23　Get your ticket　作：Ales

　「やっぱ短期決戦になると事故が怖いよな……でも、良く１日持ったもんだ。この寄せ集めで。」
　「そうね……ファンタジスタへの依存度が高いデッキだと思っていたのだけれど、意外とそうでもないのね……」

　放課後、またしても全勝の記録を引っ提げて部室にやってきた遊貴の報告に対し、やはりこちらも全勝していた和那と朱理が、賛辞とも驚きともつかぬ声を上げた。

　「うん、回してたら意外と勝てる……でも、私には無理……」

　パワフルと言えば聞こえは良いが、暑苦しいパフォーマンスはインドア派の遊貴には少々辛い。

　「でしょうね……貴女、私と同じように窓辺で読書している方が似合いそうだもの。」
　「そうだな。で、初の交流会予選の感想は？」
　「特に……デュエルするだけだから。」

　１日１０戦は、慣れている人にとっても辛いものがある。しかし、遊貴は全く意に介さない、といった風に答える。

　「なるほどね……そんだけのメンタルがあったら、代表もあるわ。」
　「そうね。宮戸さん、明日も頑張ってね。」
　「ありがとうございます。では、これで……」

　互いにお疲れ様、と言い合って部室を後にした。改めてドアを見るが、プレートなどは掛かっておらず、結局何部なのか分からない。一人しかいない、と朱理が言っていたので、彼女が唯一の部員なのだろう。



　「ただいま……」

　誰もいない家に向かって呟くと、さっさと自室に向かい、VDCβで使用しているデュエルディスクを手に取る。やはり、デッキはそこにあった。

　「むぅ……」

　そのデッキを外すと、持ち帰ったアカデミア用のデュエルディスクに装着する。先に使っていたデッキは、分からずじまいであった部活の部室に置いてきた。

　「今日は、読書かな……」

　鞄から本を取り出し、机に向かった。





　翌日。本来のデッキに戻った遊貴は、前日とは違い多くのターンを費やして徐々にアドバンテージを広げる勝ち方で着実に勝ち進んだ。元々【メタフィジカ】は、下級モンスターの強力な効果とＳモンスターの高攻撃力を活かして戦うデッキである。コンセプト上除外などの墓地メタには辛いが、特殊召喚さえ可能なら、魔法カードから強引に突破できる。

　「という訳で、本日の午前も全勝です……」

　３度目、お世話になった以上戦果報告ぐらいはしておこうと思いやってきた部室には、昨日と変わらぬ様子の先輩２人がいた。

　「おー。本来のデッキの方も強かったんだな。こりゃ、交流会前に一度お手合わせ願いたいね。」

　またもメロンパンを持った和那が、賛辞を送った。

　「私はそろそろ負けそうな気がするわ。まあ、１敗ぐらいなら充分ボーダーでしょうけれど。」

　交流会はあくまで課外活動であり、それに参加するからには当然一定水準の学業成績が求められる。課外活動にかまけて本分である勉学を疎かにしていると代表に選ばれない可能性もあるのだ。逆に、全勝している生徒の成績に問題があった場合、１敗しても成績優秀者なら選定される可能性は充分にある。

　「やっぱり毎年、ボーダーとかってあるんですか？目安何勝みたいな……」

　こちらは両手でおにぎりを持った遊貴が、誰にとなく尋ねる。この手のデータに関しては朱理の方が詳しそうだが。

　「そうね……そもそも成績と実技結果の得点配分があるのかどうかもわからないから何とも言えないけれど、成績上位でシードを取ったのなら２敗しても選ばれている生徒は多いみたいね。私は去年２敗だったけれど何とか滑り込めたわ。和那は１敗で通ったのよね？」
　「そうだな……あたしは高校からの編入組だからそれ以前の事はわからんけど、流石に２０戦全勝は厳しいからな。しかも、全勝で通過すると、本戦で負けるってジンクスがあるらしいぜ。」

　和那の言葉を受け、朱理が机上のノートPCを起動した。

　「そうね……ここ数年、予選含め無敗で制覇した人はいないみたいね……って、あら？」

　過去ログを調査していた様子の朱理が、遊貴に目を向けた。

　「宮戸……さん？」

　唐突に名字を呼ばれた。

　「はい？」
　「いえ、最後に無敗で勝ったの、宮都琉枝という名前なのだけれど……親戚かしら？」
　「それ、姉です……」
　「おいマジかよ。姉妹揃って全勝優勝とか、新聞部が飛付きそうなネタだな。ま、あたしがいる限りは無理だろうけど。」

　普段の言動に騙されてしまいそうだが、琉枝は優秀なのである。おおよそ大抵の事は人並み以上にこなすし、デュエルに関して言えばVDCβ日本サーバで最強の称号を得ている。

　「それよりもこの人、冬の方も含め６年間、交流会で無敗みたいよ……宮戸さん、あなたのお姉さんは化け物かしら？」

　朱理の言葉に、さしもの和那も声のボリュームが下がった。

　「え……予選も含め、６年間無敗？それもう人間じゃないんじゃね？」



　「……くしゅん！」

　その頃。
　食堂で遊貴特製のお弁当を食べながら考え事をしていた琉枝は、突如くしゃみをした。

　「風邪……じゃないわよね。また誰かが噂しているのかしら……」

　ひとり呟くと、ひとつ大きく息を吐いた。

　「ふぅ……さて、午後もがんばりますか……」

　座ったまま上体を反らす。そろそろ肩こりが酷いかもしれない。



　宮都琉枝という人は冗談以外で自慢する事はないし、冗談で言うにしてもしつこく自分の功績を喧伝しない。それが故に、遊貴は姉の実力や勇姿をほとんど知らない。今回の交流戦無敗伝説然りである。偶然発見した写真に、ベースを抱える姉の方を捉えて初めて、彼女が楽器を演奏できる事を知ったのは２年ほど前だっただろうか。とにかく、内面的な事は誰より知っていても外部との関わりについてやその足跡はほとんど知らないのである。
　姉の学生時代を知る生徒はもう残っておらず、教員の一部に知っている人がいたとしても、大半には目の敵にされている。そんな訳で、無敗伝説の後継者としてのプレッシャーは全くない。午後も連戦連勝である。

　「よっ。そっちも快調そうだな。」

　１７戦経過して、隣りでデュエルをしていた征が声をかけてきた。同盟の相方も、どうやら連勝を続けているらしい。

　「まあでも残念ながら、次の相手がちょっとヤバいかもな。」
　「そうなんだ……誰？」
　「隣のクラスの浜部花鈴ってヤツ。結構やり手の【影霊衣】使いらしい。」
　「あー……」

　影も踏ませぬ圧勝をした後に、敵意を全面にしてライバル宣言してきた同級生の顔を思い出す。

　「征、デッキ変えてもいいけど、【Ｕ.Ａ.】はやめた方がいい……」

　彼女の事だ、徹底的に対処法を調べているに違いない。

　「いや、変えないから。って、知ってるのか？」
　「うん。昨日、満塁ホームラン２本で完封した……」
　「ホームランで完封って間違ってね？まあいいや、リリーサー付クラウソラスの対処法について一言。」

　出てくる前に終わらせてしまったのだから回答に困る。

　「《皆既日蝕の書》？」
　「いや、用意してないわ……」

　結局、先手を取って《スタークエイク・ドラゴン》を出し、ごり押しで突破したとの事。脳筋に２度も後塵を拝した花鈴のメンタルが少し心配である。




　放課後、結局一度も土を付けられずにデュエルを終えた弱点補間小同盟の２人は、教室で話をしていた。

　「遊貴も全勝したのか……やっぱ、VDCβ上位勢だけあるな。」
　「交流会……楽しみ。」
　「そうだな……っと、あのおっさんに自慢してくるか。遊貴は？もう帰るか？」
　「私は……ちょっと寄っていくところあるから、ここで。」

　１日目とはいえ、予選全体の半分弱をヘルプしてくれた先輩方への報告はしておきたい。そう思い、征と別れて高等部の部室棟へ向かった。


　「という訳で、何とか全勝で通過しました……」

　部室にいたのは朱理のみだったが、それでも報告は出来た。

　「あら、おめでとう。私と和那も恐らく当確よ。本戦では当たらないといいわね。」

　勝ち続けたらいつかは当たるので、これはつまり暗に負けろと言っているのだろうか。

　「先輩もお疲れ様でした……あと、ありがとうございました。」
　「それは昨日も、何度も聞いたわ。」
　「そうでした……」

　言葉の端々に棘がある。もしかして、不機嫌だったのだろうか。

　「そういえば……ここ、何部なんですか？」

　昨日気になった事を訊いてみる。

　「ここ？ああ、文学部よ。」
　「文学？」

　文芸部との違いを訊いたところ、朱理はそれまでの棘のある語調を潜め、静かな語調で説明を始めた。

　「文学部は、基本的に議論や考察をテーマにしているの。書籍や文献を使ってひとつのテーマを考察して、それに対して結論を得る。それぞれが独自に考えて寄稿して文集を作る文芸部とは趣が違うわ。」
　「なるほど……でも、ひとりなんですね……」
　「そうね。ここ生徒は協調性に欠ける人が多いし、どちらかというと血の気の多い人が多いから。文化系の部活動はどこも、部員少ないそうよ。」

　一応エリート校に数えられ、学力水準は高いのだが、デュエルモンスターズという気力を要する活動をカリキュラムに取り入れている以上、どうしてもそういう、熱い人達が集まるのだろう。そう考えると、遊貴や目の前の朱理は少々異質である。

　「でも、楽しそうですね……」

　純粋に、そう思った。

　「じゃあこれ、入部届。高等部の生徒との部活動は別に禁止されていないから、興味あったらいつでもいらっしゃい。」

　棚のひとつから取り出した紙を遊貴に押し付けると、朱理は優しく微笑んで机の上の本を持ち上げた。窓辺と本の似合う先輩である。





　「入部しようと思うの？私は構わないわよ。あなたが選ぶ事だし、あなたの人生なのだから。」

　夕食の席での話題は予選の話から、文学部での活動についてに切り替わっている。遊貴自身は、折角なので部活動というものに手を出してみたいと思っており、それもあって琉枝に相談したのだ。
　というのも、遊貴は小学生の頃にはクラブ活動をしていなかった。一般の家庭と違う事は重々承知していた遊貴は、琉枝の負担になりたくなかったのであまり積極的な活動はせず、危険の少ないインドア趣味に落ち着いてしまったのだ。アーケードゲーム化されていた作品をプレイするために立ち寄ったゲームセンターで美夏と出会ってからは、そちらに出向く事もあったが大抵は美夏と一緒だった。

　「ん……じゃあ、やってみようかな……」

　考える事は好きだ。しかし、それを他人に表現する努力はしておいて損はないだろう。無口で物静かな性格を変えるのは難しいかもしれないが、それならばせめて文書で表現できればコミュニケーションの幅は広がる。


　翌日、入部届は部長の朱理によって受理され、遊貴は晴れて文学部という不思議な部活のメンバーとなった。




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《？次回予告？》


？？？　「積年の恨み……覚悟！」
遊貴　「初対面だよね……？」


次回、「Prospect the Force」
新たな力、新たな敵。