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HOME > 遊戯王SS一覧 > Report#79「メモリアリティ」

Report#79「メモリアリティ」 作:ランペル


「《デュエルテック》……《メモリアリティ》……」

 名を挙げられた企業名を復唱する梨沙。遊戯王のフィクションで馴染み深いデュエルディスクとソリッドビジョン。これらを現実でも開発した企業がある事はニュースなどで知っていた。画面越しに見ただけだったが、モンスター達がまるで生きているような動きを見せていたのが当時でも印象深かった様に思う。
 問題は、その有名な企業がこんな狂った実験の元締めであった事実だ。

「本当……なんですか?私でも聞いたことあるような企業ですよ?そんな企業がなんで、こんな狂った実験を…………」

「こんな実験をしてるから、ソリッドビジョンなんていうとんでも技術を現実化させたとも言えるんじゃないかな」

 梨沙の困惑へと渚が答える。

「じゃぁ……あんなに楽しそうなソリッドビジョンのデュエルも……人の命の犠牲の上にあるって言うんですか……?」

 自分の大好きなデュエル。この実験の醜悪さを抜きにすれば、ソリッドビジョンもといリアルソリッドビジョンで映し出されるモンスター達、そして数々の演出そのものはとても魅力的なものであった。しかし、犠牲の元で生み出された技術といった意図の話を聞き、無意識の内に嫌悪感を覚え始めていく梨沙。

「私が調べた限りでは、《デュエルテック》のデュエルディスクと《メモリアリティ》との共同で作られたソリッドビジョンそのものの実用化の段階では、この決闘実験は実施されていませんでした。つまり、その時までは純粋な技術を集結して生み出されたものだったはずです」

 河原の実験の開始時期との相違から、ソリッドビジョンそのものへの嫌悪はなんとか払拭する事が出来た。しかし、デュエルディスク、ソリッドビジョン共にこんな実験を用いずとも現実化出来たのなら、なおさらこの実験の必要性に疑問を感じざるを得ない。

「さっき、感触のあるソリッドビジョンって言ってたね?それは、リアルソリッドビジョンと何が違うの?」

 リアルソリッドビジョンとはまた違う名の挙がった”感触のあるソリッドビジョン”。白神が疑問を河原へと投げかけるのに続いて、梨沙も視線を河原へと向ける。

「その名の通りです。《メモリアリティ》が、リアルソリッドビジョンの前身になり得ると考え開発した感触が与えられたソリッドビジョンですね。正確には、直接脳波に影響の与える映像を映し、映像でありながら実際に触っているかのような錯覚を与えることが出来る技術です」

「なんか……それはそれで危なそうだね……」

 近久の感じた危機感を河原が肯定する。

「仰るように危険性も孕んでいます。例えば、感触のあるソリッドビジョンのナイフで刺されれば、実際は刺されていなくとも脳は刺されたという感触を受け取ってしまいショック死するかもしれない……など、あらゆる可能性が考えられました」

「そ……そんな危ないものも、外では当たり前になってるって事ですか!?」

 河原が口にした感触のあるソリッドビジョンは、聞くだけでも危険な代物だ。それが、梨沙の知らない間に外の世界で実用化されているのが信じられずに、河原へと聞き返す。

「その為に、この実験が行われていたんです。出力や危険性の有無などの確認が行われていました。その成果もあり、心身に害とならない範囲で感触のあるソリッドビジョンが試験的に実用化されています」

 この実験によって、感触のあるソリッドビジョンが一部とは言え実用化された。梨沙はその事に納得はできても、この実験がこれほど過酷である理由の説明にはならなかった。

「だからって、こんな危険な実験の仕方をする必要があるんですか?それこそ、錯覚で痛い思いをしないようにするなら、刃先の映像に少し触れるだけでも分かりそうじゃないですか……」

 梨沙の感じた疑問へ被せるように、白神が実験の概要との矛盾へと言及していく。

「そもそも、僕らがここに来てから受けた説明はリアルソリッドビジョンの実験だったはずだ。感触のあるソリッドビジョンの話と、リアルソリッドビジョンの話は直接繋がらないはずだよ。特に、リアルソリッドビジョンの実験をこんな電脳世界でやったって意味ないだろ?どれだけこの世界で映像が実体化して質量を持っても、所詮はプログラムの世界。現実で実体化させる為の実験を、プログラムの中でやっても意味ないでしょ。それに、ダメージの出力とかの実験なら僕らの人格を使わなくたって、シュミレーションとかで分かりそうなもんだ。
結局、この実験は何を目指してるんだよ」

 白神は、この世界がプログラム上の世界であるならば質量を持ったソリッドビジョンの実験と言う実験の題目すら意味のない物になっている事へ言及する。

「……白神さんの疑問は核心を突いています。今から話すことで、同時に梨沙さんの疑問への答えにも繋がるでしょう。
まず、感触のあるソリッドビジョンは、あくまでリアルソリッドビジョンの演出の一部としての側面が大きい。そして、AIや脳科学の分野を得意とする《メモリアリティ》が、研究しやすい分野でした」

「とっつきやすかったから研究の前身になった訳か。確かに、実際に傷がなくても痛みを感じるダメージの演出もあったように思うね。あれは、それの応用になるのかな?」

 渚のその言葉を聞き、初めてグリーンフロアへ向かった時に穂香と少女がデュエルしていた時の光景が思い返される。バーン効果によって体に走った文様が穂香の体を傷つけずに苦しめていたのだ。

「あれが……感触のあるソリッドビジョン……」

「それで?感触のあるソリッドビジョンの実験なら理解できるけど、リアルソリッドビジョンの実験を謳っているのは何故なんだ?白神君の言っていたように電脳世界を構築できる技術力があるなら、わざわざボク達の人格データなんてものを使わずともシュミレーションである程度の結果は得られるはずだろう」

「リアルソリッドビジョンの出力の調整に関してで言えば、君たちの言うようにシュミレーション試験だけで十分でしょう。この決闘実験が、重要視している部分は、リアルソリッドビジョンを人が使う事による危険性の証明と言えます」

 危険なこの実験で、観測者が見ようとしているものがその危険性。梨沙は、河原の語る内容がすっと頭に入って来ず、意識せずに聞き返していた。

「危険性ですか……?」

「質量を持ったモンスターを自在に操れる……。そんな力を持った人間はどんな行動を起こすかはシュミレーションでは測りきれません。外の世界で実用化された時に犯罪行為へ利用する事も容易でしょうからね。
だからこそ、明確に自我を持つ人間達へ、高ストレスの環境下で、デュエルを強いた時の反応を観察しているのです。つまり、リアルソリッドビジョンの実験というよりは、それを扱う人間の行動観察実験としての側面が大きいですね。実用化に際しての、扱う側の危険性を排除する為に必要な処置をこの実験を通して確認していることになります」

 この実験が、リアルソリッドビジョンの安全性を担保する為に行われているという内容に梨沙は空いた口が塞がらなかった。安全性の為に、コピーした人格を殺しの横行する世界に閉じ込め、危険を冒させている。

「安全の為……って……」

 梨沙は咄嗟にその言葉を飲み込めなかった。安全の為に、危険に晒されている人が居るという事実が受け入れられなかったのだ。

「その為に、コピーした人格をこの世界に送り込んで殺し合わせてるって事……」

 近久もまた、梨沙と同じように動揺のままに言葉を落とす。河原は静かに頷き、話を続ける。
 
「コピーした人格データを用いる事で、リアルソリッドビジョンを扱う人間の危険性の確認……それに加えて、非倫理的な実験をコピーを用いる事による秘匿性の向上。そして、コピー元の人達に危険が及ばない事による実験そのもののリスクの低減こそが、この仮想現実で実験を行っている理由と言えるでしょう。
後は、シュミレーションでも行える出力の調整や多種多様なカードの演出の設定。モンスターの仕草や反応の為に組み込まれたAIプログラムの確認、改修なども同時にやっていけるという訳です」

 河原の言葉を要約するのなら、観測者達は人格のコピーを使うという点で実験の非倫理的な部分を克服しているという事なのだろう。あくまで利用しているのは、コピーしたデータであり、実験もシュミレーションに過ぎない。

「私達の事、本当に人間扱いしてないんですね……」

 力の入りきらない梨沙の拳がゆっくりと握りこまれていく。それを視界に捉えた白神の表情が険しくなる。

「理屈は分からないでもない……。
けど、僕は金が得られると聞いて実験に参加したんだ。デュエルに生き残っても金が貰えないなら、現実の僕だって金を得られていないはず。金で釣って参加させるだけさせておいて、報酬がないんじゃ批判の的になりそうなもんだけどね」

 口にされた当然の疑問。白神の様に資金を目的として実験へ参加した人は、実際は人格をコピーされただけで帰されているのなら、確かに苦情が発生しそうなことではあった。
 だが、河原は目をつむり首を振る。

「いや、現実世界の君達には報酬が支払われている」

「は?」

 予想外の返答に困惑と憤りの混ざった反応を見せる白神。当然、その場に居た全員が白神と似た感情を抱いている。

「報酬って……外に居る私達にですか?」

「外の君達には、人格のコピーが終わり次第クラスに相当する報酬が数百万単位で支払われています。外の彼らからしてみれば、数時間のカウンセリングと脳波の測定で100万規模の金が得られる事になってる」

 その場の全員が呆然とする。コピーされた自分達がこんな狂気に触れている事など誰も知らずに、当の本人達は数百万という資金を手に入れていると河原は言ったのだ。

「ようやく謎が解けたよ。”永遠の思い出プロジェクト”なんていう胡散臭い宣伝の正体がね」

 渚は、不快そうな表情を浮かべながらため息を零した。その呟きにいち早く反応を示したのは、怪訝な顔を浮かべる近久だ。

「謎が解けたってどういうことよなぎさ?協力していくんだから、ウチ達にも情報共有して」

 まるで睨んでいるかのように細くなった近久の視線が渚を突き刺す。それを受け流すように、小さな乾いた笑いを零しながら渚は答えていく。

「自分の中で完結させようだなんて思ってないよ。
梨沙君以外のほとんどが《メモリアリティ》の主導する”永遠の思い出プロジェクト”なんて制度を利用してこの実験へ参加しているはずだよね」

 馴染みのない名前に困惑を顔に浮かべる梨沙が周囲の顔を見渡すと、穂香と河原を除く全員がそれを肯定するような姿勢を見せていた。

「えっと……皆さんはそのプロジェクトに参加して、ここへ来ることになったって事ですよね?」

「そう。AI研究の発展の為に実験へ協力してくれ、その代わりに金を渡す。要するに一種の治験的なプロジェクトだった訳だけど、人格をコピーされるなんて話は出てきていない」

「ウチは兄貴と一緒に参加した。口コミとか見ても、悪い話は全く聞かなかったから……」

 白神と近久がこの実験へ参加した経緯を簡略に述べた。だが、近久の話から梨沙は耐えられない疑問が吹き上がる。

「悪い話がなかったって……河原さんの話を聞いた限り、たった数時間で数百万なんて話怪しいに決まってるじゃないですか!なのに、なんで悪い話がないなんて……」

 梨沙は自分で話していて、その異質さの原因を察していく。この答えは既に河原が語った話の中にあったのだ。あくまで、危険に晒されるのはコピーされた人格だけ。つまり、実験に参加し資金を手にした外の世界の自分達は、なんのリスクも負っていないことになる。

「そんな旨い話がある訳ない。ボクもそう考えて調査をしてきたけど、調べた限り、参加者は体調不良を訴えるでもなく、参加後の予後に問題も見られなかった。だから、ボク自身が実際に参加して実態を調べようと思った訳。
一応、契約書上に最悪の場合数年以上実験が続く可能性もあるとは明記されていたけど、参加した全ての人が少なくともその日の内に実験を終えていたんだ。
ははっ、考えてみれば当然だよね。数年以上実験に参加する可能性があるのは、コピーされた人格の方なんだからさ……」

 自嘲的な乾いた笑いがフロア内にこだまする。契約の際に説明が成され、それに同意した以上、自分達がこの世界に送り込まれたのは合意の元。暗に実験側から、そう言われているような気がして、梨沙の胸が締め付けられる。

「そんな……」

「……以前より秘密裏に参加者を募り決闘実験は行われてきました。実験を続けていく内に、公的な宣伝をしても問題ないと判断した《メモリアリティ》によって、老若男女問わず支援を必要としている人達のかつての思い出、そしてこれからの思い出を永遠のモノにする……。そんな公約を掲げて打ち出されたのが”永遠の思い出プロジェクト”です。
どうやって参加者へ配る資金を用意しているのかまでは私も把握していませんが、その効力は絶大でした。このプロジェクトによって、日本経済へ莫大な経済効果をもたらし《メモリアリティ》は一躍救世主として成長を続けているのです」

「じゃぁ……なに?ウチらが、ここに居るのは仕方ないって事?こんな殺し殺されるような所に連れてこられるなんて知ってたら、ウチはお金が貰えても参加しようだなんて思わなかったのに……」

 歯を噛みしめ悔しそうに後悔を言葉へ落とした近久。その後悔を助長させるかのように、白神が無気力に素っ気なく現実を突きつける。

「自業自得って《メモリアリティ》の人らは考えてるんでしょ。向こうからしてみれば、外の世界の僕らにはちゃんと報酬も支払ってる訳だし、文句を言われる筋合いもない。
ここに居る僕らは、自分自身に金で売られたってだけの事だよ……」

「自分に売られた……」

 白神の言葉は梨沙の心へと深く突き刺さった。梨沙はここへ来た経緯の記憶が曖昧だ。この実験と自分の立場から、長い間放置された影響なのかプロジェクト以前に何らかの方法で実験へ参加したからなのかは分からない。だが、もし”永遠の思い出プロジェクト”と同じような説明をされたとしたら、自分はその上で金の為に実験へ参加したことになる。
 つい先ほど自分で言ったのだ。数時間で数百万なんて話は明らかに怪しい、何か裏があるに決まっている。コピーされた自分がそう判断するのだから、当然元の自分もそう判断していたはずだ。その上で、ここに自分が居るということは……自分自身を捨ててでも資金が必要な状況に追い込まれていたとしか考えられない。

 唯一思い出せた記憶の断片。それは、父が危篤で入院しているという情報。思い出した時にも考え至ったこの実験へ参加した理由が、実験の正体を知った事でより現実的となった。
 きっと、父の病気を治療するのに莫大な資金が必要になってしまった。学生の身分では、たとえ借りられるとしても限度があるはず。そんな時に数時間で数百万の話を聞いてしまえば、自分がこの実験に囚われると説明をされたとしても、父を助ける為に迷わず実験へ参加したはずなのだ。


(「お前がここにいるのは、お前が望んだことなんだからなぁ?」)


 突如、脳内へフラッシュバックしたのは、朱猟と初めてデュエルした時に満面の笑みで彼が口にした言葉だった。当時は、そんなはずがないと懸命に否定しようと必死になっていた覚えがある。だが、自らに確固たる記憶がなくとも、揃った状況と情報は間違いなく、この実験へ参加したのが梨沙の意思である事を示しているのだ。

「私がここに来たのは、私がそう望んだから……」

 頭に浮かんだ言葉をそのまま吐き出すように、梨沙が小さく呟いた。

「お姉ちゃん……」

 梨沙の陰りが見えた表情に穂香が心配そうに声をかける。それに気づいた彼女は、口元を緩めると穂香の頭を優しく撫でる。

「大丈夫、ちょっとだけ不安になったけど……諦めたりなんかしないから!」

 たとえ、ここに来た自分がそれを望んでいたとしても、もう関係ない。自分の意思で臨んでこの場に身を置いた自分はいい。だが、この場に居る他のみんなはどうだ?確かに、明らかに怪しい話に乗ってしまったのは、自分含めて問題はあるだろう。しかし、近久の言っていたように自分の記憶が危険な実験に送り込まれるという具体的な説明がされれば、躊躇する人は多く居たはずだ。望まずにここへ来た人も大勢いる。
 自分の周りで苦しんでる人を少しでも多く助けたい。
 こんな狂気の果てにデュエルを発展させて欲しくない。
 佐藤やアリス、手にかけた者や失った大切な人を前に、何かを成し遂げないといけない。

「君は……本当にめげないね。河原さんが言っているのは、ボクらの犠牲でお金を得て幸せになっている人が外の世界にはいるって事なんだよ。それは、ここに居る元のボクら全員が外の世界では恩恵を受けている訳だ。
そんな外の世界の幸せを踏みにじってでも、君は外の世界へ出ようと言うんだね?」

 何度目となるか渚が梨沙へと覚悟を問うてきた。絶望の深まるこの電脳世界、そして伝えられる真実を前にしても梨沙は負けない。負けることは許されない。

「誰に何を言われても、私はこの実験を終わらせるべきだと思っています。
きっと、外の世界の私もこの実験に助けられていた部分はあったんじゃないかって思いますよ。自分で選んで、自分が犠牲になるのはいい。でも、何も知らない人……穂香ちゃんみたいな小さい子まで、コピーだからってこんな場所に連れてこられるのはおかしいです!実験の人達が、この実験の概要を全部話して実験へ参加させないのも、悪いことをしてるって自覚があるからです!
外では救世主って持てはやされても、私達からしたら頭のおかしい実験をしてる狂った人達でしかありません!」

 梨沙の力強い宣言に、真剣なまなざしを向ける河原も続く。

「梨沙さんの言う通りです。利益を生み出しているから、救われている人がいるから何をしてもいいなんて事があっていいはずがない!それに、人格をコピーするような旨をプロジェクト参加者には説明がされていない事。これはれっきとした説明義務違反に当たります。近久さんが仰られていたように、実験の概要全てを知っていれば参加しなかった人は大勢いたはずなんですから」

「……被害を受けたのが分かっても、電脳世界にいる僕らじゃ契約を無効になんてできない。そして、外に居る僕らは何も被害を受けた自覚なんかないから、訴えようとする訳がない……。リスクなんてないに等しい訳だ」

 重大な告知を契約時に説明しなかったこと。そして、そんな不当な契約に異議を申し立てる可能性そのものを潰している実験のやり方に、苦い顔をしながら苦言を呈する白神。
 そんな彼らに梨沙は頷き、今一度自分達が向かうべき方向性を示す。

「私は、ここに連れて来られてしまった人達を助けたい。外に出て私が幸せになれなくたって、構いません。もう、人が傷つけあうのも……それにデュエルが使われるのも……大切な人を失うのも何もかもが嫌なんです!
正しいとか正しくないとかどうでもいいんです。私が嫌だから……私のわがままでこんな実験終わらせてやるんです!!!」

 梨沙の声高に叫ばれた身勝手な宣言。だが、だからこそその場に居た全員が追従する。

「僕らも人間だ。エゴを突き通して何が悪い」

「ほのかも、お化けのお姉ちゃんやみんなが辛そうにしてるのいやだよ!」

「ウチも……こんな場所は嫌だ。ウチがしてしまった事をこれ以上誰にもして欲しくない!」

「自己犠牲はともかく、誰かの為だなんて大層な意見を謳われるよりは、わがままを貫こうとする方がよっぽど信頼に値するね」

「………」

「表沙汰になっていないだけで、この実験は極悪非道そのものです。私は、部門こそ違えど同じ組織に居た人間としてこの実験を終わらせる責務があります!」

 理不尽を反旗の糧とする白神。
 大事な人が苦しむのを嫌う穂香。
 自らの重ねた過ちをこれ以上広げたくない近久。
 自分の欲望に忠実な様に共感を示す渚。
 言葉を発さずとも、その場に宿る皆の意思を汲み取る久能木。
 実験の非を訴え、その責任と共に尽力する河原。

 梨沙の想いの全てが、その場に居た全員それぞれの想いと一致する。
 奪った命、失われた命へ報いる為にも、必ず成し遂げなければならない。

「朝になってから、お父さんに何かヒントがないか連絡します。その時の話次第ですけど、各フロアを含めてこの実験の中で、河原さんの知っているパスワードを入力できる場所が隠されていないか探しましょう。きっと、他の人や危険な人とデュエルすることにもなると思います。
その為に、今私たちが出来ることを全力でやっていきましょう!!」

 梨沙の示した行動指針。それに、その場に居た全員が頷く。

「(アリスさん、あなたが居てくれたから私は今ここに居ます。絶対、やり遂げて見せますからね)」

 心の内で、大切な友人へ己の決意を今一度示した。
 梨沙達全員が、この実験からの脱出に向けて本格的に動き始めていく。





 ~~~~~





「がぁ……らぁぁぁぁぁぁぁ」

 紫の光で満たされたフロアに響き渡ったなんとも腑抜けた女性の声。目覚めと共にうがいでもしているかのような……そんな呑気さの根幹に潜む悲痛な叫びを知っている男は、目を開けると共に口角を歪な程に持ち上げる。

「クハハ!なんって情けねぇ叫び声だよ!」

 吊るされたハンモックの上から、テーブルの上に置かれたボイスレコーダーのボタンを再び押した男の耳に再び先程の女性の声が奏でられる。

「がぁ……らぁぁぁぁぁぁぁ」

「あぁ……気分がいい。あのババア予想以上にいい土産を残してくれたぜ。
ハハッ!こんな情けねぇ断末魔なんざ聞いたことねぇっての!!」

 目覚めたばかりだというのに、陽気にゲラゲラと笑うパープルフロアのフロア主である朱猟。そんな彼の耳へ、耳心地の良い声とは別の無機質なアナウンスが響く。

ピンポンパンポーン

【起床時間となりました。フリーエリアの各機能が再起動されます。また、各フロアの扉が解放されます】

ピーガチャ

 アナウンスによって告げられる新たな日の始まり。そして、ロックされていたフロアの扉が解錠される音が小さく響く。

「さぁて、今日は何をしようか」

 リピート再生される女性の悲鳴で耳を潤しながら、朱猟は目を閉じ今日何をするか思案を巡らせる。しかし、考えをまとめる間もなく、別の音が朱猟の耳へ無理やり入り込んで来た。

「あぁ?誰だ」

 それは外され置かれていたデュエルディスクから響くコール音。何者かが朱猟に向けて通話を試みていたのだ。朱猟は気怠そうに、その通話へと応じる。すると、連絡してきたであろう少し低い女性の声が話しかけてくる。

「やぁ、52の1564番。目覚めの調子はどうだろう」

「観測者ぁ?何の用だ?」

 相手を観測者とそう呼称した朱猟に、女性は呆れたような口調で要件を伝える。

「何の用だとはなんともなご挨拶じゃないか。我々は確かに、指示を送ったはずだ。実験へ送り込んだ、研究員3名の殺 害をね。あれから2日経つが、まだ残党が野放しだ。昨日丸一日は、君に自由を与えた。今日こそ、残党の排除を完遂してもらうべく連絡した次第だ」

「ハッ!それが人様にもの頼む態度かぁ?人にお願いする時はなぁ、相手の元まで手土産持って挨拶しに来るってのが常識だろうが!頭がよくてもその辺の常識が備わってねぇんだから御察しだわな~」

 嘲笑を交え口元を緩ませながら罵倒を口にする朱猟へ、通話先の女性が小さく笑う。

「フフ、私が君の前に姿を現せば問答無用で殺しに来てしまうじゃないか。君が採取した悲鳴の編集に忙しそうだったから昨日は連絡しなかったんだが、その間に少し君好みの面白い展開になってきているのでね」

「ほぉ~?」

 興味が湧いたのか、寝転がっていたハンモックから降りた朱猟は、デュエルディスクを手に取る。

「ブラック、ホワイト、レッドのフロア主3名が現在、研究員の残党含めレッドフロアにてこの実験から脱出する為に徒党を組んでいる状態にある。こんな事態は、実験始まって以来初めての事だよ」

 どこか嬉しそうにそう語る女性に、釣られるように朱猟の口角も持ち上がる。

「脱出だぁ~?クハハ!
そもそも出られっこねぇし、出た所でそこは虚無でしかねぇってのにおめでたい連中だなぁおい!」

「しかしだね、君の取り逃がした研究者がここの実情をフロア主たちへ漏洩した。つまり、その徒党はこの実験の実態を知り得ている状況にある訳だ」

 女性のその言葉を聞いた朱猟は驚き目を見開く。そして、先程までは嘲笑的に話を聞いていた朱猟の目にギラギラとした狂気が染み込み始めた。

「この実験の実態を知ってなお、外に出るだぁ?ハハハッ!頭イカレちまってるみてぇだな!」

 朱猟がそう嘲笑うと、女性は興奮を滲ませながら饒舌に捲し立て始めた。

「いやはや、実に興味深い状況だよ。人の考える事はどれだけ調べても調べても真に理解できない。あぁ、きっとこれは貴重な観察結果が出るだろうね!一体、この徒党を組んだ被検体の末路はどうなるのか……鳴りやまない好奇心が私をこの実験へと駆り立てる!私は観測してるだけの木偶でいるつもりなどさらさらない。観ているだけでは、細部まで感じ取ることは出来ないからな。現場の臨場感をこの肌で感じ取る事で、より一層理解と見識は深まり、知識として積み立てられていく。当然、被検体の絡み合う量と質によって、結果は大きく変化する。無限に広がる可能性の中で、少しでも実りある研究結果へ導くのに必要な事が君に分かるかな?そう、優秀な実験材料なんだ。実験用のモルモットならいくらでもいるが、人間の負を詰め込んだような劣悪分子は数が揃わない。特に、歪んでいびつであるからこそ、こちらの用意した餌を求めて都合よく動いてくれるような奴は少ない。求めた結果を模索するのではなく、もたらされる結果を探る。その為に出来ることを我々は常に続けている。
ということなんだ、分かってくれるかな?」

 自分勝手に喋り散らかした女性の声を前に、朱猟は唾を吐き捨てる。

「ハッ!てめぇの気色わりぃ性癖に興味なんざねぇんだよ!耳が腐るってんだ。
俺様が求めてるもんは、てめぇとてめぇらの苦痛にあえぐ悲鳴だけなんだよ。逃れがたい体に走る激痛!自分の大切なモノを奪われる喪失感!生に執着したって、無理やり引き剝がされる絶望!
くっだらねぇお前の頭ん中よりよっぽど価値があるぜ?てめぇも集まりに顔出せや。頭のおかしいてめぇがあげる断末魔ってのが、どんな音色だったかを俺様がしっかり観察結果に残しといてやるからよぉ!
クァハハハハ!!!」

 高笑いと共に、通話を切る朱猟。すぐさまデュエルディスクを装着した彼は、血に濡れた床をピチャピチャと音を立てながら、フロアの扉へ向かって歩いていく。

「レッドフロアにお友達大集合ってか?
ハハッ!おもしれぇ、全員ぶち殺して阿鼻叫喚の大合唱会でも開催してやるよ!」

 脱出に向けて動き始める梨沙達と同様、立ち塞がらんとする者達も行動を開始していく――――。
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コングの施し
ついに朱猟が動き出しますね…。

唯一の研究側だった河原から、永遠の思い出プロジェクトや触れられるソリッドヴィジョンに関する情報が開示されましたね。なるほど現実世界の彼ら彼女らと実験参加者たちはいわば分岐した存在。現実の彼らは普通に生活を送りお金もいただいていますが、残された実験参加者たちに残ったのはこの決闘実験。現実世界、表の世界ではクリーンな実験でも実際に参加した意識である彼女らには地獄そのもの。そして実験終結に向けて動き出すわけですね。

と、最初から最後までしっかり敵ポジなのが朱猟さん、あいも変わらずクレイジーですね。明らかに主催側とも繋がっていますが、それでも傀儡になることなく己が狂気を突き通す……もはやこの実験のために生まれたようなキャラなのでは、、

本格的に物語が動いてますね、、、これは次回が楽しみです! (2024-12-16 00:41)
ランペル
コングの施しさん閲覧及びコメントありがとうございます!

仰るように、この決闘実験に自身の半身とも言える人格のコピーが送り込まれる事は表では全く周知されてない為、まさしくクリーンな実験そのものなんですね。実態が割れていなければ、実験目的とは言え一般人からすれば破格の慈善事業となんら変わりありませんから。
目が覚めたら、賞金数百万or抜け出せないデスゲーム参加という2択を無告知での実施なので実験の悪辣さは疑いようがありませんが。

朱猟はいつも通りですね。圧倒的狂気と加虐性が合わさり、実験側も一種のステージギミックのような扱いをしているまであります。この実験が、電脳世界ではなく現実で執り行われていたら、彼を制御しきれずに実験が崩壊していたかもしれません…。

脱出に本腰を入れた梨沙達に対し、実験側も朱猟を介して本格的に干渉してくる事になるでしょう。引き続きまったりと楽しんでいただけますと幸い極まれりです! (2024-12-20 07:08)

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54 Report#30「潰えぬ希望」 484 2 2023-10-09 -
36 Report#31「献身」 247 0 2023-10-15 -
36 Report#32「好転」 267 2 2023-10-20 -
38 Report#33「身勝手」 248 2 2023-10-25 -
39 Report#34「ボス戦」 310 3 2023-10-30 -
31 Report#35「想起」 272 2 2023-11-05 -
43 #被験者リストA 450 0 2023-11-05 -
33 Report#36「ノルマ達成目指して」 229 2 2023-11-10 -
32 Report#37「分断」 288 2 2023-11-15 -
53 Report#38「旅立ち」 428 0 2023-11-20 -
34 Report#39「幼き力」 264 2 2023-11-25 -
23 Report#40「囚われし者」 218 0 2023-11-30 -
30 Report#41「傍に居てくれるから」 298 2 2023-12-05 -
36 Report#42「どうして?」 314 1 2023-12-10 -
28 Report#43「拒絶」 206 0 2023-12-15 -
37 Report#44「不信」 287 2 2023-12-25 -
24 Report#45「夜更かし」 286 2 2024-01-05 -
28 Report#46「緊急回避」 295 0 2024-01-10 -
48 Report#47「狂気」 314 2 2024-01-20 -
28 Report#48「判断」 197 2 2024-01-30 -
46 Report#49「白化」 329 0 2024-02-10 -
41 Report#50「諦め切れない」 283 2 2024-02-20 -
31 Report#51「錯綜」 288 2 2024-03-01 -
54 Report#52「計画」 330 2 2024-03-05 -
40 Report#53「決意」 345 2 2024-03-10 -
31 Report#54「抜け道」 234 2 2024-03-15 -
58 Report#55「死の栄誉」 362 2 2024-03-25 -
38 Report#56「灼熱の断頭」 288 2 2024-03-30 -
43 Report#57「憧れの主人公」 275 0 2024-04-05 -
39 Report#58「記憶にいない娘」 218 2 2024-04-20 -
32 Report#59「蝕みの鱗粉」 241 4 2024-04-25 -
44 Report#60「歪み」 305 4 2024-04-30 -
27 Report#61「新たなステージ」 203 2 2024-05-10 -
44 #被験者リストB 229 0 2024-05-10 -
30 Report#62「狂気の残党」 217 2 2024-05-20 -
35 Report#63「窒息」 253 2 2024-06-15 -
35 Report#64「護衛」 237 2 2024-07-10 -
41 Report#65「格付け」 207 2 2024-07-20 -
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