第24話：闇と氷のドラゴン　作：光芒

「ったく、信じらんない！！」

　ゴールデンウイークの駅前に綾香の怒号が響き渡った。だが無理もない。遊希に突然呼びつけられた挙句、自分の不始末の尻拭いをさせられるのだから。遊希は面倒くさそうに綾香を宥めるものの事の発端が事の発端なので全く説得力が無く、逆に綾香の怒りは増すばかりであった。

「綾香、声が大きいわ。人様の迷惑よ」
「迷惑なのはどっちよ！ 遊希がパパから頼まれた仕事ミスるのがいけないんじゃない！」
「ゴールデンウイークの間ずっと学校に引きこもっている辺りどうせあんた暇だったでしょ。たまには外に出なさい。さすが5月、全てを忘れそうになるくらい気持ちいいわ」
「忘れた結果がこれじゃない……」

　開き直る遊希に呆れ、深いため息をつく交香。デュエル中の遊希は強く、勇ましく、美しくととても魅力的なのにどうしてデュエル以外となると女子力の欠片も無くなってしまうのか、と頭を抱えた。
　しかし、綾香が暇を持て余していたことは紛れもない事実である。現にゴールデンウイークの長期休暇を利用して千夏と詩織は実家に帰っており、実家がアカデミアから近い綾香しか遊希の呼び出しに応じられる人間はいなかった。

「で、あんたが編入してくる留学生を見失ったと」

　だが来てしまった以上このまま何もせずに帰るというのは癪に障る綾香は渋々遊希の手伝いをすることにした。最も今度遊希に近場の有名スイーツを奢ってもらうという条件付きではあるが。

「ええ。なんでも有名な現役プロデュエリストの子みたいよ。確かエヴァ・ジムリアとかいう」

　エヴァ・ジムリア、という名前を聞いて綾香の目の色が変わった。

「エヴァ・ジムリア！？ あのエヴァ・ジムリアがうちに来るの？」
「何よその食いつきよう。そんなに凄いのその子？ 雑誌ではやたら持ち上げられていたけど」
「大会では何回かパパにも勝ってるし、下手したら遊希より強いかも……」
「……そう」

　綾香の「遊希よりも強い」という言葉に遊希の中でのエヴァに対する興味が増していく。光子竜はそれを知ってもなお遊希に直接それを言うことはしなかった。遊希は自身がプロを引退してからデュエルをほぼ捨ててここまで過ごしてきた。そのため一切のプロリーグの情報を知らない。
　しかし、人間は自分の知らないことを知りたがる生き物であり、デュエリストなら自分より強いデュエリストの力とはどれほどのものなのか知りたくなるものである。現にアカデミア入学を決めた前後から遊希のデュエルに対する情熱は少しずつではあるが高まってきている。
　光子竜は遊希の両親が命を落としたことの原因は自分にもあると日々感じていた。そのため彼は親のような立場で遊希がかつてのデュエルを楽しんでいたころの遊希に戻ってくれることを願っていたのだ。

（―――遊希）
「取りあえずもう1回周囲の人に聞いて回りましょう。ロシア人だからきっと目立つはずよ！」
「ええ」

　遊希と綾香は二手に分かれてエヴァの捜索に乗り出した。





＊






　その頃、当のエヴァは男たちと共にカードショップを後にしていた。彼女の手には男たち3人が割り勘することでなんとか手に入れられた混沌帝龍のカードがあった。まさかエラッタされ、やや弱体化が為された混沌帝龍のカードが未だこんな高値で取引されているとは思わなかった男たちはエヴァのために手持ちの金銭の大半をつぎ込んでこのカードをプレゼントしたのである。

「ありがとうございマス。ロシアではこのカードは日本円で数百万の値が付いていて……」
「よ、喜んでもらって何よりだよ……」

　このままだと何をされるかわかったものではない。そう思った男たちはエヴァの後ろを歩きながら適当な裏路地を見つけた。

「な、なあ。俺たちも行きたいところがあるんだけどよぉ」
「どこデスカ？ さっき私の行きたいところに連れて行ってくれたので私もあなたたちの行きたいところにいきますヨ？」
「こっちだよ……」

　エヴァが男たちに連れて行かれたのは人気のない薄暗い路地裏だった。

「あの……ここ何もないデスヨ？」
「いや、どっか建物に入りたいわけじゃないんだよ。俺たちさぁ……君とタノシイことしたかったんだよねぇ」

　男たち3人がジワジワとエヴァを取り囲むように近づいてくる。するとエヴァは手持ちの鞄からあるものを取り出し、それを左腕につけた。

「楽しいこと……あっ、わかりました！ デュエルデスネ！」

　デュエルディスクを装備してドヤ顔をするエヴァの前に男たちはズッコケる。エヴァはプロとして早々と有名になってしまったため、馴染んだスタジアムではなく異国でのストリートデュエルにあこがれを持っていたのだった。

「違えよ！ 俺たちがしたいことはな……」

　逸る男の一人をリーダー格の男が制止する。リーダー格の男もまたデュエルの腕には自信を持っていた。ことに及ぶのはデュエルの後でも遅くは無い、そう判断したのだろう。男はデュエルの条件にあることを付け加えた。それは男が勝てば「なんでもいうことを聞く」という条件であり、かなり怪しかったがエヴァは疑うことなく男の条件を受け入れた。

「……まあ待ってろ。俺が決めてやるからよ」

　男のリーダー格はそう言って仲間の男たちに自分の勝利を見届けるように言った。

「……？ えっと、では先攻後攻決定権を決めマショウ」

　デュエルディスクのコンピューターによって先攻後攻の決定権は男に委ねられる。男は先攻を取った。

「じゃあ行くぜお嬢ちゃん！」
「ハイ！ どこからでもかかってこい、デス！」
「「デュエル！」」


男 LP8000　手札5枚
デッキ：35　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：0　除外：0
エヴァ LP8000　手札5枚
デッキ：35　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：0　除外：0


☆TURN01


「俺の先攻！ 俺は手札から“ジェネクス・ウンディーネ”を召喚！」


※ジェネクス・ウンディーネ
効果モンスター
星3/水属性/水族/攻1200/守600
このカードが召喚に成功した時、デッキから水属性モンスター1体を墓地へ送って発動できる。デッキから「ジェネクス・コントローラー」1体を手札に加える。


「ジェネクス・ウンディーネの召喚時の効果発動！ 俺はデッキから水属性モンスター“黄泉ガエル”を墓地に送り、チューナーモンスター“ジェネクス・コントローラー”を手札に加える！ 俺はこれでターンエンドだ！」

　男はフィールドにモンスター1体を出しただけでターンを終えた。男が墓地に送った黄泉ガエルというモンスターは自分のスタンバイフェイズ時に自分フィールドに魔法・罠カードが存在しない場合、墓地から特殊召喚できるモンスターだ。
　条件さえ満たせば何度でも蘇るモンスターをリリースして上級モンスターのアドバンス召喚を狙うのが男のデッキであった。


男 LP8000　手札5枚
デッキ：33　モンスター：1（ジェネクス・ウンディーネ）　魔法・罠：0　墓地：1　除外：0
エヴァ LP8000　手札5枚
デッキ：35　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：0　除外：0


☆TURN02


「私のターン、ドローデス」

　後攻のエヴァがカードをドローする。エヴァはカードを手札に加えると少し残念そうな顔をした。

「残念デス、お兄さん」
「？」
「お兄さんに次のターンは回って来まセン」
「なっ……」
「まずはフィールド魔法、“闇氷の霊域”（あんひょうのれいいき）を発動しマス！」

　エヴァがフィールド魔法を発動する。すると周囲には5月だと言うのに瞬く間に冬のような冷気が立ち込める。エヴァの発動したフィールド魔法によって周囲はまるで北極を思わせる氷の世界へと変化していた。

「なんだこのフィールドは……？」


※闇氷の霊域（あんひょうのれいいき/オリジナルカード）
フィールド魔法
(1)：このカードがフィールドに存在する限り、自分フィールド上に存在する「闇氷」と名のついたモンスターの攻撃力は300ポイントアップする。
(2)：自分が「闇氷」と名のついたドラゴン族SモンスターのS召喚に成功した時、自分はデッキからカードを1枚ドローする。


「このフィールドがあると私のモンスターはみんな元気いっぱいになりマス。そして相手フィールドにのみモンスターが存在し、私のフィールドにモンスターが存在しないとき、このカードは手札から特殊召喚できマス！ 現れてください、“闇氷竜 ファフニール”！」

　更にエヴァは手札からモンスターを特殊召喚する。空気中の水分が集まり氷となると、その氷を砕き中から漆黒の身体と氷の鱗を持つドラゴンが現れた。
　エヴァの操る【闇氷】（あんひょう）名のつくモンスターたちは、全て闇属性・ドラゴン族で統一されており、その特徴としては召喚時に同じ【闇氷】と名のついたチューナーモンスターをサーチするなど高速シンクロ召喚に特化されている。
　また、その身体的特徴に合わせてフィールドに存在する限り闇属性だけではなく、水属性も併せ持つモンスターたちなのだ。

闇氷竜 ファフニール ATK1800→2100

「闇氷竜 ファフニールが特殊召喚に成功したため、効果が発動しマス」


※闇氷竜 ファフニール（オリジナルカード）
効果モンスター
星4/闇属性/ドラゴン族/攻1800/守1200
(1)：相手フィールドにのみモンスターが存在し、自分フィールドにモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚できる。
(2)：このカードの召喚・特殊召喚に成功した時、自分のデッキから「闇氷竜」と名のついたチューナーモンスター1体を手札に加えることができる。
(3)：このカードがモンスターゾーンに存在する限り、このカードの属性は「水」としても扱う。


「ファフニールの効果で闇氷竜と名のついたチューナーモンスター、“闇氷竜 バジリスク”を手札に加えマス！ そして今加えたバジリスクを召喚デス！」


※闇氷竜 バジリスク（オリジナルカード）
チューナー・効果モンスター
星4/闇属性/ドラゴン族/攻1200/守1300
(1)：このカードをS素材としてS召喚されたドラゴン族のSモンスターは以下の効果を得る。●S召喚に成功した時、相手フィールドに存在するカード1枚を選択して破壊する。
(2)：自分フィールド上にドラゴン族のSモンスターが存在する場合に発動できる。このカードのレベルを2に変更できる。
(3)：このカードがモンスターゾーンに存在する限り、このカードの属性は「水」としても扱う。


「フィールド魔法、闇氷の霊域の効果でバジリスクの攻撃力も300上がりますガ……」

闇氷竜 バジリスク ATK1200→1500

「チューナーと非チューナーモンスター……！」
「では行きマス。私はレベル4の闇氷竜 ファフニールに、レベル4のチューナーモンスター、闇氷竜 バジリスクをチューニング！ “遥かなる北方の世界に目覚めし魔竜よ、大海を支配しその牙で神をも穿て！ ”シンクロ召喚！ 現れよ、レベル8！ “闇氷魔竜 ヨルムンガンド”！！」

　フィールドの氷河を食い破って現れたのは漆黒の身体に氷で出来た鱗を持った巨大な蛇のようなモンスターだった。