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Report#53「決意」 作:ランペル
「特殊召喚された2体のデカトロンの効果により、それぞれ自身を《インフェルノイド・ネヘモス》、《インフェルノイド・リリス》として扱い、その名を宿す!」
「そんなことされたらぁ…なぁんにもできないじゃんかぁ!!?」
米花-LP:4000
手札 :4枚
モンスター:なし
魔法&罠 :なし
ーVSー [ターン2]
藤永-LP:4000
手札 :0枚
モンスター:《インフェルノイド・フラッド》[攻]、《インフェルノイド・リリス》[攻]、《インフェルノイド・ネヘモス》[守]、《インフェルノイド・リリス》[守]、《インフェルノイド・ベルフェゴル》[攻]
魔法&罠 :《煉獄の決界》
藤永より渡されたターン2…。
ターンの始めに米花の発動した《ライトニング・ストーム》に対し、《インフェルノイド・ネヘモス》が自らの効果を使い無力化と共に除外した。
しかし、その処理後に発動された罠カード《煉獄の狂宴》により、藤永の制圧盤面は完成する。
「それはすなわち、己が罪を受け入れる事に等しい。
それまた一つの善行ですとも米花。
どうやら神が断罪者として選んだのは俺だったようだ!」
不気味な文様の刻まれたデュエルディスクを振り回しながら、藤永は満ち足りたような顔で女性の顔を覗き込む。
女性は悔しそうに唇を噛み、その口元からは血が流れ落ちていく。
そして、腕時計型のデュエルディスクから表示されるデジタル映像の手札を、上方向にへと指ではじきスライドする。
「ぐぅぅぅぅ……。
フィールド魔法…《家電機塊世界エレクトリリカル・ワールド》…発動ぉ」
手札:4枚→3枚
その発動に反応し、10の真空管を宿す悪魔の姿を薄く形どる首だけとなったモンスター《インフェルノイド・デカトロン》が反応する。
「素晴らしい!己が運命を悟りつつも、その運命に抗おうとする姿勢!
それもまた善行となり得る事でしょう!
であれば、俺もそれに対して向き合うのが裁く者としての務めぇ!
《インフェルノイド・ネヘモス》の効果により、自身をリリースして、相手の魔法か罠カードの発動を無効にし除外です!」
巨大な翼の背後に位置する円盤の下部から上部に向けて、真空管が順番に破裂していく。そのすべてが破裂すると同時に姿が消えるネヘモス。
そして、発動されたフィールド魔法が、虹色に発光し墓地へと送り込まれてしまう。
「うぁぁ!《電幻機塊コンセントロール》を召喚ん。
それを対象に手札の《複写機塊コピーボックル》の効果を発動ぉ…!」
手札:3枚→1枚
ピンクを基調としたカラーリングのコンセントを模した小型の機械モンスターがフィールドへと現れる。差込口としても機能する目できょろきょろと周囲の様子を観察し、それに続くようにフィールドへと現れるはずだったモンスターは、紫色の光を発しながら爆散してしまう。
その原因は、藤永のフィールドで頭部に紫の真空管が9つ刺さった悪魔が、真空管の破裂と共に奇声を上げ姿を消したことにある。
「コピーボックルの効果の発動にチェーンを行う。
《インフェルノイド・リリス》自身をリリースする事で、その発動を無効にし除外です」
デジタル状の手札を掴んだ女性の手からカードが消去される。
カードのなくなった右手を恨めしそうに見つめた後、相手のフィールドを失意と共に見遣る。
まだ、死神のフィールドには《インフェルノイド・フラッド》と本物の《インフェルノイド・リリス》が残されているのだ。
「くそぉ…くそぉ…」
少しずつ失われていく手札。
それと同時に歩み寄って来る己の死…。
「神は俺達を最期まで見届けてくださる!
己の罪を全てこの場で曝け出すのだ!さぁ、吐け!晒せ!
米花の犯した罪の全てがこの場に揃ったのか!?」
いよいよ神に祈るしかなくなった女性は、モンスターゾーンのコンセントロールをスライドさせ墓地へと送る。
この召喚を相手が無効にして来ず、呼び出したモンスターの効果発動を無効にされない事…。そんなあり得ない事に願う事しか出来ない程に詰みの戦いを、女性は力なく続ける。
「コンセントロールでぇ…リンク…召喚…。
LINK1ぃ…《洗濯機塊ランドリードラゴン》…!」
フィールドへと1台の洗濯機が降って来たかと思うと、その各部から両足、小さな腕、翼、尻尾、首が展開され1台のドラゴンが顕現する。
ランドリードラゴンが首を伸ばし、敵となる相手を見遣る前にその視界は自身の足元に及んだ。生えてきたばかりの足は熱でどろどろに溶け始めている。
「相手の特殊召喚の際に、《インフェルノイド・ベルフェゴル》をリリースして《インフェルノイド・フラッド》の効果を発動!
その特殊召喚は無効化され、除外される!」
当然、発動されたフラッドの効果。
フラッドが黄金の爪を振るうと、地面より青い炎が津波となってランドリードラゴンを飲み込んだ。
「そうだよ…ねぇ…」
足から力の抜けた女性が、その場にへたり込んでしまう。
残された1枚の手札と場を何度も何度も、見比べる。
「神は依然として、米花の重ねた罪が重いとそう仰られている様だ。
その残された1枚が最後の罪であろう。神は見咎めて居られる!
楽園への導きの為…今一度自らを振り返るがよい!
神は許しを請えば必ずや、安楽なる道を示してくださるはずだとも」
「許しを請うぅ…??
何を許してもらうんだよぉ。私が何か神様とやらに謝るような事がある訳?
自分の権利を使っただけじゃない!悪い事なの!?
これが悪い事なら、私だけじゃない!みんなが悪い奴だぁ!
なのに、なんで私が死なないといけない訳!?幸せを味わってだけでなんで?
なんで…なんで…なんでぇぇぇ!!!」
頭を抱えた女性は、顔を地面に伏せ泣き出し地面を乱雑に叩く。
そんな様を見た藤永も、膝をついたかと思うと両手を握り合わせ祈りを捧げるようなポーズを取る。
「あぁ…神よ…。
かの者の醜さもまた人としての在り方…。
どうか寛大なる裁きを……!」
「ターンエンド…しないから…しない……」
地面に顔を伏せたまま女性は首を横に振り、ぼそぼそと呟く。
ほんの少しの静寂の時間を、藤永が打ち破る。
「これもまた懺悔の時…。
己を清め、より良き楽園へと行かれんことを…」
「意味わからないよ?
情報屋さんに安全だからって聞いたから来たのに…なんでこうなるのぉ?
なんでこんなにだるいことに巻き込まれてるんだ…。
こいつのせいで…死神のせいだ……」
ぼそぼそと呟く女性は、唇を再び強く噛み一度は固まった血が再び口元から流れ出す。
「苦しいでしょう…悔やまれることでしょう…。
ですが、それもすぐに報われます。米花、お前がここで培った経験の全てが神の示したものだ。すべてはこの地獄より救われる為の準備に過ぎないのです」
焦点の合わない二色の眼で、虚空へと藤永が語り掛ける。
そして、一定時間操作が為されなかった事で女性へとアナウンスで警告が放送される。
ザザッ
「米花様。現在あなたのターンです。これ以上、デュエルを続行しないのであれば、強制的にエンドフェイズに移行し、藤永様のターンへと移行します。よろしいですか?」
ゆらゆらと立ち上がった女性は、目を血走らせ生気のない笑顔をアナウンスの聞こえた方にへと向ける。
「いいよぉ…だってさぁ。
こんなゲームで!こんなキチ ガイに!私が殺される意味って?
ターンエンドなんか待たずにここで殺してやればいいんだよぉ!!!」
女性は突然パジャマの懐に仕込んでいたハサミを取り出すと、藤永に向かって奇声をあげながら走り出す。
それを見た藤永は驚いた表情を見せ、しかしまるで迎え入れるかのように女性へと両腕を伸ばす。
「そうです!
このような地獄の規律に縛られる意味などないのですから!!!」」
真っすぐと向かって行った女性の体は突如として、何者かに弾き飛ばされてしまう。
「うぁぁ…!?」
藤永の前へと立ちふさがる《インフェルノイド・フラッド》が、巨大な手で女性を叩きつけた。
それにより女性は弾き飛ばされ、ハサミと掛けていた眼鏡も遠くにへと飛んで行ってしまう。
「く…そぉぉ……」
米花-LP:4000
手札:1枚
[ターン3]
ザザッ
「米花様がデュエルを放棄されたことにより、藤永様のターンへと移行します」
ターンが強制的に藤永へと移り変わると、藤永は伸ばしていた両腕を降ろして喋り始めた。
「規律とは元来より神が定めたもの。規律があり、それを破った者は罰せられる。
古来より続き、今なお俺達人類が縛られている概念。
さて…裁きを下す者として俺がやる事は、咎人を楽園へと導くことのみ。
それこそが!この地獄からの救済に他ならないから!!!」
手札:0枚→1枚
段々と声の抑揚が上がっていき、多弁に喋り始めた藤永がデッキからカードを引き、即座にバトルフェイズへと移行した。
「《煉獄の決界》により、インフェルノイドの攻撃力は除外されたインフェルノイドの数×100上昇する!つまり、現在の除外数9により、攻撃力が900アップ!
バトルフェイズ、これこそが罪の重さ!
《インフェルノイド・リリス》で米花にダイレクトアタック!」[攻3800]
巨大な翼を広げた蛇の様な姿をした悪魔。
攻撃宣言により、その巨体が倒れた女性の元へと向かう。
「ひ…ぁ…いや…」
まるで鉄の様に硬質化した頭部が、凄まじい勢いで女性の体へと衝突する。
ひ弱な体は痛々しい音を立てながら、背面のシャッターまで弾き飛ばされ激突し、衝撃音が響き渡る。
「が、は、あぁ、あ」
米花LP4000→200
キーーーンとした高音が頭に響く。
それが少し収まりだすと、骨の砕けた感覚と、壮絶な痛みが全身を襲い始める。
呼吸する事もままならない苦痛に包まれていると、それとは別の感覚を皮膚が感じ取った。
それは熱。
シャッターに触れていた地肌の部分が、だんだんと温かくなっていき、次第にそれは人の皮膚が耐えられる温度を超えていく。
到底動き得ないはずの体が、脊髄反射を利用しその場からのけ反る。
「《インフェルノイド・フラッド》で、ダイレクトアタック!
さぁ!楽園はすぐ傍までぇ!!」[攻3900]
女性は、体に与えられた外的刺激を処理するのに手一杯で藤永の攻撃宣言など耳に入らない。
青い炎が波のようにうねり、女性の元まで火力を増しながら流れ込んでいく。
女性がそれに気づいた時には、必死に呼吸する為に開けていた口の中へと炎の津波が濁流となり流し込まれる。
即座に喉を焼かれた彼女は断末魔をあげる事すら叶わない…。
そうして、内と外から同時に身を焼かれた彼女の命はいともたやすく奪われた。
米花LP200→0
ピーーー
「米花様のライフが0になりました。勝者は藤永様です。」
勝者を示すアナウンスが流されると、密室を埋め尽くしていた青い炎が段々と薄れていき、閉じられていたシャッターも開かれていく。
「神のお導きのままに迷える咎人を楽園へと導くことに成功しました!
これでまた俺の善行も積みあがったと言えるでしょう!あぁ、喜ばしい!!」
藤永は炎が晴れ、先程まで人であった黒炭へと感嘆の声を漏らしながら、狂ったように口を動かす。
「不愉快だね…本当に…」
そうしている藤永の前方より、別の女性の声が聞こえる。
その声が耳に届いた藤永は、赤と紫色の両目を大きく見開く。
そして、視線を天井に向けたまま固まり、口角の上がった口を開いた。
「まさか…お前から裁かれに来てくれるとは思っていなかったですよ…。
福原 渚ぁぁ!!!」
その名を叫びながら首を前方に戻した藤永の目の前には、茶色のコートを羽織った黒髪の女性、福原 渚が立っていた。
「裁かれる?冗談だろう。
今日はボクが君を裁きに来たんだ《妄信な死神》」
蔑んだ目でそう言った渚は、右腕のデュエルディスクを構えだす。
ザザッピー
「ただいまよりフリーエリアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:4000
モード:エンカウント
リアルソリッドビジョン起動…。」
「福原 渚…。以前の己が罪から逃れる姿とは大違いではないですか。
やはり、神の導きは間違ってはいなかった訳ですね!
あの時に敢えて泳がす事により、彼女は一人前の咎人へと成長しました!神の与えた試練に耐え抜いた彼女はまるで輝く宝石のように光を放っている!
素晴らしい、素晴らしいですよ福原 渚!
自ら裁きを望む者を神は愛している。必ずやこの俺藤永 伊織が楽園へと導いて差し上げましょう!」
意味のないたわ言を嬉しそうに喋った藤永も、渚に応じデュエルディスクを構えた。
「言っておくけど、お前の死神生活はここで終わりだよ。
米花君も犠牲にしてしまったからね。
今日に、ボクの持ち得る全てをつぎ込む…」
鋭い目つきで、藤永の事を睨む渚は強い語気でそう言い放つ。
「ほほぉ、それもまた素晴らしい。
己の持ち得る全身全霊で事に臨むこともまた善行でしょう。
この俺からいつも逃げ続け、救いを拒んでいた福原 渚…お前がそこまで宣言し、面と向かい合っている…。
いいのか?俺は期待してしまってもいいのか!?
断罪者であるこの俺が、咎人として裁かれるその瞬間をぉぉぉぉ!!!」
淀んでいた瞳をきらきらと輝かせ、興奮している藤永は一方的な期待の眼差しを渚にへと向ける。
それに対して、実に冷たく素っ気なく悪態を渚が返す。
「君が行くところは紛れもない本物の地獄だよ。
この右目の借りもようやっと返せる訳だ…」
右目の眼帯を左手でさすった渚は一拍置き深呼吸し、眼前の狂人を討つ覚悟を示す。
それを受けた藤永は結われた髪を振り乱しながら、驚嘆の声をあげた。
「覚悟しろ、藤永 伊織…。
君を殺してボクはクラスⅢになる…」
「あぁぁぁぁぁ!!!
神よ!ようやく遣わせたのですか!!?俺を裁く者を!
ようやく、実るのですね!俺の善行、断罪、裁きのそのすべてが報われるその時が!
福原 渚ぁ!有言実行してくれよ!!!
俺を殺したいんだろ!
その覚悟とやら、裁きとやら、神より寵愛を賜ったこの俺を超えられんのかよぉ!??」
シャッターで閉じられた狭い空間内が、熱気で満たされる。
「デュエル!」 LP:4000
「デュエル!」 LP:4000
-----
ピー
「先行はアリス様、後攻は本導様になります。」
[ターン1]
濁る緑色の照明が照らされたグリーンフロアでのデュエルが始まった。
「私からね。
手札から《儀式の準備》を発動。デッキから儀式魔法とそれに名前が記された儀式モンスター1体を手札へと加える。
私は、儀式魔法《宣告者の預言》と《神光の宣告者》を手札へ加えるわ」
手札:5枚→6枚
デュエルディスクの画面でサーチカードを選択すると、対応した儀式モンスターと共に2枚のカードがデッキから飛び出す。
「儀式魔法《宣告者の預言》発動!
レベルが6以上になるように手札、フィールドからモンスターを生贄に捧げる…手札からレベル6の《サイバー・エンジェル-弁天-》を生贄にして降臨せよ!
儀式召喚!
レベル6!万物を穿つ宣告者《神光の宣告者》!」[守2800]
手札:6枚→3枚
丸みを帯びた体を持つ人ならざる異形の天使。
翼を広げ、七色の光を発しながらそれがフィールドにへと降り立った。
「ここで、生贄に使った弁天の光属性、天使族のサーチ効果。
そして、儀式魔法《宣告者の預言》の効果で墓地からこのカードを除外する事で、儀式に使った弁天を手札に加える事が出来る」
穂香の目の前で儀式召喚の流れが複雑に披露される。
一気に手札の半分を消費したかと思えば、即座に手札が増えていく。
「なんか、すごい…」
「ふふ、梨沙ちゃんに負けてられないからね!
墓地から弁天を手札に戻し、デッキから《宣告者の神巫》を手札に加えるわ」
手札:3枚→5枚
手札にへとカードを加えた所で、アリスは穂香よりも奥。
恐らくそこにいるであろうフロア主の男にへと再び声を掛ける。
「小さい女の子に戦わせて、自分は高みの見物するの?」
アリスの挑発的な言葉に、フロア主から返事が返されることはない。
「かなり臆病なのね…。
まぁ、気持ちは分からないでもないわよ。でも、やっぱり穂香ちゃんに無理やりデュエルさせるって言うのは許せないわ」
「お祈りのお姉ちゃん…」
不安そうにする穂香が、アリスの顔を伺う。
内より沸きあがる怒りを何とか鎮め、大きく息を吸い込んだアリスはフロア内のどこに居ても聞こえるように、大きな声で話を始める。
「だから提案!
私はこのデュエル。穂香ちゃんに攻撃しない!」
「攻撃を…しない?」
アリスの宣言したデュエルでの制約の意図が分からず困惑する穂香。
それを見たアリスはにっこりと笑って続ける。
「そう!穂香ちゃんにモンスターでの攻撃をしないわ。
結構難しい条件だから、この条件で私が勝ったら穂香ちゃんを解放して欲しいの」
声高にフロア内へ提案を響かせる。
依然として、提案した相手の返事はない。
「あなたの目的が何かは分からないわ。
でも、もし私のデュエルがどんなものかを知る事が目的なら彼女が負けてもそれは達成されるわ。
もし、解放が難しいならせめて穂香ちゃんが負けても殺すような事をしないで欲しいの」
アリスの訴えが、何度もフロアに響く。
しかし、無情にもそれへと返答が返されることはない。
「なんだったら、私が穂香ちゃんの代わりになったっていいわ。
これでも私はブルーフロアのフロア主なの。駒が欲しいなら、出来るだけ実力がある人の方がいいんじゃない?」
「お、お姉ちゃん…!?
ダメだよ…」
恐怖に怯える穂香が咄嗟に声を出し、アリスの提案を拒絶する。
しかし、それでも構わずにアリスは提案を続ける。
「だから、さっき言った縛りを付けて私はデュエルするわ。
あなたに私の実力を知ってもらう必要があるからね。攻撃しなくても勝つ方法が私のデッキで難しいかは、私のデュエルを見て判断して頂戴」
声高に提示する条件。
しかし、それにさえフロア主は反応を示さない。
アリスは、周囲を見渡し反応がない事からそっとため息を零すと、もう一度声を大きくしてフロア主に向けて言葉を飛ばす。
「私がこの子に負けたら、あなたの手駒になるわ。何かしら命を脅す手段を持ってるなら私にそれをすればいい。私は抵抗しない。
そして、私がさっきあげた条件で勝ったらこの子を殺さないで欲しい。その場合でも、穂香ちゃんの解放を条件に私はあなたの指示に従うわ。
どう?どう転んでもあなたの手駒の戦力アップになると思うけど。
たった一晩で穂香ちゃんを拘束する事もなく、従わせてるんだからきっと私が従わざるを得ない力を持ってるんでしょう?」
己の身を天秤にかけた提案。
フロア主の目的は不明だが、フロアにやって来た者へ自分以外の人間をデュエルに向かわせることから、情報収集か用心棒の様な目的があるのだろう。
信用出来るものでもないが、この話に乗って来てくれれば、勝ちさえすれば穂香ちゃんの一旦の無事は担保される。
「ダメ…だめだよお姉ちゃん…。
ほのかの代わりになるなんて…」
まだ決定もしていないが、穂香はこの提案に拒否感を示す。
恐怖で体を震わせていた少女は、この恐怖から助けに来たアリスを遠ざけようと唇を震わせながら言葉を紡ぐ。
「大丈夫穂香ちゃん!
別に死ぬわけじゃないの。私は穂香ちゃんよりは強いと思うから、誰かとデュエルすることになっても死ぬ可能性は低いの。
今はこれしか穂香ちゃんを助ける手が思いつかないから…ごめんなさいね不器用で」
寂し気な笑顔をふっと見せたアリスは、はっとしたように首を振るう。
そして、何度目となるか返答のないフロア主へと問いかける。
「それで?どうなのフロア主さん。
私の提案は受けてもらえるのかしら。私が考えた中であなたのメリットが大きいように考えたつもりなんだけれど」
「ダメだよ…怖いんだよ…。
そんなのダメ…」
穂香がぽつりぽつりと涙を流し出す。
「なるほど……」
そこで突如として暗がりの中から男の声が聞こえる。
「ひ…」
「やっと反応があったわね…」
カチャカチャと義足の音を響かせながら、男は二人の前へ姿を現した。
「フロア主であるあなたが、この子にそこまでの思い入れがあるのは何故です?」
ぼさぼさになった黒髪に黒縁の眼鏡をかけた男が、暗く沈んだ顔で静かにアリスへと問いかける。
「昨日…あなたとデュエルした女の子の大切な子なの。
私はあの子に大きな恩があるわ。
だから、あの子が動けない今…私がここに助けに来たのよ」
「………その程度の事で自分を捨てる選択を取れるかは疑問ですが…。
まぁ、人それぞれです。いいでしょう」
そう言った男は、アリスの方へ向き直ると先ほど提案されたことへの返事をする。
「先程の提案の件、条件を変更すれば応じても構いません」
「条件の変更…?」
「はい。
まずあなたが自分自身で提案した攻撃をしない。
この制限を、穂香へダメージを与えないに変更していただく。
そして、これを破った瞬間に穂香は殺します」
「………」
穂香の命を握る男より語られた明確な殺害宣言。
だが、逆に言えばダメージさえ与えなければ、穂香を殺さないとも取れる。
問題は、自分が穂香に勝った時の処遇だ。
「私が穂香ちゃんに勝った場合は…」
「そちらは概ねあなたの提案通りで構いません。
条件通りにあなたがデュエルで勝った場合には、穂香は殺しません。
そして、あなたとの身柄交換で穂香は開放しましょう」
「…!」
予想以上にすんなりと自分の要求が通った事にアリスは驚く。
少なくとも命さえ取られなければ御の字と思っていたものが、デュエルに勝てれば穂香を解放する事が出来る。
「だ…め…」
しかし、この条件に難色を示す穂香。
か細い声で否定を口にした穂香の方へ男が顔を向ける。
その途端に、顔を伏せて体を震わせ始める。
「そして、穂香。
君は彼女にデュエルで勝ちなさい」
「デュエルに…勝つ…?」
男が穂香へデュエルに勝つことを指示する。
それに加えて、男がその勝利により穂香が得られる恩恵も語る。
「そうすれば、この人に私は何もせずにここから帰しましょう」
「…!」
この言葉にぴくりと穂香は体を震わせる。
「穂香は自分が死ぬのが一番怖いと思っていたんだが、そう言う訳でもないみたいだね。
反応を見ているに、私の元から離れられる事よりもこの女性が自分の代わりになる事の方が嫌みたいだ。
だから、頑張りなさい。君が頑張ってこの人に勝ちさえすれば穂香のお願いをお父さんは聞き入れるから」
男はしゃがみ込み穂香と目線を合わせて話す。
まるで父親が娘をたしなめるように語り掛けるその男に、アリスはとてつもない不快感が沸き立つ。
「なにそれ…。
どこまで穂香ちゃんを苦しめたら気が済むの!?」
アリスの吐いた悪態が耳に入った男は立ち上がると、濁りきった眼でアリスを見定める。
「勘違いしないでもらいましょうか。ここはあなたのフロアではない。
穂香の命もあなたの命さえも、このフロアでは私の所有範囲。あまり私の機嫌を損ねて、この子の頭が吹き飛ぶ方があなたとしても心苦しいでしょう?」
「なっ…」
「ですが、穂香も成長の機会は多い方がいい。
この環境で生きていくには悠長にしていられませんからね。自分の大切な人を守る為に、その大切な人を傷つける覚悟。その経験は、ここで生き抜くには大きな経験の一つとなるでしょうから。
本来は自分自身だけの事を考えてくれる方がいいんですが、穂香はまだ小さい。そんな彼女が大切にするものの為に戦う。その経験は大きな財産となるはずです。
そういう意味では、あなたがしてくれた提案は穂香が大きく成長するものになったとも言えます。その点で、あなたには感謝しないといけませんね?
穂香が見事勝利を納めた暁には、穂香の望み通り私があなたに手を出すことはないと誓いましょう」
そう言い口元を緩ませた男はアリスに背を向け、再び暗がりへと歩きだす。
「(何…言ってるの…この人…?)」
アリスの考えた男の目的。男の口ぶりはそのどれにも当てはまらない。
穂香の成長?覚悟?財産?
本当に父親が娘の将来を願うかのようなその口ぶりと、その手段との乖離に頭が混乱する。穂香の情緒を揺さぶり、苦しい選択を科し、それを成長の機会と宣う。
自分のすることが穂香の為になると疑わない。
おかしい。おかしいのだこんなことは。
「(何度言えばわかる?
あいつがまともな思考回路してるとでも思ってんのか?)」
混乱が止まない自分の頭の中を正すかのように、自分の声が頭に響く。
もう一人の自分がそう言って、正気の世界へと引き戻してくれる。
「ごめん……。
そうだね、まともだったらこんなことになってないもんね…」
自分が今相手にしているのは狂人。
その未知の狂気に正面から向かい合ってはいけない。
自分がするべきことは、この狂った男の隙を突いて穂香を逃がす事だけだ。
「では、確認と行きましょう」
そう言った男が振り返り暗がりから、条件の示し合わせを執り行う。
「アリスさんでしたか?
あなたが穂香に戦闘及び効果でダメージを与えた瞬間に穂香は死にます。
そして、その条件の元あなたが穂香にデュエルで勝てば、あなたの身柄と交換で穂香を解放しましょう。
逆に、穂香があなたにデュエルで勝つことが出来れば、あなたがここから出ていく事に対して私は手を出しません。穂香の、あなたをここから出すというお願いを叶える形ですね。
この条件で問題ありませんか…?」
男がそう言って口を閉じた。
アリスが反応する前に、穂香が小さく声をあげる。
「待って…だめ…。
お祈りのお姉ちゃんにひどいこと…しないで…ください…」
声を震わせながら穂香が男にへと懇願する。
それに男が無慈悲な現実を突きつける。
「別に私はこの提案を飲まなくてもいいんです。
穂香が大切と思っているであろう人の提案と、穂香のお願いを受け入れた条件がこれというだけです。言うなら、私の優しさとでも言いますか。
私の温情が気に入らないと言うならそれもまたいいでしょう。構いませんよ。
それでは、元の約束通り穂香が負けたら死ぬデュエルに戻りますか?」
男は一切表情を変える事無く、冷たく穂香へと言い切る。
「あ…ぁ…」
「穂香が負けても、今度は私がこの人を殺しますよ。
フロアの情報を外で言いふらされても困りますから…。
二人が憐れと思ったからこそ、穂香が勝てば無条件に見逃そうとそう言っているだけです。
私の言っている意味が分からないという訳ではないですよね?」
「やめなさい!」
静かに穂香を追い詰める男に、痺れを切らしたアリスが声を荒げる。
「さっき言った条件で問題ないわ。
戦闘と効果でダメージを与えない事が条件…これはデュエルのルール的にダメージを与えるという意味でいいのよね」
「ええ。
ダメージという定義で、穂香のライフが減る事が穂香が死ぬ条件です」
「あなたの言う条件でデュエルするわ。
だからそれ以上穂香ちゃんを追い詰めるのはやめて。
まだ小さいのに、こんな選択を迫るなんてあんまりよ」
余りに無慈悲な男の穂香への所業。
それへと言及したアリスに向けて、男は目を細め抑揚のない言葉を放つ。
「いいえ?
それが出来なければここではすぐ死にますから。
一生誰かの傍で守ってもらうつもりですか?子供はいつまでも子供ではありませんよ。
小さい子供だからと手を差し伸べてくれていた周りの人間も、この子が大きくなれば情けの感情は次第に薄れていきます。一人では何も出来ない大人を助けてくれる人が一体どこに居るのでしょうか。
だから、穂香が決めないといけません。
穂香が自分で決めないといけないんですよ」
このおかしな空間で狂人が言葉を続けた。
言葉の断片だけを汲み取れば、男の語る話は至極真っ当な事だろうとは思える。
しかし、それがわずか9歳の子供に人を傷つける選択を迫る事が正しいとも思えない。
アリスは募る怒りの感情で何か言葉を投げかけようかと口を開く。
しかし、男の発した言葉に返す言葉が見つけられなかった。
「どうしますか穂香」
穂香の方へと目を向けた男が静かに問う。
穂香は体をぶるぶると震わせてゆっくり男の方へと目を向ける。
「ほのかが…勝ったら…。
お祈りのお姉ちゃんは…死なない…ですか?」
「彼女がここから出ていくなら、私は何もしない」
「もし…お姉ちゃんが、出て行かなかったら…?」
「私に危害を加えるならそれ相応の対応をしないといけなくなるね。
だから、そこは穂香が説得する事だよ」
「………うん。
ほのかが勝ったら…お祈りのお姉ちゃんを見逃してあげてください…」
穂香は再びデュエルディスクを構えなおした。
それを見た男は、フロアの暗がりの中へと歩みを進め消えていく。
「えらいぞ…。
ということだアリスさん。
ぜひ、穂香の為になるデュエルをお願いするよ」
「お祈りのお姉ちゃん」
男が暗がりの中へと姿を消すのを睨みながら見届けたアリスに、穂香が声を掛けてきた。
「ほのか、頑張ってデュエルするよ。
お祈りのお姉ちゃんが、お父さんにひどい事されないように…。
頑張る…」
体を震わせている少女が、無理やり笑顔を作り微笑んだ。
「穂香…ちゃん……」
助けに来たアリスを守るためとは言え、助けられることを穂香は拒んだ。
その決断を下す事が出来た穂香ちゃんの心の強さに驚かされると同時に、アリスは自分が何をしているのかが分からなくなってきてしまう。
「(私が勝っても、穂香ちゃんはそれを望まない…)」
結局、梨沙の助けになりたい。穂香を助けたいというのも自分のエゴでしかなかったのだろうか。このフロアで穂香が受けたであろう恐怖、それを与えたフロア主の男の行為は許されるものではない。
しかし、自衛の術を強引にでも教え込むという話であれば、それはこの実験での最適解なのかもしれない。
もしかしたら、あの男は穂香の行く末を本気で案じているのではないか?
自分のように何も考えずに、ただ助ける事はその場凌ぎに過ぎないのではないか。
「お前バカだなぁ?」
「え…」
切り替わった自分の体からもう一人の自分がそう告げる。
「自分の要求が通ったってのに、何をいじけてるんだ!?」
「要求が通ったって…」
「あいつが言ってただろ、元々はあのガキは負けたら死ぬ約束だったんだ。
それが口約束だとしても、負けても殺さないっつー約束まで漕ぎ着けた。なのに、なんで喜ばない?」
「だって…穂香ちゃんの事を考えたら…」
「あたしがついさっき言った事もう忘れた訳?
ほんっっっとにバカだな!?頭おかしい奴の話を真面目に聞くなよ。
それにあのガキだって人間だ。ペットじゃねぇ。自分を犠牲にするほどの玉があるとは思わなかったがな?
だが、分別のつかねぇガキの言う事を鵜呑みにするのも、十分イカレてると思うがな?」
「それは…!」
アリスに反論させる余地も与えず、もう一人のアリスが畳みかける。
「ガキはガキだ。それらしいことを言われりゃ従っちまうもんだろうが!
それが自分の命やら他の人間の命までかかってるならなおさらな?
お前はあのガキをあの男みたいな狂人に育てたいっつーことか!?」
「そんな訳…ないじゃない…!!」
「ならやる事は簡単だよ。あの男からガキを引き離す。
お前が無策で自分の身を差し出そうとした訳じゃねぇんだろ!?」
たとえ穂香を助け出せたとしても、自分が捕まっては梨沙が気づけば助けに来てしまう事は容易に想像できた。
賭けではあったが、それに対抗する策がない訳ではなかった。
「お前があたふたしてたらガキも安心しようにもできねぇだろうが。
バカなんだから、最初に決めた事をやり通す事だけ考えとけ。一人で物事考えるな。
お前がここに来てるのだって、お前が一人だった時ならあり得ねぇんだから」
「…!」
そうだ。
自分がこれだけ行動を起こしているのは、梨沙が自分を助けてくれたから。
自らの危険も顧みず、心の支えとなってくれたからに他ならない。
長くを生きてきた中で、自分と彼女だけではこの苦しい世界から抜け出す事はどうやっても叶わなかった…。周囲の人間すべてが怖くて、表面では明るく振舞っても相手が何を考えているのか分からなくなった時…。
心が拒絶した時に、彼女が自分の周りの人間を攻撃した。
でも、その拒絶を梨沙は…。こんな危険な環境でさえ、受け止めてくれた。
だからこそ、自分はここに居る。彼女が大切にする人を彼女の代わりに助けに来たのだから…。
「お前は一人で何かが出来るような人間じゃないって事をよーーーく自覚しろ。
考え込むな。バカなお前が考えたって、鬱々とした結果にしかならないよ。
決めた事だけやれ。惑わされるなら相談しろ。口にしなくてもあたしになら話しかけられるだろこのバカ!」
そう言ったもう一人のアリスは、デュエルディスクを勢いよく自身のおでこにぶつけた。
そして、ぶつかる直前に体の制御がアリスに返される。
「いっった…!?」
「(おら、そもそもダメージ与えずにガキを倒さないといけないんだぞ。
あたしはそんなまどろっこしいことやれって言われても無理だ。お前しか出来ないんだよ?)」
「ぜっっったい殴る必要なかったでしょ!?」
「(殴る必要しかなかっただろ!?)」
傍から見るとひとりで暴れている様にしか見えないその説教は、穂香の声で終わりを迎えた。
「お祈りのお姉ちゃん……?」
異様な行動をするアリスに対して穂香が、恐る恐る声を掛ける。
アリスは少し赤くなったおでこをさすりながら、咄嗟に笑顔を作った。
「あ、ごめんね穂香ちゃん!
私バカだからちょっと迷っちゃった。
私の事守ろうとしてくれてありがとう…!
でも、まだお姉ちゃん達にかっこいいとこ見させてよ。
梨沙ちゃんの為にも、このデュエルで証明するよ!」
そう言いにっこりと笑ったアリスは、手札のモンスターを召喚する。
「行くよ…《宣告者の神巫》を召喚!」
手札:5枚→4枚
緑色の照明で薄暗く濁ったフロア内に一筋の光が差し込まれた。
穂香を救い出す決意を新たにしたアリスのデュエルは、ダメージを与えられないハンデを背負い続く…。
「そんなことされたらぁ…なぁんにもできないじゃんかぁ!!?」
米花-LP:4000
手札 :4枚
モンスター:なし
魔法&罠 :なし
ーVSー [ターン2]
藤永-LP:4000
手札 :0枚
モンスター:《インフェルノイド・フラッド》[攻]、《インフェルノイド・リリス》[攻]、《インフェルノイド・ネヘモス》[守]、《インフェルノイド・リリス》[守]、《インフェルノイド・ベルフェゴル》[攻]
魔法&罠 :《煉獄の決界》
藤永より渡されたターン2…。
ターンの始めに米花の発動した《ライトニング・ストーム》に対し、《インフェルノイド・ネヘモス》が自らの効果を使い無力化と共に除外した。
しかし、その処理後に発動された罠カード《煉獄の狂宴》により、藤永の制圧盤面は完成する。
「それはすなわち、己が罪を受け入れる事に等しい。
それまた一つの善行ですとも米花。
どうやら神が断罪者として選んだのは俺だったようだ!」
不気味な文様の刻まれたデュエルディスクを振り回しながら、藤永は満ち足りたような顔で女性の顔を覗き込む。
女性は悔しそうに唇を噛み、その口元からは血が流れ落ちていく。
そして、腕時計型のデュエルディスクから表示されるデジタル映像の手札を、上方向にへと指ではじきスライドする。
「ぐぅぅぅぅ……。
フィールド魔法…《家電機塊世界エレクトリリカル・ワールド》…発動ぉ」
手札:4枚→3枚
その発動に反応し、10の真空管を宿す悪魔の姿を薄く形どる首だけとなったモンスター《インフェルノイド・デカトロン》が反応する。
「素晴らしい!己が運命を悟りつつも、その運命に抗おうとする姿勢!
それもまた善行となり得る事でしょう!
であれば、俺もそれに対して向き合うのが裁く者としての務めぇ!
《インフェルノイド・ネヘモス》の効果により、自身をリリースして、相手の魔法か罠カードの発動を無効にし除外です!」
巨大な翼の背後に位置する円盤の下部から上部に向けて、真空管が順番に破裂していく。そのすべてが破裂すると同時に姿が消えるネヘモス。
そして、発動されたフィールド魔法が、虹色に発光し墓地へと送り込まれてしまう。
「うぁぁ!《電幻機塊コンセントロール》を召喚ん。
それを対象に手札の《複写機塊コピーボックル》の効果を発動ぉ…!」
手札:3枚→1枚
ピンクを基調としたカラーリングのコンセントを模した小型の機械モンスターがフィールドへと現れる。差込口としても機能する目できょろきょろと周囲の様子を観察し、それに続くようにフィールドへと現れるはずだったモンスターは、紫色の光を発しながら爆散してしまう。
その原因は、藤永のフィールドで頭部に紫の真空管が9つ刺さった悪魔が、真空管の破裂と共に奇声を上げ姿を消したことにある。
「コピーボックルの効果の発動にチェーンを行う。
《インフェルノイド・リリス》自身をリリースする事で、その発動を無効にし除外です」
デジタル状の手札を掴んだ女性の手からカードが消去される。
カードのなくなった右手を恨めしそうに見つめた後、相手のフィールドを失意と共に見遣る。
まだ、死神のフィールドには《インフェルノイド・フラッド》と本物の《インフェルノイド・リリス》が残されているのだ。
「くそぉ…くそぉ…」
少しずつ失われていく手札。
それと同時に歩み寄って来る己の死…。
「神は俺達を最期まで見届けてくださる!
己の罪を全てこの場で曝け出すのだ!さぁ、吐け!晒せ!
米花の犯した罪の全てがこの場に揃ったのか!?」
いよいよ神に祈るしかなくなった女性は、モンスターゾーンのコンセントロールをスライドさせ墓地へと送る。
この召喚を相手が無効にして来ず、呼び出したモンスターの効果発動を無効にされない事…。そんなあり得ない事に願う事しか出来ない程に詰みの戦いを、女性は力なく続ける。
「コンセントロールでぇ…リンク…召喚…。
LINK1ぃ…《洗濯機塊ランドリードラゴン》…!」
フィールドへと1台の洗濯機が降って来たかと思うと、その各部から両足、小さな腕、翼、尻尾、首が展開され1台のドラゴンが顕現する。
ランドリードラゴンが首を伸ばし、敵となる相手を見遣る前にその視界は自身の足元に及んだ。生えてきたばかりの足は熱でどろどろに溶け始めている。
「相手の特殊召喚の際に、《インフェルノイド・ベルフェゴル》をリリースして《インフェルノイド・フラッド》の効果を発動!
その特殊召喚は無効化され、除外される!」
当然、発動されたフラッドの効果。
フラッドが黄金の爪を振るうと、地面より青い炎が津波となってランドリードラゴンを飲み込んだ。
「そうだよ…ねぇ…」
足から力の抜けた女性が、その場にへたり込んでしまう。
残された1枚の手札と場を何度も何度も、見比べる。
「神は依然として、米花の重ねた罪が重いとそう仰られている様だ。
その残された1枚が最後の罪であろう。神は見咎めて居られる!
楽園への導きの為…今一度自らを振り返るがよい!
神は許しを請えば必ずや、安楽なる道を示してくださるはずだとも」
「許しを請うぅ…??
何を許してもらうんだよぉ。私が何か神様とやらに謝るような事がある訳?
自分の権利を使っただけじゃない!悪い事なの!?
これが悪い事なら、私だけじゃない!みんなが悪い奴だぁ!
なのに、なんで私が死なないといけない訳!?幸せを味わってだけでなんで?
なんで…なんで…なんでぇぇぇ!!!」
頭を抱えた女性は、顔を地面に伏せ泣き出し地面を乱雑に叩く。
そんな様を見た藤永も、膝をついたかと思うと両手を握り合わせ祈りを捧げるようなポーズを取る。
「あぁ…神よ…。
かの者の醜さもまた人としての在り方…。
どうか寛大なる裁きを……!」
「ターンエンド…しないから…しない……」
地面に顔を伏せたまま女性は首を横に振り、ぼそぼそと呟く。
ほんの少しの静寂の時間を、藤永が打ち破る。
「これもまた懺悔の時…。
己を清め、より良き楽園へと行かれんことを…」
「意味わからないよ?
情報屋さんに安全だからって聞いたから来たのに…なんでこうなるのぉ?
なんでこんなにだるいことに巻き込まれてるんだ…。
こいつのせいで…死神のせいだ……」
ぼそぼそと呟く女性は、唇を再び強く噛み一度は固まった血が再び口元から流れ出す。
「苦しいでしょう…悔やまれることでしょう…。
ですが、それもすぐに報われます。米花、お前がここで培った経験の全てが神の示したものだ。すべてはこの地獄より救われる為の準備に過ぎないのです」
焦点の合わない二色の眼で、虚空へと藤永が語り掛ける。
そして、一定時間操作が為されなかった事で女性へとアナウンスで警告が放送される。
ザザッ
「米花様。現在あなたのターンです。これ以上、デュエルを続行しないのであれば、強制的にエンドフェイズに移行し、藤永様のターンへと移行します。よろしいですか?」
ゆらゆらと立ち上がった女性は、目を血走らせ生気のない笑顔をアナウンスの聞こえた方にへと向ける。
「いいよぉ…だってさぁ。
こんなゲームで!こんなキチ ガイに!私が殺される意味って?
ターンエンドなんか待たずにここで殺してやればいいんだよぉ!!!」
女性は突然パジャマの懐に仕込んでいたハサミを取り出すと、藤永に向かって奇声をあげながら走り出す。
それを見た藤永は驚いた表情を見せ、しかしまるで迎え入れるかのように女性へと両腕を伸ばす。
「そうです!
このような地獄の規律に縛られる意味などないのですから!!!」」
真っすぐと向かって行った女性の体は突如として、何者かに弾き飛ばされてしまう。
「うぁぁ…!?」
藤永の前へと立ちふさがる《インフェルノイド・フラッド》が、巨大な手で女性を叩きつけた。
それにより女性は弾き飛ばされ、ハサミと掛けていた眼鏡も遠くにへと飛んで行ってしまう。
「く…そぉぉ……」
米花-LP:4000
手札:1枚
[ターン3]
ザザッ
「米花様がデュエルを放棄されたことにより、藤永様のターンへと移行します」
ターンが強制的に藤永へと移り変わると、藤永は伸ばしていた両腕を降ろして喋り始めた。
「規律とは元来より神が定めたもの。規律があり、それを破った者は罰せられる。
古来より続き、今なお俺達人類が縛られている概念。
さて…裁きを下す者として俺がやる事は、咎人を楽園へと導くことのみ。
それこそが!この地獄からの救済に他ならないから!!!」
手札:0枚→1枚
段々と声の抑揚が上がっていき、多弁に喋り始めた藤永がデッキからカードを引き、即座にバトルフェイズへと移行した。
「《煉獄の決界》により、インフェルノイドの攻撃力は除外されたインフェルノイドの数×100上昇する!つまり、現在の除外数9により、攻撃力が900アップ!
バトルフェイズ、これこそが罪の重さ!
《インフェルノイド・リリス》で米花にダイレクトアタック!」[攻3800]
巨大な翼を広げた蛇の様な姿をした悪魔。
攻撃宣言により、その巨体が倒れた女性の元へと向かう。
「ひ…ぁ…いや…」
まるで鉄の様に硬質化した頭部が、凄まじい勢いで女性の体へと衝突する。
ひ弱な体は痛々しい音を立てながら、背面のシャッターまで弾き飛ばされ激突し、衝撃音が響き渡る。
「が、は、あぁ、あ」
米花LP4000→200
キーーーンとした高音が頭に響く。
それが少し収まりだすと、骨の砕けた感覚と、壮絶な痛みが全身を襲い始める。
呼吸する事もままならない苦痛に包まれていると、それとは別の感覚を皮膚が感じ取った。
それは熱。
シャッターに触れていた地肌の部分が、だんだんと温かくなっていき、次第にそれは人の皮膚が耐えられる温度を超えていく。
到底動き得ないはずの体が、脊髄反射を利用しその場からのけ反る。
「《インフェルノイド・フラッド》で、ダイレクトアタック!
さぁ!楽園はすぐ傍までぇ!!」[攻3900]
女性は、体に与えられた外的刺激を処理するのに手一杯で藤永の攻撃宣言など耳に入らない。
青い炎が波のようにうねり、女性の元まで火力を増しながら流れ込んでいく。
女性がそれに気づいた時には、必死に呼吸する為に開けていた口の中へと炎の津波が濁流となり流し込まれる。
即座に喉を焼かれた彼女は断末魔をあげる事すら叶わない…。
そうして、内と外から同時に身を焼かれた彼女の命はいともたやすく奪われた。
米花LP200→0
ピーーー
「米花様のライフが0になりました。勝者は藤永様です。」
勝者を示すアナウンスが流されると、密室を埋め尽くしていた青い炎が段々と薄れていき、閉じられていたシャッターも開かれていく。
「神のお導きのままに迷える咎人を楽園へと導くことに成功しました!
これでまた俺の善行も積みあがったと言えるでしょう!あぁ、喜ばしい!!」
藤永は炎が晴れ、先程まで人であった黒炭へと感嘆の声を漏らしながら、狂ったように口を動かす。
「不愉快だね…本当に…」
そうしている藤永の前方より、別の女性の声が聞こえる。
その声が耳に届いた藤永は、赤と紫色の両目を大きく見開く。
そして、視線を天井に向けたまま固まり、口角の上がった口を開いた。
「まさか…お前から裁かれに来てくれるとは思っていなかったですよ…。
福原 渚ぁぁ!!!」
その名を叫びながら首を前方に戻した藤永の目の前には、茶色のコートを羽織った黒髪の女性、福原 渚が立っていた。
「裁かれる?冗談だろう。
今日はボクが君を裁きに来たんだ《妄信な死神》」
蔑んだ目でそう言った渚は、右腕のデュエルディスクを構えだす。
ザザッピー
「ただいまよりフリーエリアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:4000
モード:エンカウント
リアルソリッドビジョン起動…。」
「福原 渚…。以前の己が罪から逃れる姿とは大違いではないですか。
やはり、神の導きは間違ってはいなかった訳ですね!
あの時に敢えて泳がす事により、彼女は一人前の咎人へと成長しました!神の与えた試練に耐え抜いた彼女はまるで輝く宝石のように光を放っている!
素晴らしい、素晴らしいですよ福原 渚!
自ら裁きを望む者を神は愛している。必ずやこの俺藤永 伊織が楽園へと導いて差し上げましょう!」
意味のないたわ言を嬉しそうに喋った藤永も、渚に応じデュエルディスクを構えた。
「言っておくけど、お前の死神生活はここで終わりだよ。
米花君も犠牲にしてしまったからね。
今日に、ボクの持ち得る全てをつぎ込む…」
鋭い目つきで、藤永の事を睨む渚は強い語気でそう言い放つ。
「ほほぉ、それもまた素晴らしい。
己の持ち得る全身全霊で事に臨むこともまた善行でしょう。
この俺からいつも逃げ続け、救いを拒んでいた福原 渚…お前がそこまで宣言し、面と向かい合っている…。
いいのか?俺は期待してしまってもいいのか!?
断罪者であるこの俺が、咎人として裁かれるその瞬間をぉぉぉぉ!!!」
淀んでいた瞳をきらきらと輝かせ、興奮している藤永は一方的な期待の眼差しを渚にへと向ける。
それに対して、実に冷たく素っ気なく悪態を渚が返す。
「君が行くところは紛れもない本物の地獄だよ。
この右目の借りもようやっと返せる訳だ…」
右目の眼帯を左手でさすった渚は一拍置き深呼吸し、眼前の狂人を討つ覚悟を示す。
それを受けた藤永は結われた髪を振り乱しながら、驚嘆の声をあげた。
「覚悟しろ、藤永 伊織…。
君を殺してボクはクラスⅢになる…」
「あぁぁぁぁぁ!!!
神よ!ようやく遣わせたのですか!!?俺を裁く者を!
ようやく、実るのですね!俺の善行、断罪、裁きのそのすべてが報われるその時が!
福原 渚ぁ!有言実行してくれよ!!!
俺を殺したいんだろ!
その覚悟とやら、裁きとやら、神より寵愛を賜ったこの俺を超えられんのかよぉ!??」
シャッターで閉じられた狭い空間内が、熱気で満たされる。
「デュエル!」 LP:4000
「デュエル!」 LP:4000
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ピー
「先行はアリス様、後攻は本導様になります。」
[ターン1]
濁る緑色の照明が照らされたグリーンフロアでのデュエルが始まった。
「私からね。
手札から《儀式の準備》を発動。デッキから儀式魔法とそれに名前が記された儀式モンスター1体を手札へと加える。
私は、儀式魔法《宣告者の預言》と《神光の宣告者》を手札へ加えるわ」
手札:5枚→6枚
デュエルディスクの画面でサーチカードを選択すると、対応した儀式モンスターと共に2枚のカードがデッキから飛び出す。
「儀式魔法《宣告者の預言》発動!
レベルが6以上になるように手札、フィールドからモンスターを生贄に捧げる…手札からレベル6の《サイバー・エンジェル-弁天-》を生贄にして降臨せよ!
儀式召喚!
レベル6!万物を穿つ宣告者《神光の宣告者》!」[守2800]
手札:6枚→3枚
丸みを帯びた体を持つ人ならざる異形の天使。
翼を広げ、七色の光を発しながらそれがフィールドにへと降り立った。
「ここで、生贄に使った弁天の光属性、天使族のサーチ効果。
そして、儀式魔法《宣告者の預言》の効果で墓地からこのカードを除外する事で、儀式に使った弁天を手札に加える事が出来る」
穂香の目の前で儀式召喚の流れが複雑に披露される。
一気に手札の半分を消費したかと思えば、即座に手札が増えていく。
「なんか、すごい…」
「ふふ、梨沙ちゃんに負けてられないからね!
墓地から弁天を手札に戻し、デッキから《宣告者の神巫》を手札に加えるわ」
手札:3枚→5枚
手札にへとカードを加えた所で、アリスは穂香よりも奥。
恐らくそこにいるであろうフロア主の男にへと再び声を掛ける。
「小さい女の子に戦わせて、自分は高みの見物するの?」
アリスの挑発的な言葉に、フロア主から返事が返されることはない。
「かなり臆病なのね…。
まぁ、気持ちは分からないでもないわよ。でも、やっぱり穂香ちゃんに無理やりデュエルさせるって言うのは許せないわ」
「お祈りのお姉ちゃん…」
不安そうにする穂香が、アリスの顔を伺う。
内より沸きあがる怒りを何とか鎮め、大きく息を吸い込んだアリスはフロア内のどこに居ても聞こえるように、大きな声で話を始める。
「だから提案!
私はこのデュエル。穂香ちゃんに攻撃しない!」
「攻撃を…しない?」
アリスの宣言したデュエルでの制約の意図が分からず困惑する穂香。
それを見たアリスはにっこりと笑って続ける。
「そう!穂香ちゃんにモンスターでの攻撃をしないわ。
結構難しい条件だから、この条件で私が勝ったら穂香ちゃんを解放して欲しいの」
声高にフロア内へ提案を響かせる。
依然として、提案した相手の返事はない。
「あなたの目的が何かは分からないわ。
でも、もし私のデュエルがどんなものかを知る事が目的なら彼女が負けてもそれは達成されるわ。
もし、解放が難しいならせめて穂香ちゃんが負けても殺すような事をしないで欲しいの」
アリスの訴えが、何度もフロアに響く。
しかし、無情にもそれへと返答が返されることはない。
「なんだったら、私が穂香ちゃんの代わりになったっていいわ。
これでも私はブルーフロアのフロア主なの。駒が欲しいなら、出来るだけ実力がある人の方がいいんじゃない?」
「お、お姉ちゃん…!?
ダメだよ…」
恐怖に怯える穂香が咄嗟に声を出し、アリスの提案を拒絶する。
しかし、それでも構わずにアリスは提案を続ける。
「だから、さっき言った縛りを付けて私はデュエルするわ。
あなたに私の実力を知ってもらう必要があるからね。攻撃しなくても勝つ方法が私のデッキで難しいかは、私のデュエルを見て判断して頂戴」
声高に提示する条件。
しかし、それにさえフロア主は反応を示さない。
アリスは、周囲を見渡し反応がない事からそっとため息を零すと、もう一度声を大きくしてフロア主に向けて言葉を飛ばす。
「私がこの子に負けたら、あなたの手駒になるわ。何かしら命を脅す手段を持ってるなら私にそれをすればいい。私は抵抗しない。
そして、私がさっきあげた条件で勝ったらこの子を殺さないで欲しい。その場合でも、穂香ちゃんの解放を条件に私はあなたの指示に従うわ。
どう?どう転んでもあなたの手駒の戦力アップになると思うけど。
たった一晩で穂香ちゃんを拘束する事もなく、従わせてるんだからきっと私が従わざるを得ない力を持ってるんでしょう?」
己の身を天秤にかけた提案。
フロア主の目的は不明だが、フロアにやって来た者へ自分以外の人間をデュエルに向かわせることから、情報収集か用心棒の様な目的があるのだろう。
信用出来るものでもないが、この話に乗って来てくれれば、勝ちさえすれば穂香ちゃんの一旦の無事は担保される。
「ダメ…だめだよお姉ちゃん…。
ほのかの代わりになるなんて…」
まだ決定もしていないが、穂香はこの提案に拒否感を示す。
恐怖で体を震わせていた少女は、この恐怖から助けに来たアリスを遠ざけようと唇を震わせながら言葉を紡ぐ。
「大丈夫穂香ちゃん!
別に死ぬわけじゃないの。私は穂香ちゃんよりは強いと思うから、誰かとデュエルすることになっても死ぬ可能性は低いの。
今はこれしか穂香ちゃんを助ける手が思いつかないから…ごめんなさいね不器用で」
寂し気な笑顔をふっと見せたアリスは、はっとしたように首を振るう。
そして、何度目となるか返答のないフロア主へと問いかける。
「それで?どうなのフロア主さん。
私の提案は受けてもらえるのかしら。私が考えた中であなたのメリットが大きいように考えたつもりなんだけれど」
「ダメだよ…怖いんだよ…。
そんなのダメ…」
穂香がぽつりぽつりと涙を流し出す。
「なるほど……」
そこで突如として暗がりの中から男の声が聞こえる。
「ひ…」
「やっと反応があったわね…」
カチャカチャと義足の音を響かせながら、男は二人の前へ姿を現した。
「フロア主であるあなたが、この子にそこまでの思い入れがあるのは何故です?」
ぼさぼさになった黒髪に黒縁の眼鏡をかけた男が、暗く沈んだ顔で静かにアリスへと問いかける。
「昨日…あなたとデュエルした女の子の大切な子なの。
私はあの子に大きな恩があるわ。
だから、あの子が動けない今…私がここに助けに来たのよ」
「………その程度の事で自分を捨てる選択を取れるかは疑問ですが…。
まぁ、人それぞれです。いいでしょう」
そう言った男は、アリスの方へ向き直ると先ほど提案されたことへの返事をする。
「先程の提案の件、条件を変更すれば応じても構いません」
「条件の変更…?」
「はい。
まずあなたが自分自身で提案した攻撃をしない。
この制限を、穂香へダメージを与えないに変更していただく。
そして、これを破った瞬間に穂香は殺します」
「………」
穂香の命を握る男より語られた明確な殺害宣言。
だが、逆に言えばダメージさえ与えなければ、穂香を殺さないとも取れる。
問題は、自分が穂香に勝った時の処遇だ。
「私が穂香ちゃんに勝った場合は…」
「そちらは概ねあなたの提案通りで構いません。
条件通りにあなたがデュエルで勝った場合には、穂香は殺しません。
そして、あなたとの身柄交換で穂香は開放しましょう」
「…!」
予想以上にすんなりと自分の要求が通った事にアリスは驚く。
少なくとも命さえ取られなければ御の字と思っていたものが、デュエルに勝てれば穂香を解放する事が出来る。
「だ…め…」
しかし、この条件に難色を示す穂香。
か細い声で否定を口にした穂香の方へ男が顔を向ける。
その途端に、顔を伏せて体を震わせ始める。
「そして、穂香。
君は彼女にデュエルで勝ちなさい」
「デュエルに…勝つ…?」
男が穂香へデュエルに勝つことを指示する。
それに加えて、男がその勝利により穂香が得られる恩恵も語る。
「そうすれば、この人に私は何もせずにここから帰しましょう」
「…!」
この言葉にぴくりと穂香は体を震わせる。
「穂香は自分が死ぬのが一番怖いと思っていたんだが、そう言う訳でもないみたいだね。
反応を見ているに、私の元から離れられる事よりもこの女性が自分の代わりになる事の方が嫌みたいだ。
だから、頑張りなさい。君が頑張ってこの人に勝ちさえすれば穂香のお願いをお父さんは聞き入れるから」
男はしゃがみ込み穂香と目線を合わせて話す。
まるで父親が娘をたしなめるように語り掛けるその男に、アリスはとてつもない不快感が沸き立つ。
「なにそれ…。
どこまで穂香ちゃんを苦しめたら気が済むの!?」
アリスの吐いた悪態が耳に入った男は立ち上がると、濁りきった眼でアリスを見定める。
「勘違いしないでもらいましょうか。ここはあなたのフロアではない。
穂香の命もあなたの命さえも、このフロアでは私の所有範囲。あまり私の機嫌を損ねて、この子の頭が吹き飛ぶ方があなたとしても心苦しいでしょう?」
「なっ…」
「ですが、穂香も成長の機会は多い方がいい。
この環境で生きていくには悠長にしていられませんからね。自分の大切な人を守る為に、その大切な人を傷つける覚悟。その経験は、ここで生き抜くには大きな経験の一つとなるでしょうから。
本来は自分自身だけの事を考えてくれる方がいいんですが、穂香はまだ小さい。そんな彼女が大切にするものの為に戦う。その経験は大きな財産となるはずです。
そういう意味では、あなたがしてくれた提案は穂香が大きく成長するものになったとも言えます。その点で、あなたには感謝しないといけませんね?
穂香が見事勝利を納めた暁には、穂香の望み通り私があなたに手を出すことはないと誓いましょう」
そう言い口元を緩ませた男はアリスに背を向け、再び暗がりへと歩きだす。
「(何…言ってるの…この人…?)」
アリスの考えた男の目的。男の口ぶりはそのどれにも当てはまらない。
穂香の成長?覚悟?財産?
本当に父親が娘の将来を願うかのようなその口ぶりと、その手段との乖離に頭が混乱する。穂香の情緒を揺さぶり、苦しい選択を科し、それを成長の機会と宣う。
自分のすることが穂香の為になると疑わない。
おかしい。おかしいのだこんなことは。
「(何度言えばわかる?
あいつがまともな思考回路してるとでも思ってんのか?)」
混乱が止まない自分の頭の中を正すかのように、自分の声が頭に響く。
もう一人の自分がそう言って、正気の世界へと引き戻してくれる。
「ごめん……。
そうだね、まともだったらこんなことになってないもんね…」
自分が今相手にしているのは狂人。
その未知の狂気に正面から向かい合ってはいけない。
自分がするべきことは、この狂った男の隙を突いて穂香を逃がす事だけだ。
「では、確認と行きましょう」
そう言った男が振り返り暗がりから、条件の示し合わせを執り行う。
「アリスさんでしたか?
あなたが穂香に戦闘及び効果でダメージを与えた瞬間に穂香は死にます。
そして、その条件の元あなたが穂香にデュエルで勝てば、あなたの身柄と交換で穂香を解放しましょう。
逆に、穂香があなたにデュエルで勝つことが出来れば、あなたがここから出ていく事に対して私は手を出しません。穂香の、あなたをここから出すというお願いを叶える形ですね。
この条件で問題ありませんか…?」
男がそう言って口を閉じた。
アリスが反応する前に、穂香が小さく声をあげる。
「待って…だめ…。
お祈りのお姉ちゃんにひどいこと…しないで…ください…」
声を震わせながら穂香が男にへと懇願する。
それに男が無慈悲な現実を突きつける。
「別に私はこの提案を飲まなくてもいいんです。
穂香が大切と思っているであろう人の提案と、穂香のお願いを受け入れた条件がこれというだけです。言うなら、私の優しさとでも言いますか。
私の温情が気に入らないと言うならそれもまたいいでしょう。構いませんよ。
それでは、元の約束通り穂香が負けたら死ぬデュエルに戻りますか?」
男は一切表情を変える事無く、冷たく穂香へと言い切る。
「あ…ぁ…」
「穂香が負けても、今度は私がこの人を殺しますよ。
フロアの情報を外で言いふらされても困りますから…。
二人が憐れと思ったからこそ、穂香が勝てば無条件に見逃そうとそう言っているだけです。
私の言っている意味が分からないという訳ではないですよね?」
「やめなさい!」
静かに穂香を追い詰める男に、痺れを切らしたアリスが声を荒げる。
「さっき言った条件で問題ないわ。
戦闘と効果でダメージを与えない事が条件…これはデュエルのルール的にダメージを与えるという意味でいいのよね」
「ええ。
ダメージという定義で、穂香のライフが減る事が穂香が死ぬ条件です」
「あなたの言う条件でデュエルするわ。
だからそれ以上穂香ちゃんを追い詰めるのはやめて。
まだ小さいのに、こんな選択を迫るなんてあんまりよ」
余りに無慈悲な男の穂香への所業。
それへと言及したアリスに向けて、男は目を細め抑揚のない言葉を放つ。
「いいえ?
それが出来なければここではすぐ死にますから。
一生誰かの傍で守ってもらうつもりですか?子供はいつまでも子供ではありませんよ。
小さい子供だからと手を差し伸べてくれていた周りの人間も、この子が大きくなれば情けの感情は次第に薄れていきます。一人では何も出来ない大人を助けてくれる人が一体どこに居るのでしょうか。
だから、穂香が決めないといけません。
穂香が自分で決めないといけないんですよ」
このおかしな空間で狂人が言葉を続けた。
言葉の断片だけを汲み取れば、男の語る話は至極真っ当な事だろうとは思える。
しかし、それがわずか9歳の子供に人を傷つける選択を迫る事が正しいとも思えない。
アリスは募る怒りの感情で何か言葉を投げかけようかと口を開く。
しかし、男の発した言葉に返す言葉が見つけられなかった。
「どうしますか穂香」
穂香の方へと目を向けた男が静かに問う。
穂香は体をぶるぶると震わせてゆっくり男の方へと目を向ける。
「ほのかが…勝ったら…。
お祈りのお姉ちゃんは…死なない…ですか?」
「彼女がここから出ていくなら、私は何もしない」
「もし…お姉ちゃんが、出て行かなかったら…?」
「私に危害を加えるならそれ相応の対応をしないといけなくなるね。
だから、そこは穂香が説得する事だよ」
「………うん。
ほのかが勝ったら…お祈りのお姉ちゃんを見逃してあげてください…」
穂香は再びデュエルディスクを構えなおした。
それを見た男は、フロアの暗がりの中へと歩みを進め消えていく。
「えらいぞ…。
ということだアリスさん。
ぜひ、穂香の為になるデュエルをお願いするよ」
「お祈りのお姉ちゃん」
男が暗がりの中へと姿を消すのを睨みながら見届けたアリスに、穂香が声を掛けてきた。
「ほのか、頑張ってデュエルするよ。
お祈りのお姉ちゃんが、お父さんにひどい事されないように…。
頑張る…」
体を震わせている少女が、無理やり笑顔を作り微笑んだ。
「穂香…ちゃん……」
助けに来たアリスを守るためとは言え、助けられることを穂香は拒んだ。
その決断を下す事が出来た穂香ちゃんの心の強さに驚かされると同時に、アリスは自分が何をしているのかが分からなくなってきてしまう。
「(私が勝っても、穂香ちゃんはそれを望まない…)」
結局、梨沙の助けになりたい。穂香を助けたいというのも自分のエゴでしかなかったのだろうか。このフロアで穂香が受けたであろう恐怖、それを与えたフロア主の男の行為は許されるものではない。
しかし、自衛の術を強引にでも教え込むという話であれば、それはこの実験での最適解なのかもしれない。
もしかしたら、あの男は穂香の行く末を本気で案じているのではないか?
自分のように何も考えずに、ただ助ける事はその場凌ぎに過ぎないのではないか。
「お前バカだなぁ?」
「え…」
切り替わった自分の体からもう一人の自分がそう告げる。
「自分の要求が通ったってのに、何をいじけてるんだ!?」
「要求が通ったって…」
「あいつが言ってただろ、元々はあのガキは負けたら死ぬ約束だったんだ。
それが口約束だとしても、負けても殺さないっつー約束まで漕ぎ着けた。なのに、なんで喜ばない?」
「だって…穂香ちゃんの事を考えたら…」
「あたしがついさっき言った事もう忘れた訳?
ほんっっっとにバカだな!?頭おかしい奴の話を真面目に聞くなよ。
それにあのガキだって人間だ。ペットじゃねぇ。自分を犠牲にするほどの玉があるとは思わなかったがな?
だが、分別のつかねぇガキの言う事を鵜呑みにするのも、十分イカレてると思うがな?」
「それは…!」
アリスに反論させる余地も与えず、もう一人のアリスが畳みかける。
「ガキはガキだ。それらしいことを言われりゃ従っちまうもんだろうが!
それが自分の命やら他の人間の命までかかってるならなおさらな?
お前はあのガキをあの男みたいな狂人に育てたいっつーことか!?」
「そんな訳…ないじゃない…!!」
「ならやる事は簡単だよ。あの男からガキを引き離す。
お前が無策で自分の身を差し出そうとした訳じゃねぇんだろ!?」
たとえ穂香を助け出せたとしても、自分が捕まっては梨沙が気づけば助けに来てしまう事は容易に想像できた。
賭けではあったが、それに対抗する策がない訳ではなかった。
「お前があたふたしてたらガキも安心しようにもできねぇだろうが。
バカなんだから、最初に決めた事をやり通す事だけ考えとけ。一人で物事考えるな。
お前がここに来てるのだって、お前が一人だった時ならあり得ねぇんだから」
「…!」
そうだ。
自分がこれだけ行動を起こしているのは、梨沙が自分を助けてくれたから。
自らの危険も顧みず、心の支えとなってくれたからに他ならない。
長くを生きてきた中で、自分と彼女だけではこの苦しい世界から抜け出す事はどうやっても叶わなかった…。周囲の人間すべてが怖くて、表面では明るく振舞っても相手が何を考えているのか分からなくなった時…。
心が拒絶した時に、彼女が自分の周りの人間を攻撃した。
でも、その拒絶を梨沙は…。こんな危険な環境でさえ、受け止めてくれた。
だからこそ、自分はここに居る。彼女が大切にする人を彼女の代わりに助けに来たのだから…。
「お前は一人で何かが出来るような人間じゃないって事をよーーーく自覚しろ。
考え込むな。バカなお前が考えたって、鬱々とした結果にしかならないよ。
決めた事だけやれ。惑わされるなら相談しろ。口にしなくてもあたしになら話しかけられるだろこのバカ!」
そう言ったもう一人のアリスは、デュエルディスクを勢いよく自身のおでこにぶつけた。
そして、ぶつかる直前に体の制御がアリスに返される。
「いっった…!?」
「(おら、そもそもダメージ与えずにガキを倒さないといけないんだぞ。
あたしはそんなまどろっこしいことやれって言われても無理だ。お前しか出来ないんだよ?)」
「ぜっっったい殴る必要なかったでしょ!?」
「(殴る必要しかなかっただろ!?)」
傍から見るとひとりで暴れている様にしか見えないその説教は、穂香の声で終わりを迎えた。
「お祈りのお姉ちゃん……?」
異様な行動をするアリスに対して穂香が、恐る恐る声を掛ける。
アリスは少し赤くなったおでこをさすりながら、咄嗟に笑顔を作った。
「あ、ごめんね穂香ちゃん!
私バカだからちょっと迷っちゃった。
私の事守ろうとしてくれてありがとう…!
でも、まだお姉ちゃん達にかっこいいとこ見させてよ。
梨沙ちゃんの為にも、このデュエルで証明するよ!」
そう言いにっこりと笑ったアリスは、手札のモンスターを召喚する。
「行くよ…《宣告者の神巫》を召喚!」
手札:5枚→4枚
緑色の照明で薄暗く濁ったフロア内に一筋の光が差し込まれた。
穂香を救い出す決意を新たにしたアリスのデュエルは、ダメージを与えられないハンデを背負い続く…。
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23 | Report#72「勝者の在り方」 | 112 | 2 | 2024-10-05 | - | |
21 | Report#73「救われない」 | 151 | 2 | 2024-10-15 | - | |
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更新情報 - NEW -
- 2024/10/25 新商品 SUPREME DARKNESS カードリスト追加。
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Amazonのアソシエイトとして、管理人は適格販売により収入を得ています。
お父さん本当に怖いですね…。本当の娘さんもいますが。
父親と名乗り心配や将来を考えることはしながらも、その命への扱いはあまりに軽い。そしてアリスさんに与えられた条件は、ダメージ無しでのデュエルによる穂香ちゃんの解放。梨沙さんのゴーストリックならまだしも、儀式は殴らなければいけないデッキの気が…大丈夫かよ。そして両者ともにかなり複雑なデッキの持ち主、かなり気になるデュエルですね。お父さんがどんな入知恵をしているかもわかりません。
そしてもう一人の人格が言うように、ここまで来ているのは1人の力ではない。自分の体とその性格やデュエルのスタイルもあるのでしょうが、デュエルを委ねられてるのがなかなかアツいですね。
渚さんと狂人藤永との戦いも続きが気になるところ!次回も更新頑張ってください! (2024-03-13 15:44)
失われた外の世界での家族を追い求め、狂気の世界で見つけたのが家族ごっこだったのかもしれません。しかし、所詮は紛い物であるそれに梨沙と同等の愛情が向けられることもなかったのでしょう…。
アリスの儀式デッキでのノーダメージ勝利は実質無理に近いレベルですねぇ。儀式テーマ自体がビートダウン主体なのもありますから。勝つには、相手が初心者の穂香という点を逆手にとった賭けに勝てればと言った感じです!
人格の影響もあり、常に孤独だったアリスは人に頼るのが下手っぴです。出来ない事は人に頼る、もう一人のアリスがダメージを与えないと言う複雑な条件のデュエルが出来ないように…ですな。
山辺、朱猟共々、渚と藤永のデュエルは少し先になる予定ですが、楽しみにいて頂けると幸いでございます! (2024-03-15 20:40)