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HOME > 遊戯王SS一覧 > 53話 激昂

53話 激昂 作:コングの施し

全国決闘王杯・本戦出場者及びその同校の決闘者にのみ参加権が与えられた『アカデミア合宿』。プロデュエリストを特別講師として起用し、有望なデュエリストの育成・発掘を行うその合宿だが、900人以上にも及ぶ参加者を待つのは、スターチップ10個を突破条件とする4時間の『スターチップ争奪戦』であった。残り1時間を切ったその戦いの中で、それぞれの決闘者が見出すものとは…。




12:24



『阿原 克也 6勝2敗 ☆:7
アオメ市立東雲中学校:2年
決闘杯・チバ県予選:ベスト32』

VS

『日暮 振士 7勝1敗 ☆:9
参浜市立参浜第一中学校 1年
決闘王杯・チバ県予選:ベスト64』


「…カウンター罠《一撃離脱》。」

放たれた1本の矢が、空を裂いて胸に飛び込んでくる。

時でも止めたのか、と。そう思えた。
放たれた一本の矢じりの走る道が、風景をピタリと色褪せた不動の世界に塗り変えてゆく。


ドスン…


鈍い音だけが自分の胸から響き出す。それは自分の心臓が貫かれたような、『絶対に勝てない』という喪失感が放った叫びのようであった。

阿原「なッ…!」

矢を放った日暮。彼の見つめる阿原の瞳はどこか哀れんでいるような、寂しそうな色をしていた。

淡く抱いた期待が崩れていくような、失望と哀愁を孕んだその瞳。どこまでも黒くて、しかしどこまでも澄んでいる、輝く闇を孕んだその眼。

日暮「…このカードは、あなたが選んだカードですよ。」

日暮がデッキからカードの剣を引き抜く。まるで喉元にそれを突きつけられたように、体が凍てついていく。

日暮「…もう、時間がないんです。」

そう呟くと、彼の従える竜が、モノクロの体に紅い瞳だけを輝かせる魔の王が、その怒号をフィールドに轟かせた。


ドグォォオオオオオオオオオオ!!!!


轟音を撒きながら、そのモンスターは残り僅かな阿原のLPに喰らいつく。齧り付き、もう立てなくなるまで、その身を唸らせながら噛み砕いていく。

まさしく魔の竜。この世のものとは思えないほどのおぞましい姿。それが自分のLPを貪っていく。破壊と轟音、砕かれていく星とLP。鳴り響く無慈悲な電子音の中で、阿原は最後に彼を見た。
真っ黒な目に涙を浮かべて俯く彼の者の姿を。

日暮「…輝いていたのに。」




同刻



嬢「えと…どういう状況?」

ガタリとアカデミアの決闘場を開けたその先の風景に、思わずそんな言葉が漏れていた。


『龍剛院 嬢 8勝1敗 ☆:10
アオメ市立東雲中学校:1年
決闘杯・チバ県予選:ベスト8』


デュエルディスクに刻まれた10のスターチップ。それは残り約1時間弱を残して勝ち越しを7つにしたということの裏返し。彼女の目に最初に飛び込んできたのは、20人にも満たない突破者のデュエリストたちであった。壁に寄りかかり黙りこんでいる者、身内同士の会話に花を咲かせるもの。精鋭たちとはいえども、この時間の過ごし方は様々だ。

しかし、そこにいた3人が視界に入った瞬間に、そこから目線を動かせなくなっていた。

嬢「龍平くん…御子柴プロ…それに、先生?」

龍平がこの戦いを既に突破していたのは理解できた。しかしそこにいる、テレビや雑誌なんかで何度も目にしてきたプロデュエリスト…御子柴 皇一。そして何よりも、彼の横に腰掛けるましろの姿。

龍平がこちらに気づいたようで、なにも言わずにひょいひょいっと手で招いた。

嬢「…おつかれさま。えと、なんで先生がここに?」

龍平「先生…マトモな説明を頼みます。」

ましろ「ふん。そりゃあ私が特別講師枠でお招き頂いてるからな!」

「どっこいしょ。」と御子柴が腰をあげる。さすがに歳なのか、立ち上がる度にその表情は曇る。

御子柴「まーたその説明するんか。いい加減自分の生徒にくらい、情報解禁したらどうだ?」

ましろ「…。」

御子柴「まァお前の好きにしたらええけど、お前の自慢交じりの面倒な説明に、これ以上老体を巻き込まねえでくれ。」

そう言うと、肩をとんとんと叩いて生徒たちに目を配る。

御子柴「はぁ…こんなんでもお前たちの師は元プロだ。実力は保証するぜ。じゃあ俺はこれで失礼。」

よっちらよっちらと、重たい足取りで階段状のギャラリーを上がっていき、2階の出口に吸い込まれていく。

あまりに色々なことが起きすぎたのか、嬢は終始ポカンとした顔をしていた。

嬢「…先生が元プロって?」

龍平「…らしい。」

ましろは大きくため息を吐いて手すりに寄りかかる。

ましろ「言ってんじゃん!
あたしはこれでも超がつくほど若手プロって評判だったんだから!」

龍平「そんなこと言ったって、先生だってまだ20代ソコソコでしょう。もし現役だとしても十分若手ですよ。」

ましろ「だーかーら!何度も言わすな!!プロとしては18で引退してんの!!プラチナ2級で!!!
あと成人女性に歳の話するな!!可愛くないガキども!!!!」

龍平の瞳には、相も変わらず疑いの雲がかかってる。それは『父親』が脳裏にあってのことなのは、ましろ本人もわかっていた。

龍平(18でプラチナ2って、親父がゴールド1級からプラチナ3に昇格したのだって、16年目の一昨年のことだぞ…。そんなこと…!)

ましろ「…ったく、まあいいや。
とりあえず現状の説明だけ突破した2人にしておくぞ。」

いつもの部活のミーティングのような、ビシッとした声が2人の背筋を伸ばす。そこまでの空気とは裏腹に、2人とも覚悟をしたような険しい表情に変わる。それは、彼女が今から告げることの重さがわかっているからであった。察していた。これから話されることの重みを。

ましろ「…ウチの部からのこの合宿の参加者だが…。」

ましろの声が落ちていく。言い淀んでいるのがはっきりと伝わってくる。静寂のなか、龍平は噛み締めた唇を解いた。

龍平「全員はできないかもしれない。…でも、まだ時間は残ってます。」

嬢「…そうだよ、ね。」

嬢も言い聞かせるように、龍平の言うことを肯定した。まだ時間は残されている。誰が参加できて誰ができないとか、それを決めるのは…


龍平「まだです。まだ、終わってない。」




12:31



走り出した遊大。開始2時間時点での強烈な出戻りを喰らい、後半の2時間足らずの時間で勝ち越し7点を求められていた。そして今ここで、彼の最後のスターチップを賭けた決闘が繰り広げられていた。


『樋本 遊大 9勝3敗 ☆:9
アオメ市立東雲中学校:1年
決闘杯・アオメ市予選:ベスト32』

VS

『宝堂 高良 8勝2敗 ☆:9
鷹松市立鷹松第一中学校:3年
決闘王杯・カガワ県予選:ベスト4』


フィールドにそびえ立つ、巨大な宝石をあしらった剣士。まばゆく虹色にかがやく剣を、ボロボロになった遊大に突き立てる。

宝堂「…聞いたところでは、なんでも後半の時間で連勝を決めて☆9まで上り詰めたそうではないか。」

遊大「…褒めてんすか?
ま、火事場の馬鹿力ってやつよーっ!」

宝堂「ああ。実に頑張ったじゃないか。…しかしまあ気の毒だよ。」

宝堂はニヤつきながら傾げる。その腕には銀色の時計が輝いていて、日光に照らされてキラッと存在感を示していた。

宝堂「残りは30分足らず。そしてこのデュエルでお前のスターチップは8つに戻る。
…どう頑張ったって無理だとは思わんかな?」

勝利を確信しているからこそできる、得られる無償の怒りを買うためだけの薄い煽り。しかしこの4時間は、遊大を、ここに立つデュエリストを戦士として1歩上のステージに押し上げていた。

遊大「なあに、最後までわからんモンよ?…勝敗も、この争奪戦も!」

宝堂「いいや、わかり切っているとも…この通りねッ!!」

その叫びと同時に、その剣士は巨大を遊大の元へ振り下ろした。
迫りくる凶刃。その一撃を喰らえば、合宿への参加は完全に不可能となる、まさにこの4時間の集大成とも言えるほどの一閃。

しかしここに立つ男は、「諦めない」という気持ちを、信条を、それだけを貫き通してきたこの男には…

遊大「墓地から《仁王立ち》を除外し、その効果を発動!
…このターン、全ての攻撃を、《ダックドロッパー》に集中させる!」


その一撃は、届かない。


遊大の足元に群れをなす《ダックドロッパー》こと小鳥たちのようなモンスター。普段は彼の使役するモンスターであるというのに遊大の後ろに隠れているが、この瞬間のみ、その全貌が前に押し出されいた。異様な事態にあたふたと羽根を動かし、ついにその攻撃に怯えて頭を抱えてしまった。

遊大「《ダックドロッパー》!いっつもおれの後ろに隠れてんだ!たまには前出て弾除けにでもなれぃ!」

振り下ろされた巨大な剣は、彼らの前でビタリと止まる。
彼らの前に聳える《ジェムナイトマスター・ダイヤ》。その大剣は、叩き切る対象を失っていた。何が起きたのか理解できていないそのモンスターはついに、指示を請うように宝堂に振り返る。

宝堂「何をしている!?攻撃対象が変わったのであればその害鳥をなますにしてしまえ!」

遊大「…できねえよ。これはあらかじめおれのデッキに組み込んでいたものだ。《ダックドロッパー》と、《仁王立ち》のコンボな!」

遊大が発動したコンボ。《ダックドロッパー》は再度召喚後に、自身に及ぶ攻撃を全てダイレクトアタックに変換する能力を持つ。そこに《仁王立ち》のような攻撃対象を1体に強制する効果を組み合わせると…

宝堂「…全ての攻撃ができない、だと!?」

効果と効果の隙間を縫ったコンボの成立。そして全てのリソースを吐き切っての宝堂の総攻撃の失敗により、このデュエルの優勢の天秤が、揺れ始めていた。

遊大「手札ゼロ…ターンもらっていいっすか?」

宝堂「くっ…ターンエンドだっ!」


TURN:4

樋本 遊大(ターンプレイヤー)
LP   :3300
手札   :2→3
モンスター:《ダックドロッパー》
魔法罠  :《デュアル・アブレーション》
フィールド:

宝堂 高良
LP   :7000
手札   :0
モンスター:《ジェムナイトマスター・ダイヤ》《ジェムナイト・ファントムルーツ》《ジェムナイト・ジルコニア》
魔法罠  :《ブリリアント・フュージョン》
フィールド:


宝堂「だが我がLPは7000だぞ!貴様の貧弱なモンスターで超えることなどできない!もう時間の無駄はよさんか!?」

遊大「うるせーな見てろって!!
おれは、永続罠《デュアル・アブレーション》の効果を発動し、手札を1枚墓地に送ることで、デッキから再度召喚状態の《エヴォルテクター・エヴェック》を特殊召喚!そんで蘇れ!《昇華騎士ーエクスパラディン》」

ジャラララン!と、地面を這う鎖の音が響き渡る。弾ける炎をチェーンが引き裂き、赤い鎧に身を包んだそのモンスターが姿を見せる。同時に蒸気が舞い上がり、重たい金属の鎧を纏った《昇華騎士ーエクスパラディン》が出現した。


《エヴォルテクター エヴェック》(攻)
☆4 炎属性・戦士族/デュアル/効果
ATK:1500/DEF:1000

《昇華騎士ーエクスパラディン》(守)
☆3 炎属性・戦士族/効果
ATK:1300/DEF:200


《昇華騎士ーエクスパラディン》。その剣が蒸気の中で、遊大のよくなじみのあるものへと変化していく。不死鳥の模様が刻まれた大剣。その正体は…

遊大「特殊召喚に成功した《エクスパラディン》の効果により、デッキから《フェニックス・ギア・フリード》を装備だ!」


《昇華騎士ーエクスパラディン》(ATK:1300→1800)


宝堂(デッキから最上級モンスターを装備…何をする気だ?)

遊大「おれは《炎獣使いエーカ》を通常召喚!そしてその効果を、装備状態の《フェニックス・ギア・フリード》を対象に発動する!」


《炎獣使いエーカ》(攻)
☆4 炎属性・戦士族/効果
ATK:1500/DEF:200


黒い獣にまたがる少年のモンスター。彼が懐から取り出した笛をプイーっと吹き鳴らすと、《エクスパラディン》に握られた大剣が、蜃気楼を帯びて胎動する。
上空へと放られたその刃は空でキラリと輝いて、爆発するかの如き勢いでフィールドに突き刺さった。

宝堂「…!?」

飛び散る赫い光の中で、白銀の鎧が煌めく。どんな時でも遊大と共に戦い続けた、その戦士。遊大のエースモンスターたる最強のデュアル。

遊大「不死鳥の翼宿し戦士よ。その剣で闇を切り裂き、色褪せた世界を赤く塗り上げろ!《フェニックス・ギア・フリード》!!」


《フェニックス・ギア・フリード》(攻)
☆8 炎属性・戦士族/デュアル/効果
ATK:2800/DEF:2200


たった1ターンで、遊大のフィールドにモンスターが満たされる。何かが起こることを予期しながら、そしてそれが自らの首にかかっていながら宝堂の口から出た言葉は「洒落臭い…!」であった。

宝堂「だが我がモンスターの攻撃力には遠く及ばない!やはり貴様とやるデュエルなど時間の無駄なんだよ!早くサレンダーを…」

遊大「おれは《エヴォルテクター エヴェック》と《昇華騎士ーエクスパラディン》をリンクマーカーにセット!」

宝堂「…!!」

遊大「召喚条件は効果モンスター2体、いくぜリンク2!《転晶のコーディネラル》!」


《転晶のコーディネラル》(攻)
LINK-2 地属性・岩石族/リンク/効果
ATK:1200[↙・↗︎]


宝石をあしらったドレスを身に纏ったモンスター。その宝石は、遊大と宝堂のフィールドのモンスターを照らしている。

宝堂「なんだ…そのモンスターは?」

《ダックドロッパー》と《ジェムナイト・ジルコニア》、その2体のモンスターが宝石の輝きに吸い込まれていく。

遊大「…いい場所にいるんだよなアそいつ!!
《コーディネラル》の効果!リンク先のお互いのモンスターを入れ替える!」

宝堂「コントロールの交換だと!?」

パンっ!とお互いのディスクから《ダックドロッパー》と《ジェムナイト・ジルコニア》、それぞれのカードが弾き出されそれぞれの手元を離れていく。

遊大「行ってこい《ダックドロッパー》!
そんでカモン!!《ジェムナイト・ジルコニア》!!」


《ジェムナイト・ジルコニア》(攻)
☆8 地属性・岩石族/融合
ATK:2900/DEF:2500


豪腕の戦士。金剛には及ばずとも、まるで堅牢な鋼鉄のような鈍い輝きを見せながら、《ジェムナイト・ジルコニア》が遊大へ振り返る頷く。

対する宝堂のフィールドに放たれた小さな鳥の群れ。ちゃぷんちゃぷんとフィールドに着水すると、パタパタと羽根を忙しく動かし、宝堂の体を前へ前へと押し出していく。

宝堂「なんだ!?なんだなんだ貴様ら!?何をしているー!?」

バタバタともがきながら、丸腰の宝堂の体がフィールドの中心に押し出されてしまった。まるで猛獣の檻に放り込まれてしまったように、遊大の従えるモンスターたちと、その目が合う。

遊大「忘れたなんて言わせないぜ!再度召喚後の《ダックドロッパー》がいる限り、そのコントローラーに及ぶ攻撃は全てダイレクトアタックになる!」

宝堂「き、貴様!こんな害鳥で!こんなモンスターの使い方で!私に勝つなどと…!!」

遊大「しらねー!バトルだ!!」

剣と、牙と、そして拳を構えるモンスターたち。迫りくるその攻撃に宝堂は声を震わすこともできなかった。

遊大「一斉攻撃っ!!…やっちまえ!」


《ジェムナイト・ジルコニア》(ATK:2900)
《フェニックス・ギア・フリード》(ATK:2800)
《炎獣使いエーカ》(ATK:1500)
《転晶のコーディネラル》(ATK:1200)


一斉に飛び掛かるモンスターたちによる土煙と炎と爆発が、フィールドの中心で凄まじい勢いで巻き起こる。轟音と共に、宝堂の体が後ろへと大きく吹き飛ばされ
た。


宝堂 高良 LP:7000→4100→1300→0


宝堂「な…ンで…負け…。」

ぐったりと倒れる宝堂。その腕にあるデュエルディスクから、一つの星が放り出され、遊大のそれへと宿っていく。

遊大「…ったく、人のモンスターを『害鳥』とか言ってるからっすよ!」


WINNER:樋本 遊大


『樋本 遊大 10勝3敗 ☆:10
アオメ市立東雲中学校:1年
決闘杯・アオメ市予選:ベスト32』

『宝堂 高良 8勝3敗 ☆:8
鷹松市立鷹松第一中学校:3年
決闘王杯・カガワ県予選:ベスト4』




12:41



遊大は小さくガッツポーズを掲げる。時刻にして12:41。このスターチップ争奪戦の終了まで残り19分。お互いに争奪戦の突破条件たる☆10を賭けた者同士、すなわちスターチップを9つ携えた者同士のデュエルが今ここで幕を下ろした。

そしてこの瞬間に、遊大のディスクに刻まれたスターチップが、その数が10に到達した。見つめる遊大の表情にも、自然と笑みが溢れている。

遊大(これで…スターチップ10個…長かった…!!!!)

一時はどうなることかと思われたこの4時間の戦い。残り30分足らずのこの状況で、最後の最後で、巻き返しの努力が報われたような気がした。

遊大(必死に3つ集めた最初のスターチップ3個…。あれが飛んだ時には本当にどうなるかと思ったな!)

そして気づいたら目と鼻の先に聳えていた、デュエルアカデミア。もう残り時間がわずかで、諦めた者が多いのか突破者はすでにその校門を潜っているからなのか、その門までの長く続く道には、自分一人しか立っていなかった。

高鳴る胸を落ち着かせようと胸をがっしりと掴み、息を大きく吐き出した。そして踏み出す、走り出すためのその一歩を。


遊大(よしゃ、いくぞ!!!)


全国の猛者がひしめく『アカデミア合宿』へ。




「…遊大くん!」




声がした。自分を呼び止める声。


遊大「…え?」


目の前に立つデュエルアカデミア童実野本校、そこまでの直線の道のりの中に誰も人はいなかった。それゆえか、その道に立っているのは自分一人だと思っていた。

振り返った先にいた、少年。

遊大「…日暮!」

にこやかに手を振るう少年。奥海兄妹との戦いを機に別れてしまった彼、日暮 振士が、そこに立っていた。


日暮「言った通り、会えたね。このデュエルアカデミアで。」


そう笑って、彼はデュエルディスクの画面が見えるように腕を上げる。そこに刻まれている、10個のスターチップたち。


『日暮 振士 8勝1敗 ☆:10
参浜市立参浜第一中学校:1年
決闘王杯・チバ県予選:ベスト64』


遊大もそれを見て、弾けんばかりの笑顔を輝かせた。同じようにして、自分のデュエルディスクを見せる。

遊大「よかった!取れたんだな!スターチップ10個!!」

日暮「遊大くんこそ、…よかった。」

思わぬ形での再会を果たした遊大と日暮。お互いにスターチップを集め切れたことへの喜び。思わず、遊大の足が、彼の方へと向かう。

遊大「じゃあ行こうぜっ、アカデミア!もう目の前じゃんか!!」

日暮「その前に…ぼくのお願いを聞いてくれないかな…?」

歩み出した遊大を前にして、日暮はその10個の星が刻まれたデュエルディスクを、ゆっくりと構えた。



『デュエルを開始します。』



「…は?」

ディスクから放たれる音声メッセージと共に、視界が、周囲のあらゆる景色が、ソリッドヴィジョンによって塗り変わっていく。振り返った先にいた日暮は微笑みを浮かべたまま、じんわりとこちらを見ている。足を踏み出した遊大のその歩みが、そして同時に彼の思考が、止まった。


日暮「遊大くん、ぼくはずっと…こうしたかったんだ。」


唖然としたまま口が塞がらなかった。真っ白な頭の中で、彼の言葉だけがこだまする。
固まってしまった体と思考に、彼の言葉だけが流れ込んでくる。頭の中で響き渡るその言葉だけが、耳鳴りのようにそれ以外の音を、奪っていく。


日暮「だから、お互いにスターチップを10個集められて…本当によかった。」


「だから」と、また彼は言った。この状況に成ったことが「よかった」と、そう言っているのか。遊大にはその真意も、戦う理由も、理解も納得もできなかった。
ただ一つわかってしまったのは、この『デュエルが始まっている』という状況は、誰のミスで起きたことでもない。目の前に立っているこの日暮 振士という一人の決闘者によって、故意に起こっているということのみ。


遊大「いや…意味、わかんねえよ。何言ってんだ…お前?」


それをわかっていても、もはや声を荒げることも、遊大にはできていなかった。せっかく、必死な思いで集めたスターチップ10個。それは日暮自身も同じはず。この争奪戦の基礎ルールである、「スターチップの奪い合い」。勝者が得て、敗者が失う。そのサバイバルがこのルール。


ならばどこに、スターチップを10個集めきった者同士が戦う理由があろうか。


固まってしまった遊大。その彼を前にして、日暮は暖かい掛け声を俯く遊大に投げかける。まるで落ち込んでいる子供を励ますように。手を差し伸べるように。

日暮「…そんなに気を落とさないで、聞いてよ遊大くん。」

遊大は、何も言わないまま、何も言えないまま顔を上げた。そこにあった、日暮の表情を前にして、背筋に冷たい何かが走ったような気がした。

日暮「ぼくは…この4時間、きみの様子にずっと目を奪われていたんだ。
歩道橋で出会ったその時から、連敗を喫してそれでも立ち上がったところも、ずっと戦い続けたところも全部…見ていたんだ。…思ったんだよ、きみしかいないって
。ぼくのこの思いを叶えてくれるのは…」

濁流のように流れ込んでくる言葉の数々。そして白と黒の絵の具を混ぜたようなその瞳。今までに一度も、誰からも見たことがなかったその表情。

遊大「…何、言ってンだ。」

日暮「きみだけだよ、遊大くん。
だから安心してよ。ぼくの望み通り、きみが最高のデュエルを見せてくれたら、そしてぼくに勝利したら、きみは何の問題も憂もなく、この道を進める…。」

ドロドロに溶けた、混沌とした瞳の中には、自分だけが立っていた。高揚した声色と、恍惚とした表情。それが、今、ここに立つ自分のみに向けられている。そして同時に湧き上がる思い。飲み込まなければ。理解しなければ。体の中で弾ける焦燥に、手の先が痺れる。


もはや、全てが遅かった。


デュエルは始まってる。時計は止まらない。
考えども考えども、たった一つしか理解できることがなかった。たとえ目の前の少年が、日暮が言っていることが何一つ理解できなくとも。それだけを飲み込もうとした時に、自分が参加するために戦い続けていたこの4時間の最後の門に、日暮が、彼だけが立っていることがわかってしまった。



理解及ばぬ言葉の波の中で、それだけが。



その事実だけが、理解できてしまった。



恍惚とした彼を前に、笑っている彼を前に、立ち尽くすことしかできていない自分は、それだけを理解してしまった。どくんどくん、と体の中で沸騰する赤い血潮。腹の底から、喉元まで湧き上がってくる、込み上げてくる黒い波。手と目元が、無意識に震える。抑えようと思えども、絶対に制御のできないその感情が自分の中で弾ける。

炎の中で熱を帯びた空気を吸うように、浅い呼吸をしぼり出してその言葉だけを、その名前だけを、叫んでいた。


遊大「……日…暮ええええぇッ!!!!」


日暮「さあ、始めよう…遊大くん!」


地面を蹴り飛ばし、目の前にデュエルディスクを構える。もはやそれが相手の命を奪うための剣のように、ディスクという鞘からカードの刃を引き抜く。体を走り、実を動かすのはその怒り。その全てを、目の前の狂人へとぶつけるための戦い。



この4時間の、全てを賭けた戦いが始まる。



続く
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ランペル
日暮…お前ってやつは本当に…(恍惚。

一時は☆10個の獲得が絶望的に思えた驚異の7連勝…。しかし、わずかな時間の中で獲得した6連勝!
あと1勝で目的が達成される最後の対戦相手は、予選ベスト4まで上り詰めたジェムナイト使いの宝堂。害鳥と揶揄される《ダックドロッパー》の効果で、防御と攻撃の2転させた巧みなデュエルによりここは見事に勝利!

無理難題に思えた7連勝を成し遂げた遊大が、同じく☆10に到達した日暮と合流。阿原を下した彼と共に、合宿で一体どんな展開が待ち受けるのか……。
と思ってたらデュエルだ!デュエルが始まった!

やってくれやがった日暮の☆10同士のデュエル。ルール上意味を見いだせないこのデュエルを彼は実行。一方的な期待を受け止め、昇華してくれるのが遊大だけだと信じてう違わないその狂気に射止められてしまいましたね…。

心からエンターテイナーを愛し、エンターテイナーを強要する彼が本当に好きです。
でも、だからこそ遊大には、クレイジーな彼を打ち倒してもらいたいと心から思います!
4時間と言う頑張ったからこそ価値の増した、これを掛けての正真正銘最後のサバイバルデュエル…。次回が非常に気になる素晴らしい構成!構成通り非常に次回も楽しみにしております!! (2024-03-01 02:24)
コングの施し
☆10同士のデュエル…やっぱりエンタメに狂った男は行動も狂っていなければ。

のし上がった遊大を待つのはそのデュエルでただ輝きを求めるだけの男、日暮でした。無意味だからこそ彼にとって意味があるとすら言えるであろうこのデュエル。遊大にとって日暮が用いるペンデュラムの戦術は未知のものですが、このデュエルの行方は?合宿の参加者は?

次回以降もお楽しみに! (2024-03-05 12:59)

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26 登場人物紹介 〜光妖中編〜 306 0 2023-08-03 -
20 31話 開幕!決闘王杯! 209 0 2023-08-12 -
22 32話 ガムシャラ 309 2 2023-08-25 -
17 33話 目覚める龍血 その① 236 2 2023-09-02 -
24 34話 目覚める龍血 その② 264 2 2023-09-06 -
41 35話 雨中の戎 その① 358 4 2023-09-19 -
15 36話 雨中の戎 その② 209 2 2023-09-23 -
14 37話 チャレンジャー 321 2 2023-09-30 -
36 38話 心に傘を 300 2 2023-10-07 -
15 39話 龍の瞳に映るのは その① 286 3 2023-10-22 -
18 40話 龍の瞳に映るのは その② 242 2 2023-10-26 -
29 41話 花と薄暮 286 2 2023-10-30 -
21 42話 燃ゆる轍 その① 250 2 2023-11-07 -
17 43話 燃ゆる轍 その② 209 1 2023-11-09 -
16 44話 襷 205 1 2023-11-14 -
15 45話 星を賭けた戦い 287 3 2023-11-17 -
16 46話 可能性、繋いで その① 252 2 2023-11-28 -
27 47話 可能性、繋いで その② 235 2 2023-12-07 -
17 48話 揺れろ。魂の… 185 2 2023-12-28 -
18 49話 エンタメデュエル 187 2 2024-01-07 -
25 50話 乗り越えろ! 241 3 2024-01-26 -
38 51話 Show Me!! 210 0 2024-02-01 -
21 52話 モノクロの虹彩 277 1 2024-02-08 -
21 53話 激昂 156 2 2024-02-22 -
16 54話 火の暮れる場所 その① 132 0 2024-03-02 -
20 55話 火の暮れる場所 その② 154 2 2024-03-07 -
17 56話 赫灼の剣皇 194 2 2024-03-11 -
23 57話 金の卵たち 164 2 2024-03-18 -
19 合宿参加者リスト 〜生徒編〜 141 0 2024-03-20 -
16 58話 一生向き合うカード 153 2 2024-03-24 -
17 合宿参加者リスト〜特別講師編〜 110 0 2024-03-31 -
21 59話 強くならなきゃ 135 2 2024-04-03 -
15 60話 竜を駆るもの 71 0 2024-04-20 -
13 61話 竜を狩るもの 95 2 2024-04-22 -
5 62話 反逆の剣 31 0 2024-04-26 -

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