43　星の扉・１　作：Ales

　新田征が激闘を繰り広げ、宮戸琉枝が不死の屍をなぎ倒している頃。
　宮戸遊貴は、漆黒に染まる少女と対面していた。


　－お待ちしていました。


　そう言われても、こちらからすれば初対面で、そもそもログインしたら何故かここに来たのだから待ち人も何もあったものではない。

　「さあ、こっちへ。ふふ……これでようやく終わらせる事が出来ます。」

　長椅子から立ち上がった女性のその声に、聞き覚えがあった。

　「……ロロナ？」

　近付いてくる女性に尋ねると、あっさりと返事が得られた。

　「ええ、そうですよ。お待ちしていました。」
　「いや、なんの事……」

　露骨に警戒する遊貴との間合いを、ロロナは一瞬で詰める。

　「！？」

　一瞬のことで、何が起こったのかわからない。瞬間移動じみた行為は美夏のそれで見慣れている遊貴だったが、ロロナのそれはまるで空間を切り取って圧縮したかのようである。気が付いた頃には、目と鼻の先にロロナがいるのだ。

　「そう警戒しないでください。ちょっと、身体を借りるだけですから。」
　「え……？」

　身体を持ち上げられた。何をされるかと思えば、そのまま祭壇まで運ばれる。

　「あなたから色々貰ったんですけど、どうもそれだけではダメみたいなんです。でも、あなたがいればきっと完成します。ですから……身体、貸して下さい。」
　「どういう……こと……？」

　あれこれ言っている間に、台の上まで運ばれ、そこに寝かされる。

　「まあ、私にそこまで出来るとは思いませんけど……死んでも大丈夫ですよね？どうせ全て終わるんですから。」
　「いや、良くない……」

　いきなりの展開に、頭が思考を拒否している。ロロナの手を強引に振り払って台の上に立つと、そのままロロナの頭上を跳び上がり、後方に着地してロロナに向き直った。ガラスの台は滑って足場が悪かったものの、跳躍も着地も何とか成功した。

　「説明……してくれる？」

　とにかく相手の真意を計らぬ事には、賛同も何もない。

　「もう……悪い子ですね。そんなに警戒しなくても、用が終われば身体は返しますよ。もっとも、その時あなたの精神がどうなっているかはわかりませんけどね。」

　いきなり悪い子扱いされても、言っている事が無茶苦茶なので苛立ちも沸かない。第一、ついさっきは「死んでも構わないか」と聞いてきたというのに今は「身体は返す」などと言う。死の定義をどうするかは昨今の医学界の大きな悩みであるが、さてこうして実際直面し、自分の身体で考えると些か不快である。
　そしてこうやって睨み合っている間にも、ロロナは間を詰めてきているのだ。

　「…………むぅ。」

　聖堂の真ん中で、相対して睨み合う。崩壊した壁から見えるのは星の光か。

　「……ああ、そういう事だったんですか。ごめんなさい。」

　不意に、ロロナが目を細めると、それまでの剣呑な雰囲気を解いた。

　「え……？」
　「あなたもデュエリストですものね。自身の命運はカードに託す。そういう事でしたか。」

　ロロナの視線は、遊貴の左手にあるデュエルディスクに注がれていた。命運も何も、カードゲームに命を賭けたくはない。そもそもどうしてそんな事態になっている？

　「…………」
　「ああ、前のようにはいきませんよ。今回は、逃がしませんから。」

　ログアウトして体勢を立て直そうとしたが、それは気付かれていた。視界が広がり、聖堂の空気を肌で感じる。前というのは、初邂逅の、直接PCの電源を切ってその場を逃れた時の事だろう。

　「あなたに残された選択肢は、私に協力するか、デュエルにあなた自身の命運を託すか、です。まあ、デュエルで負けたら……わかっていますよね？」
　「説明して。ロロナ、これはどういう事なの。」

　遊貴の要求に対して、ロロナは呆れた様子で頬に左手を添えた。

　「はぁ……この期に及んでまだそんな事を言いますか。ではひとつだけ、言っておきましょう。」

　再び接近したロロナが、耳元で囁いた。


　－あなたは今、ここにいるのですよ？


　それだけ呟くと、ロロナは遊貴の元を離れ、数歩後退する。

　「…………むぅ。」

　ロロナの言は、全くもって理解できるものではなかった。

　「これで理解できないというのでしたら……不本意ですが、力ずくで協力してもらう事になります。これ以上聞きたいのならば、私に勝ってみせなさい。」
　「…………わかった。」

　覚悟を決めた。どの道ログアウトできない以上、ここで問答するかロロナの言う「実力行使」になるか、デュエルするかの３つしかない。そしてそのうちひとつは今強引に打ち切られた。とすればデュエルするしかない。
　そのままディスクを構えると、意を察したロロナも同じように構える。


「「デュエル！」」



1st.Turn
　TP：Snow

Snow　LP：8000　D：36　H：5　G：0　F：None
Lolona　LP：8000　D：35　H：5　G：0　F：None


　「私のターン……むぅ。」

　先攻を得て初手を見たはいいものの、割と面倒な事態に陥っている。端的に言えば事故っている。敗北が見えるほどのものではないのだが、相手の出方次第では苦戦必至といったところだろうか。

　「自分フィールド上にモンスターが存在しないので、手札から《太陽風帆船》を特殊召喚。更に魔法カード、《簡易融合》を発動。1000ライフ払って、エクストラできからレベル５以下の融合モンスターを融合召喚扱いで特殊召喚する。《重装機甲　パンツァードラゴン》を特殊召喚。」
　「機械族モンスターを２体……どうぞ、通しますよ。」


　Snow　LP：8000　→　7000


　１体は自身の効果によりステータスが半減しており、もう１体はエンドフェイズに破壊が確定している。そうなれば、やる事はひとつだ。

　「レベル５の《太陽風帆船》と《重装機甲　パンツァードラゴン》をオーバーレイ、２体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築。エクシーズ召喚！《サイバー・ドラゴン・ノヴァ》！更に《サイバー・ドラゴン・インフィニティ》は１ターンに１度、自分フィールド上のノヴァに重ねてエクシーズ召喚出来る。《サイバー・ドラゴン・インフィニティ》をエクシーズ召喚！」

　白と黒の雄大な体格の機械竜が降臨する。これこそが遊貴の【カラクリ幻獣機】における切り札のひとつにして、戦線維持を担う《サイバー・ドラゴン・インフィニティ》である。そしてこの竜を出すのに費やした手札は僅か２枚。召喚権すら使わずに出せるのは実際便利である。もっとも、エクストラデッキの都合上ノヴァとインフィニティのセットはこの１組きりであるが。

　「後は……カードを１枚セットしてターンエンド。」

　結局召喚権が余ってしまう形になったのだが、これはこれで仕方がない。手札というリソースを無駄使いしないのも選択肢のひとつだ。



2nd.Turn
　TP：Lolona

Lolona　LP：8000　D：35　H：5　G：0　F：None
Snow　LP：8000　D：35　H：2　G：1
　F：《サイバー・ドラゴン・インフィニティ（ORU：3）》
　　《セットカード》


　「私のターン、ドロー。まずは魔法カード《深淵の慟哭》を発動。手札を全て捨て、その中の闇属性・幻竜族モンスターの数までデッキから闇属性・幻竜族モンスターをサーチできます。」


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《深淵（しんえん）の慟哭（どうこく）》
通常魔法
このカードを発動したターン、自分は光属性または闇属性以外のモンスターを特殊召喚できない。
（１）：手札を全て捨てる。その後、その中の闇属性・幻竜族モンスターの数までデッキから闇属性・幻竜族モンスターを手札に加える事が出来る。
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　「手札を捨てるのは効果……？」
　「ええ、そうなりますね。今の段階では捨てていません。インフィニティの効果はどうしますか？」
　「ちょっと考える……」
　「ええ、どうぞ。」

　《手札抹殺》をはじめとする手札交換カードは、本質的にはアド損である。使えば使うほどドロー・サーチできる枚数は減り、手札の枚数も減っていく。これらの効果を使用する場合、墓地に存在する事でメリットとなるカードの効果がなければ価値はほとんどと言っていいほどない。
　例えば、以前滝沢和那の使用した【暗黒界】。
　墓地に送られる事で多様な効果を発揮し、手札入れ替えをアドバンテージに変換した。最終的にグラファ２体の特殊召喚、手札２枚を残して《暗黒界の門》にセットカード１枚を得ているので、結果的にアドバンテージを得た事になる。
　他には【インフェルノイド】における《左腕の代償》などがある。これ自体は直接アドバンテージに繋がらないが、そこから持ってくるカード次第で大きなアドバンテージに結び付く。極端な話、《名推理》で20枚リソースが確保できれば、手札数枚の損など気にならない。そういう使い方をするカードで、そういう回し方をするデッキなのだ。
　帰って、ロロナの使用しているデッキを考える。闇属性・幻竜族という縛りはあるが、欲しいカードを確実にサーチできるのは強力に思える。しかし効果処理で手札を捨てる以上、ここで無効にして不発にした場合残り５枚の手札はそのままである。そうなれば、これを機とばかりにインフィニティを除去しにかかるのは必定。１ターンに１度の効果であるが故に、一度使ってしまうと脆いのがインフィニティの弱点だ。
　しかしかといってここで通してしまうと次はサーチしたカードで除去を２回分打たれそうである。

　「あ…………」

　そして気付いてしまった。


　闇属性・幻竜族モンスター。

　それに該当するカードで、確実に《サイバー・ドラゴン・インフィニティ》を打ち破る事が出来るカードが存在する。


　「むぅ……」

　果たしてロロナのデッキにそのカードが入っているかどうかはわからないが、仮に入っているとすれば《深淵の慟哭》の効果に関わらず除去される。そう考えたらここでインフィニティの効果を使ってしまうのもひとつの手かもしれない。事実、デッキからサーチ出来るのはモンスターばかりなのだから、永続効果のように発動しない効果を持ったカードを集めればインフィニティの効果を回避しつつ展開できるし、除去も不可能ではない。

　「…………通すよ。」

　長考の末遊貴はしかし、ここでは使用しない事にした。

　「あら、本当に良いのですか？」
　「うん……」
　「では手札を全て捨てて、その中の闇属性・幻竜族モンスターの数までデッキから闇属性・幻竜族モンスターをサーチします。捨てた手札の中で該当するモンスターは４体。よって４体のモンスターを……」
　「待って……どういう事……？」

　ロロナが手札から捨てたカードを見て、遊貴は思わず問いかけた。

　「どういう事、って……ああ、このカードですか？」

　墓地のカードを手にとって見せ付けたロロナが、酷薄な笑みを湛えて言った。



　「言ったでしょう？あなたからは色々貰った、って。」






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《？次回予告？》


Mira　「だったら！人の叡智が作ったものなら！」

SeaMirror　「……わかった。僕の身体、君に貸すよ。だから、お願い。」


次回、「F.A.T.E. -Another view：K.Kagami」
遅きに失する事なかれ。