最終話　果てしない道(みらい)へ　作：ター坊

あの事件から４ヶ月後ー

季節は夏へと移り変わっていた。日差しは強めだが爽やかな風が吹き抜けているので不快な暑さはない。そんな空の下、都会から遠く離れた某所にあの３人の姿があった。そこは風で波立つ黄色の海というべきか、見渡す限りに向日葵畑が広がり、人工物がなく、空の青と大地の黄色が自然の美としてそこに存在している絶景であった。
「綺麗…」
「ああ…そうだな」
「そうだ、資料用に撮っとこう」
「ちゃっかりしてるな」
一見小学生と見間違えるくらい小さな少女―美羽は愛用のカメラで目の前に広がる絶景を収める。―かつての彼女は学校でいじめられ気弱だったが、あの事件を通していじめ程度ではへこたれない強い心を持ち、明るく笑う女の子になった。将来の夢であるカードのイラストレーターを目指して風景や人物を捉え、絵の習作を重ねる日々を送っている。
「それにしても、こんな場所だったっけか…」
「如何なさいましたか？」
「いや、懐かしいなと思っただけさ」
「そうですか…っ！」
「大丈夫か？」
「は、はい…。いつもの…アレですのでご心配なく」
黒髪が美しい、かつて姫と呼ばれていた少女―遊月は急に吐き気を催して口を抑えるが、心配させまいとすぐに平静に戻る。―彼女は彼と体を重ねその身に新しい命を宿し、今はツワリによる吐き気に悩まされているが愛する人との幸せな新生活を謳歌していた。子が産まれるまでに良き妻、良き母になろうと日夜この現代の事を学んでいる。
「ま、時間は全然あるしのんびり行こうか」
「うん」
「はい」
そんな少女二人を引き連れる彼こそ美羽と遊月が愛している人―少し前までユイと呼ばれた少年である。美羽と遊月を愛し、甘酸っぱい暮らしを満喫する、そんな順風満帆な青春を過ごしている。

そんな彼･彼女らがここに訪れた目的は観光ではない。しばらく土を踏み固めただけの道を歩き、目的地に着いた。
「確かこの辺だったような…」
深緑の森に囲まれ、蝉の鳴き声が響き渡る中、彼・彼女らは一旦散って、整然と並ぶ四角い石をひとつひとつ見比べながら歩く。そう、目的とはとある人の墓参りだ。
「風…峰…。あった。ありましたよー！」
遊月が目的の墓石を見つけ大声を挙げる。
「うわっ…凄いことになってる」
「最後に来たのいつだったかな…」
遊月に呼ばれてやって来た二人は墓石の有り様に驚く。刻まれた名前の墨は消えて近くで見なければ判読できず、雑草やら苔やらが生い茂り、この墓石がどれだけ放置され続けたかをまざまざと語るようだった。
「とりあいず…掃除しましょうか」
「…だな」
３人は黙々と作業を始めた。雑草を引っこ抜き、水と雑巾で墓石を磨き、墨で名前をなぞり…。長年の汚れを時間を掛けて落としていく。
「だいたい、こんなもんかな」
「ふぅ…」
「これでお墓参りが出来ますね」
墓石は丁寧に掃除したおかげで周りのものと比べても遜色ない、むしろ新品のように綺麗になった。
「じゃあ早速」
彼はお供え物と花束を供え、線香に火を付けて窪みに差し込み、３人は目を閉じ手を合わせる。彼は合掌しながらこう思う。
（…夢の中で何度か話したけど、こうしてやって来るのは何年振りだろ…。ずっと来れなくてごめんな…姉さん…）
彼は目を開けて合掌を解くと近況を話し始めた。
「…姉さん。俺は今、姉さんが歩んでたプロデュエリストの道を進んでるよ。あの事件が終わってから日本中の公式大会に出まくって勝ち進んで、来週には来年開かれるデュエリンピックの日本代表選抜トーナメントに出場するんだ。まだフリー扱いだけど代表に選ばれたらきっと事務所とかのスカウトが来るからそれでプロになれると思うんだ。… … きっとそんなに急がないでって怒られちゃうかな。でも俺は早く強くなりたいんだ…。遊月と美羽、大切な人を自分の力で守り支えてあげられるように…。だから応援頼むよ姉さん」
彼は一段落話し終えると墓石に桶水を掛ける。
「二人も手を合わせてくれてありがとうな」
「私達にとっては義姉様にあたるお人ですからね。敬意を示すのは当然ですよ」
「…ねぇ。今更だけどひとつ訊いていい？」
美羽は彼が墓前で語った言葉にやや引っ掛かる事があった。
「なんだ？」
「自分でも言ってたけど、どうしてそんなに急いでたくさんの大会に出てるの？」
美羽の疑問は最近の彼の今までの行動と結び付けての事だった。日本代表選抜トーナメントの出場資格は公式大会に５回以上出場しその出場した大会で３位以内に入賞する事である。彼は出場した大会全てで優勝を果たしたため文句無しで日本代表選抜トーナメントに参加できた。しかし彼は参加が確定した後も日本中を駆け回り大会で優勝を重ねていたのだ。
「そりゃあ…さっき言っただろ？お前たちを守るための力を」
「でも！」
美羽の瞳と声に熱が入る。
「でも…。そうやって無理して…すごく心配だよ…」
「…私もです。最初はそれがされたい事だと思い黙っていましたが…やっぱり変です！何故そんなに戦うのか、理由を教えて下さい」
美羽も遊月も彼を愛してるが故に、本気で心配してこんなに問い詰めるのだ。
「…まぁ今日は墓参りの他にその答えになることをやるつもりでもあったからな」
「答え？」
「ほら。美羽、遊月。目を閉じて」
「はぁ…」
美羽と遊月は何だろうと不思議に思いながらも彼の言う通りにする。
「手を出して」
「ん…」
「ん？」
二人は何か軽い物を掌に乗せられたような感覚がする。
「もう開けて良いよ」
「…えっ？」
「これは…」
目を開けて彼女達が見たのは小さな青い箱だった。
「開けてごらん」
彼に促されるままに渡された箱を二人は開いた。
「ぇ…」
入ってた物に言葉を失う二人―。彼が二人に渡した物は銀色の指輪だった。申し訳程度に小さい宝石が埋め込まれたシンプルな物で、指輪として見れば決して高価な部類ではないが、普通の高１くらいの少年が２つ用意するには高嶺の花とも言える代物だ。
「とても綺麗です…」
「これが大会に出まくってた理由だ。…有馬さん達から貰った小判を換金したらこれくらい簡単に買えるけど、二人に渡す指輪は意地でも自分の手で稼いだお金で、って思って賞金狙いで大会に出続けてたんだよ。それに今日、どうしても渡したかったから急ピッチで…心配させてごめんな」
「ううん。…それにしてもどうして今日なの？」
「宣誓…っていうのかな。姉さんの前で、遊月と美羽と共に歩んでいく、幸せにしてみせる、って言いたかったから…」
彼の行動と言葉に遊月と美羽の心の底から歓喜が湧き上がり、その歓喜は涙となって瞳から流れ零れる。その中で彼は誓いの言葉を紡ぐ。














「遊月…。美羽…。俺はまだ小さい存在だけど、これから先の果てしない道、未来の中で成長し、二人をずっと支え、愛し、幸せにしていく事を誓います。だから…これからもずっと傍にいて下さい」






















あの墓参りから５ヶ月後―

１月も下旬となり正月ムードはすっかり無くなっていた。ここは新横浜市内の病院のとある病室である。
「遊月さん」
「美羽様」
病室に入ってきたのは大きい鞄を持った美羽だった。
「いつもありがとうございます」
「ううん。一緒に暮らしてる家族なんだから当たり前だよ。これ着替えと…」
「あっ、脱いだ服はこの袋に入れてます」
「じゃあ持って帰って洗濯するね」
こんな感じのやり取りはもう半月くらい続いている。ベッドに横たわる遊月のおなかは妊婦らしく大きく膨らみ、そのためいつでも出産に臨めるようにと入院しているのだ。
「それよりそろそろ決勝戦の中継だから一緒に見よ！」
「そうですね。早く…ぁっ…また」
「赤ちゃん？」
「ええ今日は特に。朝から元気いっぱいに動いてまして、お父様頑張れって応援してるみたいです」
遊月は微笑みながら膨らんだおなかを愛しそうに撫でる。
「あはは。きっとそうだね。じゃあテレビ入れるよ」
美羽はテレビカードを挿し込みテレビを起動させ、チャンネルを回す。

『さあ皆様！大変お待たせしました！！ここアメリカのラスベガスを舞台とした第９回デュエリンピック！！世界中の最強デュリスト達が火花を散らし、数々の激戦のドラマを魅せてくれた今大会、いよいよ最後の個人戦トーナメント、決勝戦となりました！！』
デュエリンピック…４年に１度行われる世界大会で、優勝すればまさに世界最強を名乗れる名誉ある大会である。
『３位決定戦により銅メダルは中国の張大龍選手が獲りましたが、決勝戦は誰が制するのか！？』
司会の言葉に遊月と美羽は楽しげにツッコミを入れる。
「誰が優勝って決まってるじゃん！」
「私達の旦那様です！」
テレビ相手なのに思わず大声で言ってしまう。
『それでは選手入場です！赤コーナー、アメリカ代表にして前回のデュエリンピックで銅メダルをもぎ取った猛者！不屈の男が優勝を目指して不死鳥のように決勝戦の舞台まで飛び上がって来ました！！アメリカデュエルジムの名門･キングソウルジム所属、Mr.フェニックスこと、ハリー・バンディナムゥゥゥ！！』
派手な爆発の演出と共にアメリカ代表の選手がデュエルフィールドに入る。
『続いて青コーナーからは我らが日本代表！！突如彗星の如く現れ、フリーにも関わらず予選・日本代表選抜を無敗で勝ち抜き、サニーアップ事務所の選手としてプロ入り後、僅か４ヶ月でこの大舞台に登り、ここでも全戦全勝の快進撃！！果たして日本初の金メダルを勝ち取ってくれるのか！？日本デュエル界の奇跡のルーキー！！』
アメリカ代表の選手に劣らない派手な爆発の演出と共に彼が入場する。





『風峰 遊路（かぜみね ゆうじ）ぃぃ！！』



「遊路様！必ず勝つと信じてます！」
「遊路！頑張って！」
遊月と美羽の愛しい人の名前が全世界に響き渡った。







遊路は歩き続ける。


デュエルを勝ち抜き―


楽しく笑い―


思いっきり泣き―


人と出会い、別れ―


遊月と美羽を愛して―


そういった点を歩いて繋げていき、未来という名の果てしない道を、幸せの軌跡として描いていくだろう。





おわり