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HOME > 遊戯王SS一覧 > 48Turn 精霊長アラウン

48Turn 精霊長アラウン 作:ジェム貯めナイト

 巨大な試験管が柱のように並び立つ研究室のような部屋で、黒いフードで全身を
覆った老人――ユーメイは、この場所に集められた者達の前で1人呟く。


 『イーサは、次元を超え精霊世界へと到達した』


 ユーメイの話を黙って聞いている5人組。彼らは横一列に並びながら、自らに下される指令を待つ。


 『侵攻を前に、ユーメイ様はお前達に貴重な力を与える。宵(よ)も含めた総力
戦だ』


 黒い鱗で全身を包み、両肩から黒い竜の頭が突き出た龍人――ゴルイニチは巨大
な試験管の間を歩きつつ、その中で浮かぶスチュパリデスにミダース、パズズにト
モカヅキを見上げると、配下の5人へと振り返った。


 「アタイらに力を……?」

 『そうだ。スチュパリデスら配下のお前達は、これより宵の指揮下へと入る』


 5人組の中では紅一点となる――紅色の髪をサイドでシニヨンに結んだ女が問い
返すと、ゴルイニチは頷き彼女の隣にいる老紳士へと目を配る。


 『此度の侵攻では、エッダ――お前はロマンと組み行動せよ。花(ファ)はカル
リトスとだ』

 「承知致しました」

 「了解! 麗しきセニョリータと組ませて頂き、感謝を示しますぜ!」


 ソンブレロを被り、短く口ひげを生やした軟派な男に見つめられたことで、シニ
ヨンの女は悪寒を覚えながらもジロリとソンブレロの男を睨みつけた。


 『そして現――お前は1人で先日の失態を挽回しろ。……聞いているのか……?



 ゴルイニチに凄まれ、他の4人とは距離を取っていた現はゴルイニチを睨み返す
も、無言のまま頷き了承したことで、ゴルイニチは残る高級なスーツを着こなす男
へと問いかけた。


 『ロマン。かねてより製造している“破壊の矢”は、滞りなく進んでいるのか?


 「勿論でございます。私とエッダが共同で資金を投じ、根回しも怠らず極秘裏に
進行しております」

 『――成程、さすれば残りは“再生”を行うあの力のみ――』


 ロマンからの報告に、再びユーメイが口を開き、ゴルイニチ達の元まで歩み寄り
ながら被っているフードに手を伸ばした。


 「ユーメイ様……?」

 『あの娘から、次こそは“遊明の力”を手に入れ進めよう! “ペレシート計画
”を……!』


 フードを脱ぎ、イーサ同様に丸裸の頭頂部に、垂れ下がり口髭と一体化した眉が
特徴的な素顔を晒したユーメイは、顔の前で拳を握りしめる。

 ユーメイが抱く“ペレシート計画”実現のため、秘号(エンクレーブ)達は総力
を結集させている。

 遊陽達が懸念していた事態は、水面下で着々と進行しているのであった。





 「――出ろ」


 将軍を名乗る獣人の少女――クイネと配下の兵士に連行された遊陽達は、押し込
まれた牢の中で一晩を過ごしたのち、訪れた兵士に牢から出るよう促される。


 「……オレ達をどこに連れていくつもりだ?」

 「御仰(ぎょこう)様と精霊長がお待ちだ。さっさとしろ」


 僅かな毛布と衝立を挟んでトイレが備え付けられただけの牢を見回した2人の兵
士は、遊陽達がリュックを背負いD・フェースを着けるとともに彼らを連行する。


 「――この先が謁見の間である。御仰様や精霊長にくれぐれも失礼なきよう……



 王宮と思われる廊下を通り過ぎ、巨大な扉の前まで連れてこられた遊陽達の目の
前でひとりでに扉は開き、兵士達に長槍を向けられながら遊陽達は謁見の間へと足
を踏み入れた。


 「サバス! 全員無事じゃったか……」


 既に待機していたイーサが遊陽達に気付いて安堵するも、傍らで腕を組み遊陽達
を眺めていたスーツ姿の翼人の男がモノクル越しに鋭い眼光を向けた事で、イーサ
はたちまち委縮する。


 「……到着しましたね。人間の皆さん。自分はこの精霊世界にて、精霊長を補佐する宰相を勤めます――御仰(ぎょこう)と申します」


 一度広げた白い翼を再び折り畳み、腕を折り曲げお辞儀をする御仰にサバスがお
辞儀を返すと、遊陽達3人もサバスに倣いその場で一礼した。


 「それでは精霊長――アラウン様の御前にて、人間世界より訪れしこの者達の処
遇を自分――御仰が素読致します」

 「――ちょっと待ってくれ……!」


 御仰が手にする原稿を読み上げようとした途端、遊陽は上段で玉座に座る灰色の
ローブを身に纏い、頭上には王冠を乗せた精霊長に睨まれつつも、何とか誤解を解
くべく御仰へと問い詰めた。


 「人間の方。申し訳ありませんが、ここでは自分達精霊が取り決めたルールに従
って頂きます」

 「俺達はこの世界に危害を加えに来たわけじゃない……!」

 『――黙れ。人間如きが口を挟むな』


 遊陽の弁解に堪忍袋の緒が切れたのか、アラウンは遂に玉座から立ち上がり、控
えていた精霊の犬を遊陽へと襲わせる。


 「遊陽……!?」

 「――っ!?」


 だが御仰は白い翼を広げ、遊陽に迫る精霊犬へと一気に間を詰めると、自らの片
腕を差し出し噛ませることで遊陽への攻撃を防ぎつつ、片腕を振るって精霊犬をア
ラウンの元に投げ飛ばした。


 「――人間の方、精霊長。どうか気をお鎮め下さい」

 『御仰……! 貴様――そやつらに味方するか!』

 「……宰相とは、精霊世界の争いごとを調停する立場にあり、片方に入れ込むこ
となく判断を下す事を義務付けられております」


 精霊犬に噛みつかれ、スーツの生地に穴が開いただけでなく左腕から血を流す御
仰は、それでもなお平然とした態度を崩すことなく再び遊陽へと語り掛けた。


 「御仰さん……」

 「お気になさらず。このような事には慣れております故……それではこれより人
間の方の処遇を読み上げさせて頂きます」


 噛みつかれた腕を後ろ手に回しつつ、再び御仰は原稿に目を通し、昨晩の間に決
められた遊陽達の処罰について話し出す。


 「今回の件において、特例宰相――イーサの手引きによりこの世界へ訪れた人間
達につきましては、現状自分達への危害は認められず、処分保留と致します。彼ら
の処分に関しては数日以内に精霊会議を招集し、採決により決定致します」


 御仰から下された決定により、当面の身の安全は保障されたと遊陽達はホッと胸
を撫で下ろす中、不服そうなアラウンに睨まれつつも御仰は下した決定をそのまま
読み上げる。


 「彼らは精霊会議までの間、精霊世界の移動は森を除き認めます。更に彼らを監
視するため、常に将軍1人と迫狗群を付けましょう」

 「……まだ完全には信用していないという事か」


 サバスの問いかけに御仰は頷くと、原稿をしまい下された決定は以上だと、遊陽
達と精霊長へと決定に対して異論はないかと尋ねた。


 『――まあよかろう。だが貴様達は必ずや、この世界から追放して見せる……!


 「……御仰さん――1ついいか?」

 「はい。如何なさいましたか?」

 「貴方方がこの犬達を付き従えているように、イーサ様にも付き人を付けたい。
私がイーサ様の付き人となることをお許し頂きたい」


 御仰へと申し出たサバスは、自らイーサと行動する許しを申し出た事で、御仰は
しばし考え込むと再びサバスへと返答した。


 「……いいでしょう。貴方がイーサの付き人となることを認めます」

 「ありがとうございます。寛大なご配慮に感謝申し上げます」


 サバスが御仰へ礼を述べるとともに、御仰は頷き遊陽達へとその場で待機するよ
う命じると、アラウンとともに謁見の間から退出した。


 「――オレはイーサ様とともに行動し、何とか状況の好転を考える。お前さんら
はこの後訪れる将軍と仲良くやってくれ」

 「サバス――気を付けてね……?」


 アラウンに続いて謁見の間を後にするイーサとサバスに、マノンは心配そうな表
情で別れの言葉を掛けると、サバスは彼女の頭を優しく撫でつつ、イーサに続いて
謁見の間から姿を消した。


 「……あれが精霊長か。俺達を随分と敵視していたな」


 先程までのアラウンの態度を思い返しつつ遊陽が呟いたことで、それまで黙って
いた遊無もおもむろに疑問を口にした。


 「この世界には遥か昔、光の精霊の力でマリアさんが辿り着きました。彼女が精
霊長との間に何らかの軋轢を生んだのでしょう――」

 「そんなのアタシ達とは何の関係もないのにね~。感じ悪~」

 「――へぇ……あんた達、精霊長に不満あるってわけ?」


 再び扉が開くとともに、遊陽達を連行し牢へと閉じ込めた獣人の将軍――クイネ
は腕組みしたまま、2匹の精霊犬を引き連れ3人の元へと歩み寄って来た。


 「森で会った君がお目付け役か」

 「フン、御仰様の寛大な措置に感謝することね。クイネはまだ、あんた達のこと
信用してないんだから――」


 2匹の精霊犬と同様に、尾ていから生えた犬の尾をピンと立たせたクイネは、遊
陽を見上げながら言い放つ。


 「それで? 精霊会議までの間、あんた達どうする気……?」

 「どうって……2人はこの後どこに向かいたい……?」


 突き刺すような視線で睨むクイネに困り果てた遊陽は、遊無とマノンへ振り返る
とこの後の予定を問いただす。


 「うーん、アタシも特に考えてないや」

 「遊陽。私達がこの世界に来たのは、秘号の脅威を伝えるため。そのためには私
達が精霊の皆さんと分かり合うのが先――」


 遊無は一呼吸置いて、精霊長であるアラウンが自分達人間を敵視する理由――そ
こから考える必要があると遊陽に伝える。


 「つまりはさっき言った通り、マリアさんについて調べる必要があるってことか


 「マリア? ……ああ、あんた達より昔にクイネ達の世界へ来たっていう――」


 遊陽達のやり取りに耳をすましていたクイネは、3人に背を向けてついてくるよ
う促す。


 「……クイネはその人間のことはよく知らない。けど集落なら知る者もいるんじ
ゃない?」

 「集落って――確か第三層だっけ?」


 王宮の廊下を歩きつつ、後方から精霊犬に見張られながら遊陽達は歩き、先を行
くクイネに付いて行く。


 「そっ。この王宮や城下町は、クイネ達より昔に生きた精霊が創り上げたのよ。
クイネ達の世界が四層に分けられてるのはもう知ってるでしょ?」

 「ああ。森、集落、城下町、王宮だったか」

 「それらには“開拓の四大英雄”――マース、マナウィダン、ブランウェン、プ
イスの名が付けられてる。各層はあんた達も通った枝廊(しろう)で、いつでも行
き来できるわけ」


 彼女に連行された時、根のように大地へと伸びた通路を歩かされたことを思い出
すうちに、クイネは目的の部屋へと辿り着く。


 「フンド? いるよね……?」


 部屋に踏み入ったクイネは、机に向かい作業に取り掛かっていた彼女と同じ獣人
の少年に話しかける。


 「姉ちゃん。何……?」

 「クイネはこいつらを連れて集落に向かうから。向こうで扶鷹(ふよう)に会っ
たらよろしく言っておく」


 弟の獣人――フンドと手短にやり取りを済ませたクイネは、部屋を離れ遊陽達を
連れて下の階層へと向かっていく。


 「さっきのはクイネの弟でフンド。クイネと同じ将軍だけど、王宮での職務を担
当してる」

 「扶鷹っていうのは……?」

 「クイネ達の夜間代理。あんた達を見つけたのも扶鷹、クイネ達にとって兄貴み
たいな奴よ」


 要点だけをかいつまんで将軍代理の男について伝えたクイネは、遊陽達とともに
王宮の入口へと辿り着くと、大人2人分の高さをした木の根に似た通路――枝廊を
遊陽達とともに下っていく。


 「集落に向かう前に、城下町にも寄るね。ダーナ達に差し入れ買ってかないと…
…」

 「クイネ~! ダーナって誰~?」

 「集落の最高責任者ってとこかな。御仰様直々に任命されて、多くの精霊達の面
倒を見てるの」

 「――そっか、まるで孤児院みたいだね」


 枝廊を下りながら、遙か下に見える所々に点在した住宅を眺めてマノンが呟くと
、第二層への出口が見えてくるとともにクイネは振り返った。


 「ふーん、人間世界にも“托霊所”があるんだ」

 「うん――アタシは本当の両親の事は全く知らないの」

 「……クイネ達の世界は、溟瀑(めいばく)から生まれた者同士――1つの家族みたいなものよ。でも人間達の繋がりは違うみたいね。――ここが“ブランウェンの城下町”よ」


 クイネに続いて枝廊を抜け出した遊陽達は、眼前に広がる数多の精霊達で賑わう
市場を目の当たりにし、思わず感嘆の声を上げた。


 「凄く賑わっている――」

 「集落で収獲されたものも、全部ここに運ばれるからね。あんた達はぐれるんじ
ゃないわよ……?」


 そして3人はクイネに続いて軒を連ねる各商店を巡り、クイネが購入した紙袋で
包まれた食料や日用品を抱えつつ、やがて城下町を後にする。

 そして再び枝廊を下って出口を抜けると、一同は精霊達が農作業に従事する牧歌
的な集落へと辿り着いた。


 「あっ! 遊陽……!」

 「将軍様のお帰りだ……!」


 他の精霊とともに、家事作業に従事するヨリマシやグージが訪れた遊陽に気付く
と、遠くの彼らに数人の精霊とともに手を振りお辞儀する。

 遊陽とクイネがヨリマシ達精霊に手を振り返す中、やがてクイネの元には各地を
徘徊する精霊犬達が彼女の元まで駆けてきた。


 「バウワウ54! イィプイィプ29! お勤めご苦労さん」


 遊無が持つ紙袋の1つを取り上げたクイネは、彼女の元へと駆け寄って来た精霊
犬達へと、紙袋から取り出した彼らの好物である加工された肉の塊を差し出した。


 「その犬達は……?」

 「迫狗群(はくぐぐん)は精霊長から生まれた分体――クイネとフンドはこの首
輪と共に、彼らを使役する能力を身に付けたの」


 クイネは首に付けられた首輪を指先で撫でつつ、集まった迫狗群達へと食料の差
し入れを配り終わると再び立ち上がり、遊陽達に付いてくるよう促す。


 「ここには数多くの精霊達が暮らしてるから、その分多くの迫狗群が常に巡回し
てるのよ」

 「……警備ですか。彼らを配備してまで貴女達精霊が警戒しているのは、一体何
なのでしょう?」


 遊無が発した素朴な疑問に、クイネは立ち止まり考え込む仕草をする。


 「――クイネ達の敵か。クイネ達はただ、精霊長が敵と定める者を追っているだ
けに過ぎないわ」

 「敵を知らずに……? そんな漠然とした考えで、今まで警備していたのか……
?」


 誰を警戒し取り締まるか――彼女達将軍の存在意義に関わるとの遊陽の指摘に、
クイネはキッと遊陽を見上げ呆れた物言いで言い返した。


 「あんたねぇ――クイネ達兵隊ってのは、上官の御仰様や精霊長の命令に背く訳
にはいかないの……! 精霊長の考えに従うのなら、クイネ達の敵は人間――ある
いは“ズメエヴィチ家”の裏切り者か――」

 「裏切り者……?」


 クイネが発した“裏切り者”という単語に反応した遊無が彼女へ聞き返すととも
に、クイネは自らの首輪を掴んで引っ張りながら遊無へと返答した。


 「クイネやフンドが従僕の首輪を着けられたのも、そのクソ野郎が原因ってわけ


 「何でまた――」

 「クイネ達将軍の前々任はね、先代精霊長を手にかけて逃亡したの。それがズメエヴィチ家の将軍――で、若くして精霊長となった現精霊長は、二度と将軍が反逆しないよう、危害を加えれば死ぬ首輪をクイネとフンドに着けたってわけ――」


 首輪から手を離すも、依然として表情を険しくするクイネへとマノンは呟く。


 「メルドッ(※※※) だけどクイネやフンドが服従を強いられるのは、間違っ
てると思うな」

 「別に精霊長への殺意さえなければ、何にも変わらないわよ。――あっ、扶鷹~
!」


 マノンとの会話を切り上げ、クイネは目の前を飛んで横切った2人の翼人に手を
振ると、両手に膨れたバッグをぶら下げた黒褐色の翼の男はその場で旋回し、クイ
ネの元に降りてくる。


 「キョキョーッ! クイネ将軍!」

 「フンドから聞いたわ。お手伝い中? いつもありがとね」


 黒縁メガネの翼人に礼を述べたクイネは、宙を飛ぶ女の翼人が俊敏な動きで急降
下する姿を見上げ、格好つけたポーズで着地したコンパクトなナイトビジョンで素
顔を隠した彼女が立ち上がる様を眺めた。


 「叢林(そうりん)参上でござる。本日は巡回任務にござるか? クイネ殿……
?」

 「流石は森のシノビね。今の任務はこいつらのお守りよ」


 男の翼人より一回り小さく、肩から背中まで露出したレオタードに網タイツを合
わせた小柄な女の翼人は、灰褐色の翼をふわりと浮き上がるマフラーのように広げ、胸の前で印を結んだ。


 「おや……クイネ将軍、そちらのお三方は……?」

 「あんたが見つけたクイネ達の世界に訪れた人間よ。あんた達、彼が扶鷹でこっ
ちの自称シノビが叢林っていうの」


 クイネがお互いを紹介したことにより、遊無は小柄な翼人の叢林を頭からつま先
まで眺め、遊無に気付いた叢林はゴーグル越しに一行を眺めた。


 「お初にお目にかかる。あちきはいずれ将軍殿のお庭番を務める叢林にござる」

 「叢林さんですか。その身なりに心意気、心身ともにお覚悟決めておられる方な
のですね」

 「よろしく。まるで忍者みたいだな」

 「あちきはシノビ。今はまだ未熟にござるが、必ずや扶鷹殿のように王宮へと働
きに参るでござるよ」


 そして遊陽達は頼まれた仕事に戻る扶鷹と叢林が飛び去るのを見送ると、2人か
ら知らされた通りに行き先を変え、集落の東へと移動を始める。


 「――いた! ダーナ……!」


 精霊達が集まって何枚ものシーツを干している中、彼らを指導している中年太り
の女性の姿を見かけたクイネは、両手に紙袋を抱えたまま彼女の元へと駆けていく



 「おや、将軍様のお帰りかい?」

 「数週間ぶりだね。……ところでダーナ、マリアとかいう人間について聞きたい
んだけど――」


 見た目は遊陽達と変わりない人間の女性と抱擁を交わしたクイネは、犬の尾を左
右に振り喜びを表しながらも、遊陽達が求めているマリアについての情報を彼女へ
と聞き出す。


 「あんた達も人間だね?」

 「はい。かつてこの地を訪れたマリアさんについて、私達は知りたいのです」


 遊無の問いかけに、ダーナは昔を懐かしむかのように何度か頷くと、やがて再び
遊陽達へと向き直り他の精霊が作業を続ける様子を指差して3人へと告げた。


 「そうさね――少しばかりここでの作業を手伝ったなら、見返りとして教えてあ
げるよ」

 「まあ簡単な家事ぐらいだろうけどね。荷物はクイネが預かるよ」

 「ダック!(オッケー) そんなの孤児院育ちのアタシなら楽勝よ!」


 情報の見返りに作業の手伝いを了承した3人は、クイネとダーナにそれぞれが持
つリュックと紙袋を手渡すと、遊陽は女仕事に加わる遊無とマノンとは別れ、男の
獣人の精霊に案内されて別の居住区へと訪れる。


 「それじゃ新入り! お前はあいつと畑を耕せ」


 監督を務める翼人の精霊から指示を受けた遊陽は鍬を持ち、翼人が指差した大柄
で黒い鱗で覆われた尾を持つ男の元へと向かって行く。


 「初めまして。ここでの作業に加わった遊陽と言います」


 他の精霊とは離れ、1人黙々と畑を鍬で耕していた黒い尾の男は振り返ると、尾
と同じ鱗で覆われた頬を僅かに緩ませる。


 「よろしく。僕はゲラシモフ」

 「俺は人間世界から来たんだ。あんたも獣人なのか……?」

 「――フッ……僕は龍人。没落したズメエヴィチ家だった者だ」


 こめかみから伸びた竜の角を触り、自嘲するかのように悲しげな声を漏らしたゲ
ラシモフは、再び鱗で覆われた腕で黙々と鍬を振るい始める。


 「あんたは……精霊長を殺めた家の者――」

 「知りたいかい? ……僕がまだ諸侯だった頃、当主を務める御方は将軍として
精霊長へと尽くしていたんだ」


 鍬を振るいつつも自らの身の上を語り始めたゲラシモフを見て、遊陽も鍬を振る
い地面を耕しつつ、ゲラシモフの話に聞き入ることにした。


 「しかしある時、その当主は精霊長を手にかけて以降、足取りも掴めぬまま――


 「…………」

 「あの日の事は忘れられない。その当主が夜分遅くに出ていくのを、僕は偶然に
も目撃した。それが最後に見た当主の姿だった。それからは今の精霊長に過去の褒章どころか屋敷に至るまで全てを取り上げられ、娘とともにここでひっそりと暮らしていくしか他無かった」


 彼が地位も名誉も失い、今に至るまでの経歴を語るのを聞きながら、遊陽は沈黙を保ったままひたすらに地面を耕す。


 「……すまない。君は僕がかつて見た“彼女”と同じ人間だから、つい口が弾ん
でしまった」

 「彼女って――マリアさんのことか……!?」


 遊陽はゲラシモフの知る人間がマリアだと察し、彼女の手がかりを掴むため彼へ
と問い詰める。


 「教えて欲しい。マリアさんと今の精霊世界の現状は関係あるんだろ……?」

 「そうだな……僕がまだ諸侯だった頃に、当時の宰相――遊明様と彼女がともに
いるのを何度も見ていた」


 2人はそれは仲睦まじかったと、やがて遊明が消息不明となるまでは幸せな時が
続いたとゲラシモフは語り、そしてズメエヴィチ家の将軍による事件が起きてから
彼女の身辺は急転したと険しい表情で思い返す。


 「他の精霊とも良好な関係を保ち、遊明様だけでなく多くの者から愛された彼女
は、あの事件後就任した今の精霊長により、生涯王宮に幽閉された」

 「それは……何故――」

 「宰相に前精霊長――更には将軍と、立て続けに精霊世界のトップを失った精霊
世界は、大変な混乱に見舞われた。後を継いだ精霊長は、全ての原因はこの世界に
人間が訪れてからだと、彼女を幽閉することで何とか事態を収束させたんだ」


 そうして混乱は収まり、新たな体制のまま今に至るまで精霊世界は安定したとゲ
ラシモフが語り終えるとともに、精霊世界が辿った歴史を聞いた遊陽は理不尽なや
り方だと立腹する。


 「そんな――ゲラシモフさんもマリアさんも、何も悪くないのに……!」

 「そう思ってくれただけで十分だよ。だが今の精霊長は、彼女の幽閉後元の平穏
を取り戻しつつあったことから今もその意志は変わりないようだ」


 結果的にあのやり方は正しかった。マリアを牢に閉じ込めズメエヴィチ家を冷遇
することで好転したと精霊長や彼に仕える者も信じているため、精霊世界の意志は
そう変えられないとゲラシモフは語る。


 「だったら――俺達が説得して見せる……!」


 畑を耕す手を止め、遥か遠くに見える王宮を眺めながら遊陽は決意する。


 「同じ仲間の精霊や人間を排除するだけじゃ、根本的な解決にはならない。マリ
アさんの足取りを辿ることで、彼女の名誉を取り戻してみせる! ズメエヴィチ家
もだ! 悲しいすれ違いはもう、終わりにしよう……」


 悲しき運命に翻弄された者達――精霊長も含め過去の出来事に囚われた者達を解
放するべく、遊陽は改めて精霊世界を知るため情報収集を勤めると決意したのであ
った。





 「俺と遊無――」

 「そしてアタシ、マノンとクイネちゃんが送る――」


 『ビナリウス回顧録!』


遊無「精霊長の元に連れてこられた私達は、ひとまずこの世界へ滞在することを認
められたのち、クイネさんの案内によってこの世界に住む様々な精霊との交流を深
めます」

マノン「この世界にはいろんな精霊が住んでいるんだね~」

遊陽「ああ、中でもクイネの仲間の扶鷹に叢林――そして裏切り者の家の出身であ
るゲラシモフさん――」

クイネ「あんた……あいつと一緒なんだ。集落の皆は気にしてないけど、王宮で働
くクイネ達はどうしても敵の身内としか見れないわ」

遊陽「クイネまで――ゲラシモフさん達だって裏切りの将軍に苦しめられたんだ。
俺は決めたんだ。なんとか彼らの名誉を取り戻すって――」

遊無「遊陽の言う通り、彼ら自身に罪は無い。その事は精霊長だって知っている筈
なのに……ともかく次回は、何とか集めたマリアさんの情報をより知るため、彼女
が書き残した日記を調べに私達は再び王宮へと戻ります――」


 『次回! 遊戯王Binarius(ビナリウス) -下される審判-』


遊陽「サバスさん達も、何とか俺達への誤解を解くべく行動を起こしていた。次回
――精霊会議で俺達への判断が下される……!」
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33 26Turn 天上の採火 252 0 2023-06-02 -
45 幕間 3人の交流生 338 0 2023-06-04 -
72 27Turn 魘夢の魔族 325 0 2023-06-10 -
40 28Turn 羅漢の竜王 281 0 2023-06-21 -
43 29Turn 聖夜のマノン 354 0 2023-06-25 -
37 幕間 もう一人の遊無 296 2 2023-06-28 -
39 第二章 キャラクター紹介 324 1 2023-07-01 -
67 幕間 闘諍の予兆 361 0 2023-07-06 -
36 30Turn 狂課金(ミダース) 282 0 2023-07-10 -
64 31Turn 舞い上がる不死鳥の輪舞 418 0 2023-07-14 -
51 32Turn 巻き上げる関捩 339 1 2023-07-17 -
45 33Turn 夢に堕ちる仲間 394 0 2023-07-22 -
37 34Turn 友を取り戻せ! 294 0 2023-07-30 -
33 35Turn 堕ちた雷と涙雨の天河 321 0 2023-08-03 -
34 36Turn 伝えたい言葉 308 1 2023-08-11 -
31 37Turn 夢を喰らう獏 255 0 2023-08-26 -
31 38Turn 深淵のトモカヅキ 244 0 2023-09-03 -
84 39Turn 最遠のパズズ 332 0 2023-09-11 -
27 40Turn 所縁が結ぶ絆 235 0 2023-09-18 -
26 41Turn 活火激発の鍛人(かぬち) 244 0 2023-09-22 -
27 42Turn 巣林一枝のブルーバード 189 0 2023-09-23 -
32 今までの話が丸分かり! 第二章のあらすじ 291 1 2023-09-24 -
27 43Turn 次の関係(ステップ)へ 256 0 2023-10-20 -
33 44Turn 竜の駒 大洋を統べる 322 0 2023-10-22 -
38 45Turn マグナ ヌメンへの往訪 233 0 2023-10-26 -
31 46Turn 跳躍-精霊世界へ 241 0 2023-10-29 -
45 幕間 強化訓練と異界の住人 290 0 2023-11-02 -
39 47Turn 精霊世界 マースの森で 230 0 2023-11-05 -
35 祝一周年! 今後の展望など 298 0 2023-11-11 -
29 48Turn 精霊長アラウン 187 0 2023-11-15 -
31 第三章 キャラクター紹介 242 1 2023-11-16 -
43 49Turn 下される審判 278 0 2023-11-20 -
23 50Turn 猟犬従えし灰の王 241 0 2023-11-28 -
30 幕間 精霊世界の平生 298 0 2023-12-07 -
24 51Turn 最善の選択 208 0 2023-12-18 -
28 52Turn 立ちはだかる使者達 244 0 2023-12-28 -
27 53Turn 怨嗟積り秘号と成す 218 0 2023-12-30 -
28 54Turn 遊明の力 228 0 2024-01-02 -
27 今までの話が丸分かり! 第三章のあらすじ 278 0 2024-01-03 -
13 お久しぶりです。 74 0 2024-11-10 -
3 お知らせ。 36 0 2024-11-20 -

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