第1話：入学試験　作：光芒

　デュエルアカデミアはデュエリストを養成することを第一に考えられた教育機関である。そのため、入学するための実技試験は受験番号順に教員もしくはアカデミアが用意したデュエリスト相手にデュエルをするという実にシンプルなものだった。
　ただ、この選考結果に勝敗は関係ない。もちろん勝つことに越したことはないのだが、負けたとしても逆境においてどのように立ち回ることが出来るかということも試される。勝ち目がないからと言って自分からサレンダーすることや、勝ちが確定しているからと言って相手デュエリストを侮辱するようなプレイングをすると、それはマイナス評価が下されてしまう原因となる。

「……えーと、控室控室……ここか」

　遅れて到着した遊希は受付の人間に受験生は待ち時間まで控室で待つように、と指示されていた。受験票と共に送付されてきた試験会場の地図を見ながら遊希は控室までたどり着く。控室の中では自分の出番を待つ他の受験生たちが指定された席に座って待っていた。受験生たちの中には緊張で凝り固まっている者もいればデッキ調整に心血を注いでいる者、そして早くも近くの席の者と絶えず喋っている者もいた。
　受験生が待ち時間の間、思い思いの過ごし方をするのも、緊張を和らげるためであり、その内心は本来の自分通りのデュエルが出来るだろうか、と不安に染まっていた。
　そんな緊張に包まれた空間を破るが如く、遅刻してきた遊希は控室に入る。遊希が控室に入った瞬間、部屋中の視線が自分に集まるのを遊希は感じた。プロデュエリストとして多くの観衆の前でデュエルをしていたこともあるが、未だに大多数の視線が集まることには慣れない。遊希はそんな視線など気にすることなく自分の受験番号「62」の札が置いてある席へと座った。


「ねえ、あれってまさか……」「ええ。元プロデュエリストの……」
「試験の日に堂々と遅刻かよ……」「まあプロだし俺らとは扱いが違う、なんて思ってんじゃね？」
「世界に流通していないカード使うってマジ？」「さあな、どんなインチキ効果を持ったカードなんだか」
「やっぱりデュエル強いのかなぁ」「肌白っ、顔小さっ、胸大きっ。羨ましいわぁ……」
「なんか可愛いし付き合ってみたいな」「やめとけ、変人奇人って噂だぜ」


　遊希が席に座った瞬間、周囲の受験生たちはひそひそと会話を始める。既にプロの舞台から離れて数年は経っているが、未だに同世代の彼らに遊希の名は色濃く伝わっている。
　しかし、その著名度とは裏腹にこの時の出来次第で今後のデュエリストとしての将来が左右されると言っても過言ではない大事な試験に堂々と遅刻してくるその遊希のその真意は他の生徒には到底理解出来なかった。

（……何よ、言いたいことがあるなら堂々と言えばいいじゃない。まあ、言われてることは大体合ってるけど）

　最もこのようなことなど昔から言われ続けている遊希にとってはどうでもいいことなのだが。ただ待ち時間の間ひたすら噂話を聞かされるのはごめんだ、と感じた遊希は貴重品・受験票・デッキを上着のポケットにしまい込むと、そのまま控室を出た。

「待つのも退屈だし……試験会場で他の人のデュエルでも見学しちゃおうっと」

　人と交わるのは好きではないが、人のデュエルを見るのは好き。そんな遊希は鼻歌を歌いながら試験会場へと向かった。






＊





　遊希が控室を出た頃、試験会場では他の受験生たちによるデュエルが行われていた。イベント会場を借りて入学試験を行っているため、会場では一度に10人のデュエリストが同時にデュエルを行っていた。

「おお、やってるやってるっと」

　入場ゲートの隙間から覗き見るようにして試験の様子を見る遊希。しかし、なにぶん会場が広いため、全員のデュエルの様子をはっきりと確認できるわけではない。基本的に他人に無関心な遊希であるが、自分と同世代の他のデュエリストがどのようなデュエルを行っているのか、ということに関しては興味がある。
　そんな遊希が見つけた中で気になったのは、一人の少女。少女は瞬く間にフィールドにモンスターを並べると、2体の大型モンスターを特殊召喚し、一気に相手のライフを0にした。試験ということもあって、相手の試験官が使っているデッキは本当のものではないだろう。それでも素早く強力なモンスターを並べてはそのパワーで圧倒する姿は中々興味深かった。

「やはり血は争えないということか。お見事ですね」

　試験官はそう言って頭を下げる。一方の少女もにっこりと笑顔を見せて「ありがとうございました」と礼をする。そして試験の結果に満足した様子で遊希が覗き見しているゲートの方へと向かってきた。

「はぁ……全く……」
「……いいデュエルでしたね」
　
　デュエルに満足いっていなかったのか、肩を落としながら歩いてくる少女に遊希がこっそりと話し掛ける。誰もいないと思っていた通路で突然声を掛けられた少女はビクッと体を震わせる。一瞬驚いた様子の表情を見せていた少女であったが、声の主が誰なのか確認すると一転、険しい表情になった。

「もしかして……天都 遊希？」
「あら、やっぱり有名なのね私って」
「今年の受験生に元プロがいるって話は聞いていたけど……やっぱりあなただったのね」
「誰よ、そんな噂流したの」
「……天都 遊希、あなたには負けないから」

　そう言って少女は険しい表情のままその場を後にする。初対面少女との因縁は何もないはずなのだが、遊希はその少女と初対面とは思えなかった。

（……あの子、何処かで……まあいいか）





＊





　そうこうしているうちに時は過ぎ、遊希の出番となった。デュエルフィールドに向かった遊希は対戦相手を確認する。

「まさか私の相手がかの有名な天都 遊希とはな」
「御無沙汰してます。“ミハエル・シュトラウス”さん」
「久しいな、言っておくが今度からこの学校の教頭を務めることになった。なので気軽にミハエル先生とでも呼んでくれたまえ」

　遊希の対戦相手は今年からデュエルアカデミア・ジャパンの教頭を務めることになったドイツ人デュエリストのミハエル・シュトラウス。竜司と共にアカデミアの指導者として招聘された彼は、若い時代から一線で戦ってきた歴戦のデュエリストであり、遊希もプロ時代に何度か対戦経験がある。
　最も遊希は対戦相手に高圧的な態度を取ることの多いミハエルのことはやや苦手に思っており、デュエル以外の場では出来れば出会いたくのない相手ではあった。

（なーんでよりによって、この人なのかしら……まあさっさとやってしまいますか）
「ところで天都君。校長……星乃先生から聞いたが君試験の開始時間に遅刻したそうだね？」
「ああ……まあそうなりますね。でもこうしてデュエル開始には間に合ったからいいじゃないですか」
「確かにデュエルは出来るし、試験は受ける事が出来る。しかしこれから君は学生として皆と共同生活を送るのだ、共同生活において協調性が欠けているのは問題ではなかろうか」

　プロ時代から協調性の欠片もない人に言われたくない、と遊希は内心で舌を出す。

「じゃあなんですか……罰でも与えようかと？」
「そういう訳ではない。本来この受験では我々は学校側から用意されたデッキを使うのだが……君は実戦経験たっぷりのプロだ。なので君には私の本域のデッキでお相手させてもらうよ」

　そう言ってデュエルディスクにセットしてあったデッキを外し、自分の専用デッキをはめ直すミハエル。プロ時代に対戦した時はよく機械族のデッキを使っていた記憶があるが、それもかなり昔のこと。カードの増えた今となっては新しいカードを加えた新しいデッキを組んでいる可能性が高い。そうなると過去の経験など何の役にも立たない。

「そうですか、そんなの罰にもならないですよ」
「まあそう言うと思ってだね、このデュエルは控室でも放映することにしたよ。君と歳は近くとも、彼らはまだアマチュアだからね。プロの世界を経験した君のデュエルを勉強代わりに見せてあげたいんだ」
「……わかりました。じゃあ控室のみんなに恥ずかしくないデュエルをしたいと思います」

　そう言って精一杯の愛想笑いを見せる遊希。控室のみんな、ということはさっき遊希を明確にライバル視していたあの少女もこのデュエルを見るということになる。あそこまで自分に対して闘志を剥き出しにしている存在がいるなら、このデュエルは手を抜くわけにはいかない。どちらにせよ試験なので手を抜くつもりなどないのだが。

―――デュエルか。お前がデュエルするのはいつ振りかな？

　遊希の脳裏に何処からともなく声が響く。遊希はその声に応えることなく、デュエルディスクにデッキをセットした。