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HOME > 遊戯王SS一覧 > Report#47「狂気」

Report#47「狂気」 作:ランペル


ゆっくりと目を開けた。
しかし、目を開けたにも関わらず、目から得られる情報には何も変化がない。
意識が戻った梨沙はゆっくりと上半身を起こし、周囲を見渡す。

「真っ暗…」

ぼーっとしていた頭が少しずつ回復していき、思考がはっきりとしてくる。
自分が今いる空間内が暗闇で支配され、明かりが点いてない事を把握できた。
そして、自分が何故こんな所に居るのかが分からなくなる。

「そうだ穂香ちゃん!?
穂香ちゃんは…

グリーンフロアへと向かった穂香と梨沙だったが、そこで姿を現わしたのは自分の父親であった…。

歪んでしまった父親から穂香ちゃんを守る為にしたデュエル。
その結末はどうなったのか?
思い起こされた記憶から反射的に辺りを見渡す。当然、何も見えない暗闇ではたとえ彼女が居たとしてもそれを見つける事は出来ないだろう。

すると、頭上からあのアナウンスが流れてくる。


ザザッ
「裏野様、お目覚めですね。それでは再びこのフロアを開放いたします」

「この…アナウンス…」

ピーガチャ

右側から聞こえた扉の開閉音。そして、それと同時に空間内が薄い明かりで照らされ始める。

戻りゆく視界に映し出されるのも、また黒。
黒い壁に、黒い床、そして黒い天井。
間違いなくここはブラックフロアだった。

「なんでブラックフロアに…?
穂香ちゃんは…お父さん…は……」

思い返す自身の記憶。しかし、そこに答えはない。
自分が憶えている記憶の最後は、《ゴーストリック・スケルトン》で父親へと攻撃宣言し、穂香ちゃんの安全を頼み込んだ所だ。
結局、デュエルに勝てたのか、穂香ちゃんが無事だったのかも分からずに自分は倒れてしまった。

「お父さん…」

記憶を思い返す中に出てくる父親。
自分を娘と認めずデュエルで殺そうとしてきた父親。
胸が締め付けられるような感覚に襲われ、頬を涙が伝っていっているのが分かった。

辺りには誰もいない。

それが引き金となったのか、頬を伝う涙が止まることはなくむしろ滝の様に流れ出してしまう。

「(泣いてる場合じゃない。
穂香ちゃんがどうなったかも分からないの…に…)」

理性的に働く頭とは裏腹に、心は助けを求めている。
その救われたいという声に理性が引っ張られる。

「なんで……なんでなのお父さん……?」

父親がこの狂気の実験に参加していた。
やつれた顔の父親からはあまり生気を感じられず、右足の膝から下も義足になっていた。さらに、心までも壊れ娘を娘として認識できなくなっている。
娘を拒絶したのだ。

怒られたことは何度もあったが、存在を拒絶されたことなど一度もない。挙句には拒絶のままデュエルで自分を殺そうとして来ていたのだ。
それがどうしても…辛くて、悲しくて…。
涙を止める事が出来ず、ただただ泣きじゃくるしかなかった。

「私に…会う為に…?
お父さんが…人をころして…」

信じたくなくて何度も思い出す。
父親の憔悴した姿を、話したことを、自分を拒絶したあの目を……
そこに宿っていた殺意を…。
思い出せば思い出すほどに、鮮明に父親が父親でなくなってしまった事を脳が認識してしまう。

「信じ…られる訳……」

目を背けたい。何も考えたくない。信じられる訳がない。
だが、既に頭では理解している。これが現実だという事を。
心の嘆きに寄り添っているにすぎないという事は分かっているつもりだ。

しなければならないことは希望を抱く事。
それさえ捨ててしまえば、後はこの狂った実験場で死ぬのを待つだけだから。

奥歯を噛み締め、真っ赤に充血した目から流れる涙を拭う。
拭っても止まりきらない苦しみの雫をそのままに、ゆっくりと体を起こし立ち上がろうとする。

「私が…希望持たなきゃ…お父さんと話して、穂香ちゃんとアリスさんと…。
ここから外に出るんだ…みんなで…外に……」

決意を口にしながら、足を地面につけ体を無理やり引き上げる。


外に出てどうするの…?


「え…?」

足に力が入らずにバランスを崩し、再び倒れ込んでしまう。
厳密には、足の力が抜けた事で立ち上がる事が出来なかったのだ。

「…なに…今の…」

誰かの声が聞こえた気がした。
ずっと響き続けるその声…段々と大きくなるその声が響くのは耳ではなく頭の中だ。

「……あ」

声を響かせるのは自分自身だという事に気づいてしまった。
大切な父親。自分が無事であることを知らせたかった父親。
日常を取り戻させてくれる父親は…既に非日常の存在となっていた。
外に出る目標がなくなってしまった…。

「でも…穂香ちゃんやアリスさんは…きっと外に出たいって…」

言葉が続かなかった。
父親と母親の顔を思い浮かべたであろう穂香ちゃんの恐怖で引き攣った顔。
自身の境遇を話して、自らの意思でここへと来たアリスさんの悲し気な顔。

だれも、外になんて出たくないんじゃないか?

「そんなことない…!
こんないつ殺されるか分からない場所でなんて…」

振り切りたくて声に出して大声で叫ぶ。しかし、その声量を最後まで保たせることは出来なかった。
そんな弱った自分に囁くように…声が響く。

もう死んでもいいって思ってるでしょ?

「…!」

外に出る理由はなくなった。友達も外に行っても幸せになれるか分からない。
苦しい思いをして頑張った所で…幸せは取り戻せるの?

「い、いや…いやだ…」

飲み込まれてしまう。深い深い闇の奥深くが自分を引きずり込もうと誘い込んでいる様に思えた。一度飲み込まれてしまえば、二度と這い上がって来ることなど出来ないような…そんな深淵からの呼び声。

「外に…外に…出なきゃ…出ないといけない…」

震える唇で、か細い抵抗を口にする。
なんでもいい。なんでもいいからこの声を跳ね除けないといけない。
飲み込まれたらおしまいだから。

死にたくないとも、生きたいとも、もう思ってないんでしょう?

なんでもいいから否定して自分を納得させたかった。
そんなことないと。私は希望を持って外に出るんだと。
どんなあやふやなわずかな希望だとしても、希望を持って、日常を取り戻したいと願っているはずだと。
信じたかった。

デッキの中身を無造作に散らばらせ、カードを探す。
確かめる簡単な方法があるのだから

「あった…」

《魔サイの戦士》のカードを見つけた。
それを手に取った私は即座にデュエルディスクへとモンスターを召喚する。

《盤外召喚》の効果によって、リアルソリッドビジョンとして《魔サイの戦士》が姿を現わす。
私の視線は《魔サイの戦士》が手に持つ槍へと向いた。

「貸してね」

返答を待つことなく槍をひったくり、それを自身の左腕へと突き刺す。

痛みは恐怖の象徴だ。
恐怖は死の危険信号だ。
死ぬのは痛みを伴うはずだから。
怖いはずだ。こんな鋭利なもので傷がつけば、当然痛いし、直接的でなくとも死が迫るんだから、感情に変化が現れる。

現に私の左腕は槍が貫通し、隙間からは白い骨が見えて、だらだらと赤黒い血がたくさん出て…

「あれ…?」

血が床に滴る。槍を貫通した左腕に重みが加わる。

なんで自分はこんな傷をつけたのに冷静に状況を分析している?

ゆっくりと槍から右手を離す。
右手の支えがなくなったことで、左手への重みが増す。

痛みと恐怖…それが訪れることはなかった。
目に映し出されるのは、肉の塊に槍が刺さり貫通したという事実だけ。
そして、中に収められてた液体が外に飛び出してしまっている。
ただ、それだけなのだ。

「そっ…か………」

最後に頼った、縋った、自分の体。
痛みという何物にも代えられない確かな根拠。
それすら、自分は提示出来なくなっていたようだ。
口では否定を繰り返してばかりだったが、目に見えている物が真実だろう。
自分の体は死を恐れていない。頭に響く死んだっていいという言葉を証明するかのように、何の痛みも感じない肉体が私の思考を蝕んだ。

「お父さんには…会えたしなぁ…」

脱力し顔を上げると、真っ黒に塗りたくられた壁だけが映りこむ。
その深淵は一筋の光も映し出すことはない。永遠の闇だけだ。

「思い残す事…。
お父さんには会えた。
アリスさんとしっかり友達になってお話出来た。
穂香ちゃんのデュエルも見届けた。
もう…ないのかな…?」

自分に聞いてみた。
体は死を恐れることが出来なくなっている。
何か自分を引き留める最後の何かがないか、もう一度だけ考えてみる。

「なにか…あった…かな…。
みんなと話が出来ないのは…ちょっと寂しいかも?
あぁ…でも…そっか……」

ブラックフロア内に乾いた笑い声が小さく響く。

「寂しくなったら、また会いに行けばいいもんね?
死んじゃっても、みんなもすぐ来てくれるもんね?
あは…あはは…あははは…」

深淵に身を委ねることにした。
これなら、大切な人が居なくなることはない。
寂しくもない。苦しいものが全部なくなるんだ。
ぜんぶ、ぜんぶが、へっちゃらだ。

「もう怖い事なんにもないんだ…。
みんなみんなみんな。いつでも会えるから!
はは、あははははははははははははははははははは!」

薄暗いフロア内に、一人の少女の高らかな笑い声がこだまする。
止まらなかった涙は、既に枯れ果てていた。





 -----





「ん……いたた…」

少女は目を覚ました。
目を開くと体が重くだるさを感じる。

「なんか…しんどい…」

ジャラ

「え…?」

重たい体を動かそうとすると鳴らされたジャラジャラとした音。
黄緑髪の少女が自分の体を見遣る。左腕と左足には鉄枷がつけられており、足の鉄枷から伸びる鎖は壁に繋がれており、腕の鉄枷より伸びる鎖の先には黒いデュエルディスクが連結しているのが見えた。

「な、なにこれ…?
お姉ちゃん…!?」

辺りを見渡す少女の目に、梨沙は見つけられなかった。
見つけられたのは、自分と同じように枷をつけられた布切れを纏った短髪の女の子だ。その姿に穂香は見覚えがあった。

「じゃらじゃら…ちゃん…?」

女の子は両目を包帯で覆っており、静かに呼吸して眠っている様に思えた。

「よかった…お姉ちゃんが言ってた通りだ…」

デュエルした対戦相手が無事だという事にほっと胸を撫でおろしたのとほぼ同時に、聞き覚えのない男の人から声を掛けられた。

「目が覚めたかな…」

突如として聞こえた男の人の声に、穂香は体を強張らせる。

「だ、だれ…?」

声のした方へ目を向けると、眼鏡をかけたぼさぼさの黒髪の人が立っていた。

「名前が穂香だったよね。よろしく」

「よ、よろしくお願いします…?」

未知の存在な事も合わさり反射的に疑問が混ぜ込まれた挨拶を返してしまう。

「あいさつが出来て偉いね」

「えっと…だれ…?
お姉ちゃんは…?」

不安そうに男の顔を伺いながら質問を投げかけた。
それに対して、とてもにこやかな表情で男が喋り始める。
しかし、その表情に反して穂香を映す瞳はとても冷たいものだ…。

「そうそう、自己紹介が遅れたね。
私は今日から穂香のお父さんになる人だ。いい子にしていたら、食事など必要なものは揃えよう」

「え?
ど、どういうこと?お姉ちゃんは…どこに…?」

突然鎖に繋がれ、目の前に現れた男が自分を父親と呼べとそう言っている。
理解の及ばない状況と滲みよる恐怖心が、穂香の体を震わせる。

「まぁ、お姉ちゃんと言えるのは隣のミアかな。
穂香がさっきデュエルしてた相手だよ。デュエルの影響で目が見えなくなっちゃったけどね。それだけ、穂香が強かったって事だ。しっかり仲良くするんだぞ」

冷たい手で心臓を握られたような。
そんな衝撃が穂香に走る。

「目が…見えなく…?」

幼い少女が押し寄せる情報の全てをすぐに理解する事は出来なかった。
しかし、自分がデュエルに勝った。モンスターに攻撃を指示したことで、隣の少女の視力が奪われてしまったことが分かるのに、そこまで時間はかからないだろう。

「おや?」

状況を飲み込めず、顔色を悪くしていく少女。それを尻目に男は背後の開けた場所に異変を感じたのか、振り返りそちらへカチカチと義足の音をさせながら歩いていく。

緑色の照明に照らされたフロアの中央付近で、空間が淡く光りはじめる。
しばらくすると、そこへ光に包まれて一人の人間が出現する。

「ここは…?」

「おかえり勇気」

「父さんか?
ってことは…グリーンフロアだね!」

現れたのはツンツンに尖った黒髪の少年だ。その左手には鎖の音を響かせる黒いデュエルディスクを装着している。

「外で寝てたんだろう?」

「負けそうになったから《緊急テレポート》で逃げてきたんだ!」

「勇気が負けそうに?相手は?」

「おばさんだったよ。首にネックレス付けてた」

少年はまるで父親に対して今日あった出来事を報告する子供のように、話を弾ませる。
その内に男が穂香の方へと手を示し始める。

「ちょうどいい所に帰って来た。
新しい子が来たところだよ」

「雑魚じゃないよね?」

「もちろん、ミアが目を潰された」

「おぉ!それじゃぁ期待できそうじゃん!」

どこか楽しそうにさえ思える二人の会話を聞きながら、二人の足音が近づいてくるのに穂香は震えていた。

「(なにを話してるの…?
お姉ちゃん…どこ行っちゃったの…?)」

意識を失う寸前まで傍で支えてくれた梨沙。苦しいデュエルも彼女が居てくれたからこそ、乗り切る事が出来た。しかし、どれだけ辺りを探しても彼女の姿は見当たらない。
極度の不安と恐怖に押しつぶされそうになり、穂香は目をぎゅっと瞑った。

「なんだよ…これ?」

少年の困惑の声が聞こえてきた。
気になった穂香が目を開けると、少年の体が淡く光りはじめている。

「父さんこれは…?」

突如として発光しだす己の体。
経験したことのないその現象に対し、純粋に沸きあがった疑問を隣の男へと投げかける少年。

「この光り方…」

少年の目を見て、光り出す体を観察する男。
少し考え込んだであろう彼は、閃いたようにデュエルディスクを構えだした。


ザザッピー
「ただいまよりグリーンフロアにてデュエルを開始します。
ルール:マスタールール
LP:8000
モード:グリーンフロアカスタム
リアルソリッドビジョン起動…。」


「は?」

「勇気。
残念だけど、もう時間が残されてないみたいだよ」

少年は依然として体を光らせながら、男がデュエルを開始した意味が全く理解できない様で戸惑うばかりだ。

「なんで、僕と父さんがデュエルする必要があるんだよ?
新しい子を紹介するんじゃなかったの?」

少年の困惑に答えが返ることはなく、デュエルが開始された。


 「デュエル」    LP:8000
 「いや、だから」  LP:8000


ピー
「先行は落合様、後攻は裏野様になります。」

「なんのつもりだよ父さん。
この光ってるのとなんか関係ある訳?」

「悪いが、説明している時間もないんだ」

そう言うと、男は自分のターンでもないのに、ズボンのポケットから1枚のカードを取り出す。そして、装着しているデュエルディスクの裏面に備えられたカードケースの蓋を開けてそこへカードをセットしようとしている。
その行動を見た少年はぎょっとしたような顔をして、男の元へと走り出す。

「なにして!?ほ、ほんきか!?
ふざけるな!やめろって!?」

「さようなら勇気。
《肥大化》発動」

「なん…ぐ

デュエルディスクへとセットされた1枚の罠カードが発動された。
その瞬間、少年の顔が赤くなり膨れあがる。一瞬顔が大きくなったかと思ったのも束の間…。

少年の頭部がはじけ飛んだ。

「え……」

文字通り頭部がはじけ飛んだ。頭部だった顔のパーツと、中に詰め込まれた肉と血が周囲へと飛び散る。飛んだ血は穂香の頬にもべったりと飛び散り、その液体から感じられる生暖かさは、確かに先程まで人の中に通っていた血液だという事が分かった。
そして、先程まで少年の頭があった位置には巨大な緑色の昆虫がいた。その巨大な昆虫は少年の首からうねうねとした部位で繋がっており、血まみれになった昆虫が少年の首との連結部を引き抜くと地面にへと落下した。
それと同時に頭部を失った体はばたんと地面にへと倒れ込む。

「これで《盤外キル》のボーナスが貰えた。
あの子が突然消えたのも何かしらのカードのデメリットだったんだろうね」

なんの感情のぶれも見せない男はたんたんとデュエルディスクの画面を確認した後、デュエルディスクを操作した。
すると、地面からスコップの先端が飛び出し、中から緑色の体表の小型の生物が這い出してきた。それは、首のない少年の足を掴むと、ずるずると引きずり、自分が出てきた穴の中へと戻ろうとする。

「あぁいけない。そのデュエルディスクとデッキはこっちで回収しとくよ」

目の前の凄惨な光景を前にしても、ただ忘れ物していただけの様に。
さも今起きた事が日常であるかのように、男が少年の体に近寄るとデッキとデュエルディスクを回収した。
それを確認した緑の小さい生物は再び少年の死 体を穴の中へと引きずり込もうとする。

穂香はその光景を前に言葉を発する事が出来ないでいた。
体を伝う恐怖が、彼女の体を縛りつける。
まるで金縛りにでもあったかのように、声を出せず、体をぴくりとも動かす事が出来ない。
唯一動かせる目が、見てはいけないと分かりつつも少年を運ぶ緑の生物を追う。
ふと視界の端っこに見つけたそれと目が合ってしまった。

周囲に散らばってしまった少年の眼球と…。

「い、いやぁぁぁぁああああ!!」

閉じ込められていた恐怖が声となって外へと放出された。
脳裏に焼き付くのは少年の最期の顔。困惑と焦りと恐怖とがぐちゃぐちゃに混ぜ込まれたような顔。それが一瞬の間にはじけ飛んだ瞬間が、何度も再生されてしまう。

完全に錯乱した穂香は、必死に体を動かしこの場から逃げようとする。
しかし、左足にはめられた鉄枷は鎖で壁と繋がれており、逃げる事は叶わない。

「いやだぁ…いやだよぉ…おねえちゃぁぁん…」

絶叫で痛めた喉から出されるか細い救いの声。
それに反応するのは梨沙ではなく、その父親だ。

「説明の手間が省けたとも言えるね。
穂香?よく聞くんだ。
さっき勇気の頭を吹き飛ばした虫はね。既に君の頭の中にも寄生させている」

「ぇ…?」

恐怖で錯乱する脳に冷たい水を流し込まれたかのように、興奮していた頭が冷えていく。
さっき少年の頭を破壊した、虫が自分の頭にも…?

男は喋りながら、しゃがみこんで穂香と目線を合わせる。

「特にその虫が穂香に悪さをする訳ではない。
ただし、私がこれを使うと穂香の頭にいる虫が巨大化する。
その瞬間、その虫は質量を持ちながら巨大化する。つまり、穂香の頭が吹き飛ぶ」

そうして、デュエルディスクの裏にセットしていた罠カード《肥大化》のカードを取り外し、穂香に見えるように公開する。

「あ…ぁぁ…」

「大丈夫だ穂香。お父さんは約束は破らないから。
穂香が言う事さえ聞いていれば、勇気みたいに頭がはじけ飛ぶようなことはないからね」

狂気という単語を知らずとも、穂香が目の前にいる男の異常性を感じ取るには十分だろう。何の躊躇も、心を揺らすことなく、仲良さそうに会話していた少年を殺した。
穂香が明確に出会った初めての狂人だった。

その狂気への理解が及ばない穂香は、たどたどしく震える声で聞いた。

「さっきの…男の子…言う事…聞かなかった…の?」

「いいや?」

必死に理解しようとする穂香の願いは呆気なく打ち捨てられた。
つい先ほどこの男が言ったのだ。言う事さえ聞けば殺さないと。
なのに、先程の男の子は言う事を聞いていたとそう言うのだ。

「なら…なん…で…?」

「勇気はもうすぐ消えちゃいそうだったんだよ。
ここへ逃げてくる時に使ったカードのデメリットでね」

「消え…る…?」

「どうせ消えるなら、殺してボーナスをもらった方がお得だからね。
ほら、新しく穂香も来たことだし教育費もいるだろう?」

穂香は悟った。目の前にいる男は既に人間ではないことを。
9年と言う短い時間の中で見てきた周囲の人間。それらの中の悪人と呼べる者達も、言うなら人に過ぎなかった。
穂香は今、本物の狂気に触れてしまった…。

彼女を支配する恐怖。
男がそれに寄り添うことはなく、ゆっくりと手で穂香の頭を撫でる。

「任されたからにはしっかりするさ。
穂香を家に帰すためにな」

男は狂気に操られている。狂気の見せる一挙一動に穂香は怯え、声を出す事すら叶わなくなってしまった。

「(お姉ちゃん…助けて……)」

彼女から漏れ出すのは言葉にならない救いの叫びのみ。
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コングの施し
お父さん…もう壊れた精神のままどっぷりって感じですね…。

一番正気に近かったのが梨沙さんとのデュエルだったのかと思ってしまうほどに残虐。もう人を殺めることに何も感じていないような様子や口ぶりに、本当に恐怖を覚えます。そしてそんな彼の元にいるのはほのかちゃん。純粋無垢な少女だったからこそ、本当に心配になります。助けて梨沙さん!と言いたいところですが彼女の精神もかなり参っている模様。実の父親が狂気に取り憑かれ豹変しているこの状況。そりゃそうです。ここに差し伸べられる救いの手が…あるといいなあ…。

次回も楽しみにしております。更新頑張ってください! (2024-01-26 22:25)
ランペル
コングの施しさん閲覧及びコメントありがとうございます!

長年積み重なってしまった狂気は、娘と再会したイレギュラーでは復活できませんでした…。変わらず狂ってる父親の元に捕らわれた穂香の今後や如何に…?
助けを求める梨沙もまた希望を見失ってしまっている状態と全体的にかなり危うい感じに…。果たして彼女たちの今後はどうなってしまうのか。

いつも励みになっております!次回以降もお楽しみにですです! (2024-01-27 05:20)

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