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HOME > 遊戯王SS一覧 > 48話 揺れろ。魂の…

48話 揺れろ。魂の… 作:コングの施し

決闘王杯県予選を終え、ついに始まるアカデミア合宿。しかし多すぎる参加者を濾しとるふるいは、アカデミア本校までのスターチップ争奪戦であった。幕を開けた4時間の激闘。遊大たちの戦いの行方は…。


9:36


「…ごめん。大丈夫?」


目の前に広がる青い空。その視界の中に、1人の男の子が顔を覗かせている。
ぽさっとした青黒い髪。白い肌に大きな瞳。自分を見つめる、柔らかくて優しそう
で、吸い込まれそうな瞳。

大の字になって倒れていると頭がうまく回らない。アスファルトに叩きつけられた体とデュエルディスク。地面に散らばったデッキとカードたち。

そうだった。今はスターチップ争奪戦の最中。こんなところで倒れている場合じゃ
ない。

遊大「痛て…!ありがとうな。」

男の子が差し伸べる手を握り、なんとか膝から立ち上がる。

「いや、本当に大丈夫?ごめんね。ぼくも前が見えてなかったみたいで。」

そう言って彼は自分の後ろ側に聳える歩道橋に目を向けた。
2戦目の決闘が終わった直後。アカデミアへの道を急ぐために渡ろうとした歩道橋。登りきったところで、向かいのスロープを同時に登りきった彼がいた。

いや、「いた」と認識したときすでに、ゼロ距離で衝突していた。お互いに急いでいたゆえなのだろう。

2人分の運動力が正面からぶつかり合い、両者がのけぞった。片方スロープに尻もちをついた彼に対し、遊大は階段を転げ落ちた。


そして、今に至る。

 
遊大「ああ大丈夫…!ごめんよほんと…そっちこそ大丈夫か?」

男の子は困り眉のまま笑顔になり応える。すっくとたち上がると彼の身長は遊大よりも高く、しかし体が細いせいか遊大よりも大きいようには見えない。

「いや、ぼくは尻もちついただけだから…。痛いところはない?」 

遊大「おう。転がったけど着地が背中だったから大丈夫!」

そういうと、遊大は服について土とホコリをぱんぱん、と落とす。そして左手のデュエリディスクのデッキセットがばっくりと空いてることに気づいた。

遊大「やべ…!!」

周囲を見渡すと、歩道橋の階段周辺にデッキのカードが散らばっている。転んだ衝撃で中身が散乱してしまっていた。

急いで駆けようとする遊大を、彼が呼び止める。

「ごめん…手伝おうか?」

その言葉に一瞬足が止まった。「ありがとう。」と言おうとした時、デッキの中身を見られてしまうのでは?という可能性が頭をよぎってしまった。

同時にその疑いを頭に浮かべてしまった自分の冷酷さに表情が歪む。

遊大(何考えてんだおれ…!十中八九良心から言ってるのに…!)

しかし彼もそれを察したのか、曇りない笑顔で続けて見せた。

「あ、そうだよね。じゃあこうしよう。」

そう言って、彼は裏向きに落ちている1枚のカードを拾い上げ、その表面を見ないように遊大に手渡した。

遊大(ごめん。めっちゃ良いやつだった…!)
「…ほんとありがとうな!!」

2人でバラバラになったデッキを拾い上げていく。一貫して、彼は裏向きのカードしか拾わない。5分と経たない内に、メインデッキ40枚・EXデッキ15枚のカードが揃った。

デッキをセットして、遊大は深々と頭を垂れる。

遊大「ほんとありがとう!時間食っちゃったよな…!ごめん!」

「いやいや、そんな。ぼくもぶつかっちゃったし。
それより、まだ名前を聞いてなかったよね。ぼくは日暮振士(ひぐれしんじ)。よろしくね。」

そう言って日暮は先ほどを同じように手を差し伸べている。遊大も笑顔でその手を握る。

遊大「おれ、樋本遊大!チバ県のアオメ市から来たんだ。よろしくな!」

そういうと、日暮は目をキラキラと輝かせて、握っていた手にさらに左手を重ねて続ける。

日暮「アオメ市出身なの?すごいな、じゃあご近所だね。」

遊大「…へ?」

日暮「ぼく、参浜市の出身なんだ。同じチバ県勢だよ!」

同じ県出身、しかしそこから見えてくる事実がある。それは素直に喜ぶことができない事実。

遊大(たしか全国出場者にうちの県から『日暮振士』って名前はなかったよな。…ってことは…)
「つまり、えと…日暮の学校からも全国の出場者がいるってこと、だよな?」

日暮「うん。天井碧依って、決勝まで行った人が1人。部長だけどね。
そっか…東雲中ってことは…」

そういうと彼はまた握った手をぶんぶんと振りだす。

日暮「大石龍平くん…彼も確か東雲中だったよね。」

遊大「龍平のこと知ってんのか?」

日暮「ぼくも一応県予選までは行かせてもらっててね。彼のデュエルも見てたんだけど、すごかったな。」

そう話す日暮の目は本当に光を当てた宝石みたいにキラキラと輝いていて、つい吸い込まれそうになる。そして同時に脳裏に浮かぶ、龍平の背中。

冷静で、でも熱くずんずんと前に進んでいく。いつからだろうか。同じラインにいる、と、並んで戦っている、と。そう思えなくなってしまったのは。置いていかれないようにと追いかける。そう思える背中になってしまっていた。

遊大「ああ。そうだな、すごいよあいつは。」

そう視線を落としてつぶやいた時、2人のデュエルディスクが電子音を上げて遊大と日暮を現実に引き戻す。


『『デュエルを開始します。』』


遊大「はっ…!?」

日暮「…やれやれ、じゃれあってる場合じゃなかったね…!」

ハッとした遊大と日暮が振り返った先にいた、お揃いの柄で色違いのジャージを着崩す男女ふたり。しかしその顔は2人ともどこか似ていて、兄妹だということはなんとなく直感で理解できた。


『そこのお前ら、調子はどうだ?』


『あたしたちが相手したいんだけど、いいよね?』


デュエルをすでに申し込まれているようで、それを知らせる電子音と同時に、遊大と日暮はデュエルディスクを確認した。



『奥海 幻樹 2勝0敗 ☆:5 
私立甘橋中学校 2年 
決闘王杯・シズオカ県予選 ベスト4』

『奥海 波実 2勝0敗 ☆:5
私立甘橋中学校 2年 
決闘王杯・シズオカ県予選 ベスト4』


振り返った遊大と日暮。身構える遊大におもむろに近づき、日暮が小さく耳打ちした。

日暮(この人ら…Dステップってデュエル誌に載るくらいのタッグのやり手だよ。)

遊大は目を丸くした。しかしこの2人が兄妹ということを前に、その事実を信じざるを得なかった。

遊大(でも、この争奪戦はシングルデュエル制なんだよな。1対1を2組ってことか…?)

日暮(そうだね。遊大くんが挑まれてるのは兄の幻樹くんだよね。彼が使うデッキは…)

小さく、口がそこにあるにもかからわず聞き取りきれないほどに小さくそのデッキの概要を呟くと、日暮は妹の波実の方へとずんずん歩いていく。

日暮「…やるなら早くはじめましょう。そのつもりで来たんでしょう?」

同じくして、波実も前へと歩み出す。兄の幻樹に「負けんなよ兄貴。」と告げると、日暮の前で止まり青色のディスクを構えた。

幻樹「わかってらーよ妹。
じゃあ樋本遊大。俺らも始めるとするかね。」

4人の決闘者が向かい合い、皆同様にデュエルディスクを構える。そうして始まる混沌の決闘。


『デュエル!!』



9:40


ましろ「よう。まだくたばらずに闘ってるみたいだな。じじい。」

デュエルアカデミア、童実野本校。普段は生徒たちで溢れかえるそのデュエルスタジアムの一席に、2人はいた。

御子柴「…はぁ、呼んでねえよ。ましろ。」

和装の老人は皺だらけの手でメガネを直す。ましろはコツコツと歩き出し、彼の横の空席に腰掛けた。

ましろ「呼ばれてないけど、自分の生徒を待つのはそんなに迷惑か?」

どっかりと腰掛け、足を組む。その様を見て御子柴はまた大きなため息をつく。

御子柴「はぁ。あーあ、迷惑だね。『教育を選ぶ』なんざ抜かして飛び出した弟子の教え子、ここに入れんじゃねえよ!」

そう言いながら、にやけるましろから目を逸らす。逆にましろはその視線を追いかけて、眉を顰める御子柴の顔を覗き込んだ。

ましろ「飛び出したんじゃねえよ?あたしは破門に『されてる』んだけどなあ?
しかも、あたしの教え子たちが、もう参加する前提で話が進んでる気がするんだが?」

御子柴は口をつぐんでまたましろから目を逸らす。いかにも嫌そうにしかめ面で小さくその口からこぼした。

御子柴「…ったく、なんでこんなのが元弟子なんだか。それに厄介なもんを育てやがって。」

その様子を見てましろはまたにんまりとし、スタジアムの正面にある巨大な液晶に目を向ける。
そこには、現在スターチップ争奪戦に参加している生徒の名前と出身校、そしてもちろん所持スターチップの数が連ねられている。

ましろ「どうよ?あたしの教え子は。」

そう言って取り出したタブレットには、東雲中のメンバーたちのデュエルの様子が映し出されていた。

御子柴は眼鏡を外し、目を細めながらタブレットに目を向ける。しばらく黙って見つめていると、溢すようにぼそっと呟いた。

御子柴「…かわいくねえなあ。」

ましろ「はあーー!?人の教え子にかわいくねえとはよく言えたな、くそジジイ!」

ましろが声を荒げると、共鳴するように御子柴もしゃがれた声を大きくした。

御子柴「いーーやかわいくないね!
特に大石の倅と、この『龍剛院 嬢』ってのは俺は好かん!だいたい、俺がお前に叩き込んだメソッドよりも上を行っちまってて面白くもねえ!」

噛み付く御子柴に、ましろは「ぐぬぬ…」と黙り込む。

ましろ「…確かにあの2人は素材がいい。流石にダイヤの原石だが…!!」

御子柴「…『樋本 遊大』!
こいつだな。こういうケツが青いクセしてギラギラしてるやつだ。俺が応援したいのは。」



同刻


『奥海 幻樹 2勝0敗 ☆:5 
私立甘橋中学校 2年 
決闘王杯・シズオカ県予選 ベスト4』

VS

『樋本 遊大 2勝0敗 ☆:5
アオメ市立東雲中学校 1年
決闘杯・アオメ市予選 ベスト32』


TURN:2
奥海幻樹(ターンプレイヤー)
LP:8000
手札:5
モンスター:《メガロスマッシャーX》(攻)
魔法罠:
フィールドゾーン:

樋本遊大
LP:8000
手札:1
モンスター:《フェニックス・ギア・フリード》(守) 《炎魔刃フレイムタン》(攻)
魔法罠:《ラプテノスの超魔剣》 セット×2
フィールドゾーン:


幻樹「俺は、《メガロスマッシャーX》に装備魔法《幻煌龍の螺旋突》を装備する。
しゃらくせえ炎なんざ鎮火してやるよ!」

瞳を青白く発光させる古代の魚竜。そのモンスターを取り巻く海流が渦を巻いて、ゴポゴポと水泡が吹き荒れる。

遊大は静かに動揺していた。幻樹のデュエルにではない。日暮がデュエル開始前に呟いた言葉に。


『彼のデッキは《幻煌龍》。通常モンスターを使ったメタビートだよ。手札からの罠と、装備魔法からの展開に注意してね。』


遊大(本当に言った通り、通常モンスターを使ったメタビートデッキだ…!)
「だったらバトルフェイズ開始時に、装備魔法《ラプテノスの超魔剣》の効果を発動!《フェニックス・ギア・フリード》の表示形式を変更し、再度召喚する!」

《超合魔獣ラプテノス》の力を宿したツギハギの剣が胎動し、それを握る炎熱の騎士の体が輝きを放つ。


《フェニックス・ギア・フリード》(守)
☆8 炎属性・戦士族/デュアル/効果[再度召喚]
ATK:2800/DEF:2200


幻樹「はん!好きにしやがれ!もとより俺の狙いはそいつじゃねえ!
《メガロスマッシャーX》!《炎魔刃フレイムタン》を噛み砕け!!」

青く光を放つ海竜は、獲物を捕らえた鰐のようにその身を旋回させながら《炎魔刃フレイムタン》に齧り付く。その見た目に反してその戦士は高い攻撃力を持っていない。

幻樹が握るカードを加味すれば、それは実に理に叶った戦法であった。しかし遊大も《炎魔刃フレイムタン》を失うわけにはいかない。

遊大(ここで使いたくはない!でもッ…!!)
「罠発動!《巨星墜とし》!フィールドのレベルを持たないモンスターの攻撃力をゼロにし、ターン中の戦闘での破壊を無効にするっ!」

真黒い巨星がフィールドに降り注ぎ、《炎魔刃フレイムタン》が凄まじい勢いでその剣を地面に落とす。発生する重力により、その効果を発動することができなくなると同時に、かのモンスターをフィールドに縛り付ける。

《メガロスマッシャーX》ATK:2000
《炎魔刃フレイムタン》ATK:0

フィールドに走る衝撃。遊大の元まで螺旋状の波の牙が押し寄せる。巨大な顎を模った激流は、遊大の体に食らいつくとそのまま捻り切るように旋回し、彼のLPに傷をつけた。

遊大「…!!
だが、《巨星墜とし》の効果で戦闘ダメージは半分になる!!」
LP:8000→7000

幻樹「妨害用の罠を自分の守りに使うって…お笑いだぜお前!!」

幻樹は得意げに遊大を睨みつける。その狙いは戦闘による破壊ではない。だからこそ見せるその笑み。

幻樹「俺は装備魔法《幻煌龍の螺旋突》の効果を発動!
装備モンスターがダメージを与えた時、手札・デッキ・墓地から《幻煌龍スパイラル》を特殊召喚できる!!
姿を見せろ!!」

フィールドに巻き起こる渦潮、轟音を立て彼の盤面を飲み込んでいくその内より、リバイアサンとすら言えるような、超大型の海龍の影が見え始める。

遊大「まじか…!!」

幻樹「デッキから来い!!幻煌の都の主!最強の海竜!
《幻煌龍スパイラル》!!!!」


《幻煌龍スパイラル》(攻)
☆8 水属性・幻竜族/通常
ATK:2900/DEF:2900


どっぱぁーーん!!
海が裂け、波が弾ける。そして姿を見せた、その海龍。その姿は今まで見たどのエースモンスターよりも大きく、まさしく「海の王」とすら呼べるものであった。
噴き上がる海面と落ちる波しぶき。そして追い詰められた遊大。

幻樹「さあて、このまま行かしてもらうぜ。《幻煌龍スパイラル》で、《炎魔刃フレイムタン》を攻撃!激流葬乱!!」


《メガロスマッシャーX》ATK:2900
《炎魔刃フレイムタン》ATK:0


巨大な海龍が放つ螺旋の波が、フィールドを飲み込んでいく。《炎魔刃フレイムタン》はその剣を地に突き立て、かろうじてその身を保っていた。しかしその余波。渦巻く波の刃は、加減することなどなく遊大の身を削る。

遊大「…はぁ。はぁ。ごほっ!」
LP:7000→5550

幻樹「えらくLPを削らせてくれるじゃねえの。何ターン持つかな?」

そう言って幻樹はカードを1枚セット状態で叩きつける。水浸しになった遊大は、髪をかきあげてニカっと笑って見せた。

遊大「…持つってのは違うでしょーが!勝った気になってんじゃねえっすよ!」


TURN:3
樋本遊大(ターンプレイヤー)
LP:5550
手札:1→2
モンスター:《フェニックス・ギア・フリード》(守) 《炎魔刃フレイムタン》(攻)
魔法罠:《ラプテノスの超魔剣》 セット×1
フィールドゾーン:

奥海幻樹
LP:8000
手札:3
モンスター:《メガロスマッシャーX》(攻) 《幻煌龍スパイラル》(攻)
魔法罠:《幻煌龍の螺旋突》 セット×1
フィールドゾーン:


遊大「おれのターン…!ドロー!っておわ…!」

ドローした瞬間、幻樹の伏せたカードから巨大な波が出現し、2人を飲み込んで渦を巻く。

遊大「…ぼこ!…ぼこぼこぼこ!!」
(…おれの!…ターンなんだけど!)

幻樹は1枚のカードを天へ大きく掲げ、渦巻く波の目の中で得意げに遊大を見つめている。

幻樹「ははっ!何言ってっかわかんねーよ!
俺は《メタバース》を発動し、デッキから《幻煌の都 パシフィス》を発動するぜ!!」

渦巻く波はやがて巨大な海のフィールドを作り出し、外界とは隔たれた、《幻煌龍》のテリトリーを生み出した。
波に流され、水中を慌ただしく漂った遊大の体もドッカと地に落ち、キョロキョロと周りを見回した。

遊大「ごほ…えほ!
なぁるほど…!得意な戦場ってわけかよ!」

いつだってそうだ。まだ戦える。どんなに不利であっても。そんな思いで膝から立ち上がり、再びカードを構えた。



同刻


『奥海 波実 2勝0敗 ☆:5 
私立甘橋中学校 2年 
決闘王杯・シズオカ県予選 ベスト4』

VS

『日暮 振士 1勝1敗 ☆:3
参浜市立参浜第一中学校 1年
決闘王杯・チバ県予選 ベスト64』

幻樹が発動した《幻煌の都パシフィス》。出現した水流の壁によって、彼らは引き離された。聳える波の壁に手を触れ、ゆっくりと口を開く。

日暮「頑張ってね…。遊大くん。」


TURN:4 (ドローフェイズ)
日暮 振士(ターンプレイヤー)
LP:4175
手札:6
モンスター:
魔法罠:
フィールドゾーン:

奥海 波実
LP:8000
手札:1
モンスター:《バージェストマ・オパビニア》(守) 《バージェストマ・アノマロカリス》(攻) 《バージェストマ・マーレラ》(攻) 
魔法罠:セット×2
フィールドゾーン:


波実「ちょっと〜。よそ見は厳禁だと思うんだが?」

深海で生き抜く術なのか、進化の特異点なのか、硬い殻で身を包んだ異形の海洋生物が次々に湧き上がる。まさしく波のように押し寄せるそのモンスターたちが、日暮の前に対峙する。

日暮「そうだね。光栄に思うよ…。ぼくなんかを眼中に入れてくれるなんて。」

波実「うゎ、気持ち悪っ!いいから続けなよ!!」

波実はそんな言葉を吐きながらも、対戦相手である日暮に対しては一切の油断をしていなかった。罠カードを基調とし、さらに押し寄せる波のように罠にチェーンして沸き続ける《バージェストマ》、そしてそれらを使ったX召喚をメイン戦術に据えるそのデッキ。油断なく、かつ自分の得意なフィールドで、戦術で、じわじわと日暮を追い詰めていく。

波実(「押しては」いる。でも…!)

そう。彼女の警戒を限界まで高めている存在があった。それは日暮のEXデッキに存在する。《竜剣士マスターP》。これまで数々の強敵を相手にしてきた奥海兄妹でも戦ったことがなかった、《ペンデュラムモンスター》。

波実(ただの通常モンスター…だったら破壊されてEXデッキに加わる説明がつかない。)

あっさりと破壊している、だからこそ不気味な感覚。目覚めてはいけない何かが目の前で鼓動しているような、そんな嵐の予感。

対する日暮は、またゆっくりと口を開く。その笑みは波実の胸に染み渡り、手に握る汗が滲んで呼吸が少し荒くなる。

日暮「…素晴らしいよ。
自分のデッキの特性を理解しているからこその慎重さ。さすがはトップレベルのタッグデュエリストの1人だ…!」

波実はセットされた自分のカードを見つめる。《ブービーゲーム》、そして《次元障壁》。いずれも強力なカードであることには変わらない。しかしなぜか、どうしようもなく警鐘を鳴らす自分の本能。絶対に侮ってはいけないという内なる声が胸を叩く。

日暮「…遊大くんもきっと頑張っているはずだよね。じゃあ僕も…頑張ろうかな。」

そう言い放った瞬間、童実野市を照らす太陽が、パッと電灯を豆電球に変えたように、赤黒く塞がれる。全てを照らす光が遮られた時、波実の《バージェストマ》たちは全て眠りについていた。

日暮「…ぼくは、《皆既日蝕の書》を発動。」

波実「えっ、ちょっ…!?」

波実は咄嗟のことに戸惑いながらも、ディスクが描き出している現状をその目で確認する。「冷静に」と心の中で唱える。

波実(全てのモンスターが裏守備になってる…!これが…)

日暮「《皆既日蝕の書》の効果。フィールドの表側表示のモンスターが全て裏側守備表示になり、さらに相手はその枚数だけドローできる。…つまり3枚のドローだよ。」

波実「洒落臭っ…!それで《バージェストマ》を止めたつもりなん?」

波実は3枚のカードをドローする。実際、《バージェストマ》にとってこの一手はかなり痛いものであった。妨害を司る《バージェストマ・アノマロカリス》と手札からの罠の発動を可能にする《バージェストマ・オパビニア》。それらが裏守備、すなわち常在効果も誘発効果も、ステータスも何もかもが機能停止に陥っている。
しかし、それをもろともしないほどに…

波実(引いた3枚のカード…強すぎん?)

波実が《皆既月蝕の書》でドローした3枚のカード。《スキル・ドレイン》、《群雄割拠》、そして《拮抗勝負》の3枚。罠デッキの特権とも言える、絶大な影響力を持ったそれらを目にし、思わず笑みがこぼれた。

波実「悪いね。このターンを逃したらアンタ負けるって、そんだけ言っとく!」

大量のドロー、そして大きく動いた盤面。波実に一瞬注がれた油断の雫。その隙を、このターンを逃すまいと、日暮の真価が目覚める。

日暮「…それは楽しみだね。」




"P E N D U L U M"



日暮が、2枚のカードを叩きつけた。デュエルディスクに描き出されたその文字列。それが意味するものは…。

続く
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ランペル
スターチップ争奪戦のさなか、出会った日暮振士という男の子。物理的に衝突した後にはデュエルに発展する事もなくたわいのない会話が広がる。
そうこうする二人の前に現れた幻煌龍とバージェストマを扱うタッグデュエリスト奥海兄妹。界隈では有名なのか、日暮れは対戦相手のデッキの情報を事前に把握してますねぇ…。
そんな彼が使うデッキはペンデュラムデッキ!モンスターであり魔法の様にも扱える異質な存在が遂にお披露目ですねぇ。
相手をリスペクトする振る舞いを見せる日暮れですが、その内に隠された実力の程は…?

そして、ましろ先生の師匠らしき御子柴という人も登場…。この場に師匠が居る意味…。師匠の率いる弟子ともどこかでデュエルが巻き起こるかもしれませんねぇ…。

デュエルディスクへと描き出される文字。少なくとも対戦相手の波実はその存在を把握しきってはいない様子と、タッグデュエルの行方と日暮れの活躍も気になってくる所です! (2024-01-05 18:59)
コングの施し
ランペルさん、閲覧&コメントありがとうございます!

突如としてやってきた日暮という少年。ペンデュラムを介する彼のデュエルは…。そして彼の中にある思いは…?未回収の部分も多くありちょっと煩雑ですが、色々な部分を汲み取っていただいて書き手はニコニコです!

いつも読んでいただいてモチベになっております!これからもぼちぼち更新していきますのでお楽しみに! (2024-01-07 13:04)

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