第186話　一緒に生きていく　作：ター坊

「八…兵衛…？」
遊月は突然の事に驚く。今まで守ってくれた忠義の臣として信じていた八兵衛に刃を向けられたのだから無理もない。柳生は冷たい隻眼で遊月を睨みつけながら口を開く。
「戦乱が起こる…。それは貴方様のせいですぞ」
「っ…」
「貴方様の五行の巫女の末裔の血が此度の織田の争乱へと繋がり、国は滅び多くの民は死に絶えた」
遊月は何も言い返せない。全て事実なのだから。
「貴方様がこの世にいる限り、第二第三の織田が台頭し、再び戦乱が深まるのです」
遊月は俯き、唇を噛み締める。
「はっきりと申し上げます。貴方様が国と民を守り抜くと言う理想でこの世にいる限り、この世の平穏は訪れませぬ！」
「柳生さん！ちょっと…ぁ！」
いくら正論とはいえども遊月への責めに見かねたユイが止めようとした時だった。



涙を流すまいと熱くなった目頭ー

力みすぎて僅かに震える切っ先ー

柄を強く握りすぎて剣ダコが潰れたのか、静かに滲み落ちていく血ー

柳生のそんな様子を見てユイは制止する言葉を呑み込み、刀を握る柳生の手にそっと自身の手を添える。
「ユイ殿…」
「柳生さん…。いくら何でも、こんな最後のやり取りじゃ、悲しいですよ…」
「…相変わらず、察しの良い御仁だ…」
柳生は遊月に向けていた刀を鞘に納めた。
「あの…八兵衛…」
「姫様！申し訳ございませぬ！！」
柳生はそのまま土下座をして頭を草むらに埋める。
「えっ…」
「遊月。柳生さんは本心からあんなことを言ったんじゃないと思うんだ」
「本心…？」
「ああ。…たぶん、責任感が強い遊月を押し潰すような言葉を浴びせて、この世界に留まることを諦めさせようとしたんじゃないかな」
「…そうなのですか、八兵衛？」
遊月の問い掛けにも柳生は土下座の姿勢を崩さなかった。
「…だとしても私はまだ責任も役目も果たしては…！」
「それは違いますよ姫様」
「お春さん…」
「姫様は織田というこの天下の災厄を倒したではありませんか」
「左様。年若くして先代家雅様にも果たせなんだ大業。姫として責任を全うしたと思いますぞ」
「じいやまで…。ですが、次は徳川の世を支える者として民の暮らしを」
「…あの…遊月さん」
「美羽様…？」
「私、国を治めるってどう言うことか分かんないけどさ…。その役目って遊月さんじゃないとダメなのかな…」
「私では無理…ということですか…？」
「ううん違うの！その…何て言うかな…大事なのは徳川の世とかじゃなくて民の平和な暮らしなんでしょ？」
「それは…そうですが…」
「だったら平和に暮らせるなら誰の世でも良いじゃないの。遊月さんが自分の気持ちを押し殺してまで作った世なんて、きっと誰も嬉しくないよ…」
「私の…気持ち…」
「…遊月」
ユイは遊月を抱き寄せる。
「ユイ様…？」
ユイは遊月の髪を撫でながら耳元に囁く。
「遊月は頑張ったよ。悲しみとか不安を抑えて信重を討ってこの世界を救ったんだ。…だから今度は遊月自身の心のままに生きて欲しい。何か他の為じゃない自分の為に」
「…ぁ」
「それに姫の立場を捨てる事だって無責任とかワガママって訳じゃない。遊月の意志は有馬さんや柳生さん、お春さんや明智がきっと受け継いでくれるさ」
「…ぅぅ」
優しく語りかけるユイの言葉に遊月の肩が震える。ユイはその細い肩ごと、より強く遊月を抱き締める。
「遊月の口から聴かせて…。遊月は、どうしたい？」
遊月は声を涙で濡らし、応える。







「…ユイざまと、いっじょにっ、生きたい…」













遊月がユイと美羽の世界で共に生きることを決めてから、有馬と明智は渡すべきものがあると一度城の方に戻っていった。二人が戻る間、遊月は最後の会話を楽しむ。

柳生とー
「姫様！先程は本当に申し訳なく」
「八兵衛良いんです。あれは八兵衛の優しさなのですから。…それよりも幼少の頃よりずっと守っていただき、ありがとうございました。…柳生八兵衛。貴方こそ徳川一の将です。その忠勤、大義でした」
「…なんと勿体なき御言葉…！身に余る光栄でございます」

お春さんとー
「あの…。お春さんに頼みたいことがあります」
「はい。姫様の願いならば何なりと」
「これを魅河に植えて欲しいのです」
「これは…」
「ユイ様とのデートの時に買ってもらった、あの世界の花の種です。この世界を去る私の代わりに、この世界を見守って欲しいと思っています」
「…はい、必ずや…。姫様と思い、大切に育てます…」


しばらくして有馬と明智が帰ってきた。馬に跨がり多くの荷車と数人の足軽を引き連れて。
「なぁ有馬さん。その大量の箱は一体」
「姫がユイ殿の元に嫁ぐわけですからな」
「と、嫁ぐ！？」
「あのじいや…。その…祝言なんて、まだ… / / / 」
「ワシらはユイ殿と姫の式には立ち会えませんからのぅ。せめてもの前祝いでございます。ほれ、皆の衆、降ろせい！」
「私も同じ想いですよ。明智家からも若人(わこうど)の門出の祝いとしてお贈り致します。降ろしなさい」
有馬と明智の指示で足軽達が荷車に乗せた箱を降ろして積み重ねていく。
「ガシャガシャ音がするけど一体何が…」
ユイはひとつの箱を開けてみる。
「おぉっ！？」
「え？ユイ一体何が…うわぁっ！」
ユイも興味本意で覗いた美羽も突拍子もない声を挙げる。
「あの…有馬さん。これって俗に言う千両箱って言うやつですか？」
ユイが驚くのも無理はない。時代劇で出てくる、山吹色のお菓子こと黄金の小判が大量に入ったアレなのだ。それが一箱でも凄いのに組体操のピラミッドの如く盛られていく。
「やはり姫とユイ殿、それと美羽殿の祝いですからな」
「うーん…」
嬉しそうに笑う有馬にユイも良心が痛んで美羽と遊月を呼んでヒソヒソと相談し合う。
「ユイどうしよう。いくらなんでも多すぎて悪いよ。って言うか千両って何円？」
「そうだな。あまりにも持ちすぎると金銭感覚が狂いそうで支障が出るかも」
「あの…やっぱり凄いんですか？」
「ああ。単純な金の塊として見ても…１５、6が持つにはあまりにも膨大だな…」
あーでもないこーでもないと相談して結論が出た。
「あの…じいや。それと明智様」
「姫？」
「お気持ちは嬉しいのですが、出来ればこれらのお金は魅河の復興の為に使ってくれませんか？」
「そうそう！私達３人よりも何千何万の魅河の人達の方が色々大変そうだし」
「俺達は５箱くらいあれば充分、いや、それでも余るくらいかも知れないからさ」
そう答えることが魅河の為になる、とユイ達は考えたのだ。無論、有馬と明智の厚意を無下にせず自分達の将来の為にも役立つと考えた上での結論だ。
「ユイ殿…。時が時ならば立派な殿になっておったかも知れませぬな」









そしてとうとう別れの時は来た。遊月は親しき者の名前を呼ぶ。
「有馬又左衛門」
「はっ！」
「柳生八兵衛」
「ははっ！」
「お春」
「はい！」
「明智影政公」
「はい」
「今まで私を守り支えてくれてありがとうございます。この感謝の念、如何様な言葉にしても語り尽くせません。そして、この世界をよろしくお願いします」
「お任せを！この又左衛門、老骨に鞭打ってでも姫とユイ殿がもたらした泰平の天下、支えてみせますぞ！」
「御意！」
「仰せのままに」
「了承しました。我ら明智家、全霊を以て魅河を支援致します」
「ほん当にありがとうございました」
声が涙で少し上擦るが堪える。凛とした姫としての徳川遊月の最後の姿を覚えてもらう為に。
「それでは、さようなら」
「ありがとうな有馬さん、柳生さん、お春さん、明智！」
「みんな、元気でね！」
遊月・ユイ・美羽は別れの挨拶をしてメアリーの船に乗り込んでいった。３人を乗せた船が浮き、虚空へと消えていく。残された戦国時代の勇士達はそれを静かに見送った。
その直後の船内ー
「遊月。最後の姫の姿、お疲れ様」
「はい」
「…もう遊月は姫じゃないから泣いても良いんだよ」
「…はい」
遊月はユイにしがみつくように抱きつき、しばらくすすり泣いた。










最後の別れの時。誰もいない街、その一角のショッピングモール『Ｄｕｅｌｙ』に人影が四つあった。
「ほなさよならやユイっち。浮気したらアカンで？」
「それなら大丈夫だ。きっとこの世の中に遊月と美羽以上の可愛い女の子なんていないだろうから浮気のしようがないさ」
「ふっ。言うやないか」
「メアリー様もお元気で」
「ああ。遊月っちもな」
「遊びにきたりするの？」
「どうやろ。ウチは海賊、次元の流れのままに生きるから知らんわ」
「そっか…」
「それじゃ、ホンマにさよならや」
「ああ」
メアリーは海賊として多くの別れを経験しているのか、一見素っ気ない感じだがユイ達はそれで充分だった。船は空彼方へと飛び、光と共に消えた。
「ユイ様。とりあいずこれからどうしましょうか？」
「そうだな。まずはこの千両箱を運ばないと。けど俺の部屋じゃ狭いしな…」
「…ちょっと遠いけど私の家でどうかな？おっきいからみんなで住めると思うし」
「良いのか？」
「うん」
「ありがとうな美羽」
「そういえば確か建物の中に台車があったような…持ってきますね」
「ああ。頼む」






美羽の家への帰り道。人が消えた街に物音は無く、アスファルトの道には３人の足音と話し声と台車の音しか聞こえない。
「実は黙ってた事があってな」
「何？」
「本当の名前、思い出してたんだ」
「そんな…！一体いつから…」
「ディヴァインとの決戦で頭打った時かな」
「どうして黙ってたの？」
「みんなとはユイとして一緒に過ごしたからな。だったら遊戯達の記憶の中では最後までユイとして覚えていて欲しかったんだ」
「ユイ様…」
「けど、これから一緒に生きていく遊月と美羽には本当の名前を言わなきゃな。俺の名前は…」