第88話：とにかく可愛い決闘者・1　作：光芒

第88話（番外編第7話）：とにかく可愛い決闘者・1






「今戻ったわ。私も手伝うわよ」

　綾香を連れて別室に消えた遊希が戻ってきたのは意外と早く、30分経つか経たないかというタイミングだった。本当はもっと長く説教してやりたかったのだが、さすがに飽きてしまったため、早めに切り上げることにした。
　それでも正座させて言葉責めにした甲斐もあってか、足が痺れて一歩たりとも動けなくなった綾香の足を踏んづけ、悶絶する様子を見て遊希は満足したようだった。

「あっ、遊希！ ちょうどよかった。野菜を切るのを手伝って！ 人数分切るの大変なのよ」
「遊希さぁん……」

　ピーラーで器用にジャガイモの皮を剥く千夏の横では玉ねぎ相手に苦戦する詩織の姿があった。玉ねぎを切ろうとすると涙が出る、というのは玉ねぎに含まれたガスが発生し、人間の目や鼻の粘膜を刺激するためである。
　玉ねぎを調理する際に水に浸しながら切る、などといった対処法はあるものの、まさかここまで辛いと思っていなかった詩織は何も対策をせずに調理を始めてしまったのだ。

「ったく、代わって詩織。玉ねぎは私がやるから」
「はい……ありぎゃとうごじゃいます……」

　備え付けのティッシュで涙を拭いた詩織はニンジンの皮むきに移る。野菜の皮むきや調理に夢中になってキッチンはしばらく無言になる。
　3人はすっかり気心の知れた仲なので、この沈黙は苦痛にはなり得ない。ただ、そうなるとそうなるで沈黙が何処か寂しくなった千夏がルームメイトの中で唯一ここにいない綾香のことに気付く。

「そういや綾香は？ ずっと一緒だったんでしょ？」
「あっちで死んでる。痺れた足を思いっきり踏んづけてやったからね」
「だからさっきから悲鳴が……」

　そう言ってニヤリと笑う遊希の顔はやはりかなりの邪気を纏っている感じだった。実際問題遊希自身かなり根に持つタイプなのだが。

「あいつやばい性癖を持ってる気がするわ。今のうちに何とかしておかないと後々地下送りに……」
「もう、大概にしなさいよあんたたち」

　綾香に対してあることないことを言いふらす遊希に対し、千夏はまるで姉妹喧嘩を適当にあしらう母親のように返す。
　ちなみにこの場にいないエヴァと参加者の面々は食事用テーブルの掃除や食器並べなどの作業を担当していた。それでも歩美が手足をぷるぷると震わせながら皿を運ぼうとするなどしたため、最年長のベアトリスが歩美の面倒を見ているという。

「ねえねえ、カレーの味付けどうする？」
「小さな子もいますし、甘口でいいのではないでしょうか……？」
「一応甘口・中辛・辛口、と三種類のルーは揃っているわね。まあ甘口が無難よね」
「じゃあ切った野菜と肉を鍋に入れて茹でるわよ！ 茹で上がるまでにルーを出しておきましょう。えーと、11人分だから……1箱で4人前のルーだとだいたい2.5箱分ね」
「千夏さんは本当に手際が良いですね……羨ましいです」
「まあお母さんの手伝いをよくやってたからね。何事も慣れよ」
「そうね。誰だって最初は下手くそだけど経験を積んで上手くなる。デュエルも一緒」

　何故料理をデュエルに例えるのか、と思われるがこのイベントに参加している小中学生はほとんどが初心者である。初心者といってもルールがわからない完全なる初心者からデュエルの経験が少ない初心者までその幅はとても広い。
　しかし、それだけ幅広い初心者といっても全員に共通していることがある。それこそ「デュエルの経験が少ない」ということだ。今ここにいる誰もが最初はデュエルが弱かった。遊希やエヴァのように元々才能があった少女であっても、綾香や千夏、詩織のように才能よりも努力でのし上がってきた少女であっても、デュエルと試行錯誤を重ねることで成長してきた。
　そしてそれらの成長は経験を積むことで初めてもたらされるものなのだ。遊希たちはデュエルの技術もそうだが、実践を通してパートナーの育成に繋げなければならなかった。

「私たちも頑張りましょう。自分たちが学んできたことを出来る限りあの子たちに教えてあげるんです」
「そうね……」

　遊希たちが決意を新たにした時、足の痺れが完全に取れた綾香がふらふらとキッチンに姿を現した。綾香は遊希の顔を見るや否やふん、と不機嫌そうに一瞥する。

「あら、戻ってくるのがだいぶ早いわねロリ乃さん」
「星乃ですー。ロリ乃なんて苗字日本に存在しませんからー」
「ほらほら喧嘩なら外でやりなさいよー」

　目には見えないが、バチバチと火花が散るのがわかる。こんなところでまで喧嘩されてはたまらない、と感じた千夏はすぐに2人に釘を刺す。

「喧嘩じゃないし。本音をぶつけ合ってるだけだし」
「そうよ。私を歩美ちゃんに取られた遊希が嫉妬してるだけだもん」
「あはは……」

　喧嘩するほど仲がいい、という事例を実際に目の当たりにした詩織は苦笑い。するとあとはカレーのルーを入れるだけとなったため、千夏が最後の仕上げを担当することとなり、遊希たちは居間でカレーが完成するまで待機することになった。
　居間では掃除を終えたエヴァがテーブルの上にカードを広げていた。天真爛漫なエヴァだが、やはり彼女もデュエリスト。頭の中は四六時中カードのことばかりである。

「あれ、他のみんなは？」
「結衣サン、美夏サン、凛サン、心サンは2階の部屋で荷物を整理してマス。ベアトリスサンと歩美サンはあっちで絵本を読んでますネー」
「絵本？ ここってそんなものまで備え付けられてるの？」

　このロッジ村の管理人は老夫婦であるのだが、元々一部のロッジを家族向けに貸し出していた時期もあったという。親子連れ、取り分け幼い子供を連れて利用する家族が多く、そんな子供を対象とした絵本を設置した名残でまだ数冊残っているという。
　絵本の種類は新旧広く取り揃えられており、遊希たちの世代が子供の時に読んだことのあるものが多く見つかりそれを懐かしむ。

『はらぺこプチモス』……大食いのプチモスが葉っぱを食べてグレート・モスになるまでの過程を描いた仕掛け絵本
『ないたバーバリアン1号』……人と仲良くなりたいバーバリアン1号。そんな彼のためにバーバリアン2号があることをするという絵本
『ドリとラゴ』……2体のドリラゴのドリとラゴの日常を描いた絵本。
『100万回召喚された金華猫』……デュエルで召喚され続ける金華猫を描いた哲学的な絵本。
『ごんきつね火』……悪戯好きのきつね火「ごん」はある日、村に住む若者の取った魚を盗んでしまう。小学校の国語の教科書にも載っている絵本。
『スーホのサンダー・ユニコーン』……とある騎馬民族デュエリストが出会ったのは雷を宿した馬だった。こちらもごんきつね火同様に小学校の国語の教科書に載っていることが多い絵本。

　以上のようなメジャーなものから、交通事故で死んだ母親が“ゴーストリックの魔女”になって幼い子どものところに戻ってくる『ママがゴーストリックになっちゃった！』や全てを吹き飛ばす大嵐の夜に出会った2匹のモンスターの友情を描く『おおあらしのよるに』といった比較的新しい絵本まで取り揃えられているようだった。

「さすが11人宿泊できるロッジだけあるわね」
「それだけアカデミアも力を入れているということですね。もっと私たちも頑張らないと……」
「そう言えばこのロッジの間取りを確認してませんでシタ。ちょっと見てきますネ～」

　そう言って詩織とエヴァは2階へと上がっていった。2階には結衣たちの寝泊まりする部屋があるため、指導をする者として間取りを見ておきたいのだとか。やはり根が真面目な詩織のその姿勢には学ばされるものが多いと遊希と綾香は感じた。そんな中、広いリビングに2人きりになった遊希と綾香は互いに何も言わずソファに座る。
　遊希と綾香は初めは互いに別の方向を向いていたが、しばらくして遊希の右手に綾香の左手が触れるのを感じた。遊希は少し驚いたが、特に声に出すことは無かった。その直後に綾香が口を開く。

「……あのさ」
「うん？」
「さっきは……ごめんね。ちょっと怒りすぎちゃった」
「ああ……別にいいわよ。私が悪いんだから」
「あの時さ、ちゃんと話してくれてたら、あんなに怒らなかったわよ。私だって……その場にいたら遊希と似たようなことしてただろうし」
「……こんなところにまで来て問題を起こして……校長先生の悩みの種ね、私って」
「パパは遊希のことを信じているから大丈夫よ。もちろん私だって遊希のことを信じてる。だから……変に自分を捨てることをしないで」

　遊希と綾香は互いに顔を合わせることなく、別の方を向いたまま喋っていた。しかし、顔を合わせずとも綾香の声色から彼女が悲しんでいることはわかった。

「……綾香」
「何？」
「その……これからは、気を付ける。だから笑って。さっきも言ったでしょ？ あんたには怒った顔も悲しい顔も似合わない。笑った顔が一番魅力的なんだから。だから笑顔でいて」
「……なにそれ？ 口説き文句？」
「どうかしら。ふふっ」

　すると、キッチンから千夏が遊希たちを呼んでいる声が聞こえた。カレーが出来上がったため、盛り付けを頼みたいとのことである。遊希と綾香はキッチンへと向かい、降りてきた詩織は2階に昼食が出来た旨を伝えるのであった。





＊





「何これ、超美味しいんだけど！」

　千夏の作ったカレーを口に入れた美夏が率直な感想を述べる。所詮市販のものなので、本格的なカレー屋で出すものには到底及ばないのだが、料理の腕には自信のある千夏である。用意された食材で自分のできる限り拘ったカレーを作り上げた。

「そう言ってもらえると作った私も嬉しいわ！ もしなんだったら料理のコツを教えてあげてもいいのよ！」
「じゃあ夜にでも教わろうかなぁ、ボクそんなに料理上手くないんだ」
「わ、私も教えて貰っていいですか？」

　カレーの味が気に入ったのは美夏だけではなく、結衣や凛は千夏に弟子入りを志願するほどであった。

「……これで背が高かったら」
「……これで胸が大きかったら」
「これでもう少しお淑やかでしたら……」
「……そういえば冷蔵庫の中さっき覗いたら何に使うか分からなかったハバネロのソースがあったのよねー。せっかくだし遊希たちのカレーにそれ入れてあげよっかなぁー」
「「「冗談です。あなたは女子力の塊です千夏さん」」」
「分かればいいのよ」

　甘口で子供にも食べやすいカレーを口に運びながら、和気藹々と食事は進む。そんな中、話は歩美のデッキについてに移る。綾香は事前に歩美のデッキが【マドルチェ】ということを聞いておらず、実際にデュエルもしていなかったため、彼女のデッキがどんなデッキなのかまだ知らなかった。

「歩美ちゃん、ご飯食べ終わった後に私とデュエルしない？」
「えっ、綾香おねえちゃんと……？」
「ええ。まあ勝ち負けはどうでもいいんだけどさ、歩美ちゃんが今どのくらいデュエルができるかを知りたいのよね。ほら、私も教える側として色々と知らなきゃいけないし……」
「そ、そうだよね……うん、歩美、デュエルうけます！」

　歩美は両手の拳を握りしめてふん、と気合を入れる。その様すら異常に可愛らしく、それでいて口元にカレーのルーがついたままなのがそれをさらに引き立ててた。

「あ、歩美ちゃん。カレーのルーついてるよ」
「ふぇっ！？ あうう……心おねえちゃん、ありがとうございましゅ」
「どうしよう遊希。私デュエル中に気絶するかも」
「それだけはやめて。その方が校長先生悲しむから」

　やがて昼食を食べ終わり、みんなで自分が食べた分の食器を洗うと20分ほど食休みを挟んで全員がロッジの裏庭に出た。ロッジの中で実際にデュエルディスクを使ってデュエルをするのはさすがスペース的には厳しい。
　そのため湖を眺めながらデュエルのできるこの裏庭でデュエルをすることになった。このデュエルは勝ち負けではない。あくまで最年少である歩美がどのくらいデュエルができるのか、というものを判断するためにするもの。
　審判を務めることとなった遊希は事前に肩の力を抜いてリラックスするように伝えると、歩美は「がんばりましゅ！」とやはり噛みながら肩に力を入れてしまうのであった。

「それじゃあデュエルを始めるけど……先攻後攻はどうする？」
「私は後攻でいいわよ。歩美ちゃんが先攻でどう動くか見たいし」
「だってさ、歩美ちゃん。それでいい？」
「はい！ わたし……まけましぇん！」

　その言葉と共に小学生用に開発された小型のデュエルディスクが作動する。幅広い年齢層の人がデュエリストとなるため、幼稚園児～小学校低学年向けのデュエルディスクもまた海馬コーポレーションは開発していた。

「デュエル！！」
「でゅえる！！」


歩美　LP4000　手札：5枚
デッキ：35　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：0　除外：0
綾香　LP4000　手札：5枚
デッキ：35　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：0　除外：0


☆TURN01


「さあ、歩美ちゃんの先攻よ！」
「は、はいっ！ わたしのターン、ドリョー！」
「あ、歩美ちゃん。先攻はドローしちゃいけないのよ」
「ふぇっ！？ そうなんですか……ええ、どうしよう……」

　遊希は取り敢えず歩美が今ドローしたカードをデッキに戻させて、シャッフルさせた。ルールが変わったばかり、ということもあって未だに先攻ドローが可能と勘違いしている人は結構いたりするのだ。
　気を取り直して先攻を取った歩美のターン。すると、歩美は肩から下げていたピンクのポシェットから何かの冊子のようなものを取り出すと、それをぶつぶつと読んでいた。遊希は美夏と凛に歩美が何を読んでいるのか調べさせたところ、それはなんと自作のルールブックだった。

「あの、どうするんですか遊希さん？ 歩美ちゃんまだ基本的なルールもわかんないっぽいですよ」
「仕方ないわね。美夏、凛。あんたたち歩美ちゃんのサポートをお願いできるかしら？」
「あっ、わかりました。ボクたちがルールを教えながらやればいいんですね？」
「うん、そんな感じで。綾香はそれでもいいわよね？」

　遊希が綾香に尋ねると、綾香は二つ返事でそれを了承した。しかし、先攻なのにドローをしたりデュエル中にルールブックを見始める歩美を見た綾香の顔がニヤケっぱなしなことには触れないようにした。

「えっと……ドローフェイズにスタンバイフェイズ……」
「その2つを終えたらまずはメインフェイズ1に入る。ここでモンスターを召喚できるようになるよ」
「えっと、メインフェイズ1にはいります！ わたしはまどるちぇ・まじょれーにゅを召喚しましゅ！」

　歩美がカードをモンスターゾーンに置くと、そのスペースにはフォークのようなものに乗った可愛らしい魔女のようなモンスターが現れる。相変わらずの噛み噛みだったため、よく聞き取れなかったが召喚したモンスターの姿を見る限り“マドルチェ・マジョレーヌ”と言いたかったのだろう。


※マドルチェ・マジョレーヌ
効果モンスター
星4/地属性/魔法使い族/攻1400/守1200
このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、このカードをデッキに戻す。
このカードが召喚・反転召喚に成功した時、デッキから「マドルチェ」と名のついたモンスター1体を手札に加える事ができる。


「うわぁ……モンスターさんだぁ……」
「召喚できたね！ じゃあ召喚に成功したマジョレーヌの効果を使おうか！」
「まじょれーにゅさんの効果？」
「マドルチェ・マジョレーヌは召喚に成功した時、デッキから「マドルチェ」1体を手札に加えることができるんだよね。マドルチェ・マジョレーヌの効果を発動、って綾香さんに伝えて」
「はい！ まどるちぇ・まじょれーにゅさんのこうかをはつどう！ デッキから……えーと、どれにすればいいのかなぁ」
「そうだね……あ、この手札ならこのカードとかいいんじゃないかな？」
「えっと……わたしがてふだにくわえるのは、“マドルチェ・ミィルフィーヤ”さんでしゅ！」


※マドルチェ・ミィルフィーヤ
効果モンスター
星3/地属性/獣族/攻500/守300
このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、このカードをデッキに戻す。
このカードが召喚に成功した時、手札から「マドルチェ」と名のついたモンスター1体を特殊召喚できる。


（マドルチェ・ミィルフィーヤって確か召喚成功時手札のマドルチェ1体を特殊召喚できるモンスターよね。ってことは歩美ちゃんの手札にはもうあのカードがあるってことかしら）
「じゃあね、次はこのカードを発動しようか」
「はい！ フィールドまほう！“マドルチェ・シャトー”をはつどうしましゅ！」


※マドルチェ・シャトー
フィールド魔法
このカードの発動時に、自分の墓地に「マドルチェ」と名のついたモンスターが存在する場合、そのモンスターを全てデッキに戻す。
このカードがフィールド上に存在する限り、フィールド上の「マドルチェ」と名のついたモンスターの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。
また、「マドルチェ」と名のついたモンスターの効果によって、自分の墓地のモンスターがデッキに戻る場合、デッキに戻さず手札に戻す事ができる。


「マドルチェ・シャトー！？ 初手に来てたのね……」
「このカードのこうかで、えっと、マドルチェさんの攻撃力は500ポイントアップしまちゅ！」

マドルチェ・マジョレーヌ　ATK1400→1900

「わたしはこれでターンエンドでしゅ！ あうう、かんでばっかりぃ……」


歩美　LP4000　手札：4枚
デッキ：34　モンスター：1（マドルチェ・マジョレーヌ）魔法・罠：1（マドルチェ・シャトー）墓地：0　除外：0
綾香　LP4000　手札：5枚
デッキ：35　モンスター：0　魔法・罠：0　墓地：0　除外：0


（歩美ちゃんはまだルールを完全に理解していないし、2人のアドバイスがあったからだと思うけど、マドルチェデッキに大事なキーカードを1ターン目から展開した。もしかしたらこの子……もしかするかも）