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HOME > 遊戯王SS一覧 > 幕間 遊無 落第の瀬戸際

幕間 遊無 落第の瀬戸際 作:ジェム貯めナイト

 「はい。では今から、中間テストの答案用紙を返します」


 答案返却日の境階学園では、授業の前に国語教師を務める帷先生が、1年のクラスで各自に答案用紙を返却していた。


 「それじゃ残りの時間で答えを解説するからな? ……不真面目な奴も放課後あたしとの補習に加わってもらうから、真剣にやれよ?」

 「はいはーい! 俺、先生にマンツーマンで指導してもらいたいです!」

 「そーかそーか。……あたし未成年には興味ないから、色ボケしてないで赤点取らないよう真面目に勉強しろ! このマセガキ!」


 赤点を取った男子生徒に帷先生からのキツイ一言が投げかけられると、クラス中に笑い声が木霊する。

 しかし帷先生が、授業に切り替えないと週末課題増やすぞ。と脅し文句を口にしたことで、シン――と生徒達は水を打ったように静まり返った。


 「まっ、経香先生美人だもんねー。分からなくもないかな? ……どしたの遊無ちゃん?」

 「……千夜さん。しばらくの間、私に構わず先に帰っていてください――」


 遊無が落ち込んだ様子で解答用紙に視線を落としているのを見て、あっ……と芳しくない結果だと察した千夜はそれ以上何も言わず、遊無とともに帷先生によるテスト回答の解説に集中する。

 そして授業が終わり、帷先生が退室すると小休憩となった教室では、返却されたテスト結果の話題で持ちきりとなった。


 「八千代ちゃんはどうだったのー?」

 「私は中等部の時から変わらず、良い結果を残せたよ。……しかし須浦君にはまだまだ敵いそうにもないな」

 「ホント信じられないよねー。あんなに絵ばっか描いてるのに――」


 千夜の一言を耳にした須浦はムッとして、スケッチブックを閉じて千夜が気付くように自らの答案用紙をわざとらしく机の上に広げると、釣られて歩み寄って来た遊無と千夜はその内容を見て絶句する。


 「うぐっ――文句の付けようがないじゃん……」

 「全ての教科で満点を取るなんて――須浦君、凄いです」

 「笑原こそ、昔演じた主演悪女役の長ゼリフを覚えられるなら、満点も狙えただろうに……」

 「そっ――そう落ち込むな千夜! 千夜も全教科で合格点を維持しているじゃないか……!」


 皮肉交じりに須浦が言い返すと、ぐぬぬ……と須浦を睨みながら千夜が悔しそうな声を漏らすと同時に、彼の成績を見た遊無も負けていられない。と先程までの落ち込みようからすっかり立ち直り、一人奮起する。


 「私――しっかりと補習を受けて、次こそは必ず挽回して見せます!」

 「その意気だ遊無さん! 私も次回は須浦君に並んでみせるよ」

 「あたしも須浦君なんかに負けてられないんだから! ……あれ?」


 再びスケッチブックを開いた須浦へと千夜が問い詰める中、学園生活に適応するため決意を表明した遊無に対し、八千代は慈愛の笑みを浮かべて答えるのであった。


 「てゆーか須浦君! そんな昔の事覚えててくれたんだぁ! ねえねえ、どこが良かった?」

 「笑原が旧友と元恋人の合作原稿を燃やす場面――嫉妬に狂う迫真の演技が見ててゾッとしたな」

 「ははぁん……さてはあたしの演技に見惚れちゃったんでしょ? ホントはあたしのこと、好きなんだよねぇ……?」


 口元に手を当ててニヤニヤと小悪魔的な笑みを浮かべる千夜に対し、須浦は彼女の言葉を聞くとしばし黙り込むが、やがて眉をしかめて聞こえなかったと言わんばかりに、わざとらしく耳に手を当てた。


 「……は? 何か言ったか……?」

 「このっ! 素直にあたしが好きって言えーっ!」





 「よーし! それじゃ今日のとこはここまで!」


 その日の放課後。割り当てられた補習の時間に、帷先生が担任を務める2年の教室へと足を運んだ遊無は、数名の生徒とともに帷先生から補習を受けていた。


 「終わったー! それじゃ先生――ありがとうございました!」

 「おう! しっかり勉強しとけよー!」


 教室から退室する生徒達に帷先生は手を振って応じると、教室を振り返り最後まで席に座り込んで問題用紙を読み込む遊無の肩へと手を置いた。


 「……一番成績が悪くたって、無理は禁物だぞ?」

 「先生――私はこの学園で学ぶ学問について疎いので、少しでも早く皆さんに追いつきたいです」

 「刹那――遊無ちゃんは頑張り屋さんだね。それ程立派な熱意があるのに、どうして結果が伴わないのか――」

 「それは――私はまだ、この時代に馴染んでいないからです」

 「……? それってどういう……?」


 遊無の発言に帷先生が疑問を抱く中、遊無は改めてあの場所で自身に再び“生を吹き込んだ”遊陽の事を思い浮かべつつ、彼とも旧知の仲である先生なら――と、ここに至るまでの経緯を帷先生に話し始めた。








 仕事を終えた“経香”は愛車のスクーターにまたがり、日が沈み月と街灯が道を
照らす境階町を、自宅ではなく“彼女もよく知る”住所の家へと向かっていた。

 「……着いた。本当に“あいつ”の家に住んでんのか……?」


 目の前の赤い屋根を乗せた白い外壁の家からは、夕飯の時間だからか、良い匂いが漂っている。

 スクーターを外壁に寄せて止め、インターホンを押すと中から彼女の来訪を驚いた様子で母親らしき人物が応対し、やがて玄関まで2人分の足音が近付いて来た。


 「こんばんは。おばさん、大変ご無沙汰しております」


 ガチャッと玄関の扉が開くと、彼女の訪問に遊陽と遊無が驚いた様子で、経香を自宅へと招き入れるのであった。


 「経姉!? どうしてうちに……?」

 「あらーっ! 経香ちゃんとこうして会うのは久しぶりね!」

 「はい。私が教員免許を取って、ようやく帰郷したばかりですから……」

 「本当いつも息子がお世話になって――バイクの免許も取ったの?」

 「ええ。これに乗って遠方のお寺まで遠出したり――この前出産した時雨パイセンのために、安産祈願のお守りを貰ってきましてね……」


 遊陽の母にとっては久々の再開となった経香の立派な姿に、会話を交わしつつ遠慮しないで。と、スクーターを敷地内に移動させた経香を食卓へと誘い、彼女の皿を用意する。


 「……そっか。だから遊無ちゃん、遊陽んちに住んでいたんだ」


 経香も相伴して夕飯のシチューを食べながら、遊陽と遊無は事の経緯を改めて経香に話し終えた。


 「先生はそのために態々……ご迷惑をおかけしてすみません」

 「いや――実はあたしもな、あの後遊無ちゃんの事について他の教師と言い合いになってさ――」

 「遊無の……?」

 「遊無ちゃん、あたしの国語以外でも点数悪くてさ。……あっ! 仕方ないことだとは思うけどね? 真面目に話を聞いているのにできないとか、基礎教育すらまともにできていないのかって――」


 同僚から聞かされた愚痴にうんざりといった様子で、経香はシチューを搔っ込むと、その際に言われた厳しい判断について、2人にも伝える。


 「このテスト結果じゃ、再試に受からないと自主退学を促すことになるかもしれないって――」

 『退学……!?』

 「とりあえずあたしとしては、他の先生にも頼み込んで模擬テストの答案貰ってくるよ。最低でも国語だけはあたしが付きっきりで教えるし、そこからは遊無ちゃんのやる気次第だよ」

 「で――でも! いいのかよ経姉! 経姉だって仕事で忙しいのに……」

 「えっ……ま、まぁな。折角通学できたのに退学なんてもったいないだろ? 再試までまだ時間はあるし、ここに通えばしばらくぶりにあんたと“賑やか”しくいられるしね」


 心配する遊陽をよそに、今携わっている仕事の量を思い出し経香は内心不安を抱えつつも、遊無への個人的な授業を申し出た。


 「私も休み時間にはクラスの友人に手伝って貰ったり、出来る限り最善を尽くします!」

 「遊無の退学がかかっているからな……仕方ねぇ、カズや塰里にも協力を頼んでみるよ」


 早速D・フェースで2人にメッセージを飛ばす遊陽を見て、経香も一教師として進退の危機に陥る生徒を何とか救うべく、遊無が再試を合格するためのプランを計画し始める。

 遊無も今の生活を続けるため、この世界での学びをより深めるべく、再試までの限られた期間を目一杯使って乗り越えてみせると固く誓うのであった。





 ――フン、この様子じゃと当面の間は静かになるのう――。


 学園の休み時間。教室の中で笑原姉妹に八千代、遊陽達6人の生徒に囲まれて、出された課題を必死に解こうとしている遊無を教室の隅から眺める玉藻前は、やれやれと小馬鹿にしつつ姿を消していく。


 ――おいおい、そりゃあ困るぜぇ……!


 遊無達のいる教室から、血生臭い臭いが充満する暗い洞窟の開けた場所に現れた玉藻前は、豪華な装飾が施された杯を手に、あぐらをかいて退屈そうにちびちびと酌をする一匹の鬼へと向き直る。


 ――おめぇの近況が面白そうだから態々出向こうってのによ。これじゃ行っても暇そうじゃねぇか――。

 ――貴様は相も変わらず、暴れさえすれば細かいことは気にしないようじゃの――。


 玉藻前は呆れたように、彼女より3倍以上の身の丈をした鬼――肌は手足と胴体とで異なる色に分かれ、頭には5本の角、額に目を持ち――両膝と肘にも目玉を3つずつ付けた異形の鬼へと皮肉交じりに呟いた。


 ――ケケッ! てめぇこそ、いつまで“あの時の娘”にしてやられたことを根に
持ってやがる。狐は末代まで祟らなきゃ気が済まねぇのか……?

 ――くっ! 貴様こそあの時“対峙した武士”に出くわせば、またしても惨めに命乞いをするのじゃろうな――。


 双方言い争いを続ける2体の大妖怪だったが、やがて異形の鬼が先に冷静になり、玉藻前の挑発など気にも留めずに杯に注がれた酒を一気に飲み干す。


 ――禍津幽行での序列は、俺様の方がてめぇより上だ。まあ見てな。その時が訪れば、この時代に“酒吞童子”の名が馳せること間違いねぇだろうぜ――。


 ガハハと赤ら顔をした鬼――酒吞童子が再び並々と杯に酒を注ぎ、酌をすると玉藻前は話は終わりとばかりに彼に背を向け、洞窟から去って行くのであった。





 「それでは、再試開始――」


 そして訪れた再試の日。担当教科の先生が開始を告げると、再試を受ける生徒達は一斉に答案用紙へと答えを書き記していく。


 「思えば、苦難の日々でした――」


 遊無は答案用紙へと名前を書き、内容に目を通しつつ問題を解いていく。

 あれから友人達の協力もあって、彼女は勉強漬けの毎日を苦節の末に乗り越えてきた。

 休み時間も教室で、付き添う友人達の教えや励ましにより、日が経つごとに遊無は学習内容への理解を深めていったのである。


 「最後は――先生と習った国語です」


 場所は変わり、帷先生が担当する国語の再試を受けに来た遊無は、教室に入ると黒板の前の帷先生に一礼し、他の生徒とともに席へと座る。


  「……はい。じゃあ国語の再試を始めます。君達がこれまで積み上げてきたものは無駄なんかじゃありません。立ち止まらない限り学園生活は続くので、ベストを尽くして挑んでくださいね?」


 帷先生は集まった生徒達――とりわけ遊無へと励ましの言葉を掛けると、再試開始とともに腕を組み、生徒が不正をしないよう厳しい視線で教室を見回す。


 「……ありがとうございます。先生――」


 筆記具を手に取り、遊無は答案用紙に書かれた問題を目に映し、悩みながらも解答を書き記していく。

 そして再試終了とともに帷先生によって答案用紙が回収されていき、最後に遊無の座る席に来た帷先生は答案用紙を回収すると、お疲れとばかりに彼女の頭を優しく撫でた。


 「今回は――遊無ちゃんは誰よりも真剣に取り組んだね。お疲れさん」

 「先生――」


 遊無の頭から手を離し、帷先生は早速採点のため、教室を後にする。

 その後ろ姿を目で追いかけた遊無は、全力は尽くした。と一息つき、再試の合否まで気は抜けないと、自身のために付き合ってくれた遊陽達や経香に感謝しつつ他の生徒達とともに教室を後にするのであった。





 「遊陽と――」

 「遊無の――」

 『二人はビナリウス!』


遊陽「遊無――まだこの時代に慣れないながらも、必死に勉強しての再試お疲れさん」

遊無「正直授業の内容に付いていけてなかったのですが、皆さんに教えて貰ってからはより深く知り、学べるようになったと思います」

遊陽「みんなで教えてからの理解の速さは大したもんだぜ。成績上位組と経姉の教えが上手かったのもあるだろうけどな」

遊無「経香先生も私のために労力を割いてもらって、遊陽さんが親愛を寄せるのも納得の頼れるお姉さんですね」

遊陽「経姉のキャラとしては、漫画版GXに登場したオシリスレッドの担任教師も取り入れているみたいだぜ。冒頭で同じセリフも言ってるしな」

遊無「担当のクラスの遊陽さん達だけでなく、私達生徒に分け隔てなく親身に接してくれて――私も経香先生のファンになりそうです」

遊陽「経姉は厳しい時もあるけど、困ったときは必ず助けてくれるからな。ホント尊敬できる大人だよ経姉は――」

遊無「そのおかげで私も今回助かりました。先生とも親しくなれて嬉しいことずくめです。そして次回、再試の結果を聞き帰宅した私と遊陽さんは、経香先生と夕飯を共にして、デュエルの約束を取り付けたのち私と先生とのデュエルが始まります!」


 『次回! 遊戯王Binarius(ビナリウス) -供養と円寂の儀- お楽しみに!』
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ジェム貯めナイト
最近寒さもあって進捗滞っています……。
年内は今回が最後の投稿で、次回は正月明けから再開したいと思います。
皆様一足お先によいお年を~

あ、千夜が昔演じた役の元ネタは、悪女として、または悲劇のヒロインとして有名な戯曲“ヘッダ・ガーブレル”です。 (2022-12-24 00:42)

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