第172話　可能性を託して　作：ター坊

「俺達６人の中で１人でもＬＰが残っていれば、こっちの勝ちで良いんだよな？」
ユイの２つ目の確認にディヴァインは呆れ口調で答える。
「まぁそういう取り決めだが、それを今更訊いてどうする？」







「…どうするって、勝つに決まってるだろ」
その言葉にディヴァインが驚いたのは当然だが、遊戯達からも驚きの声が挙がる。
「ユイさん！どういうことですか！？あのモンスターを突破する方法があるんですか！」
「ああ。今引いたカードでなんとか勝てそうだ」
「すっげぇぜユイ！」
ユイの勝利宣言に遊矢と十代はやや興奮する。しかし、その一方で遊戯と遊星は何処か腑に落ちないといった曇った表情をしていた。
「なぁユイ」
「どうした遊星」
「さっきの確認の意味はなんだったんだ？」
「ああ。それは俺も気になっていた。『６人の中で１人でもＬＰが残っていれば』…その言い方がどうも引っ掛かるんだ」
「…すぐに分かるさ」
ユイはおどけた顔で、しかし、覚悟を決めた顔でデュエルを進める。
「俺は『勇気の救世者-シグナム∞』を召喚。バトルフェイズに入って…速攻魔法『救世の聖戦』を発動」
「何をしようが無駄だ！Ｔｕｋｕｋｕｙにはあらゆるカードの効果は受けないからな」
「それはどうかな？」
「何？」
「『救世の聖戦』は救世者モンスターが相手モンスターを戦闘によって破壊する度にデッキから１枚ドローする効果がある」
「ふっ。無意味だな」
「しかしこのカードを発動したターンはあるデメリットが発生する」
「デメリット…だと？」
「そう…






このカードを発動したターンのバトルフェイズ中に発生した戦闘ダメージはお互いに受ける」

これがユイが出した決着の答えであった。
『救世の聖戦』は本来、相手フィールドのモンスターを戦闘で殲滅しつつドローする強力な効果があるものの、戦闘ダメージが発生すれば自身にも降り掛かる厄介なデメリット効果もある。しかしユイは今回、それを逆手に取ったのだ。【お互いに戦闘ダメージを受ける】なので前述の逆もまた然りなのである。つまりユイは…

「ユイ…！まさかＴｕｋｕｋｕｙに自爆特攻してお前が受ける無限大のダメージを私にも押し付けるつもりか！」
「ああ。俺とお前が無限大のダメージを受けてＬＰが０になるが、こっちは遊戯達５人が残って勝利という訳だ」
ユイはキッとディヴァインを見据える。
「ユイ！止めるんだ！そんな事をしちゃいけない！！」
「遊戯…。見てみろよ」
ユイの視線の先にはカオスジェネレーションシステムの稼働準備完了までのカウントダウンの表示があった。もう１５分を切っている。
「あと少しで全ての世界が消える…。それを止める方法はもうこれくらいしか思い付かないんだ…」　
ユイは遊戯を宥めるように話すが、すかさず遊矢も止めに入る。
「けど、ＬＰが０になったら…！」
「命の保証はない、だったな。けどな遊矢。もしこのまま待ってたらいずれカオスジェネレーションシステムが動き出す。そしたらどっちにしても命の保証が無いのは変わらないと思わないか？」
「でも！」
「…俺だって嫌さ。けど、俺は可能性が多い方に賭けたいんだ」
「可能…性…？」
その言葉にユイを止めようとした全員がユイの言葉の続きに耳を傾けようと静かになった。
「俺が遊月と美羽と付き合ってるのは知ってるよな。俺は二人を幸せにしてあげたい、って思っているんだ。けど、カオスジェネレーションシステムが起動したらその可能性は消えてしまう…」
「だが、だからと言って遊月さんと美羽さんの気持ちはどうなるんだ！」
「遊星、痛い所を突くな。…俺だって本当は遊月と美羽と一緒にいたかった、俺の手で幸せにしてあげたかったさ。…こんな事をしたら優しいあいつらだ、きっと大泣きするだろうな…。けど俺としてはその悲しみを乗り越えて新しい幸せ―可能性の中で生きて欲しいと思ってる」
ユイはこれから死に直面する人間とは思えない穏やかな表情で己の想いを打ち明ける。その眼には目の前の絶望を越えた先―明るく幸せな希望が映ってるのかも知れない。
「…最後に遊月と美羽へ伝言を頼んで良いか？」
遊戯達は静かに頷く。
「一緒に幸せを感じたいと言ったのに、こんな風になってゴメンな。けど俺はお前たちが幸せになれるか、ずっと空から見守ってる。…幸せな時間をありがとう…って。… …まぁ恥ずかしかったらゴメンとありがとうの部分だけ言ってくれれば良いからな」
ユイは自分でも歯の浮く台詞だと思ったのか、照れくさいのを笑ってごまかした。しかしその直後、笑みは消えて顔が引き締まった。
「…じゃあ、逝ってくる。…これでTheＥＮＤだディヴァイン！シグナムでＴｕｋｕｋｕｙに攻撃！！」

勇気の救世者-シグナム∞ ATK 1800 VS 地縛超越神 Ｔｕｋｕｋｕｙ ATK ∞

シグナムの剣がＴｕｋｕｋｕｙの体に刺さった瞬間、爆風と閃光が空間一杯に拡散する。
「おのれえぇぇぇェェェッ！！！」
光の中でディヴァインは断末魔が響き渡り、ユイは
「ぐっ…ぐわあああぁぁっ！！」

ゴンッ！ﾄｻｯ

爆風に吹き飛ばされて壁に激突し、倒れこんだ。




しばらくして爆風と閃光が止むと

ｼｭｰ

Ｔｕｋｕｋｕｙだったものは潰れたドス黒い馬糞のように蕩けていた。そこにディヴァインの姿は確認できない。
「終わった…のか？」
「おい！あれを見ろ！」
ゼアルを解いた遊馬が指差す先はカオスジェネレーションシステム稼働準備完了までのカウントダウンの表示だった。目まぐるしく動いていたデジタル表示のカウントダウンはピタリと止まっていた。
「ディヴァインの言う通り、止まったんだな…」
「はっ！ユイは！」
全員がユイに視線を向ける。ユイはうつ伏せで倒れており、ピクリとも動かない。
「ユイ！！」
遊戯達がユイに駆け寄った瞬間だった。





ウー　ウー　ウー　ウー　ウー　

「うわっ、なんだ！？」
謎のサイレンが突如鳴り響き、部屋全体も照明が切り替わって真っ赤に染まる。そしてアナウンスが衝撃の事実を伝える。



【カオスジェネレーションシステム緊急停止完了】



【続イテ自爆プログラム起動。アト５分デコノ施設ヲ爆破シマス】


「じ、自爆ぅ！？やばいじゃんかよ！」
「急いで脱出しなければ！」
「なら俺がユイを背負うぜ」
十代がそう言ってグッタリとしたユイの重たい体をおんぶし、遊戯達は先程まで激戦を繰り広げていた部屋を後にした。
大急ぎでエレベーターのところまで戻ってきて、いざ乗り込もうというときだった。

カチカチカチ

「エレベーターが…動かない！」
遊星がエレベーターの開閉ボタンを連打するが、機械はウンともスンとも反応しない。
「くそっ！どうすれば…」
「はっ！そうだ！！」
遊矢は咄嗟に何か閃いたようだった。







一方こちらは遊月･美羽達が戦っていた地上。時はユイが命を捨てた最後の一撃でディヴァインを倒した頃である。
「グォォォッ！」
「え？何？」
突然、巨人のデュエリスト達が頭を抱え苦しみ始めた。その様子に美羽を始め、対峙していたデュエリスト全員が困惑する。
「ウォォ…」ｼﾞｭｰ
「なっ！溶けやがった！！」
巨人達は熱せられたバターのように形を失っていき、最終的に黒い水溜まりになってしまった。
「…一体、何が起こったのでしょうか…」
「むぅ…。これは何かの前兆であろうか…」
そんな時だった。

ウー　ウー　ウー　ウー　ウー

「なんだこのサイレンは！」
「まだ…何か起こるの？」

【カオスジェネレーションシステム緊急停止完了】

「緊急停止…ということは！」
「ユイ達が…勝った？」
「よっしゃあ！遊戯達、やりやがったぜ！」
その知らせに皆喜びに沸く。しかし…

【続イテ自爆プログラム起動。アト５分デコノ施設ヲ爆破シマス】

「自爆！？アカンやん！」
「でも遊矢達がまだ戻ってきていないわ！」
「いいや。アイツらだって今の警告を聴いて必死こいて脱出してる筈だ。俺達は俺達で脱出しねぇと！」
早く脱出しなければならないという焦りはあったものの、遊戯達を見捨てる訳にもいかず、全員で３分間だけ待つことにした。
















果たして３分間とはこれほど長い時間だっただろうか。
（遊戯…死ぬんじゃねぇぞ）
（十代の奴め…。早く来い…）
（遊星…。まさかくたばったりしてねぇよな）
（遊馬…アストラル…。ちんたらしてんじゃねぇぞ）
（遊矢…。無事でいてくれ）
（ユイ様…どうか御無事で）
（ユイ…帰ってきて…。お願い…）
誰も喋らず、静かに祈りながら待つが、遊戯達が戻って来ないままとうとう３分が経ってしまった。
「くっ！これ以上は待てん…。奴等が自力で脱出することに賭けるしかない。来い！『ＲＲ-ライズ・ファルコン』！！」
「遊星…お願い、無事でいて…。『ブラック・ローズ・ドラゴン』！！」
黒咲とアキがモンスターを実体化させて全員を乗せ、飛び立った。


爆発まで１分切った時、地上で変化があった。
「お城が…崩れてく…！？」
「いや、まだ早い筈だぜ」
土煙を上げながら城の一部が壊れていく。しかし土煙の様子がおかしい。土煙は広がらず一部が上へ上へと昇る。そしてその土煙から何かが現れた。
「む！あれは…」
「遊矢の…覇王黒竜！！」
「ダーリン…無事だったのね」
土煙から抜けた『覇王黒竜オッドアイズ・リベリオン・ドラゴン』は猛スピードで黒咲とアキ達に接近し、並走する。その合流した直後だった。





チュドーン！！


激戦の舞台となった遊園地はドーム状に広がる爆炎に呑まれていった。