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HOME > 遊戯王SS一覧 > 72話 親と子

72話 親と子 作:コングの施し

裏の世界は、デュエルマフィアの世界は衰退し続ける。そのことに気づいたのは、彼が、後に龍血組の頭目としてその世界に君臨することになる龍剛院 栄咲が、18歳の頃だった。龍血組の一員として生きる前に自分には、何もなかった。万人が当たり前に持っているはずの、家族でさえも。幼少のころ、自分の母親だと思っていた人物は、父親の命を奪って自らもこの世を去った。ずっと、1人だった。

『______お前、家族がいねえのか。』

家族なんていない。しかし、ずっと1人だった自分に差し伸べられたその手は、自分を血など必要のない家族として受け入れてくれた。それがデュエルマフィア。1人の頭目を『父親分』として慕い、その背中を追って戦い続ける者たち。圧倒的な武力を持って、しかし実際の戦いではなくデュエルを戦いの儀として執り行う、仁と儀の群。本当の家族よりも、ずっと厚く、深い絆に結ばれていた者たち。


「龍剛院の兄貴のトコ……ガサ入るらしいぜ。」

「親父の推薦ってだけで調子乗るからですよ。」

「シノギでしくじっちゃ、また俺らが割を食うだけじゃねえかよ。」

「これじゃ親父からの信用もガタ落ちですよね……襲名だってできたかもしれねえのに。」

「はァくだらねえ……なんで血の繋がりもねえ俺がちょずいたバカのケツ拭かなきゃなんだよ。」


違う。そこに絆なんてない。信用なんて……ない。誰かがミスをすれば、割を食う人間がその人に容赦のない皺を寄せる。自分は家族など、知らない。しかしそれでも本当の家族であれば、支え合って生きて行けるはずだった。慈悲の心と揺るがない信頼が、そこにあるはずだった。自分たちに必要なのは、確かな血の繋がりだと、そう思えた。ほんのささいなことだったのかもしれない。ただ、家族という繋がりを欲していた自分には、その現実と理想の齟齬がどうしようもなく息苦しく思えた。心の底から笑うことなど、できなかった。

『______何のつもりだ、栄咲。』

自分に残されたのは、デュエルだけだった。デュエルマフィアによるそれは、無血の戦いと、それ以外に1つだけ意味がある。それは、一定以上の立場があるものによる、対戦相手の肩書きの襲名。家族であれば起こりうるはずのない、親と子の逆転現象。起こるはずのない、起こってはいけない、理に反した行為。しかし本当の繋がりを生むために自分に許されたのは、それだけだった。

栄咲『今まで世話になりました、親父。』

デュエルで、決着をつけた。その命を、終わらせた。自分が親父分と慕うその男の最期をその手の中で感じた時、同時にこの組の父親となった自分に、そしてその体制に、裏社会を生きていくデュエルマフィアに、限界を感じた。群れが各々を他人と認識し続ける限り、その衰退は止まらない。新たに組を引っ張る頭目となった折、『彼女』と出会った。

花奈『お会いできて光栄です。龍血組 組長・龍剛院 栄咲様。』

栄咲『こちらこそ、お目にかかれて嬉しい限りだ。霞乃会 若頭・霞乃 花奈殿。』

霞乃 花奈。当時、勢力の拡大こそ潜めていたものの、圧倒的な歴史と実績でその裏の世界に名を轟かせていた霞乃会の女若頭。霞乃会がそこまでの歴史を紡げていた理由の一つ。それは1つの実在する血族が必ず跡を継いでいるということ。裏世界に流れる仮初の血ではない、『霞乃家』という実際の血族。自分たちに、自分に必要なのはそれしかないと思えた。『龍血組』と『霞乃会』のデュエルに賭けられたのは、敗者側の吸収合併と、その血を奪うこと。小金井 敦弘という小さきデュエリストによって成されたその勝利で、自分は彼女の、霞乃 花奈の血を得た。その体を、その魂を、紅く美しく麗しく流るるその血を、自分の内を駆け巡る龍の血に交える。それが、自分の成し得るべきゴールだった。そう、信じていた。




花奈『…………どんな経緯があろうと、あなたは私の子。
それでも、あなたの未来に目を背けることくらい許してほしい。いいえ、それも烏滸がましいくらい。
………逃げてごめん。名をつけることもできくてごめん。あなたの生きる道に、一緒に居られなくてごめん。ごめん。ごめんなさい。母親らしいことの一つもできなくて、………ごめんなさい。

___________立派に……生きるんだよ。』

彼女が懐妊した龍剛院 嬢というデュエリスト。龍剛院と霞乃の血を継いだ彼女が生を受けると共に、花奈はメスで自らの首筋を切り裂いた。その死が、響き続ける産声を遮らぬよう悲鳴も怒号も息遣いすら漏らすことなく血を流し続ける彼女が、この世界の運命を教えているように感じた。龍剛院 嬢は、生まれながらにして裏の社会に否応なく組みこれまれる宿命を背負っている。本当の家族であることに間違いはない。しかしだからこそ何よりも残酷で、その生誕を祝うことすら花奈にはできなかったのだろう。誰よりも過酷な使命を背負っていると思う母親がいたから、彼女は感謝も祝福も賞賛も口にすることは無かった。ただ「ごめんなさい」と、「立派に生きるんだよ」と、そう残して逝ったのだろう。


栄咲『お前が…………嬢の面倒を……?』

小金井『はい。おれからすれば、唯一の年下の人です。
もちろん、親父の実子だということは理解してます。でもここじゃ友達もいねえ。
もちろん手出しするつもりなんかありません。ただ、ちょっと気の毒だなって思っちまって。』


その言葉にほっとしている自分が、馬鹿馬鹿しく思えた。花奈が命を絶ってから、嬢がこの世界に産み落とされてから、結局自分の中で家族がどういうものなのかわからなくなっていた。彼女の未来に目を背けた花奈と、その瞳を直視することのできなかった自分。その役割を担うと名乗り出た自分の義息子に、その一瞬だけ心が救われたと感じてしまった。嬢は、家族だというのに。


嬢『…………父さん!!』


あんなに尊ぶべきだと感じていた家族の目を、一度だって見たことがなかった。産まれてしまった本当の繋がりを直視することができなかった。結局自分はどうしたいのだろうか。裏の世界に流れるべきは仮初の血ではない。本物の龍の血だ。それは変わらない。しかしそうであれば、自らの子の目も見れないような、自分のような人間が生まれ続けることになるのだろうか。それは果たして、正しいことなのだろうか。



あの時、自ら命を絶った花奈の言葉が、ずっと脳裏に焼きついていた。







竜也「………追いついた、無事か龍平。」

遊大と日暮の助力があり学校を脱した竜也と阿原。彼らが向かったのは、竜也が自分の息子に取り付けていたGPSを元に割り出した、小金井と龍平の元であった。闇夜に取り囲まれた街の一角で、一台の車とDホイールが並んでいる。

龍平「親父……なんでここに?」

小金井「あんた、プロデュエリストの……!!」

ましろから引き継いだ車から姿を現した竜也と阿原を見て、2人は目を丸くする。龍平は無論ながら、自分のディスクに位置情報の共有機能があることを知っていた。それが前提で自らの身一つで無茶な行動を取れたのだから。しかし驚いて居るのはそこに『いる』と勘違いしていた人物が、いないことだった。

龍平「おい!!みんなは___」

竜也「話よりもまず、だ。」

龍平の話を遮るようにして前へと進む竜也。その腕はライダースーツに身を包んだ小金井の左腕をがっしりと掴んでいた。

竜也「息子から……離れろ!!」

小金井「_____!!」

小金井が息をつく間もなく、その体が宙へと舞い、瞬く間に地面へと落ちる。ちょうど背負い投げをされる形で地面へと叩きつけられた小金井の頭から、すっぽりとヘルメットが抜けて転がる。

小金井「………そう…だよな!!」

龍平「待て親父!!!その人は____」

竜也「答えろ!!!
______息子を、龍平を!!子供達をどうするつもりだ!!」

小金井の耳に突き刺さる激昂。考えてみれば当然だったのかもしれない。龍平の父親である竜也が把握しているのは、今そこに彼がいるという位置情報と、せいぜいデュエルの結果程度。傍目からみれば、裏の世界の手先である自分が倅を拉致している状況に他ならない。

小金井「他人に言い逃れするつもりはありません____だが!!」

阿原「………!!」

小金井「大石 竜也プロ。
あんた達の目的を叶えるためにだって、『今のおれの存在』は不可欠なはずだ!!」

そう言って、小金井は自分の左腕と、そこにあるデュエルディスクを竜也の眼前へと掲げた。その光景を見た阿原が、息を呑んで自らの口を手で覆った。

竜也「そのディスク……それに腕は!?」

そこにある、焼き付けられたデュエルディスクと赤黒く変色した腕の肉。生々しく身体に刻み込まれたそれは、ここまでの戦いとその結末を物語っているようだった。そして全員の脳裏にフラッシュバックする、『あの時』の嬢の姿。

阿原「それ………龍血組からの粛清ってことかよ……だったら!!」

竜也「貴様、裏切ったとでも言うのか!?
自分の属する組を……何のために!!」

小金井「お嬢に自由になって欲しかった…それだけです。
今の俺は、そのためだけに動いている……!!」

竜也「………どうするつもりだ。
貴様がこちら側につけたとして、これからどうするつもりだったんだ。」

龍平「俺が答える。
デュエルマフィアは武力均衡の前提が初めてデュエルを行う集団だ。ただしその条件が覆る例外が、一つだけある。」

阿原「条件が………覆る?」

小金井「………襲名の儀だ。
一定以上のポジションの人間が、組の長となる人物とデュエルを行い、その冠とそこまで築いた功績を引き継ぐ儀式。…………それができるのはおれと、今学校に襲撃に向かっている荒田って奴しかしかいない。」

襲名の儀。裏の世界に恒常的に跋扈している現実的な武力を扱う、そのトップ。そこに必要になるのは、確実な力を持つタクトであり、その象徴がデュエル。そうであれば、その襲名の儀はタクトを巡ったデュエル。力とカリスマ性を秘めた一定以上のポジションの人間が、一抹の希望を賭けて戦う文字通りの戦いの儀式。

竜也「襲名の儀……だがそれでは、龍平を連れていく意味がないはずだ。」

小金井「おれのデュエルディスクはこのザマです。組に現在地や状況が割れていないのもこれが原因。
…………それと、デッキも。」

阿原「龍平お前、デッキをこいつに___」

龍平「貸すだけです。
この人であれば俺のデッキは使いこなせる。…………それに…。」

阿原「………なんだよ気持ち悪ぃな、お前らしくもねえ。」

龍平「嬢に、『一人』だって思わせたくないんです。」

その言葉の意味に、4人の間で静寂が流れる。邂逅を果たした彼らに中に渦巻くのは、それぞれの使命感と各々の想い。その一つである龍平の気持ちが、言葉となって宙を漂っていた。しかし、学校から彼らが逃げたという情報も、小金井が裏切ったことで彼らを追う者達も、そう長くは待ってくれない。彼らが顔を合わせる高台から、数台の車両が猛スピードで道路を駆けているのが見えた。

小金井「…………時間がない。
どうすんですか、大石 プロ……!!」

竜也「……だめだ!!
龍平のことは行かせられない………。」

そう言った竜也の腕を、龍平ががっしりと掴む。その手は熱く、しかし震えひとつ見せることもなく力強く彼の拳を握っている。そこにある目は真っ直ぐに父親を見つめ、今までにないほどの気迫が、その瞳と声に宿っていた。

龍平「行かせてくれ、親父!!!」

竜也「_______。」

竜也の中で、彼と共に歩んだ記憶が蘇った。
プロデュエリストとしての伸びが悩み始め、降格を喫した昨冬。そこから家族は離れ離れだった。自分の理想を押し付けるように、デュエルを鍛え続けた息子と離れ離れになって、そして初めて気づいた。自分が望んでいたのは、デュエリストとして強くなる息子ではなく、ただ純粋に、人としてのびのびと成長できることだった。倅に理想を投げた自分と、他人のために身体中の勇気をかき集めて走り出せる彼。気づいてしまった。今の自分にできることは、彼を信じることだけだった。そんな目をできる男を、その門出を止めれる者は、この地球上どこを探しても居はしない。

竜也「守ってやれなくて…すまない………龍平。」

龍平「そういう時は『ありがとう』って言えよ、親父。」

竜也「戻ってきたら、言わせてくれ。……いや、絶対に戻ってこい!!
______おい!!!名前を聞いてなかったな!!」

小金井「……小金井、敦弘です。
おれは知ってますよ、大石プロのこと。おれ世代のデュエルやってた奴にとっちゃスーパーヒーローですからね、『暴竜大石』プロ。」

竜也「………小金井。息子を、頼んだぞ!!」

彼らの顔を、遠くからの車のライトが照らす。車へと戻っていた阿原は、龍平の手に『それ』を託す。それはデュエル部の仲間達が、彼女のライバルと言える存在が、もし彼女が戦うことになっても守ってくれる、最後の砦。遊大達が用意できた最後の武器であり、『理』と『義』の二つにおいて嬢を救い出せる最終手段。

阿原「『これ』も……頼んだぜ!!
龍平、お前なら使い方はわかるな。それとオレたちはどっちも追われる身だ。
_____最低限のカモフラージュくらい、した方がいいんじゃねえの?」

阿原はちょいちょい、とましろの車とDホイールを指さして言った。幸いにも小金井と龍平、竜也と阿原の2人ずつは、体格的に大きな差はない。服装まで入れ替えてしまえば、正体をぼかすくらいのカモフラージュにはなる。


小金井「やれやれ。
本当にトンチが効くんだな、最近の子供は……!!」









嬢「教えてください、父さん。
貴方にとっての、龍血組にとっての『私』って……なんなんですか。」

栄咲「質問してるのは俺だ。
そんなことを聞かせるために、ここに呼んだ訳じゃ無い。」

場所は龍血組本山。その庭園にて、ある1つの親子が対峙する。マフィア、反社会性力、あらゆる裏社会の勢力が衰退を続ける中で、いまだにその名を轟かせるデュエルマフィア、『龍血組』。その頭目を務める 龍剛院 栄咲 と、その血を受け継いだ 龍剛院 嬢 の2人。その2人が今、闇夜の庭園にて向き合っている。それを取り囲むように2人を見つめる、組の男たち。今ここに彼らがいるのは、それぞれの目的があるから。それぞれに果たさなければいけない使命と思想が、そこにあるから。

栄咲「荒田が敗れ……小金井も裏切った。今の組における若頭2人だ。
しかもその中心が、お前の『お友達』のガキどもときてる。
どう付けるつもりだ?………この落とし前。そして何が目的だ?」

嬢「私は、私を自由にしたいだけです。
友達を巻き込んでしまっていることは………正直とても申し訳ない……です。」

栄咲「……自由………ね。」

栄咲はその言葉にため息をついたかと思えば、懐から一本の葉巻を取り出した。彼の視線を遮る黒塗りのグラスが、さらに煙でもうもうと見えにくくなる。男はしばらく黙り込んで、2回ほどその煙を肺に吸って、吐いた。

栄咲「…………今までお前を育てるのには組でも苦労したんだ。
裏社会で、このデュエルマフィアの世界で生きていけるようにお前にデュエルを教え、学校に行かせ教育を施し、さらに『お友達』を作ることも許してきた。
_____それが自由じゃなかった、とでも言うつもりか?」

嬢「育ててくれたことは、感謝しています。………今まで、ここまで私を育ててくれてありがとう、ございます。
でも裏社会で生きていくこと、それが決まっていることは、自由と言えるのですか?」

栄咲「図々しいな。
お前も今までコッチ側の世界の空気を吸って生きてきた人間だ。その理不尽さだって知っているだろうが。そういう夢みがちなやつほど、この世界では先に淘汰されていく。今までそうやってしくじってきた奴ァごまんといる。身内に弾かれた奴さえいた………話くらい聞いたことあるだろ?」

嬢「その文句は前にも聞きました。
殺したければ殺したっていいです。この血を引いてきた以上、命が長くないことなんてわかってるつもりですから。でも貴方がそれをしないから、私はさっき聞いたんです。答えてください。

貴方にとっての、龍血組にとっての『龍剛院 嬢』は、何なんですか。私の目を見て………教えてください、お父さん。」

嬢が問うた、彼らにとっての『龍剛院 嬢』の意味。組にとって彼女の命など、とうに奪えるはずだった。荒田 武長 と 小金井 敦弘 という2人の若頭を失ったこと。龍血組にとっての最重要のデッキである《ドラグニティ》を世に晒したこと。そこまでの損害を被っておいて、どうして組にとって、栄咲にとって、嬢が必要なのか。彼女はそう疑問をぶつけた。栄咲は答えなかった。ただその答えを遠ざけるように、煙と共にまた口を開いた。

栄咲「…………どのツラ下げて、生きていくつもりだ?
仲間に申し訳ないと、言ったな。お前のせいで、今動いているガキどもはコッチ側の連中に目をつけられることになる。小金井に至っては表にも裏にも出れねえ、生殺しだ。そいつらの一生を殺すことにすらなりかね無い。
そうまでして自分の自由を求ると言うのか?」

嬢「……話を………逸さないで。」

栄咲「お前が自由を求めること、今まで生きてきた世界を自由と感じなかったこと……全て認めたとして、だ。
そしてお前が晴れて裏社会から脱せたとして、そこにあるのは他人の『当たり前』を踏み躙って手に入れた、仮初の自由だ。
お前にわかるか?……ここで、この場所で生き続けることが、お前の大切なものを守る手段なんだ。」

嬢「そうかもしれません。
でも、彼らが動いてくれているのは、私のことを信じているからです。ここで私が諦めたら、それこそみんなを裏切ることになってしまう。それに……」

栄咲の言葉に、嬢は吐き出そうとした言の葉を詰まらせる。まるでたくさんあるそれらの中から、最適なものを探し出すように。

嬢にはわかっていた。龍血組にとっても、東雲中の仲間たちにとっても、ここに動いている全ての人にとって、自分はかけがえの無い者なのだと。みんな自分を必要としている。だから彼らは動く。自分は自由になりたかった。一時でも自由な自分を愛してくれた陽の元の仲間たちと、鳥籠の中の自分を必要とする影の世界の住民たち、龍血組。そんな自分は今、その間を、夕方をおっかなびっくり歩いているのだ。自分のみに許された、自分だけの決断。それは_____



嬢「私は、自由な私を信じてくれる仲間を、信じたいんですっ!!!」











『______聞こえたぞ…………嬢ッ!!!!』

その声と同時に、庭園まで続く屋敷の門がばっかりと砕かれる。そこにいた全ての人間の視線がそれに集まり、そして一瞬でも、思考が停止する。門を突き破って出現したのは人ではない。巨大な鉄塊。いや質量を持って唯一それを突破できる、嬢には見覚えのある、一台の車だった。

栄咲「…………なんで、ここがわかる…?」

ドガガガガガ……!!と宙をかけた車が地面へと落ちる。そこにある車、ナンバーは紛れもなく 侵介 ましろ の車であった。しかし東雲中へと赴いた荒田とその部下たちから、その車に乗っている人物の情報は開示されていない。それよりも、現在の龍血組における人員リソースは、大石 龍平 と共にDホイールで姿を消した裏切り者、 小金井 敦弘 の追跡に回されていた。日暮と遊大の尽力が時間を稼ぎ、学校から脱出した者がいたという情報が開示されたのが遅かったと言うのもあるが、理由の大概はこの場所を知る 小金井 の方が、追跡・捜索の優先度が高いからである。そして現に、 栄咲 は 小金井 のDホイールの追跡している組の者から連絡を得ている。辻褄が合わない。学校から脱したはずの車が、そこに乗る人物が、この場所を、流血組総本山の場所を知るはずがない。

栄咲「車の連中と入れ替わったか。
狡いこと覚えるようになったな…………小金井!!!」

嬢「小金井さん……それに 龍平くん……!!」

車のドアがガチャリと開く。そこから姿を見せる2人の男。少年と、背丈の高い青年。そこにいるはずのない人物に、栄咲は目を剥いた。小金井 敦弘 と 大石 龍平。
自らのデュエルディスクを破壊したことで組への情報の漏洩を防ぎ、その隙に車の者たちと合流。さらに直接 嬢 を助けるために車とDホイールのメンバーを入れ替え、自らが乗ってきたDホイールと東雲中から脱出した車の者たちを囮として利用する。それが成し得たから、今この2人は、ここにいる。

龍平「…迎えに来たぞ……嬢!!」

小金井「申し訳ありません……親父。
____おれはお嬢との約束を取ります……!!」

「くくくく、はははは……」と、男から乾いた笑みを見せている。黒いグラスで覆われた目は、依然としてその行方を知れていない。その笑みの意味に、そこ知れぬ闇に、空気が凍りついた。

栄咲「何しにきたんだ?
………嬢の『お友達』に、組の面汚しが。」

小金井「親父………襲名の儀です。
このおれと、デュエルを_______



_______ばばばん!!
栄咲の元へと走り出そうとした小金井と龍平、その体を、数発の鉛玉が撃ち抜いた。龍平の視界がガックリと落ち、その体が力無く地面へと叩きつけられる。一瞬、自分の身に何が起きたのかなど理解できなかった。ただ腿の辺りから、まるで命そのものが流れ出していくかのような、熱いものが滴っているのを感じる。

栄咲「………襲名ね。
確かにてめえがこの組のトップに立てば、この件に関わった全員を助けられるかもしれねえな。
だが忘れていねえか?お前はもうこの組の人間じゃねえ、その権利を持ってる人間なんざここにはいねえんだよ。」

栄咲はその言葉の通りに、自分のディスクを操作する。そこから再生される、小金井の声。『世話になりました、親父。』と言う声が、襲名の儀を執り行う権利などないという現実を、彼らに叩つけた。

龍平「はぁ……はぁ……!!」

栄咲「安心しろよ、死にはしねえ。
ただしちゃんと止血すれば、だ。さっさと現状を収めねえとな?……嬢。」

嬢「小金井さん…龍平くん……!!」

嬢は絡まるような足取りで、倒れ込む2人の元へと駆け寄る。自分の目が、熱いものが潤んでいるのがわかる。彼らは、自分を助けるために、それだけのために、彼ら自身が持つものをかなぐり捨ててまでここに飛び込んできた。それが彼らの選択だとしても、そう仕向けたのは、ここで立ち尽くすことしかできない自分だ。どうすればいい、どうすれば、彼らを報える。どうすれば、自由になれる。自由などを求めなければよかったのだろうか。生まれながらにして裏の世界で生きることを受け入れていれば、こんな風にはならなかったのか。どうすれば……どうすれば。

龍平「______嬢!!!」

息を切らしながら、黙り込んだ自分に彼はそう言った。自分の名前を呼んだ。曇りかかったいた感情と思考の靄が晴れる。今そこには、真っ直ぐに自分を見つめる彼がいる。

龍平「あの時………、決闘王杯の市予選で!!
俺と戦ってくれて…感謝してるんだ。自分と戦ってあんなに目を輝かせてくれるやつがいるなんて、俺は知らなかった。………だから!!」

嬢「……!!」

龍平「諦めないで……くれ!!嬢の、お前のデュエルを!!」

嬢は、こぼれかけた涙を強く拭う。自由な自分を愛してくれるから、彼らはそこにいるのだ。こんなところまで、自分を助けに来てくれたのだ。そうだ、自分は1人ではない。今力無く倒れている彼らも仲間で、ここに来るまでに紡がれた襷があるからこそ、自分は自由になるべきなんだ。倒れ込んだ龍平の手元、そこに握られた一つのデュエルディスクへと手を伸ばす。配線とフレームが剥き出しになったそのデュエルディスクには、40枚のデッキが収まっている。詳細な説明など受けてはいない。それがなんであろうと、自分が今、ここで立ち上がらない理由など、ない。

嬢「_____父さん、デュエルです。
この戦い、その全てを、デュエルで決着させることを、お許しください。」

栄咲「…………普通に戦えば値しないのは、知ってるはずだよな。こちらが差し出せるものがあったとして、お前にそれは無い。………そうか、そう言うことか。」

嬢「………襲名の儀です。
あなたの直系血族かつ、若頭以上の権力を持ち得る私なら、その権利はある。この戦いで私が龍血組のトップに立って、終わらせます………この戦いを!!!」

嬢はそう言い切ると、龍平の手から受け取ったそのディスクを自分の左腕へと装着する。両者、どこまでこの状況を予測できなかなどわからない。ただ現状として、事実として、龍剛院 栄咲 とその娘である 龍剛院 嬢 の戦いは、今この場所で始まろうとしていた。この戦いに、このたった数日の混乱に、そして龍の血の因縁に決着をつける一戦が、その火蓋が切って落とされる。

栄咲「_____宿命か。なあ……花奈?」

嬢「_____終わらせましょう、父さん。」



『『デュエル!!!』』





続く
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