第179話　水より出でる黒の神獣　作：ター坊

龍可とアユの明るい号令で続いての対戦カードが発表される。
「さーて。続いてのデュエルはー？」
「権現坂と遊月お姉ちゃんだね！がんばってねー！」
権現坂と遊月…どちらも守りを重視する戦い…謂わば『静』を旨とする者同士の対決だ。

「遊月。頑張れよ」
「ありがとうございます。…行って参ります」

「権現坂！頑張れよ！」
「おう！遊矢、任せておけ」

恋人と親友。それぞれ声援を貰い、二人は気合いが入る。
「では、よろしくお願い致します」
「ああ！」


「デュエル！」「勝負！！」

「先攻は俺だ！俺の墓地に魔法・罠カードが存在しない場合、手札から『超重武者ヒキャ-Ｑ』を特殊召喚できる！また同じ条件で『超重武者ホラガ-Ｅ』を特殊召喚！！俺はレベル５のヒキャ-Ｑにレベル２のホラガ-Ｅをチューニング！！速きこと風の如く！静かなること林の如し！音無く忍びとどめを刺せ！シンクロ召喚！出でよ！レベル７！『超重忍者シノビ−Ａ・Ｃ』！俺はこれでターンエンドだ！！」
「私の番、ドロー…」
遊月はしばらく手札を見た後…









「このまま終わります」
なんとドローしただけでターンを終えてしまった。この遊月の行動にある二人を除いて一様に首をかしげざわつく。

「遊月さん…どうしたのかしら？」
「手札事故で動きようがないとか…？」
「むぅ…姫様、如何なされたか…」

そしてある二人―ユイと美羽は口元をニンマリとさせていた。

「…まぁざわついくのも無理はないか。権現坂以上に不動だもんな」
「でも遊月さんなら…平気だよね」
「ああ…。早速新しい力を使いこなそうとしている。あれが実際はどんな動きを見せるか、楽しみだな」

ユイ達のそんな会話が聞こえるわけもなく、権現坂は自分のターンを迎える。
「俺のターン、ドロー！遊月殿、何も無いとはいえ、手加減はせんぞ！」
「はい！元よりそのつもりです！」
「ならば行くぞ！俺はスケール１の『超重輝将ヒス-Ｅ』とスケール８の『超重輝将サン-５』でペンデュラムスケールをセッティング！！これでレベル2~7までのモンスターが同時に召喚可能！ペンデュラム召喚！『超重武者テンＢ-Ｎ』、『超重武者ダイ-８』！テンＢ-Ｎの効果で墓地からチューナーモンスター、ホラガ-Ｅを特殊召喚！そしてそのままレベル４のテンＢ-Ｎにレベル２のホラガ-Ｅをチューニング！！雄叫び上げよ。神々しき鬼よ！見参せよ！シンクロ召喚！いざ出陣！レベル６！『超重神鬼シュテンドウ−Ｇ』！」
自分の不利な状況が着々と進んでいくが、遊月の瞳は物怖じしていない。
「まだまだ！さらにダイ-８の効果を発動！コイツを攻撃表示に変更し、デッキから『超重武者装留チュウサイ』を手札に加える。それをダイ-８に装備し、装備状態のチュウサイの効果を発動！！装備モンスターであるダイ-８をリリースし、デッキから『超重武者ビッグベン-Ｋ』を特殊召喚！」

「権現坂…このターンで決めるつもりだ！」
「全部通ったら姫様は敗北…」
「何も出来ぬまま敗北とは…なんと言う無念…」

「行くぞ！まずはシュテンドウ-Ｇでダイレクトアタック！！」
シュテンドウ-Ｇの大地を砕く衝撃波が迫った瞬間である。







「相手モンスターの攻撃宣言時、手札から『水墨神獣シェンダラ』を特殊召喚します！！」
遊月がこのデュエルで初めて出したモンスター―それは水鏡とは全くの別物であった。水墨画から飛び出したような淡い黒で描かれた鷹が飛び立った。
「なんなのだ、あのモンスターは！？」
「ユイ様が私と美羽様との絆で新しい力を得たように、私自身も新しい力を得たのです」
そう。絆の力は絆を築き上げた本人だけのものではない。絆を繋げられた仲間も同じく強くなれるのだ。
「特殊召喚したシェンダラと戦っていただきます」
「何！？」

超重武者シュテンドウ-Ｇ DEF(=ATK) 2500 VS 水墨神獣シェンダラ DEF 0

「レベル１０のくせに攻守０…」
「ダメだ、焼け石に水って奴だぜありゃあ」
「…レベル１０なのにあの低ステータス…何かあるね」

全員が戦闘の行方を観戦する中、ついに衝撃波がシェンダラに当たった。


ベチャ

シェンダラは力なくすぐに砕け散ってしまった。
「…やったか！？」
「それはどうでしょうか」
「何…なっ！」
なんと砕け散ったシェンダラの欠片はすぐに集合し元の鷹の形に戻ってしまった。
「水墨神獣達は戦闘によっては破壊されません。そして戦闘が終わった時にさらに効果発動。この式神と戦闘を行った式神のれべる・らんくの数だけ相手の山札の上から札を墓地に送って下さい」
「シュテンドウ-Ｇのレベルは６…６枚送るのか…」
権現坂は残念そうにデッキから墓地にカードを送っていく。
「戦闘を行う度にデッキが削られていくのならばこれ以上の戦闘は無意味か…俺はこれでターンエンド」
「私の番、ドロー。…権現坂様」
「？」
「申し訳ありませんが勝負を決めさせていただきます」
「何！？」
「私は魔法札『水墨画-鳴』をシェンダラを対象にして発動。これで名前が異なる別の水墨神獣を山札から特殊召喚できます。これで私は『水墨神獣アンチェラ』を特殊召喚します」
シェンダラが甲高い声で鳴くと、地面に波紋が現れ、そこから水墨の兎が出てくる。
「シェンダラ・アンチェラのそれぞれの効果を発動します。手札の『水墨神獣マキョラ』を相手に見せる事で相手の山札の上から札１枚を墓地に送らせていただきます」
「全部で２枚か…」
「さらに水墨神獣は自分の場に同名ではない水墨神獣が存在する場合、生け贄無しで召喚できます。これで私はマキョラを召喚します」
水墨の猿がおどけながら現れる。
「マキョラの効果で自分の場に存在する水墨神獣の数だけ相手の山札の上から札を墓地に送ります」
「フィールドにはシェンダラ・アンチェラ・マキョラの３体…３枚か…」
権現坂のデッキは少しずつ、だが確実に減っていく。

「だがチンタラしてたら負けちまうぜ」
「…いや、待てよ」
この時、観戦しているほぼ全員がここで気付いた。遊月の以前のデッキ･水鏡はデッキ破壊の戦術は変わらずとも、最終的にはシンクロ召喚を行い、そのシンクロモンスターで一気に破壊枚数を稼ぐと言うのが流れであった。しかしフィールドには…。
「レベル１０のモンスターが３体…まさか！」

そう。遊月の切り札とは…。
「私はレベル１０のシェンダラ・アンチェラ・マキョラの３体で御緒羽阿麗！淡し濃いし黒で描かれし水の化身。溶けて再び混じり、慈愛と冷厳を以て悪しき敵の罪を打ち流せ！得玖師伊頭召喚！！らんく１０『水墨神獣アジュラ』！！！」
遊月が出したエクシーズモンスター。それは先程の３体の水墨神獣とは比較にならないほど巨大な龍で以前の遊月のデッキの切り札にして水の巫女の化身『水鏡の神龍アデラノナナタキ』を彷彿とさせる。

「なんと…姫様が得玖師伊頭を…」
「で、でっけぇ…」
「神々しいってこういう事を言うのね…」

「アジュラの御緒羽阿麗湯新斗を１つ使い効果を発動します！相手は山札の上から、自身の場の式神のれべる・らんくの合計と同じ枚数の札を裏向きで除外して下さい」
「なっ！」
権現坂のフィールドにはあろうことか高レベルのモンスターばかりがいた。
「レベルの合計は２１…」
権現坂は２１枚ものカードを除外した。権現坂のデュエルディスクのデッキをセットする場所にカードは１枚も残っていない。
「…この男権現坂！サレンダーはせん！」
「…分かりました。…それでは私の番は終わります」
遊月の宣言で権現坂のデッキ切れの敗北が確定し、この大会で一番静かな決着となった。



誰も傷つけたくない。
戦乱を生き、万民の平和を願う姫の戦術と理念。たとえデッキが変わっても、そこだけは変わらなかった。