64　交わされた約束　作：Ales

　「…………それじゃあ私、急いでるから失礼するわね。」

　遠山利香が後悔を初めて数秒、朱理は彼女の脇を抜けて階段を降りようとした。

　「あーちょっと、ちょっと待って下さいよ。」
　「何かしら？言った通り、急いでいるのよ。」

　苛立ちを隠さない朱理に対し、利香は努めて明るく言った。

　「まあまあ、急がば回れ、と言いますでしょう？そういう事でしたら、協力しますから。」
　「協力？これは驚いたわ。あなた、プライベートジェットと飛行機の免許を持っていたの？」
　「いえ、残念ながら持っているのは鳥さんのカードですね。まあほら、北海道は広いですから。早く着きたいにしても、ルート検索は必要でしょう？」

　不覚にも、利香の言う通りであった。一刻も早く実家に帰って目的を果たしたい朱理であったが、その為には京都駅からどちらへ－つまり、伊丹空港か関西空港の２択なのだが－向かえば早く着くのか、調べねばならないのだ。

　「そうね……とりあえず、階段を降りるぐらいはしてもいいでしょう？」

　よほど焦っているのか、朱理は返事も待たずに階下へと足を向けた。

　「あららら、っと。そう言う訳ですから朱理さん、電話番号を教えて下さい。不躾な質問をしてしまったお詫びと言ってはなんですが、最速のルートを検索しますよ。」
　「…………そうね。お願いするわ。お金はいくらかかっても構わないから、一番早いのを頼むわね。」

　そう言って赤外線送信モードに入った携帯を突き出す。どのみち京都から飛行機に乗って北海道へは５万円はかかる。事ある毎に実家へ帰省させられる朱理の事、籐篠家の家計はその程度では揺らがないのである。

　「勿論ですとも。それで、どこまでにすればいいですか？」
　「恐らく新千歳が一番早いから、そこまででいいわ。」
　「了解しました。では確かに、最速のルートを提示しますよ。道中、お気を付けて。」

　右手の指２本をふにゃっと眉毛の上辺りに持ってくる、何とも間抜けな敬礼に見送られた朱理は、さて敬礼というものは元来、甲冑を着込んだ騎士がひさしを上げる動作が元になっているのだからそんな手を添えただけの敬礼をするぐらいならはじめからせんでよろしい、とでも言ってやりたいのはやまやまだが、他に言う事がある。

　「ついでに…………もうひとつ頼まれて欲しいんだけど。」
　「内容次第ですね。場合によっては追加料金を頂きたいところです。」

　仕方なく事の次第を話したところ、やはり追加料金が必要との事だった。ただの伝言だというのに面倒な話である。

　「人の足下見やがって……仕方ないわね。仔猫ちゃんが優勝したら特別に対談のインタビュー受けてあげるわ。」
　「むむっ、対談インタビューは魅力的ですが……それ遊貴ちゃんが優勝しなかったら無しになる訳ですよね。結果如何に関わらずインタビューさせて頂けるのでしたら、構いませんよ。」
　「交渉成立ね。じゃあ、これだけ伝えといて頂戴。」



　そう言って言付けの内容を受けた利香は、はてこれだけなら別に追加オプションとは言えないのではないか、と思ってしまうのだった。



　「これ……’’だけ’’でいいんですか？」


　念のため、もう一度訊いてみる。


　「ええ、それ’’だけ’’よ。」

　そう言うと朱理は、階段を駆け降りていった。





　そんな朱理の姿を見送った利香は、上げた右手を降ろし呟いた。

　「よしっ、朱理さんからインタビュー取り付けましたよ……これで部長としての最後の大仕事も終わりですね。」

軽くガッツポーズをして、呟いた言葉にふと寂しさを感じる。



　「…………あと８ヶ月ちょっとで、終わりなんですね。この学校で学ぶのも。」

　そう思うと、一気にテンションが下がってしまった。

　「あーやめやめ、そういうのは８ヶ月後に感じるものでしょ、バカバカ。」

　再び右手を上げ、今度は軽く頭を叩くと、その場で軽く跳ねて気合いを入れ直す。

　「よーし、歴史に残る大仕事にしますよー！まあ、その前に依頼を片付けないと、ですけど。」

　やるからには全力。腰のポーチからタブレットを取り出すと、スリープモードを解除した。





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　「先程手札に加えたカードね……でも忘れた訳じゃないでしょう？《フューチャー・ヴィジョン》の効果で次のスタンバイフェイズまで除外されるわ。」
　「ならその効果にチェーンして、まずは墓地の《メタフィジカ・ドラゴン－グラシエス》の効果を発動。墓地から自身を特殊召喚します。」

　召喚した非チューナーは除外されるが、これでいい。召喚が駄目なら、特殊召喚すればいいのだから。

　「手札から速攻魔法、《幻竜顕現》を発動。デッキから《メタフィジカ・ジェネシス・ドラゴン－イエロー・ボディ》を特殊召喚します。」
　「むむむ…………やるわね。《フューチャー・ヴィジョン》は特殊召喚には対応していないわ。さて、どう来るのかしら？」
　「ん……まずはグラシエスの効果で１枚ドロー。っ！フィールド魔法《幻栄の光》を発動、更に速攻魔法《ハーフ・ライト》を発動。デッキから２体目の《メタフィジカ・ドラゴン－シニス》をレベル２のチューナーとして特殊召喚、幻栄の光の効果で《メタフィジカ・ドラゴン－ニクス》を特殊召喚、ニクスの効果でデッキから２体目の《メタフィジカ・ドラゴン－プルヴィア》を手札に加えます。」

　「メタフィジカ」下級モンスターはステータスこそお荷物だが、効果はシンクロモンスター達に負けないものを持っている。

　「レベル４の《メタフィジカ・ドラゴン－プルヴィア》に、レベル２となった《メタフィジカ・ドラゴン－シニス》をチューニング……シンクロ召喚、《メタフィジカ・ドラゴン－イグニス》！」

　黒く燃え盛る竜が、炎を翼のように展開して空に舞う。幾つかの制約はあるものの、遊貴の所持するモンスターの中で最も高い攻撃力を即時発揮できるこのイグニスである。攻めると決めた以上は手は抜かない。このターンに可能な限り相手のライフを削っておきたい。



　だが関深琴もここまで勝ち抜いてきただけあって、また【フォーチュンレディー】というパワーで劣るデッキを採用しているだけあって、プレイングも運も相応に高い。



　「残念だったわね……リバースカードオープン、罠発動、《奈落の落とし穴》！」
　「え……うそ……」

　使うタイミング的にはイエロー・ボディの特殊召喚時で問題なかったはずである。この後総攻撃し、プルヴィアとイエロー・ボディで《ステラパルヴィス・ドラゴン》をシンクロ召喚し、反撃に備える予定は見事に狂った。

　「むぅ…………でもとりあえず、イグニスのシンクロ召喚時の効果を発動。」





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　「おぉう……あいつめ、油断しやがって。」

　放送席でそれを眺めていた宮戸琉枝は、楽しそうに呟いた。

　「ん？あーこれは……見事に奈落にかかってますねぇ。」

　呟きを聞いた久実もまた、そんな感想を述べる。

　「これはしかし、ギリギリまで奈落を取っておいた関さんもすごいものね。普通なら除去される事を嫌って早めに使ったり、出し惜しみして除去されたりするものだけれど……」
　「それを最適なタイミングで打ちましたから、関さんはどこかのタイミングで除去が来ないと読んだのだろうね……っと、こっちは早くも試合終了か。早いものだ。」

　新田慧もまたひとつ頷き、次に別のモニタに視線を向けて呟いた。

　「あー、そちらは……【青眼】対【武神】ですね。を？和那、勝ってるじゃん。」

　さも意外そうに言う久実であったが、【武神】はそもそも戦闘に在っては右に出るものがないテーマである。

　「滝沢和那さん、ねぇ。この子、確か１戦目も後攻ワンキルしてたわよね。それだけの手札が初手で既にあるというのは、’’持っている’’のかも知れないわね。」

　遊貴に対する酷評とは打って変わって真剣な表情になった琉枝に対し、久実は驚いた様子で訊ねた。

　「’’持っている’’って、何をですか？」
　「そうねぇ……その辺りは、新田さんの方が詳しく説明できるんじゃないかしら？」

　いきなり降られた抽象的な話題に対しても、慧は冷静に答えた。

　「そうだね……デュエルモンスターズを確率のゲームとして考えると、最も強いのは安定して勝ち筋を供給できるデッキ、という事になる。しかし、それだけで勝てる訳ではない、というのはここにいる誰もがわかっていることだろう。」

　初手でエクゾディアパーツが揃っている確率はごくごく僅かだが、ドローソースを加えればその確率は上昇する。しかしもし仮に手札１枚からゲームの趨勢を決するカードを用意できるのなら、同じドローソースを採用するにしても、確率は後者の方が遙かに高くなる。
　そう考えると、【武神】というデッキは決して優れた点を多く持っている訳ではない。ビートダウンを主とする以上《成金ゴブリン》のように勝利を遠ざけるドローソースは採用し辛いし、手札誘発を多用する以上《無の煉獄》も厳しい。攻撃を主体とする以上相手の攻撃反応系には警戒が必要であり、また高攻撃力モンスターを召喚する以上、先のように《奈落の落とし穴》への警戒も必要となる。

　「それでも、彼女がここまで勝ち上がったのは、’’強運’’の持ち主だったから、と言えるだろうね。実際私も、運というものには何度も助けられた。デスティニードローとか何とか言う人もいたけど、私自身は「ここで引けば凄い事になる」ぐらいの考えしかなかったからね。どれだけ強いデッキでも相手が強運を発揮してシングル２戦を初手エクゾディアされれば負ける訳だし、逆に自分の手札事故が起きればそこらのファンデッキにも劣る結果にだって成りかねないだろう？そこを上手く操っているのが彼女みたいに’’持っている’’人なのさ。」



　一見荒唐無稽な言葉もなるほど、元プロが言えばそれなりに含蓄があるように思えるから不思議である。

　「あーつまり、運の強い人が勝つって事？」

　そしてここにその話を拝聴していた山崎久実であるが、彼女はとりあえずシンプルに結論だけを聞きたい性質なのである。

　「勝つための要素のひとつに’’運’’がある、という事よ。『ネクロの夏』みたいにね。」
　「あー、なるほど。つまりこれを深琴っちに当てはめると、遊貴ちゃんの運が悪かったのと深琴っちの運がよかった、って事になるのかな？」



　慧と琉枝は互いに顔を見合わせると、計ったように同じ言葉を呟くのだった。





　「「まあ、そういう認識であっているんじゃないかな……」」





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　「効果で《フューチャー・ヴィジョン》を破壊します。更にシンクロ召喚でフィールドを離れたイグニスの効果、除外された《メタフィジカ・ドラゴン－シニス》と《メタフィジカ・ジェネシス・ドラゴン－ブルー・ボディ》を手札に加えます。バトルフェイズ、グラシエスとイエロー・ボディでダイレクトアタック。」



《メタフィジカ・ドラゴン－グラシエス》　ATK：1900
《メタフィジカ・ジェネシス・ドラゴン－イエロー・ボディ》　ATK：2600
　深琴　LP：8000　→　7100　→　3500



　「っ！なかなかやるわね……」

　イグニスの攻撃が通っていればそれで勝ちだったのだが、残念ながらそう上手くはいかない。それだけに、あの《奈落の落とし穴》が悔やまれる。

　「私はこのまま……え？」

　ターンエンドを宣言しようとした時、声を掛けたのは意外な人物だった。

　（気をつけろ……相手はまだ、何かを残している……）




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《？次回予告？》


和那　「下手な嘘付いてたら、先輩でも怒りますよ……！」
利香　「ええ。その時は、存分に怒って頂いて結構です。」



深琴　「さあ狂い咲け、焔の華！」
遊貴　「これが……でも、何かおかしい……？」


螢華　「…………もしかして。」


次回、「狂イ咲ケ焔ノ華」
　もし彼女が－－－だとしたら。