第164話　理想郷が叶う時　作：ター坊

「理想…郷？」
美羽は目に涙を滲ませながらディヴァインの言葉を口にする。
「そうだとも。奴は永遠に出られない。何故ならば自分が描いた世界だからだ。人間は思い描き実現した自分の理想を壊す訳がないからな。…さて、何度も言うが私は急用があるのでね。コイツらと遊びながらカオスジェネレーションシステムの稼働を待ちたまえ」
ディヴァインはそう言って指を鳴らし、何度戦ったか分からない巨人のデュエリストを召喚し、自身は地面に沈むように消えていった。
「くっそー！待ちやがれ！！」
「ちっ…！」
ディヴァインを逃し、悔しさを隠しきれないゴーシュや万丈目等の熱い者がいた。
「しかし事態は困難となった。ユイが持っているアクセスカードキーがなければディヴァインの元には辿り着けない」
「なんとかユイを取り戻さなければ…」
アストラルや遊星のように冷静に事態の解決策を探そうとする者もいた。そして
「ユイ…ユイ…。帰ってきてよ…」
「ユイ様…」
ユイを愛した乙女は悲しみに暮れるだけだった。







~ユイ サイド~


ここは何処だろう…。俺がどうしてここにいるかは分からないが、どうしてこんな目になったのかは覚えている。俺は…ディヴァインに負けたんだ。その後、光に包まれて、それが眩しくて眼を閉じたら―。目を開けようとしても鉛でも括られているかのようになかなか開かない。









ん？何か温かい…。それに柔らかい…。なんだろう、すごく落ち着く…。俺はそっと目を開けようとしたら、先程とうってかわって簡単に瞼が開いた。
「うわっ！？」
そして視界に飛び込んできたものに思わず飛び上がってしまった。その瞬間カッと光が溢れ、目が眩む。
「ユウ様、どうかなさいましたか？」
心配そうに訊ねる黒髪の少女―よく知った恋人の一人―遊月の姿があった。何故か一糸纏わぬ姿でいること以外は特に変わりない。それでいて、俺もどうやら何も着ていないようだ。周りを見ると何処かの部屋のようで、俺と遊月はベッドの上にいた。光は窓からの朝日だったらしい。
「えっと、何がどうなって…」
「私が目を覚ました時、ユウ様は魘されておりまして…それで抱き締めて安心させようとしたのですが…苦しかったですか？」
「いや、その…まぁ、気持ち…良かったけど…」
不安そうに見つめる遊月を見て取り繕うが、正直混乱している。ディヴァインと戦ってた筈の俺は何故遊月と…
「やっぱりお疲れの所だったのに…ご迷惑でしたか？」
「えっと…」




「身籠ってからその…お預けだったので…」




えっ？身籠って？いや、何かの聞き間違いかな。
「あー。…身籠って？」
「あれ？先月病院で診察したら…オメデタだと…」
「えぇーっ！？」
思わず叫んでしまった。確かに、遊月や美羽とはその…夜の恋人の付き合いがあったのは認めよう。だけど、そんな妊娠させるような事をした覚えはない。
「あの…先程から変というか…。何処か御体の具合が悪いんですか？」
「そういう訳じゃないんだけど…」
次の言葉に困っていると不意にドアがコンコンとノックされた。今の状況は誰に見られても気まずいと思ったが、制止する間もなくドアが開かれた。
「どうしたの？今、ユウの叫び声がしたけど」
部屋に入ってきたのは小柄な少女―俺にとってはもう一人の大切な恋人―、美羽だった。
「美羽様。先程からユウ様の様子が変なんです」
「え？どういうこと？」
美羽も遊月の話に食い付き、ドアを閉めた。しばらく二人の話を聞いていると少し引っ掛かる事があった。
「あれ？二人とも、さっきからどうして俺の事をユウって？」
そう。本来であればユウは姉さんが使う俺の呼称だ。どうしてこの二人が？
「だってユウ様の名前って」
「あ、そんな事より！そろそろ起こしてくれってお父さんに頼まれてたんだった」
「お父さん？」
あれ？確か美羽のお父さんは死んだと聞いたような気がしたけど…。
「…お父さんって？」
「え？ユウ本当に大丈夫なの？」
「ああ。大丈夫…だと思うけど…」




「うーん、そうなの？お父さん、ってユウのお父さん以外いないんだけど」



えっ？



美羽の唐突な発言で思わずきょとんとしてしまった。両親は俺が幼い頃には既に他界し、姉さんに見せてもらった事があるアルバムの写真で知っている程度の認識だ。
「それでお義父さんに朝御飯だからユウを起こしてくれって」
「…そうか。じゃあ、着替えてすぐ行くよ」
全く納得はしないが、今の状況をどうこう考えるより実際にこの目で確かめることが有益と考えて着替えることにした。




着替えて遊月と一緒に廊下を歩く。部屋から出ると建物は広く、屋敷と迄は言わないが５、6人の家族が生活するには充分な大きさだ。そして不思議なことに自分の足は勝手を知っているかのように階段がある方向に迷うことなく向かい、降りていく。１階に降りて廊下を歩き、ドアを開けるとそこはリビングだった。Ｌ字に配置されたソファー、テレビ、テーブル。フローリングは掃除が行き届き、朝日を浴びて白く照る。

ﾊﾟﾁﾊﾟﾁ

朝御飯と言うことで何か焼いているのか。油が跳ねる音がする方に目を向けるとキッチンと食卓テーブルがあり
「ユウ君おはよう。でもちょっと遅いね」
姉さんがいた。そしてテーブルの奥には見慣れない男性が新聞を読んでいた。
「ユウ。起きたか」
「えっと…」
俺は記憶をひっくり返してその男の顔を思い出す。そして、ある顔がヒットする。
「やっぱり…父さん？」
「ん？おかしな奴だな」
その男の顔―やはり幼少期に見たアルバムの父さんと重なる。
「はい…。どうもユウ様の様子が優れないようで…」
「はっは。遊月君あまり気にするな。大方、まだ寝ボケているんだろ」
心配する遊月を父さんが笑い飛ばす。
「ほら、ユウ。自分のご飯くらい自分でよそいなさい」
「あ、うん」
キッチンに立つ女性の声に思わず反応する。ご飯を茶碗に盛り、食卓に戻る際にその女性の顔を確認する。…あの顔もアルバムで見た覚えがある。ならばあの人が…
「味噌汁盛って…お義母さん、これで全部ですか？」
「そうね。ありがとうね美羽ちゃん」
やっぱり…母さんか。そうこうしているうちに食卓が揃ったようだ。





両隣には遊月と美羽、向かいには姉さん、そしてその両隣に父さんと母さんと言う配置で食卓の席に着く。

いただきます

全員でそう言って、思い思いの物に箸を伸ばす。漬物をかじり、味噌汁をすすり、玉子焼きを箸で切って口に運び、ご飯を食べる。他人から見ればよくある朝食の風景だ。しかし、訳の分からない現状は変わりない。何故死んだ筈の両親と姉さんが遊月と美羽と俺と共に食卓を囲んでいるのか。どう頭を捻っても自身が納得する説明が思い浮かばなかった。
「ん？ユウ。どうしたんだ、難しい顔して」
「えっ？いや、別に…」
「もうお父さんってば。ユウ君は繊細なんだから、きっと明日の選抜試合のことで頭が一杯なのよ」
「せ、選抜試合？」
「ユウ覚えてないの？ユウの学校内でデュエルモンスターズ甲子園の選手の選考デュエルがあるって前話したよね？」
美羽が不思議そうな顔をしたので、これ以上の混乱を招かないために話を合わせることにした。
「あー、そうそう。明日がな」
「そうでしたか…。申し訳ありません、私ったらユウ様が悩んでる時に」
「いやいや、遊月は悪くないんだ。その…良いリラックスになったし」
「なるほど。夜のデュエルは盛り上がったと言うことか」
「と、父さん。朝から何言ってるんだよ」
どっと明るく弾む会話。なんだろう、この感じ。
「あら？ユウ、何泣いてるのよ」
「えっ？」
母さんに指摘され自分の頬を指で触れると僅かに濡れた。
「ユウ君！大丈夫よ？お姉ちゃんがユウ君が頑張ってきたってこと、分かってるからね？」
「そうだよユウ！自信を持って！」
姉さんと美羽が必死になって宥める。けど、涙を流したのはそう言った理由ではない。
「いや、何でもない…。ちょっと目にゴミが入っただけで」





自分が小さい頃、あまり感じる事が出来なかった家族と過ごす時間。




一緒にご飯を食べて―




一緒に楽しく話して―






そんな当たり前の事。


だけど今こうして大きくなってから、その当たり前の時間を過ごしてみて心の中は


漸くこの幸せを手に入れたという喜びと―


その時間を噛み締めた幸福感とで満たされていた―


「本当に、なんでもないから…」

そしてその満たされた気持ちは溢れ、嬉し涙としてまた流れた。