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81話 寂しい生き方 作:コングの施し
寂しい生き方
『お前が守ろうとしてるモンに、本当にお前が張ってる命と同等の価値はあんの?』
退院しても、ずっとその言葉が頭の中で響いていた。いつも同じような夢を見て、目覚ましなんかよりもずっと早く目が覚めてしまっていることが気持ち悪かった。入院しているとき、一生分の絶望を味わったつもりだった。とめどなく自分の頭に傾れ込む悪夢、失われたデッキ、傷ついた体。それを背負ってでも、自分は進まなければならない。
中学2年生の冬。
事件のときを振り返って立ち止まっても、現状など変わらないことを理解した。あれは不幸だ。不運だ。それでも自分で選んだ災厄だ。だからこそ、進まない理由にはならない。自分の選択を呪って立ち止まっても、それが自分の信じる道を進まない理由には、どうしてもならなかった。
ましろ『わかってるよ、
みんなにはデュエル続けること、黙ってりゃいいんだろ?……あたしは何も言わない。きっとお前の立場なら、あたしはデュエルを続けること自体できないからさ。
______だから遊大は強いよ、本当に強い。』
デュエルは、続けることに決めた。
立ち止まっていると自分が暗い暗い海の底に吸い込まれてしまいそうな気がして、少しでも明るい未来を見つめないと、それを目指さないといけない気がしていた。デュエルをしていない自分が想像できないから、自分が握り続けたカードをがむしゃらに振るい続けることにした。
ましろ『プロを目指す…ね、
きっと他のみんなは、そんなに早くから自分の道を決めることはないって言うだろうな、お前が続けることも良く思わないかもしれない。でも続けることに理由があるなら、お前なりの信念があって、お前のやり方を通すならあたしは手伝う。』
律歌、阿原、嬢とは、距離を置くことにした。
龍平は、自分が目覚めた時にはもうこの学校にはいなくて、『好きにしたらいいけど、うかうかしていると置いていくぞ』なんてメールを一通寄越したきりだった。彼らしいと言えば彼らしいし、自分の考えまで見通されているみたいで、少し恥ずかしかった。
ましろ『全てが自分のせいになるように、なるべく自分一人で。
自分の道は自分で決める、指図は受けない。自分のやり方で強くなって、いつか自分の足跡を見返した時、後悔しない生き方をする………ね、』
あの時、龍血組の男と闘ったあの時。
あれが全てのターニングポイントだった。誰かのせいにしてはいけない、どうしようもない不運。でもあの時、自分は仲間たちとの出会いを仲間たちと一緒に歩いてきた道を一瞬でも否定してしまった。
ましろ『確かに、自分一人で歩いていけば、その先で何があったとしても自分のせいにはできるな______でも、』
特別だった仲間たちが戦う戦場に、自分のようななにもわからない少年が自分の意思で飛び込んだにも関わらず、それを他責にしてしまった。自分で選んだ道を呪うのではなく、仲間を呪ってしまった。そんな自分がどうしようもなく嫌で、意識的でも無意識の範疇であっても、人に指図を受けることもその逆も、自分はできなくなっていた。
ましろ『きっとみんなは、その生き方は寂しすぎるって思う……はずだよ。
あたしに言うのはいいさ、これでも元教師だ。こんなでもそれなりに中身のある10代を過ごしてきたつもりだし、そんな生き方をしたくなるのもわからんではない、』
こんな生き方、こんな考え。
自分以外の人をどうしようもなく見下した、苛まれた自分が可哀想で可哀想で仕方がない、そんな痩せた考えだってことはわかっている。どこか自分の全てを他責にしているから浮かんでしまう考えだ。それでも、きっとこの生き方をすると言うことは、その先で自分が何に躓いても自分のせいにしかできなくなる。
……逃げ道を消したかった。
ましろ『自分の責任から、逃げられ無くしたいんだろ。
でもな、他人と一緒に足並み揃えるってことも、それなりに必要な責任が伴ってしまうものなんだ。
………今はまだわかんなくていい、いつか自分で考えてみてるといい。生き方は一つじゃない。』
止まることはできない。
でも、進んだ先に何が待っていても、転んでしまうのは自分一人でありたい。そんな思いが、かつて同じ足並みで歩いてきた仲間たちと自分を遠ざけた。その選択をしたことに悔いはない。きっと悔やんでしまう時が来ても、絶望するのは自分一人でいい。進む道は、自分で決める。
律歌「………遊大、」
退院直後のましろとの会話を思い出していた、そんな時だった。
昼休み、一人の屋上に聞き覚えのある声が響いた。師走の空は寒くて、一人でパンを齧っているとどうもネガティブな思考に陥ってしまう。膝に抱えているディスクの専用タブには冬季の共催タイトル戦であるリンクヴレインズカップの準決勝が流れている。
遊大「律歌さん、ども。」
彼女の手には湯気が立ち昇っている紙のカップが握られていて、受験の勉強で疲れているのかその顔は少し白く映っている。彼女と話すのは、久しぶりだった。同じ学校でもデュエル部が無くなってからの接点は無くなってしまったし、会いたい思いはあったけれど、話してしまったら自分の中の何かが揺らいでしまいそうな気がして、心のどこかで彼女を、仲間を避けていた。
律歌「なあんだ、デュエル続けるんじゃん。」
遊大「ええ、まあ。」
自分が抱えているタブをちらりと覗くと、つかつかとこちらに歩んでくる。
退院してから、その後の彼女のことを何も知らなかった。1つだけ彼女と自分を結ぶ事実があるとすれば、それは昨年の決闘王杯・アオメ市内予選のことだけだ。
律歌「みんなと仲とよくすればいいのにさ〜。」
遊大「いや、えっと……
あんなことあってもずっと続けるんだって、思われたくなくて。」
律歌「続けるくせに。」
遊大「いろいろ、恥ずかしかったりするんですよ。」
律歌「まあ、ね。」
彼女は自分の隣にストンと腰を下ろした。
「つめたっ」、と小さく呟くと、また急いでぱっと立ち上がる。そういえば、お尻のコンクリートはこの季節じゃとても冷たい。自分はずっと座っているからいいけれど、体温で温まっていないところはかなり冷える。
律歌「てかてか、なんでこんなところで食べてるの。
せめて中に行こうよ、私ここじゃ食べれない、寒すぎて死んじゃいそう。」
遊大「…はい、」
彼女は、優しい。
今まで皆を避けてしまっていた自分でも無意識のうちに絆されてしまうほどに、温かく自分の手を引いていく。
律歌「ふぅ、風がないとだいぶ違うね。でもお尻は冷たいな」
遊大「うん、……そうですね」
律歌「でさ、さっきの話。
なになに、デュエル続けてるんでしょ?もう隠せないぞ〜このっ!!」
ぐいぐいっと、肘で自分の肩を押す。
皆には、デュエルをやってることも隠してきた。自分で新しいデッキを組んで、プロの桐生の元で上に行くための鍛錬と計画を積んでいた時期のことだ。でも同じ学校で、自分がデュエルを続けていたことに気づいたのは、後にも先にも彼女だけだった。
遊大「デッキ新しくしたんですよ、エースは変わんないけど。」
律歌「《ゴッドフェニックス》……を活かしたデッキ、どんなデッキになったの?」
遊大「教えないです。」
律歌「だよね〜、
でも私も、デッキ新しくなったんだ。《パラディオン》だけじゃ無くなったんだよ。」
知っていた。
入院中から、皆の動向や全国の公式戦のデータには目を通してきたつもりだ。彼女のデッキは確かに《パラディオン》だけでは無くなった。後攻での貫通力を高めつつ、かつ先行で手持ち無沙汰になることも無いように組まれた、いいデッキだ。
律歌「って……私はもう卒業になんだけどね。
だからこそっていうか………会っておきたくて。ちょっと話そうよ、デュエルのこと、みんなのこと。」
遊大「……」
律歌「てっきり、デュエルは続けないのかと思ったんだ。でも安心した、続けるんだね。
……じゃあ話は早い、と思う。」
次に、何を言うかに察しがついた。
みんなと一緒にいてほしい、とかそんなことだと。そしてその言葉に頷くことができないことも、同時にわかっていた。
律歌「みんなのところ、戻らない?」
遊大「……戻らないです」
律歌「やっぱそっか。今更って感じだよね。でも困るんだ、」
遊大「………?」
律歌「私も卒業したら、この街を出なきゃいけなくなっちゃったから。
みんなと一緒に、いれないんだ。」
遊大「アオメ市、出るんですか」
律歌「うん。ちょっとうちの事情でね、
離れたとこに住んでる家族の場所に、戻らなくちゃいけなくなちゃって。」
彼女の家族の話、聞いたことがなかった。
でも、どんな家族なのか、どこに行かなければいけないのか、それ以上のことを話さない彼女に、聞くことができなかった。
遊大「そう……ですか」
律歌「いやいや〜!!
「どこに行くんですか」って聞くとこでしょ!……全く女心がわかってないなあ、」
遊大「ええっ!!
じゃあ、……どこ行くんですか。」
律歌「第一志望はデュエルアカデミア。
どうせあっちの方に行くんだもん、目指すなら名門だよね。家族のところからも40分くらいで通えるみたいなんだ。
でも今のペースで受かるかな?……どうだろ。」
遊大「アカデミア、なんか懐かしい響き。」
律歌「そうだね、すごい経験だったなあ、アカデミア合宿。」
遊大「確か律歌さんは、御子柴プロのとこでしたよね。《ホルス》と《召喚獣》のデッキの爺さん。」
律歌「うん、それにましろ先生の師匠なんだってね。
強かったなあ、あの人。でもアカデミアに入学したら、私もぼちぼちプロの仲間入りして〜、さっとプラチナに上がって〜、リベンジ?」
遊大「いけるんですか?あそこ毎年倍率すごいらしいじゃないすか。」
律歌は頬をぷくっと膨らませ、飲みかけのココアを座っている階段に置いた。胸ポケットからボールペンを取り出して、芯が締まってあることを確認すると、それで自分の頬をツンっとついた。
律歌「はい!受験生にそう言うこと言わない!!」
遊大「あ、すんません。」
律歌「それにね、アカデミアに入っても入らなくても、私はこの街を出なきゃいけないんだ。……家族のことだからね、ここにはやっぱり残れない。
_________だから、
遊大「みんなと一緒にいてほしい、ですか?」
律歌は、階段の下を向いたまま、こくっと頷いた。
そんな彼女を見ても、やっぱり自分の考えと決めた生き方を変えることはできない。だからこそ、そんな悲しそうな目をしている彼女を横から見ているその瞬間が、辛かった。
律歌「……やっぱり、できない?」
遊大「……はい、」
律歌「私、みんなのこと大好きなんだ。
だから、みんなとずっと一緒にいたかった。みんな個性があって、生き方が違くて、でも仲間思いな部分だけはずっと一致してるんだよ。それは遊大だって一緒。」
遊大「おれは、……そんな優しくない、
仲間思いだったら、ずっとみんなと一緒にいますよ。でも実際、そうなってはいない。」
律歌「そうだね、でも嘘はつかないでほしい。
遊大のことだもん、どうせ嬢に責任を与えたくないとか、そういう理由でみんなといる決断ができないんでしょ。」
その言葉に、返す言葉が詰まった。
嬢にとっての重荷でありたくない。それは間違ってはいない。でも今の自分がここにいる理由にしては、綺麗すぎる。そんなものではない、他者への心配なんて、そんな美徳で自分の理由はできていない。
遊大「違う……違います。」
律歌「ええっ、見当違い?
たいそうな理由じゃなきゃ許さないんだけど?それともそれも嘘?」
自分がここにいる理由を話していいのか、迷った。
きっと彼女は、そんな理由を聞いたら失望するだろう。または、自分を突き放すか。なんにせよ、その光景を見たいとは思えなかった。けれど、今の自分がある本当の理由を話さなければ、彼女は納得しないだろう。
律歌「………一人で、背負い込みすぎだよ。」
遊大「え、」
律歌「遊大がいない時、阿原も嬢も、寂しみそうでね。
理由はわかんないけどさ、でも一人でいる理由を自分で背負って、それでみんなに説明もしないまま距離取って………、そんなのちょっと冷たいなって思う。」
遊大「なんで、」
律歌「そんな生き方寂しいよ。
……私は、前の仲間思いな遊大の方が好きだったな。今が仲間思いじゃないって言いたいわけじゃないよ、でもどんな理由があっても、たった一人でいることを肯定なんて私はできない。
……言い方が強くなっちゃって、ごめんね。」
遊大「なんで……!!」
苦しかった。
彼女が言っている、温かい言葉の一つ一つが痛烈に胸を刺す。それが刺さってしまう今の自分が苦しかった。今すぐにでも逃げてしまいたかった。心が冷えているから、痩せ細っているから、その言葉は火傷してしまうほどに熱く感じてしまった。
律歌「一人でいる理由まで一人で抱え込んでちゃ、何も言えないよ。
迷ってたり、昔のことを振り返って進めないなら、一緒に歩く方向を決めたらいい。理由があるのはわかるよ、でも遊大は一人じゃない。みんなの元に戻ってほしいって言うのは、遊大のためでもある。」
遊大「優しすぎなんだ、……」
眩しすぎて、彼女を見ることができなかった。
違う、そうじゃないんだ。自分は進める、一人でも前に進めるように、この生き方を選んだ。でも今、彼女と、皆の元に戻ったら、ここまで自分が歩いてきた道が、思い悩んだ全てが無駄になってしまう。きっとまた、起こる全てを他責にしてしまう。
律歌「優しくない、……めっちゃ効いてるくせに。
さっさと言ったほうがいいよ、自分一人で全部抱え込む理由。」
遊大「おれは……自分で進む道を自分で決めたかったんです。」
律歌「知ってる。……なんで?」
遊大「ごめん、律歌さん。
進んだ先で転んだり挫けたときに、きっとおれは仲間のせいする。おれの身に何が降りかかっても、きっとおれはそれを、みんなと一緒に来たせいにしてしまう……!!
嫌なんだ、絶対に嫌だ。おれが失うものは、全部おれの責任じゃないとだめなんだよ……!!」
律歌「だから……ひとり?」
ふうっと、息を吐いて律歌は階段から立ち上がる。
数段降りると自分の方へと振り返って、また口を開いた。その表情にはひとつまみの笑みがあって、まだ自分を勇気づけるなんてことに諦めていない瞳が、確かにそこにあった。
律歌「なあんだ、許さない決定。」
遊大「え、」
律歌「やめてよね、遊大。
全部自責に置き換えようなんて…それは優しさじゃないよ。他人が何かを背負っていることが苦しいのはわかる。でもだから転ばないように仲間と一緒に進むんじゃないの?………そのためでも、私やみんなは必要ない?」
遊大「そんなんじゃ……!!
転ばないように……でももし、何かがあったら!!」
律歌「あの事件のこと、言ってる?……よね。」
遊大「……!!」
律歌「あれは遊大のせいじゃない。
誰のせいでもない。ただ誰のせいでもない不幸があった。それだけだよ。あのときに遊大は、それが誰かのせいだって思ったんだよね。……でも違う、それは自分のせいだって、言い聞かせてるんでしょ。」
遊大「それは、」
律歌「嬢も自分のせいだって思ってる。私はそれも違うと思うけどね。
嬢のことは仕方がないと思うし、でも彼女のせいにしたくないのは私も一緒。だからあれは本当に、誰が悪いでもない。誰のせいでもない。だから責任を負う必要もない。戒めみたいに扱うなんて、もってのほかだよ。
私自身、嬢の気持ちからは逃げてばっかりだよ。……でも背負う必要のないものを無理に引きずるのは、私は肯定できない。」
遊大「違います、あのとき、あの決断をしたのはおれだ。
だから今があるんだ。………やめてくださいよ、あの時の決断がおれの責任じゃなかったら、だったら……!!」
律歌「……、」
遊大「今のおれが、こんな風になっちまったのは!!
誰のせいでもないって言うんですか!!おれのせいでも、嬢のせいでも、みんなのせいでもない……ただただ起きただけの理不尽が、今のおれを作ったって言うんですか!!」
律歌「やめなよ……、」
遊大「だめだ、おれの進む道は、おれが決めなきゃ……!!
そうでもしなきゃ、誰かのせいになっちまう。自分が決めたわけでもないもののせいで自分が傷つくなんてまっぴらなんですよ!!
だったら全部おれのせいでいい、そうじゃなきゃだめだ、だめなんだ……!!」
律歌「……やめて!!」
立ち上がっていた、彼女が置いたカップが倒れて、陰った階段に黒いココアが滴っている。むきになっていた。思えば自分が一人でいる理由、一人の自分が傷つかない理由を羅列しただけの言葉を、彼女に浴びせてしまっていた。
遊大「ごめん……なさい、」
律歌「やめてよ、もうぼろぼろじゃん、
……戻ろう?みんなのところに、嬢と、阿原と、先生のところに。」
遊大「ごめん、」
律歌「卒業までに時間はないけど、私も一緒にいる。
龍平くんのこと応援しながらさ、またみんなでいようよ、遊大も一緒に。」
遊大「ごめん、律歌さん………!!」
静寂の階段で、自分の声が大きく響いた。
一緒にいる決断を、できなかった。彼女が言っていることはわかるんだ。それでも、自分が進んだ先であんな思いをするのは絶対に許せなかった。みんなは優しい、彼女も、嬢も阿原もましろも、優しすぎるほどに優しいんだ。自分が一度でも他責にしてしまったこと、それを聞いてなお、一緒に戻ろうと言えてしまうんだ。その温かさに甘えたら、自分はまた、自分で全てを背負えなくなる。だからこの言葉を、1年半前の全てにした。
「一緒には、いられない。」
*
彼は、黙り込んだままだ。
その目は、飲みかけのコーヒーの水面に向いている。左手は卓上に置いたまま、右手はカップ持ち手に添えたまま。手に力が入っている様子もなく、ただそこにある。
茉菜「樋本くん、」
遊大「あの、……茉菜さん。」
遊大は自分の声に、ようやく声を出した。
でも自分の名前を呼ぶその声だけで、彼の中身が垣間見えてしまったような気がした。震える喉、そして閉じない下唇。自分を呼ぶか弱い声。
遊大「律歌さんですよね、ありがとうございます、」
静寂を、哀愁を孕んだか細い声がつついた。
彼は律歌が、時和 律歌であることを知らなかった。それすら知らないのであれば、この学校にいたこと、そしてこの学校のデュエル部が消えた原因の中心に彼女がいることを知ろうはずもない。しかしそのピースが嵌ったとき、彼は律歌との再会と彼女の身に起きたことの2つを同時に理解することになる。カップに添えられた動かない、力なく持ち手からそろりと落ちていく。
茉菜「聞いて、樋本くん。」
遊大「おれ……喧嘩別れなんです、あの人と。」
茉菜「…へ?」
妙な言葉が出てきた。
「喧嘩別れ」、彼女と遊大は、そんなに深い仲だったのだろうか。もし恋愛関係だったら、それはそれで彼は関わららないほうがいい。だって彼女は、この学校に来てから……
遊大「ああっ、付き合ってたとかそういう『喧嘩別れ』じゃなくて。」
茉菜「なによ、」
気持ちの悪い言い回しをする人だ。
じゃあそれは、お互いに仲は良かったけれど喧嘩をしてしまってそれっきりという状況なのだろう。容易に想像がつく。目の前にいる樋本 遊大という男は、どうもまっすぐであろうとしているけれど自分を肯定する人を絶対に拒めないタイプだ、寂しがり屋で人と関わりたくて認められたくて、自分に似ている。
遊大「ただの先輩後輩。でもおれがわがまま言っちゃって、それっきりです。
でもそのわがままは前に進むために言ったことだから、曲げたくない。………要は、自分を通すためにあの人のことを尊重しなかったんです。」
茉菜「……そう。
色々あったのかもしれないけど、横道逸れてるわ。要は、って言うならこれからの話をしましょう。」
彼はそのことに気づいて数秒間黙り込んだ。
さっきの動揺といい、彼女の名前を出すと冷静さが欠けてしまうように見える。本当に、自分や不二原と同じタイプだ。でもそれだけ、彼女が慕われているのだろう。
遊大「追いかけますよ、この学校のデュエル部のこと。」
茉菜「……そうなの、
それは喧嘩別れだった『けど』?……それとも喧嘩別れ『だから』?」
遊大「どっちでもない。
言ったはずですよ、おれは律歌さんが話に出て来る前から、居ても居なくてもデュエル部のことを追いかけるつもりでした。」
心臓をキュッと掴まれるような感覚。彼は、律歌のことを大切にしているのだろう。それでもあくまで自分の道を進むこと、それが最優先なんだちと思えてしまった。単純な順位づけではないかもしれない。でもそんな言い方、あまりに彼女に対して後ろ向き過ぎる。言葉に悪意がないからこそ、それが冷徹に見えて仕方がなかった。
茉菜「……言い方、」
遊大「冷たいですよね、わかってるつもりです。
でも自分が進む道は自分で決めないといけない。律歌さんや東雲中のみんなは、温かすぎるんです。」
茉菜「温かい?」
遊大「なんだか、炬燵みたいで。
あったかすぎて出たくなくて、でもどこかで怪我をしたりつまづいた時に、おれはきっとそれをみんなのせいにしちゃうから。
おれが進んだ先で何か失敗をした時、転んだ時、それを絶対に仲間のせいにするのはだめなんだ。他責じゃだめなんだ、だったらおれはもう1人でいい。」
茉菜「一人でここに来た理由が、それ?」
遊大「……」
我儘だ。
想像ができた。きっとそのことを律歌に話したのだろう。そしてそれがわかった上で確実に言える。律歌はそんなことを言われたら深く傷つく。入学後にそんな素振りは見せなかったけれど、でも彼が彼女にそんなことを言って中途半端に突き放せば、この学校での彼女の生き方も納得が行った。……何か、言ってやりたかった。
茉菜「……それ、彼女に言ったの?」
遊大「……はい、」
茉菜「リツは……なんて言ってた?」
遊大「寂しい生き方だ、って……。」
腹が立った。
大切なんだ、好きなんだ。それでも律歌や他の仲間たちといると自身が彼らに甘えてそれを他責にしてしまうなんて勝手な理由で、この少年は街を出たんだ。別れを告げられたものや置いて行かれたものたちの気持ちだって考えられるだろうに、それを押し殺して自分は自分の道を進んでいると言い聞かせ続けているんだ。……そんな生き方、勝手すぎる。
茉菜「リツは、休学中よ。
それも昨年度末までだったから、今はどこにいるか……わたしにもわからない。」
遊大「……え?」
茉菜「でも、この学校に来て数ヶ月は幸せだったと思う。
あなたみたいに、好きなくせに突き放すような人はいなかったし、愛し合う関係の人もいた。」
遊大「……」
茉菜「だから、全部が悪かったってわけじゃないわ。
わたしは性格悪いから、これは嫌味。彼女には友達がたくさんいたし、恋人だってあの子を捨て置くような真似はしなかった。………みんな、あなたとは違う。」
精一杯の嫌味をぶつけたつもりだった。
彼は、彼はきっと、一人で道を決めることが仲間や彼女にとってどれほど冷たいことかをわかっているんだ。それでも退かせない理由があって、言われた側の気持ちを無理やりに飲み込んでおっかなびっくり進んでいる。
そんなの、自分には許せなかった。彼女の気持ちを考えながら、その生き方を通すなんて。
遊大「もっと、直接的でいいのに。……優しいじゃないすか」
茉菜「じゃあお言葉に甘えて。」
遊大「ええ……」
茉菜「それを言われたリツの気持ち、考えたことあるのよね。
本当に気持ちが悪い。自分の我儘が悪いことなんてわかってるはずなのに、それでもまだ彼女を傷つけたその態度を続けるつもり?」
遊大「………ごめんですけど、そこは譲れない。
おれは自分の意思で、自分のデュエルって道を選びます。律歌さんには本当に悪いと思ってる。それでも、おれは自分の足跡を他の人のせいにしたくない。」
茉菜「『でも』じゃない。
自惚れないで、何が他人のせいよ。みんなあなたがどこかですっ転んだって知ったこっちゃない。それを勝手に人のせいにして勝手に自己嫌悪?……そんな理由で彼女を突き放したっていうの?」
遊大「はい。そうです、その通りだ。
ごめん、おれは譲れません。自分の進んだ道は、自分の責任であるべきだ。それだけは絶対だよ。」
茉菜「あなたの何が、そうさせるのよ。
あなたの一体何が、そんな決断をあなたにさせるの!?……何を経験すれば、律歌にそんなこと言えるのっ!!?」
遊大「関係ないことだっ!!
茉菜さんには関係ない、おれが、おれ自身が決めた生き方なんだよ!!……だからあの人がいても、いなくたって_________
だめだ、それ以上は絶対にだめだ。
何があったかなんて知らない、関係ない。彼女に、仲間に、友人に、想い人にそんなことを言っていい理由にはならない。噛み締めるように拳をグッと握って、声を振り絞っていた。
茉菜「それ以上、言わないで……っ!!」
遊大「っ______、」
茉菜「聞いてればわかるわよ、あなたとリツは決して浅い中なんかじゃなかった。
わたしは、あなたの生き方なんて勝手にすればいいと思う。それでも許せないのはあなたがリツに言ったことよ。それがあなたの『デュエル』に起因するものなら、ここでわたしと戦って。」
遊大「えなんで……、」
知りたかった。
何が彼をそうさせるのか、一口に『デュエル』と呼べるものが、支えてきた友達や想い人を無碍にできるものなのか。いったい彼の記憶の、経験の、どこにそんなことを言い切らせるトリガーがあるのか、知りたかった。ムキになっているのは自分だ、それはわかっている。でも自分じゃ絶対に持てない考えだから、寂しがりやな自分を押し殺す彼のことをどうしても知らなければならない気がした。………律歌のために。
茉菜「言っておくわ、あなたの生き方なんてほんっっっっっっっとうにどうでもいい。
それでもその生き方を彼女の前で得意げに言い張ったこと、わたしは許さない。そんな性根をあなたに植え付けたのがデュエルなら……それがあなたの生き方の核なら、わたしが正面からへし折ってやるわよ。」
遊大「茉菜さん……マネージャーだろ。」
茉菜「だったら、なに?」
わかっている。
蜂谷でも勝てなかった彼にはきっと、いや確実に勝てはしないだろう。それでも自分にはどうしようもなく知る義務があるように感じられた。どうしようもなくわがままで自分勝手で、他責を自責に置き換える方法を他者との関わりの隔絶なんてバカみたいな手ではたそうとしている。その理由がデュエルの中にあるなら、そんな独りよがりな生き方の核がデュエルなら、彼を放っておくわけにはいかない。
遊大「わかんないよ、なにがしたいんだよ……!!
あんたに、おれの進み方をとやかく言う権利なんてないじゃないですか…、」
茉菜「それはあなたが決めることじゃない。
それに二度目よ、わたしはあなたなんてどうでもいい。リツのためにあなたを折る。」
遊大「……説教?」
茉菜「……報復よ。」
遊大「そんな………まるでおれが律歌さんに__________
「何かしたみたいに」と言おうとした、彼の口が止まった。
その言葉が止まったのは、自分の言ったこと、したこと、貫いた生き方を振り返ってしまったからだ。彼の覚悟はきっと硬い。それでも、前だけを見て進めるほど強い人ではない。だから今の自分の言葉は彼を突き刺してしまっていることはわかっている、それでも…………
茉菜「そう、あなたが言ったことを振り返るデュエル。
言っておくけど、蜂谷先輩の時のようにはいかない。さっき以上に、本気で来てもらうわよ。」
遊大「……おれが勝ったら、なにがあるんですか。」
茉菜「好きにすれば?」
遊大「茉菜さんが勝ったら?」
茉菜「決まってるでしょ、リツに謝りなさい。
今の彼女の場所はわからない。それでもデュエル部のことを……《花の魔女》を痕跡を辿ればきっと見つけられる。そのための協力は惜しまない。
…………あとついでに店の手伝い、してもらおうかしら。」
頭を抱えた遊大は、唇を噛み締めてしばし黙り込んだ。
彼女の痕跡を追わせること、それは彼にとって向き合いたくない過去を無理に顔面に叩きつけることと同義になる。甘やかすのは簡単だけれど、それでも険しい道を提示するのは、彼の当事者意識を刺激するため。彼はまだ気づいていない、誰かと共に行くという責任の持ち方を。だからこそ、この戦いで彼は気づく必要がある。…………生き方は1つじゃないことに。
遊大「都合、良すぎるじゃないすか……!!勝った時のことだけ__________
茉菜「『好きにすれば?』って言ったのよ。
わたしに負けるのが怖いの?それは元マネージャーだから?それともリツに会うのが嫌なだけ?」
遊大「_______っ!!!」
茉菜「責任を負おうとすること、立派なんじゃない?
でも自分の発言に伴う責任、他人が自分の言葉で負わせられるもの、考えた方がいいわ。…………と、これはお互い様ね。
要はお互い褒められた性格じゃないのよ。だからあなたの得意なデュエルで決めましょうって話。」
黙ったままの遊大を横目に、卓上のカップをカウンターまで運ぶ。
カウンター下の収納から2枚プレイマットを小脇に挟み、テーブルの上に広げる。ポケットから水色のスリーブに包まれたデッキを卓上に取り出して、ラバー製のマットの上をすすすと滑らせた。
遊大「…………負けたら、」
茉菜「晴れて全部あなたのせいよ、良かったわね。
生き方を貫くなら勝ちなさい。必要なのは失敗した後のことじゃない。失敗しないため、勝つために思考を止めないこと。」
握り拳を解いた遊大の手は、微かに震えていた。
出会って間もない人物に、生き方を問われているのだ。しかもそれはきっと、過去にある大きなターニングポイントが起因している。簡単に覆せるものじゃない。でも自分は嘘は言っていない、本心で話している。これからこの学校のデュエル部を背負う彼にとってそれは、自分と仲間たちをを見つめ直すことは、絶対に必要なことだ。
遊大「びっくりしたよ、本当に語気が強いんだな。茉菜さん」
茉菜「まあね、わたし性格悪いから。」
彼はバッグから、赤いデッキケースとディスクをを取り出してぱちんとデッキを机に取り出した。
ディスクの専用タブを立てかけ、カメラがマット全体を写せるように画角を調節する。モードをマットモードへと切り替えて、タブから照らされる光がちょうどプロジェクターのようになり、プレイマット全体を包む。
遊大「おれは生き方を、簡単に変える気は無い。」
茉菜「でしょうね。」
遊大「悔しい。
おれは自分の進み方を、間違いだっては思って来なかった。間違いなんて思ってたら、ここまで来れてないんだよ。それでもあの人と別れたことが、仲間を置いてきたことが、ずっとしこりみたいに胸の中にあって……。
だから、茉菜さんが言ってることも……きっと間違ってはいないんだろな。」
茉菜「…素直。」
遊大「受けたくねえよ、こんな勝負。
ずるいって、絶対に逃げれないじゃないすか。失敗しないために、勝つために動くこと考えることなんて正論…………当たり前すぎて、そこから逃げれないじゃん…。」
茉菜「逃がさないからね。
責任を負うことは、他人から離れていくことじゃない。人と共に歩んで、進んで、転ばないようにすることよ。転んでも支え合って、同じ失敗を繰り返さないようにすればいい。少なくとも彼女に言ったこと、彼女に負わせたものくらい、あなた自身で責任を負ってもらう。」
遊大「本当に、…………ずるい。
なにがなんでも、おれの進み方に干渉するんですね。だったら……やりますよ、」
茉菜「ちなみにお節介はマネージャーとして当たり前。……男だもん、二言は無いわね。」
遊大「……はい、」
これは、彼の生き方を見つめ直すデュエル。
彼が突き放してしまった律歌に迫るために、彼自身が自分の殻を抱くか、破るか、選択するデュエル。自分にできることは、蜂谷に見せなかった本気を、彼に引き出させるだけ。そこから先はきっと、彼自身が選択すること。
『『デュエル』』
続く
『お前が守ろうとしてるモンに、本当にお前が張ってる命と同等の価値はあんの?』
退院しても、ずっとその言葉が頭の中で響いていた。いつも同じような夢を見て、目覚ましなんかよりもずっと早く目が覚めてしまっていることが気持ち悪かった。入院しているとき、一生分の絶望を味わったつもりだった。とめどなく自分の頭に傾れ込む悪夢、失われたデッキ、傷ついた体。それを背負ってでも、自分は進まなければならない。
中学2年生の冬。
事件のときを振り返って立ち止まっても、現状など変わらないことを理解した。あれは不幸だ。不運だ。それでも自分で選んだ災厄だ。だからこそ、進まない理由にはならない。自分の選択を呪って立ち止まっても、それが自分の信じる道を進まない理由には、どうしてもならなかった。
ましろ『わかってるよ、
みんなにはデュエル続けること、黙ってりゃいいんだろ?……あたしは何も言わない。きっとお前の立場なら、あたしはデュエルを続けること自体できないからさ。
______だから遊大は強いよ、本当に強い。』
デュエルは、続けることに決めた。
立ち止まっていると自分が暗い暗い海の底に吸い込まれてしまいそうな気がして、少しでも明るい未来を見つめないと、それを目指さないといけない気がしていた。デュエルをしていない自分が想像できないから、自分が握り続けたカードをがむしゃらに振るい続けることにした。
ましろ『プロを目指す…ね、
きっと他のみんなは、そんなに早くから自分の道を決めることはないって言うだろうな、お前が続けることも良く思わないかもしれない。でも続けることに理由があるなら、お前なりの信念があって、お前のやり方を通すならあたしは手伝う。』
律歌、阿原、嬢とは、距離を置くことにした。
龍平は、自分が目覚めた時にはもうこの学校にはいなくて、『好きにしたらいいけど、うかうかしていると置いていくぞ』なんてメールを一通寄越したきりだった。彼らしいと言えば彼らしいし、自分の考えまで見通されているみたいで、少し恥ずかしかった。
ましろ『全てが自分のせいになるように、なるべく自分一人で。
自分の道は自分で決める、指図は受けない。自分のやり方で強くなって、いつか自分の足跡を見返した時、後悔しない生き方をする………ね、』
あの時、龍血組の男と闘ったあの時。
あれが全てのターニングポイントだった。誰かのせいにしてはいけない、どうしようもない不運。でもあの時、自分は仲間たちとの出会いを仲間たちと一緒に歩いてきた道を一瞬でも否定してしまった。
ましろ『確かに、自分一人で歩いていけば、その先で何があったとしても自分のせいにはできるな______でも、』
特別だった仲間たちが戦う戦場に、自分のようななにもわからない少年が自分の意思で飛び込んだにも関わらず、それを他責にしてしまった。自分で選んだ道を呪うのではなく、仲間を呪ってしまった。そんな自分がどうしようもなく嫌で、意識的でも無意識の範疇であっても、人に指図を受けることもその逆も、自分はできなくなっていた。
ましろ『きっとみんなは、その生き方は寂しすぎるって思う……はずだよ。
あたしに言うのはいいさ、これでも元教師だ。こんなでもそれなりに中身のある10代を過ごしてきたつもりだし、そんな生き方をしたくなるのもわからんではない、』
こんな生き方、こんな考え。
自分以外の人をどうしようもなく見下した、苛まれた自分が可哀想で可哀想で仕方がない、そんな痩せた考えだってことはわかっている。どこか自分の全てを他責にしているから浮かんでしまう考えだ。それでも、きっとこの生き方をすると言うことは、その先で自分が何に躓いても自分のせいにしかできなくなる。
……逃げ道を消したかった。
ましろ『自分の責任から、逃げられ無くしたいんだろ。
でもな、他人と一緒に足並み揃えるってことも、それなりに必要な責任が伴ってしまうものなんだ。
………今はまだわかんなくていい、いつか自分で考えてみてるといい。生き方は一つじゃない。』
止まることはできない。
でも、進んだ先に何が待っていても、転んでしまうのは自分一人でありたい。そんな思いが、かつて同じ足並みで歩いてきた仲間たちと自分を遠ざけた。その選択をしたことに悔いはない。きっと悔やんでしまう時が来ても、絶望するのは自分一人でいい。進む道は、自分で決める。
律歌「………遊大、」
退院直後のましろとの会話を思い出していた、そんな時だった。
昼休み、一人の屋上に聞き覚えのある声が響いた。師走の空は寒くて、一人でパンを齧っているとどうもネガティブな思考に陥ってしまう。膝に抱えているディスクの専用タブには冬季の共催タイトル戦であるリンクヴレインズカップの準決勝が流れている。
遊大「律歌さん、ども。」
彼女の手には湯気が立ち昇っている紙のカップが握られていて、受験の勉強で疲れているのかその顔は少し白く映っている。彼女と話すのは、久しぶりだった。同じ学校でもデュエル部が無くなってからの接点は無くなってしまったし、会いたい思いはあったけれど、話してしまったら自分の中の何かが揺らいでしまいそうな気がして、心のどこかで彼女を、仲間を避けていた。
律歌「なあんだ、デュエル続けるんじゃん。」
遊大「ええ、まあ。」
自分が抱えているタブをちらりと覗くと、つかつかとこちらに歩んでくる。
退院してから、その後の彼女のことを何も知らなかった。1つだけ彼女と自分を結ぶ事実があるとすれば、それは昨年の決闘王杯・アオメ市内予選のことだけだ。
律歌「みんなと仲とよくすればいいのにさ〜。」
遊大「いや、えっと……
あんなことあってもずっと続けるんだって、思われたくなくて。」
律歌「続けるくせに。」
遊大「いろいろ、恥ずかしかったりするんですよ。」
律歌「まあ、ね。」
彼女は自分の隣にストンと腰を下ろした。
「つめたっ」、と小さく呟くと、また急いでぱっと立ち上がる。そういえば、お尻のコンクリートはこの季節じゃとても冷たい。自分はずっと座っているからいいけれど、体温で温まっていないところはかなり冷える。
律歌「てかてか、なんでこんなところで食べてるの。
せめて中に行こうよ、私ここじゃ食べれない、寒すぎて死んじゃいそう。」
遊大「…はい、」
彼女は、優しい。
今まで皆を避けてしまっていた自分でも無意識のうちに絆されてしまうほどに、温かく自分の手を引いていく。
律歌「ふぅ、風がないとだいぶ違うね。でもお尻は冷たいな」
遊大「うん、……そうですね」
律歌「でさ、さっきの話。
なになに、デュエル続けてるんでしょ?もう隠せないぞ〜このっ!!」
ぐいぐいっと、肘で自分の肩を押す。
皆には、デュエルをやってることも隠してきた。自分で新しいデッキを組んで、プロの桐生の元で上に行くための鍛錬と計画を積んでいた時期のことだ。でも同じ学校で、自分がデュエルを続けていたことに気づいたのは、後にも先にも彼女だけだった。
遊大「デッキ新しくしたんですよ、エースは変わんないけど。」
律歌「《ゴッドフェニックス》……を活かしたデッキ、どんなデッキになったの?」
遊大「教えないです。」
律歌「だよね〜、
でも私も、デッキ新しくなったんだ。《パラディオン》だけじゃ無くなったんだよ。」
知っていた。
入院中から、皆の動向や全国の公式戦のデータには目を通してきたつもりだ。彼女のデッキは確かに《パラディオン》だけでは無くなった。後攻での貫通力を高めつつ、かつ先行で手持ち無沙汰になることも無いように組まれた、いいデッキだ。
律歌「って……私はもう卒業になんだけどね。
だからこそっていうか………会っておきたくて。ちょっと話そうよ、デュエルのこと、みんなのこと。」
遊大「……」
律歌「てっきり、デュエルは続けないのかと思ったんだ。でも安心した、続けるんだね。
……じゃあ話は早い、と思う。」
次に、何を言うかに察しがついた。
みんなと一緒にいてほしい、とかそんなことだと。そしてその言葉に頷くことができないことも、同時にわかっていた。
律歌「みんなのところ、戻らない?」
遊大「……戻らないです」
律歌「やっぱそっか。今更って感じだよね。でも困るんだ、」
遊大「………?」
律歌「私も卒業したら、この街を出なきゃいけなくなっちゃったから。
みんなと一緒に、いれないんだ。」
遊大「アオメ市、出るんですか」
律歌「うん。ちょっとうちの事情でね、
離れたとこに住んでる家族の場所に、戻らなくちゃいけなくなちゃって。」
彼女の家族の話、聞いたことがなかった。
でも、どんな家族なのか、どこに行かなければいけないのか、それ以上のことを話さない彼女に、聞くことができなかった。
遊大「そう……ですか」
律歌「いやいや〜!!
「どこに行くんですか」って聞くとこでしょ!……全く女心がわかってないなあ、」
遊大「ええっ!!
じゃあ、……どこ行くんですか。」
律歌「第一志望はデュエルアカデミア。
どうせあっちの方に行くんだもん、目指すなら名門だよね。家族のところからも40分くらいで通えるみたいなんだ。
でも今のペースで受かるかな?……どうだろ。」
遊大「アカデミア、なんか懐かしい響き。」
律歌「そうだね、すごい経験だったなあ、アカデミア合宿。」
遊大「確か律歌さんは、御子柴プロのとこでしたよね。《ホルス》と《召喚獣》のデッキの爺さん。」
律歌「うん、それにましろ先生の師匠なんだってね。
強かったなあ、あの人。でもアカデミアに入学したら、私もぼちぼちプロの仲間入りして〜、さっとプラチナに上がって〜、リベンジ?」
遊大「いけるんですか?あそこ毎年倍率すごいらしいじゃないすか。」
律歌は頬をぷくっと膨らませ、飲みかけのココアを座っている階段に置いた。胸ポケットからボールペンを取り出して、芯が締まってあることを確認すると、それで自分の頬をツンっとついた。
律歌「はい!受験生にそう言うこと言わない!!」
遊大「あ、すんません。」
律歌「それにね、アカデミアに入っても入らなくても、私はこの街を出なきゃいけないんだ。……家族のことだからね、ここにはやっぱり残れない。
_________だから、
遊大「みんなと一緒にいてほしい、ですか?」
律歌は、階段の下を向いたまま、こくっと頷いた。
そんな彼女を見ても、やっぱり自分の考えと決めた生き方を変えることはできない。だからこそ、そんな悲しそうな目をしている彼女を横から見ているその瞬間が、辛かった。
律歌「……やっぱり、できない?」
遊大「……はい、」
律歌「私、みんなのこと大好きなんだ。
だから、みんなとずっと一緒にいたかった。みんな個性があって、生き方が違くて、でも仲間思いな部分だけはずっと一致してるんだよ。それは遊大だって一緒。」
遊大「おれは、……そんな優しくない、
仲間思いだったら、ずっとみんなと一緒にいますよ。でも実際、そうなってはいない。」
律歌「そうだね、でも嘘はつかないでほしい。
遊大のことだもん、どうせ嬢に責任を与えたくないとか、そういう理由でみんなといる決断ができないんでしょ。」
その言葉に、返す言葉が詰まった。
嬢にとっての重荷でありたくない。それは間違ってはいない。でも今の自分がここにいる理由にしては、綺麗すぎる。そんなものではない、他者への心配なんて、そんな美徳で自分の理由はできていない。
遊大「違う……違います。」
律歌「ええっ、見当違い?
たいそうな理由じゃなきゃ許さないんだけど?それともそれも嘘?」
自分がここにいる理由を話していいのか、迷った。
きっと彼女は、そんな理由を聞いたら失望するだろう。または、自分を突き放すか。なんにせよ、その光景を見たいとは思えなかった。けれど、今の自分がある本当の理由を話さなければ、彼女は納得しないだろう。
律歌「………一人で、背負い込みすぎだよ。」
遊大「え、」
律歌「遊大がいない時、阿原も嬢も、寂しみそうでね。
理由はわかんないけどさ、でも一人でいる理由を自分で背負って、それでみんなに説明もしないまま距離取って………、そんなのちょっと冷たいなって思う。」
遊大「なんで、」
律歌「そんな生き方寂しいよ。
……私は、前の仲間思いな遊大の方が好きだったな。今が仲間思いじゃないって言いたいわけじゃないよ、でもどんな理由があっても、たった一人でいることを肯定なんて私はできない。
……言い方が強くなっちゃって、ごめんね。」
遊大「なんで……!!」
苦しかった。
彼女が言っている、温かい言葉の一つ一つが痛烈に胸を刺す。それが刺さってしまう今の自分が苦しかった。今すぐにでも逃げてしまいたかった。心が冷えているから、痩せ細っているから、その言葉は火傷してしまうほどに熱く感じてしまった。
律歌「一人でいる理由まで一人で抱え込んでちゃ、何も言えないよ。
迷ってたり、昔のことを振り返って進めないなら、一緒に歩く方向を決めたらいい。理由があるのはわかるよ、でも遊大は一人じゃない。みんなの元に戻ってほしいって言うのは、遊大のためでもある。」
遊大「優しすぎなんだ、……」
眩しすぎて、彼女を見ることができなかった。
違う、そうじゃないんだ。自分は進める、一人でも前に進めるように、この生き方を選んだ。でも今、彼女と、皆の元に戻ったら、ここまで自分が歩いてきた道が、思い悩んだ全てが無駄になってしまう。きっとまた、起こる全てを他責にしてしまう。
律歌「優しくない、……めっちゃ効いてるくせに。
さっさと言ったほうがいいよ、自分一人で全部抱え込む理由。」
遊大「おれは……自分で進む道を自分で決めたかったんです。」
律歌「知ってる。……なんで?」
遊大「ごめん、律歌さん。
進んだ先で転んだり挫けたときに、きっとおれは仲間のせいする。おれの身に何が降りかかっても、きっとおれはそれを、みんなと一緒に来たせいにしてしまう……!!
嫌なんだ、絶対に嫌だ。おれが失うものは、全部おれの責任じゃないとだめなんだよ……!!」
律歌「だから……ひとり?」
ふうっと、息を吐いて律歌は階段から立ち上がる。
数段降りると自分の方へと振り返って、また口を開いた。その表情にはひとつまみの笑みがあって、まだ自分を勇気づけるなんてことに諦めていない瞳が、確かにそこにあった。
律歌「なあんだ、許さない決定。」
遊大「え、」
律歌「やめてよね、遊大。
全部自責に置き換えようなんて…それは優しさじゃないよ。他人が何かを背負っていることが苦しいのはわかる。でもだから転ばないように仲間と一緒に進むんじゃないの?………そのためでも、私やみんなは必要ない?」
遊大「そんなんじゃ……!!
転ばないように……でももし、何かがあったら!!」
律歌「あの事件のこと、言ってる?……よね。」
遊大「……!!」
律歌「あれは遊大のせいじゃない。
誰のせいでもない。ただ誰のせいでもない不幸があった。それだけだよ。あのときに遊大は、それが誰かのせいだって思ったんだよね。……でも違う、それは自分のせいだって、言い聞かせてるんでしょ。」
遊大「それは、」
律歌「嬢も自分のせいだって思ってる。私はそれも違うと思うけどね。
嬢のことは仕方がないと思うし、でも彼女のせいにしたくないのは私も一緒。だからあれは本当に、誰が悪いでもない。誰のせいでもない。だから責任を負う必要もない。戒めみたいに扱うなんて、もってのほかだよ。
私自身、嬢の気持ちからは逃げてばっかりだよ。……でも背負う必要のないものを無理に引きずるのは、私は肯定できない。」
遊大「違います、あのとき、あの決断をしたのはおれだ。
だから今があるんだ。………やめてくださいよ、あの時の決断がおれの責任じゃなかったら、だったら……!!」
律歌「……、」
遊大「今のおれが、こんな風になっちまったのは!!
誰のせいでもないって言うんですか!!おれのせいでも、嬢のせいでも、みんなのせいでもない……ただただ起きただけの理不尽が、今のおれを作ったって言うんですか!!」
律歌「やめなよ……、」
遊大「だめだ、おれの進む道は、おれが決めなきゃ……!!
そうでもしなきゃ、誰かのせいになっちまう。自分が決めたわけでもないもののせいで自分が傷つくなんてまっぴらなんですよ!!
だったら全部おれのせいでいい、そうじゃなきゃだめだ、だめなんだ……!!」
律歌「……やめて!!」
立ち上がっていた、彼女が置いたカップが倒れて、陰った階段に黒いココアが滴っている。むきになっていた。思えば自分が一人でいる理由、一人の自分が傷つかない理由を羅列しただけの言葉を、彼女に浴びせてしまっていた。
遊大「ごめん……なさい、」
律歌「やめてよ、もうぼろぼろじゃん、
……戻ろう?みんなのところに、嬢と、阿原と、先生のところに。」
遊大「ごめん、」
律歌「卒業までに時間はないけど、私も一緒にいる。
龍平くんのこと応援しながらさ、またみんなでいようよ、遊大も一緒に。」
遊大「ごめん、律歌さん………!!」
静寂の階段で、自分の声が大きく響いた。
一緒にいる決断を、できなかった。彼女が言っていることはわかるんだ。それでも、自分が進んだ先であんな思いをするのは絶対に許せなかった。みんなは優しい、彼女も、嬢も阿原もましろも、優しすぎるほどに優しいんだ。自分が一度でも他責にしてしまったこと、それを聞いてなお、一緒に戻ろうと言えてしまうんだ。その温かさに甘えたら、自分はまた、自分で全てを背負えなくなる。だからこの言葉を、1年半前の全てにした。
「一緒には、いられない。」
*
彼は、黙り込んだままだ。
その目は、飲みかけのコーヒーの水面に向いている。左手は卓上に置いたまま、右手はカップ持ち手に添えたまま。手に力が入っている様子もなく、ただそこにある。
茉菜「樋本くん、」
遊大「あの、……茉菜さん。」
遊大は自分の声に、ようやく声を出した。
でも自分の名前を呼ぶその声だけで、彼の中身が垣間見えてしまったような気がした。震える喉、そして閉じない下唇。自分を呼ぶか弱い声。
遊大「律歌さんですよね、ありがとうございます、」
静寂を、哀愁を孕んだか細い声がつついた。
彼は律歌が、時和 律歌であることを知らなかった。それすら知らないのであれば、この学校にいたこと、そしてこの学校のデュエル部が消えた原因の中心に彼女がいることを知ろうはずもない。しかしそのピースが嵌ったとき、彼は律歌との再会と彼女の身に起きたことの2つを同時に理解することになる。カップに添えられた動かない、力なく持ち手からそろりと落ちていく。
茉菜「聞いて、樋本くん。」
遊大「おれ……喧嘩別れなんです、あの人と。」
茉菜「…へ?」
妙な言葉が出てきた。
「喧嘩別れ」、彼女と遊大は、そんなに深い仲だったのだろうか。もし恋愛関係だったら、それはそれで彼は関わららないほうがいい。だって彼女は、この学校に来てから……
遊大「ああっ、付き合ってたとかそういう『喧嘩別れ』じゃなくて。」
茉菜「なによ、」
気持ちの悪い言い回しをする人だ。
じゃあそれは、お互いに仲は良かったけれど喧嘩をしてしまってそれっきりという状況なのだろう。容易に想像がつく。目の前にいる樋本 遊大という男は、どうもまっすぐであろうとしているけれど自分を肯定する人を絶対に拒めないタイプだ、寂しがり屋で人と関わりたくて認められたくて、自分に似ている。
遊大「ただの先輩後輩。でもおれがわがまま言っちゃって、それっきりです。
でもそのわがままは前に進むために言ったことだから、曲げたくない。………要は、自分を通すためにあの人のことを尊重しなかったんです。」
茉菜「……そう。
色々あったのかもしれないけど、横道逸れてるわ。要は、って言うならこれからの話をしましょう。」
彼はそのことに気づいて数秒間黙り込んだ。
さっきの動揺といい、彼女の名前を出すと冷静さが欠けてしまうように見える。本当に、自分や不二原と同じタイプだ。でもそれだけ、彼女が慕われているのだろう。
遊大「追いかけますよ、この学校のデュエル部のこと。」
茉菜「……そうなの、
それは喧嘩別れだった『けど』?……それとも喧嘩別れ『だから』?」
遊大「どっちでもない。
言ったはずですよ、おれは律歌さんが話に出て来る前から、居ても居なくてもデュエル部のことを追いかけるつもりでした。」
心臓をキュッと掴まれるような感覚。彼は、律歌のことを大切にしているのだろう。それでもあくまで自分の道を進むこと、それが最優先なんだちと思えてしまった。単純な順位づけではないかもしれない。でもそんな言い方、あまりに彼女に対して後ろ向き過ぎる。言葉に悪意がないからこそ、それが冷徹に見えて仕方がなかった。
茉菜「……言い方、」
遊大「冷たいですよね、わかってるつもりです。
でも自分が進む道は自分で決めないといけない。律歌さんや東雲中のみんなは、温かすぎるんです。」
茉菜「温かい?」
遊大「なんだか、炬燵みたいで。
あったかすぎて出たくなくて、でもどこかで怪我をしたりつまづいた時に、おれはきっとそれをみんなのせいにしちゃうから。
おれが進んだ先で何か失敗をした時、転んだ時、それを絶対に仲間のせいにするのはだめなんだ。他責じゃだめなんだ、だったらおれはもう1人でいい。」
茉菜「一人でここに来た理由が、それ?」
遊大「……」
我儘だ。
想像ができた。きっとそのことを律歌に話したのだろう。そしてそれがわかった上で確実に言える。律歌はそんなことを言われたら深く傷つく。入学後にそんな素振りは見せなかったけれど、でも彼が彼女にそんなことを言って中途半端に突き放せば、この学校での彼女の生き方も納得が行った。……何か、言ってやりたかった。
茉菜「……それ、彼女に言ったの?」
遊大「……はい、」
茉菜「リツは……なんて言ってた?」
遊大「寂しい生き方だ、って……。」
腹が立った。
大切なんだ、好きなんだ。それでも律歌や他の仲間たちといると自身が彼らに甘えてそれを他責にしてしまうなんて勝手な理由で、この少年は街を出たんだ。別れを告げられたものや置いて行かれたものたちの気持ちだって考えられるだろうに、それを押し殺して自分は自分の道を進んでいると言い聞かせ続けているんだ。……そんな生き方、勝手すぎる。
茉菜「リツは、休学中よ。
それも昨年度末までだったから、今はどこにいるか……わたしにもわからない。」
遊大「……え?」
茉菜「でも、この学校に来て数ヶ月は幸せだったと思う。
あなたみたいに、好きなくせに突き放すような人はいなかったし、愛し合う関係の人もいた。」
遊大「……」
茉菜「だから、全部が悪かったってわけじゃないわ。
わたしは性格悪いから、これは嫌味。彼女には友達がたくさんいたし、恋人だってあの子を捨て置くような真似はしなかった。………みんな、あなたとは違う。」
精一杯の嫌味をぶつけたつもりだった。
彼は、彼はきっと、一人で道を決めることが仲間や彼女にとってどれほど冷たいことかをわかっているんだ。それでも退かせない理由があって、言われた側の気持ちを無理やりに飲み込んでおっかなびっくり進んでいる。
そんなの、自分には許せなかった。彼女の気持ちを考えながら、その生き方を通すなんて。
遊大「もっと、直接的でいいのに。……優しいじゃないすか」
茉菜「じゃあお言葉に甘えて。」
遊大「ええ……」
茉菜「それを言われたリツの気持ち、考えたことあるのよね。
本当に気持ちが悪い。自分の我儘が悪いことなんてわかってるはずなのに、それでもまだ彼女を傷つけたその態度を続けるつもり?」
遊大「………ごめんですけど、そこは譲れない。
おれは自分の意思で、自分のデュエルって道を選びます。律歌さんには本当に悪いと思ってる。それでも、おれは自分の足跡を他の人のせいにしたくない。」
茉菜「『でも』じゃない。
自惚れないで、何が他人のせいよ。みんなあなたがどこかですっ転んだって知ったこっちゃない。それを勝手に人のせいにして勝手に自己嫌悪?……そんな理由で彼女を突き放したっていうの?」
遊大「はい。そうです、その通りだ。
ごめん、おれは譲れません。自分の進んだ道は、自分の責任であるべきだ。それだけは絶対だよ。」
茉菜「あなたの何が、そうさせるのよ。
あなたの一体何が、そんな決断をあなたにさせるの!?……何を経験すれば、律歌にそんなこと言えるのっ!!?」
遊大「関係ないことだっ!!
茉菜さんには関係ない、おれが、おれ自身が決めた生き方なんだよ!!……だからあの人がいても、いなくたって_________
だめだ、それ以上は絶対にだめだ。
何があったかなんて知らない、関係ない。彼女に、仲間に、友人に、想い人にそんなことを言っていい理由にはならない。噛み締めるように拳をグッと握って、声を振り絞っていた。
茉菜「それ以上、言わないで……っ!!」
遊大「っ______、」
茉菜「聞いてればわかるわよ、あなたとリツは決して浅い中なんかじゃなかった。
わたしは、あなたの生き方なんて勝手にすればいいと思う。それでも許せないのはあなたがリツに言ったことよ。それがあなたの『デュエル』に起因するものなら、ここでわたしと戦って。」
遊大「えなんで……、」
知りたかった。
何が彼をそうさせるのか、一口に『デュエル』と呼べるものが、支えてきた友達や想い人を無碍にできるものなのか。いったい彼の記憶の、経験の、どこにそんなことを言い切らせるトリガーがあるのか、知りたかった。ムキになっているのは自分だ、それはわかっている。でも自分じゃ絶対に持てない考えだから、寂しがりやな自分を押し殺す彼のことをどうしても知らなければならない気がした。………律歌のために。
茉菜「言っておくわ、あなたの生き方なんてほんっっっっっっっとうにどうでもいい。
それでもその生き方を彼女の前で得意げに言い張ったこと、わたしは許さない。そんな性根をあなたに植え付けたのがデュエルなら……それがあなたの生き方の核なら、わたしが正面からへし折ってやるわよ。」
遊大「茉菜さん……マネージャーだろ。」
茉菜「だったら、なに?」
わかっている。
蜂谷でも勝てなかった彼にはきっと、いや確実に勝てはしないだろう。それでも自分にはどうしようもなく知る義務があるように感じられた。どうしようもなくわがままで自分勝手で、他責を自責に置き換える方法を他者との関わりの隔絶なんてバカみたいな手ではたそうとしている。その理由がデュエルの中にあるなら、そんな独りよがりな生き方の核がデュエルなら、彼を放っておくわけにはいかない。
遊大「わかんないよ、なにがしたいんだよ……!!
あんたに、おれの進み方をとやかく言う権利なんてないじゃないですか…、」
茉菜「それはあなたが決めることじゃない。
それに二度目よ、わたしはあなたなんてどうでもいい。リツのためにあなたを折る。」
遊大「……説教?」
茉菜「……報復よ。」
遊大「そんな………まるでおれが律歌さんに__________
「何かしたみたいに」と言おうとした、彼の口が止まった。
その言葉が止まったのは、自分の言ったこと、したこと、貫いた生き方を振り返ってしまったからだ。彼の覚悟はきっと硬い。それでも、前だけを見て進めるほど強い人ではない。だから今の自分の言葉は彼を突き刺してしまっていることはわかっている、それでも…………
茉菜「そう、あなたが言ったことを振り返るデュエル。
言っておくけど、蜂谷先輩の時のようにはいかない。さっき以上に、本気で来てもらうわよ。」
遊大「……おれが勝ったら、なにがあるんですか。」
茉菜「好きにすれば?」
遊大「茉菜さんが勝ったら?」
茉菜「決まってるでしょ、リツに謝りなさい。
今の彼女の場所はわからない。それでもデュエル部のことを……《花の魔女》を痕跡を辿ればきっと見つけられる。そのための協力は惜しまない。
…………あとついでに店の手伝い、してもらおうかしら。」
頭を抱えた遊大は、唇を噛み締めてしばし黙り込んだ。
彼女の痕跡を追わせること、それは彼にとって向き合いたくない過去を無理に顔面に叩きつけることと同義になる。甘やかすのは簡単だけれど、それでも険しい道を提示するのは、彼の当事者意識を刺激するため。彼はまだ気づいていない、誰かと共に行くという責任の持ち方を。だからこそ、この戦いで彼は気づく必要がある。…………生き方は1つじゃないことに。
遊大「都合、良すぎるじゃないすか……!!勝った時のことだけ__________
茉菜「『好きにすれば?』って言ったのよ。
わたしに負けるのが怖いの?それは元マネージャーだから?それともリツに会うのが嫌なだけ?」
遊大「_______っ!!!」
茉菜「責任を負おうとすること、立派なんじゃない?
でも自分の発言に伴う責任、他人が自分の言葉で負わせられるもの、考えた方がいいわ。…………と、これはお互い様ね。
要はお互い褒められた性格じゃないのよ。だからあなたの得意なデュエルで決めましょうって話。」
黙ったままの遊大を横目に、卓上のカップをカウンターまで運ぶ。
カウンター下の収納から2枚プレイマットを小脇に挟み、テーブルの上に広げる。ポケットから水色のスリーブに包まれたデッキを卓上に取り出して、ラバー製のマットの上をすすすと滑らせた。
遊大「…………負けたら、」
茉菜「晴れて全部あなたのせいよ、良かったわね。
生き方を貫くなら勝ちなさい。必要なのは失敗した後のことじゃない。失敗しないため、勝つために思考を止めないこと。」
握り拳を解いた遊大の手は、微かに震えていた。
出会って間もない人物に、生き方を問われているのだ。しかもそれはきっと、過去にある大きなターニングポイントが起因している。簡単に覆せるものじゃない。でも自分は嘘は言っていない、本心で話している。これからこの学校のデュエル部を背負う彼にとってそれは、自分と仲間たちをを見つめ直すことは、絶対に必要なことだ。
遊大「びっくりしたよ、本当に語気が強いんだな。茉菜さん」
茉菜「まあね、わたし性格悪いから。」
彼はバッグから、赤いデッキケースとディスクをを取り出してぱちんとデッキを机に取り出した。
ディスクの専用タブを立てかけ、カメラがマット全体を写せるように画角を調節する。モードをマットモードへと切り替えて、タブから照らされる光がちょうどプロジェクターのようになり、プレイマット全体を包む。
遊大「おれは生き方を、簡単に変える気は無い。」
茉菜「でしょうね。」
遊大「悔しい。
おれは自分の進み方を、間違いだっては思って来なかった。間違いなんて思ってたら、ここまで来れてないんだよ。それでもあの人と別れたことが、仲間を置いてきたことが、ずっとしこりみたいに胸の中にあって……。
だから、茉菜さんが言ってることも……きっと間違ってはいないんだろな。」
茉菜「…素直。」
遊大「受けたくねえよ、こんな勝負。
ずるいって、絶対に逃げれないじゃないすか。失敗しないために、勝つために動くこと考えることなんて正論…………当たり前すぎて、そこから逃げれないじゃん…。」
茉菜「逃がさないからね。
責任を負うことは、他人から離れていくことじゃない。人と共に歩んで、進んで、転ばないようにすることよ。転んでも支え合って、同じ失敗を繰り返さないようにすればいい。少なくとも彼女に言ったこと、彼女に負わせたものくらい、あなた自身で責任を負ってもらう。」
遊大「本当に、…………ずるい。
なにがなんでも、おれの進み方に干渉するんですね。だったら……やりますよ、」
茉菜「ちなみにお節介はマネージャーとして当たり前。……男だもん、二言は無いわね。」
遊大「……はい、」
これは、彼の生き方を見つめ直すデュエル。
彼が突き放してしまった律歌に迫るために、彼自身が自分の殻を抱くか、破るか、選択するデュエル。自分にできることは、蜂谷に見せなかった本気を、彼に引き出させるだけ。そこから先はきっと、彼自身が選択すること。
『『デュエル』』
続く
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同シリーズ作品
イイネ | タイトル | 閲覧数 | コメ数 | 投稿日 | 操作 | |
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79 | 0話 プロローグ | 1039 | 1 | 2020-10-25 | - | |
69 | 1話 転入生 | 834 | 0 | 2020-10-25 | - | |
82 | 2話 巨竜の使い手 | 845 | 0 | 2020-10-31 | - | |
79 | 登場人物紹介 〜東雲中編〜 | 895 | 0 | 2020-11-04 | - | |
113 | 3話 黒き刺客たち | 944 | 3 | 2020-11-14 | - | |
93 | 4話 暗く冷たく | 739 | 0 | 2020-11-23 | - | |
80 | 5話 己の意思で | 725 | 0 | 2020-12-24 | - | |
89 | 6話 廃材の竜/炎の戦士たち | 748 | 0 | 2020-12-30 | - | |
70 | 7話 スタート地点 | 710 | 0 | 2021-01-15 | - | |
80 | 8話 タッグデュエル-その0- | 707 | 0 | 2021-01-21 | - | |
73 | タッグデュエル・チームデュエルについて | 645 | 0 | 2021-02-07 | - | |
75 | 9話 タッグデュエルー①ー 竜呼相打つ | 597 | 0 | 2021-02-09 | - | |
76 | 10話 タッグデュエル-②- 重撃 | 666 | 0 | 2021-02-09 | - | |
65 | 11話 託す者 | 626 | 0 | 2021-03-15 | - | |
75 | 12話 紫色の猛者 | 761 | 2 | 2021-04-10 | - | |
71 | 13話 死の領域を突破せよ! | 677 | 0 | 2021-04-13 | - | |
77 | 14話 協奏のデュエル | 673 | 0 | 2021-05-01 | - | |
92 | 15話 刹那の決闘 | 669 | 0 | 2021-05-29 | - | |
110 | 16話 リベリオス・ソウル | 674 | 0 | 2021-06-08 | - | |
82 | 17話 リトル・ファイター | 585 | 0 | 2021-07-22 | - | |
77 | 18話 強者への道、煌めいて | 534 | 0 | 2021-10-30 | - | |
78 | 19話 黒い霧 | 760 | 0 | 2022-01-02 | - | |
63 | 20話 大丈夫! | 524 | 0 | 2022-03-08 | - | |
96 | 21話 魂を繋ぐ龍 | 672 | 0 | 2022-04-03 | - | |
82 | 22話 原初の雄叫び その① | 613 | 2 | 2022-05-02 | - | |
66 | 23話 原初の雄叫び その② | 605 | 2 | 2022-05-04 | - | |
53 | 24話 焼け野原 その① | 451 | 2 | 2022-11-10 | - | |
51 | 25話 焼け野原 その② | 502 | 0 | 2022-11-11 | - | |
44 | 26話 蒼の衝突 その① | 429 | 0 | 2023-02-28 | - | |
50 | 27話 蒼の衝突 その② | 414 | 0 | 2023-03-24 | - | |
51 | 28話 憧れゆえの | 547 | 2 | 2023-04-15 | - | |
43 | 29話 黒い暴虐 | 310 | 0 | 2023-07-20 | - | |
68 | 30話 決闘の導火線 | 522 | 2 | 2023-07-30 | - | |
41 | 登場人物紹介 〜光妖中編〜 | 383 | 0 | 2023-08-03 | - | |
36 | 31話 開幕!決闘王杯! | 283 | 0 | 2023-08-12 | - | |
38 | 32話 ガムシャラ | 426 | 2 | 2023-08-25 | - | |
30 | 33話 目覚める龍血 その① | 298 | 2 | 2023-09-02 | - | |
38 | 34話 目覚める龍血 その② | 325 | 2 | 2023-09-06 | - | |
64 | 35話 雨中の戎 その① | 450 | 4 | 2023-09-19 | - | |
30 | 36話 雨中の戎 その② | 276 | 2 | 2023-09-23 | - | |
36 | 37話 チャレンジャー | 410 | 2 | 2023-09-30 | - | |
53 | 38話 心に傘を | 400 | 2 | 2023-10-07 | - | |
32 | 39話 龍の瞳に映るのは その① | 364 | 3 | 2023-10-22 | - | |
36 | 40話 龍の瞳に映るのは その② | 341 | 2 | 2023-10-26 | - | |
50 | 41話 花と薄暮 | 412 | 2 | 2023-10-30 | - | |
35 | 42話 燃ゆる轍 その① | 380 | 2 | 2023-11-07 | - | |
32 | 43話 燃ゆる轍 その② | 282 | 1 | 2023-11-09 | - | |
32 | 44話 襷 | 279 | 1 | 2023-11-14 | - | |
29 | 45話 星を賭けた戦い | 378 | 3 | 2023-11-17 | - | |
32 | 46話 可能性、繋いで その① | 330 | 2 | 2023-11-28 | - | |
39 | 47話 可能性、繋いで その② | 316 | 2 | 2023-12-07 | - | |
33 | 48話 揺れろ。魂の… | 262 | 2 | 2023-12-28 | - | |
31 | 49話 エンタメデュエル | 283 | 2 | 2024-01-07 | - | |
40 | 50話 乗り越えろ! | 325 | 3 | 2024-01-26 | - | |
66 | 51話 Show Me!! | 346 | 0 | 2024-02-01 | - | |
35 | 52話 モノクロの虹彩 | 391 | 1 | 2024-02-08 | - | |
36 | 53話 激昂 | 280 | 2 | 2024-02-22 | - | |
33 | 54話 火の暮れる場所 その① | 243 | 0 | 2024-03-02 | - | |
62 | 55話 火の暮れる場所 その② | 366 | 2 | 2024-03-07 | - | |
35 | 56話 赫灼の剣皇 | 358 | 2 | 2024-03-11 | - | |
49 | 57話 金の卵たち | 260 | 2 | 2024-03-18 | - | |
33 | 合宿参加者リスト 〜生徒編〜 | 229 | 0 | 2024-03-20 | - | |
45 | 58話 一生向き合うカード | 323 | 2 | 2024-03-24 | - | |
35 | 合宿参加者リスト〜特別講師編〜 | 285 | 0 | 2024-03-31 | - | |
41 | 59話 強くならなきゃ | 311 | 2 | 2024-04-03 | - | |
40 | 60話 竜を駆るもの | 195 | 0 | 2024-04-20 | - | |
61 | 61話 竜を狩るもの | 331 | 2 | 2024-04-22 | - | |
41 | 62話 反逆の剣 | 214 | 2 | 2024-04-26 | - | |
39 | 63話 血の鎖 | 292 | 1 | 2024-05-01 | - | |
51 | 64話 気高き瞳 | 358 | 2 | 2024-06-02 | - | |
28 | 65話 使命、確信、脈動 | 346 | 2 | 2024-06-16 | - | |
37 | 66話 夜帷 | 240 | 0 | 2024-07-14 | - | |
33 | 67話 闇に舞い降りた天才 | 279 | 2 | 2024-07-18 | - | |
32 | 68話 陽は何処で輝く | 231 | 2 | 2024-07-30 | - | |
30 | 69話 血みどろの歯車 | 299 | 2 | 2024-08-16 | - | |
26 | 70話 災禍 その① | 259 | 2 | 2024-08-28 | - | |
31 | 71話 災禍 その② | 270 | 2 | 2024-09-01 | - | |
26 | 72話 親と子 | 166 | 2 | 2024-09-09 | - | |
36 | 73話 血断の刃 | 181 | 2 | 2024-10-10 | - | |
38 | 74話 血威の弾丸 | 215 | 2 | 2024-10-17 | - | |
25 | 75話 炉心 | 147 | 0 | 2024-11-01 | - | |
25 | 76話 ひとりじゃない | 186 | 2 | 2024-11-03 | - | |
30 | 77話 春風が運ぶもの | 188 | 2 | 2024-11-06 | - | |
21 | 78話 天道虫 その① | 162 | 2 | 2024-11-19 | - | |
21 | 79話 天道虫 その② | 169 | 2 | 2024-11-21 | - | |
36 | 80話 花の海 | 220 | 2 | 2024-12-03 | - | |
7 | 81話 寂しい生き方 | 57 | 0 | 2024-12-16 | - |
更新情報 - NEW -
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