アフターストーリー：陽川 千夏編・3　作：光芒

　京都観光一日目を終えた遊希たちは、宿泊する旅館に到着する。この旅館を手配したのは遊貴の姐である宮戸 琉枝。彼女は妹の遊貴やその親友である美夏が遠方遥々から客人を招くということに姉として嬉しかったのか、京都市内でも上位に入る旅館を遊希たちのために用意したのである。

「まさかここまで琉枝が絡んでいるなんて思っていなかった」
「遊希さんたちだけじゃなくてあたしたちの宿泊費まで負担してくれるとは予想外だったね。さすがあたしの義姉になる人だわ」

　そう言ってにっこりと笑う美夏を「何言ってんだこいつ」的な目で見る遊貴。琉枝の妹である遊貴は出掛ける前に手渡された数枚のサイン色紙の存在も相まって琉枝が何かを企んでいるようでならなかった。

「さてと、そろそろ遊希さんたちを呼びにいこっか」
「……温泉も食事も済ませたのにこれからどうするの」
「おう遊貴ちゃん。京都府民なら今日が何の日か知らないとは言わせないぜ？」

　今日の日付は8月16日。終戦記念日の翌日でもあるこの日は、京都にとってはまた特別な意味合いを持つ日でもあった。

「五山の送り火？」
「はい！ いわゆる大文字焼きって奴ですよ」

　「京都五山送り火」は祇園祭とならんで、京の夏を代表する行事の一つである。先祖の霊を送るという、精霊送りの意味を持つお盆の行事であり、毎年8月16日の夜20時に京都を囲む5つの山に「大文字」「妙法」「船形」「左大文字」「鳥居形」の順に火が灯されていく。
　火が消えた後の闇の暗さに人々は夏の終わりを惜しみ、秋の訪れを感じる。そんな悲喜こもごもの情感が送り火を一層情趣深いものにするのだ。

「そう言えば今日だったんだ……もしかしてそれを狙ってこの日にセッティングしたの？」
「はい！ 年に一度ですし、夜の闇に浮かぶ炎は綺麗ですよ！」
「大文字！ 聞いたことがありマス！ 炎タイプの主力技デスネ！」
「15%くらいの確率で外れるのよねあれ。そう考えると15％って侮れないわ」
「メガリ○ードンYの時は特性で強化されるから命中重視で火炎放射が採用される傾向にありますよね」
「むぅ……親会社の本社が京都にあるからってデュエルモンスターズと無関係なネタはNG。法廷で裁判という名のデュエルに臨まされる」

　浴衣から外出着に着替えた遊希たちは美夏の案内の下、送り火の中で最も早く点火される京都市東山にある如意ケ嶽がよく見える場所へと移動しようとする。しかし、ここで美夏は自分の予測が甘かったことを思い知らされた。昼間に鹿苑寺に行った時にも味わったことだが、京都はいまや日本はおろかアジア、世界を代表する観光地の一つである。世界中から人が訪れるこの地において、年に一度の祭礼が行われるということは、それだけ多くの人間が詰め寄せることになるのだ。

「ねえ……美夏。あなたは大の字がよく見える場所を知っていると言ったわね？」
「はい」
「穴場スポットだから人の波に巻き込まれることなく見れる……とも」
「はい」
「人ばっかじゃない！」
「はい！」
「ま……まあそれだけこのお祭りが魅力的ということですよね」
「そうなんですよ、さすが詩織さん。よくお判りで！」

　ある程度わかりきっていたことではあるが、もはや混雑の中で眺めるしか手段は残されていなかった。これから新しく穴場を探せるほどの時間もない。遊希は両手で美夏の頬を挟み、それをグリグリと回す。「むぅ～」と変な声を出しながら美夏の顔がスライムのように変化する様を眺めているうちに集まった人々から歓声が上がった。如意ヶ嶽に灯される炎は大の字を描き、漆黒の闇を照らすオレンジ色の炎は見る者の目を奪う。

「凄いデスネ……」
「うん、人で混雑しているのはしょうがないけど、見るだけの価値はあるね」

　最初はぼうっとその炎を眺めているだけの遊希たちであったが、自然と手を合わせるようになっていた。五山の送り火は鎮魂のために燃やされる炎。彼岸より戻ってきた先祖代々の魂が再びあの世に戻るためにその炎は燃やされる。

「……ねえ、美夏」

　そんな最中、美夏の隣に立って炎を眺めていた千夏が美夏の方を見ずに彼女に声をかけた。

「千夏さん？」
「私もっといいところで見てみたいんだけど」
「……ごめんなさい、あたしも此処以外の場所知らなくて」
「大丈夫、私が連れていってあげる」

　千夏は美夏の手をぎゅっと掴むと、人混みを掻き分けてどんどん奥へと入っていく。遊希たちが千夏を呼び止めようとするが、千夏はそんな遊希たちの声に応えることなく美夏の手を引いて構わず奥へと進んでいく。

「ちょ、ちょっと千夏さん！ どうしたんですか急に！！」
「……」

　美夏は必死に呼びかけるが、千夏は全く応えない。少なくとも美夏の知る千夏であればこのようなことはしない、と思っていただけに美夏は何が何だか訳が分からない様子だった。なんとか手を放そうとするも、千夏の握力はまるで成人男性のように屈強であり、美夏が自由にすることができない。

「千夏さん！ 千夏さんったら！！」

　美夏はぶんぶんと手を振ってやっとのことで千夏から離れる。気づけば人混みはとうに抜け、深い森の中、古ぼけた社の前に二人は居た。京都には大小さまざまな寺社仏閣が存在するが、こんな森の中にボロボロな社があることは知らなかった。

「千夏さん……どうしてこんなところに？」
「ねえ美夏……デュエルしない？」
「デュエル？」

　観光にこそ来ているが、遊希たちはデュエリスト。デッキおよび持ち運びやすい折り畳み式のデュエルディスクは常に持ち合わせている。遊貴と違ってデュエルを専門的に学んでいない美夏ではあるが、遊貴ほどのものではなくてもその腕には覚えがある。ただ、もしこのデュエルの相手が“いつもの千夏”であればこのデュエルは願ってもないことだろう。

（……デュエルは望むところだけど、千夏さんの様子がどこかおかしい。あんなに目は据わっていないし）
「さあ、美夏。あなたがこの2年間でどれくらい成長したか見せてちょうだい？」
（うん、霊感とか全くないけどわかる……あれは千夏さんであって千夏さんじゃない。それならこのデュエルに勝って千夏さんを助ける！）

　近くに遊貴はいない。思えばいつも隣りにいた親友の姿に支えられてきた。美夏にとっては文字通り独りきりの戦いになるが、だからこそより強くあらねばならなかった。

「「デュエル！！」」

先攻：千夏
後攻：美夏

千夏　LP8000　手札5枚
デッキ：35　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：0　Pゾーン：赤/青　除外：0　エクストラデッキ：15（0）
美夏　LP8000　手札5枚
デッキ：35　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：0　Pゾーン：赤/青　除外：0　エクストラデッキ：15（0）


☆TURN01（千夏）

「私の先攻。私は手札から魔法カード、手札抹殺を発動」
「手札抹殺！？」

　美夏の知る千夏のデッキは【HERO】。【ヒロイック】などが入っているため純粋なHEROデッキではないが、それでもM・HEROや属性融合HEROなど様々な戦法が取れるデッキだ。しかし、美夏の記憶では千夏は手札抹殺を入れていない。

（手札抹殺は確かにパワーカードではあるけど、HEROに入れるカード？）
「互いに手札を全て捨ててデッキから手札の枚数ぶんドローする。私は4枚、あなたは5枚よ」
（まあ、あたしのデッキにとって墓地が肥えるのは悪くないかな……）
「私は手札から永続魔法を発動―――“コモンメンタルワールド”」

※コモンメンタルワールド
永続魔法
自分がシンクロモンスターのシンクロ召喚に成功する度に、相手ライフに500ポイントダメージを与える。

「は？ コモンメンタルワールド！？」

　千夏のデッキは融合とエクシーズが主戦法で、シンクロ召喚はまず用いられない。グローアップ・バルブやジェット・シンクロンなど汎用性の高いチューナーモンスターこそ多いが、デッキに入れる枠などあっただろうか。

「そしてモンスターを召喚。現れなさい“ゴブリンゾンビ”」

※ゴブリンゾンビ
効果モンスター
星4/闇属性/アンデット族/攻1100/守1050
(1)：このカードが相手に戦闘ダメージを与えた場合に発動する。相手のデッキの一番上のカードを墓地へ送る。
(2)：このカードがフィールドから墓地へ送られた場合に発動する。デッキから守備力1200以下のアンデット族モンスター1体を手札に加える。

「……違う。HEROじゃない！ デッキが違うってことは……やっぱり」
「デッキトップを墓地に送り、墓地のグローアップ・バルブの効果を発動。自身を特殊召喚する。そして私はレベル4のゴブリンゾンビにレベル1のグローアップ・バルブをチューニング。シンクロ召喚―――レベル5“TG ハイパー・ライブラリアン”」

※TG ハイパー・ライブラリアン
シンクロ・効果モンスター（制限カード）
星5/闇属性/魔法使い族/攻2400/守1800
チューナー＋チューナー以外のモンスター1体以上
(1)：このカードがフィールドに存在し、自分または相手が、このカード以外のSモンスターのS召喚に成功した場合に発動する。このカードがフィールドに表側表示で存在する場合、自分はデッキから1枚ドローする。

「ちょっ、TGって……結構レアなカードなんじゃないの」
「シンクロ召喚に成功したことでコモンメンタルワールドの効果、そしてフィールドから墓地に送られたゴブリンゾンビの効果が発動」

チェーン2（千夏）：ゴブリンゾンビ
チェーン1（千夏）：コモンメンタルワールド

「チェーン2のゴブリンゾンビの効果で私はデッキから守備力0の“ゾンビ・マスター”を手札に加える。そしてチェーン1のコモンメンタルワールドの効果であなたのライフに500ダメージを与える」

美夏　LP8000→7500

「そして墓地の“馬頭鬼”の効果を発動」

※馬頭鬼
効果モンスター
星4/地属性/アンデット族/攻1700/守800
(1)：自分メインフェイズに墓地のこのカードを除外し、自分の墓地のアンデット族モンスター1体を対象として発動できる。そのアンデット族モンスターを特殊召喚する。

「墓地の馬頭鬼をゲームから除外。そして墓地のアンデット族モンスター1体を蘇生する。私が蘇生するのは……“翼の魔妖-波旬”」

　千夏のフィールドには翼の生えた修験者のような外見のモンスターが現れた。ゴブリンゾンビの時点で完全に理解していたが、やはりこのデッキは千夏のデッキではない。そして千夏ではないのはデッキのみではない。

「ねえ……ちょっと聞いていい？」
「……なぁに」
「あんた……誰？ 千夏さんに何をした！！」