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HOME > 遊戯王SS一覧 > 63話 血の鎖

63話 血の鎖 作:コングの施し

全国決闘杯・本戦出場者、および同校の生徒がスターチップ争奪戦を潜り抜け、技術を磨き凌ぎを削るアカデミア合宿。プロの指導の元、各々の成長をぶつけるその3日目に、事件は起こった。遊大、龍平、律歌、阿原たちの仲間である龍剛院 嬢。その舞台で、彼女がデュエルの最中に突如意識を失った。これは、龍の血に刻まれた因縁の戦いが息吹く始まりの物語。





あのデュエルは、負けていた。



アカデミア合宿から、一週間の時が経った。取り調べから学校に運ぶ足が重くなり、窓から夕陽を眺めるだけの自分は、いつもであれば周囲の学生の喧騒すら心地よく聞こえるほどの時間なのに、胸の中はずっともやもやままだった。

日暮「はぁ……。」

大きく息をつく。あの試合、その佳境にて《覇王黒龍オッドアイズ・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》で嬢のLPを追い詰め、そしてその打開策として《破壊剣ードラゴンバスターブレード》が召喚された時に、その事件は起きた。まるで何者かがその戦いを咎めるように、彼女は血を流して倒れた。

自分はあのまま戦えばきっとあの戦いには負けていた。彼女が倒れたとき、そのEXデッキから姿を見せようとしていた《破壊剣士の伴竜》、そして墓地に存在していた《トランザクション・ロールバック》のことも考えると、《零鳥獣シルフィーネ》以上の、最終手段とも言えるギミックが組み込まれていたデッキなのだろう。

日暮(こんな時なのに……デュエルのことばっかり。)

彼女が、尊敬するデュエリストである嬢が倒れたにも関わらず、その勝敗に囚われ続けるのは、なんだか不敬な気がした。しかしそのカードのチョイスが自分を悩ませる原因の1つだった。

日暮(なぜ、ドラゴン族のデッキで戦士族の《バスター・ブレイダー》を……。)

まるでドラゴンを駆りながら、相手のドラゴンを狩ろうとしていたようなデッキにすら思えてきた。《ドラグニティ》の拡張性があってなお、罠カードや融合・リンクを中心に据える《破壊剣》《バスター・ブレイダー》を使う理由はなんだったのだろうか。

日暮(……それだけじゃない。)

それだけではない。
もう一つ、その心に刺さってしまったものがある。きっと東雲中顧問のましろも、大石 竜也プロも同じことを考えている。彼女が発した『言葉』、それが意味するものとは。『反逆の剣』の意味とは。

日暮(反逆……反逆…。)

言葉をポロポロと口から溢す。自分が使ったその言葉と、彼女が使った言葉。そこには何の違いがっただろうか。その一言だけを反復させていくうちに、小さな頃の記憶が、頭の中をよぎっていくのを感じた。

日暮(反逆……って、昔《リベリオン》のことで調べたような…)

『反逆』という、支配から抗うこと。彼女が発した自らの身を予見するような発言。そしてその結果として起こってしまった事件。何かが、繋がりそうな気がした。それが目を背けたくなるようなものであっても、否応なく繋がってしまいそうな気がした。

日暮(参ったな……。)

彼女の『反逆』が、彼女を支配する『何か』に対してのものであって、そしてあのデュエルは、その『何か』によって咎められてしまったものだとしたら。きっと自分には、それを知る権利がある。それを伝える義務がある。もし彼女の最後のデュエルが、何かの訴えだったなら、同じ思いを抱えたものたちの先陣を切るのは、この自分なのかもしれない。



足は動いていた。
輝かしいデュエルを咎めた存在など、許せるわけがないから。







夏の蒸し暑い風が窓から入りこんでくる。そこにいる全員が黙ったままの決闘部の部室。アカデミアの合宿から一週間、そこに一人いないだけで、まるで水を打ったようにそこが静かで、時計の音と蝉の鳴き声だけが鼓膜を揺らす数少ない音だった。

阿原「……オレやっぱ納得できねえよ。」

ましろ「阿原。」

それ以上言うなと、口を紡げと言わんばかりに、ましろが彼の名前を呼んだ。しかし、納得している者など、彼以外の者にも、アカデミア合宿に参加した全員にもいるはずがなかった。

律歌「私も、納得なんかしてない……できるはずないじゃん。」

アカデミア合宿3日目。それぞれが特別講師のもとでデュエルを磨き、それをぶつける集大成の日。東雲中デュエル部の龍剛院 嬢は、そのデュエルの最中に血を流し、突然意識を失った。

ましろ「嬢はまだ入院中だ。
詳細な情報も聞かせてはもらえないが……でも元気になったアイツを迎えるあたしらが萎れてて、どうすんだよ。」

遊大「それだって、おかしいじゃないすか。
嬢が原因不明でぶっ倒れて、デュエルディスクの不具合とかそんなんばっかりで、これじゃ彼女が生きてるかだって……!」

龍平「遊大!!」

震える彼の肩を、龍平がぐっとつかむ。「生きているか」、そう、生きているのか、それすらわからないほど、病院や警察から、彼女に関する情報は明かされていなかった。1つ明かされているのは、『デュエルディスクの不具合』という原因のみ。誰もが心配している、しかしそれを口に出した時、その可能性が頭に大きくよぎってしまうから、それを咎めた。

龍平「……止せよ。」

阿原「クソ……せっかくオレだって、強くなったのに…ンで…!!」



ましろ「……。」

ましろは黙り込んでいた。デュエル部の顧問として、この部を導かなければならない。しかし、彼らと同じく、自分も彼女の身を案じているから、そして、その言葉が、ずっと頭に残っているから、お世辞にも前を向くことなどできていなかった。


『私に何かあったら、みんなによろしく伝えておいてください。』


嬢が倒れる直前、デュエルの最中に放った言葉。その言葉を聞いたのは、対戦相手である日暮 振士、嬢の担当特別講師でる大石 竜也プロ、その他チームメイトたち、そして、日暮のチーム担当であった、ましろ。

この一週間、あの壮絶な光景とその言葉だけがずっと響いていた。もちろん、警察の取り調べなどもあり、その時に、まるで自分の身に起こることを予見したかのようなその発言は吐露している。それは場に合わせた全員がそうだった。ただ、みんなに伝えておいて、と、その言葉が、自分の身に起こる危機をわかっていたかのようなその物言いが恐ろしくて、自分の生徒たちには、告げられずにいた。

ましろ(あたしだって……潰れちまいそうだよ。)

こんなに友の身を案じる者がいるのに、自分だけが彼女のことを少しでも多く知っている。しかし子供がそれを知ることなど許されることなのだろうか。身に起こることを予見しているという異常性と、それを恐れる自分。抱えるべき言葉と伝えるべき言葉の間で罪悪と嫌悪に揺らされる彼女が、そこにはいた。







ぱち、と目が開いた。
一体どれぐらい経っただろうか。目の前にあるのは灰色の天井と、伸びる点滴。ぽちゃりぽちゃりと落ちる雫で、自分が今倒れていたことがはっきりとわかる。しかしあの時倒れてから自分の身はどうなったのか、知る術などなかった。しかし、人が倒れれば、普通、病院に運ぶはずだ。自分の、龍剛院 嬢の眼前にあるのは、既知の天井であった。ほの暗い灰色の天井の下で、自分がポツンと横たわっている。


「起きましたか、お嬢。」


寂れた部屋の隅に、見慣れた顔があった。大柄で短髪の青年は、いつも通りの真っ黒なシャツで、自分を見つめている。

嬢「小金井…さん、なんでここに…?」

小金井というその男。嬢がもっと幼いころから、教育の係として組の中で動いてきた。実の父親である頭目よりも彼女に近く、そして彼女のことを知っている。詳細な年齢を伝えてくれたことはなかったが、立場的にも年齢的にも、「兄貴分」に近い存在であるのは、まだ衰えることのないその尖ったオーラが故にわかってしまうことだった。

小金井「すいませんお嬢。病院から引っ張り出せって上に、ここに入れておけって親父のご意向なんで……」

改めて、横たわったままその寂れた部屋を見渡す。灰色の四方に、曇りガラスの窓が一つ、そして塗装された鉄の重たい壁が一つ。ここは、そういう部屋だ。

嬢「ここにいるってことは……そんなに良い立場じゃない、ですよね。」

小さな頃から、色々なデュエルを見てきた。金を賭けたもの、表では出回らない品を賭けたもの、そして文字通り、命を賭けたもの。そんな戦いの中で無事では済まなかった者を一時的において置く場所、それがこの部屋だった。

小金井「とりあえず目ェ覚めたってこって、上に話を通してきやす。そのまま休んでいてください。」

そう言うと、小金井は振り返ってドアノブに手をかける。もう行ってしまうのか、聞きたいことが山ほどあった、仲間のこと、学校のこと、そして自分の身に起こったこと。声と力を振り絞って、白い布団からその背中に手を伸ばした。

嬢「ちょ、ちょっと待って!!
せめて、私に何が起こったかぐらい……」

そう言いかけた時、小金井が握るドアノブが彼の意とは反して回り、ドアの奥の気配に一歩引いた。まるでその言葉を待っていたかのように、扉がゆっくりと開く。和装に腕を組み、頬から鼻筋までに傷のあるその男が部屋に踏み入る。血の鎖が、その鈍い音を這わせていた。その音で、その声で、背筋が、凍る。


「別に不思議なことじゃねェだろうが。」


しゃがれた声。何度も聞いた声だ。ビリビリと緊張が体を走って、全身がこわばっていくのを感じる。男がその部屋に踏み入っただけで、彼よりも大柄な小金井が頭を深々と垂れている。それが良しとされる男で、実際にここにいる彼以外の二人が黙り込んでしまう男だ。

嬢「…父さん……!!」

龍剛院 栄咲。この裏の世界で、デュエルマフィアが力を失いつつあるこの裏社会で、未だ力を失うことのない龍血組の頭目であり、そして名実ともに自分の『父親』と呼べる存在。嬢は、彼を見つめる自分の目が、だんだんと鋭くなってしまっていることを自分自身で感じ取っていた。重ならない視線。自分を見ることなどない、その瞳。些細なことに気が取られてしまうほどに、今、恐れを覚えてしまっている。

栄咲「お前のディスク、俺が持たしたモンだったな。」

嬢「……!!」

カシャン…と、灰色のコンクリートの床に、プラスチックと鉄の軽い音が響いた。そこにある、黒く煤のついたデュエルディスク。意味することはもうすでにわかっていた。見られていたのだ。主に盤面が。

小金井「……親父。」

きっと、接続者の体に急激に負荷をかけることで意識を飛ばすようなシステムが組み込まれていたのだろう。だから自分は、生かされることも、殺されることもなく、ただここにいるのだ。そして、自分の動きを把握しているからこそ、この男は龍血組の懐刀と呼べる《ドラグニティ》を自分に託せていた。しかしそれが、他のカードで汚されること、デッキの真価を公の場で発揮することなど許されなかった。その結果の産物が無惨に眼前に転がる。

栄咲「黙ってろ小金井。

……なァ嬢、何度目だ?
俺がお前に血ィだけの慈悲で持たせたデッキ、何度晒すつもりだ?」

その声はいつもゆっくりだ。しかしその太くて鋭い声は、まるで白刃みたいにグッサリと突き刺さってきて、それでいつも胸が痛くなる。その声だけで、呼吸が浅くなってしまう。

栄咲「今後俺の命以外でディスクを持てば、わかってるよな………身内でも弾けンのがウチだ。」

そう言うと、またゆっくりと足を踏み出した。その足で、床に転がったデュエルディスクの残骸を足蹴にすると、もう何も言うことなどなくその部屋から姿を消した。

小金井「……お嬢。」

掛け布団に、淡い雫がぽろぽろとこぼれ落ちる。布を握る拳が震えて、自分の心音がどくどくと耳を塞いでしまう。なんて情けないんだと、そんな思いだけが、自分の中でどんどん膨らんで行って、もうそれ以外のことなど考えられなくなってしまっていた。

嬢「私は……!!」







初めてデュエルをしたのは6つの時だった。県内某所、その手の客とのつながりがある料亭の一室。賭博デュエルのシノギの箱、その権利を賭けた当時関東トップクラスの実力を持った誠剛連合との戦いの夜。竜がけたたましく叫んでいるような嵐の中で、いわゆる『代走』の形で、彼女はディスクを握らされた。命じたのは他でもない、龍剛院 栄咲。龍血組組長当人であった。彼をそうさせたのは、娘である龍剛院 嬢の、何気のない一言だった。

嬢「そのモンスターさんのこうか、タイミングをのがしてます。」

煙草の煙がもくもくと渦巻く薄暗いその一室に、か弱くまだ成熟などしようもない声が響いた。しかしそこにいるのは誰がどう見ても幼い少女。見た目と実齢に差異はあれど、小学校に入るか入らないか、それくらいに見える少女が、チェーン2で発動した《リビングデッドの呼び声》によって特殊召喚された《聖戦士カオス・ソルジャー》を指さしている。その光景に、童謡の色を見せない者の方が、そこには少なかった。

「ガキ…おめェ、いくつだ……?」

恐る恐る、その指摘を喰らった誠剛連合の決闘者が嬢へと投げかけた。その問に嬢は困惑の顔色を見せ、隣で腕を組む栄作へと目配せをした。しかしそこにいる男は何も答えず、娘の目すら見ようとはしなかった。嬢は何も答えることのない父親から目を逸らし、小さく「6さいです…」と答える。

栄咲「小金井、交代だ。」

答えると、また誰の顔を見るでもなく、栄咲はその黒く太い声でディスクを身につけていた小金井に命じる。小金井はその発言に動揺を隠せない。まだ若いとか、成熟していないとか、そんなことは関係ない。絶対命令である親父分の命に狼狽えることしかできない。

小金井「し、しかし親父!!」

栄咲「交代だ。」

口答えなどするな。貴様に持ち得る慈悲など存在しない、とばかりにその名だけで彼の口を咎める。小金井は困惑しながらもそのディスクを腕から外した。彼を見つめる嬢の肩に、大きな手がぽん、と乗る。温かさを感じないその手は、父親のものだった。その目は嬢を見つめてなどおらず、その瞳にあるのは、対戦相手である誠剛連合の決闘者の冷や汗だけだった。

栄咲「……やれ。」

こくりと、頷くしか、それしかなかった。自分を見ることなどないその冷たい瞳、自分を想うことなどないその冷たい声。まるで弱った獣の首を噛みちぎれとでも言わんばかりにたった一つ言い放ったその言葉。まだ幼い少女に、その言葉の重さなど分かりようもなかった。それが普通で、それが超えてはならない一線であることなど、そんなことを知る由など、あるはずがなかった。

小金井が外した大きなデュエルディスクを、両手で受け取る。それを自分の手に渡す彼は震えていて、唇を噛み締めながら自分を見つめていた。そこにある2つの目は、確かに自分の目を見ていた。膝を落として同じ目線で、八の字の眉の下にある瞳は、自分のそれと繋がっていた。

小金井「お嬢……御武運を。」

父親である男は、その威圧的な声で「柏井さん」と誠剛連合の決闘者の名を呼ぶ。決して大柄ではないのにまるで彼を見下ろしているようで、それを投げかけられた彼の表情が青くなっていく。親指で動揺している小金井を指差し、深さの見えない笑みでまた続ける。

栄咲「見ての通り、ウチの小金井は具合ァ悪いみたいでな。別のモンに代走させてもらう。」

柏井「勝手言ってくれやがる……てめえの娘だろ?鬼かよ。」

栄咲「ルール犯したモンに拒否権なんかねェ……フェアに行こうぜ、柏井さんよ。」

そう柏井に言いながら、その手で嬢の背中を叩く。自分には何も言わずに背中を押されてしまって、一瞬その顔に困惑の色を伝えようと思ったが、彼女はその瞳に諦めを覚えたのか、それをやめた。


嬢「……いきます。」


手札の中にいるカードたち。《ドラグニティ》のカードたち。鳥獣の戦士と竜の剣の絆、それを描いたこのデッキが、好きだった。今思えば、その背景、そしてくみのデュエリストたちが、そのカードたちにどんな意味を見出しているかなど、その時は考えようもなかった。


続く
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ランペル
やはり組の仕業でしたか…。

合宿から一週間の時間が経っても、嬢が倒れた原因はデュエルディスクの不具合と告げられるだけという状態…。部のみんなもそんなことでは納得できない惨状…。
ましろはその中でも、教員と言う立場上生徒のみんなより多くの情報を知っており、それが触れるべきではない部分な事も相まって相当葛藤していますね…。下手な事を言ってしまえば、目の前の生徒たちさえも危険に晒しかねない案件です…。心労ぐぁ…。

結果として、嬢が所属する龍血組側の工作によりデュエルが中断されたとのこと。組の扱うドラグニティのデッキから現われようとした、バスターブレード…それを嫌ってかデュエルが中断されたとのことですね…。
ドラゴン族であるドラグニティで、ドラゴンを狩るバスターブレードを出す事は、彼女なりの血を断ち切る想いがあったのかもしれませんね…。組からしたら、組の貸し出したデッキから勝手に別テーマを出すだけでなく、そのテーマがドラゴンメタ…これは宣戦布告の様なものに取られてもおかしくないですな…。
頭目より、勝手にデュエルすることを禁じられてしまった嬢…今後どうなっていくのか…。

しかし日暮!対戦したデュエルでまず間違いなく負けていたであろうことを察知していながらも、決め切らなかったデュエル…何者かによって最高のデュエルを邪魔された事への怒りから、彼なりに動き出すようですね。
演者を引き立てる事がモットーな彼の事ですから、きっと嬢にとって大きな何かをしてくれる期待が膨らむばかりです。しかし、やはり危険な事ですから期待と共に心配も出てきますね…。

次回は嬢の過去回想編でしょうか。才が溢れ始めた彼女は、言うならカードしか見ていない状態。そこに込められた組の想いなども、汲み止めれていなかった時の彼女の実力も!
一気に組の影響力の大きさが際立った回でしたねぇ。龍血組と嬢の因縁を断ち切れるかが重要になって来そうです! (2024-05-03 13:49)

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