Report＃１５「自己治療」　作：ランペル

ﾋﾟｰｰｰ


「桃谷様のライフが０になりました。勝者は裏野様です。」

アナウンスで勝者が告げられると共に、リアルソリッドビジョンが解除され、モンスター達とモンスターによってフィールドに出現したものが全て消え去る。

巨大な雪の塊が消えると、そこには微動だにしない桃谷さんが、うずくまった状態で顔を地面へと突っ伏している。
彼女の元へと近づき安否を確認したい気持ちはあるが、体が動かない。

「うぅ……」

デュエルの緊張と気持ちの高ぶりが収まると並行して、冷や汗が流れ始め体からの警告が明確になる。

「（血……やばいよね……どう…しよ……）」

応急処置の知識などない梨沙はとにかく座って、ただただ傷口を手で押さえる事しか出来ない。

「裏野様、桃谷様へデュエルボーナスが送られます。ご確認ください。」

アナウンスが二人の名前を口にした。
彼女の名前も呼ばれたという事は、彼女は無事だったのだろうか…？
それとも、死んで抜け殻だけとなった彼女へも報酬が支払われるのだろうか…？

「（今…意識を失ったら…出血多量で…死ぬかもしれない…）」

痛みと重さで融通の利かない体を何とか動かして、デュエルディスクの画面を確認し、何とか状態を打開できるものがないか探る。

　　　*****

デュエル勝利おめでとうございます。
以下獲得ボーナスになります。

勝利ボーナス：１００００ＤＰ
未カスタム　：　１０００ＤＰ
逆転勝利　　：　５０００ＤＰ
瀕死ボーナス：１００００ＤＰ
　　　　　計：２６０００ＤＰ

　　　*****

「（確か…物販…あそこで治療に使えそうな何か…）」

綺麗に切り裂かれた左腕で、出血の止まない腹部を押さえながら、画面を操作する。

「（しょくじ…かーど…いりょう……医療…！）」

見つけた医療のボタンを押すと、様々な医療道具や薬の一覧が表示される。

「（分かんない…包帯…？ないよりは…）」

包帯のボタンを押し、そこから表示されるものもなんとなく適当に押していく。
最後に１０００ＤＰの包帯の購入ボタンが表示され、それを押すと離れた壁から何かの開閉音が聞こえた。

「（とおい………あそこまではいけない……）」

ぼーっとする頭でなんとか打開策を考える。

「そう…いえば…」

桃谷さんが私をここに誘導する時に、モンスターに襲われているように見せかけていた。あのモンスターは確かにデュエル中に彼女が呼び出していたモンスターだ。
デュエル中でもないのに、モンスターが現れていた。

デュエルディスクに置いたままにされていた《ゴーストリック・マミー》をディスクから離し再びディスクの上へと召喚する。

すると、ディスクの画面に文字が表示される。

　　　*****

《盤外召喚》は有料コンテンツです。購入には１００００ＤＰが必要になります。
よろしいですか？

　　　*****

「……」

またか、と思ったがただで手に入るものはないのだ。確証は得られないが、これ以上は体力的に厳しいと判断して、購入ボタンを押す。

ボタンを押すと共に、目の前の地面から《ゴーストリック・マミー》がのそのそと出てきてくれた。

「あ、マミー…もし…お願い聞いてくれたら…あっちに、たぶん包帯が…あるから………

声を出すと、一気に視界が歪み頭がぐらぐらしだす。

「（やばい…）持ってきて…くれると………嬉しい…

ふーっと意識が遠のいていく感覚がする。今意識が飛んでは、もう戻って来れないかもしれない…。
だが、意識を留める事は叶わずそのまま、私の意識は途絶えてしまう…。

最後に見えたのは、マミーがのそのそと私の前から離れていく所だった。



　　　―――――



「う…いたい……」

目が覚めると、そこは完全な暗闇だった。

「なんか…既視感あるね…」

腹部の痛みは変わらず続いているが、手で触ると何かが傷口に巻かれていた。
感触からして包帯が巻かれているのだろう。

「包帯…」

マミーへ包帯を持ってきてもらうように頼んだところまでは覚えているが…。

「マミー？」

周囲には人や動くものの気配はない。

「包帯…巻いてくれたのかな…」

気付くと、左腕の傷の所にも包帯がきつめに巻いてあった。

「最後まで居たからだったけど…結果的に呼ぶのはマミーが一番だったかもね。
ありがとうね」

ディスクに残っているであろうマミーへと伝える。

「あぁ…頭痛も結構する…（こんだけぼろぼろだし、いろいろ痛くもなるか…）」

体の節々の痛みに耐えながら周囲を見渡す。

「（桃谷さんがどうなったとかも、暗すぎて分からないね…。この暗さを何とかしないと）」

デュエルディスクの《設定》ボタンを押し、フロアカスタムへと進む。

すると、フロアに関して設定できる画面が表示される。

「（照明…。うわ、これにもお金かかるの…）」

照明ボタンを押すと、照明の点灯させるのにもＤＰの表記がある事から、ＤＰを使って部屋の明かりを点けれるようだった。

「とりあえず、見えればいいかな…」

最低限の４０００ＤＰの照明を押し、確認画面で購入を押す。
すると、即座にフロア内にデュエル時に照らされるのと同じぐらいの照明がつけられフロア内が見えるようになった。

辺りを見回すと、自分の足元付近に飛び散った鮮血、というよりは血だまりは時間が経って固まっている。
桃谷さんはいなくなっていたが、彼女が居たであろう場所から扉へと血痕が続いていた。

「（桃谷さん…よかった、無事だったのかな）」

彼女が生きていると知れて、少しだけほっとした。
こんな所に居るとはいえ、人を手に掛けずに済んだのだ。

「お腹空いた…ような気がするけど…。あんまり欲しくないな…」

腹部の傷に手を当てるとまだズキッと痛みが走る。
食事をいつから取っていないのか分からず、傷も相まってかふわふわした感覚がする。

「（食べないとやばそうだけど、このお腹で食べても大丈夫なのかな…絶対やばいよね…）」

なんとかご飯を食べれないかと、物販の覧で使えそうなものがないか探してみる。

「ん…。人体スキャン…？」

　　　*****

《人体スキャン》１００００ＤＰ
使用すると、デュエルディスクより光が照射されます。
スキャンしたい人体へその光を約１分間照射する事で、対象の人体のスキャン結果が出ます。
何かしらの損傷が発見された場合には、適切な医療用具、薬剤のリストが表示されます。

　　　*****

ＤＰが結構持っていかれるが、どれぐらいの傷なのか、どれほどの治療が必要なのか医学の知識が何もない自分では何も分からない状態。
信用はし切れないが、自分の素人知識よりはマシな情報をくれるだろう。
死なない為に必要な事と割り切って、購入することにした。

「（ご飯食べていいのかも分からないからね…）」

購入し早速自身へデュエルディスクから出てくる光を浴びる。
スキャンが終わると、デュエルディスクに今必要となる物が表示される。

「抗生物質…？お腹も縫った方がいい…？脱水…。
放置すると死に至る可能性も…」

右上のＤＰの残額を確認すると、残りは１３０００ＤＰとなっていた。

「（とにかく、お腹の傷をなんとかしないとって感じかな…その後に水分と抗生物質…）」

死がちらつくのもあり、急いで必要な物を購入する。購入すると、フロア用のタッチパネルの奥が開かれそこに購入した物が置いてあるのが見えた。
重たい体を何とか引きずり、その場所まで向かい、買ったものを取り出す。

「（水と、抗生物質、軟膏…糸、針、消毒）」

最低限必要な物を揃えると残りのＤＰが２５００になった。

「（自分のお腹縫い合わすとかやったことないよ………）」

不幸中の幸いか、頭がぼーっとしていることで怖い感情が表立ってはまだ出てきていない。
一度深呼吸して、包帯をゆっくり剥がしていく。
傷口は赤黒く変色して、まだ少し血がにじんでいる傷もある。

「（絶対いたい………）」

怖さから手が震え始める。なんとか手の震えを抑えて、画面に表示された箇所に指示通り針を通す。

「ぐぅ…ぁぁぁあ！？痛ったい…！！」

自らの手で、傷口の箇所へと針を突き刺す。
あまりの痛みに、ふわふわしていた頭も覚醒し、針を抜く。

「これ…縫わなきゃ…いけないの…？」

過酷な治療を前にして、目から涙が流れる。

「（いたい…いたいよ…こんなのやだよ…）」

向き合えない現実を前に、ありとあらゆる苦しみが押し寄せてきた梨沙は針を持ったまますすり泣く。
鼻をすすると、腹部へ痛みが走り、余計涙が出てくる。
局所麻酔の注射は８０００ＤＰ必要であり、今の手持ちでは麻酔なしで素人の縫合が必要になる。

「（だれも助けてなんてくれない…。自分でやらないと…。家へ帰るんだから…）」

覚悟を決め、再び針を持った右手に力を込める。

奥歯を噛み締め、想像を絶する痛みに意識が飛びそうになる。
自らの体に麻酔なしで針を通し縫い合わせるなど正気の沙汰ではない。
ましてや、素人も素人だ。医術の心得がある者でも、自分の傷口を縫い合わすなんてことに遭遇することはそうそうないだろう。
ゆっくり丁寧に痛みと向き合い、不格好だが着実に傷口が小さくなっていく。

「うぅ……うぐぅ……」

１か所縫い終わり、力が抜ける。

「はぁ…はぁ…」

スキャン結果によるとまだ縫う必要のある個所は２か所ある。デアデビルに刺された箇所が深くまで刺さっていた事で、縫い合わせる必要があるみたいだ。

「縫わなきゃ…帰らなきゃ…」

死への恐怖、家へと帰る渇望。
それだけを原動力に、傷口へと針を突き刺していく………。