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HOME > 遊戯王SS一覧 > 79話 天道虫 その②

79話 天道虫 その② 作:コングの施し

カナガワ県立葛馬高校へと入学した遊大。しかしそこには、昨年まで確かにあったはずのデュエル部が無かった。そんな遊大と再会したのは、2年半前にアカデミア合宿での対戦経験のある蜂谷 加奈子。昨年までのデュエル部のことを尋ねる遊大と、それを拒絶する蜂谷。そしてその中心で佇む『時和』という人物。デュエル部と「時和」の情報、そして遊大のデュエル部干渉を賭けたデュエルは、蜂谷の《B・F》と《騎甲虫》の攻略戦となった。


古池 茉菜。
自分はデュエル部の元マネージャーだった。そして今、2人のデュエルを見ている。蜂谷が展開した《騎甲虫》と《B・F》のデッキ。構えているのは《砂漠の飛蝗賊》をはじめとする昆虫族による妨害。対する樋本 遊大は《焔聖騎士帝–シャルル》をシンクロ召喚し、盤面の突破を試みる。知識と知略、思惑と意思の衝突。確かに言えるのは、2人が確かな実力者であるということ。



ーTURN2(メインフェイズ)ー

樋本 遊大(ターンプレイヤー)
LP   :7800
手札   :2
モンスター:《焔聖騎士帝–シャルル》
魔法罠  :
フィールド:

蜂谷 加奈子
LP   :6000
手札   :3
モンスター:《騎甲虫インヴィンシブル・アトラス》《騎甲虫クルーエル・サターン》《騎甲虫アームド・ホーン》《砂漠の飛蝗賊》
魔法罠  :《B・F・W》 
フィールド:《騎甲虫隊戦術機動》



蜂谷「新しいエース……!!」

降臨した《焔聖騎士帝–シャルル》。
蜂谷はS召喚前の素材が整ったタイミングで《砂漠の飛蝗賊》を使うことはできた。しかしそれをしなかったのは、エースを直接叩くためだ。情報戦というステージにおいて、自分のデッキの秘匿性の面で遊大は一歩リードしている。彼女にとって、いや自分にとっても、樋本 遊大のデッキは未知数。ここ数年間は公式戦には出場していないデュエリストなだけに、そのエースの能力と突破方法を、目に焼き付ける必要があった。

遊大「S召喚時の優先権………手放す前に、言っとくからな。
《焔聖騎士帝–シャルル》はカードが装備されたときにフィールドのカード1枚を破壊する。そして《ローラン》の装備はメインフェイズなら誘発即時効果だ。」

蜂谷「でも、破壊効果は「装備」の処理後。
……完全なフリーチェーンじゃないはずだよね。ウチはキミの《ローラン》と同一チェーン上に《砂漠の飛蝗賊》をチェーンさせればS召喚自体はできる。その場合、S召喚時の効果と《シャルル》の破壊効果が同一チェーンになる。
______ウチがS召喚で『何』を呼び出すか、わかってるんでしょ?」

遊大「……無論。ただそれだけなら、別に言うことはねえんだわ。
おれの墓地には《ローラン》以外にも起動効果で自身を装備し、対象に『効果では破壊されない』耐性を付与できる《オジエ》がいる。
……この場合でもS召喚やチェーンのタイミングは一緒だな、だが______

そうか、効果破壊への耐性。
《焔聖騎士−オリヴィエ》による効果を先に消費したのはこれが理由だったのだ。蜂谷が構えている妨害は、これからS召喚するモンスターと墓地にすでに存在しているSモンスターによる効果破壊。つまり、同一チェーンでは遅い。蜂谷目線、起動効果が使えてしまうメインフェイズ中、いやこのS召喚時の優先権を手放すのは最も危険な行為なんだ。

遊大「『効果破壊耐性が付いて困るのはアンタだろ』って言ってんだよ。」

蜂谷「……何、……挑発のつもり……!!?
いいよ乗ってやるよ、ウチは《砂漠の飛蝗賊》の効果を発動!!ウチのフィールドのモンスターを素材として、シンクロ召喚を行う!!」

遊大「だよな、ここしかない……!!
《焔聖騎士導–ローラン》の効果は発動しない、……来い!!」

蜂谷「レベル6の《騎甲虫ライト・フラッパー》に、同じくレベル6のSチューナー《砂漠の飛蝗賊》をチューニング!!」

リンクヴレインズ調のシンクロ演出の遊大とは対照的に、蜂谷のシンクロは童実野シティで発展したシンクロ演出だ。かつて革命の名の下に数々のライディングデュエリストたちを討ち破ってきたシンクロモンスター。その力は今、彼女の手に脈々と受け継がれている。モンスターたちがその命を代償に生み出した閃光の輪、その中心が光差す道となる。

蜂谷「結集せし絆の力にて、傲岸たる巨悪の壁を射貫け!
______シンクロ召喚、レベル12《B・F-決戦のビッグ・バリスタ》!!」


《B・F-決戦のビッグ・バリスタ》(攻)
☆12 風属性・昆虫族/シンクロ/効果
ATK:3000/DEF:800


中庭を覆うほどに巨大な昆虫の要塞。
《騎甲虫インヴィンシブル・アトラス》が大地を進軍する昆虫の砦とするならば、これは空から敵を殲滅する革命の要塞。中庭に飛び出したギャラリーたちの見上げる顔が暗く染まっていく。そしてその中で遊大だけが、これから起こること予期して身構えていた。

蜂谷「《決戦のビッグ・バリスタ》の効果を発動!!
特殊召喚成功時に墓地の昆虫族を全て除外し、相手フィールドのモンスターの攻撃力・守備力を除外状態の昆虫族の数×500ダウンさせる!!」

空より降り注ぐ無数の針の雨。
除外された昆虫族の数は10枚。元々除外されていたカードも含めれば攻撃力7000までのモンスターであれば文句なく攻守0という破格の効果。遊大のフィールドに呼び出された《焔聖騎士帝−シャルル》ですら、なすすべなく膝をついた。


(ATK:   0)《焔聖騎士帝−シャルル》


遊大「………ここまでは知ってる!!
2年半前もおれのターンに出したよな、だからこれはわかってる。あの時は《シンクロ・ゾーン》の効果だった。
_______でも今は違う。……今はこの先があるんだろう!?」

蜂谷「表側表示で昆虫族が除外されたことで、《クルーエル・サターン》と、除外された《革命のグラン・パルチザン》の効果を発動!!」

その宣言に、ただでさえ上り調子のギャラリーのボルテージは最高潮を迎える。
彼はこの効果を最初からわかっていた。わかっていて尚、このコンボを真っ向から受ける選択を取ったのだ。きっと今から起こることを予期しているのは自分と、対戦中の2人だけだろう。彼女の盤面は、これより攻略最高難度の文字通りの絶対要塞となる。

蜂谷「現れよ、《騎甲虫ライト・フラッパー》。
そして今再び、革命の御旗の本にその翅音を轟かせ!!
______レベル12《B・F–革命のグラン・パルチザン》!!」


《騎甲虫ライト・フラッパー》(守)
☆6 水属性・昆虫族/効果
ATK:2000/DEF:2200

《B・F–革命のグラン・パルチザン》(攻)
☆12 風属性・昆虫族/シンクロ/効果
ATK:5800(3000)/DEF:2000


茉菜「攻撃力……5800!!」

理解っていても、声に出ていた。まさに圧巻の存在感。
しかしこのコンボの恐ろしい所はそれだけではない。《B・F–決戦のビッグ・バリスタ》によって戦闘で突破する目を撃ち抜き、発動している魔法・罠カードや起動効果を持ったモンスターを《B・F–革命のグラン・パルチザン》で破壊し、絶対に突破不可であろうこのターンの後の後続を《騎甲虫ライト・フラッパー》で回収する。これだ、自分が彼女であれば今年の決闘王杯・全国本戦まで勝ち抜けると確信させるのはこのコンボなのだ。

蜂谷「____なんだ古池、いたの。
ちょうど良い。……彼の用事、聞いてあげなよ。もう終わるからさ、この痺れるデュエルも!!」

茉菜「蜂谷先輩……!!」

蜂谷「《革命のグラン・パルチザン》の効果を発動。
除外状態の昆虫族の数まで相手のカードを破壊し、破壊した数×500ダメージを相手に与える……!!
_______革命のレヴォリューショナル・スティング!!」

大地と天に聳え立つ昆虫要塞。放たれた無数の蜂の砲撃が、遊大の従える《焔聖騎士帝−シャルル》に襲いくる。膝をついたそのモンスターは剣を構えるも虚しく幾千幾万の昆虫の群れに呑まれていく。それは彼の焔征を嘲笑うように。


(LP :7300)樋本 遊大


蜂谷「樋本 遊大……キミ馬鹿だよ。
せめて《オジエ》のことをウチに伝えなかったら、S召喚時の優先権は逃してた。……自分で墓穴掘ったね…!!
………特殊召喚された《ライト・フラッパー》の効果。除外状態の《アサルト・ローラー》と《スカウト・バギー》を手札に加える!」

相手ターン中の全体除去というコンボが、完全に決まった。
この時点で遊大の手札は2枚。1枚は公開情報の《焔聖騎士–モージ》。仮に《焔聖騎士–リッチャルデット》で呼び出したとして、それとたった1枚の手札でこの状況を突破するのは至難の技だった。

茉菜「攻撃力5400のモンスターが2体……それに《インヴィンシブル・アトラス》!!」

遊大「……茉菜さん、
いいとこに!!……見てなよ、おれのデュエル……!!」

膝をついた彼は立ち上がる。
そして手札から、1枚のカードを引っ張り出した。デュエルディスクの格納が開き、モンスターゾーンの横に1枚のスペースが生まれる。瞬間に蜂谷の呼吸が詰まる。まるで何かを思い出したかのように。

蜂谷「________それは、

遊大「おれはデュエルも、このデッキも好きだ。
だから、たとえモンスターを囮に使っちまったとしても、勝ちに行かない方が侮辱になるって解釈してる。………ありがとうな……《シャルル》!!
______フィールド魔法、《大聖剣博物館》発動!!」

差し込まれたフィールド魔法によって、昆虫族の要塞が聳える中庭が格式高い博物館へと景色を変えていく。遊大と蜂谷のフィールド、その狭間がちょうど境界線となり、遊大のたつ地面が様相を変えた。自分も、蜂谷も、反射的にディスクの情報を確認した。そして自分たちは2人とも揃って度肝を抜かれることになる。

茉菜「………そんな……!?」

蜂谷「キミ……まじか!?」


(LP :6100)樋本 遊大


遊大「1200LP払い、《大聖剣博物館》の効果を発動!!
デッキから《聖剣》カード1枚を手札に加え、さらにこのターン中、装備状態の《聖騎士》1体を特殊召喚できる!!
______おれは《『焔聖剣–ジョワユーズ』》を手札に加える!!」

2人を驚愕させたのはそのカードの発動タイミング。
効果を見れば嫌でも理解できる。デッキの中核、つまり初動なのだ。そんなカードの存在があり、かつ手札に抱えておきながら蜂谷の妨害の手が尽きるこの瞬間までそのカードを発動せず、そしてそのカード以外の全ての情報を公開してでも、このフィールド魔法を守り切った。

蜂谷「《革命のグラン・パルチザン》の破壊効果を誘って……ずっと手札に抱えてたの?……言ってくれるよ……どっちがタヌキだ!!」

遊大「1番通したいカードは隠しとく物でしょうが……基本だよ、蜂谷さん!!」

それだけじゃない。それだけではないのだ。
こんなカードがありながら、それを抜きにしても蜂谷の構えた妨害を全て貫通し得る出力を持っているのが、彼のデッキなんだ。そして自分もようやく追いついた、彼に抱いた疑念の正体に。いや、それは疑念でなかった。……『シンパシー』だ。

蜂谷「2年前もそうだったね……、思い出したよこの感覚…!!」

遊大「おれは墓地の《リッチャルデット》を除外し、効果を発動!!
………手札の《焔聖騎士–モージ》をチューナー扱いで特殊召喚する!!」


《焔聖騎士−モージ》(守)
☆4 炎属性・戦士族/"チューナー"/効果
ATK:2000(1500)/DEF:1000


遊大「墓地の《焔聖騎士–オジエ》の効果発動!!
自身を《モージ》の装備カードとし、さらに《大聖剣博物館》で特殊召喚する!!」


《焔聖騎士−オジエ》(守)
☆4 炎属性・戦士族/効果
ATK:2000(1500)/DEF:2000


まっさらになったフィールドに、2体の戦士族が再び立ち上がる。
まさしく不屈、そして不退。まだ、蜂谷の盤面を崩すには遠く及ばない。それでも蜂谷と自分を圧迫するのはこの気迫と、絶対に勝つというというデュエルのスタイルとその姿勢、そして視線。自分は、いや自分たちはこんなデュエルをする人を知っている。たった1人、同じような目をしてこの学校で戦っていた人を知っている。同じデュエリストの魂を持つものとの『シンパシー』が、疑念となって自分の耳元で囁いていたのだ。

茉菜「蜂谷先輩………彼は……!!」

蜂谷「ああ……偶然、
本人は気づいてないかもだが、樋本 遊大は時和と……彼女と!!」

遊大「おれは、レベル4の《オジエ》と《モージ》で、オーバーレイッ!!」

『このデュエルを目に焼き付けろ。』と、囁いていた。
同じものを感じるからこそ、目を離せなかった。その理由が疑念だった。そして正体に気づいた今、その姿が重なる。遊大のEXデッキ開き、手を重ね合わせる。同時に光となり霧散するモンスターたち。それはシンクロとは違った演出、そして違った召喚法。光が結びだす十時の門は道を描き、収束した1つの閃光はやがて新しい命を結び出す。蜂谷も自分も、わかっていた。ここまでの攻防を描けるデュエリストは、当然その召喚法も自在に扱えることを。
魂を重ね合わせる召喚法、それは_______

遊大「闘志宿すは剣のみにあらず、拳もまた、刃なり!!
______エクシーズ召喚、ランク4《BKキング・デンプシー》っ!!」


《BK キング・デンプシー》(攻)
★4 炎属性・戦士族/エクシーズ/効果
ATK:2800(2300)/DEF:1800


うねる炎の中を、目にも取らまぬ速さの拳が交叉する。
巻き上がる火の粉は1枚のカードを描き、それはヒラヒラと遊大の手元まで落ちていく。《BK》……バーニングナックラー、ボクシングのカードだが、これもまた炎属性・戦士族のカードたち。拳と剣とは言い得てなんとやらと言いたいが、少々強引だ。それよりも注意を引くのはその効果。

蜂谷「デッキからレベル4以下の炎属性・戦士族を手札に加えるか墓地に送る効果……なるほどね、相性抜群ってわけ。」

遊大「おれはデッキから《焔聖騎士–リナルド》を手札に加え、さらに効果発動!
オーバーレイユニットを1つ取り除き、ターン中に《BK》モンスターへ効果対象の耐性を付与する。」

茉菜「……対象の耐性を?」

蜂谷「わからない?……古池。
彼の狙いは『あれ』だよ。対象に取られない耐性が欲しいわけじゃない。」

蜂谷が指差したその先、遊大の墓地だった。
ちょうど円の軌道を描いていたオーバーレイユニットが拳によって砕かれ、それはカードへと変わって遊大の墓地へと吸い込まれていく。そう、そこにあったカードは、《『焔聖剣–デュランダル』》で手札に加えられ、《焔聖騎士–リッチャルデット》によって呼び出されたあのカード。

遊大「墓地に送られた《焔聖騎士–モージ》の効果を発動。
墓地・除外状態の炎属性・戦士族か装備カード3枚をデッキに戻し、1枚ドローする!!
おれは除外状態の《リッチャルデット》《テュルパン》、そして墓地の《デュランダル》をデッキに戻して………ドローッ!!」

蜂谷「……ここまで来てのドロー、
なんだかね。《大聖剣博物館》を通せばそれでいいんじゃなかったの?」

遊大は笑みを浮かべた表情を変えない。
本当に、そうなのだろうか。ドローする動作を挟んだとしても、もう蜂谷のLPに、いや少なくとも盤面には刃を突きつけているのではないだろうか。そうでなければ、ここまで完璧にプレーを通してきた彼が、その努力が水泡と化してしまう。遊大が今考えているのはどう勝つかじゃなく、何を明かさずに勝つかなのではないか。

遊大「いいんだよ、考える前にドローだ。
………どう勝つかはまずデッキに聞く……そうだろ?」

なぜ彼が表舞台に姿を現さなかったのか、色々な理由はあるのだろう。それでも自分の持ってる情報・力量を秘匿にするためなのは聞くまでもなく理由の1つだ。彼は今、もしかしたら蜂谷の倒し方を選べる状況になるんじゃないだろうか。それは油断じゃない、相手の公開情報が丸裸になっている状態でデュエルの主導権を握っているのは遊大なのではないか。
………だとしたら。

遊大「いいカードだ、
______おれは手札から、《逆巻く炎の宝札》を発動!!」

茉菜「バーニングドロー……ですって!?」

遊大「相手フィールドのカードが自分よりも多く、相手がリンクモンスターをコントロールしている時、その1体を対象とし、リンクマーカーの数だけドローする。」

蜂谷「なんてカード引いてくるんだ……。
対象は《インヴィンシブル・アトラス》、と言いたいだろうけど、対象にできる《アームド・ホーン》だけ……つまり2枚だよ。」

遊大「……十分。
______気分は……バーニング・ドローッ!!!」

青く燃え盛る手が、彼のデッキから2枚の剣を引き出す。
モンスターを犠牲にしてでも勝ちにいく、などと言いながら、天に任せるようなドローカード。自分にはどうもそれが、『ドロー』するという『選択』に見えて仕方がなかった。これではまるで、彼の底がまだ見えていないのではないかと、どうしてもそう思えてしまった。これはかつてのリンクヴレインズの英雄が使ったカードのレプリカ。それでも彼は、それすら自分の力の一部にしてしまうほどに…貪欲。

遊大「……よし、いくよ蜂谷さん。」

蜂谷「そう……ウチの盤面だいぶ硬いけど、やる気だね?」

遊大「まあ、見てなって!!
おれは手札から《ファイヤー・バック》を発動。墓地の《焔聖騎士帝–シャルル》を対象とし、手札の《昇華騎士–エクスパラディン》を墓地に送ることで特殊召喚する!!
______おかえり、……《焔聖騎士帝–シャルル》!!」


《焔聖騎士帝−シャルル》(攻)
☆9 炎属性・戦士族/シンクロ/効果
ATK:3500(3000)/DEF:200


ごぼぼぼ、と溶岩を詰め込んだ炉がひっくり返される。
数刻前に《B・F–革命のグラン・パルチザン》によって破壊された《焔聖騎士》を統べる《帝》が、フィールドへと舞い戻った。真っ赤な炉から鎧の金属音を鳴らしフィールドへと帰還する《焔聖騎士帝−シャルル》。そのマントを振りしだくと、溶け切った溶岩が飛沫となってフィールドへと飛び散った。

蜂谷「ご帰還か……!!
でも装備カードを装備した時に発動する破壊効果では、ウチの《グラン・パルチザン》と《インヴィンシブル・アトラス》を突破はできないよ…!!」

遊大「そうだな、だがハナっから除去する気もないんでね。
おれは手札から《焔聖騎士–リナルド》を特殊召喚!!……このカードは自分フィールドに炎属性・戦士族モンスターがいる時、チューナー扱いで特殊召喚できる。
______さらに《リナルド》の効果発動、手札に戻れ……《エクスパラディン》!!」


《焔聖騎士−リナルド》(守)
☆1 炎属性・戦士族/"チューナー"/効果
ATK:1000(500)/DEF:200


燃ゆる息を吐きながら疾走する駿馬。それを駆るのはまた1人の焔聖騎士。
彼は彼女のフィールドの要塞モンスターを除去する気がないと、そう言った。倒す手段を選べると自分は考えたが、それでも今の盤面からどう現状を打破するか、あと一歩のところで浮かばないのも確かだった。手札からコストとなり、また手札に戻った《昇華騎士–エクスパラディン》。そして残ったもう1枚の手札、《大聖剣博物館》で手札に加わった《『焔聖剣–ジョワユーズ』》のカード。それが意味するのは……

遊大「おれは、《『焔聖剣–ジョワユーズ』》を、《騎甲虫ライト・フラッパー》に装備!!」

蜂谷「な………ウチのモンスターに!?」

茉菜「相手のモンスターにも装備できるの!?」

カツーン……と、蜻蛉にまたがる騎士の元へと燃ゆる剣が突き刺さる。
それはデメリットを持ったカードではない。相手に装備するメリットがほぼないと言っても過言ではないカードだ。しかしそれは、通常の場合。今、この場所にいるのは、この場所で遊大が従えているのは、《焔聖騎士帝》。彼者は動ける、斬れる……持つものが誰であれ、それが剣であれば。

遊大「《焔聖騎士帝–シャルル》、効果を発動。
カードが装備されたとき、フィールドのカード1枚を選んで破壊する!!
______破壊するのは《ライト・フラッパー》………!!」

蜂谷「………そ、そういうこと……!?」

蜂谷が瞬きする間に、《騎甲虫ライト・フラッパー》は、真っ二つに切り裂かれていた。断面は熱を帯びて赤く光り、《焔聖騎士帝–シャルル》が遊大の元へと戻る間に、その姿はボロボロと形を崩していく。装備された《『焔聖剣–ジョワユーズ』》の意味、一瞬遅れてそれを理解した。

茉菜「除去に合わせて、②の効果を使えるの……!!」

遊大「《『焔聖剣–ジョワユーズ』》を装備しているモンスターが墓地へ送られたとき、手札から炎属性・戦士族モンスター1体を特殊召喚する!!
______行こう、《昇華騎士–エクスパラディン》!!」


《昇華騎士–エクスパラディン》(守)
☆3 炎属性・戦士族/効果
ATK:2300(1300)/DEF:200


遊大「《エクスパラディン》の効果発動。
デッキから《ゴッドフェニックス・ギア・フリード》を、攻撃力500アップの装備カードとして、このカードに装備する……!!」

自分たちは思い込んでいた。
《『焔聖剣–デュランダル』》と《『焔聖剣–ジョワユーズ』》に組み込まれた②つ目の効果。どちらもモンスターを呼び出す効果であり、前者は墓地、後者は手札から。それは《焔聖騎士》のシンクロに使った際の展開補助と相手の除去への牽制だと思っていた。しかし実際に、用途は3つあった。それは相手に装備することで攻勢を加速させる、いわば追撃の効果。それにより遊大のフィールドに新たに揃った2体のモンスター。それらは巨大なサーキットを描き、彼の戦いを最終局面へと導く。

茉菜「シンクロ、エクシーズ……次は______

遊大「おれは、《リナルド》と《エクスパラディン》をリンクマーカーにセット……サーキットコンバインっ!!
______リンク召喚、リンク2《剛炎の剣士》!!」


《剛炎の剣士》(攻)
L2 炎属性・戦士族/リンク/効果
ATK:2300(1300)[←・↙︎]


3枚のカードが墓地へと送られる。《焔聖騎士−リナルド》、《昇華騎士–エクスパラディン》、そして装備状態だった《ゴッドフェニックス・ギア・フリード》。
サーキットから呼び出されたモンスターの両手に宿った燃ゆる剣。その身を転生させ出現したのは、剛き炎を纏った剣士であった。剣に彫られた『剛炎』の文字。それは《大聖剣博物館》によって上昇しているモンスターたちの攻撃力を、さらに押し上げる。直視しているのが辛いほどに、赫く明るく、まばゆいフィールド。目の奥が熱い。戦っているのは自分ではないはずなのに、汗が噴き出る。こんなとき、彼女は、戦っている蜂谷は……

蜂谷「おも……しろい……!!
充分わかったよ、キミが生半可なデュエリストじゃないってことが!!」

遊大「墓地に存在する《焔聖騎士導–ローラン》を、攻撃力500アップの装備カード扱いで、《焔聖騎士帝–シャルル》へと装備させる……!!
______ちゃんと、話してもらうよ。」


(ATK:4500)《焔聖騎士帝−シャルル》


蜂谷「……そうだね、来るといいよ。
でもウチが話すのは負けた時だけだ、まだ勝負は決まってない。……予言するね。
………このターンでウチを仕留めなければキミは負ける、確実に!!」

遊大「このターンで終わらなきゃそうかもな……!!
でも大丈夫、………きっちり終わらせるよ。______バトルだ!!」

宣言されたバトルフェイズ。
走る緊張は、2人の間だけでは収まりきっていなかった。誰もがそのデュエルの決着がどうなるか、それを見たいと望み、瞬きすら惜しむほどであった。1度上がりきったギャラリーのボルテージは一周回り、皆の息を呑む音が、心臓の鼓動が響いている。

遊大「《焔聖騎士帝−シャルル》で、《騎甲虫スティンギー・ランス》を攻撃!!
______火焔征覇!!」

静かな足取りで、その間合いに《騎甲虫スティンギー・ランス》を引き込む。
炎を纏った剣を静かに抜き、それを左中段へと構える。姿勢を落としたその姿はまるで達人の構え。数々の敵を討ち取ってきた帝王の刃は、目の前の標的を逃しはしない。


(ATK:4500)《焔聖騎士帝−シャルル》
(ATK:2400)《騎甲虫スティンギー・ランス》

(LP :3900)蜂谷 加奈子


蜂谷「くっ……!!」

瞬く間に切り裂かれた蜂の昆虫騎士。
切り裂かれた血液はあまりの熱に蒸発し、斬られたその身も炎を昇らせて灰となっていく。圧倒的な攻撃力の差、しかし自分と蜂屋の2人に知らしめたのはそれだけではない。宣言通りに攻撃力の低い《騎甲虫スティンギー・ランス》を狙ってきた。LP削り取る気だ……しかし______

遊大「《BKキング・デンプシー》で、《騎甲虫アームド・ホーン》を攻撃!!
______ファイアトルネード・デンプシーっ!!」


(ATK:3300)《BKキング・デンプシー》
(ATK:1000)《騎甲虫アームド・ホーン》

(LP :1600)蜂谷 加奈子


ダサい攻撃名……拳が、衝突した。
無論、砕かれたのは昆虫の騎士の方である。フィールドの炎属性・戦士族モンスターは《大聖剣博物館》と《剛炎の剣士》の効果で攻撃力が1000アップしている。爆散するようにモンスターの体が炎を帯びて弾け、確実に蜂谷のLPはすり減っている。ただこの時点で、自分も気づいていた1つの事実に彼女も気づいた。

蜂谷「……なかなか、強烈な攻撃だね……!!
でもいいの?……《アームド・ホーン》は攻撃力が1番低かったモンスターだよ。」

茉菜「……!!
《剛炎の剣士》より攻撃力の低いモンスターが……!!」

《剛炎の剣士》の攻撃力は2300。
そして《騎甲虫アームド・ホーン》が破壊された今、彼女のフィールドの存在する最も攻撃力の低いモンスターは《騎甲虫クルーエル・サターン》の2400。これでは攻撃対象がいない。それどころか、仮に《剛炎の剣士》で《騎甲虫アームド・ホーン》を攻撃していたとしても、《BKキング・デンプシー》と《騎甲虫クルーエル・サターン》の戦闘では蜂谷のLPを削り切ることはできない。

蜂谷「最後の最後で………コンバットをミスったね。
どうせこのターンに倒しきれないんじゃ、《インヴィンシブル・アトラス》を______



遊大「勘違いしてないか。」

その言葉に、心臓がどくんと鳴り響いた。
言われたのは自分ではない、蜂谷だ。それでも、まるで大事なものをポケットから落とした時のように、その声が警鐘を鳴らした。見落としているんだ、蜂谷も自分も、遊大以外のここにいる誰もが、決定的な何かを見落としている。

遊大「言ったはずだ……『きっちり終わらせる』。
おれは《剛炎の剣士》で、《騎甲虫クルーエル・サターン》を攻撃……!!」

茉菜「______え!?」

蜂谷「………まさか…!!!」

黒い甲虫にまたがる騎士と、『剛炎』の剣を携えた戦士が衝突する。
幾度も幾度もぶつかる刃、甲高い金属音がフィールドへと鳴り響き、激突の度に舞い上がる火の粉は、対峙している2人の表情を照らす。


(ATK:2300)《剛炎の剣士》
(ATK:2400)《騎甲虫クルーエル・サターン》

(LP :6000)樋本 遊大


わずかに欠けた炎の刃。しかしそれが導くのは彼のバトルフェイズの終了ではない。
敗北ではない。消えかかった炎はやがて巨大な翼となり、焔を振り撒き勝利の道を征く剣となる。破壊され、消えかかったモンスターの粒子が、新たな戦士の姿を象りソリッドヴィジョンへと昇華させていく。そうだ、これが狙いだったんだ。彼の狙いは、最初からこの攻撃。言ったんだ、『きっちり終わらせる』と……!!

遊大「《剛炎の剣士》が破壊されたとき、墓地から戦士属モンスター1体を特殊召喚する!!」

茉菜「戦士族……!!」

遊大「公開情報だからな、……おれが《エクスパラディン》で何を装備したか、忘れちゃいないだろ!!」

蜂谷「………!!」

蜂谷の息が詰まる。
自分もその言葉に、数刻前に特殊召喚された《昇華騎士−エクスパラディン》のカードを思い出していた。召喚・特殊召喚時に炎属性・戦士族を装備する効果を持つ。ただし、その状態からフィールドに引っ張り出すのは至難であるはずだった。だがそそれを裏切るように、《剛炎の剣士》が残した種火は、全てを飲み込まんとする炎の渦となる。砕けた鎧は臨界を超えて液状化し、真っ赤に染まった雫は新たな鎧を、兜を、盾を、そして剣を生み出す。弾ける炎は翼の形となり、飛び散る火の粉は鳥の羽根の形へと変化していく。


遊大「神すら穿つ剣……勝利への天道よ、赫灼に染まれ!!
______現れろ、レベル9《ゴッドフェニックス・ギア・フリード》!!」


《ゴッドフェニックス・ギア・フリード》(攻)
☆9 炎属性・戦士族/効果
ATK:3500(3000)/DEF:2200


羽根を模った火の粉は、一挙に弾けた。
フィールドへと進軍する、1人の戦士。立ち姿だけで、それが彼のもう1体のエースモンスター、いやフェイバリットカードだと判断できる。吹き荒れる熱風は目の奥を焦がし、きっとこれが仮想現実でなければ立っていられないほどの衝撃だっただろう。彼は《昇華騎士–エクスパラディン》を呼び出したときすでに、いやもっと前から、おそらく《逆巻く炎の宝札》から、この展開を予見していたんだ。彼女の要塞を完璧に攻略するのが困難であるなら、もっと簡単で合理的な方法で、このデュエルを『きっちりと終わらせる』。その手段は、モンスターに装備することによる実質的な《おろかな埋葬》と、ダメージステップ中の事実上《死者蘇生》の合わせ技。これが、こんなことができてしまうデュエリストなのか、と心が震える。手に握った汗が止まらない。

蜂谷「まさか、バトル中に……!?」

遊大「……最後の、攻撃だ!!
《ゴッドフェニックス・ギア・フリード》で、《騎甲虫クルーエル・サターン》を攻撃!!」

遊大の元へと呼び出された《ゴッドフェニックス・ギア・フリード》は、猛る炎を翼としどこまでも飛翔していく。どこまでもどこまでも、上へ上へ。《B・F–決戦のビッグ・バリスタ》と《B・F–革命のグラン・パルチザン》が放つ砲撃を空を縫うように避け、その身を天へと押し上げる。翼は赫い道筋を描き、遂にその翼と剣が、真昼の太陽と重なり合った。

茉菜「でも、LPをゼロにするには攻撃力が足りない……!!」

遊大「いいや、……足りてます!!
《ゴッドフェニックス・ギア・フリード》は、ダメージステップにフィールドのモンスター1体を攻撃力500アップの装備カードとして自身に装備できる!!
_______ゴッドブレイズ・エンド……『巨星』!!!」

上空から一気に降下する《ゴッドフェニックス・ギア・フリード》。
その刃は《B・F–革命のグラン・パルチザン》を貫き、空を覆っていた巨大な要塞が火炎に包まれた星となる。それはまるで隕石の落下。流れ星のような速度はそのままに、赫い星が蜂谷のLPへと、降り注ぐ。

蜂谷「…ま……じ……!?」


(ATK:4000)《ゴッドフェニックス・ギア・フリード》
(ATK:2400)《騎甲虫クルーエル・サターン》

(LP :   0)蜂谷 加奈子


響く轟音の中で、かすかに蜂谷のデュエルディスクの電子音が聞こえた。
現実世界への投影を終えるソリッドヴィジョン。そこに立っている2人の決闘者の表情は、どこか晴れやかであった。中庭の2人に送られる拍手と声援。一番近くで2人の戦いを見ていたからわかる。2人のデュエルが、皆の心を震わせたのだ。



WINNER:樋本 遊大



蜂谷「やれやれって……感じ。
本当に負けちゃったよ、しかも2回目?ちょっと笑えないんだけど……!!」

遊大「笑ってるじゃないですか、
……言ったでしょ、『きっちり終わらせる』って。」

ほどなくして、学生たちは蜘蛛の子を散らすようにクラスへと退散していく。皆口々に「すげえ」とか「やべえ」とか、ボキャブラリをどこかに置き去ったような台詞を漏らしながら。遊大と蜂谷は、見つめ合ったままだ。彼らの間の確執はきっと、全てが埋まったわけじゃない。それでもこのデュエルが成したことは、その意味はあったのだろう。

蜂谷「あの時のデュエルは確か、律儀に盤面更地にされて負けたっけ。」

遊大「今回は違ったな。
ご丁寧に攻撃表示で出してくれんだもん、LP削り切ることに集中したよ。」

蜂谷「LPジャスト……それで『きっちり』ね。
あそこの《モージ》で《逆巻く炎の宝札》を引いてなかったら、そして《ファイヤー・バック》と《エクスパラディン》をドローできなかったら……
_______って、あれ?」

遊大「……はい?」

自らの発言の不自然さに、蜂谷は気づいた。
詰めの展開が、《焔聖騎士−モージ》を除いてすべてデッキから追加でドローしたカードで構成されている。《聖剣を巡る王妃アンジェリカ》の展開が、文字通りのストレート。そして《大聖剣博物館》による展開も、それもまた直球な展開。ではなぜあの戦士族が2体揃ったタイミングで、彼はドローを選んだのか。《BKキング・デンプシー》と《焔聖騎士−リナルド》は規定通りのシナリオとはいえ、そこにドローを絡めることで選択肢を拡充したのではないか。

蜂谷「キミ、まさかドローするって選択を取っただけ?
あそこで、戦士族が2体揃った時点でドローに横道逸れる余裕があったってこと!?」

遊大「そなせ………、そんな…ことないっす。買い被りすぎ、
それに《逆巻く炎の宝札》するって選択はおれにだって結構リスクあったんですよ。
_______あれ使うと、もう炎属性しか出せなくなるから。」

『《逆巻く炎の宝札》する』って、カード名をカナ文字のルビに読み替えできる前提で発言するな。それに確かに言った……『選択』と言い切った。

遊大「______あ、」

これで確定だ。今のデュエル、彼は出せるもの全てを見せていない。おそらくレベル4戦士族が2体揃ったタイミング、EXデッキに何かがあった。エクシーズか、リンクか、レベル8のシンクロもあり得る。そうでなくては《大聖剣博物館》を妨害を吐き切るまで残した意味がない。絶対にあのフィールド魔法を通せば盤面を突破できる保証があってなお、あらかじめサーチしていた《焔聖騎士–モージ》によるドローを組み込み、なるべく多くの選択肢を生み出せるようなプレイングをしてきた。
………本当に、どこか抜けているようでデュエルはしたたかだ。用心深い。

蜂谷「……全く本当に、どっちがタヌキかね。
自分の出せるもの全部出さずに情報吐かせようとか、正気じゃ_______



『お前らなんだ今の馬鹿デカい音は!!!!』



遊大「………へ?」

蜂谷「………え?」

『昼休みなんて終わってるぞ!!予鈴も聞こえてないじゃないか!!』

なるほど。
自分たちも全く気づかなかった。とっくに昼休みは終わっているわけか。それは彼らに過失がある。いやここまで注意しなかった教師も悪いけれど。というか、彼らの間で結ばれた約束はどうなったんだろうか、いやどうなってしまうんだろうか。あと、自分の学生証は……

蜂谷「古池。
じゃあそういうワケだから、後のことはよろしくね。ウチは放課後、進路指導室に行かなきゃ。……それになにより、今の問答でちょっと興が冷めちゃった。」

茉菜「えええええっ………わたしっ!?!
なんでですか、2人の間で結んでた約束じゃないですか!!」

蜂谷「先輩命令。
話聞いてたでしょ、時和のことはウチより詳しいし、正直デュエル部解散について話すのも癪なんだよね。用事もあるんだっけ?……じゃ、あとよろしく。」

癪なのは自分だってそうだ。
彼女のことも、デュエル部のことも、話したいことではない。こういう時にやりたくないことだけを後輩に押し付けるのは、蜂谷の先輩としての悪癖だ。ふらふらっと中庭を去る背中に苛立ちを覚えながらも、その足を教師からお叱りを受けて撃沈している遊大の方へと向ける。

茉菜「ちょっと、樋本くん!!」

遊大「茉菜さん……なんであの人行っちゃったんですか……おれ勝ったのに、はぁ……。」

聞きたいことは、山ほどある。
きっとそれは、眼前でしゃがみ込む彼も一緒だろう。知ってしまって、良いことなのだろうか。彼が知るべきことなのかはわからない。それでも何かが、彼女を取り巻く何かが変わることに賭けて、口を開いた。

茉菜「約束はわたしが引き継いだわ。
放課後『海月喫茶』で待ってる。……珈琲代は学生証と交換ね。」

遊大「ええ……、えと、どうもです。
でもコーヒー飲めないですよ、別に学校で大丈夫です。……学生証も今返しますし」

なんだと?…このガキめ、素直に奢られておけ。自分は先輩だ。
デュエルは立派だった、だがやはりこの少年に事実を伝えるのは危険だ。今必要なのは外部からのイレギュラーなのはわかっている。それでも、その上で情報は交換だ。樋本 遊大のこれまでとこの学校のデュエル部のこと、あくまでその2つの情報をトレードし彼を精査する。遊大は確かに蜂谷には勝っているけれど、事実として約束は自分が引き継いだ。彼には悪いけれど、自分にだって選ぶ権利はある。
自分が彼の人間性を、過去を知り判断する。まずはそれから。



彼女の……時和 律歌のことを話すのは、彼を見極めてからだ。



続く
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