が決まるんだ。
全く……バカげてるとしか言いようがないよ……」
「あぁ、全くだ。バカらしくて仕方がねぇ。
邪悪なお前如きが、正義である俺に勝てる訳ねぇってのにな?」
自らの正義が証明されると確信し、嘲笑う霧隠。そんな彼の言葉を聞き、小さく笑う渚。
「ははっ、正義か……。
そんなもの、一体どこにあるんだろうね?」
指先に力を込めた渚が、正義を追い求めデッキからカードを勢いよく引き込む。
「ボクのターン、ドロー!!」
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